SLAYER'S CREED   作:EGO

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書きたい気持ちが抑えきれなかった……。

原作に追従しつつ、最終決戦からエピローグまでのログハン、銀髪武闘家夫婦の空白期間を描くおまけです。


Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ
Memory01 黒檀の鎧


「もう夜も遅いんだから、寝よう?」

 

 とある街の、とある一軒家。

 月明かりが窓から差し込む部屋の中、膝に乗っかってくる息子の頭を撫で、寝転びながら兄とじゃれている娘の頰を突いてやりながら、その女性は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、夜遅くにも関わらず眠る気配のない二人の様子に思わず溜め息を漏らした。

 

「お昼はいっぱい遊んだし、ご飯もいっぱい食べたでしょ?眠くないの?」

 

 そんな母親の問いかけに二人が間髪入れずに頷くと、母親は「そっか〜」と諦め半分、呆れ半分の声を漏らし、苦笑混じりに僅かに思慮した様子。

 

「じゃあ、寝るまでお話ししてあげる。何のお話が聞きたい?輝く鎖帷子の勇者の話?それとも奴隷から王様になった戦士の話?」

 

 母親は二人に向けてそう問うが、肝心の二人からの返事はあまり良くない。何でも飽きた、つまんないとか。

 むぅと困り顔で唸った母親は、なら何の話をしてやろうかと思慮を巡らせ、顎に手をやったままうんうんと唸る。

 そんな彼女の様子がおかしいのか、子供たちは鈴を転がしたように笑い始めるが、やはりと言うべきか寝る様子はない。

 一応、思いつく限りで英雄譚やおとぎ話、ちょっとした都市伝説など、色々と名前を挙げていくが、どれも反応はよろしくない。

 これは困ったなと頰を掻いた母親は、不意な思いつきのままに二人に問うた。

 

「それじゃ、この話はどうかな?あんまり派手じゃないし、世界を救う大冒険でもないけど……」

 

 母親が懐かしむように、そして心の底からの愛を感じさせる優しい声音での言葉に、子供たちは顔を見合わせた。母親が英雄譚を語る時、大抵はその時の役になりきり、元気発剌で、快活な英雄然とした声で語るのだが、どうやら今回は違うらしい。

 母親の普段とは違う様子というだけで興味を引かれ始めた二人を見ながら、彼女は月明かりに照らさられて幻想的な輝きを放つ銀色の髪を撫で、自分譲りの輝きを放つ子供たちの髪を手櫛で撫でた。

 

「二人が寝るまで聞かせてあげる。私が世界で一番大好きで、大切な、ある冒険者のお話」

 

 母親はそう言うと子供たちの父親譲りの蒼い瞳を見つめ、愛おしそうに息子の額に唇を落とし、突然のキスに驚く息子を撫でながら言う。

 

「──これは、キミが産まれるまでの物語だよ」

 

 

 

 

 

 辺境の街、眠る狐亭。

 辺境一と名高いその宿は、まさにかき入れ時だった。

 普段でも旅行客や旅人でそれなりに賑わってはいるのだが、ここ最近はまさに異常な程に客が入る。

 だが、それも仕方がないことだ。先の冬のある日、冒険者ギルドが半壊し、拠点を失った多くの冒険者が、そのままこの宿に流れてきたのだから。

 そんな眠る狐亭の上階。最高級(ロイヤルスイート)まではいかないが、それなりにお高い部類に入るとある部屋。

 そこの滞在者でもあるローグハンターは、目の前に置かれた大きな木箱を前に困惑していた。

 後ろでは今しがた起きた銀髪武闘家がベッドに腰掛けながら同じように困り顔を浮かべており、そっとローグハンターの顔色を伺った。

 彼女の視線に気付いたローグハンターが彼女と視線を合わせるが、彼でもそれが何なのかわかっていないのか、腕を組みながら首を傾げて小さく息を吐く始末。

 

「えっと、贈り物?」

 

「……そのようだが、何か頼んだ記憶はない。お前は?」

 

「私も」

 

