SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory05 変わらぬ友たち

「♪~♪~♪~♪~」

 

 愛する妻が漏らしたであろう鼻歌に、微睡んでいたジブリールの意識が呼び起こされた。

 若干寝ぼけたまま辺りを見渡し、庭で洗濯物を干している妻の後ろ姿と、それを手伝う息子の姿を確認。次いで自らの腰に抱きついて眠る娘の姿を確認すると、表情を綻ばせて頭をなでてやる。

 アイリスは眠ったままくすぐったそうに唸り、けれど逃げる様子も起きる様子もなくされるがまま。父の事を信頼している証だろう。

 ジブリールはそれを嬉しく思いつつ、雲一つない晴天の空に目を向けた。

 照りつける陽の輝きは温かく、洗濯するには今日を逃す手はない。

 だからああしてシルヴィアとウイルクの二人は、せっせと物干し竿に湿った衣服を引っ掻けているのだろう。

 二人の動きに合わせて揺れる、陽の輝きを受けて銀色に輝く髪を眺め、ジブリールは欠伸を漏らす。

 手伝ってやるべきなのだろうが、その思いに反して体が動こうとしない。

 魔神将や神を名乗るろくでなしを前にしても怯むことなく動く体が、こうも動くことが出来なくなるのか。

 陽に照らされているお陰で温かいし、腰に抱きつく娘の体温も相まって更に(ぬく)い。

 娘は頭を撫でてやれば嬉しそうに笑い、ぎゅっと抱きつく力が強まった。

 口から気の抜けた声を漏らしながら、ジブリールは目を細めた。

 物干し竿にシーツを引っ掻けて汗を拭うシルヴィアの姿はどこか色っぽく、けれど可憐で、結婚してから毎日見ていても、決して飽きることがない。

 対するウイルクは、少しでも良いところを見せようと持ちきれない量を持ち上げ、もはや滑稽に思える程に足をぷるぷると震わせていた。

 ああやって多少無理をしても頑張る所は、きっとシルヴィアに似たのだと思うとどこか嬉しくなる。

 不器用な自分に似るよりは何倍もましだ。時々自分似な部分を垣間見るが、本当に時々だから気にしない。

 むしろそれを気にするより、この温もりを感じたままもう一眠りしたい気分だ。

 ジブリールはアイリスの頭に手を置きながら、再び瞼を閉じた。

 五年も前に剣の乙女に言ったように、目を閉じて開けばすぐに数時間後だ。

 

「よし!これで終わり!」

 

