SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory05 Hunt you down

 天高く走る筈の二条の雷光が、地面を焦がしながら大地を駆け抜け、ぶつかり合った瞬間に甲高い金属音が響いた。

 雷同士がぶつかった場合、果たしてどんな音が鳴るのかは興味があるところだが、まず間違いなく金属音ではないだろう。

 その異音と呼んで良い音が鳴るのは、(ひとえ)に地を駆ける雷光が、紛い物であるからに他ならない。

 地面を、時には空中さえも駆ける雷光が交錯する度に金属音が響き、今度は正面から当たらんと迫っていく。

 二つの雷がぶつかる瞬間、彼らは雷から実体へと戻り、各々の得物である金色の剣をぶつけ合った。

 二つの力が激突し、凄まじい衝撃が空中にいた二人──ローグハンターとアサシンに襲い掛かり、勢いのままに弾かれる。

 命綱なしで空中に放り出されるなど、まともな感性を持つ人物なら戦慄するのだろうが、二人は一切慌てる様子もなく体勢を整える。

 ──だけでなく、ローグハンターは空中で弓を構え、矢をつがえて狙いを定め始めた。

 空中で狙いを定める間、時間の流れが緩やかになる感覚を覚えながら、ゆっくりと呼吸を整え、弦を弾く。

 放たれた矢は大気を切り裂き、アサシンを貫かんと駆け抜ける。

 だが、遅い。雷を追い始めている彼らには、どんな矢でも満足いく速度には足りないのだ。

 ローグハンターがその事実に舌打ちを漏らすのと、アサシンが金色の剣を振るったのはほぼ同時。

 結果的に矢は半ばから折られ、二人よりも早く地面に落ちた。

 二人が地面に降り立ったのはその直後。

 森人でなければ少なからず痛痒(ダメージ)を受けるか、或いは骨が折れて再起不能となるだろう高さだ。

 なのだが、二人は一切痛みを感じた様子はない。

 儀式としての身投げ(イーグルダイブ)とは違う、落下の痛痒を減らす──或いは無くす──能力(アビリティ)

 意味は違えど名前は同じ。『イーグルダイブ』。

 発動の必要のない、常時発動(パッシブ)型の能力(アビリティ)だ。

 故に二人は落下による痛痒を受けることなく、すぐさま次の行動に移った。

 ローグハンターが雷で尾を引きながら駆け出し、タイミングを見計らったアサシンは、金色の剣を振りかぶる。

 

「シッ!」

 

