響く砲撃音。爆ぜる砂浜。舞い散る砂塵。そして、
『OOOOOOOOOOOOOO!!!!』
爆煙を太腕で掻き分け仁王立ち、天に向かって咆哮する巨体──
彼の者は海上を進むアキーラ号からの砲撃に一切怯む様子を見せず、近くの船の残骸を規格外の腕力のみで持ち上げ、それを放り投げる。
「来るぞ!」
ローグハンターは瞬時に投じられた残骸の軌道を見極め、舵を切ってそこから船を逃がす。
五秒後には残骸が船の通る筈だった海面に叩きつけられ、大きな水飛沫をあげながら海底に沈んでいく。
打ち上げられた海水が雨のように降り注ぐ中、ローグハンターは稲妻を呼ぶものを睨み付ける。
並の船なら既に轟沈している程の砲弾を浴びてなお、相手は健在。遠目でも多少の火傷や出血は見られるが、どれも決定打には欠けると言った様子か。
ここまで来ると、相手の
だが、傷が出来ているという事は、殴り続ければいつかは死ぬという事に他ならない。
──ならば、ありったけの弾を叩き込むまでの事。
「砲撃用意っ!」
ローグハンターの指示に水夫たちは大砲に弾を込めると「いつでも!」と酒焼けした声で返される。
その声も、ローグハンターからしてみれば聞き慣れたものだ。
稲妻を呼ぶものにアキーラ号の右舷を向け、目測で位置を確認。
「──ってぇ!」
気合いの入った声を合図に、一斉射撃が行われる。
放たれた砲弾は次々と稲妻を呼ぶものとその周囲に着弾し、盛大に砂塵を舞いあげた。
『OOOOOOOO──……!!』
次々と巻き起こる着弾音に彼の者の咆哮が掻き消され、水夫たちから歓声が上がる。
だが、まだだ。
ローグハンターはタカの眼を発動し、爆煙の中で片膝をつく稲妻を呼ぶものの姿を視認。
尚も立ち上がろうとしている赤い影の動きに舌打ちを漏らし、「決定打に欠けるか」と不満を吐き出す。
「おい、ローグハンター!」
彼の不満に反応したのか、あるいはおあずけ状態に痺れを切らした──おそらく後者だろう──女騎士が、舵を握るローグハンターに声をかけた。
装填を手伝う重戦士も、僅かに顔をあげるのみで彼女を止める様子はない。
「なんだ!」と怒鳴るように問えば、彼女からの返答は至極無茶なもの。
「もう少し船を寄せてくれ!そうすれば斬り込める!」
ぐっ!と拳を握りながら言う彼女の姿は、秩序にして善なる騎士というよりは、戦いを求める
「無茶を言ってくれる……」
ため息混じりに呟くと、「出来るのか、出来ないのか!?」と急かすような問いかけられる。
問われた彼は航海士に目を向け、「どうだ?」と肩を竦めながら首を傾げた。
「あー、どうだかな」
問われた航海士は不満顔だ。
我が子同然に愛する船を、文字通りの死神に差し出せるかと問われれば、答えは否に決まっている。
だがしかし──。
「そうでもしなけりゃ、勝てねぇよなぁ」
航海士はそうぼやきながら、爆煙を突き破って立ち上がる稲妻を呼ぶものに目を向けた。
怒りからか、ギラギラと輝く単眼でアキーラ号を睨み付け、届かぬだろうに棍棒を振り回している。
「旋回砲、奴の眼を狙え!」
ローグハンターが素早く指示を出し、砲手が培われた反射神経でもって反応を示した。
大砲のそれに比べて小さめの──けれど、それもまた砲撃であることに変わりはない。
放たれた小さな砲弾は、稲妻を呼ぶものの眼に迫っていくが──。
『OOOOORRR!!!』
彼の者が薙ぎ払った棍棒で迎撃された。
