SLAYER'S CREED   作:EGO

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『SLAYER'S CREED』最終話。言葉は不要、どうぞ。




Memory08 新たな信条

 辺境の街の片隅。囲いで仕切られ、最低限の雑草が処理され、辛うじて広場と言える場所に、幾人かの子供たちがいた。

 彼らはきゃっきゃっと騒ぎながら広場を縦横無尽に走り回り、鬼ごっこでもしているのか、銀髪の少女が、幼馴染みたる赤髪の少年と、巻き込まれた双子の兄たる黒髪の少年を追いかけている。

 

「や、やはり、痛いのか……?」

 

 そんな彼らをベンチに座りながら微笑ましく眺めていたシルヴィアに、隣に腰かけていた女騎士が問いかけた。

 もう鎧も着れぬほどに大きくなったお腹を優しく擦り、初めての出産への不安で、いつもの気迫が欠けている。

 冒険者の時は飛竜相手に躍りかかっていたというのに。

 

 ──けど、あの痛さは冒険の比じゃないよね……。

 

 そんな事をぼんやりと思ったシルヴィアは「痛いに決まってるでしょ」と、もはや残酷なまでに告げ、隣に座る牛飼娘へと「ねぇ?」と確認をとった。

 突然問われた彼女は一瞬狼狽えるものの、すぐに持ち直して「うん、痛いね」と友人を脅かすように、清々しい程に淡々と告げた。

 経験者二人からの言葉に女騎士は青ざめるが、シルヴィアの反対──彼女を挟むように座る魔女が「こわがらせ、ない、の」とかつてと変わらず気だるげな声音で注意を一つ。

 そしてゆらりと首を回し、鬼から隠れようと近くの茂みに身を潜ませる息子の方へと目を向けた。

 父親譲りの整った顔立ちに、同じく父親譲りの髪色は、茂みの緑に潜むには少々目立つのではなかろうか。

 

「みーつけたっ!」

 

 それ見たことか。鬼の少女に見つかるや否や、少年は慌てながらも走り出す。

 その流れが可笑しくて魔女は「ふふ」と小さく笑い、いつまでも鬼である末娘を見ていたシルヴィアは「捕まえられないなぁ」と苦笑を漏らした。

 別に足が遅いわけでも手を抜いているわけでもないのだろうけど──。

 

「子供のそれにしては熱戦だな」

 

 その内お腹の子がそこに加わるだろうに、女騎士は他人事のように彼らの鬼ごっこをそう評した。

 まあ、父親、あるいは両親が銀等級以上の冒険者なのだから、その血を継いだ子供たちが生半可な身体能力でないことは確かだろうが。

 広場全体を無駄なく使い、時には身を潜め(スニーク)、時には全力疾走(スプリント)、時には待ち伏せ(アンブッシュ)と、明らかに五歳にも満たない子供たちがやるものではない。

 年長者たる──もっとも数週間程度の差だが──牛飼娘の息子とて、まだ三歳になったばかり。

 それでも止まることなく走り続けるのは、やはり子供の特有の無限の持久力(スタミナ)によるものだろうか。

 

「元気なものだな」

 

 女騎士が期待を込めて大きくなったお腹を擦りながら言うと、牛飼娘は「元気すぎて困るぐらいだよ」と苦笑を漏らす。

 父親と共に牧場の手伝いをしてくれるのは良いが、それでも体力が有り余っているのかはしゃぐのだから、これには困ってしまう。

 彼女の言葉に通じるものがあったのか、魔女とシルヴィアもうんうんと頷いた。

 

「お互い、誰に、似たの、かし、ら……ね?」

 

 魔女はどこか喜色が孕んだ声でシルヴィアに問うと、問われた彼女は「誰だろうねー」と露骨に目を背けた。

 魔女の場合は父親に似たのだろうが、シルヴィアの場合は十中八九自分だ。父親に似たら長男のようにもっと落ち着いている筈。

 

 ──けど、これからか。

 

 この中で唯一、四人の子供を持つシルヴィアは、顎に手をやりながらそう結論付けた。

 子供とていつまでもこんな調子ではない。幼い頃は毎日のように甘えてきたのに、ある時を境に途端に甘えなくなってしまう。

 寂しいような、嬉しいような、何とも複雑な思いが胸を占めるが、子供たちとていつかは独り立ちするのだ。今のうちから馴れておかねば。

 