 もぞもぞとシーツから這い出し、寝巻きのまま彼の隣に立ちながらそう言うと、何を思ったかコンコンと木箱を叩き始める。

 ローグハンターはちらりとそんな彼女に目を向け、その姿を目に焼き付けるように凝視した。

 起きたばかりだからか、眠たそうにしている瞳は愛らしく、乱れた寝巻きからは鍛え抜かれた腹筋や、豊満な胸の谷間など、彼女の魅力全てが曝け出されている。

 彼に見つめられている事に気づいた銀髪武闘家は「ん?」と疑問符を浮かべ、彼の方に向いて顔を合わせるのだが、途端に彼は慌てて顔を背け、彼女に背を向けてしまう。

 

「……どうかした?」

 

 彼女はそんな彼の反応に可笑しそうに笑いつつ問うと、ローグハンターは「何でもない」と返して咳払いを一つ。

 照れ隠しのように乱暴に箱に引っ掛けられた紙──ではなく文字が書かれた葉を剥がすと、その内容に目を向けた。

 

『星風の娘より、我が同胞が結婚したと聞いた。つまらないものではあるが、役に立てて欲しい』

 

 ざっくりと言えばそんな内容だ。他にも近況の報告なども書かれているが、それらは別にどうでもいい。彼らの暮らしは只人のそれからは大きく違うのだから、口出しのしょうがないのだから。

 ローグハンターの肩に寄りかかり、豊満な胸を押し付けながら手紙を流し見た銀髪武闘家は、「森人の里から、届け物……」と心底意外そうに呟いた。

 星風の娘というのは、二人の友人兼同業者の妖精弓手の故郷での呼び名だ。どうやら彼女はローグハンターと銀髪武闘家が結婚したことについて手紙をしたため、故郷に一報を届けたらしい。

 そこで二人には一切の確認を取っていない辺り、自由気ままな彼女らしいと言えばそうではあるが。

 

「せめて事後報告でもいいから声をかけてくれ……」

 

「あはは……」

 

 ローグハンターは額に手をやりながら溜め息を漏らし、隣の銀髪武闘家は乾いた笑みをこぼす。

 彼女への愚痴をまだいくつか言いたいところではあるが、とにかく森人の里からの祝儀の品だ。一体何が届いたのやら。

 彼の興味は既にそちらに移ったらしい。壁にかけていた片手半剣(バスタードソード)を手に取り、鋒を箱と蓋の隙間に差し込み、強引にこじ開けた。

 ばきばきと悲鳴をあげながらこじ開けられた木箱の中には、森人特有の紋様が織られた布が何かを隠しており、僅かに覗く隙間からは艶消しに黒く塗りつぶされた何かが見える。

 

「「……?」」

 

 二人は箱を覗きながら顔を見合わせ、揃って小首を傾げるのだが、開けてしまったのならもう手に取る他あるまい。

 警戒心よりも好奇心が勝ったのか、銀髪武闘家が「よいしょ」と声を漏らしながら中身を隠す布を取り払った。

 直後、ふわりと優しい風が二人を撫でていき、優しい森の香りが部屋を満たした。

 二人揃って思わず表情を緩める中、布を退かしたことで姿を現したものに気付き、ローグハンターは小さく声を漏らした。

 

「鎧と鎖帷子か?」

 

 そこに納められていたのは、一言で言えば鎧だった。

 森人の鍛冶屋の手で製造された胴鎧と、その下に着込むであろう鎖帷子。そして胴鎧と同じ材料で造られたと思われる籠手や脚絆。

 ひょいと持ち上げたそれは羽のように軽く、鎧である筈なのに苦もなく片手で持ててしまう。

 いや、それ以前にそれらは鎧である筈なのに金属でも、煮詰めた革でもないのだ。

 鎖帷子は雷に打たれ、焼かれ、自然の中で鍛え抜かれた黒檀という植物を呪いをかけながら編み込んだもの。鎧と籠手、脚絆は黒曜石を削り出して加工し、硬さと柔軟性を両立させた不思議な手触りがする。