命中弾とはならなかったが、巻き起こった爆発により棍棒が砕け散る。
『OR!!』
手元に残された棍棒の持ち手部分に目を向け、憤ったように地団駄を踏む。
地面を踏みつける地鳴りの音が、海上の冒険者たちにさえ聞こえる程だ。
「あれに接近するのか?」
「──も、勿論だとも!」
ローグハンターの口から漏れた、僅かに小馬鹿にしたような問いかけに、女騎士は狼狽えながら、声を上擦らせて頷いた。
放たれた砲弾に、
当たった所で致命傷にはならない
あれに接近するのも至難だが、接近戦で戦うのもまた至難だ。
「一斉射、撃てっ!」と航海士が指示を出す横で、ローグハンターは眉を寄せて思慮を深める。
島の周囲には多くの船の残骸が漂着し、遮蔽物が多い。
その分相手の武器も多いわけだが、それを吹き飛ばせれば、接近の難度は下がるだろう。
辛うじて接近出来たとしても、冒険者らを降ろすまでの時間を稼がなければならない。
至近距離で相手をするなど、したくはないし、させたくもないのだが──。
「──ん」
そこまで思慮すると、ローグハンターの脳裏に何かが過った。
すぐにでも忘れてしまう、根拠のない突然の思いつきにも等しいものだ。
だが、やる価値はあるだろう。
「駄目だな、船長!大砲が効いてねぇ!」
「そうか」
航海士からの報告に頷き、ローグハンターは小さく息を吐いた。
同時に覚悟を決め、彼女を呼ぶ。
「大司教!」
「お呼びですか!!」
その瞬間。瞬きもする間もなく、剣の乙女が隣に現れた。
どうやって来たのかを問いたい所だが、彼女とて金等級冒険者。他の冒険者たちとは一線を画す何かを秘めているのだろう。
それは後で考えれば良いと、ローグハンターは彼女に言う。
「『
「かしこまりましたわ!」
彼からの頼みに、剣の乙女はやる気みなぎる表情で頷いた。
愛する人からの頼みだ。それを断る道理なし。
「なら詠唱までの時間を稼ぐ。砲撃よう──」
「水の精が騒がしい。何か来る!」
次なる一手を打とうとした矢先、見張り台の妖精弓手が声を出した。
妖精に近しい彼女だからこそ、その何かに気付いたのだろう。
ローグハンターが反射的に稲妻を呼ぶものに目を向けると、彼の者は腕を振り上げて何かを溜めている様子。
それを視認した瞬間。彼の背筋を冷たいものが駆け抜ける。
冒険者として活動する傍らで、幾度となく感じる事となった死の気配。
まさにそれが、この瞬間に訪れたのだ。
彼は反射的に舵を切り、進路を大きく左に曲げる。
「──踏ん張れ!」
同時に声を張り上げ、舵輪を握ったまま剣の乙女を引き倒し、彼女を庇う形で姿勢を低くする。
その瞬間、稲妻を呼ぶものが拳を振り降ろす。
それを合図として、凄まじい轟音と共に海面が
何の前触れもなく、海面から天を突かんとする水柱があがったのだ。
進路を左に曲げていなければ、間違いなく船底からかちあげられていた。そうなれば転覆、あるいは沈没か。
たかが水と、威力をなめてはいけない。
海底遺跡に
各部を金属で補強されているとはいえ、木材の塊である船が耐えられるかと問われれば答えは否。
今回は長年培ってきたローグハンターの勘と、妖精弓手の存在が、彼らを初見殺しの大技から救ったのだ。
降りしきる海水に全身を濡らしつつ、ローグハンターは大きめの舌打ちを一つ。
遠距離から削りきる?これを直撃すれば一撃死するこの状況で?
