SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory11 陽動、潜入

 鬱蒼と茂る森林地帯。

 一切人の手の入らない森の中は昼間でも暗く、そこを棲みかとする狼たちは息を殺して獲物が通りすぎるのを待ち構えていた。

 殺意を漏らさぬように息を殺し、自身よりも弱い存在を、自身たちよりも弱い存在を、今か今かと待っているのだ。

 

「──随分、殺気立っているな」

 

 だが、彼らは気付いていない。

 決して獲物とはならない。彼らよりも段違いに強い一人の男──フードを目深く被ったローグハンターが、木の上から見下ろしている事に、気付いていないのだ。

 彼は僅かに髭の伸びた顎に手をやりながら小さく唸り、隣の枝に腰掛ける妖精弓手に目を向けた。

 未知の森の中だからか、何やら落ち着きなくあちこちへと視線を向け、時には長耳を揺らしながら安堵にも似た息を吐く。

 ローグハンターは小さく肩を竦めると、彼女に問いかけた。

 

「この森はどうだ」

 

「どうって、見ればわかるでしょ?」

 

 彼の問いに今度は妖精弓手が肩を竦め、長耳を揺らしながら周囲に広がる大自然へと目を向けた。

 獣たちの唸り声、川のせせらぎ、風の吹く音、葉の揺れる音、などなど──。

 人の手が入っていないが故に、自然の本来の形たる弱肉強食の世界が、無秩序に広がっている。

 だが自然にとっては無秩序である事こそが正常であり、人の手で調整された姿は、生きる彼らにとっては非常なのだろう。

 それを表すように、彼らの居座る木の下に息を潜めていた狼たちは、獲物を見つけて走り出し、数分もしないうちに鹿か何かの断末魔が森に響いた。

 

「何だか落ち着くのよね……」

 

 その一部始終を聞いていたであろう長耳を揺らしながら目を細め、妖精弓手は微笑を浮かべる。

 木の枝に腰掛け、弓を片手に優雅に微笑む様は、さながら有名な狩人の一時を描いた一枚の絵画のようだ。

 本来なら森と共に生き、森と共に育ち、森と共に去る森人の──その王族たる上の森人なら、獣が獲物を捕らえてどうこうすることに頓着はない。

 下手な正義感を出して「助けてあげなきゃ!」と言って飛び出していく阿呆は、幸いなことにいないという事だ。

 正確に言えば、この場にいるのはローグハンターと妖精弓手の二人のみ。島を偵察してくると、仲間たちと別行動をとっているのだ。

「落ち着く、ね……」とローグハンターは森人特有の感覚に多少困惑しつつ、すぐさま思考を切り替えて瞑目し、天高く飛んでいる鷲と視覚を共有する。

 森の闇の奥を見ていた視界が一転。瞬き一つする間に、森を俯瞰するものへと変わった。

 空中を進みながら森の獣たちの縄張りに目星をつけ、目的地を探す。

 島を一望出来る場所(ビュー・ポイント)があれば話は別なのだが、不都合な事にそれに当たるものが見つからない。

 

「……全く、面倒だな」

 

 ぼりぼりと頭を掻きながら、ローグハンターは独り愚痴を溢した。

 島を片っ端から調べて回らなければならないというのは、かなりの手間だ。

 ちょっとした──まともな人間なら登ろうとしない高さの──高台の一つや二つ、あっても良いだろうに。

 

「はいはい、愚痴らないの。もう少し進んでみる?」

 

「──ちょっと待て」

 

 妖精弓手が苦笑混じりに言うと、ローグハンターは鋭く切り返して眉を寄せた。

 鷲の視界を借り受けた状態で更に集中。その場で滞空しつつ見たい対象を注視し、場所を頭に叩き込んでいく(マーキング)

 そして、それらしき何かを見つけたのか、鷲が一鳴きして合図をしてくれた。

 目的地はわかった。ならば、進む他になし。

 

「前進だ」

 

