SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory06 変わった友

 辺境の街、ジブリールの自宅。

 時間帯としては昼過ぎ。先日の冒険者連続訪問とは打って変わり、何とも平穏な一日が過ぎようとしていた。

 洗濯物を仕舞い、庭できゃいきゃいと走り回るアイリスと、彼女を追いかけるウイルク、二人を見守るジブリールと、いつもの休日の光景を尻目に、シルヴィアは台所の棚を漁っていた。

 

「今日の夜は──」

 

 理由は単純。夕食の献立を考える為だ。

 いつもなら子供たちに何を食べたいかを訊く──ジブリールは「お前の手料理なら何でも良いぞ」と返しをしてくるからだ──のだが、その子供たちは庭で遊んでいる。

 ならばたまには作りたいものを作っても良いではないかと、開き直ったのだが。

 

「──あれ?」

 

 棚を眺めながら、シルヴィアは首を傾げた。

 これでは食材が足りない。シチューを作ろうと思っていたのだが、このままでは文字通り何も入っていないシチューになってしまう。

 

「どうかしたのか」

 

 腕に鷲を乗せたジブリールが、背中越しに問いかけた。

 家でしか見せない平服姿だが、鷲の爪を警戒してか袖を肘の辺りまで捲っている。

 本来なら籠手を着けるのだろうが、彼の場合はいらないのだろう。現に彼の表情には苦痛を感じない。

 愛する夫の声は、珍しい事にシルヴィアに届いていなかったのか、彼女は顎に手をやって何やら思慮している様子。

 ジブリールは僅かに目を細め「わしさーん!」とぱたぱたと駆け寄ってきたアイリスと、彼女を追ってきたウイルクにそれぞれ鷲と餌を託し、台所でうんうんと唸っているシルヴィアの背中に抱きついた。

「ふぁい!?」と変な声を漏らして振り向いたシルヴィアの唇に、ジブリールは触れる程度の口付けをすると、改めて「どうかしたのか」と問いかけて強めに抱き締めた。

 服越しに感じる彼の体温と、先程の口付けで上がった心臓の鼓動を感じながら、それが彼にまで聞こえているのではないかと思うと僅かな羞恥心が芽生える。

 見られていないとはいえ、子供たちの前でキスしたことは、別に恥ずかしくはないのだろうか。

 そんな疑問はさておき、シルヴィアは「えっと、ね……」と少々歯切れ悪く言葉を紡ぎながら目を泳がせた。

 その隙にジブリールは彼女の頭に顔を押し付け、すんすんと鼻を引くつかせた。

 一切の無駄なく流れ込む彼女のほのかに甘い匂いを堪能し、日頃の疲れを癒しながら言葉の続きを待つ。

 シルヴィアは頭皮に感じるくすぐったさに身動ぎしつつ、覚悟を決めたのか「よし!」と気合いを入れる。

 そして抱きつかれたまま体を回し、ジブリールと向き合う形となると、「あの子達呼んできて」と指示を出した。

 

「何かあったのか?」

 

 突然の指示にジブリールが首を傾げると、シルヴィアは得意気な笑みを浮かべながら言う。

 

「これから、買い物に行きます!」

 

「単純に買い忘れに気付いただけか」

 

 ジブリールはそんな彼女をじとりと半目になりながら睨むが、すぐに苦笑を漏らして「なら準備する」と頷いた。

 名残惜しそうに彼女から離れると、子供たち二人を召集する。

 

「ウィル、リース、ちょっと来い」

 

「ん」

 

「はーい」

 

 鷲を構っていた二人が頷くと、鷲は別れを告げるように一鳴きしてから飛び上がった。

 そんな鷲を見送った二人はとたとたとジブリールの足元まで駆けていくと、ウィルスが「どうかしたの」と父を見上げながら問うた。

 問われたジブリールは「ああ」と頷くとしゃがみこみ、子供たちと視線を近づけると、乱暴に二人の頭を撫で回す。

 

「これから買い物に行くから、着替えておいで」

 

「っ!はーい!」

 

 真っ先に反応したのはアイリスだ。

 心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、足早と自分の部屋へと駆けていった。

「ああ、ちょっと!」とその背を慌てて追いかけたのはシルヴィアだ。はしゃぐのは良いがアイリスが服を探すとなると部屋が大変な事になる。

 

