SLAYER'S CREED   作:EGO

118 / 150
Memory16 そして神は眠りについた

 地獄の炎に包まれた平原。その中央にて咆哮をあげる地獄の番犬(ケルベロス)

 三つあった頭の一つを失い、四本あった足内の右前足を失い、その身に幾重もの傷を刻まれている尚、彼の者は立ち続けていた。

 対する冒険者たちも無傷とは言えない。皆一様に憔悴し、息が整っている者は誰一人としていない。

 槍使いの鎧はほとんどが砕け、あるいは焦げ、女騎士も使い物にならなくなった兜を投げ捨て、抉られたように大半が欠けた大盾だったものを構え、重戦士にいたっては炎を掠めた為か左目が失われ、その周辺の肌も醜く爛れていた。

 砕けた鎧を脱ぎ捨てた剣聖は、ひびが入り、僅かに刃が歪んだ片刃の湾刀をそれでも構え、賢者は超過詠唱(オーヴァキャスト)の吐血でローブを濡らし、それは魔女とて同じ事。

 剣の乙女は天秤剣を杖代わりに体を支え、それでも至高神への嘆願を切らすことはない。ここで繋がりが切れてしまえば、紙一重で冒険者たちを守り続けた『聖壁』が消えてしまう。

 

『『GRROAAAAAAAAAAAAA……!!!!』』

 

 頭が二つとなったケルベロスは彼らを威圧するように咆哮するが、開幕に見せたような圧力はない。

 いくら地獄の番犬だとて、数時間にま渡って相手と対峙した事はないのだ。故にどこかでペースを間違えたのだろう。

 だが疲労困憊なのは冒険者たちとて同じ事。あと数回の行動で、まともに動くことすら出来なくなる可能性だってあるのだ。

 それでも彼らの表情には希望があった、活力があった。

 はじめはローグハンターの為の陽動役だったが、まさかここまでの強敵と相見えるとは思わなんだ。

 越えがたい強敵と戦い、仲間と共にそれを越え、そして勝利を分かち合う。

 それこそが冒険。それを求めて彼らは冒険者となったのだ。

 

「行っくぞーっ!」

 

 歴戦の強者たちが集った中では不自然に浮いた、何とも年若い──幼いと言っても良いだろう──声が木霊した。

 彼女は太陽の輝きが納められた聖剣を振りかざし、神々しい光を全身に纏いながら立ち上がる。

 砕けた鎧に隠された小柄な体からは、そろそろ無視できなくなってくる量の血が出ている。

 自慢の兄と同じ色の髪も、所々縮れて焦げている。

 聖剣にも僅かにひびが入り、手の震えも止まらないけれど。

 それでも彼女は、勇者は立ち上がるのだ。

 彼女はこの世界に生きる人々を、自分一人で守れるなどとは思わない。

 共に戦う仲間がいて、武器や道具を揃えてくれる職人がいて、そして大切な兄がいて、もうすぐ姉が出来て。

 ここまで繋いでくれた人がいて、これから来る未来があって、その全てを思ってようやく勇者となれるのだ。

 だからこそ彼女は太陽のように笑う。それが誰かの希望になるのなら、一人でも自分を勇者と呼んでくれる人がいるのなら。

 

 ──この世界は、僕たちが守るんだ!

 

 限界を越えて力を蓄えた聖剣を大上段に構え、勇者は全力を持って一歩を踏み出す。

 一歩踏み出すのみで太陽の輝きが弾け、地面を駆け抜けて辺りの炎を掻き消した。

 番犬の燃えるようにぎらつく二対の瞳と、勇者の希望に輝く瞳が合わさったのはその一瞬。

 

「こんのおおおおおおおっ!!!」

 

 彼女の叫びと共に振り下ろす。放たれた一撃は、まさに夜明けの一撃だった。

 聖剣に込められた太陽の輝きが、闇を滅する濁流となって放たれたのだ。

 

『『GRROOOOOOOOO!!!!』』

 

