SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory03 始まりの終わり

「とぅあっ!」

 

「シッ!」

 

 勇者の可愛らしい掛け声と、アサシンの鋭く吐かれた息が混ざりあい、続いて甲高い金属音が鳴り響く。

 ぶつかり合った聖剣と金色の剣は、互いに相手を折ってやらんと纏うオーラを高め続け、その力はおよそ拮抗していた。

 だが、持ち主たる二人の表情は対象的だ。

 全てを絞り出さんと歯を縛る勇者と、どこか余裕を残している様子のアサシン。

 加えるならば、勇者は聖剣を両手で振っているのに対し、アサシンは変わらずの片手持ち。

 

「結界を張ったのだろう。全力を出したらどうだ」

 

 勇者を見下すように告げられた言葉に、当の彼女は悔しそうに唸り声をあげるが、言い返す余力がない。

 何もかもが違うのだ。

 己の得物の力を無駄なく引き出す技量が、潜り抜けてきた修羅場の数が、何よりも。

 

「ところで、人を殺した事はあるのか?」

 

「ッ……!」

 

 経験の差があまりにも大きいのだ。

 多くの人を救わんと悪魔(デーモン)や魔神王を倒してきた彼女も、本格的な対人戦はあまり経験がない。

 まだ十五の少女に、無駄に人を殺させまいとした国王やその他の人物たちの気遣いからきた結果なのだが、今回ばかりはそれが問題となっていた。

 多くの人を救うという目的こそ同じであれど、アサシンな相手はその全てがヒトだ。

 幼い頃から訓練を行い、心を鍛え、技を磨き、体を作り上げた。それはもはや体に染み付き、永遠に抜けることはないだろう。

 そこらの村娘だった勇者とは、根っこの部分から違うのだ。

 答えない勇者を冷たく睨み、「お前は戦いには向かんな」と吐き捨てる。

 

「お前は神の都合(シナリオ)に振り回されただけにすぎん。勇者と呼ばれているが、私から言わせればただの小娘だよ」

 

 相手を諭すように淡々と告げられる言葉に、勇者はぎっと歯を食い縛る。

 確かに、自分が勇者になったのは様々な偶然があったからだろうとは思う。

 自分以外の誰かが、もしかしたら兄が勇者と呼ばれる事があったのかもしれない。

 時々ではあるが、そう考える夜だってある。だが、何も知らない男にとやかく言われる筋合いはない。

 

「神様がどうかはとにかく、勇者らしくないのは当たってるとは思うよ?女の子だしね」

 

 彼女はそう言いながら、聖剣を握る小さな手に力を入れ、更に力を引き出す。

 そんな女の子を主と認めてくれた、自分には勿体ないほど立派な剣だ。

 大勢の人を助けたいという、純粋な願いの込められた剣だ。

 この剣に、この剣を打った誰かの願いに応えるためにも。

 

「それでも、ぼくは勇者なんだ。あなたがどう思おうと、やれるだけのことをやるだけだよ!」

 

 彼女はそう宣言すると、聖剣の力を瞬間的に爆発させて金色の剣を弾き上げ(パリィ)、持ち主のアサシンを押し返す。

 剣を握っていた右腕を跳ね上げられ、大きく体勢を崩しながら小さく目を見開くアサシンの瞳を睨み返し、勇者は聖剣を水平に構え、渾身の突きを叩きつける。

 その太刀筋に一切の迷いはない。

 相手がヒトだからとか、斬られたら痛いだろうななんて、そんな甘い思いは既に振り切った。

 相手は兄を奪わんとする何者かだ。容赦する理由がない。

 愚直なまでに真っ直ぐな刺突攻撃は、吸い込まれるようにアサシンの胸に突き付けられるが──、

 

「無駄だ……」

 

 冷たく告げられた言葉を叩きつけるように、勇者の腕には硬い感覚が駆け抜けた。

 今まで感じたこともない、まさに岩を殴り付けたような感覚に、彼女の目は小さく見開く。

 勇者渾身の突きでも、アサシンの不可視の鎧(ライフシールド)を破るには足りないのだ。

 ぴったりと受け止められた聖剣を一瞥し、思わず舌打ちを漏らした勇者だが、その両脇を剣聖と槍使いが駆け抜けた。

 加速の勢いを乗せた刺突がアサシンの顔面を捉えるが、それもまた不可視の鎧(ライフシールド)に止められる。

 

