SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory04 次世代の台頭

 晴天の下でかんかんと乾いた音が響き、そこに混ざるのは少年少女らの気合いの叫び。

 辺境の街から歩いて十数分。五年も前に様々な苦労と犠牲を末に完成した訓練場があった。

 事務所と呼べる建物には手続きをするギルド職員や、食事の配給の為に訪れた『眠る狐亭』の店員、知識神の神官、あるいは冒険者に成り立ての少年少女まで、様々な人が、様々な種族が出入りを繰り返していた。

 さながら村のような活気に包まれた訓練場の一角に、木の柵で円形に囲まれた、さながら闘技場のような場所があり、既に幾人かの人影がそこにはあった。

 先程から訓練場に響く乾いた音や、何者かの気合いの叫びは、そこから発せられていたようだ。

 

「合わせなさいッ!」

 

「言われなくてもっ!!」

 

 貴族出なのか、それなりに上等な革鎧に身を包んだ女剣士と、村から出てきましたと言わんばかりの、まだ傷のない新品同然の革鎧を纏った青年剣士が、お互いの出生関係なしに手を組み、一人の男に挑んでいるからだ。

 野次馬──というなの順番待ちの列は冷や冷やとしたながら固唾を飲み、相手の出方を伺った、

 彼らの視線を一身に受けているのはこれまた男性。

 演習場を吹き抜ける風に白い髪を揺らす男性は、模擬戦用の木剣を片手で構えて息を吐いた。

 左右同時からの挟撃。確かに生物は一部を除いて左右を同時に見ることは出来ず、見えなければ反応のしようがない。

 だが、物事には必ず例外があるし、何より彼を──かのローグハンターを相手取る場合は悪手に他ならない。

 

「うりゃぁっ!」

 

 青年剣士の気合い一閃と共に放った大上段からの振り下ろしを片手で振るった木剣で受け止め、女剣士の刺突は空いている手の甲で剣の腹を殴って払い(パリィ)、大きく体勢を崩させる。

 

「ほらよっ!」

 

 その瞬間、彼は動き出す。

 まず競り合っていた木剣を無理やり力で押し返し、青年剣士の体勢を崩す。

 次に体勢を崩した青年剣士の腕を掴み、そのまま体勢が整っていない女剣士に向けて投げる。

「きゃっ!」とか「うわ!?」とか悲鳴をあげる二人はろくに受け身も取れず、絡まり合うようにして転倒。

 倒れて重なった二人の首もとに木剣の切っ先を突き立て、「まだやるか?」と問いかけた。

 十秒足らずの攻防だったが、素人の彼らでも無駄がないとわかり、同時に戦慄を覚える程の動き。

 

「二手に別れたまでは良いが、攻めるタイミングがずれているぞ。だからこうなる」

 

「「はい……」」

 

 木剣を突きつけられたまま、もっと言うと二人して絡まり合ったまま、二人の新米冒険者に指導を始める。

「だからなぜ構えた相手に大上段を振るのだ」「崩された後体勢を整えるのが遅い」「投げられたと思ったなら受け身を取れ、教えたろう」エトセトラエトセトラ──。

 一つ一つ的確に、臨時とはいえ一党を組んだ二人の弱点を指摘し、どうするかを話し合うように促す。

 冒険者とは本来何も知らない所から、文字通り手探りでやっていく仕事だ。何から何まで指導しては、いざ独り立ちした時に苦労するだろう。

 だからこそ自分たちで考えさせる。その手が有効なら彼は遠慮なしに誉めるし、悪手なら更に指摘を繰り返す。

 それで新人たちが育てばそれで良く、嫌気がさして来なくなったとて構いはしない。冒険者とは本来、その全てが自己責任だ。夢の為に死のうが、ちょっとした失敗で死のうが、それは本人の行いのせいだ。

 こうしてここにいるのは、ある程度の現実を知る──あるいは知ってなお生き延びた──者たちで、自身の無力さを知った者たちだ。

 多くの冒険者は冒険の中で強くなるが、だいたいは強くなる前に死ぬ。そうなりたくない者がこうして訓練場──回りは学校と呼ぶが──に集うのだ。

 一部は字を習いに来るだけ、あるいは息抜き、またあるいは指導者──つまりローグハンターを見に来るなど、冒険とは縁遠い理由で来る者もいるが、理由はどうあれ来ないよりはましだろう。

