SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory04 隔世(覚醒)

 辺境の街、冒険者ギルド。

 突如として現れたアサシンと、彼を撃退せんとした冒険者たちの戦いの影響を諸に受けたその場所は、それがあった名残のみを残して瓦礫の山となっていた。

 局地的な災害に襲われたかのように、周囲の建物は倒壊する様子もなく、強いてあげるとすれば、ほぼ全ての窓硝子が割れている程度だろうか。

 そんな爆心地と呼んで差し支えない冒険者ギルド跡地にて、二人の男が睨みあっていた。

 漆黒のローブを身に纏った男と、純白のローブを身に纏った男。

 まるで光と影のように仁王立つ二人の共通点を挙げるとすれば、それぞれの右手に握られた金色の剣と、剣と同様の輝きを宿した双眸だろう。

 漆黒のローブを纏う男──ローグハンターはゆっくりと息を吐き、倒れる仲間たちに一瞥くれて、最後に足元に座り込み、こちらを見上げてくる銀髪武闘家に目を向けた。

 頭の高い位置で纏められた(ポニーテール)だった銀色の髪は、今や見る影もない、肩にかからない程の短髪となっている。

 別に髪型が変わろうと、言ってしまえばどんな姿になろうと、彼女への想いは変わることはないと自負はしている。

 だが、それはそれとして、だ。

 咄嗟に彼女の足を払って転ばせたから、髪を切られるだけで済んだのだ。

 僅かでも目が覚めるのが、行動するのが遅れていれば、足元に転がっているのは髪の房ではなく、彼女の首だっただろう。

 その事実を重く受け止め、純白のローブを纏う男──アサシンを睨み付けた。

 宿る殺意は都での騒動以上に研ぎ澄まされ、一切の無駄なく敵対者たる男へと注がれている。

 

「そう睨んでくれるな、我が名を継ぐ者よ」

 

「………」

 

 アサシンは肩を竦めて言うが、ローグハンターは無言を返答として金色の剣と黒鷲の剣を握り込み、左足を半歩前に、右足を半歩下げて半身の構えを取った。

「そうか。そうだな」とアサシンは頷き、金色の剣を構え、軽く腰を落とす。

 ローグハンターは彼の師と同じ(ローグ式の)構えを、アサシンは脱力するように構えると、互いに睨みあう。

 先程まで怒号と戦闘音が嘘かのように静まり返り、二人の間に挟まる空間は軋み、悲鳴をあげていた。

 だが、二人は動かない。僅かに瞳が揺れ、摺り足で間合いを調整し、手の高さが、切っ先の位置が変わるを繰り返しているだけだ。

 素人目では、二人の姿は大変滑稽に見えるだろう。

 だが、この場において、彼らを笑う者、煽る者は誰一人としていない。

 それをする余力が残っていないと言われればそうだが、この場にいる全員がわかっているのだ。

 

 ──二人の戦いは、既に始まっている。

 

 無意識に生じる目の動き、足の動き、手の動き、震えから相手の癖を見つけ、僅かでも優位に立ち回らんとしているのだ。

 それでも余裕の笑みを浮かべるアサシンを睨み、ローグハンターはタカの眼を発動する。

 タカの眼で見ればわかる。赤い人影を覆い隠す、半透明の膜のように見える何かが張られているのだ。

 その膜が何なのか、相手の技量が想定通りなのか、疑問は尽きないが──。

 

「……どうでも良い」

 

