SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory02 平和な一時

「それで、仕事の仲介だったな」

 

 冒険者ギルド、待合室の片隅。

 ローグハンター、ゴブリンスレイヤーの一党の集合場所ともいえる円卓に、ローグハンターの淡々とした声が響いた。

 とても小さな声ではあるが、周囲の喧騒にも消されない言葉が投げられたのは、件の仕事──『葡萄園の警備』の依頼を仲介してきた女神官だ。

 かつての彼女なら見惚れるか、恐れるかしていただろうに、もはや慣れてしまった──というよりかは、彼の隣でニコニコと笑っている銀髪武闘家の圧から逃れる形で──彼女はじっと見つめてくる彼の視線を受け流し、「実はですね」と前振りしてからローグハンターが持ってきた依頼書に視線を落とす。

 

「地母神の神殿で、葡萄を育てているんです。本当は収穫祭で振る舞う葡萄酒の為なのですが、その前に夏の収穫をお祈りする行事がありまして」

 

「そうなのですか?」

 

「そうよ。まあ、私も参加したことがないけど」

 

 彼女の言葉にいの一番に反応したのは令嬢剣士だ。

 ちびちびと仕事前の檸檬水を飲んでいた彼女は女魔術師に問いかけ、問われた彼女も溜め息混じりにそう返す。

 春から夏に変わる頃。冒険者になってすぐの時期──といえば聞こえがいいが、一昨年のその時期は水の街のゴブリン騒動に巻き込まれていたし、去年は妖精弓手の姉の結婚と、その先で起きたゴブリン騒動に巻き込まれていた。詰まるところ、その行事の時期は街を空けていたのだ。

 ちらりとローグハンターに視線を向けても、やはりと言うべきか反応が鈍く、言われてみればそんな事もあったなと、頭の片隅に置いてあったものを朧げに思い出した程度の反応。

 銀髪武闘家は我関せずと言わんばかりに女給を呼び止め、何か料理を頼んでいるようだ。

 女魔術師はあまりにも自由な彼女の行動に物申してやろうかとも思ったが、とにかく女神官の話を聞く方が大事かと意識を切り替えた。友人からの頼みだ、頭目が断ったら、青年戦士や女武闘家に声をかけて自分が受けてしまえば問題あるまい。

 

「その行事と今回の依頼の関係は?」

 

 だが、そんな彼女の心配もとりあえず杞憂に終わった。

 頼み事をされた場合、受けるか否かは別としてとりあえず話は聞くというのがローグハンターの善いところだろう。

 話の続きを促された女神官は頷くと、説明を再開。

 

「その行事には早摘みの葡萄を使った葡萄酒を地母神様に御供えするんです。なのでこの時期は冒険者さんに葡萄園の警備を依頼することがあるんです」

 

「それが今回の依頼か。……別にお前がやればいい気もするが」

 

 依頼の大まかな内容を理解したローグハンターは、半目になりながら女神官を見た。

 ほんの二年前は頼りない小鳥のようであったのに、二年の間に経験した冒険や、あの名前のない島での死闘を潜り抜けたおかげか、今では一人でも飛び立てる立派な鷲のよう。

 だがしかし、彼女がそうして一人飛び出していかないのは、我らが友人のせいだろう。

 

「ゴブリン退治の依頼がいくつか舞い込んできた、か?」

 

 ちらりとゴブリンスレイヤーに目を向けながら問うと、女神官は申し訳なさそうにこくりと頷いた。

 ゴブリンスレイヤーは二人のやり取りは自分が原因なのかと、僅かに驚いたように小さく唸るが、彼は兜を揺らして女神官に顔を向けた。

 

「俺は一人でも構わんが」

 

 いつも通りの淡々とした声音での言葉だが、それに待ったをかけたのは女神官だ。

 

「そういうわけにはいきませんっ!」

 

 彼女はぴんと人差し指を立てて、どこか説教めいた口振りで言う。

 

「一人で行くのは無理とか無茶とか、そういう類だと思うんです」

 

 彼女の言葉にうんうんと頷いて同意したのは妖精弓手だ。

 カリカリと小動物のように細く切られた人参を齧っていた彼女は、長さが半分程度になったそれでゴブリンスレイヤーを指差しながら言う。

 

