SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory09 狼煙をあげろ

 ──十三日後。四方世界上、大海原。

 

 遥か神代から広がる一面青い景色に、黒い点とそれを先頭にした白い帯が伸びていた。

 船首に鷹を模した像を取り付け、マストから広がる白い帆は染みや汚れはあれど、手入れは行き届いているのかほつれや破れた箇所はない。

 衝角が海面を切り裂き、白い飛沫を上げながら、一隻の船──アキーラ号はひた走る。

 船の舵輪を握るローグハンターは真剣な面持ちで、右隣には馴染みの航海士、左隣には銀髪武闘家が控えていた。

 航海士は懐から酒瓶を取り出すと一口あおり、豪快に笑ってみせた。

 

「はっはぁ!流石は船長、アキーラ号が喜んでるぜ!」

 

「そうか。今ならもっと速く出来そうだがな」

 

 航海士の言葉にローグハンターは不敵に笑むと、隣の銀髪武闘家からは「無理しないでね」と忠告される。

 彼は苦笑混じりに肩を竦めると、「大丈夫だ」と告げて甲板に目を向けた。

 出港直後は忙しそうだった水夫たちも、出港して三日も経てば、今度は度しがたい退屈に襲われる。

 だが、それもいつもの航海ならという話だ。

 

「ねえねえ、このロープはどこに繋がってるの?」

 

「メインマストに登れるんだよ。だあ、登るんじゃあない!」

 

 勇者が好奇心に身を任せてロープを登ろうとし、水夫が慌てて引き離す。

 

「さあさあ、この秩序にして善なる騎士様と勝負する者はいないか!」

 

「おっしゃ、俺がやる!お前ら、俺に賭けろ!」

 

 暇を持て余した女騎士が、酔いどれ水夫相手には賭け事に興じ、

 

「蜥蜴人の旦那!それは俺の仕事だって!」

 

「お気になさるな。この程度、体を動かした内には入りませぬ」

 

 体を動かしたかったのか、蜥蜴僧侶が大樽を担いで船倉に消えていき、その後ろを水夫が追いかけ、

 

「はぁーっ!すっごいわねーっ!」

 

「キィッ!」

 

「お嬢ちゃん、だから危ないって!」

 

 一際高いメインマストの頂きに、興奮した様子の妖精弓手がおり、その腕には鷲が止まっていた。

 そしてどうにか降りてもらおうと叫ぶ水夫が一人。彼女の事だから、落ちても怪我をしないだろうことを、彼が知るよしもない。

 加えるなら、聞こえているだろうに彼女はそれを無視して長耳を絶えず揺らし、忙しなく左右に目を向けながら、時には森人語で何やら言っており、降りてくる気配はない。

 只人の目ではただの海原でも、精霊に限りなく近い彼女には、水の精が躍りまわり、愉快な舞踏を繰り広げているように見えるのだろう。

 水夫はついに諦めたのか、女騎士を中心とした輪に加わり、賭け事に興じ始める。

 まあ、つまり。

 

「──連れが騒がしくして、すまんな」

 

「気にすんな。退屈するよりはましだ」

 

 ここ数日言われ続けているローグハンターの謝罪に、航海士は「もう聞き飽きたよ」と不満そうに──けれど愉快そうに──笑って見せた。

 他の冒険者は船倉で装備を整えるなり、休むなり、酒を飲むなり、酔いと戦ったりと、各々で過ごしたいように過ごしているのだが──。

 

「それはそれで騒がしいのか……」

 

「あはは……」

 