 鋭く息を吐くと共に、金色の剣を振り下ろす。

 ローグハンターの腕を落とさんと振るわれた金色の剣は、同じく振るわれた金色の剣によって弾か(パリィさ)れた。

 何の事はない。攻撃すると見せかけたローグハンターが、アサシンの一閃に合わせて防御姿勢を取り、瞬時に弾いたのだ。

 腕ごと剣を弾きあげられたアサシンは目を剥くが、瞬時に思考を切り替えて半歩下がる。

 刹那、彼の腰があった位置に金色の軌跡が走り、遅れて雷を尾を引いた。

 無遠慮に脇腹を殴り付けてきた雷に舌打ちを漏らし、痺れる体に鞭を打って更に後方に跳躍。

 ローグハンター渾身の振り下ろしが地面に叩きつけられたのは、その直後だった。

 雷電龍の(あぎと)が地面に突き刺さり、乱雑に抉り取りながら、周囲を焦がす。

 舞い上がった砂塵がローグハンターを包み隠し、アサシンからの捕捉を遅れさせる。

 だが、相手の捕捉が遅れるのはローグハンターとて同じ事だ。

 彼は鋭く息を吐きながらタカの眼を発動し、瞬時に上半身を大きく捻った。

 直後、砂塵を貫いた雷が彼の上半身があった位置を通りすぎ、彼方の木を撃ち抜いて倒木させた。

 鎧に掠める程の至近距離を雷が通りすぎた為か、ローグハンターの体を鋭い痛みと痺れが駆け巡り、捻った上半身を元に戻せずに体勢を崩す。

 アサシンがその隙を見逃すかと問われれば、答えは否に決まっている。

 彼は口許に笑みを浮かべ、その体を雷としながら走り出した。

 それを視界の端で捉えていたローグハンターは金色の剣を地面に突き立てて体を固定し、上半身を戻すのではなく下半身を跳ね上げた。

 雷から生身へと戻ったアサシンの放った突刺は、ローグハンターの体があった場所を的確に突いたが、彼はそこにはいない。

 見下ろしてくる金色の双眸を睨み付けながら、アサシンは彼へと追撃せんと刃を返したが、

 

「──ッ!」

 

 直感でローグハンターの剣に力が集まっている事を察知し、その場を飛び退いた。

 直後に地面に突き立てられたローグハンターの剣から、閃光を伴った衝撃波(混沌の輪)が放たれた。

 紙一重で範囲外へと逃れたアサシンは額に流れる脂汗をそのままに、深く息を吐く。

 

「……埒があかんな」

 

 隔世(覚醒)状態とは、本来あのお方の加護なしでは発動することは出来ないものだ。

 人間ではその域にたどり着けないのは、ヒトの遺伝子(二重螺旋)に刻まれた規則(ルール)に他ならない。

 だが、ローグハンターは違う。おそらく、彼の遺伝子にはかつて来たりし者の血(三重螺旋)が色濃く残っているのだろう。

 神の加護を受けただけの人間と、神の血を色濃く遺す人間。

 元の能力(スペック)はともかくとして、伸びしろとエデンの欠片(リンゴ)への適応能力は比ではない。

 どんなに場数を踏み、修羅場を潜り、その技量(レベル)を上げようとも、到達点がまるで違う。

 アサシンの最大値が古代エジプトと同じ(Lv55)とすれば、ローグハンターの最大値は古代ギリシャと同じ(Lv99)程だろう。

 今はレベル差が小さく、どうにか(ぎょ)す事が出来てはいるが──。

 

「……時間の問題だな」

 

 長時間の戦闘は成長を促す事となり、自分の不利な方向へと進んでしまう。

 かといって逃げたとしても、彼はレベルを上げてから再挑戦してくるだろう。

 謀らずもこの戦闘が、ローグハンターを連れ出す最初で最後の機会なのだ。

 アサシンは金色の剣を握り直し、相手の挙動に注意を払う。

 相手の動きは確実に良くなっている。気を抜けば、首と胴が泣き別れすることになる。

 無意識の内か、ローグハンターの攻撃を防ぐ事に意識を傾けていた。

 理由は様々だろう。

 絶対防御たる不可視の鎧(ライフシールド)を突破されたこともそうだが、今のローグハンターの強さが計れないことが大きな理由の一つだ。

 アサシンの額に一筋の冷や汗が流れ落ちた瞬間、

 

「──ッ!」

 

 雷光と共に、ローグハンターが動いた。

 雷を足跡の代わりとして、地面に黒い焦げた跡を残しながら、瞬き一つする間もなく、開いていた間合いが零になる。

 金色の剣を地面を擦る程の低さから、体を捻り上げる勢いのままに一閃。

 剣から迸る雷電龍が咆哮をあげ、その爪を以てアサシンを切り裂かんとした。

 だが、それさえも見越していたアサシンは、体を雷として距離を取り、視線を戻すと共に我が目を疑った。

 じぐざぐと曲がりながら地面に叩きつけられる筈の雷が、本来あるべき空へと、一直線に駆け上がる。

 それはまさに、異様な光景だった。

 雷の根本に立つローグハンターは宙を切って雷の残滓を振り払い、その切っ先をアサシンへと向けた。

 それで次の一手がわからないほど、アサシンも腑抜けてはいない。

 ローグハンターと鏡合わせのように金色の剣の切っ先を向け、雷を溜めていく。

 刃から漏れ出た雷が地面を焼き、ローブをはためかせる。

 二人が腰を落として身構えた瞬間、それぞれの得物から雷電龍が解き放たれた。

 二体の雷電龍は咆哮をあげ、真正面からぶつかり合う。

 押しつ押されつを繰り返す二体だが、ローグハンターは目を細めて空いていた左手も金色の剣に握りこむ。

 瞬間、ローグハンターから放たれた雷電龍が更なる咆哮をあげ、相手を呑み込まんとその力を増した。

 アサシンは目を剥き、地面に踵をめり込ませながら剣の力を引き出さんとした。

 