 だが番犬も負けてはいない。咆哮と共に残された力を振り絞り、二つの口から地獄の炎を吐き出した。

 勇者の輝きが希望なら、番犬の炎は絶望だろうか。

 太陽と炎。どちらも闇を照らすものではあれど、そこに込められた思いは全く別のもの。

 その二つは凄まじい衝撃波を伴いながら正面からぶつかり合い、互いに押し合う形で拮抗する。

 もはや意味を持たない勇者の叫びと、番犬の最後の意地が、拮抗する両者の戦いを更に後押し。

 だが両者互角と思われる戦いほど、思いもよらないふとした切っ掛けで動くものだ。

 今回に限って言えば、まさに不運とした言いようがない。

 勇者の額から流れた血が、何の偶然か彼女の目に入り込んだのだ。

 

「ッ!」

 

 ほんの一瞬。それこそ瞬き一つにも満たない時間、彼女は気を逸らしてしまった。

 だがその一瞬は、勝敗を決するにはあまりにも長すぎた。

 聖剣の輝きが弱まった刹那、地獄の炎が輝きを押し返し、その勢いのままに食い破ったのだ。

 その小さな体躯ごと聖剣を弾かれた勇者は、大きく後ろに体勢を崩し、万全でない今は受け身すらままならない。

 倒れる体を支えられず、思い切り尻餅をつく形となった。

 そこに迫るは地獄の業火。直撃しようものから死は免れまい。

 体を起こそうにも既に遅く、何より立ち上がった所で防ぐ術がない。剣の乙女の『聖壁』さえも、炎は容易く食い破るだろう。

 死ぬ間際、人は自分の過去を垣間見るという。ある者は死と言う現実から目を背ける為、ある者は過去を見ることでどうにか死を免れようとする最後の足掻きだという。

 だがそれを見たところでどうにもならない。炎はどこまでも無慈悲に、残酷に相手の体を焼き尽くすのみだから。

 

「──させるかぁッ!」

 

 ぎゅっと目を瞑り、来る炎に備えた瞬間、誰かの声が脳を揺らした。

 弾かれるように目を開けてみれば、目の前には盾を構えた女騎士の背中があった。

 もはや意味を持たない盾を構え、迫る炎が直撃する間際、女騎士の口から言葉が漏れる。

 

「《つるぎの君よ、見るべきを見、語るべきを語るものに、守りの加護を》!!!」

 

 それは一言一句違わぬ、至高神への『聖壁』の嘆願だった。

 何も彼女は剣のみで戦う騎士ではない。秩序にして善なる聖騎士なのだ。

 友を護らんと、友の妹を護らんとする彼女の義に、偉大なる至高神が応えぬ道理なし。

 不可視の力場が彼女の盾に宿り、剣の乙女の『聖壁』と混ざりあい神々しいまでの輝きを放った。

 その瞬間、炎が真正面から激突した。

 凄まじい衝撃に体を持っていかれそうになりながらも、歯を食い縛り踵を地面にめり込ませながら耐える。

 

「うおおおおおおおお…………っ!!!」

 

 女騎士の気合いの叫びが更なる力を呼び、番犬は再び一進一退の攻防を強いられた。

 一瞬でも力を抜けば押しきれず、倒せる筈の二人を仕留め損なう事となるのだ。

 それだけは駄目だと、この機会を逃せば次はないと、彼の者の本能が叫んでいる。

 炎に混ざり唸り声をあげながら、番犬は更に力を絞り出さんと三本の足を地面に埋めた。

 その瞬間、三つの影が彼の者へと躍りかかる。

 

「俺たちを忘れてんじゃねぇぞ!!」

 

 槍使いの怒号を合図に、剣聖、重戦士が叫び、それぞれが己の得物を番犬の足に突き立てた。

 固い肉を貫く鈍い感覚を抜ければ、そこにあるのは更に固い地面の感覚だ。

 三人はさらに気合い一閃と共に得物を捩じ込み、地面へと深々と突き立てる。

 それはさながら、金鎚なしで釘を打ち込むように、力任せに、筋力にものを言わせた粗雑(クルード)行動(アクション)だ。

 だが、それには意味があった。肉を抉るような粗雑さ故に、その痛みは業物で一閃されたそれと比べるまでもなく強く、番犬はついに天に向かって悲鳴をあげたのだ。

 彼の者が天を向いたということは、炎の矛先も変わると同義。

 地獄の業火を耐えきった女騎士は、その後の負荷に耐えきれず吐血と共に膝から崩れ落ちる。

 だが地に伏す間際に浮かべていたのは、どこか勝ち誇ったような笑み。

 痛みのあまり天を見上げた番犬は気付くまい、賢者が杖を掲げ、魔女が瞳を閉じて集中し、剣の乙女が天秤剣をそれこそ魔術師が杖を掲げるが如く構えていることに。

 番犬を地面に縫い付けた槍使い、重戦士、剣聖の三人はもはや言葉もなくその場を離れ、重戦士は倒れる女騎士を、剣聖が動けぬ勇者を回収してその場を待避。

 彼らが番犬から離れれば、後は彼女らの独壇場。

 彼の番犬は、この世界において最強と呼び声高い魔術を一度は(・・・)耐えて見せた。

 だが、その一撃で深手を負ったこともまた事実だ。

 