「つかまえた!」

 

「ぎゃーっ!!」

 

 鬼だった少女は何を思ってか逃げる少年の背中に頭から突っ込み、その勢いのままに押し倒す。

「「あ」」とそれぞれの母親の声が偶然にも重なるのと、突っ込まれた勢いのままに少年は転倒、少女も運命を共にする。

 一人分だった断末魔が二人に増え、舞い上がる砂煙の中に小さな体が消えていった。

 転んだ少年少女の母親たる牛飼娘とシルヴィアは顔を見合わせるのと、砂煙が晴れるのを合図に二人分の泣き声が聞こえ始めたのはほぼ同時。

「おかーさぁぁん!」と助けを求める声にハッとした二人が急いで駆け出そうとした瞬間、何者かが広場へと突入し、素早く泣きわめく二人の下へと滑り込んだ。

 銀色の髪をなびかせ、暴れまわる天秤剣の分銅を二人に当てないように注意を払い、サンダルで地面を擦りながら急停止。

 停止しながら両足を踏ん張り、天秤剣を両手で握りしめた。

 

「《天秤の君なる我が神よ、正しきことのため、立ち上がるための力をお与えください》」

 

 同時に囁くように詠唱すると、天秤剣から超自然の光が漏れだし、泣きわめく二人の体を包み込んだ。

 頬や膝についた擦り傷がたちまち塞がり、泣いていた二人は途端に泣き止むと、不思議そうに突如現れた少女の顔を見上げ、ぱぁと表情を明るくした。

 

「「ねーちゃ!」」

 

 二人は彼女をそう呼びながら同時に抱きつき、甘えるように頬擦りを繰り返す。

 抱きつかれた少女は二人に揉みくしゃにされながら、だらしなく頬を緩めて抱き寄せる。

 

「うん、お姉ちゃんだよ!久しぶりだね!」

 

 そう言いながらぐしゃぐしゃと二人の頭を撫で回しす少女──アイリスは、もはや奇声と言っていい何かを発しながら息を荒くした。

 

「リィスゥッ!」

 

 その隙に彼女に飛び付いたのは、母親たるシルヴィアだ。

 先程の再現のように頭から愛娘へと飛び込み、三人は纏めて──一人は牛飼娘の息子だが──抱きしめる。

 

「久しぶりだね、元気にしてた?」

 

「私は元気です!お母さんも、リリも、元気そうで何よりです!」

 

 アイリスは最愛の母に抱きしめられ、心の底から嬉しそうに笑いながら、リリの愛称で可愛がるジブリール家の末娘──リリウムの頭をさらに撫でる。

 途中で牛飼娘がどうにか息子を取り返し、交換で「ねーしゃ!」と笑うリリウムの双子の兄である黒髪の少年──ネロを隙間に捩じ込ませた。

 父親と長男が欠けてはいるけれど、久しぶりの一家終結だ。まあ、いない二人もすぐに揃うだろう。

 ひとしきり子供たちの温もりを堪能したシルヴィアは一旦子供たちから離れ、アイリスへと目を向けた。

 かつてあった無邪気さはだいぶ落ち着き、纏う衣装は至高神の神官が着るそれで、手に持つ天秤剣はまだ新品なのか傷一つない。

 

「それで、まさか逃げてきちゃったの?」

 

「逃げてないです!ちょっとお仕事を頼まれただけですから」

 

 シルヴィアの茶化しを多少狼狽えながらも受け流し、空っぽになった鞄を見せつけた。

 

「地母神の神殿に届け物があったんです。それを届けたら、街中でリリとネロの痕跡が見えてしまって……」

 

 瞳に蒼い輝きを灯しながらそう言うと、アイリスは僅かに苦笑を漏らした。

 やはりと言うべきか何なのか、いつの頃からかも不明瞭ながら、彼女もまたタカの眼を発現しているのだ。

 彼女はタカの眼を解除すると、ベンチに腰掛ける女騎士へと目を向けた。

 

「皆さんが探してましたよ?誰にも言わずに飛び出したんですか?」

 

「ぐぅ。私とて一日中部屋に籠りきりは辛いのだ!」

 