 舵輪から手を離すことなく、片手で頭を抱えたローグハンターと、彼の呟きを拾った銀髪武闘家は乾いた笑みを浮かべた。

 諸々の準備に約十日。港を出てから出発してはや三日。

 毎日がほぼ変わらない様子だが、不思議と退屈したり見飽きたりする事はない。

 尤も、退屈しないと言う事と、ストレスを感じない事はイコールではない。

 ただですら舵を握って神経を使っているローグハンターは、彼ら──特に妹と妖精弓手──が何か問題を起こさないかと目を光らせ、何もなければ安堵の息と共に舵を握り直す。

 本番はこれからだと言うのに気を張っている彼の姿に、銀髪武闘家は半ば諦めたようにため息を吐いた。

 それと同時に、船室から誰かが顔を出す。

 遮るもののない強烈な陽の光を嫌ってか、猫耳に似た装飾が施されたフードを被った賢者だ。

 彼女は不服そうに目を細めて空を睨み、水夫と言い争っていた勇者の脇をすり抜けるついでに「怪我しないように」と釘を刺した。

 言われた彼女は「大丈夫だよっ!」と太陽の如く笑顔を浮かべ、水夫の脇を抜けてロープをよじ登り始めた。

「あ!?だから、危ないって!」と叫ぶ水夫を他所に、勇者は森人の如き俊敏さでマストの上へと登り詰め、水平線の彼方を眺めて感嘆の息を漏らす。

 ローグハンターは妹の姿を心配そうに眺めながらも、船の進路や波の調子、風向きなどから意識を逸らすことはない。

 海の上で進路を見失いない、その挙げ句に風を捕まえられずに動けなくなるなど、これほど笑えない冗談はないだろう。

 幸いにローグハンターにそんな経験はないが、その果てに棄てられた船はいくつも見たことがあるし、その残骸を探索したこともある。

 結果的にそれで得をしたこともあるのだが、今回に限って言えば自分たちがされる側になる可能性が高い。

 数十年後の探索者に、この船と自分たちの亡骸が発見されるなど、これまた笑えない冗談だ。

 

「──進路は問題ない?」

 

 どうにも嫌な方向に向いていた思考を断ち切るように、氷のように冷たい声がかけられた。

 ローグハンターは思慮を切りながらゆっくりと賢者へと目を向け、「問題があれば騒いでいる」と苦笑を漏らす。

 その苦笑が癪だったのか、賢者はフードの下で不満そうな表情となるが、「なら良いけど」と先ほどと変わらぬ声音のまま頷いた。

 相変わらずの彼女の態度に、ローグハンターは諦めたようにため息を吐き、舵取りに意識を戻す。

 風は強いが幸い追い風。見張りの報告や集めた海図の限り岩礁はなく、海賊や魔物の類いを発見したという報告もない。

 誰にいう訳でもなく「平和なものだな」とぼやき、隣の銀髪武闘家も「そうだねぇ」と気の抜けた声を漏らした。

 これから大一番だというのに少々気が緩みすぎていると思ったのか、賢者は注意するように一度咳払いをしたが、当の二人は気にした様子もない。

 それが余計に彼女の怒りに触れているのだが、不意に彼らの頭上から「とう!」とこれまた気の抜けた声が発せられた。

 舵を握るローグハンターを除き、銀髪武闘家、賢者、航海士の三人は頭上を見上げ、僅かに目を見開いた。

 彼女らの視線の先にいるのは、マストの上から身を投げた勇者の姿だ。

 太陽にその姿を隠し、その姿は黒い点でしかないのだが、不思議と彼女だとわかったのだ。

 

 ──マストの上から飛び降りる物好きなど、ローグハンターと妖精弓手、勇者以外にいないのだ。

 

 ローグハンターは目の前で舵輪を握っているし、妖精弓手はいまだにメインマストの見張り台で騒いでいる。

 元より声でわかるが、念のための消去法。そして、それは正解だった。

 勇者は空中で体を捻りながら体勢を整え、ダン!と音をたてながら甲板に片腕と片膝を着いて(スーパーヒーロー)着地。

 彼女を追い回していた水夫は突然の行動とその結果に目を回し、倒れかけた所を仲間たちが慌てて受け止め、介抱を始めた。

 ローグハンターは航海士に「舵を頼む」と一方的に告げるの返事を待たずに舵輪から手を離し、言われた航海士は「おう!?」慌てて舵を握った。

「気を付けてくれよ!」と後ろから聞こえる批判の声をそのままに、彼はずかずかと無造作な足取りで勇者へと歩み寄り──、

 