 ──一度で駄目ならどうする?

 

 多くのものは諦めて、また別の手を模索するだろう。

 だがしかし、彼女ら違う。

 様々な知識を身に宿して賢者と呼ばれる彼女は、仲間と共に世界を救った彼女は、更なる高みを目指して冒険者となった彼女は、そんな一般的な考え(テンプレート)からは遠く離れている。

 一度で駄目ならどうする?そんなもの決まっている。

 

 ──更にもう一度撃ち込むまでのこと!

 

 数多の宝玉が散りばめられ、様々な輝きを放つ杖を掲げた賢者が、まず最初の一節を唱える。

 

「《ウェントス()……》!」

 

 残りの魔力量からして、一人で詠唱した所で不発に終わるだろう。

 だが幸いと言うべきか、この臨時の一党には呪文使いが三人もいるのだ。

 

「《ルーメン()……》!」

 

 隣の魔女が肉感的な肢体を朧気に揺らしながら、けれどしっかりとした舌運びで次の一節を。

 彼女らを中心として風が吹き荒れ、光が一点に収束されていくのを肌で感じる。

 

 ──目が見えないからこそ見えるもの、わかるものがある。

 

 剣の乙女は彼が言ってくれた言葉を思い出し、僅かに頬を緩めた。

 どんな状況だとしても一定のゆとりは必要だ。これで勝負が決まるかもしれないというのから尚更に。

 掲げた天秤剣を番犬へと向け、魔神王に挑んだ時と同じかそれ以上の気迫を持って、二人が繋いだ力を解き放つ。

 

「──《リベロ(解放)》……!!!」

 

 再び解き放たれる猛風。白光。轟音。そして、熱。

 地獄の業火に包まれていた平原を白い闇が塗り変えていく。

 超自然の猛風が地獄の業火を薙ぎ払い、白光が番犬を貫き、遅れて轟音と熱が駆け抜ける。

 

『GRROOOOAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 だがその向こうに見えるのは、やはり異形──番犬の姿だ。

 残された二つの首の片方を失い、後ろ左足が千切れてなお、彼の者は『核撃(フュージョンブラスト)』の中を疾走する。

 

「うおおおおおおおおっ!!!」

 

 咆哮と共に立ちはだかるは、聖剣を回収した勇者だ。

 彼女は今一度集中し、迫り来る番犬を睨み付けた。

 いまだにどこかの英雄譚のように目で相手を殺せはしないけれど、そこに込められた意志は絶対に揺らぐ事はないだろう。

 仲間たちがここまで繋いでくれた。仲間たちがいたからここまで来られた。仲間たちがいたから死なずに済んだ。

 

 ──恩は忘れないうちに返しておかないとね!

 

 聖剣を握る手に力が入り、ゆっくりと息を吐いて体を落ち着かせる。

 摺り足で左足を下げ、刃を地面と水平になるように身構えた。

 いつかに見せてくれた兄の構えの見よう見まね。まあ、それでやる気が出るのなら良いではないか。

 太陽の聖剣に光が灯り、神々しい光が辺りを照らす。

 開けない夜はないと言わんばかりの神々しい輝きに、冒険者たちは無意識に笑みを浮かべた。

 彼らの笑顔に背中を押され、今度こそと勇者は叫ぶ。

 

これでも、喰らええええぇぇぇぇ(テイク・ザット・ユー・フィーンド)!!!!」

 

 太陽の、爆発……!!!