「だあ、くそっ!」

 

(らち)があきませんね!」

 

 勇者、槍使い、剣聖の三連撃を食らってなお一歩を下がらないアサシンの姿に、冒険者たちは戦恐(おのの)く。

 だが、彼らの心を折るにはまだまだ足りない。

 前の三人が飛び退いた瞬間を見計らい、左手に盾を構えた女騎士が肉薄する。

 冒険者ながら手入れの行き届いた金髪がなびき、右手には片手で持った両手剣が握られている。

 愚直に真正面から突貫してくる彼女の姿にアサシンは肩を竦め、金色の剣を片手で構えた。

 二人が激突する刹那、女騎士は大きく体を傾けた。

 突如として傾いた彼女の姿に、アサシンの視線が僅かにそちらに向けられる。

 その瞬間、彼女の影から令嬢剣士が飛び出した。

 

「む……」

 

 アサシンは僅かに声を漏らし、視線をそちらに向けた。

 盾を構える事で死角を作り、そこに令嬢剣士を隠して接近させたのだろう。

 

「フッ!」

 

 軽銀の突剣の切っ先がアサシンの両目を裂かんと振るわれるが、変わらず不可視の鎧(ライフシールド)に阻まれた。

 アサシンの輪郭を添うように散った火花が、彼の視界を一時的に橙色一色に染め上げ、眼を使用不可能にした。

 時間にして、瞬き一度程度の刹那的なものに過ぎないだろう。

 だが、その刹那の隙に技を捩じ込めるのが彼女なのだ。

 

「イイイイィィィィヤッ!!」

 

 視界が回復した瞬間飛んできたのは、銀髪武闘家の膝蹴りだった。

 己の身一つで銀等級まで登り詰めた彼女の蹴り技の破壊力は、他の追従を許さない。

 不意打ちで、加えて顔面にそんなものを喰らえば、致命傷間違いなしなのだが、アサシンは僅かに怯む程度だ。

 不可視の鎧(ライフシールド)を突破できず、痛痒(ダメージ)は一切ない。

 

「ああ、もう!」

 

 ヒビの入った脚甲に一瞥くれて、銀髪武闘家は悪態をついた。

 硬い相手を殴り続け、壊しきるのは彼女の十八番ではあるが、自分が先に壊れるのは久々だ。

 アサシンの顔面に踏み台にして後ろに大きく飛び、空中で一回転して着地を決めた。

 頭の高いところで結ばれた長い銀髪が尾のように揺れ、鎧に納まりきらぬ豊かな胸が揺れる。

 

「人の頭を足蹴にするのはどうかと思うがな」

 

 首を鳴らしながら不機嫌そうに漏らされた言葉に、彼女は「どうせ効いてないんでしょ?」と鋭く返す。

「まあ、そうだが」とアサシンは肩を竦め、じっと目を細めて視線を彼女から外す。

 彼の視線の先にいるのは、魔女、女魔術師、賢者の三人だ。

 全員が全員、それは美しい乙女たちであるが、それは街中ですれ違った時に感じる事だ。

 敵対者に男も女もないというのが、現在のアサシンの心境である。

 その彼女たちは合わせて杖を掲げ、何やら呪文を呟いている。

 魔女と賢者が呼吸を合わせて詠唱に入り、彼女らの声に応えるように杖が光輝き始めた。

 

「「《カリブンクルス(火石)……クレスクント(成長)……」」

 

 二人が全く同じ真に力ある言葉を口にすると、彼女らの頭の上には巨大な『火球(ファイアボール)』が生成されていく。

 仲間諸ともやるつもりかと(いぶか)しむが、女魔術師のみが二人を無視して別の術の詠唱に入る。

 

「《マグナ(魔術)……レモラ(阻害)……レスティンギトゥル(消失)》」

 

 彼女の口から紡がれたのは『抗魔(カウンターマジック)』の術だ。

 不可視の膜が冒険者たちの体を包み込み、来る攻撃への守りを万全とした。

 瞬間、賢者と魔女の二人が、同時に最後の一節を口にした。

 

「「「……ヤクタ(投射)》」」」

 