「やる場所を考えろ……っ!」

 

「いったぁあ!?」

 

 どすの効いた怒鳴りと共に、渾身の力を込めた拳を、彼女の脳天に叩きこんだ。

 所謂拳骨(げんこつ)。されど拳骨。

 父から幼い頃に何度もされたそれを、妹である少女にするのは、何とも気持ちが悪いが。

「ぎゃあああああ──―………!」と可愛らしい悲鳴をあげながら、勇者は脳天を押さえ、甲板を右に左に、何故か前後にまで転がり回る。

 致命的な重量の渦や、伝説に伝わる魔物の一撃すら耐える彼女なら、兄の拳骨程度効きはしない。むしろ兄の拳が砕けかねないだろう。

 だが、少なからず勇者には痛痒(ダメージ)が通り、ローグハンターは拳を振って不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「いきなり何するのさ!?」

 

 煙を立ち上らせる脳天を擦りながら、勇者は不服の声をあげた。

 反省した様子のない彼女を睨みながら──だいぶ弱くだが──、ローグハンターは更に言う。

 

「俺たちは邪魔をしている側だ。世話をして貰っている側だ。あまり迷惑をかけるな」

 

「言葉で言ってくれれば良いじゃん!」

 

「お前が、言葉で、理解するのか?」

 

 更に噛みつこうとした勇者に──それこそ幼子に言い聞かせるように──言葉を区切りながら言うと、流石の彼女も「ぐぬぬぬぬ……!」と歯噛みするばかり。

 

「お兄ちゃんに殴られたの、これが初めてだよ……」

 

 睨んでくるローグハンターから視線を逸らし、勇者は悲しげにぼそりと呟いた。

 彼女が兄に怒られたのは、彼が村を出る直前に我が儘を言った時。その時は怒鳴られた程度だ。

 

 ──無論。ローグハンターはその出来事を覚えてはいない。

 

 彼は僅かに目を見開いて狼狽えるが、すぐに平静を取り戻して「そうか」とだけ告げた。

 そしてうずくまる勇者と視線を合わせるように片膝をつき、その手を彼女の頭に──ではなく、頬に伸ばして思い切りつねってやった。

 

「いだだだだだだだっ!」

 

 それもおふざけや手加減無しの、本気でだ。

 彼は無言で勇者を頬を引っ張り、金色の瞳にこもる感情は純粋な怒り。

 

「お前はもう少し、自分の体を大事にしろ」

 

「……!」

 

 勇者の断末魔に掻き消される程の、どうにか言葉と呼べるものとなった声には、怒りと共に妹を心配する兄としての側面が色濃く出ていた。

 その言葉をどうにか拾えたのか、勇者は僅かに嬉しそうに口角を歪めたが、それがきっかけとなったのか、ローグハンターの手に更に力がこもった。

 渾身の力でもって勇者の頬を引っ張り、勢いよく離す。

 伸びに伸びていた頬は、鞭のような音を立てて元の形へと戻るが、そこに痛みが伴うのは当然で──。

 

「にゃあああああ──―………!」

 

 再び響き渡る断末魔。

 船員たちは揃ってお騒がせ兄妹の方へと視線を向け、顔を見合わせて苦笑──もしくは爆笑──するのみだ。

 

「よっしゃ、俺の勝ちっ!」

 

 船員たちの笑い声に混じり、一人の水夫が「おっしゃ!」と手にしていた札を放りながらガッツポーズ。

 対面していた女騎士は信じられないと言わんばかりの表情を浮かべ、自らの札を見て肩を落としてひらひらと手を振った。

『運は自分で掴むもの』。それが口癖だったローグハンターの師(マスター・コーマック)だとて、勝負事では勝ったり負けたり。

 本人に言わせれば「悪い運をここで吐き出しているんだ」との事だが、彼の挙げた戦果からしてその理屈はあながち嘘とも言いがたい。

 故にローグハンターはそれを信じているし、自分も時々賭け事に興じる由縁となったのも確かだ。

 