 

 

 

 

 

「おおお………っ!」

 

 ゴブリンスレイヤーの獣じみた唸り声が辺りに響き、悪魔の断末魔がそれに続く。

「これで四十……!」と息を吐きながら言うと、その背に回ろうとしていた悪魔の眼窩に骨の矢が突き刺さる。

「四十三!」と競うように言ってくる妖精弓手に一瞥くれながら、冒涜的な槍を構えて辺りに気を配る。

 いまだに飛び回る蜥蜴僧侶とその背を守る鉱人道士はともかく、女神官、女魔術師、令嬢剣士の三人に限界は近い。

『竜牙兵』がいる分まだ良いが、やはり銀髪武闘家が欠けた穴を埋めるのは中々に負担が大きい。

 だが皆の健闘のおかげか、悪魔の数はかなり減っては来ている。だが、それでもあと百は下らないだろう。

 

 ──頃合いだな。

 

 ゴブリンスレイヤーは兜を揺らすと女神官の方を手で示しながら「集まれ!」と仲間たちに告げた。

 弾かれるように仲間たちが彼へと意識を向け、促されるがまま女神官の方へと走り出す。

 ゴブリンスレイヤー、蜥蜴僧侶、鉱人道士は道中の悪魔を片手間に蹴散らし、妖精弓手が援護を行う。

「『稲妻(ライトニング)』だ!」と令嬢剣士に向けて叫ぶと、彼女は一度頷いて発動体たる指輪に手を触れた。

 活力を振り絞り、真に力ある言葉を紡ぎだす。

 

「《トニトルス(雷電)……オリエンス(発生)……》」

 

 まずはじめの二節を口にし、来るタイミングを見極める。

 まだゴブリンスレイヤーらが悪魔の群れの中だ。今撃っては彼らが死んでしまう。

 解放の時を待ちきれずに暴れまわる雷を無理矢理抑え込み、血が滲むほどに歯を食い縛る。

 たかが数秒、されど数秒。その数秒を凌ぐ事に彼女は全神経を費やした。

 蜥蜴僧侶、鉱人道士が彼女の脇を抜け、ゴブリンスレイヤーが転がり込むように飛び込んだ。

 その瞬間を待ち望んでいたのだ。

 

「──《ヤクタ(投射)》!!!」

 

 瞬間放たれたのは『稲妻』の魔術。雷の槍とも称される超自然の一撃は、彼らを追いかけてきた悪魔たちを一網打尽に吹き飛ばす。

 これが最後の魔術だ。もう一度は打てない。

 だがそれで良いのだ。ゴブリンスレイヤーたちが撤退するまでの時間を稼ぐという役目(ロール)は果たした。

 倒れかけた彼女の体を女魔術師が支え、引きずるようにしてゴブリンスレイヤーの後方──仲間たちと合流を果たす。

 

「でも、どうするんですか……?」

 

 奇跡を使いきり、顔色を悪くさせて息を荒くしている女神官が、悪魔を睨むゴブリンスレイヤーに問いかけた。

 迫り来る悪魔の軍勢を押し止める術はない。このままでは何も出来ずに飲み込まれる事だろう。

 だがゴブリンスレイヤーは慌てない。彼はいつもそうするように雑嚢に手を突っ込み、丸められた羊皮紙を取り出した。

「ねえ、まさか……」と妖精弓手が問うと、「まさかだ」と即答するゴブリンスレイヤー。

「緊急事態だからな」と更に続けて、蜥蜴僧侶は「討ち漏らしはお任せくだされ」と『竜牙刀』を構えて鼻先を舐めた。

「流石かみきり丸じゃわい!」と鉱人道士は豪快に笑い、女魔術師と令嬢剣士の二人は何が起こるのかわからずおろおろとするばかり。

 それなりに付き合いは長いにしろ、彼女二人はローグハンターの一党だ。ゴブリンスレイヤーのやり方全てを知っている訳ではない。

 そんな二人に女神官は「大丈夫ですよ……」と落ち着かせるように笑い、全幅の信頼を向ける彼へと目を向けた。

 ここぞというタイミングを待ち、羊皮紙を封じる紐に手をかける。

 悪魔たちはそんな事知るよしもなく、一つの塊となり、ついには黒い濁流となって冒険者たちへと迫る。

 勢いをつけるためにわざと遠回りをし、天井すれすれを飛行したかと思うと急降下。床すれすれを飛びながら正面から突っ込んで来るではないか。

 

「──間抜けめ」

 