 決めた事を端的に告げるのは、彼の美徳か欠点か。

 うだうだと意味もなく言葉を続けられるよりはましではあるが、相手に伝わるのかは話が変わってくる。

 けれど、話す相手は一年以上の付き合いがある妖精弓手だ。

 彼女は「わかったわ」と頷くと、「あっち?」と森の奥を指差しながら更に問うた。

「ああ」とローグハンターが答えると、「了解」と返して立ち上がり、その勢いのままに次の枝に向けて跳ぶ。

 森人特有の身軽さがなせるフリーランは、幹から伸びる細枝であろうと揺らすことはなく、葉を落とすこともない。

 いつも見てはいるものの、人間離れした──そもそも森人なのだが──彼女の動きに舌を巻きながら、ローグハンターは小さな背中を追いかけて枝を跳ぶ。

 彼としてはまだまだと言ってはいるが、端から見れば二人の技量に大差はない。

 彼女が通った道をそのまま辿り、彼女同様に枝を揺らさず、葉を落とすことなく走る様は、さながら彼女の付き森人のようだ。

 地上を小走りで駆ける様と対して変わらぬ様子で木上を駆ける二人は、まるで競うようにして足を速めていく。

 まだ陽が高いとは言え、もたもたしていれば夜になってしまう。夜間に広大な森に足を踏み入れるなど、自殺志願者か頭のイカれた──あるいは壊れた──狂人のする事だ。

 

「よっ、ほっ、はっ!と」

 

 気の抜けた声を出しながら、次々と枝から枝へと跳び移っていく彼女の背を追いながら、ローグハンターは目を細めた。

 一応一定の間隔を保つようにしてはいるものの、目の前の彼女は後ろとの間隔を考えていない節が見てとれる。

 彼なら追い付ける。彼ならはぐれないと、それなりに信頼してくれてはいるのだろうが──、

 

「あまり先走るな……!」

 

 ローグハンターは僅かに語気を強めながら、戒めるように彼女に告げた。

 当の彼女は「大丈夫よ!」と余裕の笑みと共に振り向いてきたが、それでも一切落ちる様子を見せないのは、種族による差なのか、あるいは経験の差なのか。

 変わらず駆ける彼女の姿に心の底からため息を吐き、彼は足に力を込めて更に加速。僅かに開き始めていた彼女との差をすぐさま埋める。

 こうして埋めてしまえるから彼女は速度を落とさないのだが、彼はそれに気付かないだろう。

 彼にとってこうして木の上を走る事が普通であり、幼い頃から鍛えてきた技量(スキル)の一つなのだから当然の事。

 小柄な──見た目は少女の妖精弓手に追い付けぬようでは、それこそ半人前だ。

 

「っ。止まって」

 

 前を走る妖精弓手が太めの枝の上で足を止めると、僅かに声を漏らしながら手を挙げた。

 それが制止の合図であることは、この道中で決めた事だ。

 ローグハンターは彼女の指示に従う形で手頃な枝で足を止めると、「ゆっくり、こっちに来て」と背中越しに告げられた。

 音を出さぬように細心の注意を払つつ枝から枝へと跳び移り、本来なら数秒の距離を三十秒ほどかけて進み、妖精弓手の隣にたどり着く。

 同時に目を剥きながら、彼は言葉を失った。

 永遠に続くように思えた森が突然なくなり、闘技場を思わせる平地が広がり、食い散らかされた動物の骨に紛れて、何やら奇妙なものが待ち受けているのだから当然だ。

 地面から生える──あるいは突き刺さった──三角錐と言うべきか、あるいは鉄に似た何かで出来たテントと言うべきか。

 ともかく鋭い鋭角が天をさし、その表面には鈍く発光する金色の線が幾本も走る塊が、彼らの視線の先に鎮座しているのだ。

 その表面には意味深な文字の羅列が浮かんでは消え、浮かんでは消えと繰り返し、見るものに何かを訴えかける。

 更に加えるなら、その三角錐の一面には縦に線が入っており、そこから風が出ているのか草が揺れ、擦れたような跡も残されていた。

「あれだ」と直感的に何かを感じたローグハンターは息を呑み、妖精弓手は興味津々と言わんばかりに目を輝かせて長耳を揺らす。

 一刻も早く近づいてみたいが、ここは仲間との合流が優先だ。

 それに、別動隊(・・・)の動きも気になるところ。

 

「場所はわかった。戻るぞ」

 

「そうね、そうしましょ」

 