 

「よし、次!」

 

 今しがた倒した二人に手を貸して立ち上がらせ、その背を叩いて送り出すと、柵の回りに待機していた訓練生に向けて告げた。

 あと何組いるかは別として、まだ訓練は始まったばかり。

 余談だが、時にはローグハンターが噂通りかと確かめる為に挑んでくる者もいるが、だいたい瞬殺される。

 彼は後進を育てる為にいるのであって、面倒事を起こす為にいるのではない。

 今の彼は銀等級冒険者──ローグハンターとして名を馳せた彼ではなく、指導者として後進を育てる身だ。

 今まで高め、培ってきた技と知識は、今は教える為にあるのだから。

 

 

 

 

 

 アサシンの襲撃により破壊された冒険者ギルドも、五年も経てば再建され、かつての活気を取り戻していた。

 使い勝手を考慮してか、かつてのギルドと同じ設計図のもと作られたそれは、確かに過去の記憶と合致する。

 そんなギルドの一室、本来なら職員しか立ち入る事の出来ない部屋に二人の人物がいた。一人は男性、格好からして冒険者。一人は女性、格好からしてギルド職員だ。

 長机を挟んで対面するように椅子に座り、それぞれ書類を確認しながら楽しげに言葉を交えている。

 一人はローグハンターだ。長い白髪をうなじの辺りで一纏めにし、身に纏うコートはアサシンとして活動する時に纏う上等なものとは違い、そこらで売り買いされている黒い布製のコートに多少の改造を加えたもの。

 彼が平服代わりによく着ているそれは、見る人によっては察する事が出来るだろうが、生憎とこの世界にそれを知るものはいない。

 今の彼の格好は、彼の師であるシェイが、まだアサシンである頃の姿に酷似しているのだ。

 勿論両手首にはアサシンブレードが仕込まれており、椅子には愛用の魔剣が立て掛けられ、いざという時にはそのまま戦闘を行えるようにしてある。

 彼は真面目な視線を書類に向けてはいるものの、口元は柔らかく綻び、対面している相手の言葉に時には苦笑を浮かべていた。

 そして彼を笑わせているのは、髪を三つ編みにした女性だ。

 豊かな胸、括れた腰、すらりと伸びた足と、その体には一切余分なものはなく、妻がいる彼の目をしても美人の──もちろん妻の方が上だが──に入るだろう。

 かつてもそれなりに綺麗ではあったが、五年の歳月でその美しさには磨きがかかり、毎年新人の男性冒険者たちの注目を集める。

 尤も、相手が身に纏っているのはギルド職員の制服で、冒険者は文字通り彼女がいなければ何も出来ないので、下手に手を出そうとするものはいない。

 いたしてもどこぞの槍を振り回す戦士が割って入るのだから、そんな余裕はないという方が正しいか。

 

「何を笑っているんですか?」

 

 彼がにこにこと笑いながら見つめていた為か、目の前の女性──受付嬢は書類片手に首を傾げた。

 問われたローグハンターは「何でもない」と首を振り、改めて書類に目を向ける。

 明らかに何かを隠しているようだが、まあきっと下らないか個人的な事なのだろう。

 結婚し、子供が出来てからというもの、彼はかなり丸くなった。人前でもよく笑うようになった。

 受付嬢は小さく微笑みながら、ローグハンターに問う。

 

「今年の子達はどうですか?」

 

「いつも通りだ。技術を聞き齧ったまま、あるいは知らないままの奴が多い」

 

 彼女の問いにローグハンターは淡々と答えると、「だが」と付け加えて書類の山に目を向けた。

 それを指で弾いて手早く数えると、ふむと小さく息を吐く。

 

「昔に比べれば、だいぶ増えたな」

 

 彼がそう言ったように、確かに彼の生徒となる者は年を経るごとに増えてきている。

 理由としては様々だが、まあ多少の出費でも毎日食事が出来るし、冒険の知識に加えて文字も学ぶ事が出来るのが大きいだろう。

 読み書きが出来る冒険者と出来ない冒険者とでは、また扱いや収入が変わってくるのだ。

 わかりやすい例をあげるなら、代筆屋に頼む時間と金が丸々なくなり、名指しの依頼や手紙何かも返すことが出来るようになる。

 加えて訓練場で学ぶ事で、冒険者に成り立てでも『ローグハンターの教え子』という箔がつくのだ。

 何もない無頼漢同然の新人冒険者たちにとっては、それもまた大きなメリットなのだろう。

 