 放たれた巨大な『火球(ファイアボール)』を前に、アサシンは避ける素振りも見せない。

 ただ不敵に笑い、左手を差し出した。

 冒険者たちが一斉に身を屈め、衝撃に備える中で、不可視の鎧(ライフシールド)に包まれたアサシンの左腕と、『火球』が衝突した。

 凄まじい爆発と衝撃が、アサシンだけでなく冒険者たちにも襲いかかる。

 既にぼろぼろだったギルドが耐えられる訳もなく、内側から爆散、瓦礫の山と成り果てた。

 

「けほっ!けほっ!何だか大変な事になっちゃったな」

 

 瓦礫からローグハンターを守っていた銀髪武闘家が、咳き込みながら言うが、確かにその通りだろう。

 今の攻撃でギルドの壁も天井もなくなり、人気のない大通りと、いつものように美しい青空を見ることが出来る。

 ギルドだった名残は、残された柱だったものや、床の残骸くらいだろうか。

 

「《風の乙女(シルフ)や乙女、接吻をおくれ。わしらの船に幸ある為に》!」

 

 周囲を見渡していた銀髪武闘家の耳に、鉱人道士の詠唱が届いた。

追風(テイルウィンド)』の術とは場違いな気もするが、踊り出した風の精たちが巻き上げられた爆煙を掻き消した。

 爆煙から現れたのは、爆心地にいてなお無傷のアサシンだった。

 彼の不可視の鎧(ライフシールド)を食い破るには、先の『火球』でも足りなかったようだ。

 相手の視認と同時に駆け出したのは、ゴブリンスレイヤーだった。

 彼の手に握られているのは、蜥蜴僧侶が取りこぼした『竜牙刀』だ。

 愛用する中途半端な剣では通用しないと判断したのだ。

 蜥蜴僧侶の奇跡からなる武器でないと、いや、これでも通じないだろう。

 今するべきは相手の分析だ。先ずは防御の限界を探り、削り続ける。

 その為にも、間髪入れずに攻め続けるしかないのだ。守りに入れば、負ける以外の結末はない。

 アサシンは迫りくる彼にゆっくりと目を向け、迎撃の構えを取るが、そこに妖精弓手の放った三本の矢が放たれた。

 風の精たちの残り香に押され、いつにも増して速いイチイの矢が、アサシンの眼窩に滑り込まんとするが──、

 

「無駄だと言っている」

 

 アサシンが呟いた通り、先程と変わらず不可視の鎧(ライフシールド)に阻まれる。

 そもそも当たらない矢避けとは違い、当たっても効かない現状に森人語で悪態をつき、不機嫌そうに長耳を揺らす。

 

「おお……っ!」

 

 ゴブリンスレイヤーが獣のように唸りながら、『竜牙刀』を高々と振り上げる。

 蜥蜴僧侶の手に合わせて作られたそれは、ゴブリンスレイヤーの手には少々大きすぎる。

 故にそれを両手で握り、渾身の力を込めて振り下ろしたのだ。

 大きく踏み込むと共に、アサシンの脳天を叩き割らんと『竜牙刀』を振り下ろし、全体重をかけて振り抜きにかかる。

 

「ゴブリンスレイヤー。小鬼を殺す者か」

 

 アサシンの小さな呟きは、振り下ろされた『竜牙刀』と不可視の鎧(ライフシールド)の衝突音に掻き消された。

 脳天を捉えた奇跡による刃も、アサシンの守りを越えることは出来ない。致命傷なまでに、何かが足りないのだ。

 

「ちっ!」

 

 隠すことなくゴブリンスレイヤーの口から漏れた舌打ちに、アサシンは『竜牙刀』の刃を左手で押さえながら苦笑を漏らす。

 

「お前としても、あの男を差し出した方が良いと思うがな」

 

「何が言いたい」

 

 訳のわからぬことを言うアサシンを睨みつつ、ゴブリンスレイヤーは左手を腰帯に吊るした中途半端な剣へと伸ばす。

『竜牙刀』はアサシンが押さえてくれている。片手でも支えられるだろう。

 抜き放った中途半端な剣を逆手持ちのままアサシンに叩きつけるが、その刃は硝子細工のように砕け散る。

 手入れも行き届き、刃に一切の欠けがなかったにも関わらず、アサシンの防御の前になす術もなく砕け散ったのだ。

 思わぬ事態に目を見開くゴブリンスレイヤーを他所に、アサシンは肩を竦めた。

 