 ローグハンターがペチペチと鎧を叩いたり、中が内側を除いたりしている横では、銀髪武闘家が同じく箱に詰められていた、彼のものと同じ素材で造られた自分用の鎧を手に取り、嬉しそうに目を輝かせている。

 だが不意に神妙な面持ちになるとローグハンターに目を向け、「でも」と部屋の片隅を指差した。

 彼女が示した先にあるのは、木の人形(マネキン)に着させた黒き真の銀(ミスリル)の装備があり、窓から差し込む朝日を浴びて煌めいている。

 

「キミにはあれがあるのに、何でこれを?」

 

 彼女の指摘ももっともだ。こうして確認している黒檀、黒曜石の鎧具足も、あの黒き真の銀(ミスリル)に比べれば数段劣る。目の前にいい装備があるのに、わざわざグレードを落とす理由もないだろうに。

 ローグハンターは「それはそうだが」と前置きしてから、親の仇を見るように黒き真の銀(ミスリル)の装備を睨みつけた。

 

「あれはあの自称女神と戦うために用意されたものだ。あいつが死んだ今、使う理由もない」

 

「結構優秀だと思うけど」

 

「確かに優秀ではあるが、本来あの鎧はあってはならないものだ。使わないで済むのなら、使わないでいたい」

 

 彼が言うように、この鎧はかつて来たりし者の力を色濃く残し、この世界に存在する素材だけでは絶対に造ることはできない曰く付きのもの。

 かつて来たりし者の撃破、そして銀髪武闘家との結婚など、この世界に骨を埋める覚悟をした彼からすれば、処分してしまいたい物の筆頭はこれだ。

 一旦ベッドの上に黒曜石の鎧を置いたローグハンターは、黒き真の銀(ミスリル)の鎧の胸を叩き、そっと左手の籠手に仕込まれたアサシンブレードを取り外した。

 

「だがこれだけは貰っていく」

 

 しかし、全てを否定するかと言われれば答えは否。

 この世界の教団のために、現存するアサシンブレードは出来る限り回収はしておくべきだろう。黒き真の銀(ミスリル)などの素材はともかく、中身の発条や歯車の細工は参考にせねばならない。

 

「相変わらずそれ好きだよね」

 

 あれこれ屁理屈捏ねていたというのに、途端に手のひらを返す彼の姿を可笑しそうに笑った銀髪武闘家は、届きたての鎧を見やった。

 ローグハンターのそれと似た意匠の彫り物がされ、籠手は拳を作れば各指周りの彫り物がそのまま凶器となり、黒い鉄塊と見紛うほどだ。

 

「せっかく届いたんだし、今日の仕事はこれで行こっか」

 

「そうだな。好意には甘えさせてもらおう」

 

 彼女の提案にローグハンターは応じるとそれぞれの鎧をベッドに並べ、どう着るのかを僅かに思案。

 ええいままよと寝巻きを脱いだローグハンターはさっさと着込んでいくが、隣の銀髪武闘家はそんな彼の着替えをまじまじと見つめ、頰を赤くしていた。

 鍛え抜かれた肉体は贅肉という言葉とは無縁であり、いくえにも刻まれた傷痕も彼の今まで歩んできた半生を物語る立派な勲章だ。

 森人手製の衣装の上から鎖帷子を纏い、その上から胴鎧を着込む。攻撃を受け流せるようにか見事な曲線を描く肩当てや、肘当ての具合を確かめ、ズボンの上から脚絆を履き、籠手を嵌め、手首の内側にアサシンブレードを取り付ける。

 腰帯に先程使った片手半剣と短剣を吊るし、ホルスターに入れた短筒(ピストル)、雑嚢を取り付け、背中に長筒(ライフル)を背負う。

 最後の締めとして外套を羽織り、いつものように目深くフードを被れば、そこには新品の鎧を纏う辺境勇士、ローグハンターの完成だ。

 そこまでやったローグハンターは、ようやく銀髪武闘家の着替えが全く進んでいない事に気付き「どうかしたのか?」と問いかけた。

 

「うぇ!?あ、いや、何でもないよ!ちょっと、緊張してるっていうか」

 