 彼は群れなす悪魔(レギオン)をそう断じながら、紐を解く。

 瞬間解き放たれたのは、轟音と閃光。そして青い刃だ。

 それは悪魔たちの体を次々と寸断し、刃を赤く染めながらなおを進む。

 

「まさか、『転移(ゲート)』の巻物(スクロール)!?」

 

 次々と撃墜される悪魔たちを横目に、女魔術師は目を剥いた。

 使えばどんな者でも魔術が扱えるという魔法の巻物(スクロール)を持っているだけでも驚きだというのに、それが失われて久しい『転移』の呪文が込められたもので、それを攻撃に転用するなど。

 

「海の底に封じられた水の精が、何だか楽しそうに踊ってるわ……」

 

 少々疲れたように妖精弓手が口にして初めて、青い刃が海水であることに気付く。

 そういえば海底神殿に『転移』で行こうとして、訳もわからず流された冒険者がいるとは聞いたことがある。

 だからと言っても、それを教訓とするのみならず、大規模な攻撃に使おうなどと誰が思うだろうか。

 

「さて……」

 

 海水の放出が終わり、超自然の炎が巻物(スクロール)を燃やし尽くす事を確認しつつ、ゴブリンスレイヤーは腰に下げた冒涜的な棍棒を右手に握る。

 今ので大半が片付いたにしろ、いまだに海水に濡れた床を転げ回る悪魔の姿がちらほらと見える。

 ならば、まだ終わりではない。

 

「──ゴブリンではないが、皆殺しだ」

 

 兜の奥に隠れた赤い瞳を揺らしつつ、ゴブリンスレイヤーが真っ先に飛び出していく。

「もう、血に飢えた獣みたいね」と妖精弓手が優雅に肩を竦め、蜥蜴僧侶は「拙僧も行きますぞ!」と彼に続いて飛び出していき、「おい、待たんか!」と鉱人道士がどてどてと寸胴な体で走りだし、二人の取りこぼしを前もって倒していく。

 令嬢剣士は呼吸を整えると走り出し、手頃な悪魔にとどめを刺し始め、女魔術師は三角帽子を被り直して周囲を警戒。

 女神官もようやく一安心かと薄い胸を撫で下ろし、けれど周囲への警戒は緩めない。

 

「──結局、いつも通りですね」

 

「はい、そう言うこと言わないの」

 

 女神官の呟きに妖精弓手がツッコミを入れ、やれやれと首を振った。

 それでも品があるのは、彼女が上の森人だからこそだ。

 彼女は弦が切れかけの大弓を労うように撫でるとため息を吐き、背後に広がる大穴へと目を向けた。

 

「あんたたちも頑張んなさい」

 

 ──まだ私の(・・)冒険に巻き込んでないんだから。

 

 

 

 

 

 遺跡の最深部。

 闇に包まれたその場所を、幾重もの雷が駆け抜けた。

 

『なぜだ、なぜお前は立ち上がる!?』

 

 かつて来たりし者は青筋を浮かべながら怒鳴るが、対するローグハンターは至極冷静なもの。

 白くなってしまった髪を尾のように引きながら、次々と放たれる雷を紙一重で避けていく。

 

『人間は我々の奴隷であるべきなのよ!我々の駒であるべきなのよ!』

 

 エデンの剣を出鱈目に振り回し、次々と放たれる雷は必殺のもの。

 だが彼は身を捩ってそれらを掻い潜り、一気に肉薄。

 刹那の速度で相手の懐に飛び込んだローグハンターは、その腹にアサシンブレードを突き立てる。

 突き刺さる間際に凄まじい衝撃と雷が迸り、彼の体を吹き飛ばした。

 だが痛痒(ダメージ)はない。そもそも痛みがない。

 

 ──何か拾い損ねたか……?