「そうよ、オルクボルグ。この前なんて、大丈夫だって言って死にかけたじゃない」

 

「え、そうなの?」

 

 そんな彼女の言葉に反応したのは、単に暇だからという理由で──と本人は言っているが、その実ゴブリンスレイヤーを見送る為に──ギルドに長居していた牛飼娘だ。

 彼女は目をまん丸に見開きながら、「ねぇ、ほんと?」とゴブリンスレイヤーの表情を伺うように兜を覗き込んだ。

 顔を覚えてもらう事が第一の冒険者にしては珍しい、頭をすっぽりと覆う兜のおかげで表情は見えないが、牛飼娘からすればその程度の壁など障害とはなり得ない。

 言葉に迷うように黙り込んだゴブリンスレイヤーの兜を掴み、「ねえ、ほんと?」と先程と同じ言葉なのに、ローグハンターすら気圧される凄まじい圧を放ちながら再度問うた。

 

「……ああ」

 

 そして喉の奥から搾り出したようなか細い声で肯定すると、牛飼娘はすっと目を細めながら彼に言う。

 

「私訊いたよね?まだ疲れるんじゃない?手とか足に痺れが残ってるんじゃないって?キミは大丈夫だって言ってたよね?」

 

 ねぇ、ねぇ、聞いてる?と詰め寄る彼女と、返答に困っているのか黙り込み、小さく唸るゴブリンスレイヤーを尻目に、鉱人道士が髭を扱きながらローグハンターに言う。

 

「酒に関わるんならわしの出る幕なんじゃが、かみきり丸があんなだからの。もうしばらくはわしらが着いていくって話になったんじゃ」

 

「まだ、痺れが抜けきらないのか?」

 

 彼の言葉に、ローグハンターは神妙な面持ちで問いを返した。

 ゴブリンスレイヤーの不調。それは元を辿れば自分の戦いに巻き込んだ挙句、悪魔の群れ(レギオン)に対する殿を頼んだせいだ。悪魔の武具を長時間振るい、ある種の呪いが彼の身体に蓄積されてしまったのではないかというのが、彼の治療を請け負った賢者や剣の乙女の診断だ。

 あの戦いから早二ヶ月だが、強烈な呪いを完全に跳ね除けるにはやはり短か過ぎたのだろう。

 小さく息を吐き、謝罪するべきだなと口を動かそうとした瞬間、ゴブリンスレイヤーの「俺は大丈夫だ」という声が届いた。

 む、と声を漏らしながら彼に目を向ければ、兜の(ひさし)の奥に輝く赤い瞳がじっとこちらを見つめてきていた。

 彼は牛飼娘だけでなく、ローグハンターにも言って聞かせるように言う。

 

「十分に休息は取った。時折、治癒の奇跡を頼みに神殿にも顔を出している。問題はない」

 

 彼は二人を励ますか、説得するつもりで吐いた言葉なのだろう。

 だがそれはどこか自分にも言い聞かせるような声音であり、ある種の暗示のようにも聞こえてしまう。

 本当に大丈夫なのかと余計に心配になるローグハンターだが、シュゥッと鋭い吐息の音に意識を向けた。

 そこにいるのは蜥蜴僧侶だ。山になる程チーズがかけられた肉塊に齧り付き、平らげた彼は奇妙な手つきで合掌すると、ローグハンターに言う。

 

「斥候殿、小鬼殺し殿もこう言っておるのだ。彼を信じてやるのも友の義務だとは思うが」

 

「信じてはいる。だが、死なれたら罰が悪い」

 

 ゴブリンスレイヤーのことは信じている。彼がゴブリンに負けるなど、あり得ないと。

 だが、それも全て骰の目次第だ。今の不調のせいで、致命傷(ファンブル)は洒落にならない。

 

「大丈夫。その為に我らがいるのですぞ」

 

 そんな後ろ向きなことばかり考えてしまう彼の耳に、蜥蜴僧侶の声が届いた。

 弾かれるように彼とゴブリンスレイヤーの仲間たちを見回せば、皆一様に任せろと言わんばかりに頷いてみせた。

 仲間とは足を引っ張り合う為ではなく、手を取りあい、同じ目的の為にひた走る者のことをいうのだ。今回はゴブリン退治だが、どうせその後の冒険を楽しみにしているに違いない。