「っ!おおおおおおおおおおおっ!」

 

 彼の咆哮に雷電龍の咆哮が重なり、ローグハンターの放った雷電龍を押し返す。

 徐々に押され始めたローグハンターは歯を食い縛って踏ん張り、出せる全力を絞り出す。

 正面からも押され、後ろからも押される雷電龍は、次の瞬間に弾けとんだ。

 凄まじい爆発が巻き起こり、飛散した雷は刃となり、周辺に傷をつけ、時には瓦礫の山を切り裂いていく。

 巻き込まれれば只では済まない状況ではあるが、アサシンとローグハンターはそれを見越していたかのように落ち着いていた。

 二人は同時にタカの眼を発動。暗くなった視界に幻のように浮かび上がる、数瞬先(みらい)の雷の軌跡を見切り、金色の剣でもってそれらを捌いていく。

 文字通り光速で飛翔する物体を、自らに当たるもののみを瞬時に判断し、最低限の動きだけで全てを捌いているのだ。

 それだけでも、二人が異常であることがわかる。だが、それだけで終わる二人ではない。

 先に動いたのは、アサシンだった。

 先程から後手に回っていると判断し、無理矢理にでも流れを断ち切ろうとしたのだ。

 金色の剣を右手に保持しつつ、左手を腰に回し、複数本の投げナイフを取り出す。

 彼の動きを察知したローグハンターは金色の剣を空に向けて投げ、開いた両手を腰のホルスターに伸ばし、二挺のピストルを引っ張り出した。

 投げナイフが放たれるのと、ピストルが火を噴いたのはほぼ同時。

 短筒から吐き出された鉄球(だんがん)と投げナイフが空中でぶつかり合い、火花を散らしながら弾きあう。

 結果、投げナイフも弾丸も相手を捉える事はなく、二人の足元に突き刺さる。

 それで気を抜ければ楽なのだろうが、ローグハンターはピストルをホルスターに押し込み、落下してきた金色の剣を片手で受け止めんとしたが、

 

「ッ!」

 

 視界の端に映った銀光を認め、弾かれるように手を引っ込めた。

 彼の手があった場所を投げナイフが通りすぎ、落下してきた金色の剣に直撃した。

 僅かに落下地点を剃らされた金色の剣は地面に突き刺さり、ローグハンターの視線が僅かにそちらに向けられた。

 刹那、彼を目指して雷が駆け出した。

 障害物もない、一直線にたかが数十メートル。

 雷が彼の下にたどり着くのに時間はいらず、瞬きする間もなく距離は零だ。

 相手は無手。意識も別の場所に向けられていた。

 これ以上ないほどの好機。これを逃がす手はない。

 彼の懐に飛び込んだアサシンは、金色の剣を振り下ろす。

 相手の頭蓋を砕かんと放たれた一撃には、一切の手加減はない。確実に相手の命を断たんとしているものだ。

 殺すぐらいがちょうど良いとは言うが、それで本当に殺す気で攻撃する者はあまりいないだろう。

 降り下ろされる金色の刃を睨みつつ、ローグハンターの左手が半ば無意識の内に動き出す。

 左手の小指を動かして手首の仕込み刀(アサシンブレード)を抜刀。

 同時に自身の頭に迫る金色の刃を受け止めんと、流れるように差し出した。

 響き渡ったのは、甲高い金属音だ。

 只の刃であれば、腕諸とも斬られて終わりだっただろう。

 だが、彼の左手首のアサシンブレードは、使われた材料からして訳が違う。

 この世界でも貴重なまことの銀(ミスリル)に、アルタイルが持ち込んだエデンの欠片(リンゴ)の力の込められたそれは、おそらくこの世界において右に出るものはない、唯一無二の黒きまことの銀(ミスリル)