「彼を渡してくれたなら、ゴブリンの根絶も(・・・・・・・・)夢ではないが」

 

「……なに」

 

 突如とした告げられた言葉に、ゴブリンスレイヤーは思わず反応を示してしまった。

 アサシンはこれ幸いと笑みを浮かべるとゴブリンスレイヤーを押し返し、その場を飛び退いて冒険者たちに向けて告げた。

 

「俺は彼と共にこの盤をひっくり返す。ゴブリンも悪魔(デーモン)も、祈らぬ者(ノンプレイヤー)がいない世界を作り上げる」

 

「それが、貴方の目的……?」

 

 次の一手を思慮していた賢者が反射的に問いかけると、アサシンは「そうだ」と頷いて言葉を続けた。

 

「この世界は悲劇に満ち溢れている。ゴブリンに愛娘を穢された。悪魔(デーモン)に村を焼き払われた。野盗(ローグ)に何もかもを奪われた」

 

「これだけではない。多くの悲劇が毎日なように起こり、その度に人々は屈辱の涙を流し、血を流し、命を落とす」

 

「よくある事だの人は言うだろう。ふざけるな。そんな悲劇が、よくあって堪るものか」

 

「だからこそ、私と彼で、あのお方の意志の下に集った者たちと共に、この(せかい)をひっくり返す」

 

「下らぬ物語(ひげき)を振り撒き、人々を不幸にする神々を撃ち落とし、この世界に楽園(エデン)を作り上げるのだ」

 

「だが、俺だけでは駄目だ。そこの男がいなければ、真に目的を果たすことが出来ない。だから、その男を渡してくれ」

 

 一人称も安定しない程に興奮した様子で言葉を言い切ると、アサシンは僅かに血走った眼をローグハンターに向けた。

 彼はいまだに寝ている。ならば好都合だ。暴れられなくて済む。

 対する冒険者たちは彼から放たれた言葉に驚き、顔を見合わせた。

 神を撃ち落とす?目の前にいる男は、天上にいる神を殺すつもりなのか。

 悲劇を終わらせる?確かに、この世界には多くの悲劇があり、こうしている間にもそれは起こっているだろう。

 

「一つ、良いかな」

 

 先程までの攻勢が嘘のように静まり返ったギルド跡地に、女性の声が響いた。

 冒険者たちとアサシンの視線が声の主──銀髪武闘家に向けられるが、彼女は凛とした様子で告げる。

 

「もし、あなたが行動を起こしたらさ、どれだけの血が流れるの?」

 

「戦いに犠牲は付き物だろう」

 

 彼女の言葉に、アサシンはさも当然のように告げた。

 アサシンに向け、さらに問う。

 

「もし、あなたが勝ったら、今を生きている人たちはどうなるの?」

 

「大半は戦いで命を落とすだろうが、生き残った者たちは私の全霊を持って守り抜こう」

 

 アサシンはそう返し、金色の剣を肩に担いだ。

 銀髪武闘家は「そっか」と頷くと、冷たい笑みを浮かべて「じゃあ、駄目だね」と淡々と告げた。

「何故だ」とアサシンが問えば、彼女は「だって──」と口にしてローグハンターに目を向けた。

 

「彼は、そうやって理不尽に巻き込まれる人たちを助けたいって、これまで頑張ってきたんだよ?」

 

「だから、再びの悲劇を起こさない為に──」

 

「悲劇を起こさない?あなたがその悲劇を起こそうとしてるの、気付いてる?」

 

 彼女は冷徹な声音でそう告げ、銀色の瞳でアサシンを睨む。

 鷹の眼光に似て非なるものだが、そこには確かな意志が宿り、鋭い輝きを持っていた。

 アサシンは低く唸りながら頭を掻き、「話のわからん奴だ」と呟いた。

 

「いつ来るかもわからん悲劇が、常日頃から起こるのなら、一度の悲劇で全てが終わった方がましだろう」

 

 アサシンの言葉に、銀髪武闘家は額に青筋を浮かべながら腕を組むと、「ふざけないで」と鋭く声を放つ。

 

「悲劇は何回だろうと変わらないよ。人生は一回しかないんだから、一回の悲劇で死んだらそこで終わりなんだから」

 