 ──彼の場合、毎回毎回笑えてくる程に大勝するのだが、それはそれだ。

 

 今のうちに運を使い果たして大勝するよりは、ここで運をどん底まで落とせば後は上がるのみ。

 ならば、女騎士には悪いが負けたままで居てもらおうと放置を決め込み、再び勝負を始めた彼女と水夫の声は無視して舵輪を握る。

 隣の銀髪武闘家は、露骨なまでの彼の態度に苦笑を漏らし、「ほら、大丈夫?」と足元で涙目になりながら踞る、そのうち義妹になる少女を構い始めたのだった。

 

 

 

 

 

 ──更に三日後。四方世界海上。

 

「そろそろ目的地付近だ」

 

 船の操舵を船つきの操舵手に任せたローグハンターは、冒険者たちを船倉に集め、最終確認を行っていた。

 彼がだいたいの現在位置を船を模した駒で示し、目的地には卓上演習(テーブルゲーム)で使われる暗殺者(アサシン)の駒を鎮座させる。

 あと数時間もすれば、目的地にたどり着く事だろう。

 賢者は表情を険しくさせながら、「でも、島は見えない」と一言告げる。

 

「確かに、そろそろ輪郭くらいなら見えても良さそうなのにね」

 

 彼女の言葉に妖精弓手が賛同すると、槍使いも「そうだよなぁ」と呟いて乾パンを一かじり。

 

「──もうすぐだ」

 

 彼らの意見に、ローグハンターはただの一言で持って反論した。

 何の理屈も、根拠もない、彼の感覚(センス)と勘による意見だ。

 先の意見を発した三人は顔を見合せ、賢者はローグハンターに何か言ってやろうとしたが、その口をすぐに閉じた。

 彼の金色の双眸がいつになく輝き、彼が帯びる金色の剣の刀身にはびりびりと稲妻が走っているのだ。

 それが予兆だったのか。ばたばたと慌ただしい足音が船倉へと飛び込んできた。

 

「冒険者の皆さん、甲板に来てください!」

 

 扉を開けるや否や、怯えているのか顔色が悪い水夫がそう叫び、ローグハンターは出鱈目な速度で反応を示し、真っ先に甲板を目指して走り出す。

「ああ、待ってよ!」と勇者、「一人で行かないの!」と銀髪武闘家が即座に反応し、二人が船倉を飛び出していった事を合図に冒険者たちも動き出す。

 足の速い妖精弓手、槍使い、剣聖が先頭に、その後ろを重戦士、女騎士、ゴブリンスレイヤー、蜥蜴僧侶、女魔術師と令嬢剣士と、彼女らに手の引かれた剣の乙女が続く。

 最後尾は致命的なまでに反応が遅れた女神官と、種族柄足の遅い鉱人道士、そして慌てる事もないと小走りの賢者、魔女だ。

 最後尾の四人が何やら騒がしい甲板に到着すると共に、なぜ水夫たちが慌ただしいのかを理解する。

 霧だ。辛うじて船上の面々の顔がわかる程度の濃い霧に、周辺が包まれているのだ。

 女神官は霧が体に張り付く感覚を振り払うように、船の塀から身を乗り出して周囲を伺った。

 船外の出来事は一切見えず、波の音も静かだ。

 

「進路に気を付けろ!この霧じゃあ、岩があってもわからん!」

 

「私、上から見てみるわ!」

 

「頼む!」

 

 ローグハンターの怒号と妖精弓手の声が重なり、彼女と思われる小さな影がマストを瞬く間に駆け上がる。

 

「この霧、妙だな。術的な反応がある」

 

 タカの眼越しに彼女の青い影を見送ったローグハンターは、体にまとわりつく緑色に輝く霧を手で払い、目を細めて舌打ち一つ。

 赤と青で強調される敵味方の識別はともかくとして、擬似的な暗視と透視がまるで役に立たない。

 