 もじもじと身じろぎしながらそう言った彼女にローグハンターは「何を緊張する必要がある」と問うと、銀髪武闘家はそっと彼の外套の裾を掴み、

 

「き、着替えるから、先に行ってて欲しいなぁって……」

 

 羞恥により顔を耳まで真っ赤に染め上げ、頭から僅かに蒸気を噴きながら消え入りそうな声で告げられた言葉に、ローグハンターはハッとして顔を背けた。

 

「そ、そうだな!俺も不用心だった」

 

 恥いるように顔を隠し、随分と今更なことではあるが妻の前で着替えなど、夫として気にするべきところだろうに。

 

「布か何かで遮れば良かった、すまない。下にいる、終わったら降りてこい」

 

 妻の前で着替えてしまったことに今更な羞恥心を覚え、頬を赤くしながらそう言った彼は、銀髪武闘家が待ったをかける前に部屋を後にし、荒っぽく扉を閉めた。

 

「……はぅ」

 

 一人部屋に残された銀髪武闘家は、真っ赤になった顔を両手で覆いながらその場にしゃがみ込み、あうあうと情けない声を漏らす。

 

「別に今更じゃん。着替え見られて恥ずかしいなんて、もっと凄いことしてたじゃん……っ!!」

 

 ポカポカと自分の頭を叩きながら、銀髪武闘家は自分の左手に目を向けた。

 薬指に輝く指輪を見つめ、だらしのない笑顔を浮かべながらそっと左手を胸に抱いた。

 そう夫婦、夫婦だ。自分たちはついに結婚し、念願の夫婦になったのだ。今更着替えを見たり、見られたりなど、今更ではないか。

 なのに、どうして、

 

「こんなに恥ずかしいの……?」

 

 

 

 

 

 眠る狐亭、一階の酒場。

 隣の賭博場を含めて朝から騒がしいにも関わらず、そんな喧騒から切り出されたような静かさに包まれている場所があった。

 

「………っ」

 

 カウンター席の一番端、階段のすぐ隣に位置するその場所は、半ばローグハンターの指定席と成り果てている。

 そんな誰も気にしない位置にいるローグハンターがフードを被った状態でカウンターに突っ伏し、何やらブツブツと呟いていても、誰も気にはすまい。

 だが彼に対応していた店主はそうはいかない。辺境の街で冒険者ギルドが襲撃されたという大事件があったと聞き、都の本店から慌てて戻ってきたらこれだ。

 冒険者ギルド倒壊に伴う客の流入や、冒険者ギルドと懇意だった業者との引き継ぎなど、文字通りこの何ヶ月かは本当にてんてこ舞いだった。

 だったのだが、

 

「ローグハンター。お前、俺がいない間に変わったな」

 

 紫色の瞳を細め、先程から全く反応してこないローグハンターを軽く小突いた。

 小さく呻く彼だが、どうやら店主の声は聞こえていないようだ。

 そう、今の彼の頭を占めているのは、先程の銀髪武闘家とのやり取りだ。

 かつて来たりし者との決戦と、彼女との結婚が冬の終わり頃。今は春の始め頃として、およそ二ヶ月ほどか。

 結婚して二ヶ月。そう、二ヶ月経ったのだが、どうにもおかしいのだ。

 具体的に言うと、距離感というのがわからない。

 かつての恋人であった頃なら笑って流したり、そもそも気にしないようか事が、夫婦になってから妙に意識してしまう。

 

「装備も新調したのか。いい鎧だな」

 

 コンコンと指で肩当てを叩きながらの言葉にローグハンターはまた呻きながら首肯すると、バタバタと騒がしい足音が階段の方から聞こえてくる。

 ローグハンターは誰だと顔をあげ、階段の方に目を向けると、そこから二つの人影が駆け降りてくる。

 

「あ、先生!おはようございます!」

 

 そして彼を確認するや否や、頭を下げたのは令嬢剣士だ。

 頭を下げた勢いで蜂蜜色の髪が揺れ、酒場の照明を受けてキラキラと輝いている。

 隣の女魔術師も「おはようございます」と一礼すると、ローグハンターの鎧の変化に気付き、こてんと首を傾げた。

 