 堅い筈なのに柔らかい。その独特の特性を持つ刃は、受け流すべき一撃を受け止めた。

 黒きアサシンブレードは、敵を屠むる刃として、主を守る盾として、その役目を充分に全うしたのだ。

 ぎりぎりと火花を散らしながら、ローグハンターとアサシンは金色の双眸で睨みあう。

 

「アサシンブレード。それにしては、私の知っている物と違うな」

 

 アサシンは吐き捨てるように言うと、僅かに疼く左手薬指に意識を向けた。

 師に認められアサシンとなり、その証として自ら切り落とした薬指。

 その生涯を神々と戦いに捧げ、ひたすらに血に染め続け、ついに神に認められる事が出来たと言うのに──。

 

「自らの指を切らず、あのお方の籠愛も受けぬ半端者が……っ!」

 

 目の前の男は、薬指のついた左手でアサシンブレードを振るい、神の干渉もなしに力を振るっている。

 その事実はアサシンの神経を逆撫でし、無意識に腕に力がこもる。

 人であろうと悪魔(デーモン)であろうと叩き切る得物と、それを十全に振るう腕力をもってしても、ローグハンターを崩せない。

 彼は冷たい視線をアサシンに向け、僅かに目を細めた。

 

「俺は騎士()()()からな」

 

 彼らしく単刀直入に、僅かに悲哀の色を込めて、だが後悔だけはした様子はなくそう告げ、ぎりぎりと押し込まれる金色の剣を押し返す。

 

「騎士としての道を捨てて、アサシンとしては実力も覚悟もない。確かにお前の言うように半端者だ。だがなっ!」

 

 金色の双眸を見開きながら、ローグハンターは語気を強めた。

 彼の意志に応えるように、その肉体に雷が駆け抜けた。

 脳からではなく、遺伝子から放たれる直接的な電気信号(めいれい)に、彼の腕は跳ね上がった。

 金色の剣を片手で跳ね除けられたアサシンは、仰け反る形で大きく体勢を崩す。

 彼は目を剥くと、素早く体勢を整えて左腕の籠手で胴体を庇う。

 長年の経験から来る条件反射の動きだが、それは正解だった。

 盾代わりに構えられた籠手に、ローグハンターの前蹴り(スパルタキック)が叩き込まれたのだ。

 甲高い金属音と共に漏れたのは、骨の砕ける乾いた音だった。

 

「──っ!」

 

 アサシンは苦痛の声を噛み殺すと左腕に叩き込まれた足を振り払い(パリィ)反撃(カウンター)に金色の剣を一閃する。

 蹴りを放った後の、無防備な体勢に狙った攻撃。

 それには流石のローグハンターも反応しきれず、素早く足を引き戻して回避せんと身を翻したが、アサシンの一閃はその先を行った。

 雷の尾を引く一閃は、ローグハンターの腕を深く切りつけた。

 一拍開けて傷口が開き、迸った鮮血が夜を閉じ込めた彼の漆黒のローブの袖と漆黒の籠手に彩りを加える。

 ローグハンターは熱を持った腕に一瞥くれると後ろに転がり、出血をそのままにアサシンを睨んだ。

 彼は疲労と共に深く息を吐くと、金色の剣に血払いくれる。

 

「さあ、どうする……!」

 

 彼は試すようにそう言うと、ローグハンターは再び血に濡れた自らの腕に目を向けた。

 彼は僅かに目を細めると、血に濡れる事もいとわずに傷口を押さえると、鋭く息を吐く。

 瞬間、彼の体を一瞬の閃光が包む込んだ。

 瞬きすれば止んでしまう程、刹那的な時間の発光。

 だが、その光に覚えのあるアサシンは舌打ちを漏らす。

 