「増えたのは良いですけど、見るのも大変ではないですか?」

 

「そうでもない。伊達に冒険者はやっていないさ」

 

 受付嬢の心配の声に余裕の笑みを浮かべながら答え、「あの程度なら運動にもならん」と付け加えた。

 彼の様子に受付嬢は苦笑を浮かべ、「それもそうですかね」と頷いた。

 冒険者としては異端な、対人戦闘ばかりをこなしていた男だ。相手が素人なら、何人いようが赤子の手を捻る如く打ち倒すだろう。

 

「これで最後だな」

 

 何て事を思っているうちに、彼は自分の担当していた書類の全てを片付けた。新人職員にも見習って欲しいほどの手際の良さだ。

 

「それで、何人かは上がれそうか」

 

 受付嬢が片付けた書類を覗きながら問うと、彼女は唇に指を当てて僅かに考えるような素振りを見せた。

 確かに彼が指導を始めてから新人たちの死亡率はだいぶ下がった。

 まあ彼の徹底した指導によって最初の一党を組み、そのまま冒険を続ける者は多い。

 皆が指導を真面目に受け、経験に裏打ちされた危険性を、何も知らない人に容赦なく現実を叩きつける事で、等級不相応で危険な仕事を受けなくなったというのも大きい。

 逆に言えば所謂(いわゆる)『経験点』が伸びない者も多く、彼と依頼を共にしていた一期生と呼ばれる彼ら──人数比としては彼女らか──は例外として、等級の伸びは平均的なものだ。

 ローグハンターの教え子とて、そこから化けるかは本人次第。あくまで彼は下地を作る手伝いをするだけだ。

 ローグハンターが受け持つ冒険者たちの書類を確認し、更に諸々の情報を詳しく精査する必要があるが……。

 

「……人数は明言できませんが、いるとは思います」

 

「そうか」

 

 受付嬢が頭を捻りながらの言葉に、ローグハンターは大した反応もなく頷いた。

 職員に限りなく近いといえど、彼とて冒険者。細かな情報をギルド職員たる彼女の口から漏らすことは出来ない。

 それを知るローグハンターもそれ以上は訊かず「それじゃあ、書類はこれで全部だ」と書類の束を彼女に託す。

 それを確かに受け取った受付嬢は「預かりました」と頷いて、それを自分の書類と一纏めにした。

 後は職員たる彼女がしかるべき場所に持っていき、しかるべき手順を踏んでしまうだけだ。

 それはあくまで冒険者のローグハンターでは出来ない、彼女にしか出来ない仕事だ。

 故に彼は「後は任せた」という他になく、受付嬢も「任せてください」と頷く他にない。

 彼女が十数人分の書類を持ち上げるとローグハンターが遅れて立ち上がり、腰に魔剣を下げると共に、エスコートするように部屋の扉を開け、廊下の様子を確認した。

 未知の遺跡に挑むが如く動きで気を配り「大丈夫そうだ」と告げて手招きする。

 受付嬢は「そんなに警戒してどうするんですか?」と苦笑混じりに問いかけ、問われた彼は「警戒して損はないだろう」と肩を竦めた。

 だいぶ丸くなったとは言ったが、やはり根っこの部分は変わらないと言うべきか、むしろ子供が産まれてから余計に警戒心が強まったと言うべきか……。

 ともかく彼はいつも通りに部屋を出たのだ。受付嬢もその背を追って部屋を出ると、彼の先導で廊下を歩き始める。

 こつこつとヒールの音を立てる受付嬢と対照的に、ローグハンターは一切の足音を立てる事はない。片や冒険者、片やギルド職員なのだから当たり前だ。

 途中で受付嬢は書類をしまうために金庫室に入り、彼女とはそこでお別れだ。

 尤もすぐにまた受付で会うことになるのだろうが、それはそれだ。

 受付嬢は金庫室に消えていき、ローグハンターは廊下を進みながら天井を見上げ「あー……」と力の抜けた呻き声を漏らした。

 いつまで経っても書類仕事には慣れない。これを、これよりも凄まじい量を毎日捌く職員たちの苦労が今になって理解出来た。

「あー……」と額に手を当てながらまた呻き声を漏らすと、「きゃっきゃっ」と楽しそうな愛娘の声が耳に届いた。

 

