SLAYER'S CREED   作:EGO

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ここで言う事ではない気もしますが、子供達編である『継承』を一から書き直したくなってきているこの頃です。
もしかしたら、今書いているのを非表示にするなり消すなりするかもしれませんので、その時はご了承を。



Memory07 防衛準備

 依頼を受けてしまえば、冒険者の行動は早い。

 手早く準備を整え、酒商の息子が用意したという大型の馬車に飛び乗り、屋敷を目指す。

 

「ようやく状況が動きましたわね」

 

 がらがらと車輪が石畳に刻まれた轍を転がる音に混ざり、令嬢剣士の声が幌の中に響いた。

 ゴブリンスレイヤー、ローグハンターの一党の連合軍が身を寄せ合う馬車の中、嫌に響いた彼女の声にゴブリンスレイヤーが兜を揺らした。

 座り込んで店を広げ、あれこれと作業する手を止める事なく、いつも通りの淡々とした口調で応じる。

 

「必要な事ではあった」

 

 あまりにも端的な答えに令嬢剣士が苦笑する中、隣で窓の外を見ながら酒を呷っていた鉱人道士がげふ、と息を吐く。

 

「「小鬼の娘』だなんだかいう噂を聞いたら、まっしぐらに突っ走りそうなもんかと思っとったが」

 

「彼女は褐色肌人の血を引いているだけだ」

 

 彼の言葉をゴブリンスレイヤーはあっさりと切り捨て、更に口を動かす。

 

「依頼人は酒商の息子だ。奴もゴブリンではない」

 

 その言葉に「違いないわい!」と膝を叩いて鉱人道士が笑い、令嬢剣士も「そうですわね」と頷いた。

 三人のやり取りを聞いていた女神官も思わずといった形で微笑みをこぼし、隣の妖精弓手は呆れた様子で肩を竦める。

 

「結局はいつも通りのゴブリン退治じゃない。ホント、退屈しないわ」

 

「そうか」

 

「今のは皮肉よ」

 

「……そうか」

 

 ゴブリンスレイヤーはそう呟いて僅かに手を止めた後、すぐに作業を再開した。

 錬金術師さながらに乳鉢で何かをすり潰す姿は、鎧姿なことも相まって不気味なものだ。

 そんな見慣れた友人の姿を気にする事もない銀髪武闘家は、胸の前で両拳を突き合わせながら不敵に笑った。

 

「だいぶ遠回りしたかもだけど、後はぶん殴れば解決なんだし簡単よ」

 

「流石に言い過ぎでは?」

 

 彼女のあんまりにも単純な思考に女魔術師が半目になりながらぼやくと、「そう?」と銀髪武闘家が首を傾げる。

 

「裏であれこれ手を回しても、最終的に物をいうのは『暴力』なんだし」

 

「然り」

 

 彼女の暴論とも取られかねない言葉に首肯したのは、とぐろを巻くように座していた蜥蜴僧侶だ。

 

「万物創生以来、『暴力』で解決せなんだ問題の方が少ないですからな」

 

「……流石に言い過ぎでは?」

 

「左様。全部が全部とはいいませぬ」

 

 女魔術師が額を押さえながら投げかけた問いかけに、僧職らしい含蓄のある口調でもっともらしい事を口にする。

 

「情報を集め、軍議を開き、うんうんと唸った末に──」

 

「『面倒くさい、正面から行くぞ!』ってなっちゃうのがごく稀によくあるからね」

 

「今の声は、あの人の真似ですか?」

 

「似てたでしょ?世界の誰よりも聞いてる自信があるからね!」

 

 蜥蜴僧侶の言葉に続く形で、夫の声真似と共にある種の真理をついた銀髪武闘家の言葉に、女魔術師は嘆息した。

 やはり、あの人がいないとこの一党は脳筋しかいない。銀髪武闘家は言わずもがな、令嬢剣士も似たようなもの。ローグハンターは不在。やはり自分がしっかりしなければ……。

 

「力入りすぎよ。ほら、力抜いて」

 

 そうして眉間に皺を寄せていた女魔術師の様子に気づいてか、いつの間にか隣に擦り寄っていた妖精弓手が彼女の髪を撫でた。

 振り解くのも面倒な──けれど表情は心地良さそうな──女魔術師がされるがままにされていると、不意に窓の外に影が走った。

 ついで御者が「おわ!?」と声をあげ、更に「キィ!」と甲高い何かの鳴き声が続く。

 

「ん?」

 

 あまりにも聞き馴染みのあるその声にいの一番に反応したのは銀髪武闘家だ。

 ひょいひょいと荷物や仲間達の隙間を縫って進んだ彼女は、そのまま窓から身を乗り出し、御者台に顔を向けると、今度は彼女の頭に影が覆い、次の瞬間には何が彼女の頭に乗った。

 突然の重さに軽く頭を沈めるが、すぐにその何かに気づいた銀髪武闘家が右腕を頭上に掲げると、その何かが腕に飛び移った。

 そこにいたのは一羽の鷲。普段であればローグハンターの側を離れない彼の相棒──今の自分は妻なので、相棒の座は譲ってやった──が、目の前にいるということは。

 