急速回復(セカンド・ウインド)……。貴様、そこまで……」

 

 戦う意志でもって体に喝を入れ、負傷と毒、火傷を癒す能力(アビリティ)だ。

 何ともなしにそれを使用したローグハンターは、挑発するように不敵に笑み、右手で虚空を掴む。

 同時に駆け抜けた雷光が彼の手に納まり、剣を形作った。

 剣のあった場所に目を向ければ、そこには焦げた後を残して何もない。

 弾いた所ですぐさま掴まれるのなら、するだけ無駄だろうか。

 アサシンの脳裏に過ったその思考をすぐさま切り上げ、相手の笑みに自らの笑みを返した。

 

「だが、能力(アビリティ)の連続使用は堪えるだろう?」

 

「知ったことか」

 

 ローグハンターは冷たく言い放つと、右手の金色の剣を握り直し、右足を半歩下げて体勢を落とす。

 剣を駆ける雷が腕を伝って彼の全身を駆け巡り、無意識に働くべきブレーキを壊し、本来出せる力を大きく越える力を引き出す。

 つまり、次の瞬間には、アサシンとローグハンターの間合いは零になっていたのだ。

 アサシンが感知出来たのは、ローグハンターのいた場所の地面が盛大に爆ぜ、自らに向けて雷が迫ってきた瞬間だった。

 まともな者から反応も出来ず、その体躯を小石のように弾き飛ばされるだろう。

 だが、彼はアサシン。まともな者(只人)という枠組みから大きく逸脱した、文字通りの化け物だ。

 彼は自らの体を雷と化し、垂直に飛び上がる。

 同時に彼のいた場所を雷が駆け抜けた。

 

 ──否、正確に言えば、そう見えただけだ。

 

 雷となったローグハンターが渾身の刺突を放ち、地面を大きく抉りながら急停止したのだ。

 防御も反撃(カウンター)への備えもない、攻撃に全身全霊を込めた一撃。

 大地から空に向けて雷が走るという奇異な光景も見慣れ、特段何も思うことはなくなったローグハンターは、弾かれるように真上へと目を向ける。

 上空のアサシンは体勢を整えると、金色の剣を逆手に持ち変えて逆手持ちにし、落下の勢いのままに、大上段から振り下ろす。

 ローグハンターは慌てる事なく後ろに下がるが、次の瞬間には彼の体が宙を舞った。

 空を突いた金色の剣が地面に突き刺さった瞬間に、凄まじい衝撃波が発生したのだ。

 それを諸に受けたローグハンターは驚く間もなく地面に叩きつけられ、ごろごろと転がる。

 ざっと踵を地面にめり込ませて踏ん張りを効かせ、揺れる視界を持ち直そうと頭を振った。

 

「はっ!」

 

 その隙にアサシンの気合い一閃と共に振るった金色の剣から、雷が放たれる。

 歪んだ視界の端から迫る金色の輝きに、ローグハンターは無理矢理横に転がる事で対抗せんとした。

 結果的に言えば、雷はローグハンターの急所を捉える事はなかった。

 

「──―」

 

 急所に当たらず、致命傷にはほど遠いにしろ、彼は右足を駆け抜けた激痛に歯を食い縛る。

 脚甲により守られていたため、無事に繋がってはいる。だが、その中身は強烈な電熱に曝され、焼き爛れているのだろう。

 アサシンは鋭く息を吐き、同時に走り出す。

 走り出すと言っても、その身を雷に変えての全力疾走だ。もはや備える暇もない。

 倒れたままのローグハンターは、苦し紛れに金色の剣を盾代わりに構えた。

 ないよりはまし程度の防御だが、無慈悲に放たれたのは全力(ガード不能)攻撃だ。

 地面に擦れるほどの下段から金色の剣が振り上げられ、防御してしまったローグハンターの体が、一瞬の内に浮かび上がる。

 彼の目が驚愕に剥かれるのと、鎧の隙間を縫うように、腹に金色の剣が突き立てられるのはほぼ同時。

 ごぼりとローグハンターが吐き出した血の塊にフードを汚しつつ、アサシンは金色の剣を握る腕に力を込める。

 