「自然現象、じゃあ、ない、わ、ね」

 

 彼の隣にゆらりと魔女が立つと、真に力ある言葉を二三紡ぎ、ゆるりと指を振る。

 頬を優しいそよ風が撫でたが、辺りの霧の濃さは増すばかりだ。

 

「霧払いの術でもしてくれたのか」

 

「そ。でも、駄目、ね」

 

 ローグハンターが言うと魔女は肩を竦め、こんな状況でもいつも通りに煙管を吹かす。

 だが、彼はそれを非難するつもりも、批判するつもりもない。緊急事態であってもいつも通りでいることこそが、何よりも大切なのだ。

 

「気持ち悪いですね……」

 

 女魔術師が汚れを落とすようにローブを叩きながら言うと、隣の女神官と令嬢剣士が頷き、周囲への警戒を強めた。

 他の冒険者たちも同じようなものだ。各々がいつでも武器を手にできるようにしつつ、霧の奥を警戒している。

 濃霧の中でも船を操る水夫たちも、額に冷や汗を流しながら神経を尖らせていた。

 霧に紛れての奇襲など、するのはいいがされるのはごめんだ。

 

「霧だけでなく、まったく風を感じませんわ」

 

 ゆるりと彼の隣に現れた剣の乙女が、表情を強張らせつつ言うと、蜥蜴僧侶も「奇妙ですな」と呟きながらしゅるりと鼻先を舐めた。

 二人の言葉を更に後押しするように、風に押されて弛んでいた帆が、だらしなく垂れている。

 航海士は舌打ちを漏らすと「お前ら、帆を畳め!」と怒号にも似た声音で指示を飛ばす。

 指示を受けた水夫たちは返事を共にマストを登り始め、ロープを引いて帆を畳もうとするが、

 

「──っ!待って、風が来るわ!」

 

 見張り台で長耳を揺らしていた妖精弓手が、マストに登った水夫たちに向けて声をあげた。

 瞬間、先程までの静けさが嘘のように、強烈な追い風が船を殴り付けたのだ。

 マストに上がっていた面々は掴める物に慌ててしがみつき、録な遮蔽物もなしに風を受け止める。

 上の彼らの様子なぞ露知らず、アキーラ号は風に押されるままに急加速。本来の最高速度をゆうに越える速度で、海の上を走り始めた。

 ローグハンターは揺れる船上を駆け抜け、突然の事態に慌てる操舵手からぶんどるように舵輪を握り、船を安定させんと揺れに合わせて舵を切る。

 ここは帆を畳んで安定させたい所だが──。

 

「無理そうだな……」

 

 マストの上で掴まっているのに必死な水夫の姿を認め、指示を聞いてはくれないと判断を下す。

 

「船長!アキーラが本気を出したぞ!ハハッ!」

 

「ここで出されても困るんだがな!」

 

 全速力を越えた速力で進むアキーラ号に、航海士はご機嫌なまでの反応を示し、ローグハンターは険しい表情をそのままに、口許だけで苦笑を浮かべつつ肩を竦めた。

 固く閉ざされた城門の如く、凄まじいまでに重い舵を巧みに操り、船を転覆させることはない。

 むしろ風を捕まえたのか。その速度は増すばかりだ。

 

「あ、あんまり速くしないでねっ!?」

 

 銀髪武闘家が手頃なロープを掴みながら言うと、ローグハンターからは「速くしようとはしていない」と手短に返されるのみ。

 操舵に神経を研ぎ澄ませているのだ。他の事柄への注意が下がってきているのだろう。

 歴戦の水夫たちも船長に負けてはいられないと、揺れる船上を器用に行き来し、時にはマストを支え、時には大砲を固定し、時には倒れた新人を抱き起こす。

 アキーラ号の全速力が続いたのは、およそ三分にも満たない間だろう。

 水夫と冒険者、船に乗る全ての人物が加速に慣れ始めた頃に、それは突然終わりを告げた。

 