 そう呟いた瞬間、ローグハンターは動いた。

 アサシンは既にゴブスレスレイヤーを始めとした自分の友人たち、弟子である令嬢剣士、恋人である銀髪武闘家を傷付けている。

 なら、何を迷う必要がある。何を躊躇う必要がある。

 雷鳴にも似た音を響かせて瞬時に間合いを詰め、渾身の力を込めて金色の剣を振るう。

 雷を纏った一閃がアサシンの首を落とさんと、空気を焼きながら振るわれたが、その結果にローグハンターは目を見開いた。

 手に感じるのは異様なまでの堅さだった。

 首を落とさんと振るわれた刃が、首に当たる寸前で止まっているのだ。

 タカの眼で察知した膜は、ある種の鎧だったのだろうと推測し、破るにはそれなり以上の火力か、手数が必要だと判断を下す。

 ──が、そんなものどうでも良いと言わんばかりに、歯を食い縛り、体の捻りを乗せて腕を振り抜いた。

 

「チッ!」

 

 アサシンの口から舌打ちが漏れるのと、彼の体が弾き飛ばされたのはほぼ同時。

 弾かれた方向はギルドの裏庭に当たる方向。申し訳程度に残っていた壁を貫き、放たれた矢の如く飛ばされていった。

 ローグハンターは即刻追撃せんとしたが、僅かに残った冷静さで踏み止まり、鉱人道士を始めとしたまだ動けそうな面々に向けて言う。

 

「怪我した奴らを下がらせろ。あいつは俺が抑える」

 

「お、おう!任せとけいっ!」

 

 どたどたと、その寸胴の体を動かす鉱人道士を横目に、ローグハンターは銀髪武闘家に歩み寄ると、黒鷲の剣を床に突き立て、彼女と視線を合わせる為に片膝をついた。

 心配そうに見つめてくる彼女に向けて笑みを浮かべて頬を撫で、汚れを指で拭ってやる。

 彼女の変わらぬ温もりに安堵を覚えつつ、表情を引き締めて端的に告げる。

 

「必ず戻る」

 

 そう告げると同時に、触れる程度の口付けを一つ。

 銀髪武闘家は彼の突然の行動に驚きこそすれど、すぐに受け入れるのは彼への想い故だろう。

 いつものように長い口付けをしていたいが、今は状況が状況だからと、離れていった彼の顔を眺めるに止める。

 

「絶対、戻ってきてね」

 

「もちろんだ」

 

 彼女の口から半ば無意識にこぼれた言葉に、ローグハンターは一度頷いて答え、ぎゅっと抱擁を交わした。

 銀髪武闘家は腕を彼の背に回して抱き返そうとしたが、それよりも早く離れ、立ち上がってしまう。

 床に突き立てた黒鷲の剣を引き抜き、出血が見られる妹へと目を向ける。

 兄と目があった彼女は「大丈夫だよ!」とサムズアップして見せたが、僅かに顔色が悪い。血を流しすぎたのだろうか。

 彼女の技量で回避が成功したとはいえ、アサシンの剣術は相手を殺めることに特化したものだ。避けられても相手を負傷させ、失血させることも可能だろう。

 むしろ、下手に避けたせいで余計に深手になった可能性もあるが、今はどうでも良いと思考を投げる。

 

「とにかく、負傷者を神殿まで運べ。蜥蜴人が目を覚ましたら、手伝わせろ」

 

 ローグハンターは特定の誰に言うわけでもなくそう告げると、足早とその場を後にした。

 先程アサシンが貫いた壁の穴を潜り、彼が飛んでいったであろう裏庭を目指して走り出す。

 彼の背を見送った銀髪武闘家は短くなった銀髪を忌々しそうに掻き、思考を切り替えるように頬を張った。

 パン!と響いた乾いた音を合図にして、彼女は立ち上がって仲間たちに指示を出す。

 

「とにかく、今は彼を信じないと。上森人さんは近くにいる人に手伝いを頼んできて」

 

「……っ!わかったわ!あんたたちも気を抜かないでよ!」

 

