SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory14 優しき女神(アヴェンジャー)

 卓上を険しく見下ろしていた『幻想』が、『やったぁ!』と可愛らしくガッツポーズをしました。

 それに続いて他の神様たちも安堵の息を吐いて、胸を撫で下ろします。

 道中の敵はともかく大将を倒せたのです。まだ気を抜けませんが、山は越えたといっても差し支えありません。

『どうだ、どうだ!』と対面に座る『かつて来たりし者』を煽るように──実際煽っているのですが──身を乗り出して、俯いた彼女の表情を窺います。

 彼女の一番強い駒が倒されたのです。多少なりともショックを受けているのだろうとは思います。

 ですが相手は愛する世界を奪うとまで言った女です。多少品位に欠ける事をしたって良いではありませんか。

 現に他の神様たちも『幻想』を止めませんし、むしろ同調してやいやいと騒ぎ始める始末です。

『真実』はやれやれと苦笑を浮かべて首を振りますが、決して止める事はありません。彼だって怒っているのです。

 彼らがわーわーと騒いでいると、『かつて来たりし者』は微かに肩を揺らし始めました。

 それに気付いた『真実』が『どうかした?』と言葉に少々刺を含ませながら問うと、『かつて来たりし者』は『いいえ、何でもないのよ』と声を震わせました。

 泣いているにしては声は跳ねていますし、何より金色の髪で見え隠れする顔には笑顔が浮かんでいます。

 

『一体何が可笑しいの!』

 

『幻想』は勢いよく卓を叩いて立ち上がります。

 その表情には可愛らしくもありますが確かな怒りが込められていました。目の前に座る彼女の気持ちが欠片も理解出来ないからです。

 自分の愛する()が死んだというのに、何を心底可笑しそうに笑っているのですかこいつはと憤慨します。

 

『ええ。何もかもが可笑しいのよ』

 

『かつて来たりし者』は笑って声を震わせながら言いました。

 いまだに戦い続ける駒たちを眺め、口の端をつり上げます。

 

『頑張った所で無意味。もう結果は決まったのだから』

 

 ふふと不気味に嗤いながら、『かつて来たりし者』は神様たちを見つめます。

 美の女神と言われても納得する美貌で見つめられれば、例え神様でも多少の赤面はするものです。

 けれど神様たちはそんな様子もなく、きっと彼女を睨みつけます。

 

『私の駒は失われ、あなた達の駒は健在。確かに喜ぶべきなのでしょう』

 

 彼女はそう言いながら、満身創痍であるローグハンターの駒を愛おしそうに指先で撫でました。

 それこそ愛する人を愛撫するように、心底優しくです。

 

『──それじゃあ、返してもらいましょうか』

 

 ほんの少しの間を開けて、『かつて来たりし者』はそう言いました。

『幻想』や『真実』はその一言にハッとして、思わず言葉を発する事を忘れてしまいました。

 確かにこの代理戦争(ウォーゲーム)が始まる時、彼女は『貸してあげるわ』と言いました。

 それを、勝負が決まった今になって返して欲しいと言うのです。

『ふざけるな!』とどこかの神様が怒鳴りました。

 まだ終わっていないにしても、もう勝負は決まったようなもの。彼女は屁理屈でそれを今になってひっくり返そうとしているのですから当たり前です。

 けれど『かつて来たりし者』は愉快そうに嗤うだけで、けれど優雅に足を組み変えます。

 

『別にあなた達の意思は関係ないのよ』

 

 彼女は反論も許さずにそう言うと、その姿が少しずつ透明になっていきます。

『ふぇ!?』と『幻想』が驚いて声を漏らすのと、『真実』が彼女を捕まえようと手を伸ばしたのはほとんど同時でした。

 結局『真実』が伸ばした手は空を掴み、残されたのは彼女が腰掛けていた椅子と、その残り香とも言える微かな気配だけです。

『どこに行った!』と神様たちは騒ぎだし、蜘蛛の子を散らすように辺りに散らばっていきます。

 あっちかこっちか、そっちはどうだ、いや駄目だ。

 あちらこちらから様々な神様たちの声が飛び交い、それなりに騒がしいいつも以上に騒がしいです。

 それが『賑やかだね』と笑って言えるのならいいかもしれませんが、今回は『喧しい!』と怒鳴ったって許されるかもしれません。

 けれどそれはしません。言っている余裕もないのです。

『幻想』もどこだどこだと辺りを見渡ますが、彼女の姿は影も見つかりません。

 不意に『真実』が『見つけたっ!』と鋭く声を出します。

 彼の声に呼び寄せられて、周囲に散っていた神様たちが戻ってきます。

 どこだどこだと騒ぐ彼を手で制すると、『ここ』と言って盤上を指差しました。

 つられるように神様たちはそちらに目を向けると、大きく目を見開きます。

 先ほど『かつて来たりし者』が撫でていたローグハンターの駒の目の前に、彼女の姿があるではありませんか。

 