 深呼吸と共に吐かれたローグハンターの提案に、妖精弓手は間髪入れずに頷いた。

 二人は目配せと共に踵を返し、来た道を辿って枝を跳ぶ。

 先ほど見た光景はすぐに遠ざかり、鬱蒼と茂る森の闇の中に、二人の姿は消えていった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、状況を確認するぞ」

 

 単眼の巨人を撃破し、彼の者の棲むかだったと思われる洞窟をそのまま拠点とした冒険者たちは、手頃な岩の上に腰掛けて各々気を抜きながら、ローグハンターの言葉に耳を傾けた。

 

「俺と上森人で目的の遺跡の入り口を見つけた。正確にはその一つかもしれないが、ともかく入ることは出来るだろう」

 

 いつも通り、手に入れた情報を正確にかつ手短に。

 記憶が欠けても変わらぬ彼の様子に安堵を覚える銀髪武闘家の隣──ゴブリンスレイヤーは「そうか」と頷いて「こちらからも報告だ」と言葉を続ける。

 彼の指に輝いているのは『呼気(ブリージング)』の指輪だ。

 

「お前が見つけた海底洞窟だが、先で人の通れる道が続いていた。だが、その先は行き止まりだった」

 

 こちらもまた手に入れた情報を正確にかつ手短に。

 昔から変わらぬ友の様子に安堵を覚えつつ、ローグハンターは更に問うた。

 

「行き止まり。壁は岩か?」

 

「……あれは、岩なのか?」

 

 彼の問いに、ゴブリンスレイヤーは僅かな間を開けると共に兜を傾げ、鉱人道士へと目を向けた。

 問われた鉱人道士は困り顔で長髭をしごき、「なんじゃいのぉ、あれは……」と答えに迷っている様子。

 

「鉄とも違う。大理石とも違う。あれは見たことない材質じゃわい」

 

 彼の返答にローグハンターは「そうか」と頷き、「通れそうか?」と問うた。

 先ほど行き止まりと言われたばかりではあるが、鷲との視界共有で見つけたものが無意味とは思えない。何かしらの意味がある筈なのだ。

 ゴブリンスレイヤー、鉱人道士と共に偵察に出ていた重戦士が、顎に手をやりながら「そうだな」と目を細めた。

 

「……壁の前に、何かを入れる硝子細工があったな」

 

「硝子細工?」

 

 絞り出すように発せられた言葉に、ローグハンターは首を傾げた。

 重戦士は「ああ」と頷き、手で小さな四角を作りながら言う。

 

「こう、四角い硝子の塊なんだが、小せぇ穴が空いててな。見た感じ、中は空洞になってたぜ」

 

 小さな穴の開いた四角い硝子の塊。中は空洞。

 どこかで聞いたことがあると首を捻り、一分足らずでその答えにたどり着く。

 

 ──血の小瓶か。

 

 かつてのテンプル騎士団、西インド諸島支部総長──ラウレアーノ・トーレスが見つけたという、かつて来たりし者の遺産の一つ。

『観測所』に入るための鍵である()()()()()()()賢者の血を保存するための容器。

 外見は資料で見た事もあるし、何よりそれを巡って騎士団と対立したのは、海賊にしてアサシン──エドワード・ケンウェイ。植民地支部長であり、ローグハンターの大恩人たるヘイザム・ケンウェイの父親なのだ。

 もし重戦士が見つけたものがその血の小瓶だとして、それは誰の血を保存する為のものなのか。

 

『──そうか、そこまで濃いのか』

 

 そこまで思慮したローグハンターの脳裏に、アサシンの言葉が過った。

 今さらではあるが、濃いとは何を指していたのかと更に思慮するが、すぐにそれを止めた。

 深く考えるまでもない。

 

 ──俺の血か。

 

 自らの手を見下ろしつつ、ローグハンターはそう判断を下した。

 あるいはあのアサシンという可能性もあるが、彼の血が鍵なら既に小瓶は満たされている筈だ。

 なのにそれが空なのには理由があり、その理由こそがそれなのだろう。

 ならば、ローグハンターがいれば先に進むことも比較的に容易い筈だ。正面からではなく、脇道から入るのだから。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 一人思考の海に浸かっていたローグハンターに、勇者が声をかけた。