「──」

 

 ローグハンターは思わず足を止め、訝しむように眉を寄せた。

 一瞬幻聴を疑ったが、また「きゃっきゃっ」と楽しそうな愛娘の声が聞こえれば、幻聴でないことは確実だ。

 時間としては昼前。昼食は家でと思っていたのだが、どうやらその前にやることが出来たようだ。

 先程とは別の意味で額に手を当ててため息を漏らし、ずかずかと無造作な足取りで廊下を進む。

 そして曲がり角を最短距離で曲がり、冒険者ギルドのロビーに足を踏み入れると、

 

「あ、とーしゃ!」

 

 父の姿を発見したアイリスが嬉しそうに笑い、銀色の髪を揺らしながらとたとたと駆け寄ってきた。

 とりあえず膝をついて両腕を広げ、迎え入れる体勢を取る。

「ぴゃー!」と声をあげながら父の胸に飛び込み、「にゃー♪」と上機嫌そうに頬擦り。

 怒る気力さえも削がれながら、ローグハンターはため息混じりに彼女を構っていたであろう冒険者たちに目を向けた。

 ……その視線の鋭さは、どちらかと言えば睨み付けたという方が正確か。

 睨まれた冒険者たちは多少たじろぎはするものの、けれど慣れた様子で受け流す。

 受け流されたローグハンターはまたため息を吐き、冒険者の膝の上に乗せられて赤面している息子に目を向けた。

 

「とーさん、たすけて……」

 

「ああ」

 

 照れからか顔を真っ赤にした息子に頼まれ、ローグハンターはアイリスを抱き上げながら立ち上がる。

 そして迫力のある笑みを浮かべながら、息子を拘束している冒険者を睨み付けた。

 

「その子を、離せ……っ!」

 

「せ、先生!?これはそのですね!」

 

 睨まれたのは、蜂蜜色の髪をした女性剣士だ。

 普段は凛とした碧眼も今は丸く見開かれ、椅子から落ちない程度に体を逸らせる。

 豊満な胸を隠しきれず、胸元が僅かに露出させる鎧はおそらくまことの銀(ミスリル)特注品(オーダーメイド)で、腰に下げる剣は鍛え直された軽銀の突剣と短剣。

 首もとに輝く認識票は銀色の輝きを放ち、けれど真新しい訳でもなく傷が目立つ。

 

「貴方からも何か言ってくださいまし、魔術師様!」

 

「あなたが捕まえて膝に乗せたんでしょ」

 

 彼女の助けを求める声を断ち切ったのは、赤く長い髪を揺らす魔術師だ。

 これまた纏うローブは豊満な胸を隠しきれてはおらず、胸元が開いたデザインではあるが、見た目の割に織り込まれたそれは固く、さながら革鎧のようだ。

 作り手は只人ではない。森人──それも上の森人が手を加えたものに相違ない。

 そして首から下げられた認識票の輝きも、銀色のそれに違いなかった。

 ローグハンターは彼女らを睨んで再びため息を漏らし、「で、あいつは?」と問いかけた。

 

「なーに、呼んだかな?」

 

 だが問いに答えたのは誰でもない、いつの間にか彼の背後を取っていたシルヴィアだ。

 彼女はにこにこと笑いながら「二人ともありがとね~」と気の抜けた声を漏らし、ローグハンターの脇を抜けて彼女らの卓に加わった。

 

「ほら、キミも早く早く!」

 

 そう言って手招きされて、ローグハンターは懐かしむような笑みをこぼす。

 

「何ともまあ、久しぶりだな……」

 

 かつてこの四人が集えば仕事の始まりだったが、今は違う。

 ローグハンターはともかく銀髪武闘家は前線を退き、今や専業主婦だ。

 けれど彼女は「そうだね~」と女性剣士に捕まった息子の頬をつつきながら微笑み、「もう五年も経つんだね」と意味深な笑みを二人の銀等級冒険者に向けた。

 五年の歳月は、新米だった女魔術師と令嬢剣士を銀等級冒険者へと成長させ、今やこの街を代表する冒険者だ。

 

「それで、何か弁明はあるか?」

 