 アイリスの苦言を女騎士は逆ギレ同然の言葉で切り返すと、言われた彼女は「そう言うと思いまして」と不敵に笑い、「連れてきました」と広場の入り口を手で示した。

 示されるがまま入り口へと目を向けると、そこには二人の人物が仁王立っていた。

 一人はウイルクだ。年齢はついに二桁となり、その顔立ちは父親に似て整っている。

 彼は息を切らした様子はないが不機嫌そうに鼻を鳴らし、隣に立つ人物に見上げた。

 

「……お前は、ここで、何してやがる!」

 

 それを合図に怒号を飛ばしたのは、一言で言えば巨漢だった。

 ウイルクが見上げてようやく顔が見え、その腕は、片方だけでおそらく彼を持ち上げるには事足りる程の筋肉に包まれている。

「げっ」と声を出した女騎士で、先の怒号に怯えた子供たちはそれぞれの母親の下へと駆け寄った。

 我が子を抱き上げると共に、殺意にも似た何かを込めて睨まれた重戦士はばつが悪そうに頬を掻くが、今はそれどころじゃないと腰に手を当てながらため息を吐いた。

 

「お前な。その体はお前だけのもんじゃねぇんだぞ」

 

「わかってはいるがな、たまには外の空気が吸いたいんだよ」

 

「それならそうと言ってくれりゃ、俺が付き添うってのに」

 

「むぅ。おまえが横にいるとだな……」

 

「なんだ」

 

 重戦士からの怒涛の責めに身を縮こませた女騎士が、照れをからか赤面した顔を誤魔化すように、自慢の金髪を弄りながらぼそりと呟く。

 

「……どうにも落ち着けんのだ」

 

「……お、おう」

 

 突然彼女が見せた表情に当てられ、重戦士も思わず納得してしまう。

 足元のウイルクは「それで良いんですか」と言わんばかりに目を見開いているが、幸いと言うべきか重戦士には見えていない。

 そんなウイルクだがため息混じりに意識を切り替えると、ちらりとアイリスへと目を向けた。

 

「リース、いきなり『重戦士さん探してきて!』って言われても困るんだけど……」

 

「えー、いいじゃあないですか。兄さんの眼ならちょちょいのちょいでしょ?」

 

「まだ父さんみたいに使えないのに……」

 

 ウイルクは随分と頼ってくる妹の姿勢に苦笑を漏らすが、けれどその笑いにはどこか喜びの色が見え隠れしている。

 シルヴィアはリリウムとネロを構ってやりつつ、「お父さんは?」とウイルクに問いかけた。

 それに魔女も反応を示し、「遅い、わ、ね……」とどこか心配そうな面持ち。

 あれから時は経ち、ジブリールのみならず槍使い、重戦士もまた、後進たちの指導を中心に活動しているのだ。

 ゴブリンスレイヤーはどちらかと言うと牧場の手伝いの比率が多いが、それでも時々顔を出しはする。

 

「二人なら、まだ指導中。最近増えすぎだって嘆いてました」

 

 重戦士は目の前にいて、この時間のゴブリンスレイヤーは牧場の牛の面倒を見ている筈だから、指導をしているのはジブリールと槍使いの二人。

 その二人で最近妙に増えた新米たちの面倒を見ているとなると、残業するのも仕方があるまい。

 

「──冒険者になるなら西へ行け。どこの誰が言い始めたんだろうな」

 

 変わらずベンチに腰掛ける女騎士が言うと、女性陣は揃って首を傾げ、重戦士は「吟遊詩人か誰かだろうぜ」と適当な返事。

 その誰かさんのお陰で仕事は増えたが、その分収入も増えたのだから、恨み半分、感謝半分だ。

 

「どこの誰だろうが、とりあえず一発殴りたいがな」

 

 そんな事を思う重戦士の背後、彼とは対照的に恨み十割と言わんばかりの声が届いた。

 それを聞いたウイルクは弾かれるように振り向き、シルヴィアたちは嬉しそうに笑顔をこぼす。

 

「あ、お帰り~」

 

「ただいま。──は、家に帰ってからじゃあないか?」

 

 愛する妻からの言葉に彼──ジブリールは反射的に返した直後、苦笑混じりに問いかけた。

 まあ別に彼の帰る場所は家族のいる場所なのだから、それが家だろうが広場だろうが違いはない。

「「とーしゃ!」」と声を重ねながら走り出したリリウムとネロは、加速の勢いのままに父の胸へと飛び込んだ。

 飛び込んできた二人を受け止め、纏めて抱き寄せながらジブリールは問う。

 

「おー、リリ、ネロ。怪我してないか?」

 