 

 

 

 

 綺麗に頭部が失せたアサシンの亡骸を見下ろしていたローグハンターは、ついに耐えきれず膝をついた。

 疲労、痛痒、吐き気、頭痛──。原因はあげればきりがない。

 いや、それを纏めきれぬ程に疲弊し、ぜぇぜぇと喘ぎながら長筒を杖代わりに体を支え、とにかく呼吸を整えようと努めているのだ。

 これから来た道を戻り、仲間たちと合流し、悪魔たちを退け、出来ることなら勇者たちと合流して帰らなければならない。

 やることも多く、やれるかもわからない。だがやれる筈だと自分に言い聞かせた。

 不安を抱えたままでは治るものも治らない。気持ちだけは強く持っていなければならない。

 それで呼吸が落ち着けば良いのだが、疲労が溜まり続けていたからか頭が重く、視界も霞み始める。

 

「ッ!」

 

 加えて能力(アビリティ)超過駆動(オーヴァドライブ)の反動が今になって訪れたのか、鋭い頭痛まで始まってしまう。

 絶えず針で刺される痛みか、あるいは絶えず切り刻まれている痛みか、もはや形容しがたい激痛が彼の脳内を駆け巡っているのだ。

 脳が直接煮え湯をかけられたように熱を持ち、逃げ場をなくした熱で血管が切れたのか、鼻からは血が漏れ始めた。

 声にならない悲鳴をあげながら頭を抱え、長筒が手からこぼれ落ちる。

 長筒が床に転がる音が頭に響き、更に彼の頭痛を強める原因となってしまった。

 

「──ッ!!!」

 

 爪が食い込むほどに頭を押さえ、加減もなく掻きむしりながら低い唸り声をあげ、無様なまでに床を転げ回る。

 その度に鳴る彼の装備が床に擦れる音が更に彼への痛痒(ダメージ)となる事がわかると、彼は歯を食い縛って暴れまわろうとする体を意思だけで押さえ込む。

 三分程経った頃だろうか、ようやく痛みが治まった。

 彼からしてみれば数時間にも及ぶ拷問をされたような気分だが、所詮は彼の体感だ。実際には三分程度。

 

「ふぅっ……!ふぅっ……!ふぅ──……っ」

 

 いまだに残る微かな痛みに喘ぎつつ呼吸を整え、うつ伏せで倒れる自分の体を転がす。

 視界がぐるりと回り、床と並んでいた視線が天井を向くものに変わり、体を大の字にしてゆっくりと呼吸を整える。

 地下深くだが不思議と息苦しさはなく、むしろ空気は澄み切っていると言っても良い。

 真横に血の海がある事を一切気にも止めず、乱暴に口許を濡らす鼻血を拭うと、胸に手を当てて深呼吸を繰り返した。

 血の臭いには慣れているし、元より鼻血が吹き出たせいで嗅覚は鉄臭さ以外に何も感じない程度に馬鹿になっている。血の臭いを気にするなど今更なことだ。

 痛みも治まり、呼吸もだいぶ落ち着きを取り戻しすと、彼は意味のない呻き声をあげながら上体を起こし、辺りに視線を配る。

 アサシンの死体とその脇に転がる長筒。僅かに距離を開けて座る自分。

 先程から何も変化はなく──あっても困るのだが──広がる闇の中にあるのは、かろうじて輪郭がわかる程度の柱のみ。

 アサシンが死んだからか浮かび上がっていた文字が消え、光源代わりの床の光も今は活動を止めたかのように静かだ。

 大きく肩を上下させる程度には息は荒いが、この程度なら動くには問題ない。

 ホッと息を吐いて気持ちを切り替え、「んぅっ!」と唸りながら立ち上がる。

 死んだのだから良いだろうとアサシンの死体から意識を外し、とにかくどこから登るかと思慮し、目印を探してタカの眼を発動した時だ。

 