「お前も行ってこい」

 

「ん。とーさんもいそいでね」

 

 ウイルクは撫でられた事が余程嬉しいのか、にやけた顔でそう言うと、とたとたとどこか上機嫌な足取りで部屋へ向けて走り出した。

 その背を見送ったジブリールは立ち上がり、自室へ向けてゆったりとした足取りで進み始める。

 子供たちの着替え云々でシルヴィアは遅れるだろう。どちらにせよ自分の着替えはすぐに終わる。

 扉を潜って自室へと入り、クローゼットからぶんどるように衣装を取り出す。

 平服を脱ぎ、交換で白いフード付きのシャツを着るとその上から黒い外套(コート)を羽織る。

 マントのように伸びる膝下までを隠す長い裾は折り返され、どことなくアサシンの象徴(シンボル)のようにも見えるが、それはおそらく意図したものだろう。

 深い意味もなく裾を靡かせると作業台の上に置かれたアサシンブレードを回収、それを手首に仕込んで抜納刀を動作を確認。

 子供たちに手を引かれて暴発しないように後付けした安全装置(セーフティ)を確認し、最後に壁にかけられた魔剣を降ろし、鞘に付けられたベルトを腰帯に通して固定。

 鞘が歩行などの邪魔をならないかを何度か部屋を往復して確かめると、「よし……」と呟いて拳を握った。

 たかが買い物だが、いかんせん何が起こるのかはわからない。いきなり暴漢に襲われる何て事も──まずないだろうが有り得る事だ。

 

「はぁ、お待たせ……」

 

 微妙に疲弊した様子のシルヴィアは部屋に入ると、さっさと着替える為かクローゼットに足を進め、適当に見繕った服を引っ張り出す。

 結婚して女性らしさが増したと言われてはいるが、彼女の私服は割りと動きやすさを重視したものが多い。周りからはその美貌も相まって男装の麗人とまで呼ばれる程だ。

 当の彼女は「ふんふんふ~ん♪」と鼻歌混じりに服を脱ぎ、あっという間に下着姿になっているが。

 

「──」

 

 ジブリールはあまりに無防備な彼女の姿に目を細めるが、その美しい肢体から目を離す事はない。

 顔もさることながら、冒険者を辞め、出産を経験してなお磨きがかかった体は、五年前に比べれば柔らかくなったが、それは彼女の更なる魅力と言わざるを得ない。

 顔から視線を下げれば、子供が出来た為か、下着越しでありながら存在感を放つ豊満な胸が揺れ、下着なしでも垂れ下がる事はない。

 更に視線を下げて胸とは対照的に括れた腰を流し見しつつ、臀部へと目を向ける。

 肉感的なそれは所謂(いわゆる)安産型で、それは二人の子供を大きな問題もなく産んだ事実が証明している。

 そこから伸びる両足はかつてのように筋肉質ではなくなったが、今の生活では事足りる。触れれば柔らかく、膝の上にはよく子供たちが乗るほどだ。

 ジブリールとて、無性に甘えたくなる時だってある。

 言ってしまえばその過程で何度も彼女の裸体は拝んではいるが、(それ)(それ)下着姿(これ)下着姿(これ)と、ひたすらに彼女の姿を見つめ続けた。

 

「……ねぇ?」

 

「なんだ」

 

 彼の視線に気付いたシルヴィアは、今さらになって恥じるように赤面すると、両腕で体を隠すようにしながら身をくねらせるが、ジブリールは彼女の表情や挙動さえも眼福だと言わんばかりに凝視。

 

「……み、見すぎだよ!」

 

 ついに堪らなくなったシルヴィアが声を出したが、ジブリールは「良いじゃないか」と肩を竦めるのみだ。

「もう……」と赤面しながらも諦めたシルヴィアはため息を吐き、手早く着替えを始めた。

 白いシャツに袖を通して胸元に感じる窮屈感に眉を寄せつつ、ズボンを履いてロングブーツに足を突っ込む。

 若干感じたの気持ち悪さを解消すべく爪先でとんとんと床を叩き、ある程度しっくりきたら「大丈夫そう」と頷いた。

 直後に何かを思い付いたようにハッと顔を上げると、シャツの上から黒い外套を羽織り、ジブリールに向けて「お揃いだね!」と満面の笑み。

 外套が黒い為か銀色の髪がより美しく、白いシャツに包まれた胸の辺りに関しては、隠されているようで強調されているような気さえもする。

 