「──え?」

 

 思わず声を漏らしたのは、見張り台で風と前方を監視していた妖精弓だ。

 長く続くと思っていた、彼女の感覚を持ってしても終わりが見えなかった霧が突如として晴れ、何の前触れもなく風が落ち着き、雲一つない青い空が顔を出したのだ。

 彼女だけではない。僅かに遅れて状況を理解した冒険者たちが、水夫たちが、顔を見合わせて辺りを見回す。

 水平線の彼方まで見通せるほど辺りには何もなく、風も落ち着いたのか、心地がよいそよ風が頬を撫でる。

 

「どれくらい進んだ」

 

 そんな事お構いなしに、ローグハンターは航海士へと問いかける。

 霧の中を凄まじいまでの速度で突っ切ったのだ。現在地がわからなくなるのは当然の事。

 現に航海士も顔を強張らせ、首を振って答えるのみ。

 太陽の角度から方角はわかるが、現在地がわからないのは相当に痛い。これでは目的地にたどり着けぬ。

 ローグハンターが僅かに目を伏してため息を吐いた時だ。

 

「おい、前方に島だ!」

 

 見張りの水夫が声を張り上げ、その情報は瞬く間に船内を駆け抜ける。

 ローグハンターは舵輪を握ったまま体を傾け、件の島に目を向けた。

 その瞬間、彼の直感が囁いた。

 

「あれだ……っ!」

 

 たどり着けたという歓喜か、あるいは待ち受ける者への怒りからか、目を見開いて声を震わせながら、彼は口を開いた。

 隣の航海士は「よっし、お前ら!あの島を目指すぞ!」と声を張り上げる。

 迷子になったかと思いきや、まさか目的地が目の前とは、これほど好都合なことはないだろう。

 興奮する水夫を他所に、賢者は顎に手を当てて思慮を深めた。

 

「……突然の霧と突風。それを抜けた先に目的地。出来すぎてる」

 

「罠かもしれませんが、行くしかないでしょう」

 

 ぼそりと呟かれた言葉に、剣聖が彼女の肩に手を置きながら告げた。

 

「罠かもしれないけど、それなら正面突破するしかないでしょ!」

 

 いつの間にか隣にいた勇者が島を指差しながら言うと、賢者は「それしかない」と笑みを浮かべた。

 久々に見たような彼女の笑みに、勇者と剣聖の二人もつられて笑みがこぼれる。

 小さな点でしかなかった島が、時間が経つ度に少しずつ大きくなっていく。

 そうして島の様子が鮮明に見えるようになった頃、彼らの興奮は冷めていた。

 否、冷めるを通り越して、顔色が悪くなるほどに落ち込んでいたと言った方が正しいだろう。

 

「何だよ、あれ……?」

 

 単眼鏡を手に見張りをしていた水夫が、恐怖から声を震わせて前方を指差す。

 だが、それに答える者はおらず、皆一様に不安の表情を浮かべていた。

 彼らが目指す島を取り囲むように、打ち捨てられた船が放置されているのだ。

 その数は両手の指でも足らず、足の指を使ってもまだ足りないだろう。

 

「どこか、上陸出来そうな場所はないか」

 

 緊張の面持ちで舵輪を握りつつ、航海士に問いかけた。

 問われた彼は首を捻り、「外周を回ってみねぇと」と曖昧な返事。

 だが幸いにも、まだ島との距離はある。進路を変えて外周を回る程度なら、造作もないことだ。

 

「よし。帆を畳め、減速しろ!」

 

「お前ら聞いたな!ハーフセイルッ!」

 