 なら、任せる他あるまい。彼らが大丈夫だというのなら、信じてやるのが友というもの。

 唯一牛飼娘だけがまだ心配そうにしているが、そんな彼女に告げ口をするように鉱人道士が告げた。

 

「まあ、耳長娘のこの前なんざ、昨日一昨日とかいう話じゃないけんどな」

 

「……参考程度に聞くが、何があって死にかけた」

 

「転んだ拍子に池に落ちたのだ。一月と少し前に」

 

 ローグハンターの問いに蜥蜴僧侶が応じ、ちらりとゴブリンスレイヤーの様子を伺う。

 

 ──それは、本当に呪いの影響のせいなのか?

 

 そんな問いかけは、胸の内に押し込んだ。一月と少し前なら、多少なりとも呪いの悪影響(デバフ)もあったろうが、それでも池に落ちるなど。

 

「……何か考え方でもしていたのか?」

 

 代わりに吐き出したその問いかけに、ゴブリンスレイヤーは再び口を閉じて小さく唸った。やはり、何か考え事をしていたようだ。その内容を口にしないのは、彼なりに一人で考えたいと思っているのだろう。

 小さく肩を竦めたローグハンターは女神官に視線を戻し、「話がだいぶ逸れた、すまない」と謝罪しつつ続きを促した。

 

「私たちはゴブリンスレイヤーさんとゴブリン退治に行きますので、帰ってくるまでの何日から葡萄園の警備をお願いしたいんです」

 

 そうしてようやくたどり着いた依頼の経緯に、ローグハンターは否もなく頷いた。

 可愛い後輩の頼みでもあるし、何より地母神にはかつて来たりし者との決戦で、銀髪武闘家を癒やしてもらったというあまりにも大きい借りがある。今回の依頼がその借りを返す機会であるのなら、受けないという選択肢はないのだ。

 彼は隣で料理を食べている銀髪武闘家、大人しく檸檬水を飲んでいた令嬢剣士、二人にどこか諦観めいた視線を向ける女魔術師に目を向け、「お前らはどうだ」と問いかけた。

 三人は一様に頷くと、銀髪武闘家は口に含んでいた肉を飲み込み、「今回は楽そうだね」と微笑み混じりに言う。

 普段はならず者を追いかけて辺境を駆け回っているのだ、たまには街の近くでのんびり警備というのもいいだろう。

 彼らの返答にホッと安堵の息を吐いた女神官は胸を撫で下ろすと、改めてローグハンターの一党に頭を下げた。

 

「では、よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 そうしてギルドを出た四人が目指すのは、街の外れにある地母神の寺院だ。

 アサシンの襲撃による混乱の中、炊き出しや怪我人の治療など、様々な形で街に貢献したその場所を、仕事の一環として訪れるのは初めてだろう。担ぎ込まれたことなら、幾度かあるが。

 

 ──あの時は、こいつの事を忘れてしまったんだよな……。

 

 ちらりと銀髪武闘家を見やりながら、ローグハンターは小さく息を吐いた。

 超常的な力を使うアサシンに食らい付かんと、こちらもまた世界の理を逸脱し始めた後遺症だったのだろう。彼は短い間とはいえ、最愛の人のことを綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

 それも二ヶ月前。告白しようと決めた直後だったというのだから、余計に罰が悪いというもの。

 

「どうかした?」

 

 そうして横目でじっと見られていることに気づいたのか、銀髪武闘家が首を傾げながら問うと、彼は誤魔化すように笑いながら「何でもない」と返して正面に向き直った。

 彼女にとっても、あの頃のやり取りは忘れたい過去だろう。自分としても蒸し返したい話題でもない。

 それでも彼女は彼が何を思っていたのかをある程度察したのか、僅かに懐かしむように、そして悲しむように遠くに見え始めた寺院を見つめながら、何となく彼の手を取った。

 ローグハンターは僅かに驚きつつ、籠手のせいで握りにくいが彼女が求めるままに手を握り返すと、二人はそっと顔を見合わせ、ほぼ同時に綻ぶような笑みを浮かべた。

 そのまま手を繋いだまま歩いているのだが、

 

「……絶対に私たちがいること忘れてるわね、あれは」

 

「おしどり夫婦というやつですわね!」

 