──無理だな。
すぐさまそう決め、立ち上がり際に女騎士に向けて告げる。
「お前の案でいくぞ、乗り込み用意だ!」
「そうこなくてわな!」
打てば響くような返事と共に彼女は兜を被る。
少々気が早い気もするが、どうせ被るのなら早い方が良い。
やる気の彼女の姿に感化されてか、大砲の装填を手伝っていた重戦士が一言告げてからその場を離れ、槍使いと剣聖らも獰猛な笑みを浮かべた。
つられるようにローグハンターも笑い、隣の航海士に告げる。
「さて、やるしかないぞ」
「ああ、ここまでくりゃ腹を括るぜ!いいな、お前ら!」
「「「「「おーっ!」」」」」
もはや自棄になったような航海士の言葉に、水夫たちも開き直ったように声を張り上げた。
愛する船を壊されたくはないが、どうせやられるのなら希望を残してからだ。
今回の希望は冒険者たち。彼らを目の前の島に送り届けることさえ出来れば、自分たちは──。
「冒険者を降ろしたら、距離をとれ。俺たちであいつを仕留める」
どこか達観し始めていた水夫たちに向け、ローグハンターが告げる。
決して舵輪から手を離すことなく、気を抜いている訳ではないけれど。
「俺たちには帰りの足が必要だ!だから、死ぬな!俺たちも必ず生きて戻る!」
仲間たちへの心配と信頼が、彼の口を動かした。
冒険者たちなら勝つ。水夫たちなら逃げ切れる。この場にいる全員が、必ず生きて帰る。
「──覚悟が決まったなら声をあげろ!」
ローグハンターの問いかけに、冒険者たちと水夫たちが一斉に声をあげた。
だが、数人の水夫はまだ迷っているのか、あるいは反対なのか、俯いている。
当たり前だ。これから行うのは限りなく死に近づく自殺行為。それに賛同できるかは個人によるだろう。
ローグハンターはそれを踏まえていたのか、言葉を続ける。
「もし、覚悟が決まっていないのなら」
その一言に俯いていた水夫たちが顔をあげ、どこか希望を見つけたような喜びの表情を浮かべ、ローグハンターは彼らを安心させるように笑みを浮かべた。
「──船倉で丸くなってろ」
そうして吐き出された言葉は、まさかの邪魔者扱いである。
清々しい笑みを浮かべながら毒を吐くなど、随分と変わったなぁと銀髪武闘家は苦笑混じりにため息ひとつ。
つまり彼が舵を握る以上、突撃以外の選択肢はない。
選択肢がないのは相談とは言わないとは、果たして誰が言った事だっただろうか。
「とにかく全会一致だな。王の議会でもそうは見られまい」
「そうですわね」
ローグハンターが見えない事がわかっていても真剣な面持ちで問うと、剣の乙女は思わず苦笑。
野花のような優しげな笑みを浮かべて、ころころと鈴を転がしたように小さく笑ったのだ。
彼は稀に、本当に稀にだが冗談を言うことはある。だが、それがここで出てくるとな。
けれど、笑っていたのはものの数秒だった。
剣の乙女は表情を引き締めて天秤剣を両手で握り、指先を白く染めながら黒布の下の見えざる瞳を閉じた。
天上に座する神の一柱──敬愛する至高神へと、かつて魔神王に挑んだ頃と同じように深い祈りを捧げる。
「《裁きの
一切の邪念なく、真摯に、静かに、けれど力強く、それこそ詩を
正義と秩序の象徴たる至高神は彼女の祈りに応え、この世界を支配せんとする者の尖兵を討たんと超常の奇跡を起こす。
砲撃も、稲妻を呼ぶものの咆哮も止んだ、戦場を支配した一瞬の静寂。
その静寂は、天より振り下ろされた鉄槌によって破られた。
それは雷だ。混沌に与する者を、人々の平穏を砕かんとする者を討つ、無慈悲な
神の怒りを体現する数条の雷が、砂浜を覆い隠すまでに降り注ぎ、稲妻を呼ぶものに突き刺さり、その肉と骨を焼き焦がす。
否、彼の者だけではない。棲みかたる浜辺周囲の船の残骸すらも吹き飛ばし、船の進路を切り開く。
『OOOORRRRRRR────………!!!』
浜辺から響くのは、断末魔にも似た咆哮だった。