 即決したローグハンターの指示に、航海士が重ねて指示を出す。

 消沈していた水夫たちはハッとすると、慌てて持ち場に戻っていった。

 彼らに考える暇を与えず、ひたすら仕事をさせるが吉としたのだろう。現に彼らは慌ただしく船上を駆け回っている。

 帆が畳まれ、ぐっと速度が落ちると、ローグハンターは舵を切った。

 島の外周を時計回りにぐるりと一周しようとしているのだ。

 船は緩やかに左へと進路を変え、微速ながら進んでいく。

 右舷側に見える島の様子を見ながら、舵から手を離す事はない。

 岩礁か、あるいは潮の流れが急な場所があるのだろう。でなければ、大量の船が座礁するなど──。

 

「見て、正面!」

 

 思慮に耽っていたローグハンターに、見張り台の妖精弓手の声が届く。

 彼女の指示を聞くように正面に目を向けると、船の残骸が少ない場所が見て取れる。

 

「小舟なら行けるか」

 

「そうだな、船長。よし!お前ら、ボートを──!」

 

 航海士が指示を出さんとした時だ。

 

『OOOOOOOOORRRRRRRRRRRRRR!!!!!』

 

 島の方から、地の底から響くような重低音が発せられたのだ。

 

「ッ!命令撤回!一旦島から離れる!」

 

 幼い頃より培われた反射神経が、考えるよりも早く指示を出し、舵を切る。

 危険、即離脱は基本中の基本だ。それを知らずに死んでいった者も多い。

 島から離れつつ前進を続け、件の上陸地点が目視確認出来るようになった瞬間だ。

 

「──おいおい、嘘だろっ!」

 

 驚きの声をあげたのは、果たして誰だっただろうか。

 それを知る者はいないし、知ろうとする者もいないだろう。

 彼らが向けたいくつもの視線が、金色に輝く単眼が睨み返す。

 その巨体は大柄な蜥蜴人よりも尚も大きく、その腕は大木よりも尚も太く、その足は地を踏みつけ、(なら)してしまうには十分なもの。

 それ(・・)は手にした棍棒──船のマストだろう──を高々と掲げ、アキーラ号に向かって威嚇するように吠える。

 否、威嚇ではない。それは獲物を見つけたものが、相手を怯えさせる為にする咆哮だった。

 船の上で恐ろしいものをあげるなら、何をあげるだろう。

 食料不足。突然の嵐。船員の反乱。海賊の襲撃。

 確かにどれも恐ろしく、乗り越えるには苦労し、時には命を落とすだろう。

 だが、そのいずれも、彼の者を前にすれば霞んで見える。

 かつて鷲使いに敗れた単眼の巨人(キュクロープス)が一体。

 

 

 稲妻を呼ぶ者──ステロペス。

 

 

 

 彼を討った英雄(ようへい)は、この世界にはいない。

 だが、過去とは、伝説とは越えるものなれば──。

 

「──総員、戦闘準備だ!」

 

 ここに集うは新たな英雄たち。

 勇者が、剣聖が、賢者が、剣の乙女が、槍使いが、魔女が、重戦士が、女騎士が、ゴブリンスレイヤーが、妖精弓手が、鉱人道士が、蜥蜴僧侶が、女神官が、女魔術師が、令嬢剣士が、彼の声に答えて声をあげた。

 

「この船が化け物に負けねぇってこと、証明してやれ!」

 

 遅れて発せられた航海士の声に、水夫たちの折れかけた心が震い立つ。

 

「やっと冒険って感じだね」

 

 隣に立つ銀髪武闘家の声に、ローグハンターは笑みを浮かべた。

 仲間たちがいる。船がある。それを操る水夫たち、彼らを束ねる航海士がいる。

 道具もある。手段もある。残るは勝ちの目を掴み取る運のみ。

 

 ──否!

 

「運を掴みに行くぞ!!!」

 

 ローグハンターの号令に、船に乗る全ての者が声をあげ、稲妻を呼ぶものの咆哮に混ざって消える。

 

「挨拶代わりだ。通常弾、片舷斉射!!!」

 

 放たれた砲撃は開戦の合図。吹き上がる硝煙は開戦の狼煙。

 ここに、四方世界の神々とかつて来たりしものの、世界を賭けた代理戦争(ウォーゲーム)が、開始されたのだった。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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