西の辺境の街。
その街の片隅には、冒険者たちや旅行客の団体が利用する大きな宿がある。
丸くなって眠る狐のマークが目印の『眠る狐亭』と呼ばれるそこは、二階から上階を宿、一階を酒場兼小さな賭博場として冒険者だけでなく旅行客にも解放しており、朝だと言うのに様々な人物、種族で賑わっていた。
そんな彼らをカウンター越しに眺める店主は、だいぶ稼げそうだなと内心喜ぶ。
別に不正だのを働いてはいないが、賭博場を仕切る部下は彼が直々に技術を叩き込んだ男だ。
言葉巧みに相手を持ち上げて煽り、勢いだけで無駄に勝負をさせる。数をやれば、いつか落ちるのだから。
「嬉しそうだな、店主」
そんな店主に、不意に声がかけられた。
黒と赤を基調とした上質な衣装に、腰には二本の剣。背中には長い妙な筒を背負った男━━ローグハンターだ。
彼はカウンター席に腰掛け、簡単な朝食を頼んだ。
二階から気配もなく降りてきたローグハンターに慣れた様子で、その店主は肩をすくめる。
「まあな。客が多けりゃ、取られた分も取り返し易いってことよ」
「悪いな、一方的に取りすぎて」
ローグハンターの言葉とは裏腹に、何処となく嬉しそうにそう言った。
彼が賭博をすると、毎度のように大稼ぎしていくのだ。その分この宿で宿泊を繰り返すことで金を回しているのだが、それでも中々回しきれない。
それでも出禁をくらわないあたり、店主の心が広いのか、それとも裏があるのか。
ローグハンターの言葉に店主は笑い、人差し指を立てた。
「ま、噂の『
立てた人差し指を店の片隅に向け、そこでたむろしている男たちを指差した。
ちらりちらりとローグハンターに目を向けているあたり、彼が何者かわかっているのだろう。
ローグハンターはその男たちを気にする様子もなく、出された朝食━━パンやスープなどの簡単なもの━━に手を出していく。
パンを噛み千切り、スプーンで掬ったスープをすすり、小さく笑いながら舌鼓を打つ。
「やはり、ここのスープが舌にあう。なぜだ」
「常連の好みがわからないようじゃ、その店もまだまだってな」
店主のドヤ顔混じりの一言に、ローグハンターは苦笑で返す。
その時、後ろの賭博場から大きな歓声が上がった。誰かが
それに店主は「やられたか」と舌打ちし、それを見ていたローグハンターはわざと音を出してスープを飲んで無視をする。
そんな時、階段をバタバタと音を立てながら降りてくる人がいた。
「キ、キミ、起こしてって言ったじゃん!」
彼の相棒、銀髪武闘家である。装備の籠手は、ジャマだからと腰にぶら下げているようだ。
二人は経費削減と称して同じ部屋に泊まり、いつもローグハンターが先に降りてくる。
会話からして彼女は起こして欲しいのだろうが、ローグハンターはそれをしないようだ。
「寝ている奴を叩き起こす趣味はない」
「別に優しく声をかけてくれればそれでいいじゃん!」
「そうやって起こしたら、寝ぼけて俺を掴んだまま二度寝したのはどいつだ」
「……私です。お水ください……」
前言撤回。彼は痛い目を見たから、起こさないようにしているのだ。
店主は二人の仲睦まじいやり取りを眺め、水を注いだコップを差し出す。
銀髪武闘家がそれに口をつけた時、店主は怪しくニヤニヤと笑いながら呟いた。
「━━で、昨晩は楽しめたか?」
「ブッ!」
「……汚いぞ」
店主の一言に銀髪武闘家は水を吹き出し、食事を終えたローグハンターがそれを注意する。
だが、その短い言葉に僅かな動揺が混ざっていることに、五年近い付き合いの店主は気づいた。
店主は邪悪な━━それでもどこか嬉しそうな━━笑みを深めると、目の前の二人に言う。
「なんだ、鎌をかけただけなのに図星だったのか?ああ、こいつが嬢ちゃんを起こさない理由ってそういうことか」
「ち、違います!私たちは別に、そんな、こと、して、ない、です……」
言っていて恥ずかしくなったのか、銀髪武闘家は顔を真っ赤にさせながら俯いた。
あうあうと口を動かしているのは、今の言葉が嘘だという証拠だろう。