『──』

 

 とても微かな、それこと聞き間違いだと断じても許されぬような、虫の羽音のような声が鼓膜を揺らしたのだ。

 ローグハンターは小さく目を見開きタカの眼を解除。弾かれるように背後に振り返る。

 そこに居たのはまさに美の女神だった。

 上等な錦糸の如く金色の髪。その奥に見え隠れたする宝石の如き輝きを放つ金色の瞳。

 染み一つない白い肌。それを覆い隠す純白のローブもまた、彼女に相応しい上等な──と表す事すら恐れ多い──ものだ。

 ローグハンターは目を見開いた体を固め、魂が抜けたように口が開いていた。

 喉を鳴らしても声にならず、額には汗が浮かび、手の震えが止まらない。

 それは本能と呼べるものだった。決して目の前の女には逆らうなと本能が叫び、彼の体を縛り付ける。

 かつて来たりし者の血が色濃いローグハンターだとしても、ヒトの血が流れている限りは彼女の挙動を眺めることした出来ないのだ。

 当の彼女は彼を気にも止めず、そしてローブが血に汚れる事も厭わずに膝をつき、アサシンを労うように倒れる彼の肩に手を置いた。

 

『──』

 

 また、ローグハンターでは聞き取れない声が発せられた。

 だが彼を動作同様に労った事は確かなようで、僅かに見える口許には笑みが浮かんでいた。

 そして名残惜しそうにアサシンから手を離すと、ゆらりと立ち上がる。

 血に汚れて赤く染まっていたローブも瞬きする間に純白の色を取り戻して、金色の双眸がローグハンターを射抜く。

 無意識の内に彼女と視線を合わせた瞬間だった。

 

「あ……か……っ」

 

 呼吸すらも忘れる程に彼女を魅入っていたローグハンターは、思い出したかのように呼吸を再開した。

 だが体は動かない。何かしらの術をかけられた訳ではない。本能が動く事を拒否しているのだ。

 ギルドの裏で出会った時は、かろうじて口を動かす事は出来た。あの時は幻影だったからだろう。だが今回は目の前に実体(データ)がある。

 形だけの張りぼてに口答え出来たとしても、目の前に肉を持ったものがいれば話は変わってくるのだろう。

 彼女は愉快そうに笑いながら、ぺたぺたと素足特有の足音をたてながら彼へと歩み寄る。

 遠目からではあまり気にはならなかったが、こうして近づいてみるとなるほど彼女は神なのだろう。

 ローグハンターでも見上げなければ顔が見えないほどに長身は、二、三メートルはあるだろうか。

 少なくともヒトのそれは優に越えている。顔立ちはヒトを凌駕する神の造形であり、彼女がヒトでないことは確かだ。

 どうにか離れようと体を動かそうと体を震わせるが、意思に反して腕も足も動いてはくれない。

 

『怖がるな』

 

 不意に顔を寄せた先駆者が彼の耳元で囁いた。

 その声が原因だろう。脳が痺れ、思考がとろけ、悪い酒を飲んだ後のように頭は痛むのに心地よく意識が微睡む。

 無意識の内に体から力が抜け、暴れようとしていた意思さえも屈服させられた。

 抵抗を止めた彼に『善い子だ』と慈愛に満ちた笑みを浮かべ、彼の頬を白い指で撫でる。

 撫でられた頬は熱を持ち、見事なまでの朱色に染まるのと、彼の表情が恍惚のものとなったのはほぼ同時。

 彼女は更に愛おしそうに彼の髪を撫でると、アサシンの一撃で割れかけた頭蓋と、自身の爪で掻き切った額の傷が癒えていく。

 まさに神の御業。慈悲深き地母神の奇跡が如くである。

 彼の負傷が癒えると、彼女は彼から離れて数歩後退り。

 そして彼を迎え入れるように両腕を広げ、優しげな笑みを浮かべた。

 

『──お前の愛は私だけのもの。私の愛はお前だけのもの。さあ、私に身を任せなさい』

 

 選択肢はない。彼女の想いに応じ、自分の本能に従うのみだ。

 故にローグハンターの足は動きだす。一歩一歩、幽鬼の──あるいは幼子の──ような足取りで、彼女の胸に飛び込まんと動き始めたのだ。

 