 ──まあ、綺麗だから良いか……。

 

 ジブリールは小さく微笑むと、足音をたてる事なく彼女に接近し、そっと彼女の体を抱き寄せた。

 胸の辺りに当たる柔らかさと共に彼女を鼓動を感じていると、シルヴィアは「どうしたの?」と問いかけたが、ジブリールは無言で抱くのみ。

 彼からしても無意識にやってしまった事だ。言ってしまえば理由はなく、意味もない。

 

「ただ、抱き締めたくなった」

 

 彼女の耳元で、彼女にだけ聞こえるように消え入りそうな声で囁くと、「そっか」と短く返される。

 けれど彼にはそれだけで十分だった。返答こと短かったものの、彼女がぎゅっと強く抱き締めてくれたのだからそれで満足だ。

 二人が無言で抱き合う事、およそ数分。

 離れるに離れられず、かと言って「離れて」と言うには余りにも時間が経ちすぎた。

 そもそもお互いに離れる気がないというのが本音な為、一度こうなってしまうと本当に離れられない。

 

 ──第三者の介入がなければ、だが。

 

 ばん!と勢いよく扉が開かれたかと思うと、外出用の服──丈夫で、汚れが落としやすいものだ──に着替えたアイリスが飛び込んできたのだ。

 彼女はまっすぐ両親の元まで駆けていくと、父の脇腹に頭から突っ込んだ。

「う゛っ」とジブリールの口から苦悶の声が漏れたが、アイリスはそんな事構わずにぐりぐりと顔を擦り付けながら言う。

 

「かーしゃばっかりずるい!リースも!」

 

「わかった、わかったから一回離れてくれ……」

 

「んー!」と抗議の声をあげながら脇腹に貼り付くアイリスを、どうにかして抱かんとするジブリールを他所に、シルヴィアと着替えを済ませたウイルクが合流を果たす。

 

「準備できた?」

 

「ん。だいじょうぶ」

 

 シルヴィアの確認にウイルクは即答すると、ようやくアイリスを抱き上げたジブリールが「よし……!」とどこか達成感さえも感じる声を漏らした。

 

「それじゃあ、行くか」

 

「おー!」

 

 彼の言葉にアイリスが楽しそうに笑いながら応じ、残りの二人も笑みをこぼしながら頷いた。

 向かうは市場。この街の中心部にして、様々な人が集う場所だ。

 

 

 

 

 

 ジブリールの自宅から歩いて十数分。市場には家族と駄弁りながら歩いていればすぐにたどり着く。

 かつてデートと称して歩き回った街並みを、今度は二人きりでなく家族四人で眺めながら、時には立ち止まり、時には寄り道、回り道をしながら、ゆっくりと進む。

 お陰で倍近い時間がかかったが、それもまた一興と気にする者は誰もいない。

 昼過ぎとはいえ人で溢れ変える──とはいかないまでも、多くの人が行き交うその場所に、ジブリールらはようやくたどり着いた。

 僅かに時間は遅いものの、小腹が空いた観光客や旅人を狙ってか出店はいまだに営業しているようで、様々な匂いが鼻へとたどり着き、僅かに空腹が刺激される。

 

「にゃ~」

 

 涎を垂らしてどこかに行こうとするアイリスをウイルクは「どこいくの!?」と自らの方へと引き寄せた。

 そのままアイリスの体をぎゅっと抱き締めながら、「まいごになっちゃうよ」とお兄ちゃん風を吹かせて説教口調。

 当の妹は「へーき!」と歯を見せながら笑うのだが、その自信はどこから来ているのか。

 そもそもそれは『迷子にならない大丈夫』なのか、『迷子になっても見つけてくれるから大丈夫』なのかという話になるのだが、その答えを知るのはアイリスのみだ。

 だが、後者なのは十中八九間違いない。事実父親たるジブリールのタカの眼と鷲との視界共有を駆使すれば、迷子の一人や二人──二人の場合は流石に辛いが──すぐに見つけられる。