 かつて、ローグハンターは言った。

 世界に溢れる悲劇全てを止めることは出来ないが、目の前の悲劇なら止めることは出来るかもしれない、と。

 更なる悲劇を起こさない為に、目の前の敵を逃がすわけにはいかない、と。

 彼の信条(クリード)と同じものを持つ彼女だからこそ、アサシンの言葉を鵜呑みにする事は出来なかった。

 何よりも、彼のこれから起こそうとしているものは──。

 

「今までこの世界の為に戦ってくれた人たちや、そこにいる勇者ちゃんの努力を、流してきた血を、死んじゃった人たちの命も、何もかもを無駄にする事だよ。そんな事、許せるわけないじゃん」

 

 銀髪武闘家はそう言うと、ゆっくりと拳を構えた。

 彼女の心からの言葉に、冒険者たちの脳裏に過った不安がなくなる。

 そう、彼らは冒険者だ。明日をも知れぬ無頼漢だ。

 悲劇が起きたのならそれを止まるために武器を取り、時には未然に防ぐために走り出す。

 全ての悲劇がなくなれば良いとは思う。だが、悲劇がなくなれば、喜劇と呼ばれるものもなくなるだろう。

 悲しみがなければ喜びが何なのかがわからなくなる。

 もしそうなったなら、それは果たして人と呼べるのだろうか。

 

「──歴史は血によって紡がれる、か」

 

 アサシンは彼女の言葉をそう纏め、目を細めた。

 

「なら、貴様らもその一部となれ」

 

 彼はそう告げ、纏った不可視の鎧(ライフシールド)に更なる力を込めた。

 体がもはや神々しいまでの力を纏い始め、凄まじいまでの重圧に晒された冒険者たちは、無意識の内に半歩下がる。

 先程までのが児戯だったのかと思えるほどに、アサシンの雰囲気が変わったのだ。

 

「何よ、言い負かされて怒っちゃった?子供みたいだね」

 

 だが、銀髪武闘家はそんなアサシンを更に煽った。

 相手が冷静さを欠けば、それだけ付け入る隙が出来るという事だ。

 その分注意(ヘイト)が全て彼女に向けられるのだが、まあ、そこはどうにかするしかない。

 瞬間、動き出したのは勇者と剣聖、女騎士の三人だった。

 盾役(タンク)である女騎士を先頭に、その影に剣聖と勇者の二人が続く。

 

「同じ手を何度も喰らうと思うのか!」

 

 彼女らの姿を認めた瞬間、アサシンの瞳が金色に輝いた。

「技がくるわよ!」と妖精弓手の警告に、女騎士は両足を踏ん張って来る衝撃に備えた。

 蹴りか衝撃波か、何が来ても耐えなくてはならない。

 覚悟を決めた女騎士とは裏腹に、アサシンの発動した能力(アビリティ)は、もはや冷酷なものだった。

 抜刀した左手のアサシンブレードを女騎士の盾に突き刺し、渾身の力を持って引き寄せ、留め具を引きちぎってぶんどる。

 

「な!?」

 

 思わず体を前のめりに体勢を崩した瞬間、その顔面に奪われた盾が叩き付けられた。

 鈍い打撃音が冒険者たちな鼓膜を揺らすのと、女騎士の体が弾き飛ばされたのはほぼ同時。

 進路上にいた勇者と剣聖はその場を転がって彼女を避け、追撃に備えて一旦下がる。

 アサシンの使った能力(アビリティ)盾砕き(シールドブレイク)だ。盾役たる彼女には天敵たる技だろう。

 空中で気を失った彼女をどうにか受け止めた重戦士だが、彼は反射的に彼女を抱えたままだんびらを片手で持ち上げ、即席の盾代わりとした。

 瞬間駆け抜けたのは、怒れる雷電龍の爪だった。

 金属鎧に身を包んでいるが故に、受け止めた瞬間に全身を雷が駆け抜け、無慈悲なまでに重戦士の自由を奪い取ったのだ。

 

「くそが……っ」

 

「まず二つ……」

 

 アサシンは倒れる重戦士と女騎士の姿を一瞥し、冷酷な声音でそう告げた。

 

「この野郎がっ!」

 

「させません!」

 