『──楽園(エデン)の再興の為、先駆者(我々)の復活の為、奴ら(・・)の監視から逃れる為に』

 

 少しずつ近づいてくるローグハンターに向け、彼女の独白は続く。

 

『──さあ、私の元に帰っておいで』

 

 長く帰らない最愛の息子を案じるように慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、けれどどこか急かすようにして彼へと告げる。

 ローグハンターは導かれるがまま、引きずるように一歩二歩と足を進め、ついに彼女の下へとたどり着く。

 

『おかえりなさい。愛しい愛しい私の末裔(坊や)

 

 かつて来たりし者は慈愛に満ちた笑みを深め、彼を迎え入れる為に腕を閉じようとした時だ。

 

 ──ローグハンターの左腕が閃いた。

 

『──ッ!?』

 

 それに気付いた時にはもう遅い。彼は彼女の懐に潜り込んでいる。

 そう、彼は彼女の誘いに乗ったのではない。彼女を殺せる間合いに入る為に、ようやく動くようになった足をひたすら動かしていたのだ。

 既にアサシンブレードの刃は飛び出している。それを相手の急所目掛けて振るうだけだ。

 その程度なら考えるまでもなく出来る。それもまた本能に刻まれた動作の一つだ。

 顎下から打ち上げるように迫る黒きまことの銀(ミスリル)を睨み付け、かつて来たりし者は小さな舌打ちを漏らす。

 彼女がそうしている間にも、無慈悲な刃は彼女の美しい喉を貫かんとしたが、その間際に異変が起こった。

 

 ──彼女を中心に、神鳴る雷が爆発したのだ。

 

 それはローグハンターやアサシンが振るうそれよりも『稲妻(ライトニング)』の魔術のそれよりも何段も強烈な、文字通り相手に致命傷を与える一撃だった。

 ローグハンターの体はもはや滑稽なまでに弾き飛ばされ、本日何度目かの床との接吻を果たした。

 低く唸りながら彼はかつて来たりし者を睨み付け、その表情には先程までの惚けた様子はない。

 かつて来たりし者は憤怒に表情を歪めながら、彼の変化をつぶさに考える。

 途中までは良かった。良かった筈だと確認し、どこで間違えたと自問する。

 彼の表情には直前まで変化はなかった。刃を振るう瞬間になって、彼の殺意が膨れ上がったのだ。

『ふむ』と興味深そうに息を吐くと、彼女は彼の情報を整理した。

 

 ──銀等級冒険者。斥候。この世界への愛着は強い。

 

 ここまでは問題ない。今までの継承者たちも似たようなものだ。

 

 ──妹、恋人がおり、戦友を含めた友人も多い。

 

 そう、妹と恋人がいるのだ。友人に関しては問題ないが、そこが問題だった。

 

『──私の子供には家族も恋人も不要なのに』

 

『──楽に継げるように忘れさせてあげたのに』

 

『──それでも離さなかったのね』

 

 感情を排した抑揚のない声で淡々と言葉を紡ぐ。

 それは事実を確認するようであり、同時に子供を叱る親の口調のようにも思える。

 

「うぅおおおおおおあっ!」

 

 対するローグハンターは理性の欠片もない獣の咆哮をあげなら両手首のアサシンブレードを抜刀、かつて来たりし者を目指して走り出す。

 先ほどの雷の痛痒はもはや洒落にならないものだ。言ってしまえば、こうして立ち上がり走り出せた事が不思議なほど。

 それでも彼は走る。口の端から血を垂らしながら、悲鳴をあげる骨を無視しながら、走って、走って、ひたすら走る。

 消えかけの意識を気合いだけで保ち、間合いを確認すると共に前へと飛んだ。

 元より正面から挑まなければならないのだ。不意討ちも何もない一発勝負。

 彼の持てる全力で挑む、文字通り神を暗殺するための一手。

 滞空時間は十秒とない、気がつけば着地してしまうほどのものだが、それで良い、

 

 ──全体重をかけてぶつかることで押し倒し、その隙に首を掻き切る!