 けれどシルヴィアのその宣言が、また微睡んでいたジブリールの意識を呼び覚ます。

 再び目を向けてみれば、そこには物干し竿をフル活用する形で干された洗濯物が、旗のように風に吹かれてなびいていた。

 シルヴィアが「イェイ!」と笑いながら手を挙げれば、ウイルクがその場で飛び上がって「イェイ!」と返しながらその手を叩く。

 助走なしの垂直飛びで母親の頭ほどまで跳ぶというのは、もう見慣れたとはいえ驚きを隠せない。

 四歳にしてあの身体能力だ。まだ物を持ち上げ続けると言った持続力はないが、瞬間的な爆発力は相当なもの。

 将来はどうなるのかと一瞬悩み、一人で考えても仕方がない事、何より進む道を決めるのはウイルク自身だという事に気付いて首を振った。

 まだ四歳だ。成人して独り立ちするにしても、あと十年はある。ゆっくり決めさせれば良いではないか。

 今考えられるのはここまでと思考を止めて、小さく息を吐いた。

 今ではこうして十年も先の事を考えてはいるが、昔は明日をも知れぬ身だったのだ。改めてそう考えると、自分もだいぶ変わったものだと思う。

 けれど、変わっていない事が一つ。

 ジブリールは眉を寄せ、庭を仕切る柵へと目を向けた。

 一応街を囲う障壁の内側だとしても、それは何の備えをしない理由にはならない。

 一応ゴブリンスレイヤーの意見をあおぎ、最悪ゴブリンは凌げるようにと設置した、横棒を減らし、縦棒を多めに設けた柵。

 繋ぎ目には鳴り子を忍ばせ、誰かが乗り越えようと足をかけるか、あるいは蹴り倒そうとすればけたたましい音が鳴り響く。

 子供たちはともかく、ジブリールとシルヴィアは寝ていようがそれが鳴れば飛び起きるし、すぐに臨戦体勢となるのだ。

 まあ今のジブリールは敏感に気配を感じる事は出来るから、ある意味では無意味な代物かもしれない。

 気配という曖昧模糊なものを、文字通りの規格外(イレギュラー)たる彼は完全に察知する事が出来るのだ。

 そして、そんな彼の探知範囲に入り込んだ鼠が一匹。

 彼は無言でアイリスの腕を解いて自由になると、ごきごきと指を鳴らして相手の出現に備えた。

 気配は少しずつこちらに近づいており、止まる気配はない。

 上空から監視していた鷲はいち早く相手を発見すると、途端に興味を失ったかのようにいまだに眠るアイリスの脇へと着地した。

 彼がそんな反応をするのなら敵ではないのだろうが、ジブリールは警戒を解くことはない。むしろ強めている節さえあるほどだ。

 鷲が警戒しないということは友人の誰かであることは間違いなく、加えて庭から入ろうとする物好き──あるいは馬鹿は一人。

 警戒しながらため息を漏らすジブリールの姿に気付き、シルヴィアは口許を隠しながら苦笑を漏らし、ウイルクは困り顔を浮かべた。

 別に相手に苦手意識があるわけではない。むしろ小さい頃から面倒を見てもらっていたらしい──幼すぎて覚えていないのだ──から、きっと良い人ではあるのだろう。

 彼がそうして思慮をしている内に、件の人物が現れる。

 颯爽と柵を飛び越え、一切の音をたてる事なく着地。彼女の小柄な体を隠すように羽織っていた外套が揺れ、次いで彼女の幾つかある特徴の一つたる長耳が揺れた。

 

「ひっさりぶりね、あんたたち!遊びに来たわよ!」

 

 しゅびっと勢いよくウイルクとアイリスに指を差し、にかっと笑みを浮かべた妖精弓手は、次いで苦笑するシルヴィアと、自身を睨むジブリールへと目を向けた。

 

「……どうかした?」

 

 何か不味かったかと首を傾げるが、シルヴィアは「自分の胸に手を当ててみれば?」と肩を竦め、ジブリールは威圧するように指を鳴らして彼女に告げる。

 

「一つ質問する。家主の許しもえず、加えて玄関ではなく庭から入り込んだ者を、人は何と呼ぶ」

 

「い、いきなり何よ。謎なぞは苦手──」

 

 顎に手をやって答えを探ろうとした彼女に先んじて、ジブリールが拳を構えながら告げた。

 

侵入者(・・・)だ。お前は何度言えば覚える」

 

「ああ……。そうね、そうだったわね」

 

 子供が出来てから妙にそこのところ厳しい彼の姿に狼狽えつつ、妖精弓手はアイリスへと目を向けた。

 抱き枕であったジブリールが離れたからか、彼を、或いは変わりの何かを探して腕を振り回している。

「起きちゃうわよ?」と露骨に話題を逸らすが、当のジブリールは「どうせ起こすんだろ?」と彼女を睨む。

 取り付く島もないと妖精弓手は──本人が意図してはいないにしても──優雅に肩を竦め、「群れを守る雄獅子みたいね」と今の彼を評価した。

 それが彼女なりに誉めているのか貶しているのかはわからない。相手は上の森人だ、只人とは物の見方や基準が違う。

 ジブリールが再び何か言おうと口を動かした時だ。どんどん!と玄関がノッカーが叩かれた。

「はーい」とシルヴィアが対応に走り、ウイルクは洗濯籠と桶を重ねるとひょいお持ち上げて家の裏へ消えていった。

 正確にはそちらにある物置に向かったのだろうが、些細な違いだ。

 