 僅かに目を細めていつでも使えるように身構えるジブリールだが、隣のシルヴィアは相変わらずな愛娘と愛息子の姿に苦笑を漏らし、その姿にどこか懐かしむように目を細めた。

 昔はどこかに行こうとした自分を、彼に引き止められていた。

 不意にジブリールも似たような事を思ったのか、シルヴィアに顔を寄せて「お前もはぐれるなよ」と耳元で囁く。

 本来なら子供扱いしないでと怒る所なのだろうが、彼女は口許を指で隠してくすくすと鈴を転がしたような笑い声を漏らした。

 

「大丈夫、今さら迷子にならないよ」

 

「本当だと良いが」

 

 シルヴィアが豊かな胸を張りながら得意気な顔を浮かべると、ジブリールは苦笑混じりに肩を竦めた。

 自分が店の奥に入っているたかが数十秒で、子供に引っ張られるがままどこかに行ったのは、果たしてどこの誰だっただろうか。

 

「まあいい。で、目的の物は」

 

「そう言われると物騒だけど、シチューの材料が足りなかったんだよね」

 

 ジブリールの問いにシルヴィアが困ったように眉を寄せながら言うと、ウイルクに抱き締められているアイリスが目を輝かせた。

 

「しちゅー!」

 ー!」

 

「そう、今日の夜はシチューにします。たぶん明日の朝も……」

 

 得意気な顔を浮かべてはいたものの、途中から目を逸らしながら言うと、ジブリールは「お前の手料理なら、何度でもいけるぞ」と何故かどや顔。

「リースも!」とアイリスが続けば、さらにウイルクが「ぼくも!」と手を挙げた。

 家族三人に揃って言われたシルヴィアは嬉しそうに、けれど街中の為どこか恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

 彼女の笑みに家族三人は顔を見合せながら笑みを浮かべ、ジブリールが「さっさと行くか」と話を切り出す。

「そうだね」と表情を引き締めたシルヴィアが頷くと、「はい、リース」とアイリスの前に手を差し出す。

 母の気遣いにアイリスはきゃっきゃっと嬉しそうに笑うと、ウイルクの拘束から抜け出して彼女の手に飛び付いた。

 彼女に弾かれる形で体勢を崩したウイルクをジブリールが支え、しっかりと立たせると「ほれ」と手を差し出した。

「ん」と頷いたウイルクは嬉しさを滲ませながら彼の手を取り、小さな手でぎゅっと握りしめる。

 息子の手の小ささも、きっと数年もすれば味わえなくなるだろう。

 それを知るジブリールは彼の手を握り返し、「行くぞ」とシルヴィアとアイリスの方を示した。

 二人は既に出店や別に用もない店の軒先を眺めながら通りを進んでおり、下手をすれば見失ってしまいそうだ。

 

「置いていかれそうだな……」

 

 変なところで情け容赦ないのは、冒険者時代から変わりはしない。

 まあ、ジブリールなら必ず追い付いてくるという信頼もあるだろうが、だからと言って置いていくだろうか。

 アイリスに引かれるがままなら、前例があるので仕方がないが。

「とーさん、はやくはやく!」とウイルクに急かされるがまま、ジブリールは小走り気味に二人の背中を追いかける。

 都程ではないにしろ、人通りは五年前に比べればだいぶ増えた。タカの眼があるとはいえ、一度見失っては面倒だ。

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった……」

 

「何でだろうね……?」

 

 街の中心広場。恋人時代から世話になっているその場所に、ジブリールとシルヴィアはいた。

 だが肝心の子供たちがいない。文字通りはぐれたのだ。

 ジブリールは重々しいため息を吐きながら頭を抱え、「俺が目を離したばっかりに」とシルヴィアに謝ると、「目を離したのは私だよ……」と彼女もまた同じような反応。

 買い物を済ませたまではいい。その買い物籠はシルヴィアの手に握られており、被せられた布の隙間からは色とりどりな野菜が顔を覗かせていた。

 だがその話は後だ。今は子供たちを見つけなければならない。

 ジブリールは一度深呼吸を挟んで思考を落ち着かせると、ゆっくりと瞑目して意識を集中──タカの眼を発動。

 天を舞う鷲と波長を合わせ(シンクロ)、目を開くと同時に視界が街を俯瞰するものへと変わった。

 暗くなった視界に街の輪郭(ワイヤフレーム)が浮かび上がり、そこに青い人影や黒い人影、白い物体が次々と表示される。

 