稲妻を呼ぶものの巨体がぐらつき、堪らず片膝をつく。
相手の行動が止まるタイミング。ローグハンターはこれを待ちに待っていた。
「──突っ込むぞ!」
「よぉし、お前ら!気合いを入れろ、フルセイル!」
彼の号令に合わせ、航海士からの指示が飛ぶ。
敵の動きを警戒して畳まれていた帆が一斉に開かれ、風に後押しされて急加速。
稲妻を呼ぶものが待ち受ける砂浜目掛け、アキーラ号はひた走る。
邪魔な残骸も、波打ち際に見えた岩礁も、先の一撃で消し炭となった。
ならば、止まる理由はない。躊躇う理由もない。
「火炎弾装填ッ!」
アキーラ号の衝角が浜に乗り上げようとした間際、ローグハンターは歯を食い縛って思い切り舵を右に切る。
浜辺に突き刺さらんとしていたアキーラ号は、片膝をついた稲妻を呼ぶものに左舷を晒す。
同時に大砲に油布に包まれた砲弾が押し込まれ、水夫からは「いつでも!」と気合いと共に掛け声ひとつ。
『OOOOO!!!』
彼の者はこれ幸いと近くの残骸に手を伸ばすが、
『OR!??』
そのにある筈の残骸がないことに気付き、輝く単眼をあらん限りに見開く。
狼狽え、体が動きを止めた一瞬。
「ってぇ!」
力の入ったローグハンターの声が、船上を駆け抜けた。
同時に大砲が火を噴き、火に包まれた砲弾が稲妻を呼ぶものの巨体に突き刺さった。
込められた火炎弾は、至近距離でしか真の火力を発揮できない。細かな狙いが付けられないと欠点は多いが、この瞬間において、それらの問題は全て解決されている。
『OOOッ!!』
まさに
「葡萄弾装填!」
相手の行動を
「一斉射!」と矢継ぎ早に指示が飛び、込められて早々に吐き出された。
放たれると共に鉄片が砕け散り、さながら散弾のように稲妻を呼ぶものに突き刺さり、大量の傷をつけると共に砂塵を舞いあげた。
視界を潰すには十分。そして、彼らを送り出すには十分な時間を稼げる。
「行けっ!」
ローグハンターから発せられた、怒号にも似た叫びに、冒険者たちが一斉に反応を示す。
冒険者たちは颯爽と──賢者は剣聖、魔女は槍使い、女神官はゴブリンスレイヤーに担がれていたが──浜辺に降り立つ。
「ほっ!」
アキーラ号の見張り台に登っていた妖精弓手は、躊躇いなく身を投げて軽やかに着地を決めた。
「大司教、念のため船の防御を頼みたい」
「承知しました!」
冒険者たちの出発を見送ったローグハンターは、隣の剣の乙女に手短に頼むと、次に航海士に「後は任せる!」と一言告げる。
「任された!」と返されるのと、彼が身を投げたのはほぼ同時。
彼が浜辺に降り立つと同時に、稲妻を呼ぶものが咆哮をあげながら立ち上がる。
びりびりと感じる
離れていくアキーラ号を背中越しに見送ると、ローグハンターと勇者が先陣を切る。
障害物もないのだからと、一直線に巨体へと挑みかかったのだ。
『OOOOORRRRR!!!』
二人の進路を見切った稲妻を呼ぶものは拳を振り上げ、渾身の力を込めて振り降ろす。
彼の者から見れば、彼らの体はそれこそ虫のようだろう。
だが空中を飛ぶ蚊を叩くことが難しいように、彼らを捉えるのは至難の技だ。
彼の者が拳を振り下ろした瞬間、ローグハンターは右にステップ、勇者は左に転がって避ける。
凄まじい轟音と共に大地が揺れるが、二人はすぐさま体勢を整え、得物を抜き放つ。
「フンッ!」
「こんの!」
大地を殴り付けた巨大な拳が浜辺に埋まった隙を見計らい、ローグハンターの金色の剣、勇者の光の聖剣が、左右から筋肉質な太腕にすんなりと突き刺さった。
『OR!?!?』
突如として駆け抜けた鋭い痛みに、稲妻を呼ぶものは驚愕と共に刺された腕をあげた。
ローグハンターは突き刺さった剣をそのままに離れ、勇者は一瞬持ち上がるも慌てながら飛び降りる。
彼の者の長い記憶の中で、ここまであっさりと傷をつけられたのは、あの時以来だ。
『R……?』
──あの時とは、どの時だ?