 けれど上下関係はいまだ変わらず、威圧してくる恩人に令嬢剣士は萎縮し、女魔術師は彼女を見捨てるように視線を外した。

 五年の歳月が経ち等級が変わっても、彼らの関係に変わりはない。

 ある意味で話題の彼らの声は、ギルドの喧騒に包まれて消えていった──。

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドの酒場。冒険に出る前の冒険者たちが集うその場所の一角に、彼らは集っていた。

 蜂蜜色の髪をした美女、赤い髪の美女、銀色の髪の美女と、ただ彼女らが集うだけで男連中の視線が集まるが、彼らは努めて視線を外すように心掛けていた。

 理由は単純。前者二人にならともかく、銀髪の美女に下卑た視線を向けようものなら、

 

「……」

 

 鋭くこちらを警戒している白髪の男に叩きのめされるからである。

 周囲の視線に警戒するローグハンターは、膝の上に座るアイリスを構いながらシルヴィアに問いかけた。

 

「で、何でお前までここに」

 

「会いたくなっちゃったからじゃ、駄目?」

 

「だめ?」

 

 唇に指を当てて上目遣いで言うシルヴィアと、彼女を真似て上目遣いをするアイリスに見つめられ、ローグハンターの口から「ん゛ぅ゛!」と汚い悲鳴が漏れる。

 彼は家族に弱い。もはや笑えてくるほどに、強く出られないのだ。

 まあそれは彼だけでなく、シルヴィアにも言える事なのだが、それはまた別の話だ。

 ジブリールは意識を保つ為に咳払いをすると、今度はいまだに令嬢剣士に捕まっているウイルクに目を向けた。

 

「こっちは──」

 

 いまだに照れが抜けていないのか顔を真っ赤にしたウイルクを見つめ「いつも通りか」と視線を逸らした。

 尊敬する父親から見捨てられたウイルクは「え!?」と驚きの声をあげるが、逃げ出そうにも令嬢剣士が離してくれない。

 いまだ四歳のウイルクだが、既に弄られキャラとして父からも認められているのだろう。

 正確に言えば、ウイルクはかなり父親似の顔立ちをしている。頼れるローグハンターに似ている幼子ということで、弟子や知り合いたちから可愛がられているのだ。

 少々過剰な時はジブリールとて止めに入るが、そこまででもないならやりたいようにやらせる。

 この触れ合いもいつ出来なくなるかわからないのだ。やりたい内にやらせてやるのが礼儀というもの。

 令嬢剣士に頬をぷにぷにとされながら、ウイルクはくすぐったそうに身動ぎするが、それをまた可愛いと彼女の悪戯心を加速させる。

 

「剣士ちゃんはウイルクが好きだよねぇ」

 

 卓に肘を預けて頬杖をつきながら、シルヴィアは「ほれほれ」とウイルクの鼻先をくすぐる。

「ん~」とどこからも助け船が出されない現状に赤面して項垂れると、今度はぐしゃぐしゃと銀色の髪を撫でられた。

 

「アイリスはお姉ちゃんの方に行くか?」

 

「にゃ!」

 

 彼から視線を外したジブリールは、アイリスの髪を梳いてやりながら問いかけた。

 問われた彼女は勢いよく顔をあげると、女魔術師の方に「ねーちゃ~」と手を伸ばしてぱたぱたと振り回す。

 女魔術師は「はいはい」と苦笑混じりに手を伸ばし、アイリスの脇に手を入れてひょいと持ち上げる。

 そして割れ物を扱うようにゆっくりと慎重に自身の肉感的な太ももの上に乗せ、無意識に頬を緩めた。

 ああ、こうして見ると本当に──。

 

「妹が欲しかったわね……」

 

 女魔術師が遠い目をしながら言うと、ジブリールは苦笑を漏らし、アイリスはとりあえず誉められたと思ったのか楽しそうに笑った。

 

「弟で悪かったな……っ!」

 

 そんな彼女の背後、女魔術師の死角になる位置に彼はいた。

 女魔術師に似た赤い髪に、賢者の学院の卒業生たる証の柘榴石の填められた杖、そして纏うは絵に描いた魔術師が着ていそうなローブ。

 彼女の弟──青年魔術師が姉に構われるアイリスをどこか恨めしそうに睨みながら現れたのだ。

 彼に多少の恨みはあっても敵意がない事を知るジブリールは何か言うこともなく、彼に続いて現れた冒険者の一党に目を向けた。

 