ローグハンターは大きくため息を吐き、食事の代金をカウンターに置く。わざとドン!と音が出るように置いたのは、威嚇か何かなのだろうか。
「ごちそうさん。行くぞ」
「う、うん。店主さん、違います!違いますからね!」
足早に去ろうとするローグハンターと、顔を真っ赤にさせたまま彼の後ろについていき、店主のほうを向いて釘を刺す銀髪武闘家。
そんな二人を、店主は「まあ待て」と呼び止めた。
先ほどまでの笑みが嘘のように消え、顔は真剣そのものだ。
そんな顔をされてしまえば、二人も頭を切り替える。
二人の男女から冒険者の
ここまで公私をすばやく切り替えられる者は、たとえ政治家であってもそう多くはないだろう。
店主は二人に目を向け、応接室を指差す。誰かがいるということなのだろう。
二人は顔を向かい合わせると頷きあい、そっと応接室に入る。
「む……」
「あれ?」
そこにいたのは、ソファーに腰掛けた一人の少女。
武闘家とは対照的な赤い髪に、丸眼鏡をかけている。魔術師なのか胸元が開いたローブを纏い、机の上には三角帽子、杖は自分の体に寄せていた。
一つ問題があるとすれば、その彼女が寝ていることか。すやすやと寝息を立てるその寝顔には、年相応の幼さが残る。
二人は彼女と机を挟んで対面の席に座り、顔を寄せて小声で話し始めた。
「この
「ああ、間違いない。あそこまで話したんだ、そう簡単には忘れん」
「だよね?私たちに用があるのかな?」
「でもなければ、たった一人でここには来ないだろう。依頼、というわけではなさそうだが……」
「ん~、一党に加わりたいとか?」
「それはそれで構わん。魔術師の対処法は魔術師が一番知っているだろう」
「そうだね~。起こす?」
「俺に━━」
「はいはい、私が起こしますよ~っと」
ローグハンターが何かを言う前に、銀髪武闘家が身を乗り出し、女魔術師の肩を優しく叩く。
それに体を跳ねさせて反応したのは、仕方がないだろう。誰だって寝ている時に肩を叩かれれば、驚くのは当然だ。
女魔術師は慌てながら周囲を見渡し、ようやく正面の二人に気づく。
「あ、あの……」
「気にするな。俺たちが遅くなっただけだ」
寝ていたことの謝罪を口にする前に、ローグハンターが先手を打った。
実際、昨晩色々としたせいで何時もよりも遅く起きたのは事実だ。
女魔術師は服のシワを伸ばし、改めて二人に向き合った。
「お二人に、学院でも噂の『
「私も異名欲しいなー。話から省かれてる気分になるよ……」
「『お二人』と言ったのなら、それでいいだろうが。続けてくれ」
茶々を入れた銀髪武闘家を注意しつつ、言葉を間違えたと少し慌てる女魔術師にフォローを入れ、続きを促す。
「不躾ながら、私を一党に加えて欲しいのです」
改まったように言う女魔術師の頼みに、ローグハンターは首を傾げた。
「一ついいか」
「はい」
「俺たちは学院━━つまり都のほうでも噂になっているのか」
ローグハンターの確認に、女魔術師は頷いた。
彼としては吟遊詩人あたりが適当にホラを吹いているのだろうと考えていたので、続く女魔術師の言葉は意外なものだ。
「お二人が助けた私の学友である貴族のご令嬢から、話を伺いました」
「貴族令嬢なんか助けたっけ?」
銀髪武闘家の気の抜けた言葉に、ローグハンターは困り顔で頷いた。
「貴族としては、旅行中の娘が拐われたなんて知られたら面子に関わる。国や軍、知り合いの貴族に知られないように、匿名で依頼を出したんだろ」
「ああ、山賊討伐と女の子の護送がセットの依頼って、そういうことなんだ。あと、その指定先にいる強そうな人たちも」
「そう言うことだな。……時々見知らぬ誰かから手紙が来るのもそのせいか……」
小声で付け足した最後の一言は、銀髪武闘家に届くことはなかった。
ローグハンターは咳払いをして、女魔術師に質問をする。
「魔術は何回だ」
「日に二回、得意なものは『
「白磁で二回か。恵まれているな……」
「すごいね~。私たち使えないのに……」
前衛二人は、割りと素直にそう口にした。銀髪武闘家のものは自嘲のような気もするが、誉めていることに変わりはない。
