SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory13 その祈りは誰が為に

 地の底に眠る遺跡の最奥には、一体何が潜むのだろうか。

 恐ろしい悪魔。冒涜的な肉塊。邪神を甦らせんとする邪教徒。亡者の群れ。エトセトラエトセトラ──。

 その話題を振られた者が返すのは己の経験や想像からくる、時には現実的な、時には突拍子のない答えだろう。

 だが百人に聞いても、きっとこの答えは返ってこまい。

 

 ──二条の雷が複雑に絡み合い、激しく衝突している。

 

 何も知らぬ者が見れば、天高くを駆ける雷が地の底で発生している事にまず驚くだろうが、それが人が生み出したものだと知れば更に驚く事だろう。

 それぞれの雷の先端に当たる場所にいるのは、見間違いようのない人影だった。

 

「おおおぉぉぉぉぉあッ!!!!」

 

「うおおおおおおおおっ!!!!」

 

 二人は絶叫にも似た咆哮をあげ、雷から元の姿となってぶつかり合った。

 互いの得物である金色の剣がぶつかり合い、甲高い金属音が広間に響く。

 思わず耳を塞ぎたるなる音ではあるが、それで二人が止まる訳も、意識を削ぐ訳もない。

 

「フッ!」

 

 先に動いたのはローグハンターだった。

 右手でアサシンと競り合いつつ、炎を纏った黒鷲の剣を振るい追撃を狙う。

 黒きまことの銀(ミスリル)の一閃は残光すら残さず、卓越した技量の下で寸分の狂いなく相手の脇腹を狙って振るわれた。

 だが本来なら相手の命を断つ一閃も、彼の纏う鎧を前にしては攻撃にすらならない。

 ガン!と斬るよりも殴るような音を響かせ、刃を止められたローグハンターは眉を寄せた。

 第一世代の鎧。その防御力はこの世界で造られるどの鎧よりも固く、柔らかく、また軽い。

 素材は不明。あったところで造り出す事は不可能はそれは、世界に二つとないだろう。正確には、二つとあってはならないものだ。

 

「ぐぅらッ!」

 