「あ、久しぶりだね!」

 

 玄関へと向かったシルヴィアの声が庭まで響き、その後に続くのは聞き馴染んだ友人たちの声だ。

 

「入って入って~。とりあえずお茶で良い?」

 

 廊下から居間へと戻ってきたシルヴィアが、背中越しに客人へと問いかけた。

 まず入ってきたのは、一言で言えば巨漢だった。只人の体躯とは比較にならない体は鱗に包まれ、臀部から伸びる極太の尾が揺れている。

 身に纏う戦衣装はそのままで、けれど冒険には出ていないのか汚れやほつれはない。

 その巨漢──蜥蜴僧侶は「お気になさらず、すぐに出ますゆえ」と奇妙な手付きで合掌すると、庭で睨みあうジブリールと妖精弓手に目を向けた。

 

「野伏殿、拙僧らは玄関からと申したではないか」

 

「良いじゃない、早くこの子達の顔が見たかったのよ」

 

 苦言を呈された妖精弓手は開き直るようにアイリスを指差したが、「それが失礼なんじゃろうが」と更に言う人物が蜥蜴僧侶の影から身を乗り出した。

 大柄な蜥蜴僧侶とは対象的な、一部からは樽を揶揄される寸胴な体に短い手足。

 けれどそれを感じさせない佇まいは、やはり鉱人だからこそ出来るものだろう。

 彼は自慢の顎髭を扱きながら「邪魔しとるど」とジブリールに一言言ってから妖精弓手へと苦言を告げた。

 

「友達ん()とはいえ、最低限のマナーっちゅうもんがあるだろうが」

 

「むぅ、良いじゃない友達の家なんだし。あんたたちも多少は大目に見てよ」

 

 悪びれた様子もなく返す妖精弓手にため息を吐き、鉱人道士は諦めたようにため息を吐いた。

 

「ったく、これが森人の王族ちゅーから驚きじゃよ……」

 

「今さらですな」

 

「今さらだな」

 

 彼の言葉に間髪いれずに蜥蜴僧侶とジブリールが続き、家主たるジブリールもまた諦めたように息を吐いて肩を竦めた。

 

「まあ、せっかく来たんだ。茶でも飲んでいったらどうだ?」

 

 言外に「早く上がれ」と妖精弓手に告げ、言われた彼女は「おじゃましまーす!」と今さら告げてきょろきょろと辺りを見渡した。

 

「……あれ、長男は?」

 

「──よびましたぁ?」

 

 妖精弓手の囁きにも等しい呟きに、ひょこりと家の影から顔を出したウイルクが答えた。

 僅かに顔に汚れがついているから、何か物を倒しでもしたのだろう。

 ジブリールは苦笑混じりに「こっち来い」と手招きし、小走りで駆け寄ってきた彼の頬の汚れを拭ってやる。

 

「おし、これで良い」

 

「ん……」

 

 頬をぐりぐりとされながらウイルクは声を漏らすと、ぐっと拳を握って「てつだってくる」と台所に立つシルヴィアの元へと駆けていった。

 

「相変わらず、あのがきんちょは元気だの」

 

「あいつに似たんだろ」

 

 鉱人道士が微笑ましそうに笑いながら言うと、ジブリールは台所を見つめながら目を細めた。

 自分に似ていたら、もう少し無愛想になっていた事だろう。

 彼の言葉を聞いていた蜥蜴僧侶は「それはどうですかな」とぎょろりと目玉を回した。

 

「拙僧から見れば、あの子は斥候殿にも似たように思えまする」

 

「そうか?」

 