「初めて見る鎧ですね」

 

「ああ。朝一に届いたものだ」

 

 彼女の問いかけにローグハンターは胴鎧を叩きながら応じると、令嬢剣士は「似合っていますわ」と彼を称賛し、酒場を見渡して銀髪武闘家を捜索。

 そしていないとわかると、そっとローグハンターに耳打ちするように問いかけた。

 

「あの、奥様はまだですの?」

 

「っ!?」

 

 油断していたところに放り込まれた一言は、容易くローグハンターの急所を捉えた。

 飲もうとしていた檸檬水を吹き出しかけ、げほげほとむせながら令嬢剣士を睨む。

 彼女としては普通の問いかけなのだが、夫婦であることを指摘すると何故か盛大に照れ、何故か慌て始める二人にその言葉はあまりにも強烈だった。

 横でジト目になる女魔術師には気づく様子もなく、令嬢剣士は「大丈夫ですか!?」と慌ててローグハンターの背を摩り、軽く叩いて介抱してやる。

 そんな事をしていると、トトトと軽い足音が階段の方から聞こえてきた。

 そしてそれだけで誰が来るのかわかったローグハンターは二人に「とにかく座れ」と着席を促す。

 その指示に二人は無言で応じ、ローグハンターの隣を一つだけ開けて横並びに座る。

 

「お待たせ。っと、また私が最後……」

 

 そして足音の主──銀髪武闘家は到着するやいなや、既に三人が揃っていることに気付いて項垂れた。

 それなりに急いではいたのだが、初めての鎧ということで留め具の調整などのあれこれに時間をかけすぎたのかもしれない。

 だが、その新品の鎧はまさに職人たちの技により鍛えられたものだ。

 ローグハンターのそれに比べて軽装で、二の腕や脇の辺りは鎖帷子もなしで露出しており、視線を下に向ければ健康的に焼けた肉感的な太腿が姿を見せている。

 豊満な胸も曲線を描く胸当てで守られているものの、開いた胸元から谷間が覗いており、腰からは返り血を防ぐマントのような布が揺れている。

 爪先から膝の少し上までを覆う脚絆や、拳から肘までを覆う籠手と、普段の彼女の衣装と大きく変わらない筈なのに、何故か魅せられたローグハンターは彼女をじっと見つめたまま動きを止めた。

 そんな彼の反応に困り顔を浮かべた銀髪武闘家はその場でくるりと回転し、背中の方も彼に見せた。

 彼女の動きに合わせて腰のマントが揺れ、先の戦いで短くなってしまった髪が控えめに輝いた。

 

「ど、どうかな、似合う?」

 

「……ああ。綺麗だ」

 

 そして回転が終わり、危なげもなく止まった彼女が少々不安そうに問いかけると、ローグハンターは心の底からの賛辞を彼女に投げかけた。

 真正面から告げられた言葉に照れてしまったのか、銀髪武闘家はまた顔を赤くするが、ごほんと女魔術師が咳払いをしたのを合図に二人の意識が彼女に向いた。

 

「とにかく、早く朝食にしましょう。今日もお仕事なんですから」

 

 とても言い方が悪いが、銀等級二人は結婚してからどこか抜けてしまったのは間違いない。仕事中は問題ないのだ、むしろ生涯の伴侶を守らんと、連携が格段に高くなったのは間違いない。

 間違いないのだが、日常生活の方ではだらしない。ふとした拍子に何故か照れたり、恥ずかしがったり、あれでまともな生活が送れているのかも不安になってくる。

 現に見ろ、お互いに出された料理を取ろうとして手がぶつかっただけで慌ててお互いに手を引き、顔を真っ赤にしているではないか。

 

 ──なんで、結婚してからの方が初々しいのよ。

 