 

 一瞬の自問もすぐに捨て去り、空中で体勢を整えて着地を決めら左手で奇妙な印を結ぶ。

 継ぎ接ぎに巻き込まれた名の知らぬ魔術師の記憶を引きずり出し、この世界の理を塗り替える。

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)》」

 

 そして紡ぐは真に力ある言葉。付け焼き刃のそれは本業のそれには程遠いが、牽制には十分な威力の込められた『火矢(ファイアボルト)』の三連射だ。

 かつて来たりし者は舌打ちを漏らし、放たれた『火矢』をエデンの剣で振り払う。

 戦闘が本職ではないが、人間のそれを遥かに越えた身体能力(ステータス)を持つ彼女なら造作もないのだろう。

 ──その後の追撃に反応出来るかは別問題だか。

 

「シッ!」

 

 彼女の耳に届いたのは、鋭く吐かれたローグハンターの吐息のみだ。

『火矢』を放った直後に肉薄。再び相手の懐に飛び込んでいたのだろう。

 彼は黒鷲の剣を躊躇いなく振り抜き、かつて来たりし者の首を取らんとしたが、

 

『舐めるなっ!!』

 

 怒号と共に放たれた衝撃と雷に弾き飛ばされる。

 それでも彼は再び空中で体勢を整えると、懐から投げナイフを三本引っ張り出す。

 

「《サジタ()……ケルタ(必中)……ラディウス(射出)》」

 

 再び紡がれた真に力ある言葉。元より書いたこともない文字を二ヶ月足らずで完璧に使いこなす男だ。やり方さえわかれば魔術を扱うなど容易い事。

 

 ──まあ、これも継ぎ接ぎに埋もれた掘り出し物だが。

 

 詠唱と共に投げナイフに魔術的な光が灯り、着地と共に鋭く投げ放てば、それは必中の『力矢(マジックミサイル)』に相違ない。

 先程の『火矢』とは比べ物にならない。まさに流星の如き投げナイフは、かつて来たりし者の振るったエデンの剣を掻い潜り、その腹に見事に突き立つ。

『ごふっ』と血を吐く彼女を他所に、ローグハンターは再び動き出す。

 相手の動きを封じ続け、このまま殺しきる。何をしてくるかわからない以上、それこそが最適解だろう。

 放たれた矢さながらの速度で走り、再びかつて来たりし者の懐に。

 今度は腹に突き刺さった投げナイフを掴み、肉を抉るように思い切り振り抜いた。

 ローグハンターの技量で放たれた投げナイフは、文字通り相手の急所を捉えていた。

 それが突き刺さっただけならまだしも振り抜かれては、そこにある臓物がずたずたにされるのは必須。

 かつて来たりし者は更に血を吐き出し、渾身の力を持って雷を呼び出し、ローグハンターを吹き飛ばす。

 それでも彼は投げナイフを手放す事はなかった為、引っ掛かっていた臓物が僅かに傷口からこぼれた。

 腹の傷から溢れる熱と痛み、そして血に狼狽えながら、彼女はなおをローグハンターを睨むつけた。

 

『人間風情に何がわかる!我々の理想を、我々の故郷を奪った人間風情が!私は何万年とここにいた!いつか来る復讐に備え、いつか来る復活に備えて、ここにあり続けた!』

 

『それを私の駒であるお前が、お前如きが止めようなどと、笑わせるな!』

 

 興奮に血走った目を見開き、口から唾液と血が混ざったものを吐き出しながら、かつて来たりし者は叫ぶ。

 それは怒り。純然たる怒りが込められていた。

 だが、怒っているのはローグハンターとて同じ事。訳もわからぬまま奴の計画の一部とされ、友人たちや恋人を傷つけられた。

 

 ──それに怒らずして何が祈る者(プレイヤー)か!

 

 彼は再び走り出す。出鱈目に放たれる雷を掻い潜り、時には邪魔だと言わんばかりに切り払いながら、最短距離(一直線)で間合いを詰める。

 先程までの雷の防御にも限界があるだろう。

 先駆者とてその命には限りがあるだろう。

 命ある限り、それには必ず限界があるだろう。

 だがそれで良いのだ。終わりがあるから始まりがあり、始まりがあるから終わるのだ。

 

 ──だからこそ終わらせる。俺の代で、何もかも。

 

 瞬きする間もなく迫るローグハンターの姿に、かつて来たりし者はついに恐怖で表情を歪めた。

 今そこにある死を恐れないのは、それこそ既に死んだ者のみだ。

 故にローグハンターは僅かに安堵した。

 亡者(ゾンビ)を殺す手立てもなければ、幽霊(ゴースト)を祓う手立てもない。

 いや、あるにはあるだろうが部の悪い賭けでしかないのだ。

 故に彼は安堵した。目の前の女は生きているからと。

 故に彼は安堵した。生きている(始まっている)なら殺せる(終わらせられる)と。

 恐怖に歪んだ表情のかつて来たりし者は、迫る彼から視線を外し、今度は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