 

 まだ若い──幼いと言うべきか──頃、それこそ師と共にアサシンを追いかけていた頃に多用した暗殺法。

 自分より体格の良い──あるいは体重の重い──相手を確実に倒すための行動(アクション)

 だが忘れてはならない。相手はかつて来たりし者、先駆者とも呼ばれる、ローグハンターの故郷(アサシンクリードの世界)において人類を産み出した者たちだ。

 彼らからすれば人間がどう動けるのか、どこまで耐えられるのか、そしてどう壊すのかも熟知している。

 かつて来たりし者は飛びかかる彼へと向けて冷ややかな目を向けると、彼の体が当たる前にその首根っこに掴みかかった。

 そもそも体の規格が違うのだ。ローグハンターがいくら手を伸ばすそうが、彼女の間合いの方が広い。それはさながら剣と槍ほどの差だ。

 首を掴まれたローグハンターは「がっ!」と息を詰まらせ、彼の呼吸が回復するよりも早く後頭部から床に叩きつけられる。

 第一文明の手により作られたそれも、作り手自ら力を加えれば容易く砕けるのだろうか。

 叩きつけられたローグハンターを中心に床が潰れ、周囲に蜘蛛の巣状にひびが広がっていった。

 

「──!」

 

 既に満身創痍だったローグハンターがそれに耐えきれる訳もないのだが、彼の体に刻まれた技量が彼を助け出した。

 何て事はない。無意識の内に受け身を取っただけの事だ。

 それでも全身を殴り付ける鈍痛からは逃げられず、歯を食い縛ってそれに耐えながら、彼はかつて来たりし者を金色の双眸を睨み付けた。

 彼女は彼の首にやっていた手を離すことなく、ぐっと彼へと顔を寄せた。

 首を掴む手に力を入れ、ローグハンターの腕が意識から外れて彼女を押し返さんとするが、素の膂力が違うのか、あるいは抗うなという本能が消えていないのか、腕に力が入らない。

 互いの息がかかる程に近づいた二人の双眸が、一切揺れる事なく睨みあう。

 かつて来たりし者は抗おうとする彼の姿を嗤うと、ふと思い付いたかのように言う。

 

『ここまで来たのなら、別に壊してしまっても良いわよね』

 

 ふふと不気味に笑い、空いている手で彼の顔面を鷲掴む。

 米神に指が食い込むほどの力で掴まれ、痛みから逃れようとローグハンターの体が暴れるが、彼女の体は剥がせない。

 彼は全力で暴れているつもりでも、体は満身創痍で言うことを聞かず、何より抗おうとする意思すら叩き伏せられかけているのだ。

 じたばたと暴れる彼を嘲笑うように口の端を歪めながら、かつて来たりし者は懐から三角の物体を取り出しながら言う。

 

『ここまで来られなかった憐れな候補者(アサシン)たちの人生。元の世界から()()()()()()血族(アサシン)たちの人生。その全てと』

 

 ──一度、体験(シンクロ)してみなさい。

 

 かつて来たりし者は嘲笑う。愛する家族の、愛する友の、愛する同胞たちの仇──人間を見下ろしながら。

 

 

 

 

 

「こん……のっ!」

 

 悪魔の血で銀色の髪を黒く汚しながら、銀髪武闘家は気力を振り絞って拳を振るう。

 ぐちゃりと潰れる音が出れば、目の前の悪魔の頭蓋はへしゃげている。

 頭の潰れた悪魔の死体を倒しながら、あれからどれ程の時間が経った。どれ程の悪魔を打ち倒したと自問する。

 そんな問いの答えも、いまだに湧き続ける悪魔たちへの対処で保留となった。

 

「シッ!」

 

 鋭く息を吐きながらの回し蹴りはその鋭さを失わず、悪魔の体を両断し、続けて放ったロープダートが悪魔の胴に深々と突き刺さると同時に引き戻す。

 捕縛用のフックは悪魔の臓物を絡ませながら腹を食い破り、辺り一面にぶちまけながら絶命させた。

 血と臓物にまみれたロープダートを投げ捨て、フッと短く息を吐いて気持ちを切り替える。

 

「もう!骨の矢なんて最悪よ!」

 

 悪魔が放った矢を掴み取った妖精弓手が、悪態をつきながら大弓につがえて放つ。

 弦の弾ける音が鳴れば、ついで響くは悪魔の断末魔だ。

 

「いやさ、これ程までの功徳を積めるとは!!」

 