 ジト目で二人を睨みながら、出された料理に手を出す女魔術師を他所に、令嬢剣士は「相変わらず仲がよろしいですわね」とご機嫌な様子。

 彼女からすれば憧れの人が、その恋人と無事に結婚できたのだ。ご満悦になるのは当然だろう。

 おかげで街中限定でまともなのは女魔術師だけだ。自分がしっかりしなければその内大変なことになる。

 はあと深々と溜め息を吐いた女魔術師は、差し出された牧場印のベーコンと野菜を挟んだサンドイッチを手に取り、苛立ちをぶつけるように豪快に噛み付くのだった。

 

 

 

 

 

 アサシンの襲撃からはや二ヶ月。

 寒空の下に晒されていた冒険者ギルドの受付も、建設ギルドの奮闘もあり、辛うじて活動を再開できる程度には復旧していた。

 それでも紛失した書類の確認や再発行、備品の用意に奔走し、水の街からの援助を受けてようやく、と言った様子だが。

 だが先月までは屋根に開いた穴を天幕で強引に塞いで依頼の発効や受注手続きをしていたのだ、それに比べれば屋根と壁があるだけでだいぶマシだというものだ。

 だが、やはりと言うべきか朝一番というのは職員たちにとっても憂鬱なものに変わりはない。

 冒険者に依頼をしようと人は集まるし、依頼を受けようとする冒険者も集まるし、発注した備品を届ける業者も来るしと、いつにも増して人で溢れかえる。一部の壁がないため窮屈な感じはしないが、そのせいでただの通行人なのか順番待ちの関係者なのかが曖昧で、余計に人が多く見えてしまうのがたまに傷だ。

 そんな朝一番の喧騒に包まれる冒険者ギルドでも、受付嬢は普段と変わらない微笑みを携え、次々と現れる来客を捌いていく。

 ゴブリンが出たから討伐してほしい。

 街まで行くから護衛を頼みたい。

 村の近くの洞窟から変な声が聞こえる。調べてほしい。

 遺跡を見つけた、行って見てきてほしい。エトセトラエトセトラ。

 世から冒険がなくなることはないとは言うけれど、まるで何かに堰き止められていたものが一挙に流れ込んでくるように、人の波は終わらない。

 受付も限界まで人を出して対応し、裏でも書類の整理や込み入った手続きの処理が進ませ、出来次第依頼掲示板(クエストボード)に貼り出していく。ギルド職員で休んでいる者も、手が空いている者も誰一人としていない。

 隣の酒場の厨房も、どうにか厨房としての体裁を保っている最低限の設備の中で、変わらぬ味を振る舞っているのだ。あちらはフライパン、こちらはペン。使う物は違えど戦っているのは皆同じ。

 

 ──なら、頑張らないとですね……っ!

 

 人がはけた一瞬の隙に頬を叩いて気合いを入れた受付嬢は、素早くいつもの笑顔を浮かべて次の相手に対応しようとすると、づかづかと無造作な足音が聞こえ、今しがた対応した人と交代でその人物が現れた。

 薄汚れた革鎧に、腰に中途半端な長さの剣をぶら下げ、左腕には使い込まれて年季の入った円盾を括り付けたその様は、さながら彷徨う鎧(リビングデッド)だ。

 現に多くの人が彼を避けるように距離を取っているし、人混みがさっと分かれていく様は見ていて痛快ではあるが、その原因が彼が避けられているのは何とも切ない。

 そして、当の彼は気にしていないのだからバツが悪い。

 受付嬢は困り顔になりながらも小さく手を振れば、彼──ゴブリンスレイヤーは挨拶のつまりなのか小さく一礼してから彼女の下に足を向けた。

 

「おはようございます、ゴブリンスレイヤーさん。本日は──」

 

「ゴブリンだ」

 

 そして一応、念のための確認として告げた言葉に、ゴブリンスレイヤーは間髪入れずに応じた。

 その返答を最初から予期していた受付嬢は「わかりました」と首肯し、ゴブリン退治の依頼書を取り出しつつ、そっと酒場を見渡してゴブリンスレイヤーの一党がいる事や、牛飼娘がそっちに合流していることを確認。