 彼の言葉にジブリールは首を傾げ、改めて台所の二人へと目を向けた。

 銀色の髪を尾のように揺らしながらお茶を用意するシルヴィアと、それを避けながら箱を用意し、それを足場に棚からカップを取り出していた。

 二人ともいつもとおりに動いているようにしか見えず、ジブリールは「似ているか?」と改めて問うと、蜥蜴僧侶はしゅるりと鼻先を舐めた。

 

「母に似て愛想よく、父に似て家族を想うておりまする。拙僧らの故郷とはまた違う形ですな」

 

「蜥蜴人は幼い頃から鍛えるんだろ?」

 

「然り。自らよりも強くなって貰うことが、親の願いでありますからな」

 

 どこか懐かしむように目を細め──蜥蜴人とてそのような表情をするのだ──ながら、彼はそう呟いた。

 ジブリールも幼い頃から鍛えられはしたが、それは自分から無理を言ったからだ。

 子供たちを鍛えるのかと問われれば首を傾げるし、何よりシルヴィアが望まない可能性もある。

 まあ彼女の場合。自らの体術を子供に教え、型を継がせる可能性はあるが、そこにジブリールとの共同で盛り込んだ殺人拳を含めることはない筈だ。

「文化の違いだな」と肩を竦めると、「種族が同じでもすむ場所一つで違いますからな」と蜥蜴僧侶は同調した。

「武人二人が何か言うとるわい」と隣の鉱人道士がため息を漏らす──気を遣ってか、酒臭さはない──と、「お待たせ~」と台所からお盆に人数分のカップを乗せたシルヴィアが戻ってきた。

 

「苦いと思うけど、体には良いんだよ」

 

 そう告げながら卓にカップを並べ、「さあどうぞ」と清々しいまでの笑顔を浮かべた。

 真っ先に手を伸ばしたジブリールは一口でそれをあおると、「あ゛ぁ~」と汚い声を漏らした。

「染みるなぁ」と眉を寄せて険しい表情になりながら、カップを片手に若干躊躇う鉱人道士と、「では拙僧も」と恐れる事なくあおった蜥蜴僧侶へと目を向ける。

 飲み干した蜥蜴僧侶は目玉を回し、尾をぶんぶんと──けれど家に傷をつけないように──振り回すと「染みますなぁ」とホッと息を吐いた。

 二人が飲んだのだからと鉱人道士も覚悟を決め、茶を一息で飲み干した。

 

「っかぁ~。こりゃ苦い……!」

 

 目を見開きながら味を評し、そっとカップを卓の上に。

「どこの茶じゃい」と口に残る苦味と戦いながら問うと、シルヴィアは妖精弓手を見つめながら「森人さんから教えてもらったの」と苦笑を漏らす。

 ジブリールもまた苦笑を漏らし、「あいつじゃあないぞ」と一言付け加える。

 

「あいつが、故郷に俺たちの結婚が決まった事を手紙で書いたそうなんだが……」

 

「そしたら体に良いお茶の入れ方と、それに使う葉っぱが送られてくるようになったんだよね……」

 

 これもその一つと、自分もまた茶をあおり「にがっ!」とぎゅっと目を瞑りながら声を漏らした。

 

「お陰で病気知らずだ」

 

「子供たちには蜂蜜とかを混ぜて飲ませるんだよ」

 

 ジブリールが腕を広げて肩を竦めながら言うと、シルヴィアが棚に置かれた小瓶を示しながらそう告げた。

「なら私はそれで」と妖精弓手が寝ているアイリスの頬をぷにぷにとつつきながら言うと、シルヴィアは「大人なんだから我慢しなさい」とそれこそ子供に言い聞かせるように言う。