「「だいじょーぶ!!」」

 

 父からの質問に二人はにこにこと笑いながら頷くと、心の底から楽しそうに笑い、父の胸に顔を埋めた。

 その結果だらしなく緩んだジブリールの横顔を尻目に、槍使いは魔女の下へと歩み寄る。

 

「おっす。俺たちの方も怪我してねぇか」

 

「大、丈夫、よ」

 

 息子の具合を確かめるように頬をつつきながら問うと、魔女は嬉しそうに笑みをこぼし、彼の手を優しく握りしめた。

 槍を握り続けた為か武骨に硬い手の感覚は、けれど安堵を覚えるには十分なもの。

 槍使いは遠慮がちに甘えてくる妻の手を握り返してやりながら、空いている手で我が子の髪を撫でた。

 声もなく気持ち良さそうに唸る我が子の姿に槍使いは柔らかな笑みを浮かべると、「ほんじゃ、帰るとしますか」と魔女へと告げた。

 時間としては昼だが、昼食を摂るには少々遅いとも言える時間だ。

 子供たちもようやくそれを自覚してか、一斉にお腹の虫が鳴く。

 それに堪らず誰かが笑えば、その笑いは他の子達にも伝播していき、いつしか一つの大きな笑いとなり、それは大人たちへと伝わっていく。

 それはジブリールとて例外ではなく、表情には一切の曇りがない優しさに溢れた笑顔。

 それは人々が太陽のようだと称する、輝くような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 広場から子供たちを連れて帰り、手早く水浴びを済ませたジブリールたちは、ようやく昼食を摂っていた。

 昨晩の余り物のシチューを全員分小皿に分け、市場で買ったお肉は火を通して卓の中央に。そこに人数分の黒パンを配れば準備は完了。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 シルヴィアの音頭を合図に「いただきます」の連呼が続き、それぞれの食べたいものに手が伸びる。

 やはりと言うべきか子供たちの手は大皿の肉へと伸びるが、末っ子二人は届かずに手をじたばた。

 見かねたウイルクとアイリスが二人の分も千切ってやり、湯気をたたせるそれに息を吹きかけ、ある程度冷めてから食べさせてやる。

 末っ子二人はまだ生え揃っていない歯で懸命に咀嚼して、飲み込むと同時にぱぁと輝く笑顔を浮かべた。

 ウイルクとアイリスは顔を見合わせて笑みをこぼしつつ、自分の分の料理にも手を出し始めた。

 途中で末っ子二人に手を掴まれて次を催促される事もあり、食の進みこそ悪いものの、味には満足しているのか表情は満足げなもの。

 子供たちの食事風景を眺めながら微笑を浮かべるジブリールは、スプーンで掬ったシチューを口に含んで頬を緩めた。

 濃すぎず、薄すぎず、何より温かいそれは、彼が最も好む味だ。

 反応は様々ながら、けれど不満げな印象を受けなかったシルヴィアもまた嬉しそうに笑い、千切った肉を一かじり。

 溢れる肉汁に「あふっ」と声を漏らしつつ、すぐに慣れたのか咀嚼して飲み込んだ。

「んふ~」と目を輝かせた味を堪能するのは、多少大人びた程度で冒険者だった頃と変わらない。

 母の笑顔に見とれる父を他所に、シチューを皿ごと持ち上げて、一息で飲み終えたウイルクはホッと息を吐いた。

 

「──父さん、母さん、今日はやってくれる?」

 

 何の脈略もなく放たれた質問だが、ジブリールとシルヴィアは動じた様子もなく、顔を見合わせると頷きあった。

 

「わかった。だが、ご飯を食べ終わってからな」

 

「そうそう。お腹空いてたら体動かないからね」

 

「ん」

 

 勝手に話を進める三人を目で追っていたアイリスは、小さく挙手すると「私もやりたいです……」と控えめに主張。

 シルヴィアは「良いよ」と笑いながら肉をかじり、「でも順番ね」と付け加えた。

 よくわかっていない末っ子二人は「「なにやるの!」」と声を揃えて問いかけるが、ジブリールは苦笑混じりに「後でな」と告げて頭を撫で回す。

「「ぴゃ~」」と笑う二人を横目に、ウイルクは小さくガッツポーズ、アイリスはどこか安堵したようにホッと息を吐いた。

 

「それじゃあ、食べちゃおっか」

 