 突然変動した状況に混乱していた妖精弓手は、ハッとした表情で頷き、器用に瓦礫を避けながらギルド跡地を去っていく。

 残された冒険者たちの中で動けるのは、銀髪武闘家、賢者、魔女、女魔術師ぐらいのものだろう。

 前衛を務めた大半が戦闘不能。鎧を纏った成人男性と女性数名を、非力な後衛陣で運ぶしかない。

 神殿までそこまで距離があるわけではないが、彼らを運ぶとなれば話は変わってくる。

 さて、どうしたものか。運ぶ手段も確保していないのに、重症だった場合は一刻も早く連れ出さなければならない。

 

「ま、まだ動いては駄目です!」

 

 その時だ。疲れきった女神官の声が、彼女の鼓膜を揺らしたのだ。

 反射的にそちらに目を向けてみれば、先程まで気絶していた蜥蜴僧侶が、その太い両腕を支えに立ち上がり、大きく尾を揺らしていたのだ。

 息も絶え絶え、今にも倒れてしまいそうだが、それでも彼は意識を研ぎ澄まし、詠唱を始めた。

 

「《傷つき尚も……美しい蛇發女怪龍(ゴルゴス)よ……その身の癒しをこの手に宿せ……っ》」

 

 囁くような詠唱を終えると共に、不可視の力場が形成される。

 時には相手を封じ、時には味方を守るものではなく、味方の傷を癒し、救うための御技。『治療(リフレッシュ)』の奇跡が行われた証拠だった。

 その力場はギルド跡地を包み込み、蜥蜴僧侶を含めた冒険者たちの痛痒(ダメージ)を癒していく。

 気絶していた前衛たちの意識を回復させ、まだ覚束ない程度だが立ち上がらせる事に成功した。

 全員が虫の息と言って良いほどだが、蜥蜴僧侶は小さく笑みを浮かべて銀髪武闘家に目を向けた。

 

「これで、とりあえずは……皆、動けますな……」

 

 彼はそうとだけ言うと、再びその巨体をぐらつさせた。

 

「あ、ちょっと!?」

 

 銀髪武闘家が咄嗟に手を伸ばすが、彼は自分の力で踏み止まり、彼女を手で制した。

 

「ああ、くそっ!ここまでしてやられるのかよ……っ!」

 

 槍を杖代わりに立ち上がった槍使いが、壁に開いた穴を睨んで吐き捨てた。

 そんな彼の肩を魔女が支えると、「すまねぇ」と小さく呟いて礼を言った。

 魔女は心配そうに「大丈……夫?」と問いかけ、彼は気丈に笑みを浮かべて「何とかな」と応えた。

 重戦士、女騎士は座り込んだまま荒れた息を整え、剣聖は悔しそうに拳を床に叩きつけた。

 ゴブリンスレイヤーはもはや重りでしかない兜の残骸を脱ぎ捨て、乱暴に投げ捨てた。

 もう少し上等な兜なら、ひしゃげて頭が潰されていただろう。安物故に蹴り砕かれたからこそ、こうして息が出来ている。

 額の出血は先程の奇跡で止まった。──が、体から出た血が戻ってきた訳ではない。消耗した体力が戻る訳ではない。

 どっと出た息には疲れの色が濃く、たかが数分の、しかも多対一──こちらが多だ──の戦いでここまで消耗したのは、かなり久しく思える。

 赤い双眸を細め、遠目に見えるギルドの裏庭からは、強烈なまでの圧を感じる。

 

「……無事でいろ」

 

 この場にいない友に向け、細やかな祈りが発せられた。

 先生に聞かれたら、「口を動かす暇があるなら、頭を動かせ」と怒鳴られたに違いない。

 だが、今回ばかりは祈るしかない。

 あれは自分たちではどうしようもない。あれを倒せるのは、ローグハンターだけだろう。

 

 

 

 

 

 ギルドの裏庭。

 かつては冒険者たちが訓練を積み、武器の具合を確かめるのに使っていたこの場所も、もはや見る影もなかった。

 散らばったギルドの破片が各所に突き刺さり、よく登った監視塔の上(ビューポイント)や、銀髪武闘家と共に登ったギルドそのものも、かつてゴブリンスレイヤーらと共に杭を作った木陰も、何もかもがなくなってしまった。