 獣じみた咆哮をあげ、受け止められた刃を強引に振り抜いた。

 斬ることは出来ずとも弾くことには成功し、飛ばされたアサシンは流星の如く床に叩きつけられた。

 だが彼は素早く立ち上がり、天井の方を見上げた。

 彼の視線の先には落下するローグハンターがおり、彼の手にはいつの間にか弓と、鏃に炎が灯された五本の矢が握られている。

 彼は二本指で一本の矢をつがえ、残りの指で四本の矢を保持。時間の流れが緩やかになる感覚を覚えながら狙いを定め、連孥の如き五連射。

 弦の弾ける音が瞬き一つの間に五つなり、放たれた矢は大地を穿つ火石の如くだ。

 直撃すればただでは済むまい。だが、アサシンの行動は単純だった。

 にやりと口の端を歪に歪め、避ける素振りも見せずに両腕を広げた。

 彼の奇行とも取れる行動にローグハンターは僅かに狼狽えるが、避けないのなら好都合と割りきり、すぐに平静を取り戻す。

 それと同時に放った五つの矢がアサシンへと突き刺さる──間際にその軌道が歪み、その全てが彼の掠めることなく床に突き刺さった。

 その結果にローグハンターは僅かに目を見開き、「くそ……っ」と今さらになって重要な事を思い出す。

 第一世代の道具の一部には、鉄を遠ざける効果を持つものがある。剣はともかくとして、弾や矢などの投射物に関しては抜群の効果を発揮するのだ。

 とあるアサシンがその鎧を纏っていたという情報を、聞いてはいたのに忘れるなど、何とも情けないと舌打ちを漏らす。

 だがそれがわかったのなら重畳だと思考を切り替え、腰に下げた金色の剣と黒鷲の剣を勢いのままに抜刀。

 腰帯と金属の擦れる音を聞き流し、両足に力を込めて一気に飛び出す。

 二歩踏み込めば、もはや自分は地に足つけぬ雷だ。

 開いていた間合いが瞬時に零となり、肉体が元に戻ると同時に待ち構えていたアサシンが左手を突き出した。

 同時にアサシンブレードの刃が飛び出し、反射的に身を捩ったローグハンターの頬を掠める形で空振りに終わる。

 頬から流れる一筋の赤い涙をそのままに、伸びきった相手の腕に自分の腕を絡めて上体を起こして肩を極め、無防備な胴に目掛けて金色の剣を振るう。

 相手の首を落とさんと振るわれた剣が相手を捉える間際に、『ゴキッ!』と骨の外れる滑稽な音が鼓膜を揺らした。

 途端決めていた相手の腕がするりと拘束から抜け出し、振るった剣は空を切る。

 大きく姿勢を低くしたアサシンは、無防備なローグハンターの胴に金色の剣の柄頭を叩きつけた。

 鈍い打撃音が漏れるが、ローグハンターは怯む様子もなくその場を飛び退き、数度咳き込むのみで痛痒(ダメージ)はあまりない。

 むしろアサシンの腕を眺め、困惑を隠しきれない様子で表情を険しくさせた。

 

「貴様、肩を……っ!」

 

「外したが、なんだ」

 

 強い驚愕が思わず声となり、左腕をだらりと下げたアサシンがさも当然のように告げた。

 そして右手で左腕を掴み、「ふん!」と気合い一閃と共に外れた肩を元に戻す。

 そして左拳を開閉させながら具合を確かめ、「ふぅむ」と僅かに不服そうに目を細めた。

 

「まあ、すぐに全快とはいかんか」

 

 彼はそう言うと肩を竦め、一瞬の閃光が体を包み込む。

 それが急速回復(セカンドウィンド)を使用した証であり、外した肩が全快した証拠だ。

 ローグハンターは深く息を吐き、相手の出方を伺うように集中を深める。

 今のは確実に殺せる流れ(フィニッシュ・ムーブ)だったのだが、そこから抜けられるのは中々に久しぶりだ。第三者の介入なしでは初めてかもしれない。

 

「では続きだ」

 

 肩を回して具合を確かめたアサシンは短く言うと、今度は彼が雷となった。

 開いていた間合いが瞬時に零となり、ローグハンターが迎え撃つ番となる。

 雷から肉体に戻る間際、金色の剣が振り下ろされた。

 雷を纏う刃を防御もなしに直撃すれば即死不可避。選択肢は回避か防御のみ。

 今回の選択は防御。振り下ろされた刃を角度をつけた金色の刃で受け止め、その勢いを利用して流す。

 金属同士の擦れる不快な音と、視界の端に映る火花を努めて無視し、反撃(カウンター)に黒鷲の剣を振るう。

 だがアサシンの反応はそれよりも速い。

 彼は瞬時に体を雷へと変えて回避、一瞬距離を開けてすぐにまた詰める。

 再び来る攻撃に備えていると、元に戻ったアサシンの起こした行動は単純にして明解だった。

 

「ぬぅん!」

 

 第一世代の肩当てを前面に押し出した体当たり。剣の攻撃に備えていたローグハンターはそれを直撃することとなった。

 速度と重量の二つの要素は攻撃力に直結するものだ。

 成人男性が雷の速度でぶち当たるなど、それこそ砲弾並の火力が出ることだろう。

 そんなものが直撃したローグハンターは「がっ!」と思わず漏れた汚い悲鳴で尾を引くように、彼の体は見事に弾かれる。

 なるほど体当たりかと得心し、それは予想外だったなと手短に反省。

 空中で体を翻して体勢を整え、軽業師さながらの挙動で床に足をつけると、踵を床にめり込ませ、更に金色の剣を突き立てて急停止。

 口の端から流れる血を拭い、念のためと急速回復(セカンドウィンド)を使用。一瞬の閃光の後に、先ほどつけられた頬の傷と、治りかけていた手の傷が完治する。

 相手に前回あった慢心に似たそれはない。全力の全力で、ようやく抗えるぐらいだろうか。

 そうとわかればやることは決まっているし、何より最初からそのつもりだ。

 鋭く息を吸い込みながら立ち上がり、天上の神々にまで届くことを祈って獣じみた雄叫びをあげた。

 ただの雄叫びではない。能力(アビリティ)の一つたる『アレスの雄叫び』と呼ばれるものだ。

 雄叫びによって自らを奮い立たせ、一時的に身体能力をあげる。四方世界的に言えば補助(バフ)と呼ばれるものだ。

 

「──うぉおおおおあっ!」

 

 視界の端を赤く染めながら、ローグハンターはその場を飛び出した。

 無意味とわかっていても牽制に複数本の投げナイフを投擲し、鋭い銀光がアサシンへと迫る。

 アサシンは当たることはないとたかを括り、ローグハンターの動きにのみに注意を向けるが──。

 

「……む?」

 

 とす……。と、今まで鳴り響いていた音に比べれば優しげな、どちらかと言えば間の抜けた音が発せられたのだ。

 音の源はアサシンの腹部。目を向けてみれば、そこには鋭い何かが突き刺さっていた。

 それを自覚すると同時に「ごふ……っ!」と口から血の塊を吐き、自身の腹に刺さったものを乱暴に抜き取ると、目を見開いて驚愕を露にした。

 

 ──これは骨か……っ!?