 

 ──彼を狙って駄目なら、彼女を狙えば良いじゃない。

 

 かつて来たりし者の視線を先には、全てを彼に託して寝むる銀髪武闘家の姿がある。

 

 ──あいつを狙えば彼は守ろうとする。その隙に畳み掛ければ良いだけじゃないの。

 

 かつて来たりし者は嘲笑った。愛は無用、自らの弱点を増やすだけだと。

 かつて来たりし者は嘲笑った。愛する者を奪われた彼は、どんな顔をするのかと想像して。

 彼女はエデンの剣を振り上げる。その狙いは銀髪武闘家。相手は動かないのだから外しようがない。

 

『死にな──』

 

「《アルマ(武器)……フギオー(逃亡)……アーミッティウス(喪失)》!」

 

 まさにエデンの剣を降り下ろさんとした瞬間、ローグハンターの口から真に力ある言葉が紡がれた。

 それは『無手(アクワード)』。相手が握っている物を落とさせるという、何とも地味な魔術に過ぎない。

 けれど彼はそれを知っている。一党に加わったばかりの女魔術師が、少しでも役に立ちたいからと覚えた魔術だからだ。

 そして、それは再び銀髪武闘家の命を救うこととなった。

 降り下ろさんとしたエデンの剣が手から抜け、振り抜いた勢いで明々後日の方向に飛んで行ったのだ。

 持ち手がいなければどんな剣もただの鉄の塊に過ぎない。エデンの剣は唐突に役目を放棄し、広間の闇へと消えていったのだった。

 かつて来たりし者は目を見開いて驚愕すると、ハッとローグハンターの方へと目を向けた。

 いや、それすらももう遅い。

 既に肉薄していたローグハンターに押し倒され、人間に比べて遥かに優れた体を冷たい床へと叩きつける。

 痛みに備えてか無意識に閉じてしまった目を、『ぐぅ!』と苦悶の声を合図に開き、そして後悔した。

 

 ──彼女の目の前には、既に死神がいたからだ。

 

『ま、待──』

 

「俺の、女に、手を出すな……っ!」

 

 流石の彼とて呪文の超過詠唱は堪えたのだろう。息を荒げながらもアサシンブレードを抜刀し、かつて来たりし者にそう告げた。

 そして呼吸を整える為に僅かに間を開けると──、

 

 ──何の躊躇いもなく、神に刃を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 気がつけば、ローグハンターは白一色に塗りつぶされた空間にいた。

 何度か覚えのある、死者と話すための場所だ。

 いつもは小鬼暗殺者(ゴブリンアサシン)を倒し、その元となったアサシンと対話していたが、今回は違う。

 

『ああ、駄目よ!まだ何も始まってない、まだ何も──』

 

 背後から聞こえた声に振り返り、ローグハンターは目を細めた。

 暗闇の中を迷う幼子のように、かつて来たりし者が右往左往しているのだ。

 彼は振り向きながら「もう終わりだ」と淡々と告げる。

 その声にハッとして、かつて来たりし者は彼へと目を向けた。

 表情を怯えから怒りに変え、彼へと問いかける。

 

『これで満足?仕えるべき主を殺して、満足したかしら?』

 

「まあ、一仕事終えたとは思っているが」

 

 彼女の問いにローグハンターは肩を竦め、苦笑混じりにそう切り返す。

 

『悲劇は繰り返し、多くの人が死んでいくわ』

 

「人が死に、土に還るのはどこでもある事だ。過程はともかくな」

 

 かつて来たりし者の言葉に、ローグハンターは僅かに表情を険しくさせながら返す。

 彼とて冒険者。多くの人の死を見てきたし、それは人が本来するべき死に方でないものも多かった。

 

『私が神に成り代われば、この世界を豊かに出来た』

 

「その為にどれ程の血が流れる。どれ程の人が死ぬ」

 

 かつて来たりし者の言葉に、ローグハンターは問いかける。

 変化には必ず犠牲が付き物だ。多いにしろ少ないにしろ、必ずどこかで血は流れる。

 誰かが言った、『真実は血で紡がれる』と。

 

『変化に適応できない無能は、死んだ方が世界の為よ』

 

「なら、無能(あんた)が死んで世界は救われたな」

 