 思い出の場所や、思い出の品というものは、こうも容易く壊れてしまうのかと、ローグハンターは目を細めた。

 感傷に浸るのは後だ。壊れた物はいくらでも直せる。

 自分にそう言い聞かせ、慣れた道を進むように一歩一歩を踏みしめて、ようやくたどり着いた場所は、ギルド裏にあった訓練場──の、あった名残のある広場だった。

 かつてピストルの試射をし、受付嬢と言葉を交わしたその場所は、かつて銀髪武闘家と共に高めあったその場所は、もはや見る影もない。

 多少整備された程度の空き地と言って良いほどに、訓練場は荒れ果てていた。

 ギルドの残骸が散らばり、その瓦礫が燃えているのか、所々からは火の手が上がっている。

 先程までは雲一つなかった晴天の空も、今は厚い雲に覆われて薄暗い。

 ローグハンターは空を見上げながら目を細め、次いで視線を正面に向けた。

 彼が視線を向けた先。そこにいたのは白い人影だった。

 目を離せばすぐにでも消えてしまいそうな、朧気な亡霊のようにさえ感じてしまう。

 だが、彼が亡霊でないことは既に知っている。

 

「待たせたな」

 

 ローグハンターが静かに告げると、目の前の亡霊──アサシンは肩を竦め、口許にどこか優しさのある微笑を浮かべた。

 

「共に来てくれるのなら、いくらでも待つとも。別れは済ませたのか?」

 

「いいや」

 

 アサシンの言葉を首を振って否定したローグハンターは、改めて構えを取った。

 彼の師から学び、己のものとした構えを、アサシンハンターとしての構えを取ったのだ。

 対するアサシンは困り顔でため息吐くと金色の剣を構え、軽く腰を落として左手を遊ばせる。

 古くから続く、アサシンとして(無印式)の構えを取ったのだ。

 冒険者たちを相手にした時でも見せなかったその構えは、テンプル騎士を葬るアサシンの構えだ。

 それにはローグハンターをテンプル騎士として認め、無力化しようとしている意志が込められていた。

 再びの睨みあいに、二人に挟まれた空間が勘弁してくれと言わんばかりに悲鳴をあげ、僅かに風を起こした。

 巻き起こったそよ風により砂塵が舞い上がり、二人の姿を覆い隠す。

 一寸先も見えない砂煙の中であったとしても、アサシンとローグハンターの二人には何の問題にもならない。

 二人はほぼ同時にタカの眼を発動し、視界に映る赤い人影を視認した瞬間。

 

「「──ッ!!」」

 

 二羽の鷹が、獲物に向かって飛びかかった。

 雷鳴にも似た音を響かせて同時に踏み込み、お互いの右手に握った金色の剣を振り上げ、同時に振り下ろす。

 二振りの剣は、相手を切り裂く直前にぶつかり合い、甲高い金属音を響かせた。

 同時に漏れ出た雷が暴れ狂い、砂塵を切り裂き、大気を焦がし、地面を焦がし、そして──、

 

「ッ!」

 

 不運にも、漏れ出た雷電龍の(あぎと)がローグハンターの頬を掠め、その左頬を焦がした。

 四六時中フードを被っている為か、冒険者の割に白い彼の肌を醜く爛れさせ、焦げた筋肉を露出させた。

 彼は駆け抜けた鋭い痛みに、ほんの一瞬注意が逸れ、無意識の内に危険から逃れようと数歩下がってしまう。

 刹那的な、瞬き一つする間もない、だが確かな『隙』と呼べるほんの一瞬。

 それを見逃す程、アサシンは腕を鈍らせてはいない。

 

「シッ!」

 