「あ、見えてきたよ!」

 

 よしよしと頭を撫でてやりながら、その視線が向くのはこちらを見下ろすような高台の上にそびえ立つ屋敷だった。

 件の依頼人の父親は随分と儲かっていたらしい。真新しく、そして立派な屋敷だ。

 彼女の肩を合図に冒険者達も窓から顔を出し、ゴブリンスレイヤーは低く唸ったかと思うと、ぽつりと呟いた。

 

「どう見る」

 

「西が葡萄園。それで屋敷。屋敷から土手は下って、東は川かしら。音が聞こえるわ」

 

 偶然か、あるいは狙っていたのか、ゴブリンスレイヤーの隣の窓から顔を出していた妖精弓手がからの問いかけに応じ、彼は小さく唸った。

 地図は何度も確認したが、やはり直に目で見るのとはでは情報の量と質が違う。水の街に通じる支流の一つが、屋敷の脇を流れているようだ。地図を見ただけでは、もう少し離れていると思っていたのだが。

 

「なら、来るなら西でしょうか?」

 

「十中八九そうでしょうね。……まあ、いつかのゴブリンは舟を使ってきたから、もしかしたら東からもくるでしょうけど」

 

「その時は二人の魔術で吹っ飛ばしてね!」

 

 とりあえず手に入れた情報だけで令嬢剣士と女魔術師が侵攻経路(ルート)を予測し、銀髪武闘家が大雑把すぎる対応策を講じていた。

 

「──どちらにせよ、火は使えんな」

 

「当たり前でしょ」「当たり前です」

 

 ゴブリンスレイヤーがぼそりと漏らした言葉に妖精弓手と女神官が同時にツッコミを入れる中、彼は馬車の速度にあわせて流れる景色と屋敷を睨んでいた。

 葡萄園に点々と設置された案山子が嫌に目立つが、ゴブリンはあんなもの気にすまい。

 そして、冒険者が来ていることさえも気にすまい。奴らは自分達が負ける姿など欠片も考えず、突っ込んでくる。ゴブリンとはそういうものだ。

 まあ、負ける事を考えないという意味では、冒険者も同じではあるのだが。

 

 

 

 

 

「すみません、来てくださって本当にありがとうございます……!」

 

 馬車を降りた一党を出迎えたのは、一足先に戻っていた酒商の息子だった。

 そして彼の先導で扉を潜った先に広がるのは、冒険者達の予想を裏切るものでもあった。

 

「む……」

 

「こらぁ、なんとも……」

 

 足を止めたゴブリンスレイヤーの横で、思わずといった風に鉱人道士が声を漏らした。

 丁寧に整えられた庭。そこを通る小道(アプローチ)。重厚な樫木(オーク)の扉。

 それに対して玄関広間(サルーン)は、伽藍だった。

 あちこちに建材や骨組みが覗き、壁の塗り直しも中途半端。取り外された調度品も、埃よけの布を被せられて床の片隅に並べられていた。

 建築途中なのか、崩れかけた廃墟なのか、冒険者達は顔を見合わせて言葉に迷う。

 

「工事をなさって、おられるのですか?」

 

 女神官が迷った末に出した言葉に、酒商の息子は「外見は整っていてね」と疲労の滲む笑みをこぼした。

 

「父が改築を依頼していたんだが、逃げられてしまった」

 

「むぅ。まあ、気持ちはわからなくもないけど……」

 

 彼の言葉に銀髪武闘家は頬を掻き、役目を果たさずに打ち捨てられた建材に目を向けた。

 依頼人が混沌の勢力に手を貸した挙句、牢屋にぶち込まれたのだ。関わりを持ちたくなくなるのも無理はない。

 

「いい屋敷だと思うんだけどなぁ」

 

「──だが、今回ばかりは好都合だった」

 

 そうして伽藍の天井を仰ぎ見た瞬間、聞き馴染みのある声が冒険者達の耳に届いた。

 弾かれるように視線を向けた先にいたのは、黒で統一された衣装を埃で白く汚した一人の男。

 いつもは目深く被っている頭巾(フード)を取り払い、色が抜け落ちた白い髪と夜空を閉じ込めた蒼い双眸を冒険者達に向け、最後に深い愛情がこもった視線を銀髪武闘家に向けた。

 防塵用に口元を覆っていた布を取り払い、微笑みを浮かべた瞬間、銀髪武闘家は走り出していた。

 

「やっと会えた、久しぶり〜!」

 

「ああ、久しぶりだな」

 

 両腕を広げ、胸に飛び込んできた彼女を受け止めたのは、先んじてこの屋敷に馳せ参じていたローグハンターだ。

 二人揃ってぎゅっと相手を抱きしめ、およそ二週間ぶりの抱擁を堪能していた。

 彼女の息遣いが、彼女の温もりが、彼女の臭いが、何もかもが愛おしい。

 彼の息遣いが、彼の温もりが、彼の臭いが、こんなにも失い難いとは。

 

「とにかく、無事でよかった」

 

「お前も元気そうで何よりだ」

 