 蜥蜴僧侶は『竜牙刀』を振り回し、尾を振り回し、爪を振るい、牙を突き立てながら、ご満悦と言わんばかりに笑って見せた。

 戦いこそが楽しみである彼からすれば、無限に湧き続ける悪魔もまた違って見えるのだろう。

 

「鱗のが居て良かったわい!」

 

 鉱人道士が『石弾(ストーンブラスト)』を悪魔の一団に放ちながら言うと、蜥蜴僧侶は「まだまだこれからですぞ!」と何とも頼もしげな返事。

 

「娘っ子どもは大丈夫かいな!?」

 

「わたくしは大丈夫ですわ!」

 

 振り向かずして放たれた鉱人道士の心配の声に応じたのは、後方で女神官を守る令嬢剣士だ。

 悪魔の返り血で蜂蜜色の髪を黒く汚し、額や頬に張り付けたまま気丈に笑ってみせる。

 軽銀の短刀と、工房から買い取った業物の突剣といういつもとは違う二刀流ではあるが、彼女の動きには迷いと呼べるものはない。

 突き、突き、払うと教本通りの動きを見せたかと思えば、次は鍛えられた身体能力から放たれる、相手を深く傷つける為だけの粗雑(クルード)な連撃。

 突剣で切り開いた傷口を短剣で更に抉り、ただの痛痒を致命傷へと転じさせる。

 ローグハンターや銀髪武闘家のような一撃必殺はまだ無理でも、二撃決殺ならどうにか出来る。

 それこそが今の彼女の強さ。師の見よう見まねではない、まだ荒削りではあるが彼女独自の戦い方(スタイル)だった。

 彼女が次々と殺害数(キル・カウント)を重ねていく中で、悪魔の一団の方から突然パリン!と何かが割れる音が漏れた。

 同時に悪魔たちに降りかかったのは、黒く粘つく謎の液体。

 その液体の呼び名は多く、有名な所で言えばメディアの油──燃える水(ガソリン)だ。

 それを放ったのは片手で投石紐を構えた女魔術師だろう。

 彼女は着弾を確認したと同時に杖を掲げ、真に力ある言葉を紡ぐ。

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)》!」

 

 詠唱と共に杖にはめ込まれた柘榴石に超自然の炎が灯り、それは意志を持つかのように一直線に悪魔たちへの飛翔。

 超自然のものとはいえ炎は炎。燃える水に点火するにはむしろ贅沢にすら思えるだろう。

火矢(ファイアボルト)』は寸分違わず悪魔の胴へと突き刺さり点火。それは燃える水に次々と燃え移り、悪魔の一団を瞬く間に火だるまへと変える。

 詠唱後の疲労に喘ぎながら、それでと尚飛びかかってきた悪魔を杖で殴り付けて撃墜。石突きから飛び出した刃を眼窩に捩じ込んで脳を掻き回す。

 生物はそれだけ死ぬのは常識だが、それを実行出来るのかはまた別問題。

 彼女が一切の淀みなくそれを出来るのは、一重に彼女の努力故だ。

 魔術師だからと魔術のみに邁進するのではなく、ローグハンターに、時には槍使いに師事し、簡単な棒術なら修めたつもりではある。

 ある意味自分が行き着く先は、魔術師の頂きよりも魔法戦士かもしれないなと思わず苦笑。

 まあ、それはそれで良い。出来ることが増えればその分仲間を守ることが出来る。

 結果的に今の技量でも女神官を守れているのだ。

 その女神官は肩を上下させて次の奇跡に備えて息を整えつつ、その視線は戦場を──正確には前線で暴れまわるゴブリンスレイヤーへと向けられていた。

 彼の両手に握られているのは、どちらも悪魔たちが使っていた冒涜的な外見の武器だ。

 鉈には何のかもわからない血がこびりつき、槍には何のかもわからない骨が絡み付き、それは絶えず脈動しているようにも見える。

 それを振るうゴブリンスレイヤーの様子も鬼気迫るもの。

 兜の奥に隠された瞳には赤い炎が灯り、彼が動く度に尾を引いているようにさえ見える。

 正確にはその炎すら錯覚なのだろうが、そう見えるまでにゴブリンスレイヤーの動きが激しいのだ。

 獣のような唸り声をあげながら次々と悪魔を屠り、武器を奪っては更に次へと躍りかかる。

 援護の為と『竜牙兵』がついてくれてはいるが、果たして大丈夫なのだろうか。

 いや、大丈夫な訳がない。悪魔が振るう冒涜的な武器を、一時の使用ならともかく長時間使い続けているのだ。肉体的な負担と精神的な負担が、凄まじい事になっている筈だ。

 それでと彼はひたすらに足掻き続ける。彼の咆哮は怒号のようだがどこか悲鳴のようでいて、怨嗟に混ざって後悔の色があるように思える。

 