 鋭く息を吐くと共に、左手が閃く。

 既に抜刀を済ませたアサシンブレードを横凪ぎに振るい、ローグハンターの目を潰さんとしたのだ。

 扱い方を間違えれば容易く折れる細き刃でも、相手の命を絶つには、相手の戦意を折るには充分すぎる。そんなもので目を切られれば、失明は免れまい。

 アサシンブレードがローグハンターの目を捉えんとした刹那、差し込まれた黒き刃によって受け止められた。

 ローグハンターの人間離れした反射神経が、アサシンの攻撃に反応したのだ。

 彼は焼き爛れた頬をそのままに、能力(アビリティ)を発動した。

 お互いに両手が塞がった状況で使える武器は、かなり限られるだろう。

 だが、その限られた武器こそが、この状況を打破する一手だ。

 ローグハンターの次の行動を察したのだろう。アサシンは口許に笑みを浮かべ、甘んじてそれを受け止める体勢を取った。

 ──瞬間、ローグハンターの前蹴り(スパルタキック)が腹部に叩き込まれた。

 大気を震わせる凄まじい衝撃が駆け抜けていったが、ローグハンターの表情は固い。

 足の裏に感じるのは、鉄の塊でも蹴ったかのように思える堅さだった。

 不可視の鎧(ライフシールド)を突破出来ていないと察するには時間はいらず、半ば脊髄反射の如き速度で足を引っ込めた。

 その刹那、彼の足があった場所にアサシンの左手が突き出され、抜き身のアサシンブレードの刃が怪しく輝く。

 

「良い反応だ」

 

「黙れっ!」

 

 アサシンの称賛に弾かれるように反論し、同時に開いた間合いを詰めるために走り出す。

 二振りの剣の切っ先を地面に擦られながら、接近の勢いを乗せて豪快に振り上げる。

 同時に舞い上げた砂塵で相手の視界を潰しつつ、素早くタカの眼を発動。

 砂塵に隠れる相手の赤い影に向けて、ばつ字に二刀を振り下ろした。

 赤い影はその軌跡を瞬時に見切ったのか、大きく左足を下げると共に体を大きく下げる事でそれを避ける。

 下げた体を前に戻す勢いを利用して金色の剣を横凪ぎに振るい、ローグハンターは逆手に持ち換えた黒鷲の剣で受け止め、金色の剣を振り下ろす。

 アサシンブレードでは受け流しきれないであろう、アサシンの頭蓋を砕かんと行われた、渾身の振り下ろしだ。

 だが、アサシンは避けない。避ける必要がない。

 ガキンッ!と何度目かの甲高い金属音が鳴り響き、金色の剣の刃が受け止められた。

 ローグハンターが露骨な舌打ちを漏らすと、アサシンは苦笑混じりに肩を竦めた。

 

能力(アビリティ)が使えるのなら、剣の力は馴染んでいる筈だ。私に言わせればまだまだだが、妥協点ではある」

 

 告げられたのは、明らかにローグハンターを下に見ている評価。

 突拍子もなく評された彼は不服そうに眉を寄せ、「舐めるなっ!」と怒鳴り付ける。

 彼の怒号を受けてなおアサシンは動じず、口許に浮かべた笑みを消し、真剣な面持ちとなった。

 

「舐めてはいない。だが──」

 

 彼がそう呟いた瞬間、彼を中心として閃光を伴った衝撃波(混沌の輪)が駆け抜けた。

 防御の姿勢を取る間もなく放たれた能力(アビリティ)は、ローグハンターの全身を殴り付けた。

 意識が飛びかねない衝撃と全身に纏わりつく鈍痛に、ローグハンターは肺の空気を吐き出しながら足をふらつかせる。

 アサシンは僅かに怒気を込めながら金色の剣を構え、ローグハンターに告げた。

 

「──あのお方の籠愛を受けるには、まだまだ足りんな」

 