「おおおおおおおおおおおっ!」

 

 相手の体内に微弱な雷を流し込みつつ、気合い一閃と共に剣を振り抜く。

 遠心力に引かれたローグハンターの体は独りでに剣から抜け、地面にぶつかる度に跳ね、瓦礫の山に突っ込む事でようやく止まる。

 

「か──……あぁ………」

 

 体から煙を噴き出しながら瓦礫の山に埋もれるローグハンターの口からは、声とは呼べない音が漏れ出た。

 体内から雷で焼かれ、意識は消えかける寸前。右足の感覚はなく、能力(アビリティ)を使おうにも集中出来ない。

 

「はぁ……はぁ……。ようやく、か……」

 

 アサシンは荒れた息を整えつつ、額の汗を拭った。

 ここまで苦戦したのは、果たして何年──何百年ぶりだろうかと自問し、もう忘れた事だと思考を放棄した。

 だが、勝てたのだから良いかと胸を撫で下ろし、ローグハンターの下へ歩み寄る。

 先程の反撃(カウンター)に備え、警戒を解くことなく、だが無駄に力が入らないように気を抜いて、足取りを確かに歩いていく。

 雷となっても良いのだが、あれはあれで消耗する。立ち上がられた時に備え、少しでも体力を残しておかなければ──。

 

『──ローディング』

 

 体力の配分を考えるアサシンの耳に、聞き馴染んだ音が届いた。

 その声には一切の抑揚がなく、もはや話すだけの機械から発せられていると考えた方がしっくりくるだろう。

 この剣を持ったばかりの頃には、毎日のように聞いていた音声だ。

 だが、その声が出るときは、決まって持ち主に何かが起こる知らせだ。

 そして、その音声が発せられたのは自分の剣ではない。

 すぐに答えにたどり着いたアサシンは露骨に舌打ちを漏らし、「なぜだ、我が主よ……っ!」と天に向かって咆哮した。

 

『遺伝子情報検索──完了』

 

『データ更新、開始──完了』

 

流入(シンクロ)開始──完了』

 

 その間にも次々と音声が流れ、ついには最後の一文が音読された。

 瞬間、瓦礫の山が吹き飛んだ。

 何の比喩でもない。文字通り、跡形もなく消し炭となったのだ。

 急速回復(セカンドウインド)で体力を全快させたローグハンターは、興奮したように肩で息をしながらアサシンを睨み付ける。

 金色の剣には先程とは段違いの力が迸り、持っているだけだと言うのに地面を焦がす。

 

「主よ。なぜ、そこまで彼を愛するのですかっ!」

 

 不服そうに、不満そうに、憤るように、アサシンは吐き捨てた。

 彼は金色の剣を構え直し、体を雷へと変えてローグハンターとの距離を詰める。

 仁王立つローグハンターを間合いに入れた瞬間、アサシンは渾身の力を以て金色の剣を振り下ろした。

 その首を落とさんと、一切の手加減も容赦もなく、雷の一閃を振り抜いたのだ。

 だが、彼の手に感じたのは肉と骨を切り裂く感覚ではなく、固いものを殴り付けたような感覚だった。

 アサシンの一閃が首を捉える刹那に、ローグハンターは金色の剣を隙間に差し込んだのだ。

 振り下ろしたものを受け止めたという都合上、多少怯むなり踏ん張るなりするだろう。

 だが、ローグハンターは微動だにせず、自然体のまま受け止めたのだ。

 アサシンが下がろうとした刹那、その顔面にローグハンターの拳が叩き込まれた。

 寸分の狂いなく顎を打ち抜かれ、脳を揺らされたアサシンはたたらを踏み、更なる追撃を許してしまう。

 ローグハンターからの追撃は、剣の一撃でも何でもなく、雷を力を込めた拳の乱打だ。

 崩れかけたアサシンの頭を更に打ち抜き、更にもう一発、もう一発、もう一発──。

 倒れようとした相手の体に雷を流し込み、無理やり筋肉を強張らせる事で、相手が意識して倒れることを阻害する。

 倒れない相手(サンドバッグ)が、無防備に目の前にいた。

 なら、やることは決まっている。

 ローグハンターは金色の剣を放り投げると、両手の拳を握り込んだ。

 拳を引いて、腰を捻り、防御を捨てて攻撃へ。

 まず一発殴る。続けて殴る。更に殴る。殴る。殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る!