 

 アサシンは鋭く尖り、自らの血がこびりついた動物の骨を忌々しそうに投げ捨て、回復をしようと意識を集中させるが。

 

「させるか」

 

 ローグハンターがその隙を与えるかと問われれば答えは否。

 いつの間にか距離を詰めていた彼が、相手の出来立ての傷を目掛けて前蹴り(スパルタキック)を放つ。

 鈍い打撃音と僅かに湿った音を響かせ、アサシンの口から更に血が吐き出された。

 だが倒れる事はない。両足に踏ん張りを利かせて踏みとどまり、予備動作なしで衝撃波を伴った閃光(混沌の輪)を放つ。

 不可視の拳で全身を殴り付けられたローグハンターは勢いのままに吹き飛ばされ、強烈な閃光で視界が点滅を繰り返す。

 だがそれも一瞬のこと。着地と同時に金色の剣を振るい、前方を薙ぎ払うように雷を放つ。

 アサシンは腹の傷を押さえ、苦悶の声を出しながらその場から飛び退き、柱の影へと退避。

 一瞬遅れて雷の一閃が柱を捉え、その表面をほんの僅かに焦がした。

 だが倒れる事はおろか、傷がついた様子すらない。第一文明の材質は、生半可な攻撃では破壊出来ないのだ。

 ぜえぜえと喘ぎながら、アサシンは今度こそ急速回復(セカンドウィンド)を使わんと集中するが、彼の脇を雷光が駆け抜けた。

 同時に現れたのは、炎を纏った二刀を振り上げたローグハンターだ。

 タカの眼を使えば相手がどこに隠れたかなぞすぐにわかる。床に目印となる血痕が残されているのなら尚更に。

 

「ッ!!」

 

 歯を食い縛り、渾身の力を込めて二刀を振り下ろすローグハンター。

 アサシンは小さく舌打ちを漏らしつつ、片手で金色の剣を振るった。

 得物がぶつかり合うと共に激しい火花が散らせながら同時に弾かれ、二人の視界にほんの一瞬だが彩りを加えた。

 小さな火花が消えた瞬間、二人は弾かれた剣を握り直して再び振るい始めた。

 ぶつかり合う度に甲高い金属音が広間に響き、その間隔は時間を経るごとに短く、激しくなり、火花が満開の花火のように視界を彩る。

 袈裟、逆袈裟、突き、水平、ばつ字、十字──。

 彼らの考えうる全ての切り方が瞬きする間もなく断続的に放たれ、二人の額に脂汗が滲んだ。

 切っ先の動きが僅かでもずれれば、タイミングが僅かでと遅れれば、一度でも瞬きすれば、相手の刃は確実に自分の命を奪う。

 それがわかっているから故に、二人は無意識に瞬きをしようとする瞼を強靭な意思でもって開き続け、剣の切っ先に至るまで神経を通わせる。

 気を抜くな。手を抜くな。力を抜くな。

 戦いにおける全ての事に全神経を集中するしかなく、二人の集中力を削り取っていく。

 

「おおおおおおお………っ!」

 

「あああああああ………っ!」

 

 無意識の内に理性の欠片もない獣の唸り声をあげ、相手の意識を僅かでと削がんとするが、それを同時に行っては意味がない。

 三分か、五分か、あるいは三十秒足らずか。それは誰にもわからない。

 二人は時間の感覚がおかしくなるほどに集中し、相手の動きに細心の注意を払って反応し続ける。

 だが、人の集中力とは無限ではないのだ。出血による疲労、痛みによる集中の乱れが、アサシンを窮地へと誘い込む。

 彼は額に更に脂汗を浮かべ、どうにか隙を作ろうと気を伺っていた。

 確かに窮地に追い込まれているのは自分だ。鎧を纏った事で余計な慢心をしていたのだと自嘲し、だがまだやれると気合いを入れる。

 