 金色の剣を構えるアサシンの両脇に、槍使いと剣聖が迫った。

 怒りで表情を歪めながら、お互いの得物を握り締めて同時に振り抜く。

 前後から同時に振るわれた刃は、(はさみ)のように交差し、その首を落とさんと振り抜かれるが、不可視の鎧(ライフシールド)を突破するには足りない。

 腕に感じる堅さに二人は同時に舌打ちを漏らすが、アサシンは淡々と能力(アビリティ)を発動させる。

 金色の剣を地面に突き立て、全力の(・・・)閃光の伴った衝撃波(混沌の輪)を放つ。

 先程の比ではない衝撃に槍使いと剣聖の体は宙に投げ出され、追撃に放たれた雷電龍の爪が、二人の体を貫いた。

 

「かっ……」

 

「う……っ」

 

 否、貫いたのではない。直接突き立てることで全身を感電させ、鎧を砕かずに一撃で戦闘不能としたのだ。

 

「四つ。まだやるか」

 

「くぅ……!」

 

 今までの攻防で、ある程度食い付いていたと思っていたのに、相手が手を抜いていただけだった。

 その事実を知った令嬢剣士は額に流れる脂汗をそのままに、軽銀の突剣の切っ先をアサシンに向けた。

 想像力は武器だ。どうすれば相手に勝てるのか、どうすれば相手に隙が出来るのか、それを常に考えるようにローグハンターからも言われている。

 だが、しかし。

 

「一体どうすれば……!」

 

「だから、彼を渡せと言っている」

 

 令嬢剣士の口から思わず声が漏れた瞬間、背後からアサシンの声が聞こえた。

 彼女は反射的に振り向いて軽銀の突剣を振るうが、その瞬間、金色の軌跡が突剣の刃を掠めた。

 令嬢剣士が何が起こったのかもわからずに目を見開いたのと、軽銀の突剣の刃が折れたのはほぼ同時。

 無意識の内に折られた突剣の切っ先を目で追ってしまった瞬間、彼女の腹に前蹴り(スパルタキック)が叩き込まれた。

 ドスッ!と重い打撃音が鼓膜を殴り付け、令嬢剣士は腹を抱えてその場に倒れた。

 酸素を求めてぱくぱくと口を開閉させているが、戦闘継続は不可能だろう。

 アサシンは彼女の頭を踏み砕こうと足を上げるが、その瞬間、銀髪武闘家とゴブリンスレイヤーが動き出す。

 女魔術師と魔女のそれぞれから『付与(エンチャント)』の術が施され、銀髪武闘家はその身を焼くほどの炎を両手両足に纏い、ゴブリンスレイヤーの『竜牙刀』には煌々と燃える炎が纏われる。

 二人は同時にアサシンへと挑み、攻撃を仕掛けた。

 先ずは令嬢剣士から離れされる事が先決。

 当たっても効かない。避けてくれるかもわからないが、無理やり間合いを詰めて移動させるのが目的なのだ。

 ゴブリンスレイヤーの大振りな攻撃の間に銀髪武闘家の乱打が織り混ぜられ、炎が半円の軌跡を残して躍り狂う。

 アサシンはその殆どを受け止めたが、時には半歩後ずさらせる。

 痛痒(ダメージ)はないが衝撃は通る。下がらせる事は出来る。

 数度の攻防でそれだけは理解し、現に令嬢剣士から離れているのだから、その効果は出ているのだ。

 ゴブリンスレイヤー渾身の凪ぎ払いと、銀髪武闘家の回し蹴りが首を捉え、アサシンの動きが止まった一瞬。

 

「こんのっ!」

 

 そこに勇者が加わった。

 太陽の加護を受ける光の聖剣の一撃がアサシンの胴を殴り付け、さらに数歩下がらせた。

 相手は一切避けない。防御もしない。ただ愚直に受け止めるだけだ。

 

「いつまで無駄な努力を続けるつもりだ?」

 

 アサシンは必死に食らいつく三人にそう告げ、能力(アビリティ)を発動せんと瞳を輝かせた。

 

「また来るわ!」

 