 ──さあ、どこに行った。

 

 空中の一点で滞空しながら市場を中心に注視を繰り返し、二人が残した痕跡を、過去の二人を見せる幻影を、二人に関わる全てを拾い上げ、どちらに行ったのかを導き出す。

 それを数度繰り返せば、二人の所在はすぐに知れる。

 鷲の視線の先に小さな金色の影が二つ映りこんだのは、二分と経たない頃だ。

 

「──いたぞ」

 

 ジブリールは目を開きながら言うと、シルヴィアは「なら急がないと!」と意気込むが、言われた彼は「いや、大丈夫そうだ」と笑みを浮かべた。

 確かに金色の人影は見つけたが、それと同時に二つの青い影も見つけたのだ。

 

「どうやら、我らが友人が捕まえてくれたようだぞ」

 

「……?」

 

 ジブリールの突然の物言いにシルヴィアは首を傾げた。

 友人と言われてもその候補はあまりにも多いが、その大半は冒険者だ。

 朝一から冒険に繰り出す事が多い彼らの中で、昼過ぎでも街にいるのは果たして何人いるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 言ってしまえば、それは所謂不運(ファンブル)の積み重ねの結果に過ぎない。

 不意に両親が手を離した事も、その隙にアイリスが出店の匂いに釣られた事も、アイリスを追いかけてウイルクがその場を離れた事も、どうにか捕まえた頃には両親を見失い、戻ろうとした矢先に人の波に流された事も。

 お陰で完全にはぐれたという結果は、小さな不幸が積み重なったからに過ぎない。

 だが、過去を憎んでも仕方がない。父からもよく言われるではないか。

 ようやく人通りが落ち着き、父の教えを思い出して強烈な不安も落ち着いた頃、道端のベンチに二人は腰かけていた。

 ウイルクは重々しいため息を吐き、隣で足をぷらぷらさせているアイリスの頭を撫でてまたため息を吐いた。

 自由な妹に振り回されるのは今さらだし、父からはいざという時に母と妹を頼むとも言われている。

 その『いざという時』というのはよく分からないが、だが何かしらの問題が起きればどうにかしようとは思ってはいる。

 思ってはいるのだが──、

 

「どうしよ……」

 

 どうすれば良いのかがまったくわからない。

 父ならすぐに見つけてくれると信じてはいるが、流石にこちらがはぐれた事に気付くのに時間がかかる場合もある。

 ウイルクは俯きながら、再びため息を吐いた。

 父に頼ってばかりなのはいけないと思うが、如何せん自分一人ではどうしようもない状況だ。

 

「どうしよ……」

 

 僅かに声を上擦らせ、目に大粒の涙を溜めながら言葉を漏らした。

 幸いにも妹には聞こえていなかったのか、当の彼女は何故か楽しそうに空を流れる雲を眺めている。

 この状況に気付いていないのか、あるいは気にしていないのか、ともかく彼女はいつも通りだ。

 それが慰めではあるものの、状況が良くなるかと問われれば答えは否。彼女が笑っても今回ばかりはどうしようもならない。

 ぐりぐりと目を擦って溢れそうになる涙を拭い、俯いていても仕方がないと顔をあげた。

 その瞬間だ、涙で滲む視界に()が映りこんだのは。

 滲んでいてもはっきりと見える、父とは対照的な赤い瞳。

 滲んでいてもはっきりと見える、父とは似て非なる白っぽい髪。

 滲んでいてもはっきりと見える、父が持っている物とはまったく違う、腰から下がった中途半端な剣。

 ウイルクは再び溢れそうになった涙を嗚咽混じりに堪えながら、目の前に立つ()()姿()()青年へと目を向けた。

 青年は一瞬困ったような顔になると、小さく息を漏らす。

 

「あ、こんな所にいた。って、あれ?」

 