 言われた妖精弓手が「えー」と声を漏らすと、それが合図となったのか、アイリスが「ん……」と声を漏らしてから体を起こした。

 寝ぼけ眼をぐりぐりと擦り、欠伸を噛み殺して周囲を見渡す。

 ジブリール、シルヴィア、ウイルク、蜥蜴僧侶、鉱人道士の姿を眺め、最後に妖精弓手へと視線を注いだ。

「あ~」と声を漏らして彼女へと両手を伸ばし、「ん~」と意味を持たない声を一つ。

 待ってましたと言わんばかりに妖精弓手はアイリスを抱き抱えると、「只人の成長ってあっという間ね~」とあっけらかんと呟いた。

 森人の男女は数百年単位で付き合い、子供が出来ればまた数百年単位で子育てするのだ。

 それこそ早くても十五年で独り立ちが許され、寿命もどんなに長くても百年程の只人とは、その一年の意味はだいぶ違う。

 ジブリールとシルヴィアにとっては激動の、ここ数年の子育ても、彼女からすれば瞬き一つする間に終わっているようなものなのだろう。

 そんな難しい事を露知らず、アイリスはまた唸りながら妖精弓手の薄い──むしろ真っ平らな──胸に顔を擦り付け、まだ眠いと言わんばかりの様子。

 だがそれでも彼女は顔を上げて、妖精弓手の顔を見上げながらにぱーっと笑みを浮かべた。

 その横顔を垣間見たジブリールは口から変な呻き声をあげるが、それが聞こえていなかったアイリスは寝ぼけた様子で言う。

 

「……にーちゃ(・・・・)、おはよぉ」

 

 その一言に妖精弓手は固まり、ジブリールとシルヴィアは思わず噴き出し、鉱人道士は腹を抱えて爆笑、蜥蜴僧侶は冥福を祈るように奇妙な手付きで合掌し、ウイルクは「ちがうだろー」とアイリスへと駆け寄った。

 

「──」

 

 そして無言で固まる妖精弓手からアイリスを奪い取り、「にーちゃはこっち」と刷り込むように呟いて抱き寄せた。

「んー」とアイリスは彼の胸に顔を擦り付け、「おはよー」と先程よりははっきりとした口調で挨拶を口にした。

 

幼子(おさなご)じゃ、お主の金床と兄の胸は同じに思えるだわな!」

 

 鉱人道士が心底愉快そうに笑いながら言うと、妖精弓手は何を思ってか一息で苦茶をあおり、苦味と屈辱に耐えるように体を震わせ、目に大粒の涙を浮かべながらアイリスを指差した。

 

「つ、次会うときにはお姉ちゃん呼びしてもらうから、覚えてなさいよ!」

 

「──?」

 

 言われたアイリスは兄に抱きついたまま首を傾げ、寝ぼけ眼で彼女を見つめ返す。

 言うだけ言った妖精弓手は「それじゃ!」と踵を返し、また庭の柵を飛び越えて何処かへと走り去っていった。

 

「……結局お前らは何をしに来たんだ?」

 

 ジブリールが湧き出た疑問を蜥蜴僧侶に問うと、「冒険前の挨拶でする」と笑うのみ。

 そして鱗に覆われた武骨な手でウイルクとアイリスの頭を撫でると、「では、これにて失礼」と玄関の方へと足を進めた。

 

「ほいじゃまあ、また来るからの」

 

 鉱人道士もまた子供たち二人の頭を撫でながら言うと、ジブリールは「いつでも来い」と頷き、ウイルクとアイリスも嬉しそうに頷いた、

 明日をも知れぬ冒険者。そんな彼らとの守れるかも知れない約束だが、していないで死にかけた時と、していて死にかけた時とではその後の行動も変わってくるだろう。

 約束があれば死ぬ気で守ろうと意気込むし、何より子供たちとの約束を守れずして何が銀等級冒険者か。

 鉱人道士は「またの」と手をひらひらと振りながら居間を後にし、見送りがてらジブリールとウイルクが後ろに続く。

 玄関前で待っていた蜥蜴僧侶と一二言言葉を交わしてから彼らを見送り、一応家の周りを見渡してから玄関を閉め、鍵をかける。

 朝からばたばたとしたが、これでようやくいつもの休日だ。

 ジブリールはホッと息を吐くと、息子を連れて居間へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 ──今日は厄日なのか?