 シルヴィアがぽんと手を叩きながら告げると家族四人は一斉に返事を返し、談笑混じりに食事に手を伸ばす。

 午後の予定が決まれば、そこに向けての腹ごしらえ。

 それに関しては、冒険者だろうと何であろうと変わりはしないのだ。

 

 

 

 

 

 ウイルクの気合いの声と、かんかんと木と木がぶつかり合う軽い音が庭に響く。

 庭の中央で対峙するウイルクとジブリールは、模擬用の木刀で打ち合っているのだ。

 いや、打ち合っているでは語弊があろう。ウイルクが一方的に打ち込み、ジブリールがそれを受け止めているのだ。

 勿論ただ単に打ち込むだけでなく、時には背後に回り、時には足払いを狙い、時には砂による目潰しなどを織り交ぜ、どうにか父から一本を取ろうとするのだが──。

 

「ふっ!」

 

 ジブリールは短く息を吐いたと同時に、予備動作なしで木刀が振るわれた。

 ただ腕力にものを言わせた一閃は、もちろん殺傷力は皆無。腰も入れない一閃で人が殺せてなるものか。

 

「ぐにっ!?」

 

 だが、今年で十三になるとはいえ相手は子供だ。その一閃すら彼の体を弾くには十分で、大きく体勢を崩す事となった。

 彼はすばやく体勢を整え、どっと疲労と共に息を吐いた。

 成年も間近となれば、剣術の一つや二つ教えるのは当然の事だが、ジブリールの剣術に決まった型など有りはしない。

 型もなにもない殺人剣しか扱えぬジブリールはあまり乗り気ではなく、書物から学んだ基礎中の基礎を教えるのみ。

 それをどう応用し、伸ばしていくのかはウイルクに一任する。ゴブリンスレイヤーも言っていた──「想像力は武器だ」と。

 自分の強さを見つけるのは自分。それは後輩たちであろうと、実の息子だろうと、変わりはあるまい。

 剣を握る前から教えられていたそれを、ウイルクは忠実に守っていた。真似だけでは強くはなれないのだから当然だ。

 時には父から、時には槍使いから、時には重戦士から、時には他の冒険者から様々な技術を学んではいるものの、やはり父の壁は分厚く高い。

「やーっ!」と再び父に挑み、また弾かれるを繰り返す庭の一角から離れた場所には、動きやすい格好に着替えたシルヴィアとアイリスがいた。

 二人は並んで何やら『型』と思われるものを次々と構え、アイリスが構えたもののずれを指摘して修正し、また次の型へと移り変わる。

 

「そっか、明日になったら帰っちゃうんだ……」

 

 そんな事を繰り返しながら、シルヴィアは残念そうに呟いた。

 

「はい。ごめんなさい、母さん……」

 

 アイリスもまた眉を寄せ、残念な表情を浮かべながら、けれど淀みなく型を決める。

 雑念混じりでも型を完璧に決められるようにと、シルヴィアから耳にたこが出来るほどに言われた事だ。

 アイリスは次の型へと移りながら、シルヴィアに言う。

 

「明日の昼の馬車に乗ろうと思ってます。なので、今日は泊まっていきます」

 

「うん。って、ここはリースの家だよ?」

 

 娘に次の型を示しながら苦笑を漏らすと、アイリスは「そうですね」と同じく苦笑。

 庭の端で「ん!」とか「ふん!」とか声を出して、二人の型を真似する末っ子二人の姿を見つけ、母娘は思わず吹き出した。

 見よう見まねで滅茶苦茶も良いところだが、幼い頃は正確にやるよりも楽しくやることが大事だ。子供の感性で言えば、つまらないものは長続きはしない。

 

「ぎにゃ!?」

 

 末っ子二人を眺めて笑みをこぼす母娘の二人を他所に、ウイルクの断末魔が鼓膜を殴り付けた。

 疑問符混じりにそちらに目を向けると、のされたのか目を回しているウイルクと、木刀で空を切るジブリールの姿があった。

 また一本取られたのだろう。父を超える日は、まだ遠そうである。

 倒れた長男の世話はジブリールに任せ、シルヴィアとアイリスは再び型を確かめ合い、時には物置から引っ張り出した案山子を相手に技を放つ。

「ふっ!はっ!」と声を出して拳を放つアイリスを見守りながら、シルヴィアはどこか懐かしむような笑みを漏らした。

 自分も幼い頃は、ああして案山子と向き合ったものだ。

 我が子と組手をしたいのは山々ではあるが、まだ組み合うには幼すぎるし、何かあっては後遺症が残りかねない。それほどまでに子供の体は脆く、心配になるほどその後の人生は長いのだ。