 本能の赴くまま、拳が砕けようと、腕が上がらなくなろうと、壊せという衝動のままに殴り続ける。

 

「──アァッ!」

 

 最後に思い切り拳を振り上げ、獣の唸り声と共に渾身の力を以て振り抜く。

 撃ち抜かれた顎は無残に砕け、口や鼻から大量の血を噴き出しながら吹き飛ばされた。

 今度はアサシンが血の痕を残しながら地面を転がり、金色の剣を地面に突き立てて無理やりブレーキをかける。

 地面を擦ること数メートル。

 ようやく勢いが止まったアサシンは血を吐きながら立ち上がり、砕けた顎の痛みに表情を歪める。

 

「ぉ゛の゛れ゛……っ!」

 

 喉から漏れる掠れた音と共に発せられた声は、もはや怒りにのみ染まっていた。

 なぜ、あのお方の愛を一身に受けているのか。

 なぜ、優れた遺伝子(三重螺旋)を持ちながらこちらに付かないのか。

 疑問は多い。だが、答える者は誰一人としていない。

 

 ──だが、彼の命を狙う者が一人。

 

「シッ!」

 

 ローグハンターが雷を纏いながら肉薄し、いつの間にか回収していた金色の剣を、加速の勢いのままに叩きつけてきたのだ。

 アサシンはもはや声さえ出す間もなく、その場を飛び退いた。

 金色の剣が振り下ろされると共に、一条の雷が地面に落ち、盛大に爆ぜた。

 尤も、今さらそんなものに当たる程、アサシンも弱っていない。

 余裕をもった行動で回避すると、離れ際に投げナイフを複数本放つ。

 放たれた投げナイフはローグハンターの眉間や眼を始めとした急所を目掛けて進んでいくが、肉体に刺さる直前に、何かに当たったかのように弾かれた。

 何に防がれたのか。それはアサシンがよく知っている。

 不可視の鎧(ライフシールド)。先ほど瓦礫の山を吹き飛ばした時に纏ったのだろう。

 着々と減っていく勝機に、アサシンは砕けた顎から息を吐き、目を細める。

 瞬時に急速回復(セカンドウインド)を使用して顎を直し、ローグハンターに問うた。

 

「お前は、何なのだ……っ!」

 

「ふぅ……っ!ふぅ……っ!ふぅ……っ!」

 

 だが、ローグハンターに答える余裕はない。

 突如として使い方を把握できた不可視の鎧(ライフシールド)は、想像以上の消耗を強いられた。

 いや、それだけではない。

 内側から滲み出てくる怒り。何に対してなのかもわからない怒りが、抑えきれないのだ。

 荒れた息を整えようと努めるが、渦巻く激情に逆らえず、消耗をそのままにアサシンを睨み付ける。

 

「俺は──っ!」

 

 どすの利いた低い声を発しつつ、アサシンに向けて飛び出した。

 雷の尾を引きながら駆けるその様は、小さな竜が如し。

 迎え撃たんと構えるアサシンに向けて、金色の剣を突き出した。

 

「──デイモス(・・・・)だ!!!」

 