 

 ふと、目の前の惨状を見たジブリールは首を傾げた。

 

「ほれほれ、善にして秩序たる騎士の私が遊びに来たぞ!」

 

「だぁもう、ガキどもが怖がってるじゃねぇか!」

 

「頬っぺたぷにぷにだな!」

 

「いつまでも子供なんだから……」

 

「そのうずうずと動いている手はなんです?」

 

 女騎士が子供たち二人を前に薄い胸を張り、突然の彼女の登場に驚いた子供たちを庇うように重戦士が立ちはだかり、その隙に青年斥候──彼とて成長したのだ──がアイリスの頬をつつき、圃人巫術師が呆れ顔で苦言を漏らすが、半森人剣士は行き場を失った彼女の右手に目を向けながら目を細めた。

 

「冗談抜きに(にげ)ぇなこれ……」

 

「そう、かし……ら?」

 

 大人しく卓に置かれた苦茶をあおり、表情を歪めているのは槍使いで、その隣に腰かける魔女は同じものを飲んでいるのに眉一つ動きはしない。

 

「──で、何をしに来た」

 

 流石のジブリールとて少々不満げな表情を浮かべ、突然の来客たちに問いかけた。

 そう問うたら一様に「別に何も」と返ってくるのだから、彼の機嫌は更に悪くなるばかりだ。

 流石にそれは失礼かと、重戦士は顔面の左半分を覆う、五年も前の戦いで残された火傷の痕──尤もそこまで酷くはないが──を掻き、()()()()右目を細めながら告げた。

 

「ただの験担ぎだよ。験担ぎ」

 

「……家に祭壇はないぞ」

 

 彼の言葉にジブリールも目を細めると、槍使いが「そうじゃねぇよ」と肩を竦め、女騎士に構われているウイルクとアイリスに目を向けた。

 

「この街を拠点にしてた銀等級冒険者二人の子供だぜ?多少何かご利益があると思っても、なぁ?」

 

「なぁ?じゃあない。誰だそんな事を言い出したのは」

 

「知らね」

 

 重ねられた質問に槍使いは首を傾げ、魔女に「知ってるか?」と問うたが、彼女もゆるりと首を振るのみだ。

 ジブリールは深いため息を吐くと、朝に訪ねてきた三人もそれかと気付く。

 

「やーっ!」

 

 それとほぼ同時。女騎士に玩具にされていたアイリスがその腕から逃げ出し、シルヴィアの足にしがみついて影へと体を隠した。

 ぼさぼさになった髪をそのままに、警戒するように女騎士を睨みながら「うー!」と犬のように唸っている。

 

「むぅ、嫌われたか」

 

「そういう問題かね」

 

 唇を尖らせる女騎士の肩を叩きながら、重戦士は重いため息を吐いた。

 験担ぎに来たのに嫌われるとは何事か。

 

「こっちは大人しいよな」

 

「大人しいと言うよりは、むしろ喜んでいるのでは?」

 

 青年斥候に抱えられ、半森人剣士に頭を撫でられたウイルクは、確かに満更でもない表情。

 

「皆がこの子達に会いに来たのはわかったけど、これから冒険なの?」

 

 女騎士を警戒するアイリスを抱き上げながら、シルヴィアは友人たちに問うた。

 その友人たちから「勿論」と一斉に返されれば「なるほどね」と頷く他にない。

 ジブリールとシルヴィアは一線を退き、その等級を銀で最高にしたのに対し、彼らは更に上を目指して精進を重ねている。

 まあジブリールに関しては、その立場からして金等級と言っても信じるだろうし、その強さは白金等級と言っても過言はない。

 シルヴィアも最低限の自衛手段として体術のみは鍛えているが、やはり全盛期は冒険者時代だろう。

 