「ゴブリンスレイヤーさん……」

 

 ぎゅっと指が白くなるまで錫杖を握りながら、無意識の内に彼のことを呼ぶ。

 不安になった時、危機に陥った時、いつも彼の名を呼んでいたのは、酷く情けないがそれは彼を信頼していることと同じで。

 けれど今回は返事がない。あるのは悲痛な叫びのみだ。

 

「ッ!」

 

 そんな悪魔たちとの攻防の中で、何かを感じ取ったかのように銀髪武闘家が口を開ける闇へと目を向けた。

 とても嫌な予感がするのだ。それもギルドで彼を見送った時の比ではない。

 ゴキッと悪魔の首を小枝のように折りながら、彼女は「大丈夫だよね……?」と無意識の内に声が漏れた。

 やはり彼を一人にするのは駄目だったかと後悔するが、今は一人として欠けるわけにはいかない。一人でも欠ければ、すぐに押しきられてしまう。

「ああ、もう……っ!」と苛立ちをぶつけるように悪魔の顔面を殴り砕き、再び闇穴の奥へと目を向けた。

 

「武闘家殿!」

 

 迷う彼女に声をかけたのは蜥蜴僧侶だ。

『竜牙刀』と尾で悪魔を打ち倒しつつ、彼は何も告げずに頷いた。

 彼に続くように他の冒険者たちも一様に頷き、ゴブリンスレイヤーが「行けっ……!」と掠れた咆哮でその背を押した。

 そこまで言われてしまえば、言葉は不要だ。

「ごめん!」と勢いよく頭を下げて謝ると「行ってくる!」と続けて穴へと身を投げた。

 ローグハンターのそれとは比べるまでもないただの飛び降りだが、そこに込められた想いは彼のものと染色ない。

 もう待っているのはやめだ。やはり彼が隣にいなけれな何も始まらない。始められない。

 

「──今行くから、待っててね!」

 

 闇の中に溶けていく彼女の声は、吹き付ける風に揉まれて消えていく。

 その声は誰にも届くことはなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 あぁとかうぅとか、何の意味もなさない声が足元から聞こえる。

 足元に転がるローグハンターに表情こそないが、きっと苦しんでいるのだろう。体を度々痙攣させながら、目を見開いて泡を吹いている。

 彼の苦悶の声を聞きながらご満悦の表情を浮かべるかつて来たりし者(復讐者)は、足の先で彼の脇腹を小突いた。

 否、そんな生易しいものではない。思い切り蹴りつけたのだ。

 足先が肉にめり込む感覚を堪能しながら、それに対して反応を示さないローグハンターを冷たく見下ろす。

 きっと彼は何度も死んでは生き返り、また同じ数だけ死んでいるのだろう。

 そう思うと不思議と気分は軽く、足取りもまた軽くなる。

 遺伝子に刻まれた記憶。欠片を用いて流し込んだ記憶。そして、ここにたどり着けずに死んでいった候補者(間抜け)たちの記憶。

 その全てをごちゃ混ぜにして、一挙にそれを流し込んだのだ。

 彼は既に壊れただろうし、自分以外では治すことも出来ないだろう。

 

 ──治す気はないけれどね。

 

 彼の生殺与奪の権利は自分にあり、肉体を生かしはすれど精神(こころ)は殺す。

 そうすれば彼は完璧な駒となり、この世界を奪う尖兵と、こちらの鬼札となってくれるのだ。

 

『ああ、楽しみ。本当に楽しみよ』

 

 かつて来たりし者(復讐者)は嘲笑う。

 彼女にとって全てが道具。自分に向けられた愛も、自分が向ける愛も、目の前に転がる人間(仇敵)も、目的の為の道具にならない。

 

『──私こそがエデンの守護者(ガブリエル)。さあ、私の為に働きなさい。私の為に生きなさい』

 

 ──卑し(かわい)卑し(かわい)い、私の末裔(奴隷)

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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