 岩のように動かない彼の脇原を指でつつき、反応を確かめたのだ。

 当の彼は大きな反応(リアクション)一つなく、顔をあげて「どうした」と問いかけるのみ。

 

「いや、何考えてるのかなって」

 

 勇者が遠慮がちに問うと、ローグハンターは「洞窟の壁についてだ」と手短に答えるのみ。

 いつもの彼なら、妹たる彼女の質問には丁寧に答えた事だろう。だが、記憶の欠けた彼は、受け答えにどこか冷たい印象がある。

 勇者「壁がどうしたの?」と更に問うと、「もしかしたら、通れるかもしれん」と曖昧な言葉が返された。

 彼の言葉に反応を示したのは鉱人道士だ。目を真ん丸く見開きながら、「なんじゃと!?」と驚きを露にする。

 

「わしの目から見てもありゃただの壁じゃったぞ。初めて見る材質ではあるけんど、それだけは確かじゃ」

 

「おそらく、鍵がなかったから使われてなかっただけだ」

 

 半ば興奮気味の鉱人道士とは対照的に、ローグハンターは冷静な声音でもって返した。

「鍵じゃと?」と首を傾げる鉱人道士を横目に、ローグハンターは眉を寄せた。

 

「だがそれが本当に鍵なのかはわからん。外れの可能性もある」

 

 外れの(血液)で扉を開けた場合どうなるか、それはローグハンターもよく知るものだ。

 触れれば即死の光の壁が現れ、人間離れした身体能力を持っていなければ越えられない罠が起動し、遺跡そのものが忍び込んだ侵入者を駆逐せんと動き出す。

 北極では酷い目にあったと心の内で自嘲するものの、決して表情には出すことはない。

 表情を出さない方法は知っている。まあ、昔は全く動かなかったという方が正しいかもしれないが……。

 

「外れなら、上森人と見つけた入り口から行くしかないがな」

 

 彼は表情に苦笑を張り付けて肩を竦め、「どうする、試すか」と冒険者たちに問いかけた。

「どうするってもなぁ」と槍使いは頭を掻き、ちらりとゴブリンスレイヤーに目を向けた。

 

「『呼気(ブリージング)』の指輪の数にも限りがあるだろ?」

 

「ああ」

 

「残った面子は、どっちにしろ正面からだろ?」

 

「そうなるな」

 

 槍使いの問いにゴブリンスレイヤー、ローグハンターが答えると、彼は「なら、決まりだな」と獰猛な笑みを浮かべた。

 

「今回のボスを倒せるのはローグハンター、お前だけだろ」

 

 ローグハンターを指差しながらそう言うと、「陽動なら任せろ」と自身の胸を叩いた。

 彼に重戦士、女騎士、魔女が続いて頷くと、ローグハンターは微妙な面持ちを浮かべた。

 

「陽動は助かるが、待っているのはさっきの一つ眼以上の何かだぞ」

 

「──なら、ぼくたち(・・)もこっちに行くよ」

 

 ローグハンターの心配に応えたのは勇者だ。

 彼女は薄い胸を目一杯に張りながら、「ふふん!」と得意気に鼻を鳴らし、剣聖と賢者の二人に「良いでしょ?」と今さらになって問いかける。

 問われた二人は顔を見合せると頷きあい、剣聖が「仕方ないですね」と答えた。

 槍使い、魔女、重戦士、女騎士、勇者、剣聖、賢者。

 僧侶がいないことが少々気になるところだが、今回に限ればその心配もない。

 

「大司教。あんたも陽動について貰えるか」

 

「お任せください」

 

 この場には金等級冒険者、かつ僧侶である剣の乙女がいる。彼女なら、銀等級、白金等級の彼らを足を引っ張る事もあるまい。

「でも、道案内は?」と妖精弓手が問うと、ローグハンターは「心配ない」と即答した。

 それを合図にしてか餌を啄んでいた鷲が一鳴きし、「あいつに先導してもらう」と当たり前のように告げた。

 何も知らぬ者が聞けば『鳥に命を任せられるか!』と憤慨するのだろうが、生憎と鷲の有用性は既に証明されている。

「なら大丈夫ね」と彼女が笑えば、鷲も応じるように鳴き声一つ。

「さて」とローグハンターは呟くと、女魔術師、令嬢剣士、女神官の三人に目を向けた。

 心配だから、役に立ちたいからとついてきた訳なのだが、三人の表情は固く、いつものような覇気にかける印象がある。

 彼は小さく息を吐くと彼女らの前に足を進め、

 