 その青年の背後、肩から顔を出す形で現れたのは、赤い髪をした、ウイルクの母と同じかそれ以上のものを持つ女性。

 隣のアイリスが彼女の登場に嬉しそうに笑うと、「ねーちゃ!」と声を出した。

 

「うん、お姉ちゃんだよ。それで、お父さんとお母さんはどうしたの?」

 

 彼女にお姉ちゃんと呼ばれた女性──かつてより大人びた雰囲気を纏う牛飼娘は中腰になってアイリスと視線を合わせながら問うと、彼女は「どっかいっちゃった!」と元気溌剌(はつらつ)に答えた。

 それを聞いていた赤い瞳の青年は腕を組み「迷子か」と五年前から変わらない、無慈悲なまでに淡々とした口調で告げた。

 アイリスは「ちがうの!」と抗議をした──彼女的には両親が迷子なのだ──が、ウイルクは消え入りそうな声で「まいごです……」と小さく挙手した。

 赤い瞳の青年は「むぅ」と小さく唸ると、何を思ってかウイルクの隣に腰を降ろした。

 そして不器用ながらに彼の頭を撫でてやり、口許に少々硬い笑みを浮かべた。

 

「お前の両親ならすぐに来るだろう。それまでだが、ここにいよう」

 

「そこは『一緒にいるから泣くな』でいいと思うなぁ」

 

 赤い瞳の青年の言葉に牛飼娘が苦笑混じりに返すと、彼は「むぅ……」と困ったように息を吐いた。

 ウイルクは目元に溜まりに溜まった涙を拭って意識を切り替えると、青年の方へと顔を向けた。

 

「ゴブしゅレさん、ぁがと……」

 

 彼としては真剣に言ったつもりでも、抑えきれない嗚咽混じりではろくに喋る事すらままならない。

 けれど彼の言葉を受けた赤い瞳の青年──ゴブリンスレイヤーと呼ばれる青年は「気にするな」と微笑混じりに返し、ウイルクの頭を撫でてやった。

 

 

 

 

 

「ありがとね、二人とも」

 

 それから数分程、ようやく二人の下にたどり着いたシルヴィアが、「にゃーっ!!!」と叫びながら全力で甘えてくるアイリスに応戦しながら礼を言った。

 全力といってもまだ二歳過ぎた程度の子供、思い切り頬擦りしてきたり、力一杯抱き締めてくる程度だ。その程度なら御しきれる。

 

「うんん、気にしないで」

 

 牛飼娘は顔の前で手を振りながら言うと、母親に甘えるアイリスの頬を指でつついた。

 つつかれたアイリスはくすぐったそうに笑うが、止めてとは言わない。むしろ構ってもらえて嬉しいのか、さらに笑みが強くなるばかりだ。

 その隣、和気藹々(あいあい)とする女性陣を他所に、ジブリールは手を掴んで離さない息子の姿に苦笑を漏らし、保護してくれていた友人と向き合っていた。

 

「すまない、休日なのに手間をかけた」

 

「この程度なら礼には及ばん」

 

 ゴブリンスレイヤーはそう言うと、ちらりと牛飼娘へと目を向けた。

 

「今こうしていられるのは、お前のお陰だ」

 

 彼はジブリールにのみ聞こえるように配慮したのか、耳を澄まさなければ聞き取れないほどの声でそう告げた。

 あの警戒心の塊だったゴブリンスレイヤーが鎧を脱ぎ、昼夜問わずゴブリンを追っていたあのゴブリンスレイヤーが昼から牛飼娘と街を散策しているのは、彼の言うとおりジブリールの行った事の影響が大きい。

 具体的に言うなれば、ゴブリンスレイヤー監修で殺しの手引き(スレイヤーズガイド)を制作したり、ゴブリン退治に新人のみで向かわないよう徹底的に指導したり、新人と共にゴブリン退治に行った玄人たちに若干の加点(ボーナス)が乗るように取り計らったりなどだ。