「とにかく、気を付けてね」

 

 シルヴィアの笑いながらの言葉に「おうよ」だの「任せとけ」だのと返し、槍使いと重戦士はそれぞれの一党に「行くぞ」と指示を出す。

 圃人巫術師と青年斥候、半森人剣士の三人はすぐに応じたが、その前にと、アイリスをジブリールに預けたシルヴィアが魔女と女騎士を捕まえて部屋の片隅へ。

 その表情は母親としての慈愛に満ちたものから、同年代の友人たちに向けたものへと変わる。

 彼女はにやにやと笑いながら、二人の耳元で囁くように問いかける。

 

「それで?二人はあの後どうなのよ」

 

「──訊くなっ!」

 

 問われた二人の内、真っ先に答えたのは女騎士だ。

 彼女はキッとシルヴィアを睨みながら鋭く切り返す。

 やはりと言うべきか、無念というべきか、彼女はいまだに進展していないのだろう。

 シルヴィアは「ふーん」と興味なさそうに頷くと、「そっちは?」と魔女へと目を向けた。

 

「──」

 

 問われた魔女は照れたように顔を耳まで真っ赤にすると、三角帽子で顔を隠しながら何も言わずにそっぽを向く。

 いつもの彼女なら何かしら言ってきたり、煙管を吹かして誤魔化したりするのだが、今回は違う。

 あの魔女が、言葉もなく照れているのだ。

 

「……え?」

 

 思わず声を漏らしたのは女騎士だ。一瞬で顔から血の気が失せ、瞳から輝きが消える。

 対するシルヴィアは目を輝かせ、「言ったの?」と更に掘り下げた。

 魔女は変わらず無言を貫きはしたものの、こくりと一度頷いた。

 

「「………」」

 

 しばしの静寂。そしてそれを破ったのは──。

 

「こ、この裏切り者ぉぉぉぉおおおおおおっ!!!」

 

 女騎士の咆哮だった。

 彼女は叫びながら走りだし「どうした!?」と驚いた重戦士の首を脇で捕まえ「さっさと行くぞ!」と彼の巨体を引きずるようにして居間を──そのまま家を後にした。

 取り残された圃人巫術師、青年斥候、半森人剣士は「お邪魔しました」と丁寧に一礼してから二人を追って走り出す。

 

「あいつら、いきなりどうしたんだ?」

 

「どうしたんだろねー?」

 

 彼らを見送ったジブリールとアイリスは顔を見合せ、お互いに首を傾げた。

 槍使いがシルヴィアに「もう良いか?」と問うと、彼女は「急にごめんね」と謝ってから魔女を解放した。

 解放された魔女は小走りに槍使いの脇につくと、彼はジブリールに向けて得意気な笑み。

 

「そんじゃ、行ってくるぜ」

 

「ああ。お前なら大丈夫だろうが、気を付けろよ」

 

「おうよ」

 

 元好敵手(ライバル)からの言葉に頷き、槍使いは「またな!」とウイルクとアイリスに向けて手を振ってからその場を後に。

 一人残った魔女は口許に照れたような微笑を浮かべながら、かつてと同じだがだいぶ意味が変わった言葉を口にする。

 

「それ、じゃあ……。冒険(デート)、行って、くる、わ……」

 

「気を付けてね」

 

「……無事でな」

 

 にこにこと微笑ましいものを見たように笑うシルヴィアと、何かを察して表情を和らげたジブリールは軽く手を振りながら応じた。

 彼女は「また、ね」とウイルクとアイリスに笑みを向けると踵を返し、小走りで槍使いの後を追いかける。

 あの戦いから五年だ。何も変わったのは自分だけではなく、彼らとて変わり始めたのだ。

 だが、最も変わったのはあの男。ジブリールが思う一番の友人──親友とも呼べる、あの「何か変なの」だろう。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。

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