 ローグハンターの脳がその言葉を理解した瞬間に放たれたのは、軌跡さえも残さぬ斬撃の数々だった。

 袈裟、逆袈裟、水平斬り、振り下ろし、振り上げ──。

 動体視力に優れるローグハンターでも、何一つとして見切ることは出来ず、体勢を崩している為、防御をすることも出来ず、その全てが直撃した。

 黒きまことの銀(ミスリル)の鎧がその体を守ってはくれているが、全身を守っているわけではない。

 鎧と鎧の隙間に的確に刃を滑り込ませ、かつ相手を殺さぬように振るわれる金色の剣の剣撃の数々に、ローグハンターの体から鮮血が迸り、彼の黒いローブを、アサシンの白いローブを紅く濡らしていく。

 

「ふんっ!」

 

 連撃の締めとして前蹴り(スパルタキック)を見舞い、ローグハンターの胸を蹴り抜いた。

 

「がっ!」

 

 越常の力の宿った蹴りの一撃は大気を大きく揺らし、ローグハンターの体を弾き飛ばした。

 ろくに防御も出来ずにいた彼は、血を吐きながら両手の剣を取りこぼし、ギルド脇の倉庫に頭から突っ込む。

 途中で雑嚢が破れたのか、倉庫の床にその中身がぶちまけられた。

 

「っ!」

 

 全身を駆け抜ける痛みと、点滅を繰り返す視界。

 瞬きを繰り返して意識を失う事だけは避けようと努めるが、意志に反して体は悲鳴をあげ、勝手に休もうとしていた。

 気力を振り絞って体をうつ伏せに倒し、両手足を踏ん張って立ち上がろうと力を入れるが、

 

「ごぼっ!」

 

 肺から上がってきた熱い液体を吐き出し、紅く床を汚した。

 それが自分の血である事を察せぬほど、ローグハンターは間抜けではなかった。

 自身が吐き出した血で汚れた床に突っ伏す形で倒れ、どうにか酸素を取り入れようと必死に呼吸を繰り返すが、喉を奥から何かが転がるような異音が鳴って止まらない。

 折れた骨が肺に刺さりでもしたのだろうと、怪我をした当人であるローグハンターは、どこか他人事のように思った。

 ほんの僅かとはいえ、時間は稼げた。周囲の住民だけでなく、友人たちも上手く逃げた事だろう。

 いや、誰よりも彼女が逃げてくれたのなら、それで良い。

 とりあえずの役割(ロール)は果たしたかと安堵にも似た息を吐き、直後、肺に感じる激痛に表情を歪めた。

 霞む視界の先に映る白い人影(アサシン)は、何やら言葉を呟くと、倒れるローグハンターに向けてゆっくりと歩き出す。

 相手の恐怖を煽るためか。それもあるだろうが、彼には確信している事があるのだ。

 先程の連撃の、締めの前蹴り(スパルタキック)。あれだけ打ち込まれて、気絶しない相手はいない。

 気絶しているのなら即刻連れ帰り、気絶していないにしても、満身創痍であることに違いない。

 だが、今回ばかりは──。

 

「やり過ぎたかもしれんな……」

 

 アサシンは顎に手をやってそう漏らすと、「死んでいたら、どうしたものか」と他人事のように言葉を続けた。

 その言葉はそれこそ虫の囁きのようであり、倒れるローグハンターに聞こえはしないだろう。

 当の彼は暗闇に沈みかける意識の中で、近づいてくるアサシンではなく、愛する彼女の事を想っていた。

 無事に逃げられただろうかと思い、怪我はしていないだろうかと思い、生きてくれと願う。

 明日をも知れぬ冒険者の恋人として、さも当然の事を思い、不意に視界の端に映るあるものを見つけた。

 それは、特に飾られた様子のない、手のひらサイズの箱だ。

 その中に納められているものを知っているのは、今のところローグハンターのみ。

 彼以外の誰かが中身を知るとなると、それは大きな転機を迎えた時だ。

 朧気な意識の中であっても、それだけは確かに理解出来たのだ。

 もしここで自分が死に、彼女があれの中身を見たのなら、どうするだろうか。

 そもそもとして、自分の死を彼女が知ったのなら、どうするだろうか。

 周りの友人たちが気を遣って、後を追わせる何て事は絶対にしないだろうが……。

 