 他にもやったことはあるが、大きな成果を出したのはその三つ。

 お陰で言うべきかは知らないが、ゴブリン退治の成功確率も年を経るごとに良くなり、依頼の回転率も上がった。

 時にはゴブリンスレイヤーが依頼を取る前に、ゴブリン退治の依頼がなくなる日まで出来た程だ。

 流石に依頼そのものが完全になくなるとまではいかないが、依頼掲示板(クエストボード)から見る機会が減ったのは確かな事実。

 それはやがてゴブリンスレイヤーの在り方を──良い意味かはさておいて──変え、周りからの見方も「何か変なの」から「意外に凄かった奴」に、今では新人たちから「先生に並ぶ恩人」と呼ばれる程度になった。

 言われた本人は何とも居心地悪そうにしていたが、彼らが無事なら良しと割り切るのに時間はあまりいらなかった。

 問題は、彼の大きな収入源たるゴブリン退治が減った事だろう。

「ゴブリンはいない方がいい」と言っていた彼だが、如何せんその能力と装備はゴブリン狩りに特化したものだ。

 今さら装備を変えることも、また技術を鍛え直すことも、生真面目な彼なら気にしないだろうが、そんな手持ち無沙汰な彼を見逃すほど友人たちも甘くはなかった。

 銀等級冒険者たちが隙あらば冒険へと連れ出し、たまにはゴブリン退治をし、また冒険へと連れ出すというループを作り出す事に成功したのだ。

 ようやくゴブリンスレイヤーも『冒険者』と呼べるようになったのは、果たして何年前だったか。

 ウイルクが産まれ、アイリスがお腹の中にいた頃だというのは確かな筈だが……。

 ジブリールは無駄に飛躍し始めた思考を問答無用で切り捨て、ゴブリンスレイヤーに問うた。

 

「で、お前は何で街に?」

 

「面倒を頼まれた」

 

 彼の返答は相変わらずで、誰に、誰のという肝心な部分が抜けている。

 まあ人間とはそんなものだ。五年も経てば大きく変わるだろうが、根本的な部分はあまり変わりはしない。

 ジブリールは僅かに肩を竦めると、「牧場の人にか?」と確認。

 ゴブリンスレイヤーは「ああ」と頷くと、「あいつの事をな」と牛飼娘に一瞥くれた。

 見られた彼女はそれに気付く様子もなく、アイリスを抱っこしてご機嫌なようだ。

 牧場の人とは牛飼娘の伯父に当たる人物なのだが、ジブリールも時々訓練場の給食関連──生徒が増えた為、眠る狐亭だけでは手が足りないのだ──で会うことがある程度で、深い面識はない。

 だが、そろそろいい年であること、冷たい言い方だと肉体の衰えが顕著に出てくる年齢であることは確かだ。

 そんな人物に頼まれたというのは、単純に買い物に付き合うというだけなのか、あるいは今の自分とシルヴィア(夫婦)の関係なってくれという事なのか。

 

 ──俺が考えるべき事ではないか。

 

 そこまで思慮したジブリールは小さく息を吐き、意識を切り替えながらゴブリンスレイヤーに問うた。

 

「それで親友。前回の冒険はどうだった」

 

 問いかけながら笑みを浮かべ、相手の出方を見る。

 問われたゴブリンスレイヤーは僅かに考えると、フッと小さく笑みをこぼした。

 

「──楽しかった」

 

 親友の返答と、最近ようやく見せるようになった笑顔に満足したジブリールは「そうか」と頷いて「それは良かった」と言葉を続けた。

 

「ついでに良いか」

 

「なんだ」

 

 せっかく会えたのだからと、更に質問を投げようとするジブリール。

 ゴブリンスレイヤーは対して不満そうな反応もなく、むしろ聞いてこいと言わんばかりの姿勢だ。

 

「お前はこれからどうする」

 

 ジブリールからの問いは、それだけだった。

 それは一人の友人としての問いなのか、あるいは戦友としての問いなのか、同業者としての問いなのか。

 彼との付き合いがそれなりに──少なくともシルヴィアの次には長いだろう──あるつもりだが、ここぞという時に限って彼の本心が見えなくなる。

 だが、ゴブリンスレイヤーは真っ直ぐに彼の蒼い瞳を見据えながら告げる。

 

「俺は小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)だ」

 

「……」

 

 ジブリールは友人の返答に僅かに目を細めたが、彼が言葉を挟む間もなくゴブリンスレイヤーの口が動き出す。

 