「ぬぅあっ!」

 

 同時に必要最低限の予備動作から、左手のアサシンブレードを突き出した。

 

「ッ!」

 

 正面から拮抗している状況に一石を投じるという意味では、確かに彼の行動は正解だったろう。

 だが相手はローグハンター。対人──アサシンとの戦いにおいては四方世界でも有数の経験を持っている。

 どんなに速くともローグハンターは反応できる。正確には見ることができる。

 避けたり防いだりできるかはまあ別の話だが、今回はまだ彼の許容範囲内だった。

 突き出されたアサシンブレードを黒鷲の剣で受け流し、相手の体勢を前のめりに崩す。

 自分が最も好む間合いに相手の首が差し出され、少なくとも回避は無理だろう。

 そうは思えど油断はせず、集中を維持したままのローグハンターが断頭台の刃の如く金色の剣を振り下ろす。

 その間際、アサシンの右手が閃いた。

 それに気付いた時にはもう遅い。何かに備えようとしたローグハンターの視界が、赤一色に染められた。

 

「──!」

 

 視界が潰され、狼狽えるローグハンター。

 その隙にアサシンはローグハンターの米神を金色の剣の柄頭で殴り付ける。

 凄まじく重い打撃音と骨の砕ける乾いた音、そしてローグハンターの体が床に叩きつけられる音が入り交じり、聞いていて不快になる音が広間を駆け抜けた。

 アサシンが行った事は単純明解。自らの血による目潰しだ。

 攻撃にアサシンブレードを挟むことで意識をそちらに向けさせ、空いている右手で傷を拭い、へばりついた血を砂かけよろしく飛ばしただけのこと。

 これは騎士同士の決闘ではなく、アサシン同士の殺しあいだ。卑怯という言葉は敗者の言い訳にしかならない。

「がはっ!」と口から血を吐き出すローグハンターの腹に渾身の力を込めた蹴り(スパルタキック)を打ち込み、彼の体を再び吹き飛ばす。

 がちゃがちゃと喧しい音をたてながら転がる彼に、アサシンは雷の追撃を放つ。

 大気を焦がす一閃は真っ直ぐにローグハンターの体を捉え、全身に鋭く刺すような激痛と痺れを与える。

 声にならない悲鳴をあげたローグハンターは仰向けで倒れたまま痙攣を繰り返し、「う……」とか「あ……」とか意味のない呻き声を漏らしていた。

 一瞬の油断。あるいは一瞬の慢心。それがもたらすのは死のみだ。

 アサシンは今度こそ急速回復(セカンドウィンド)を使い、腹の傷を完治させた。

 だが流れた血が戻るわけではない。その分体力は削られているし、血が足りないからか頭が重い。

 数度深呼吸を繰り返して消耗した体力を僅かでも回復させると、彼は歩き出す。

 決して音をたてることなく、相手への殺気を限界まで抑え、左手小指を動かした。

 僅かに鞘と刃が擦れる音が鳴ったかと思えば、アサシンブレードの抜刀は終わっている。

 長かった。実に長かったと、アサシンはローグハンターに歩み寄りつつ回想する。

 訳もわからず放り込まれた新天地で、右も左もわからなかった自分を助け、その使命を託してくれた前任者がいた。

 かつて来たりし者の加護とも呼べる力で体は老いることはないが、それは人間の用途から外れた、設計図には載っていない使い方だ。

 そんな使われ方をすればいずれ限界は来るし、技が衰え始めるだろう。

 故に継承者が必要だと。この力を、本来使うべき機会──この世界の侵略で全力で扱える器が必要なのだと、彼は自分に力を託した。

 そして今度は自分の番だ。寿命(げんかい)まであと僅か。刻一刻とそれは近づいている。

 万が一それを越えてしまえば、能力(アビリティ)の使用に悪影響が出てしまう。

 

 ──あのお方の願いの成就。それを見届けたかったが……。

 

 自分が足手まといになっては願いの成就は更に遠のき、きっとあのお方を悲しませてしまう。

 それだけはあってはならない。あのお方の為なら、自分の命はよろこんで捨てよう。

 まずは目の前の男を倒し、あのお方に差し出す。そうすれば後は事もなしだ。

 虫の息のローグハンターを足元に、アサシンはアサシンブレードの切っ先を彼へと向けた。

 あのお方の処理は既に始まっている筈だ。直接接触したあの日から何かしらをした筈だ。

 記憶の混濁か、情緒の不安定とさせたか、あるいは自意識を曖昧とさせたか。

 今回の彼を見るに、そこまで大きな変化は起こしていない。やり過ぎては処理をする前に壊れてしまう。

 だがと、アサシンは眉を寄せた。

 