 冒険に行くにしろ、何もせずに帰るにしろ、彼一人でどこかにいく、という可能性はなさそうだ。

 それに安心しつつ、僅かにどんな形であれ彼と一緒にいられる彼女らを羨ましく思いつつ、自分には自分の仕事があると意識を切り替えた。

 

「……大丈夫か?」

 

 そしてほんの僅かな時間ながら、書類を取り出すのに手間取っている──と、ゴブリンスレイヤーは判断した──彼女を心配してか、ゴブリンスレイヤーは相変わらず淡々とした声ではあるが、彼女に声をかけた。

 彼から話しかけられる事を想定していなかったのか、受付嬢は「は、はい!」と上擦った声を漏らしながら背筋を伸ばし、落としかけた書類をゴブリンスレイヤーに差し出した。

 それを受け取ったゴブリンスレイヤーが内容を吟味する中、騒がしかった人混みが突然静まりかえり、ギルドの入口近くの人たちが慌てて道を開けた。

 何事と目を向ければ、すぐに理由が発覚する。

 突然左右に分かれた人混みに困惑しながら、彼らはそこを通ってギルドに入ってくる。

 

「……何かしたか?」

 

「いや、身に覚えないけど……」

 

 そして開口一番に神妙な面持ちでそんなやり取りをしたのは、辺境勇士を通り越し、金等級への昇格も噂されている身近な英雄候補──ローグハンターと、彼と同様に昇格が噂されながら、結婚もしたのだから引退するのではと噂されている銀髪武闘家だ。

 後ろの女魔術師と令嬢剣士も何故か起こったこの事態に困惑しているようだが、まあ人混みを掻き分ける必要がなくなったと肯定的に捉えながらゴブリンスレイヤーの一党が陣取る酒場の片隅に歩き出した。

 銀髪武闘家も二人に続いて酒場に向かい、残されたローグハンターはゴブリンスレイヤーを見つけて「おはよう」と挨拶混じりに受付へ。

 書類の吟味し、受ける依頼を確認し終えたゴブリンスレイヤーは顔を上げると、「おはよう」と不器用ながらに挨拶を返す。

 そのまま二人は鎧を新調したのか、今朝届いたと簡単なやり取りをしつつ、ローグハンターはそっとゴブリンスレイヤーが見ていた依頼書を盗み見た。

 と言っても、ゴブリンスレイヤーが持っているのはゴブリン退治の依頼のみ。ならず者退治を優先する彼からすれば、ゴブリンスレイヤーが行くのなら彼に一任すると決めている。

 彼はゴブリンスレイヤーの依頼書から目を離すと、受付嬢に「何か依頼はあるか」と問いかけた。

 ギルド崩壊に伴ってただですら人材が流出しているというのに、復旧のために水の街から送られてくる物資やそれを運ぶ商人など、野盗たちからすれば格好の的となる物の往来が激しいのだ。この二ヶ月余り、彼はまさにならず物殺しの異名の通りの活躍を轟かせていた。

 ほぼ毎日のように文字通り野盗たちを鏖殺してくるのだから、流石の彼らも今はやばいと学んだのか、ある程度の落ち着きを取り戻し始めたのはごく最近。

 そんな新婚早々頑張り通しのローグハンターに、受付嬢は一枚の依頼を差し出した。

 それを受け取ったローグハンターは「む……」と小さく声を漏らし、内容を吟味してから「どういうことだ?」と受付嬢に問いかける。だが表情は殺気だっているとか、神妙な様子だというわけでもなく、その依頼を出されたことが心底意外に思っている顔だ。

 彼の驚き顔を見た受付嬢はくすくすと鈴を転がしたように笑うと、「彼女からの仲介です」とゴブリンスレイヤーの一党を、正確にはなぜか緊張した様子でローグハンターを見てくる女神官を手で示した。

 

「『葡萄園の警備』が、今回の依頼になります」

 

 ローグハンターは改めて告げられた依頼内容に首を傾げ、説明を求めるべく仲間たちと何やら話し込み始めた女神官の下に、足を向けた。

 

 

 

 




感想等ありましたら、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。

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