稲妻を呼ぶものの足りない思考にその考えが過り、動きが止まった瞬間だ。
「もらいっ!」
妖精弓手の放った矢が、不可思議な軌道を描いて輝く単眼に突き刺さった。
『OOOOOO!!!!』
真っ暗になった視界。絶えず腕を暴れまわる激痛。瞳に感じる激痛。
彼の者は頭を押さえながら暴れまわり、その場でたたらを踏んで両腕を振り回す。
力任せの、狙いも疎かな攻撃に当たってやる程、冒険者たちも優しくはない。
「そぉらよっ!」
疾風となって股下を駆け抜けた槍使いの一撃が、彼の者の腱を切り裂く。
堪らず膝をついた瞬間には、重戦士が踏み込んだ。
浜辺に踵を沈めながら両足を踏ん張り、両手で握っただんびらを
人の数倍はある鉄の塊が無防備な米神に叩きつけられ、彼の者の頭蓋を砕きながら巨体を大きく揺らす。
『OOッ!』
それでも尚、彼の者の命を絶つにはまだ遠い。
稲妻を呼ぶものは歯を食い縛り膝立ちとなり、閉じていた目を気合いだけでこじあける。
彼の者からしてみれば、矢が刺さるのは目に埃が入った程度の事。痛いことには痛いが、時間が経てば回復する。
今度こそ敵対者たちの姿を睨んでやろうと目を開いた瞬間だ。
「シッ!」
視界の端に銀光が走ったと思った瞬間には、再び視界が黒く染まった。
再び絶叫しながら暴れまわる稲妻を呼ぶものを背にしながら、剣聖は片刃の剣に血払いくれる。
「一目でわかる弱点がある方が悪いんですよ」
そう言いながらどこか邪悪な笑みを浮かべ、後ろで「その通りよ!」と同調する妖精弓手に頷きひとつ。
彼らとて冒険者。未知の相手なら弱点を探りながら戦い、見つけたら徹底してそこを狙うことを弁えている。
今回に限って言えば、狙って下さいと言わんばかりに一つ眼なのだから、そこを重点的に狙うのは当然の事だ。
「お兄ちゃん!どうしよう!?」
「何がだ?」
仲間たちの一連の行動に目を細めていたローグハンターに、小走りで駆けてきた勇者が問いかけた。
彼女は無手であり、自慢の聖剣も腰帯に吊るされた鞘しかない。
まあ、それはローグハンターとて同じ事。彼の場合は黒鷲の剣がある分、勇者よりはましだろう。
「ぼくの剣、あいつの腕に刺さったままだよ!」
当の彼女もそれを気にしているのか、稲妻を呼ぶものを指差しながら不満そうに言う。
攻撃に参加出来ない事が不服なのか、皆に余分な負担を強いていると思っているのか──。
「気にするな、勇者殿!」
そんな彼女に向けて、稲妻を呼ぶものの膝に
彼の者の悲鳴をバックに、女騎士は不敵に笑んだ。
「この先に何がいるかは不明だ。なら、少しでも戦力は温存せんとな」
彼女はそう言いながらちらりと手持ち無沙汰な後衛陣へと目を向け、「な?」とウィンク一つ。
可憐な女性のウィンクに、並の男なら頬を染めて見惚れるか、あらぬ期待と共に生唾を飲み込んだ事だろう。
──その可憐な女性が、自身の身長を遥かに越える魔物を盾で殴っていなければ、だが。
「ほいっと!」
槍を地面に突き立て、棒高跳びよろしくに舞い上がった槍使いが、空中で回転しながら勢いをつけ、その穂先を稲妻を呼ぶものの背中に突き立てる。
『OOッ!』
彼の者はイラつきを隠す様子もなく腕を振るうが、槍使いはひらりとそれを避けて距離を取る。
「力はすげぇが、その分鈍いな」
にやりと笑いながらそう告げて、血に濡れた穂先で空を切る。
刃から飛んだ血が見事な半円を描き、浜辺に染みを残す。
「鈍いが、随分とタフな奴だ。このまま殴り殺せるか?」