「どうでも良い」

 

 目の前の男はあのお方に(そむ)き、導いたとは言え仲間を引き連れてここまで来たのだ。ならば、多少やり過ぎても構うまい。

 

「──安らかに眠れ。使命が始まる、その時まで」

 

 その身に刻まれた慣例にしたがい、細やかな祈りの言葉を口にした。

 それを合図としてアサシンブレードが閃く。

 何度も、それこそ数えるのが恐ろしくなるほどに行ってきたそれを、またいつものように繰り返す。

 命を奪うには小さすぎるそれも、アサシンの訓練を受けた者が振るえば致命傷を与えるには事足りる。

 アサシンブレードがローグハンターに突き立てられようとした瞬間、

 

「──」

 

 ローグハンターの口が動き、何か意味のある言葉を口にした。

 それにアサシンは注意を向けかけるが、先ほどは気の緩みで一撃貰っているのだ。今さら止まって何になる。

 構わずにアサシンブレードを振るったアサシンだが、その胸に跳ね上がったローグハンターの左手が添えられた。

 

「ッ!」

 

 驚いた所でもう遅い。アサシンの攻撃は既に始まっているのだ。

 アサシンブレードの刃はローグハンターへと迫り──。

 

「う゛ぅ゛……ッ!!」

 

 突如として目を開いたローグハンターがその刃を睨み、狙いを見切ると口を開けた。

 アサシンブレードの極小の刃は彼の口の中へと滑り込み、右頬を貫く形で切っ先が顔を出す。

 その痛みで更に意識が鮮明となった彼は、アサシンブレードの刃を止めんと噛みついた。

 歯茎から血が出ることも、口内に広がる鉄の味もいとわずに、彼はアサシンとの距離を零になることを選んだのだ。

 

「貴様……っ!」

 

「──!!」

 

 アサシンが狼狽える隙を見逃さず、ローグハンターの右手が自身の左腕へと伸びる。

 黒きまことの銀(ミスリル)で鍛えられた籠手に取り付けられた短筒を掴み、レバーを引いて装填。

 火の秘薬が炸裂する音と共に、短筒から鉄の礫が吐き出された。

 鎧がある限り鉄製の投射物は避けていく。確かにそれは脅威だ。だが避ける間もない距離で放てば、それは必ず当たる。

 

「かっ──!」

 

 鎧越し故に致命傷には程遠いが、その衝撃は確かにアサシンへと届いた。

 彼は肺の空気を吐き出すと共に金色の剣を取りこぼして数歩分後退ると、その拍子にローグハンターの頬からアサシンブレードが抜ける。

 

「んぅ……っ!」

 

 彼は刃に引き上げられるように立ち上がると獣のように唸り、両手でしっかりと握って振り上げ、まっすぐに振り下ろす。

 両足を踏ん張り、重心諸とも叩きつけるような一撃。

 そこには何の技量も力量もない、文字通り力任せの、相手の頭蓋を砕くことのみを目的とした一撃だ。

 

「──」

 

 アサシンは目を見開いて焦燥を露にするが、すぐに平静を取り戻してアサシンブレードで受け流さんと構えた。

 彼の技量なら大振りな一撃をいなす程度造作なく、体に染み着く程に何度も、何年も続けてこなしてきた行動だ。

 故に彼の受け流しの体勢は一切の無駄がなく、正面からの攻撃なら間違いなく流せただろう。

 ローグハンターの足が急にふらつき、威力をそのままに大きく狙いが逸れなければだが。

 放たれた一閃の狙いは彼の頭蓋を大きく外れ、その結果──。

 音もなく駆け抜けた一閃の後、ぼとりと重い物が落ちる音が二人の鼓膜を揺らした。

 アサシンはあらんかぎり目を見開き、自らの左腕へと目を向けた。

 綺麗に失われた前腕部。どこに行ったと視線を配れば、それは自分の足元に転がっていた。

 アサシンブレードを抜いたままの左腕が、無様に床に転がっているのだ。

 

「──」

 