 ──彼女はきっと、泣くんだろうな。

 

 消えかけた意識の中、彼はそれだけははっきりと理解した。

 だからだろうか、彼は無意識の内にその箱に向けて手を伸ばしていた。

 手を伸ばしながら、彼は自問する。

 俺の役割(ロール)は何だ。

 

 ──彼女を守ることだ。

 

 体も録に動かない為、辛うじて動く腕のみで掴もうと必死になって、血に濡れた手を伸ばす。

 手を伸ばしながら、彼は自問する。

 俺の役割(ロール)は何だ。

 

 ──彼女を泣かせない事だ。

 

 アサシンがわざと鳴らしているであろう足音が、すぐ側まで近づいてきている。

 足音を聞きながら、彼は自問する。

 俺の役割(ロール)は何だ。

 

 

『絶対、戻ってきてね』

 

 

 不意に、先ほど交わした彼女の言葉が脳裏を過った。

 騎士としての矜持(クリード)も、アサシンとしての信条(クリード)も、彼女との約束を前にすると霞んでしまう。

 それほどまでに、彼女の存在は大きく、代えがたいものなのだ。

 ローグハンターの下にたどり着いたアサシンが体を屈め、倒れる彼に向けて手を伸ばす。

 改めて問う。

 

 ──俺の役割(ロール)は、信条(クリード)はなんだ。

 

「さあ、あのお方の野望の礎となれ」

 

 アサシンがそう告げ、ローグハンターの体に手を触れた瞬間、

 

「違う」

 

 彼の呟きと共に、雷電龍の咆哮が放たれた。

 突然の事態にアサシンは反応出来ず、雷に打たれるがままに吹き飛ばされる。

 不可視の鎧(ライフシールド)を突破され、純白のローブを焦がしながらも、アサシンは空中で身を捩って体勢を整え、無難に着地を決める。

 驚きに目を剥きながら、アサシンは焦げたローブの袖に触れ、ローグハンターのいたギルドの倉庫に目を向けた。

 雷電龍の咆哮に巻き込まれ、もはや見る影もない瓦礫の山となり、舞い上がった砂塵に視界が潰される。

 アサシンが目を細めた瞬間、背筋を駆け抜けた悪寒に体が反応し、無意識に金色の剣を構えた。

 それとほぼ同時。砂塵を切り裂き、三条の流星がアサシンへと迫る。

 見てから反応では、決して回避出来ないであろう速度だが、アサシンは人外染みた反応速度でその軌跡を見切る。

 一本目を切り払い、次いで二本目を叩き落とす、三本目を迎撃せんと金色の剣を払った瞬間。

 

 ──三本目の矢が弾けた。

 

 鏃に込められた雷が四方八方に飛び出していき、アサシンの不可視の鎧(ライフシールド)を貫き、ついに片膝をつかせた。

 突然の事態にアサシンは舌打ちを漏らし、許容量を越えた痛痒(ダメージ)により維持できなくなった不可視の鎧(ライフシールド)を、一瞬の閃光と共に解除する。

 長時間の維持で多少ながら消耗したのか、アサシンは荒れた息を吐きながら目を細めた。

 砂塵が払われた倉庫跡地に仁王立つ、ローグハンターの姿を認めたからだ。

 頬の火傷、数多の創傷、数ヶ所の骨折を始めとした、先程の戦闘で負った負傷は既に完治していた。

 火傷のなくなった頬を撫で、透き通った輝きを放つ金色の双眸をアサシンに向ける。

 睨まれたアサシンは真剣な面持ちで、ローグハンターを視界に納めつつタカの眼を発動した。

 敵意を示す赤い人影をさらに注視し、彼の体の奥底に眠る何かを見ようと眼を凝らす。

 その間にも、ローグハンターは右手をまっすぐ横に伸ばすと、金色の剣が雷と共に動きだし、瞬き一つの間に彼の手に納まった。

 自分でも出来ない所業を呼吸するように行った彼の姿に、アサシンは納得したように頷き、口許に笑みを浮かべた。

 