「──」

 

 令嬢剣士の頬を無言で引っ張った。

 引っ張られた彼女も困惑する他なく、他二人もローグハンターの突然の奇行に驚き、誰も彼女を救おうとしない。

 彼はぐにぐにと彼女の頬を弄りながら、フッと頬を綻ばせた。

 

「顔が固いぞ。いつもの余裕はどうした」

 

「ひょ、ひょんなこといわれまひへも……っ!」

 

 いつもの凛とした声とは程遠い、何とも間の抜けた声が彼女から漏れた。

 思わず噴き出しそうになる後ろの槍使いらを他所に、ローグハンターは言葉を続けた。

 

「いつも言うが、お前が何をするかはお前が決める事だ。お前がここに来ると決めたのなら、力が足らなくとも、最後まで関わりきれ」

 

「──っ!ひゃい!」

 

 ローグハンターの発破に、令嬢剣士は頬を引っ張られたまま頷いた。

 お陰で格好が付かず、余計に笑いの種になりそうな状況ではあるけれど。

 

「そっちの二人もだ。何ならお前らも引っ張るか?」

 

「「いえ、大丈夫です!」」

 

 令嬢剣士から離した指をぎちぎちと動かしながら問うと、二人は慌てて首を横に振った。

 問答無用でやられた令嬢剣士から睨まれつつも、ローグハンターは笑みを浮かべた。

 

「結局、ゴブリンスレイヤーと俺の一党の合同か」

 

「いつも通りだね~」

 

 ローグハンターの言葉に、銀髪武闘家が彼の頬を引っ張りながら続く。

「あ、あにょ~?」と変な声を漏らす彼を他所に、銀髪武闘家が問うた。

 

「でもさ、こっちに全員の手を回しちゃったらさ、船の防御はどうするの?」

 

 彼女の問いに「わたくしから答えます」と応じたのは剣の乙女だ。

 

「現在、島の外周を回ってもらっていますわ。何かあれば砲声でわかるでしょうし、島の各所に小舟を置いてくれているそうです」

 

 彼女の言葉に「なるほど」と頷き、ローグハンターの頬を引っ張っていた手を勢いよく離す。

 バチン!と凄まじい音が鳴り響いたが、当の彼は気にした様子もなく「行けるか」と問いかける。

 彼の確認に否定を示す者は誰一人としておらず、「行けるぜ!」と槍使いを筆頭に肯定が示された。

 ならば、あとは実行あるのみ。言うべき言葉はただ一言のみ。

 

 ──行くぞ。

 

 

 

 

 

 島のほぼ中央。闘技場を思わせる平原。

 何かに喰われたのか動物の骨──肉がこびりついている──や、食いかけの肉塊などが散らばるその場所に、冒険者たちはいた。

 盾役(タンク)である重戦士、女騎士を先頭に、勇者、剣聖が後ろに続き、魔女、賢者、剣の乙女の三人の後方、殿を務めるのは槍使いだ。

 目の前で下品にならない程度に揺れる三人の尻に目が行かないのは、彼が自分が玄人(ベテラン)であると自覚があるからだろう。

 

「さて。あれだな」

 

 女騎士が好戦的な笑みを浮かべながら指差したのは、ローグハンターが見つけたという鉄塊だ。

 聞かされた通りに地面から生える三角錐は、固く閉ざされた門を思わせる様相であり、抉じ開ければ入ることも出来るだろう。

 どう抉じ開けるのかが問題であるのだが──。

 

「近づくにしても、慎重に行きましょう」

 