 二人の後ろ、僅かに距離を開けて歩く女魔術師と令嬢剣士が、そんなやり取りをしていた。

 女魔術師は二人が結婚してから頻繁に行う、もはや付き合いたてのカップルのようなやり取りを毎日見せつけられたおかげでようやく慣れてきたのだが、せめて人目は気にして欲しい。見ているこちらが辛い。

 逆に令嬢剣士は目を輝かせながら二人の関係を羨ましそうにしている辺り、そういう恋人を超えた関係というものに憧れているのだろうか。

 

「仕事なんですから、集中してください!」

 

「言われなくてもわかってる」

 

「言われなくてもわかってるよ」

 

 令嬢剣士ではやはり止められないと、女魔術師は声を張り上げて二人に声をかけるが、二人は揃って振り向きながら言葉を返した。

 二人して先程まで腑抜けていた表情が一変、真剣な面持ちになっているのだから、二人を注意した女魔術師は小さく溜め息を吐きながら「なら、いいんです……」と意気消沈した様子。

 こうした切り替えの速さは、流石銀等級冒険者といったところか。それでも手を離していないのは、流石は新婚夫婦といったところか。

 そして喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉があるように、ローグハンターと銀髪武闘家は再び顔を見合わせ、照れたように顔を赤くしながら微笑み合っている。

 

「見せつけてるわよね、あれ」

 

「ふふ。羨ましいですわ」

 

 女魔術師がジト目になりながら令嬢剣士に問えば、彼女は赤くなった頰に手を添え、二人の姿を焼き付けるようにじっと見つめている。

 そんな後輩二人の言葉も、やはりローグハンターと銀髪武闘家には届かない。二人は構うことなく、手を繋いだまま寺院に続く道を進む。

 そうしてたどり着いた寺院は、水の街の法の神殿と比べるべくもない質素なものだった。

 もっとも、四人ともそれに関して嫌悪感はない。むしろ比較対象である法の神殿は秩序の威光を示す場でもあるのだ、少々飾り過ぎで、威圧感すら覚えるくらいが丁度良いのだ。

 ローグハンターは寺院の玄関にたどり着くと備え付けられた古びたノッカーを叩き、反応を待った。

 ばたばたと騒がしい足音が聞こえ、バン!と音を立てて勢いよく玄関が開く。

 

「ああ、やっと来た!待ってたよ、冒険者の方々!」

 

 それと同時、太陽を思わせる快活な女性の声が、四人の鼓膜を殴りつけた。

 朝早いとはいえ、件の葡萄園で土いじりでもしていたのか、汚れた神官衣──女神官が着ているものと似ている──を纏った褐色肌の女性。

 褐色の肌とエメラルドを思わせる緑色の瞳と合わせ、おそらくこの国の出ではないことは間違いあるまい。

 只人(ヒューム)と一括りにされているが、多種多様な人々が入り乱れている。肌の色が違う、言語が違う、文化が違う。それらを引っくるめて『どこにでもいる』からこそ、只人は只人なのだ。

 冒険者四人の視線を一身に受けた神官──葡萄尼僧は、寺院の中を示しながら「さあ、入って」と促した。

 促されるがまま寺院に足を踏み入れたローグハンターと彼の一党は、葡萄尼僧に続いて奥へと進む。

 コツコツとローグハンター以外の足音を響かせながら、法の神殿とは違う清貧さと静寂に包まれた寺院を進みながら、横目で食堂や礼拝堂を見やりながら、葡萄尼僧の案内で件の葡萄園へとたどり着く。

 風に乗って微かに香る甘い匂いと、それに混ざる土の香り。それを肺一杯に吸い込んだローグハンターは、表情を綻ばせながら葡萄尼僧に「ここを守ればいいのか?」と依頼を再度確認。

 

「ええ。飢えた鴉やイタチ、あと時々入り込む悪戯小僧なんかをとっちめて欲しいの。あと、たまに作業を手伝ってくれれば尚よし」

 

「わかった。任せろ、そういう手合いの相手は慣れてる」

 

 片目を閉じ、おちゃらけた様子で出された葡萄尼僧の指示にローグハンターは自信ありげに応じると、銀髪武闘家、女魔術師、令嬢剣士に目を向けて「さあ、やるぞ」と胸の前で左手に右拳を叩きつけた。