「お前らか、お疲れさん」

 

 軽く右手を挙げて言うと、彼らは揃って「お疲れ様です」と軽く頭を下げる。

 それに合わせて首に下げられた銀──あるいは銅の認識票が揺れ、ジブリールは「どうも」と苦笑を漏らす。

 彼らとも出会ったのは七年近く前、それこそ駆け出しの女魔術師を一党に入れた時期だ。

 かつて新米(ノービス)と一括りに呼ばれていた彼らも、今や玄人(ベテラン)として周囲から憧れを向けられる身となった。

 

「いやー、今回も大変でした」

 

 一党の頭目たる背に両手剣を担いだ剣士。かつてのような幼さは消え、その凛とした佇まいは銀等級に相応しい。

 

「あんたは毎回毎回飛び出し過ぎなの!」

 

 彼の幼なじみにして、今は恋人──になったのかはわからない、長い黒髪を頭の高い位置(ポニーテール)に纏めた武闘家。

 

「そうなのか?こいつが出てくれるから、俺たちも安心していられると思うけど」

 

 様々な縁で二人と知り合い、そのまま一党に加わった、片手剣と棍棒を腰に下げ、左腕に円盾を括った戦士。

 

「そういうこと言わないの。余計に調子のるでしょ」

 

 彼と共に──戦士に言わせれば彼女と共に──故郷を飛び出し、いつの間にか彼の隣が定位置となった、天秤剣を片手に握る聖女。

 

「ぼかぁ、後ろから孥を射つだけっしたからね」

 

 そしてとある冒険を経て一党に加入した、二足歩行の兎を思わせる──どちらかと言うと、兎耳が生えた人と言うべきか──ようやく愛用の孥が体の大きさに馴染んだ兎人。

 青年剣士、女武闘家、青年戦士、聖女。

 かつてローグハンターが面倒を見ることになり、こちらも手探りで指導を行った彼らも、今ではかつての自分と同じ等級だ。

 そこに遅れて加入することになった白兎猟兵と青年魔術師はいまだに銅等級だが、銀に上がるのも時間の問題だろう。

「うさぎさーん!」とアイリスが女魔術師の膝から飛ぶと、兎人の胸に飛び込んだ。

「もふもふ~」と楽しそうに兎人の胸元の毛に顔を擦り付けると、彼女は「相変わらずですねぇ」と愉快そうに目を細めた。

 頼れる兄貴分たちの登場にウイルクは目を輝かせたが、二人は彼に目を向けると「頑張れよ」とぐっと親指を立てて見放した。

 薄情な兄貴分たちの行動に白い目をしつつ、ウイルクはどうにか脱出せんと手足をじたばたさせるが、

 

「暴れないで下さいな、怪我をしてしまいますわよ?」

 

 余裕の笑顔を浮かべた令嬢剣士に抱き締められ、離れられそうな気配はない。

 同年代に比べて飛び抜けているとはいえ、所詮は子供の力だ。鍛えに鍛えられた銀等級冒険者の拘束を脱するには力不足。

 ジブリールはわかりきっていた結果に苦笑を漏らし、「それで、仕事はどうだった」と首を傾げながら問いかけた。

 今は自立しているとはいえ、可愛い後輩たちであることに変わりはない。

 だからこそ彼らの冒険について聞きたいことは多く、時おりギルドに顔を出すのはその為だ。

 後進の指導の材料集めという名目で、様々な冒険者と言葉を交わすという意味でも、銀等級冒険者の話は是非とも聞いておきたい。

 お互いの頭目である女魔術師と男剣士は顔を合わせると、目配せのみで会話を終わらせる。

 そしてこっちからと咳払いをした女魔術師だ。

 アイリスが跳んだため乱れた衣服を整えると、丁寧に言葉を紡ぐ。

 

「では私から。依頼内容は──」

 

 自分たちと行動を共にしていた少年少女たちが、今では自分たちよりも──種類的な意味で──数多の敵を葬り、その評判を不動のものとしていくのは聞いていて心地が良い。

 ローグハンターにとっては次の世代の彼らがそうであるように、彼らにとっての次の世代もまた、そうなるように願うばかりだ。

 

 ──いいや、願うだけじゃあ駄目だな。

 