 剣聖が愛剣の柄に手を馴染ませながら言うと、「わかっているとも」と相変わらずの笑みを浮かべながら女騎士が頷いた。

「大丈夫かね……」と重戦士がため息を吐くと、魔女は「大丈夫、よ」と柔らかな笑みを浮かべた。

 後ろの面々の言葉を聞き流しつつ、女騎士は白銀の剣を抜き放ちながら一歩を踏み出した。

 パキリと足元の骨を踏み砕いた事が合図になったのか、彼らが目指す門に異変が起こった。

 岩同士が擦れる重い音をたてながら、擦れた跡を沿うようにして、左右に割れていったのだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 やらかしたかと慌てる女騎士を他所に、重戦士がだんびらを構え、殿を務めていた槍使いが颯爽と前に出る。

 剣聖、勇者もそれぞれの得物を手に彼らと並ぶと、ついにそれ(・・)は現れた。

 開かれた門の先に揺れるのは、三対の金色の輝き。

 純粋な敵意のみを孕ませた輝きがゆっくりと揺れながら、少しずつこちらに近づいてくる。

 同時に強まっていく重圧(プレッシャー)に呑まれないように意識を強く保ちつつ、待ち構えること一分少々。

 

『『『GRRRRRRRRRRRRRRッ!!!!』』』

 

 門の影からついに姿を現した。

 天頂を僅かに過ぎた陽に照らされるのは、三つの頭を持った巨大な犬だ。

 強靭な筋肉に包まれ、筋張っている四肢。

 鋼鉄をも噛み砕く爪、牙。

 鋼鉄をも叩き割る尻尾。

 まさに地獄から這い上がってきた魔物──冥府の番犬、ケルベロス。

 三つの頭全てが意志を持っているかのように冒険者たちを睨み付け、口元からは燃える涎が垂れている。

 

「随分、腹空かせてるみたいじゃあねぇか」

 

 槍使いはケルベロスを睨みながら軽口を叩くと、ひゅん!と槍で宙を切ると共に戦闘体勢を取った。

 骨や肉のせいで足場が悪いが、下手をすれば自分たちもこの中の仲間入りだ。

 

 ──それは、笑えねぇな。

 

 在野最高銀等級の冒険者まで昇ってきたとはいえ、まだまだ上には行けると信じているし、努力を欠いたつもりもない。

 まだ終点(ゴール)にたどり着いた訳でもないのに、ここで無理やり終点(ゲームオーバー)なんて、本当に笑えない。

 終わるのなら、惚れた人に告白して、あわよくばその人に看取られながらだ。

 その為にもまずは──。

 

「犬畜生に負けてられるかよ!」

 

 槍使いは風となる。

 友を守るため。戦友を守るため。そして、目の前の壁を越えるため。

 彼は一迅の風となる──。

 

 

 

 

 

 ちゃぷんと僅かな音をたてて、ローグハンターは海面から顔を出した。

 タカの眼を発動しながら周囲を確認し、敵影がないことにホッと一息。

 件の扉に続く道に進むべく、出っ張った岩に手をかけて体を持ち上げる。

 

「──よし、来い」

 

 ぼそりと消え入りそうな声で告げると、水面から次々と仲間たちか顔を出す。

 ゴブリンスレイヤー、妖精弓手、蜥蜴僧侶──と、彼に担がれた鉱人道士、女神官、女魔術師、令嬢剣士、そして最後に銀髪武闘家。

 彼らは続々と岩に登り、負傷や体調不良がないかと最終確認。

呼気(ブリージング)』の指輪のおかげで、海の中を進んでも決して濡れず、雑嚢の中も駄目にはならない。

 それを示すように松明に火をつけたゴブリンスレイヤーはぐるりと兜を巡らせ、「こっちだ」と先導を開始した。

 一寸先も見えない闇の中を進むのは怖いが、随分と今さらな気もするとどこか他人事だ。

 見えないなりに周囲を警戒して銀髪武闘家は思わず苦笑を漏らすと、不意に手を引かれて歩き出す。

 抵抗はしない。誰の手なのかは触れればわかる。

 

「あまり動き回るな。はぐれないとは思うが」

 

「だ、大丈夫だよっ!」

 