 瞬間、放たれたのは、先程までとは比較にもならない一撃だった。

 雷電龍が吼え、その全速力を以てアサシンに襲いかかったのだ。

 彼の返答にアサシンは驚き目を見開いたが、その意味を理解してか不敵な笑みを浮かべた。

 直後、解き放たれた雷電龍がアサシンをぼろ雑巾に変えんと、喰らいつく間際。

 凄まじい力を帯びていた雷電龍が、突如として霧散した。

 突然の事態にローグハンターは驚きを露にし、対するアサシンは余裕そうに肩を竦める。

 そして、竦められた彼の肩に、何者かの手が置かれた。

 その手は金色に輝きながらも半透明で、神々しいさを持ちつつも幽霊のようだ。

 ローグハンターはその手の持ち主──アサシンの背後に立つ女を睨み付けた。

 身長はアサシンよりも頭ひとつ高く、その顔はさながら女神のように整っている。

 切れ長の目に、強い意思のこもった金色の瞳。風に揺れる金髪は透き通る──実際に半透明なのだが──ように美しい。

 街中で見つければ、まず間違いなく記憶に刻まれる程の美貌だ。

 だが、ローグハンターはそんな想いをすぐに捨て去り、アサシン諸とも叩き斬らんと走り出した。

 それを察知してか、女はゆるりと右手を前に出し、僅かに力を入れる。

 

「ッ!?」

 

 その瞬間、ローグハンターの動きが止まった。

 走り出した時の姿勢のまま、金縛りになったかのように、その動きを止めたのだ。

 彼は視線だけで自分の体を確認し、体に覆う金色の膜のようなものが、動きを阻害しているのだと判断する。

 だが、わかった所でどうにもならないのもまた事実だ。

 どうにか動かせる顔だけをアサシンと謎の女に向け、絶対の殺意を込めて睨み付けた。

 それを不服に想ってか、アサシンが彼を黙らせんと前に出るが、謎の女は彼を手で制すると、口を開いた。

 

『────―』

 

 唇を動かしたというのに、その声は音にはならない。

 だが、読唇術を心得ているローグハンターは、彼女が何と言ったのかを把握できた。

 

「ああ、すぐに行く。待っていろ……!」

 

 ローグハンターは動かせない体をそのままに、言葉に精一杯の力を込めて返した。

 彼女は優雅に笑みを浮かべながら頷くと、かざしていた右手に今一度力を込めた。

 その瞬間、身動きひとつ出来ないローグハンターの体が、不可視の何かに殴り付けられたかように宙を舞い、地面を転がった。

 だが、それと同時に自由になった体に喝を入れると素早く体勢を整え、転がった勢いのままに立ち上がり、アサシンと謎の女の方に目を向けた。

 同時に迸った雷が天頂を目指して駆け上がり、天駆ける竜さながらに、尾を引いて地平線の彼方へと消えていった。

 ローグハンターはその背を見送ると、突如として頭に激痛が走った。

 否、痛みが走ったのは頭だけではない。全身の筋肉が、骨が、神経が悲鳴をあげている。

 声にならない唸り声をあげながら両膝をつき、頭を抱えて歯を食い縛り、全身を襲う刺されているような痛みに耐える。

 彼の預かり知らぬ事ではあるが、彼らの使う能力(アビリティ)は、文字通り|この世界には存在しない筈の力だ。

 それを息継ぐ間もなく使い続け(オーバーキャストす)ればどうなるかなど、もはや語るまでもない。

 ましてや、彼はまだ正式にそれを扱う資格を持ってはいないのだ。

 戦闘中故に感じなかった負荷が今になって発生し、彼の脳を焼き、筋肉を傷つけ、神経に過負荷をかける。

 そこに人格の不安定化(流入現象)が始まれば、もはやどうにもならない。

 

「──っ!……──っ!?──……っ!!!?」

 

 彼は頭を抱えながらもはや意味不明な叫び声をあげ、無様なまでに地面をのたうち回る。

 

 ──アサシンとの第一戦は、両者痛み分けに近い形で幕を降ろした。

 

 だが、心せよ。

 

「お゛れ゛は゛……お゛ま゛え゛を゛──」

 

 ──せ゛った゛い゛に゛、に゛か゛さ゛な゛い゛っ!

 

 狩人(ハンター)は、獲物(アサシン)を逃がしはしない。

 

 

 

 




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期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

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