 武闘家の悲しき宿命ともいえるそれは、彼女の父も持っていたものなのだろうと、今になって痛感する。

 

「ぎゃあ!」

 

 復活したウイルクの断末魔を合図に意識を戻すとアイリスの構えを観察し、崩れ始めたらすぐさま指摘。

 無意識の内に完璧な構えを取る。そこにたどり着けなければ一人前とは呼べはしない。

 

「くわ!?」

 

 再び放たれたウイルクの断末魔を耳に挟みつつ、シルヴィアはアイリスと──ついでに横で彼女を真似る末っ子たちと向き合う。

 いつになっても正解はわからないけれど、自分なりに子供たちと向き合い、子供たちを少しでも一人前に育て上げる。

 何もかも手探りなのは、冒険者になった頃と変わりはしないのだ。

 けれど不安はない。変わらずに側には彼がいるからだ。

 

「ぐぎゃあ!?」

 

 ウイルクの断末魔を聞きながら、シルヴィアは晴天の空を見上げた。

 天高く舞う鷲は、いつの間にか一羽から四羽へと増えている。

 

 ──家族が増えるのは、あの子だって変わらないか。

 

 鷲たちは時折降りてくると、何の因果か子供たちに構ってくれる。そのうち、ジブリールにとっての彼のようになるのかと思うとどこか嬉しくなる。

 シルヴィアが掲げた手を陽に透かしながら、目を細めた。

 

 ──今日もいい天気だね……。

 

「ふにゅあ!?」

 

 ウイルクの断末魔を、気にしないように努めながら。

 

 

 

 

 

 ──同日、夜。

 

 昼過ぎの訓練が響いたのか、泥のように眠るウイルクとアイリス、二人を抱き枕にする──あるいはされている──ネロとリリウムの姿を扉の隙間から確認したジブリールは、微笑を浮かべながら扉を閉め、音をたてないように気を使いながら()()()()()()()()

 ジブリール宅の屋根の上には月や夜空を眺められるよう、数人が座れる分のスペースがあるのだ。

 もっともこれは子供たちは知らない。彼らなら登れるだろうが、降りられなくなる可能性もあるからだ。

 

「待たせた……」

 

 そこによじ登ったと同時に視界に飛び込んできたのは、優しき月光に照らされ、可憐に輝く銀髪を夜風に揺らすシルヴィアの姿だ。

 女神さえも負かすであろうあまりの美しさに言葉を失い、数秒ほど呼吸も忘れてその場で立ち尽くす。

 

「……どうかしたの?」

 

 当の彼女は不思議そうに首を傾げると「端っこは危ないよ」と告げ、彼が座るスペースを空ける。

 どうにか意識を取り戻したジブリールは「ああ、そうだな」と頷くと彼女の隣に腰かけた。

 するとシルヴィアは体が密着するほどに近寄ると、彼の肩に頭を乗せた。

 

「子供たちは寝た?」

 

「ああ、ぐっすりと」

 

 寄りかかってきた彼女の肩を抱き寄せ、彼女の温もりを堪能する。

 ついでに彼女の額に唇を落とすと、彼女は「ふふ……っ」と嬉しそうに笑った。

 シルヴィアは体を動かして彼の腕を胸に抱くと、月光に照らされて不思議な輝きを放つ彼の白い髪を撫でた。

 

「皆、すぐに大きくなっちゃうね」

 

「ああ。思っていたよりも、あっという間だ」

 

 二人は真剣な面持ちでそう言うと、けれど嬉しそうに笑いあった。

 

「あっという間だけど、大きくなってくれた……」

 

「ああ。俺にも、お前にも、あの子達にも、何事もなく、十四年だ」

 

 ジブリールは当たり前のように思える事実を噛み締めながら目を細め、シルヴィアの髪を手で梳いた。

 冒険者だった頃に比べ、手入れが行き届いた髪は引っ掛かることなく、文字通り流れるように指が通る。

 シルヴィアはくすぐったそうに目を細め、「キミは相変わらずだねぇ」と苦笑を漏らす。

 ジブリールも「お前もな」と苦笑で返すと、髪を梳いていた手を彼女の後頭部へと添えた。

 