 かつて来たりし者の言葉を、ローグハンターはそのまま返す。

 気に入らない物を壊すより、自分が変わった方がより建設的で、現実味もあるだろう。

 気に入らない物を切り捨てていけば、いずれ残るは自分のみだ。

 

『世界は救われた?可笑しな事を言うのね。また秩序と混沌の戦争が始まるだけよ』

 

「それがこの世界だ。秩序と混沌。二つの勢力が凌ぎを削るのが、この世界の在り方だ」

 

 かつて来たりし者の言葉を、ローグハンターは肯定した。

 それこそがこの世界だと。この世界の在り方だと。

 

『その戦争で、あなたの愛する者が失われるわよ?』

 

 かつて来たりし者の挑発にローグハンターは目を細め、そして左手首のアサシンブレードの刃を抜刀した。

 アルタイルからの贈り物。これを使うときは今しかない。

 

『愛とは弱さ。愛とは脆さ。愛とは人を弱くするものよ』

 

「その愛に負けた奴が、よく言えるな」

 

 かつて来たりし者の言葉を、ローグハンターは嘲笑った。

 愛とは弱さ。確かにそうだろう。愛する者は致命的なまでの隙となる。

 だが、それでも──。

 

「俺はあいつを愛しているとも。生涯を懸けて守りたい程度には」

 

 愛が弱さなどと言わせておけ。それは愛を知らぬ者が勝手に言っているだけの事だ。

 彼はゆっくりとかつて来たりし者へと歩み寄り、蒼い(・・)双眸を細めた。

 

『私に下るつもりは──』

 

「ない」

 

 かつて来たりし者の問いかけに即答し、彼女の目の前で足を止めた。

 身長の都合上見上げる形となるが、それでもなお彼の眼光は鋭く曇りがない。

 

『なら、自ら選んだ地獄に堕ちなさい』

 

 負け惜しみを言うように、かつて来たりし者はその美貌を醜悪に歪めながら彼へと告げた。

 彼はまた苦笑混じりに肩を竦めると、彼女に向けて言う。

 

「この先に地獄が待つというのなら、俺は勇んで進もう」

 

 ──あいつとなら、どこまでも進んでやる。

 

 彼はそう告げると、相手の言葉を待たずにアサシンブレードの刃を振るった。

 その黒き一閃は見事にかつて来たりし者の首を捉え、何もないかのように切り裂いた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 元の暗闇に包まれた広間に戻ってきたローグハンターは、目の前に倒れる死体を見下ろしながら息を吐いた。

 これで本当に終わったのかは疑問だが、とにかく一区切りはついただろう。

 彼は再び息を吐き、ゆっくりと眠る銀髪武闘家の下へと歩き出す。

 不思議と疲労はなく、むしろ体調は絶好調といって良いだろう。

 夢の中とはいえ死にすぎて、頭の何かが外れたせいかもしれないが、まあそれはそれだ。

 眠る銀髪武闘家の脇で片膝をつくと彼女の頬を撫で、体温を感じながら頬を綻ばせる。

 だが彼女を堪能するのは後だと言い聞かせ、彼女の肩の下と膝の下に腕を差し込み、一息で持ち上げた。

 所謂お姫様抱っこだが、毎回のようにしているのだから友人たちも気にはすまい。

 

「ねぇ……」

 

 不意に声をかけられ、ローグハンターは足を止めた。

 視線を抱えている彼女に向け、「どうした」と苦笑混じりに問いかける。

 問われた彼女は僅かに言葉に迷う様子を見せたが、「終わった?」と問い返す。

「ああ、終わった」と短く言い返すと、ローグハンターは再び歩き出す。

「そっか。そっか……」と気の抜けた声を漏らしつつ、銀髪武闘家は彼の首に手を回し、ぐいと体を引き寄せた。

 多少は楽をしてもらいたいという彼女の配慮と、少しでも彼に近づきたいという願望の表れだろう。

 それを察したローグハンターは照れ臭そうに目を背け、「大人しくしてろ」と忠告一つ。

「はーい」とまた気の抜けた返事が返ってくるが、それもまた彼女らしいと笑みがこぼす。

 これから壁を登り、仲間たちと合流し、船に戻って街に帰らなければならない。

 そして、帰ったら伝えよう。

 この胸にある確かな想いを、腕の中にいる最愛の人に──。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。