 再び告げられる妖精弓手からの警告。タカの眼の有無がわかる彼女だからこそ、相手の能力(アビリティ)発動のタイミングがわかるのだろう。

 だが、何が来るのかは一切わからない。

 三人が回避せんと体を沈めた瞬間、アサシンが金色の剣を床に突き立て、凄まじい閃光(パニッシュ)が放たれた。

 純粋な目潰しの能力(アビリティ)だが、このタイミングでの仕様は冒険者たちにとっては致命的(ファンブル)だった。

 相手の挙動を注視していた全員の視界が白く塗り潰され、完全に無防備な姿を晒すことになった。

 まずアサシンの刃に襲われたのは勇者だった。

 叩きつけるように振るわれた金色の刃が聖剣を弾き飛ばし、勢いのままに勇者を胴を袈裟懸けに切り裂こうとしたが、流石は勇者と呼ぶべきだろう。咄嗟に下がって致命傷だけは避けた。

 避けられたアサシンは無理に追撃せず、ゴブリンスレイヤーの兜に前蹴り(スパルタキック)を叩き込み、完璧に砕く。

 最後に銀髪武闘家に向けて渾身の一撃(オバー・パワー・アタック)を放たんと刃を向けた瞬間、冒険者たちの視界が回復した。

 彼女の視界に飛び込んできたのは、胴を斬られ負傷した勇者の姿と、兜を砕かれて倒れるゴブリンスレイヤーの姿。

 そして、今まさに斬られんとしている銀髪武闘家の姿だ。

 

「避けてッ!」

 

 女魔術師が悲痛な叫びをあげ、鉱人道士が「銀髪の!」と叫ぶがもう遅い。

 金色の刃が振り上げられ、雷を纏いながら振り下ろされる。

 妖精弓手が援護しようにも、放った所でアサシンは止まらないだろう。

 後ろで蜥蜴僧侶を治療していた女神官も事態に気付いても、既にどうしようもない所まで来てしまっている。

 三度目の奇跡は蜥蜴僧侶に使ってしまっている。限界突破(オーバーキャスト)しても、止められる訳がないのだ。

 勇者は目を見開き、金色の刃が彼女を切り裂くまでの時間がとても長く思えた。

 反応しようにも体が動かない。動いたとしても聖剣も無しにどう止める。

 

 ──駄目だ。駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!

 

 何を考えても、彼女の死という結末しか思い付けない。

 勇者は目に涙を浮かべ、不安を叩きつけるように口が動いた。

 

「──お姉ちゃん!」

 

 ようやく口に馴染んできたというのに、これで最後になるかもしれない。

 そう思うだけで、咄嗟に出た言葉だ。

 だが、無情にも金色の刃は振るわれ、銀髪武闘家の体を斬らんとした瞬間。彼女の体が大きく沈んだ。

 空振りに終わった刃は銀髪武闘家の長い髪を切るだけに終わったが、アサシンは防御の姿勢に入った。

 瞬間、漆黒の影が放った前蹴り(スパルタキック)が、アサシンの防御をすり抜け、その顔面を蹴り抜いたのだ。

 凄まじい快音がギルド跡地を駆け抜け、弾かれたアサシンは瓦礫の山の中に消えていった。

 頭の高い位置(ポニーテール)で纏められた銀髪の髪が、その結び目で綺麗に斬られた為か、途端に短くなった銀髪の髪を揺らしつつ、ようやく目を覚ました()の姿に目を向けた。

 

「遅いよ、もう……」

 

「すまん」

 

 ()は彼女の言葉に短く返すと、瓦礫の山を雷でもって吹き飛ばして現れた、無傷のアサシンを睨み付けた。

 

「久しぶりだな、継承者。……いや、ローグハンター」

 

 額に青筋を浮かび上がらせたローグハンターは、純粋な殺意を滲ませながら、金色の剣と黒鷲の剣を構える。

 アサシンは「そう怒るな」と苦笑混じりに言いながら、金色の剣を構えた。

 片や漆黒の衣装に身を包んだ、目の前にいる人々と、仲間の為に戦う男。

 片や純白の衣装に身を包んだ、世界と、忠誠を誓った何者かの為に戦う男。

 握る武器は同じであれど、掲げる信条(クリード)は全く違う。

 故に、二人が出会ったのなら行うことは一つのみ。

 

「──俺はアサシンハンターだ」

 

 相手がアサシンだというのなら、仲間のたちを傷付ける者であるのなら、塵殺である。

 それが、彼──ローグハンターでありアサシンハンターたる男の、絶対の信条(クリード)だ。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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