 手のひらに感じる彼の熱に、無意識に悦んでしまう自分を抑え込みつつ、彼女は上擦った声を漏らした。

「……大丈夫か?」と今度は心配する声音で言われれば、流石に落ち着いて「大丈夫」と頷く。

 手を離して貰おうかとも思ったが、離す気がなさそうなのでとりあえず放置。

 歩いて数分も経たずに、ゴブリンスレイヤーが「これだ」と目の前の壁を松明で照らした。

 不規則に揺れる橙色の明かりに照らされ、珍妙な材質で作られた壁が浮かび上がる。

 鋼鉄とも大理石とも違うそれは、鉄を友とする鉱人である鉱人道士でさえわからない。

 だが、ローグハンターには見覚えがあった。

 アサシン教団との最終決戦とも言える北極での戦い。その舞台となった遺跡の床や壁、天井に至る全てが、目の前の壁と同じ材質だった。

 だが、今はそんな事どうでも良い。

 ローグハンターは銀髪武闘家から僅かに名残惜しそうに手を離すと、前を行っていたゴブリンスレイヤーの脇につく。

 

「──で、重戦士(あいつ)が言っていたのは」

 

 壁の前に置かれた台座に手を置き、「これだな」と最終確認。

 松明に照らされる台座の上には血の小瓶が置かれ、納められるべき血を待ちわびている。

 

「それで、鍵とはいうのはどこに?」

 

 しゅるりと鼻先を舐めながら蜥蜴僧侶が問うと、ローグハンターは「ここだ」と左手首のアサシンブレードを抜刀した。

 それで弄くり回す気かと冒険者たちは目を丸くしたが、次の行動で更に目を剥くこととなる。

 

「──ッ!!」

 

 ローグハンターが、アサシンブレードの刃で自分の右の掌に傷をつけたのだ。

 掌がべったりと鮮血に汚され、点々と垂れる血で地面が汚れる。

「ちょ、ちょっと!?」と銀髪武闘家が声をあげたが、ローグハンターは構わずに血を滴らせる右の掌を台座の上に持っていき、血の小瓶を赤く染める程の血を浴びせた。

 するとどうだろう。台座からガコン!と音が出たと思うと、真っ赤になった血の小瓶が台座に沈んでいくではないか。

 それと同時に台座に幾何学的な紋様が浮かび上がり、不可思議な文字の羅列が高速で映し出されては消えていく。

 

『遺伝子情報確認中。五十パーセント。六十パーセント──』

 

 右手に包帯を巻いていると、台座から音声が流れ始め、刻々と数字が大きくなっていく。

 次々と巻き起こる不可思議な出来事に困惑する──妖精弓手は目を輝かせていたが──冒険者たちを他所に、ローグハンターは小さな舌打ちを漏らした。

 出来る事なら失敗し、槍使いたちと合流したかったのだが、成功したからには後には退けない。

 

『確認完了。──認証』

 

 その音声が合図となり、目の前の壁が左右に別れて隠されていた道を現れる。

 過程はともかく道は出来たと、冒険者たちは顔を見合せて頷きあった。

 最後に銀髪武闘家がローグハンターの肩に手を置くと、その手に彼の手が重ねられた。

 血に濡れているためか湿っぽいけれど、それはそれで生きている証拠だ。

 掌に彼女の体温を感じつつ、改めて洞窟の奥の闇へと目を向けた。

 

「『出てこられるのか考えもせず、少女(アリス)はウサギを追って穴に飛び込んだ』、か」

 

 ふと脳裏に過った言葉に、ローグハンターは首を傾げた。

 この言葉に関しては、全く聞いた覚えがない。

 それもその筈だ。彼がこの世界に来たのは1761年。不思議の国のアリスは1865年。一世紀近く時代が違う。

 それでも言葉が出たのは他でもない。アルタイルが教団のためにそうしたように、エツィオが復讐を果たすためにそうしたように、ほんの少し未来が覗けただけの事。

 どこで聞いたのかを額に手をやって考えるが、「大丈夫?」と銀髪武闘家が顔を覗いてきた事で思慮を中断。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 ローグハンターはゆっくりと一度頷くと、冒険者たちに「行くぞ」と告げて先陣を切る。

 どこに繋がっていようと、戻れるかが定かでなかろうと、ここまで来たのなら行くしかない。

 ここは既に折り返す不能地点(ポイント・オブ・ノーリターン)

 進む他に、道はないのだ。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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