 

「おし!ならず者殺しの一党の力、地母神に見せつけてやる!」

 

 そんな彼を真似するように、同じように拳を叩きつけた銀髪武闘家が天に向かってそう叫んだ。

 いきなり名指しされた地母神は狼狽えつつ、とりあえず四人の幸運を祈るついでに声援を送る。

 そんな女神の声が届いたかは、彼女の信徒たる葡萄尼僧にすらわからない。だが、確実に言えることが一つ。

 

「それじゃ、頑張ってね。冒険者諸君」

 

 それはそれとしてと、葡萄尼僧は視線をローグハンターと銀髪武闘家、正確には二人の繋がれた手に向けた。

 

 ──いつまで手を繋いでるんだろうね……?

 

 寺院に入ってから葡萄園にたどり着くまでの数分。ローグハンターと銀髪武闘家は、決して手を離すことはなかった。

 

 

 

 

 

 葡萄尼僧とのそんなやり取りから、早数時間。朝一に始めた警備も、既に昼の時間に差し掛かっていた。

 どんなに時間が流れようと真面目に葡萄園と、ついでに寺院周辺の警備を進める冒険者たちであったが、

 

「平和だねぇ……」

 

「そうだな」

 

 銀髪武闘家とローグハンターの間には、ひどく弛緩した空気が流れていた。

 もちろん油断しているわけでも気を抜いているわけでもなく、単に力を抜いて有事に備えているだけなのだが、銀髪武闘家が言うように欠伸が出るほどに平和な時間が流れていた。

 陽の光を浴びていた彼女はふへ〜と気の抜けた声を漏らしながら、寺院の屋根に留まる鷲に目を向けた。

 彼──なのか、彼女なのかもわからないが──のおかげで、葡萄を狙ってきた鴉はすぐさま転身し、イタチに関しては時々狩られ、彼の昼食にされている始末だ。

 あとは時々悪戯小僧がくると言っていたが、こんな完全武装の大人たちがいる場所に喧嘩をふっかけてくるほど愚かではなかろう。何より万が一来てもローグハンターが気づかないわけがないのだ。

 ローグハンターはタカの眼を使いながら鷲と視界を共有し、常に周辺を警戒しているのだ。隙はない。

 

「先生、裏は何事もありませんでした。強いて言えば、神官の皆さんがお祈りしたり、身を清めていたりしていて、勉強になりました」

 

 そうして葡萄園を中心に警備を固めるローグハンターに代わり、寺院の周辺を一回りしてきた令嬢剣士が報告すると、彼女に続いて戻ってきた女魔術師が彼女の頭を杖で殴りつけた。

 

「『勉強になりました』じゃないわよ。真面目に警備しなさい」

 

 眼鏡の下で冷たい殺気を放つ双眸で令嬢剣士を小突きながら言うが、当の彼女はあまり気にした様子も見せず、「真面目に仕事はしていました!」と女魔術師に言い返した。

 彼女としては真面目に警戒していたし、その視界の端に神官たちの姿が映っていただけのこと。それを僅かばかりに追って、ほんのちょっと観察していただけのことだ。

 友人でもある女神官が普段寺院で何をしているのか、そんな疑問の答えが僅かにだが得られた気がする。

 

「──とにかく、裏も平和でした。多少獣の痕跡はありましたが、こっちまでくる気配はなさそうです」

 

 令嬢剣士の報告を適当だと判断した女魔術師が話を引き継ぎ、そう締め括ると、ローグハンターは「そうか」と小さく頷く。

 本職ではないにしろ、それなりに斥候(スカウト)の技能を鍛えているのだ。二人がそう判断したのなら、問題あるまい。

 彼は天頂に至った陽を見上げながら、「そろそろ昼食にするか」とぼやく。

 隣の銀髪武闘家も「そうだね〜」と気の抜けた声を漏らすと、くぅと腹の虫が鳴いた。

 女魔術師と令嬢剣士は反射的に彼女に目を向けるが、頭目のローグハンターはこうなる事をわかっていたのか、微笑み混じりに「俺も腹が減ったな」と彼女に同意を示した。

 そんな彼の気遣いと、二人への羞恥心に銀髪武闘家が赤くなっていると、寺院の方から葡萄尼僧が近づいてくる。

 真っ先にそれに気づいたローグハンターがそちらに目を向けると、彼女は「お疲れ様」と声をかけてくる。

 ローグハンターたち四人が小さく会釈をすると、彼女は四人に告げる。

 