「だが──」

 

 彼は一言そう言うと口を閉じ、いまだにアイリスと戯れている牛飼娘に目を向け、再びジブリールへと視線を戻した。

 口許には僅かな微笑を浮かべ、宣言するように言う。

 

「奴らを殺す以外に、やるべき事が、ある……」

 

 彼にしては珍しく、歯切れが悪い。

 だがそれを馬鹿にしたり、茶化したりする者は誰一人としていない。

 足元で聞いているウイルクとて、意味はわからないなりに真剣にゴブリンスレイヤーの言葉に耳を傾けている程だ。

 

「俺は──」

 

 一度深呼吸をしたゴブリンスレイヤーが何かを言おうとした瞬間、ジブリールが待ったをかけた。

 空いていた左手を突き出し、彼の言葉を手で制したのだ。

 そうした彼は「お前は不器用な奴だな」と苦笑を漏らし、ゴブリンスレイヤーの肩に手を置いた。

 

「それは俺に言っても仕方がないだろう。伝えるべき相手に伝えてから、他の連中に言い触らすのはそれからだ」

 

 年長者として、先人として、友人として、戦友として、そして一人の男としての助言。

 冒険には一切生かされる事のない、けれど決して忘れてはならない教えは、何度も教えられた。

 そういった意味でも、彼は先生と呼べる人物なのだろうが。

 

「そうか」

 

 ゴブリンスレイヤーはいつものように返した。

 それが彼への礼儀、彼への恩返しだからだ。

 

「そうだな」

 

 彼の言葉を噛み締め、一度だけ深く頷く。

 冒険者歴で言えば自分が上だが、年齢や実戦経験などのあらゆる面では彼が上だ。

 けれど、態度は改めない。ここで変えるのは彼にとっては失礼だ。

 

「目の前の事からやっていくしかないか」

 

「ああ、その通りだ」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉にジブリールが頷くと、ようやくアイリスを返還されたシルヴィアが彼の肩を叩いた。

 

「話、終わった?」

 

「ちょうど良く」

 

 シルヴィアの問いに、ジブリールは肩に置かれた彼女の手に自身の手を重ねながら頷き、ゴブリンスレイヤーと牛飼娘の二人にそれぞれ視線を配った。

 

「それじゃあ、今回はありがとう。子供たちが世話になった」

 

「もう、だから気にしないでって言ってるでしょ?」

 

「礼には及ばん」

 

 改めて礼を言った彼に、牛飼娘は困ったように笑い、ゴブリンスレイヤーはいつもの表情になりながら告げた。

 

「ほら、二人もお礼言って」

 

「んと、あっがとぉ!」

 

「ありがとーございました!」

 

 シルヴィアの号令でアイリスが元気よく、ウイルクは目元を赤く腫らしたまま礼を口にした。

 言われた二人は「気にしないで」「次は気を付けろ」とそれぞれ別の事を口にしながら、けれど微笑ましく笑いながら返した。

 

「じゃあ、また会おうね」

 

 シルヴィアがそう言うと、牛飼娘は「それじゃあね」、ゴブリンスレイヤーは「ではな」と返してから踵を返し、市場の方を目指して歩き出した。

 二人並んで連れ立って歩く姿はまるで──。

 そこまで思ったジブリールは首を振り、「まだ早いか」と苦笑した。

 彼の言葉にアイリスは首を傾げるが、ある程度意味を察したシルヴィアは嬉しそうな笑み。

 彼女の笑みに見惚れつつ、ジブリールは家族三人に告げた。

 

「さて、俺たちは帰るとするか」

 

「そうだね。だいぶ予定が狂っちゃったけど」

 

「ごめんなさい……」

 

「?ごめんなしゃい!」

 

 一家の大黒柱の言葉に、シルヴィアは陽の高さを確かめつつ、ウイルクはしゅんとしながら、アイリスはよく分からないなりに兄の真似をしながら返すと、我が家を目指して歩き出す。

 今度ははぐれないようにしっかりと手を繋ぎながら、わざと行きとは違う道を選び、また笑いながら家へと帰るのだ。

 愛する家族と共に住む、愛する我が家に──。

 

 

 

 

 




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期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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