突然銀等級二人に誉められた女魔術師は、赤くなった顔を俯かせる。
帽子があれば隠れただろうが、今は脱いでいるから丸見えだった。
そんな嬉しさと照れ臭さが入り交じった表情の女魔術師に、ローグハンターはこう切り出す。
「確か、新人たちと一党を組んでいなかったか?」
女魔術師を顔を上げ、その表情を引き締めて頷いた。
「はい、彼らには話をしてあります。お二人を見つけられるまでの間と約束していました」
その言葉に、ローグハンターは顔には出さないが面をくらう。
つまりこの娘は、自分たちを探して辺境まで来たということなのだ。
もっと他にも選択肢はあったはずなのに、ここを、自分たちを選んだ。
ローグハンターは表情を引き締め、女魔術師に確認をする。
「……俺たちがどんな依頼を中心にしているかは、わかっているな」
「はい」
「その依頼で何を相手にするかも、わかっているな」
「はい」
「勝ったとしても、慣れないうちは心に嫌なものが残るぞ」
「承知の上です」
すべての返答に迷いはなく、彼女の瞳もまっすぐなもの。
将来有望な新人が、せっかく声をかけてくれたのだ。無下にするのも悪いだろう。
ローグハンターは相棒たる銀髪武闘家に目を向ける。
彼女は一党の
何とも適当な相棒にため息を吐き、女魔術師に視線を戻す。
表情を強張らせた彼女に向けて、彼は優しく笑んだ。
机に乗った女魔術師の帽子を手に取ると立ち上がり、そっと彼女に被せてやる。
「それじゃあ、よろしく頼む。辛くなったらいつでも言ってくれ、相談に乗る。こいつも最初はそうだったからな」
「む。昔を掘り返さないでよ~」
弄られたことを察知した銀髪武闘家が拗ねた子供のように言うが、ローグハンターはそれを無視して応接室を後にしてしまう。
遅れて銀髪武闘家も立ち上がり、一向に立ち上がらずに、僅かに驚いているように見える女魔術師に目を向けた。
「ん、どうかしたの?」
「い、いえ。その、すんなり認められたので……」
「ああ、そう言うこと」
銀髪武闘家は苦笑して、扉の覗き窓から彼の背中を眺めた。
五年も経って一回り大きくなった彼の背中は、色々なものを背負っているのだろう。
彼と並んで歩くのは大変なことだし、ついていくのも一苦労だ。
でも、彼は━━、
「誰よりも優しい人だからね。頼ってくれた人は無下にしないし、こっちが止まりそうになったら、ちゃんと手を引いてくれるのよ」
━━だから、彼と一緒にいられるの。
彼女が満面の笑顔でそう付け加えると、ローグハンターが戻ってくる。そして彼は躊躇いなく扉を全開にした。
目の前にいた銀髪武闘家は扉と激突した頭をおさえ、うずくまる。
結果はこうなったが、中々出てこない二人を心配して戻ってきてくれたのだろう。
「どうした。仕事行くぞ」
「は、はいはい。ほら、行こ」
「は、はい!」
ローグハンターの言葉に二人は返事を返し、彼に続いて歩いていく。
店主は人混みを掻き分けて進む三人を、二人について歩く女魔術師の姿を認め、嬉しそうに笑った。
「頑張れよ、嬢ちゃん」
酒場と賭博場の声にかき消され、店主の声が三人に届くことはない。
━━まあ、あいつがいれば大丈夫か。
店主は知っているのだ。
まだ二人が駆け出しだった頃、仕事終わりに張り詰めた表情の銀髪武闘家に寄り添う彼の優しさを。
『
彼が賭博場で荒稼ぎしても手を出さないのは、怨敵と同じ名前を冠した
店主は苦笑し、入ってきた新しい客たちと、その客たちとすれ違いで出ていくローグハンターに目を向ける。
彼の背中は、店主の知る強き鷹の若い頃に、何となくだが似ている気がする。口元の傷なんて、そのままではないか。
「ただ、『
先ほど
その悲鳴に嬉しそうに笑った店主の左手薬指には、指輪のような火傷の痕が残っていた━━━。
そんなわけで、新しい仲間は女魔術師ちゃんでした。
なんだろう、主人公の回りには胸の大きな女性が多いような……。
??「んあああああああああああ!」
太 陽 の 爆 発 ! ! !
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。