「だからと言う訳でもないが、俺は──」

 

 彼が何かを言おうとした瞬間、シルヴィアの方から身を寄せた。

 柔らかな感触が唇にあり、鼻が触れあう距離には愛する人の顔。

 シルヴィアは照れたように赤面しながら顔を離すと、彼の口許の傷痕を指先で撫でた。

 

「言わなくても良いよ。わかってるから」

 

「そうか。そう、だな……」

 

 ジブリールは彼女の言葉を噛み締めながら、傷痕を撫でていた手を取り、その甲に唇を落とした。

 彼なりの謝罪のつもりだったのだろうが、シルヴィアは不満の表情を浮かべた。

 

「むぅ……。キミは時々鈍感だよね……」

 

「ふん!」と顔を背けたシルヴィアからは見えないが、おろおろと狼狽えるジブリールは、すぐに合点がいったのか「ああ、そうか……」と頷いた。

 一度わかってしまえば後は早い。彼はシルヴィアの肩を掴むと自らの方へと振り向かせ、驚きの──そして期待の──表情を浮かべる彼女の唇を優しく奪った。

 逃がさないと言わんばかりに彼女の頭を抑え、僅かな隙間から舌を滑り込ませ、彼女の舌と絡め合わせる。

 それは彼女にも言える事で、逃げることはなくむしろ彼の方へと更に身を寄せながら、彼の舌に自らの方へと舌を差し出す。

 くちゅくちゅと水っぽいを音と、直に感じる彼女の温もりをひとしきり堪能すると、手を離して解放した。

 突然解放されたシルヴィアは「ぷはっ」と息を吐き、力が抜けたまま彼の胸へと倒れこむ。

 はぁはぁと荒れた息を整えながら、「これですよ」と恍惚の表情を浮かべた。

 そんな彼女の背を撫でながら、ジブリールは「話がある」と今度は真剣な声音で告げた。

 

「どうしたの?」

 

 彼の声音に当てられてか、表情を引き締めたシルヴィアは顔を上げ、しっかりと座り直すと、ジブリールと視線を合わせた。

 彼は真剣な面持ちのまま、シルヴィアへと告げた。

 

「──あの子達に、教えなければならない事がある」

 

 

 

 

 

 絶対にして第一。

 

 ──『己が刃を、罪なき者に振るうな』

 

 我らの刃は死をもたらすもの。振るう相手を定め、決して違えるなかれ。

 

 

 続けること第二。

 

 ──『秩序の名のもとに生きる人々を守れ』

 

 我らの力は打ち倒すのみにあるのではない。弱い人々を混沌から守り、支える為にあるのだ。

 

 

 更に第三。

 

 ──『守るべき人々と共に生き、寄り添うべし』

 

 我らは特別にあらず。我らもまた祈る者(プレイヤー)であり、彼らと共に生きる事。

 

 最後に第四。

 

 ──『三つの掟を確かに刻み、決して忘れず、破る事なかれ』

 

 もし破る事があるのなら、それは過去の自分との決別、秩序との決別と知れ。

 

 

 影なる掟。

 

 ──『愛する者を、死力を尽くして守るべし』

 

 愛する者を守らんとする時、第三までの掟に縛られ、身動きが取れなくなる事もあるだろう。

 だからこそ、この言葉を忘れるな。

 

 

 

 

 

 ──真実はなく、許されぬ事などない。

 

 

 

 

 

 真実はないのだから、誰かが決めた掟を疑え、誰かが定めた規則を疑え、神々が出した骰の目を疑え。

 

 許されぬ事などないのだから、疑いが確信に変わったのなら抗え。最期の瞬間まで足掻け。

 

 もしその足掻きが肯定されたなら、その背を追うものが、後に続くものが現れる。だから、恐れるな。足掻き続けろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に、我が血を──タカの力を継ぐ者たちよ。

 

 人生の内に醜い裏切りをする事もあるだろう。

 

人生の内に迷い、苦しむ事もあるだろう。

 

 けれど忘れるな。私はお前たちを愛している。私はお前たちを見守っている。私は──私たちは最期の瞬間まで、お前たちの味方だ。

 

 我が血を、私が愛した彼女の血を引くものよ。

 

 ──『己が運命は、己で決めろ』

 

 運は、自分で掴むものだから──………。

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。


期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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