重戦士がだんびらを担ぎながら首を傾げ、問われた剣聖と女騎士は微妙な表情。
やはり決めるのなら──あるいは決められるのは──あの二人のどちらかという事だろう。
同じ事を思ってか、重戦士は僅かな期待の眼差しをローグハンターと勇者に向けるが、同時に「そうだったな」とため息一つ。
予備の武器があるローグハンターはともかくとして、勇者には武器がない。
それを回収せねば、おそらくトドメはさせない。させたとしても、もっと時間を有するだろう。
「奴の動きを止めれば良いんだな」
不意にそう呟いたのは、ゴブリンスレイヤーだ。
彼は質問も返答を待たずに雑嚢に手を突っ込み、何かを引っ張り出す。
それは、厳重に封のされた丸い何かだった。目印のように黄色のラベルが貼られている。
一様に首を傾げる冒険者たちの中で、ローグハンターだけは「まさか……」と合点がいった様子。
「効果があるかはわからんが、試す価値はあるだろう」
彼は言いながら
冒険者たちな大事をとってその場を離れるが、こと投擲に関して右に出る者はいない彼の一投は、寸分狂わず相手の顔面を捉えた。
一見頑丈そうに見えた容器はあっさりと砕け散り、中身の黄色いガスを放出する。
「
ゴブリンスレイヤーの確かめるような呟きと共に、それは効果を示した。
がむしゃらに暴れていた稲妻を呼ぶものの動きが途端に衰え、力ないものに変わったのだ。
『OO──OOORRRRR…………』
気の抜けた唸り声をあげながら、どうにか抵抗しようと試みてはいるが、意思に反して体が動いていない様子。
瞬間。二人は動き出した。
ローグハンターと勇者は再び一迅の風となり接近、彼の者の腕に突き刺さったそれぞれの得物に手をかける。
『──ッ!OOOOOOOOO!!!』
だが、それがいけなかった。握った拍子に傷を抉ってしまったのか、痛みにより彼の者の意識が覚醒したのだ。
「わわっ!」
勇者は慌てながらも聖剣を引き抜いてその場を離れるが、ローグハンターは剣を掴んだままだ。
『OR!!』
稲妻を呼ぶものは間抜けな彼の姿に笑みを浮かべ、剣の刺さった腕を思い切り振り上げた。
突如として発生した強烈な遠心力に引かれて剣が腕から抜け、ローグハンターは単身宙に放り出される。
人は飛ぶことが出来ない事は、世界が始まってからの常識の一つだ。
宙に投げ出された人間は重力に任せて落ちる他なく、地面に落ちれば死は免れない。
だが、何事にも例外というものはあるのだ。
ローグハンターは慌てる事なく空中で体勢を整え、金色の剣を逆手に持ち変える。
同時に上昇の最高点に達したのか、体が地面に──稲妻を呼ぶものに向けて落ち始めた。
落下の時間が長ければ長いほど速く。距離が長ければ長いほど次の一撃は強く。
『ORRR!!!』
彼が何かを企んでいると察した稲妻を呼ぶものは、その太腕で彼を叩き落とさんとするが、
「ッ!」
彼の動体視力と反射神経には勝てずに、彼の回避を許してしまう。
捕まえんと伸ばされた腕を身を捩って避け、叩き落とさんと振るわれた腕を体を丸めて避け、
「フッ!」
意図せず乗ることになった回転の勢いをそのままに、輝く単眼に金色の剣を突き立てた。
剣から放たれた稲妻が彼の者の脳を直接焼き焦がし、じわじわと
「ラァッ!」
瞳に突き刺した剣を握り締め、ローグハンターは彼の者の頭から飛び降りる。
彼の力に引かれるがまま、稲妻を呼ぶものはその場に四つん這いとなり、地に足をつけたローグハンターは更に押し込まんと踏ん張るが、
『ORッ!』