 振り抜いた勢いのままに倒れたローグハンターを他所に、アサシンは声にならない悲鳴をあげながら数歩後退り、自らの左腕へと向けた視線を外さない。

 アサシンとていきなり腕を失えば狼狽えるだろう。この数百年、まともに『死』を感じる事がなかったのなら尚更に。

「ああ……ああ……っ!?」と困惑を極めながら、彼は倒れるローグハンターに背を向けて走り出す。

 本来死に近く、相当なことがなければ狼狽えないアサシンが、数百年死から遠ざかり、神からの寵愛を受けた結果がこれだ。

 彼は小さく嘲笑うローグハンターに見向きもさず、空っぽも玉座の脇を通りすぎ、その背後に広がる闇へと身を投げた(イーグルダイブ)

 

「ふぅ!ふぅ!……んん!」

 

 ローグハンターは荒れた息を無理やり整え、痺れて録に指も動かない左手の感覚を確かめる。

 ぎこちないが開閉は出来るが絶えず痙攣を続け、ずっと閉じる事が出来ない。これでは物が握れない。

 彼は広間に転がる黒鷲の剣をそのままに、アサシンの背を追いかけて走り出す。

 足元がおぼつかず、今にも倒れてしまいそうだが、それでも彼は走り抜け、アサシンを追いかけて闇の中へと身を投げた(イーグルダイブ)

 着地点が見えず、下に何がいるのかもわからない中での飛び降りだが、不思議と恐怖はなかった。

 死にかけているからか、あるいは先ほどの雷で脳の何かが欠けたのか、理由はわからない。

 そんな事を考えているうちに何かを感じとると体を反転させ、見事に足からの着地を決めた。

 同時に足元に金色の紋様が浮かび上がり、等間隔に並ぶ柱には何かしらの文字が浮かび上がっている。

 

「……」

 

 朦朧とする意識の中、ローグハンターはタカの眼を発動した。

 足元の血痕を起点に浮かび上がる幻影を追いかけ、一歩一歩と重い足取りで歩き出す。

 二分程歩いた頃だろうか、ローグハンターの視線の先に彼はいた。

 力尽きたようにその場に座り込み、長い間そこにいたのか血溜まりが出来ており、こちらに気付いていないのか顔を上げる様子はない。

 ローグハンターは僅かに目を細め、点々と続く血痕を辿るように歩き続ける。

 持っている事も億劫になってきた金色の剣を捨て、念のために抜刀していた左手首のアサシンブレードを納刀。

 血を吸い込んだからか頭に張り付いてくるフードを乱暴に脱ぎ、血に濡れて赤くなった黒い髪をさらけ出しつつ、アサシンの目の前で足を止める。

「なぜだ。なぜ来てくださらない。なぜわからない」と力なく呟く彼を冷たく見下ろしながら、背負っていた長筒を取り出す。

 至近距離なら弾が当たるのは確認済み。ならば確実に頭を吹き飛ばすに限るのだ。

 震える手を強靭な意思のみで押さえつけてボルトを開き、弾入れから取り出した実包を押し込むと少々乱暴に閉じ、火打石を持ち上げた。

 その時鳴った微かな音に気付いてか、アサシンは僅かに顔を上げてローグハンターに右手を伸ばした。

 そこに込められているのは神に愛される彼への嫉妬か、いくら倒しても立ち上がる彼への恐怖か、あるいは使命を投げ出す裏切り者への憎悪か。

 

「なぜお前が選ばれた。なぜお前はあのお方の意思に従わない」

 

「記憶が欠けたのだろう。愛する者の事も忘れたのだろう」

 

「なのに、なぜお前は立ち上がるのだ!?」

 

「そんな事決まっている」

 

 恐怖を種に狂乱するように言葉を重ねたアサシンに向け、ローグハンターは毅然とした態度で告げた。

 導かれるがままにここまで来たが、彼の心にあるものは何ひとつして変わってはいない。

 妹への想い。仲間たちへの信頼。アサシンへの憎悪。裏切ってしまった騎士団への罪悪感。

 その全てが彼を動かし、ここまで来る力となってくれた。

 その中でも一際強いのは、忘れてなお消えなかった彼女への想い──愛情だろう。

 記憶を取り戻す為、愛情を証明するため、何より彼女を──彼女が生きる世界を守るため、彼はここまで来たのだ。

 故に告げる言葉は一言のみ。

 

「──俺は、俺の信条に従ったまでだ(I followed my own creed)

 

 遺跡の最奥の更に奥で、鋭い銃声が木霊(こだま)した。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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