 何の為に後進の指導をしているのだ。何の為にここにいるのだ。

 まあ家族の為と言ってしまえばそれまでではあるが、けれど理由はもう一つ。

 この世界は広く、未知が多い。偉そうに後進の指導をしている自分とて、全てを知っている訳ではないのだ。

 むしろ自分は知ろうとしなかった。知る前にやらねばならない事を見つけてしまったからだ。

 だからせめて、後輩たちにはそんな事がないように、少しでも未知を既知に、僅かでも幸せを掴んでから逝けるように、彼らに技術の一部を伝授している。

 冒険中に起きた出来事を事細かく説明し、時には令嬢剣士からの横槍を受けながら、けれど生き生きとした表情で全てを語る。

 彼女は冒険者。人々が恐れる危険に挑み、金とする、明日をも知れぬ冒険者だ。

 だからこそ、死するならせめて何かを残そうと、何かを成し遂げようと進み続けている。

 ジブリールは生き生きとする彼らを少し眩しそうに眺めながら、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 彼らを弟子とした事は、やはり間違いではなかった。

 

「ねぇねぇ、ねーちゃたち?」

 

 不意に、女魔術師の膝に居座るアイリスが女性陣へと声をかけた。

「なーに?」と皆一様に首を傾げて問いかけると、アイリスは楽しそうに笑いながら問いかけた。

 

「みんなはいつけっこんするの?」

 

 瞬間、楽しげだった場の空気が一変する。

 女性陣の表情が凍り付き、男性陣は額を押さえてやれやれと首を横に振った。

 それはジブリールとて同じ事。娘が無遠慮に投げ掛けた質問に頭を抱え、本日何度目かのため息を漏らす。

 彼のお陰で新米冒険者たちの死亡率は何割か下がり、多くの冒険者たちを青玉等級に導いた彼だとて、流石に恋人探しまで手伝う余裕はない。

 詰まる所、長きに渡り語られる伝説は打ち破れない。

 

 ──優秀な女冒険者は嫁ぎ遅れる。

 

 女武闘家と聖女に関しては気合いを入れれば隣の男が答えてくれるだろうに、いまだにそれが出来ていないのだ。

 まあ三年近く、今の妻が向けてきていた好意に気付けなかった自分では何も言えないがとは思うが、二人は自分の弟子であると共に妻の弟子でもある。

 彼はシルヴィアに目を向けて、お互いに肩を竦めた。

 そこはどうやっても教えようがない。誰かを好きになり、誰かの好意に応えるのは、実際に経験しなければわかりようがないのだ。

 

「ねーちゃたち、どうしたの?」

 

 白兎猟兵の胸に抱きつくアイリスは更に問うと、一斉に彼女らの視線を集めた。

 

「……?」

 

 小首を傾げて疑問符を浮かべるアイリスを他所に、今がチャンスとウイルクは令嬢剣士の腕から脱出。シルヴィアの足元へと駆けていった。

 そうしている間にも女性陣はアイリスを取り囲み、何やら怪しげに指を蠢かせている。

「へ?ほぇ?」とぶんぶんと首を振って彼女らの一人一人に視線を配ると、「ねーちゃ?」と再び首を傾げた。

 

「女性に失礼な事をいっちゃう子はこうよ!」

 

 聖女の号令を合図に、彼女らの指が一斉にアイリスに襲いかかった。

 瞬間響くのは、アイリスの悲鳴混じりの笑い声だ。

 こしょこしょと声に出しながらくすぐられ、アイリスは目に涙を溜めながら笑い続ける。

 ジブリールとシルヴィア、ウイルクは顔を見合わせて、揃って肩を竦めた。

「たしゅけて~!」と声が聞こえるが、楽しそうであるなら良いではないか。

 日常の中で学び、次に生かすことも大切だ。子供の内はこう言うと構ってくれるからと覚えてしまうかもしれないがそれはそれ。

 過程はともかく娘が笑ってくれるのならそれで良い。

 ジブリールはアイリスの笑い声に混ざって苦笑を漏らし、「平和だな」とぼそりと呟く。

 

 ──どうかこの平和がいつまでも続きますように。

 

 誰に向けてでもなく、どの神に向けてでもなく、彼は瞑目してその場で祈りを捧げる。

 彼の祈りに応えるように、アイリスの楽しそうな笑い声が、天高くまで響いたのだった。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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