「お昼にするから、食堂に案内するよ。お腹すいたでしょ?」

 

「おお!寺院のご飯って、どんなのだろ?」

 

 彼女の言葉に真っ先に反応したのは銀髪武闘家だ。

 彼女はパッと明るくなった表情のまま小首を傾げてローグハンターに問うと、ローグハンターは顎に手を当てて僅かに思慮する様子を見せるが、「俺もよくはわからん」と返して葡萄尼僧に目を向けた。

 謎の期待を向けられた彼女は苦笑混じりに頰を掻き、「冒険者からすれば質素で地味に感じると思うけど」と念のために説明しておく。

 それでも四人は構わないようで、葡萄尼僧の先導で寺院の中に戻った。

 

 

 

 

 

 地母神の寺院の食事は、確かに葡萄尼僧の言う通り質素なものであった。

 ギルドや眠る狐亭の食堂の料理に比べればだいぶ薄味で、けれど暖かいその味は、ローグハンターが好む味だ。

 見慣れない冒険者たちと共に食事をとる修道女たちが向ける、好奇の視線を受けながら食事を終えた彼は、寺院の奥の礼拝堂にいた。

 食堂の喧騒が開け放たれた窓から微かに聞こえ、そこには女魔術師や令嬢剣士の声も混ざっている。

 どうやら早速打ち解けたようだと安堵した彼は、静かに地母神の女神像──とても古く、それでも年季を感じぬほどに手入れの行き届いた翼を広がた微笑みを携える女性の像を前に、静かに跪く。

 自分は地母神の信徒ではないし、今更この女神の信者になるつもりもないが、

 

「──あの時は、ありがとう」

 

 彼は感謝の言葉を呟きながら、両手を組んで細やかな祈りを捧げた。

 かつて来たりし者との戦いで傷つき、限りなく死に近づいた銀髪武闘家を救うため、世界の理を無視して捧げた祈りを、慈悲深き女神は聞き届けてくれた。

 あの日、あの場限りの慈愛であろうと、その結果が今であり、彼女との結婚にまでたどり着くことができたのだ。感謝してもしきれない。

 数分ほど沈黙のまま祈りを捧げたローグハンターは立ち上がり、警備の仕事に戻るために踵を返すと、不意に礼拝堂の長椅子に腰掛けていた銀髪武闘家と目があった。

 いつの間に来たのか、声をかけてくれればいいものをと、出かけた言葉を胸の内側に押し込んで、「どうかしたか?」と淡々とした声音で問いかけた。

 

「別に、何にもないよ」

 

 微笑みながら返した彼女は席を立ち、女神像の前にいるローグハンターの下に歩き出し、すれ違い様に彼の手を取りながら、女神像に目を向けた。

 ローグハンターも彼女に倣う形で再び女神像に目を向けると、銀髪武闘家はただ黙ったまま彼の手を握る力を強める。

 彼女が何も言わないならと、ローグハンターも口を開くことはなく、ただ静かに互いの手の温もりを感じるだけの時間が続いた。

 その時間も二人にとっては何にも変え難く、許されるならずっとこうしていたいのだが、今は仕事中なのだ。切り替えねばならない。

 ローグハンターが名残惜しく思いつつ手を離そうとすると、銀髪武闘家が口を開いた。

 

「たまには、こういうのもいいね」

 

 照れているのか頰を赤く染め、苦笑を浮かべながら言葉を続けた。

 

「別に山賊とかを追いかけるのが嫌ってわけじゃないけど、こうやってこんびりするのも、たまにはね?」

 

 言葉に迷い、誤魔化すように笑いながら、彼女は愛する男に向けて言葉を投げかけた。

 それを受け取ったローグハンターは微笑むと「そうだな」と返し、「たまにはいいが──」と片手を腰に当て、言い辛そうに言葉を続けた。

 

「お前の命が最優先だが、金は必要だ。家を建てるにしても、予算はないとな」

 

「そうなんだよね〜。それに、その……」

 