「そうか、そこまで濃いのか(・・・・)

 

 くつくつと喉の奥で笑いながら、アサシンはローグハンターに向けて叫ぶ。

 

「あのお方がお前を待つ理由がようやくわかったぞ!」

 

 興奮したように唾を撒き散らしながら叫び、目を見開いて身を乗り出す。

 

「貴様の両親が(・・・)どの系譜の末裔かは知らんが、何とも愛かれているな!」

 

 声音こそ興奮した様子だが、そこにはどこか羨望の色が見え隠れしていた。

 隔世遺伝というものをご存知だろうか。端的に言えば『先祖がえり』と呼ばれるもの。

 父や母ではなく、祖父母やそれ以前の先祖の特徴が色濃く出ることだ。

 血族と呼ばれるアサシンたちの先祖──つまり、かつて来たりし者たちの血が、ローグハンターの身に色濃く残されていることを、この男はタカの眼を通して理解してしまったのだろう。

 なぜ自分がそうでないのか、なぜ奴が自分ではないのか、そんな自問が渦巻いているのだ。

 アサシンの言葉にローグハンターは小さく首を振り、彼は淡々と告げる。

 

「父はともかく、母の先祖は知らん。加えるなら、両親からの愛情というものにもあまり縁がなかった。……いや、無頓着なだっただけかもしれんが」

 

 一旦言葉を区切ると「だが──」と言葉を続けて、手に持っていた小さな箱を一瞥し、フッと柔らかな笑みを浮かべた。

 

「俺を愛してくれる奴なら知っている。愛を教えてくれた奴なら知っている。だから──」

 

「彼女を守ること。彼女と共に生きること。それが俺の役割(ロール)だ」

 

 ローグハンターは自分の役割(ロール)をそう断じると、弓を背に戻して金色の剣の切っ先をアサシンに向けた。

 纏う覇気は先程の比ではなく、アサシンは武者震いからか身を震わせる。

 この世界に呼ばれてから、あのお方の加護を受けてからというもの、強大な力による一方的な塵殺ばかりだった。

 だが、目の前に立つ男はどうだ。

 先程までならともかく、今の彼の纏う覇気は自分と同じかそれ以上。

 

「それでこそだ、継承者」

 

 任務とは別に、強者を前にしたアサシンの血が、刻まれた遺伝子が、奴を越えろと騒いでいるのだ。

 アサシンの言葉が届いたのだろう。ローグハンターは目を閉じると、深く息を吐いた。

 

「悪いが、俺は何も継ぐつもりはない」

 

 彼はそう言うとゆっくりと目を開き、アサシンに絶対零度の殺意を向ける。

 

「終わらせる。お前の代で最後だ」

 

「ほざくな、青二才が」

 

 ローグハンターの言葉にアサシンは怒りを込めながら言葉を返した。

 黒い鷹は血に刻まれた役割(ロール)からの解放を求め、白い鷹は血に刻まれた役割(ロール)への束縛を求める。

 騎士とアサシン。本来有るべき在り方を逆転させた二人の戦いは、四方世界の未来を賭けた戦いは、王が住まう都でもなく、魔王が住まう城でもなく、人々が住まう辺境の街で、様々なものを巻き込みながら始まってしまったのだ。

 天上の神々ですらその結末を知らず、物語(シナリオ)仕組んだかつて来たり者ですら、その結末はわからない。

 だが、既に骰は投げられた。

 後はその目が示す答えにたどり着くのみだ。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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