苦し紛れに振るわれた豪腕が、彼の体躯を横から叩いた。
体勢が体勢なことと、破れかぶれに振るったことが重なり、幸いにあまり力は入っていないようではあるが、彼を弾き飛ばすには十分だ。
「う゛お゛……っ!」と汚い悲鳴を漏らしながら彼の体は宙を舞い、十数メートル先の地面を転がる。
稲妻を呼ぶものは口元を歪ませた。
何かはよくわからないが、目に何かを刺した奴をはね除けたのだ。ならば、まだどうにかなる。
最後の最後まで諦めず、生きようと足掻くのはのは、一部の生物──特にゴブリン──を除いて美徳とされるだろう。
だから、彼の者の判断を嗤うものはいない。
だが、彼の者を討たんとする者がまだ一人。
彼女は何かを考えるよりも前に走り出し、瞬時にスイッチを入れる。
普段の人懐こい顔が消え去り、銀等級冒険者としての誇りに満ちる凛とした、まるで別人のような雰囲気を纏いながら、駆け出したのだ。
一歩踏み込み、二歩踏み込んだ。まだ遠いと三歩、四歩。
五歩目を踏み込んだ瞬間、彼女はありたけの力を溜めて前に跳ぶ。
空中で勢いを殺さぬようにしながら体を丸め、狙いを一点に絞る。
やることは単純。
「イイイイイヤヤァアアアアアッ!!!!」
押し込むのみ!
銀髪武闘家は怪鳥音を響かせながら、稲妻を呼ぶものの
瞳に突き刺さった金色の剣の柄頭に、渾身の蹴りを叩き込む。
足の裏に硬いものを蹴りつけた感覚の後にくるのは、骨を貫き、肉を食い破る不快な感覚だ。
ぐちゃり……と湿っぽい音をたてながら、稲妻を呼ぶものの大切な何かが砕かれる。
反射的にピクピクと痙攣を繰り返す巨体を他所に、銀髪武闘家は着地を決め、鋭く息を吐きながら残心。
彼女が構えを解いた事を合図にして、稲妻を呼ぶものの巨体が重い音と共に地に伏した。
いまだに痙攣する彼の者を見下ろしながら、銀髪武闘家は胸に手を当ててホッと一息。
ちらりとローグハンターの方に目を向けてみれば、彼は既に立ち上がり、具合を確かめるように肩を回している。
彼の事だ。援護も出来ただろうに、それをしないのは彼女を信頼しているからか、既に勝負は決したと判断したからか。
まあ、その答えはどうでも良い。過程はともかく勝ったのだから良いではないか。
銀髪武闘家は冒険者たちに目を向けると、サムズアップと共に満面の笑みを浮かべた。
四方世界の神々とかつて来たりし者の
『幻想』はホッと息を吐き、『善し!』とガッツポーズをしながらどや顔をします。
今日はつきについています。出す目出す目が
対面する『かつて来たりし者』は彼女の態度に何か言うわけでもなく、愉快そうに目を細めるだけです。
『これで一度目はそちらの勝ち。ふふ、一方的じゃあ、つまらないものね』
『かつて来たり者』は優雅に笑いながらそう言いました。
『幻想』は『次も勝つよ!』と胸を張りますが、対する相手は『頑張りなさいな』とどこか余裕に笑いました。
そして自陣の駒を眺めると、フッと小さく笑みを浮かべます。
『そうねぇ、次は──』
──
彼女はそう言って、三つ頭の巨大な犬を卓に置きます。
『さあ、越えてごらんなさい』
『かつて来たりし者』は、優雅に笑いながら両腕を広げて挑発します。
彼女の態度に『幻想』は『うっ!』と狼狽えますが、始まった勝負を途中で投げる訳にはいかないので続行です。
そう、これは
誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
-
見たい!
-
別にいいです……。