 ローグハンターがいきなり現実的な事を告げた直後、銀髪武闘家は顔を耳まで真っ赤にしながら下腹部を撫で、「いつかは、家族が増えるかもだし」と消え入りそうな声で囁いた。

 その言葉に面を食らったのか、ローグハンターは彼女を見つめながら目を見開いて硬直すると、照れ臭そうに顔を背けながら「そうだな」とこちらも消え入りそうな声で言う。

 二人はそのやり取りが終わると、お互いに照れてしまったのか口を閉じてしまい、代わりに手を握る力が強くなり、離す時機を見失ってしまう。

 そんな二人の様子──地母神の女神像の前で、手を繋いだまま顔を紅潮させている──を見ている人物がいた。

 

「へぇ。結婚した冒険者って、やっぱりあの二人だったんだ」

 

 葡萄尼僧だ。彼女は二人の様子に意味深な笑みを浮かべると、邪魔をしないようにそっとその場を後にした。

 二人がいつ礼拝堂から出てくるかはわからないが、地母神は豊穣や慈愛だけでなく、性愛も司っているのだ。新婚夫婦が何かを誓い合うには、打ってつけの場だろう。

 それはそれとして、

 

「二人が式を挙げたなんて話、聞いてないのよね」

 

 大切な妹分でもある女神官からも、先輩冒険者が結婚したという話は聞けども、結婚式をしたという話は一切聞いていない。何より寺院を無視してそういった事をする輩はそういない。

 何か事情があるのかしらんと訝しみながら、廊下の向こうからおそらく二人を探しているであろう女魔術師と令嬢剣士の姿を認めた葡萄尼僧は、とにかく報酬分は働いて貰わないと意識を切り替え、こちらから二人に声をかけるのであった。

 

 

 

 

 

 その後、女魔術師に叱責されるという思わぬ事態になりつつも、その日の警備を無事に終えたローグハンターの一党。

 女神官が戻るまでということなので、翌日の朝一番に葡萄園に戻ってきた彼らに、突然の難題が叩きつけられた。

 

「これは、なんの足跡でしょうか……?」

 

「只人にしては小さいけど、ゴブリンにしてはちょっと大きいわね?」

 

 葡萄園の片隅に、突如として現れていた足跡。

 令嬢剣士が首を傾げ、女魔術師が眼鏡の下で目を細めながら足跡の主を推察する中、銀髪武闘家は辺りを警戒し、ローグハンターは目を細めながら顎に手を当てていた。

 無論、彼の眼にかかれば犯人などすぐに断定できる。実際、タカの眼越しに朧げに見える金色の人影は、葡萄園を観察してすぐに街の方へと向かっていった。

 

「ゴブリンじゃないのは確かだな。子供──にしては少し大きい。圃人(レーア)か?いや、そうだとしても何をしにきた」

 

 タカの眼で拾えた情報を口に出しつつ、現状ではこちらから追いかける理由もないなと判断する。

 むぅと小さく唸った彼は一党に目を向け、「警戒を強めるぞ。巡回の間隔を狭めて、経路も見直す」ととりあえずの対応策を指示。

 

「でも、四人でやるにはしんどいかもね」

 

 手が足りないとぼやく銀髪武闘家の言葉に頷いたローグハンターは、「誰か補充を頼むか」と天を仰いだ。

 誰か暇な奴いたかと朝のギルドの光景を思い出した彼は、すぐに目星をつけたのか「あいつらいたよな?」と銀髪武闘家に問いかけた。

 

「あいつら?」

 

 彼の問いかけに彼女は首を傾げるが、すぐに察したのか「いたね」と応じ、「呼んでこようか?」と重ねて問いかけるが、ローグハンターは首を横に振った。

 

「俺がいく。お前らはこっちで警備を頼む」

 

 彼女を一人で行動させるのと、ここで仲間たちと行動させる。どちらが安全かを天秤にかけ、ここでの待機を指示した。

 女魔術師も誰を呼ぶのか察したのか、なるほどと頷いているが、令嬢剣士はわかっていないのか「あの、どなたを呼ぶのですか?」と単刀直入に問いかけた。

 走り出そうとしたローグハンターはその前に振り向くと、不敵な笑みを浮かべた。

 

「そろそろゴブリン退治から卒業する、最近構ってやれていない弟子たちにな」

 

 

 




感想等ありましたら、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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