 一度体を離し、満面の笑みを浮かべる銀髪武闘家に、ローグハンターも笑みを返す。

 両手で銀髪武闘家の頬を包んだローグハンターは、接吻(キス)代わりに彼女の額に自分の額を押し当てた。

 目を閉じ、額に伝わる彼女の体温をより強く感じていると、自分の手に彼女の手が重なり、優しく握ってくれる。

 彼女の優しさに頬を緩めながら、ローグハンターは口を開く。

 

「もっとこうしていたいが、今は時間がない。昨日もゴブリンの物見が来ていた。あいつら、今日にでも攻めてくるぞ」

 

「そっか。じゃ、頑張らないとね」

 

 二人はその言葉を最後に目を開け、額を離した。名残惜しそうに繋がっていた手も離れ、夫婦の時間が終わりを告げる。

 表情を引き締め、意識を切り替え、夫はならず者殺し(ローグハンター)としての仮面を、妻はその右腕たる銀等級冒険者としての仮面を被り直す。

 

「状況は」

 

 そしてそんな二人の頃合いを見計らい口を開いたのはゴブリンスレイヤーだ。

 端的に投げられた問いかけに、ローグハンターは壁を示しながら告げた。

 

「壁を抜いて部屋の行き来をしやすいようにしている最中だ。他にも薄すぎる壁を補強したりもしているが、どうにもこの手の作業は馴染みがなくてな」

 

 どちらかと言えば虹色(レインボー)の領分だろ、これはと冒険者達からしても意味不明な事をぼやく彼を横目に、女神官が酒商の息子に問いかけた。

 

「……あの、話を聞いた限りだと既にお屋敷が……」

 

「ああ、それなんだが……」

 

「私が許可しました」

 

 言葉に迷う女神官と酒商の息子の会話に割り込んだのは、広間より伸びた階段上からの声だった。

 張り詰めた弓の弦が奏でる音のような声をあげたのは、一人の老婦人。

 上品だが華美ではなく、落ち着いた色合いの服を纏い、灰色になった髪を高く結っている。

 かつては美しく豊満であっただろう容貌は今では痩せ衰え、多くの歳月に覆われていた。

 けれどそれを恥じる事なく、力強く階段を下りる振る舞いこそが、今の彼女の美しくだ。

 女神官は息を呑み、居住まいを正した。その仕草さえ、老婦人は当然のように受け入れた。

 

「もはや当家に残された名誉はただ一つしかなく、となれば他の全ては瑣末事でしょう」

 

 彼女は値踏みするように冒険者達を見回し、老婆のそれでありながら力強い声でもって告げる。

 

「我が一族は、一度として膝をついたまま立ち上がらなんだ事はないのです」

 

 その一族としての信条(クリード)が、老いてなお彼女を毅然とさせているのだろう。

 

「商いでも、戦でも、それは同じ事。……報酬分の働きを期待します、冒険者の方々」

 

 老婦人が優雅な一礼をすると、滑るような動きで二階へと去っていった。

 ローグハンターはその背中に明確な尊敬の念を込めて頭を下げ、銀髪武闘家も彼にならう形で一礼。

 

「凄い人だろ、あの人」

 

「うん。なんか、圧倒されちゃった」

 

 揃って顔を上げた二人は老婦人に対して大雑把すぎる感想を漏らす中、妖精弓手は僅かばかりの敬意を滲ませ、くすりと笑った。

 

「ホント、只人(ヒューム)って面白いわよね。あの子(・・・)に格好いいとこ見せなきゃ、年長者としてね」

 

「あの子……?」

 

森人(エルフ)の尺度でみれば、私達は皆子供なんでしょ」

 

 彼女の言葉に令嬢剣士が困惑し、女魔術師が溜め息混じりに肩を竦めた。

 だが、冒険者として依頼人に格好悪いところを見せるわけにはいかないのもまた事実。

 何より『報酬分の働きをしろ』とまで言われたのだ。その期待と信頼に応えなければ、冒険者として、何よりならず者殺し(ローグハンター)の一党失格だ。

 目の前に助けを求める人がいて、自分達には助けられるだけの力がある。ならやる。そして報酬も貰う。冒険者とはそういうものだ。

 

「さて。仕事は山積みだ、取り掛かるぞ」

 

 パン!と手を叩いたローグハンターがそう言うと、冒険者達は一斉に頷き、屋敷中に散っていくのだった。

 

 

 

 

 

 メイドがパタパタと走り回り、下男があちこちを駆け回る。

 料理番も、農奴も、酒商の息子と老婦人のために屋敷に残った者達が、役職や上下に関係なく、己の仕事を懸命にこなしていた。

 伽藍と廃墟然とした静かさに包まれていた屋敷にも、にわかに活気づいているようですらあった。

 問題があるとすれば、その活気づく原因だけだろう。

 

「どう思う」

 

 屋敷の前に広がる葡萄園。並んだ木々の間に伸びた道の末端に、ゴブリンスレイヤーとローグハンターの二人はいた。

 葡萄の低木が落とす影の中、そこにあるのは忌々しい小鬼達の足跡だ。

 

「いつかの牧場の時よりは少ないだろう。数が少ない」

 

 ローグハンターはゴブリンスレイヤーの問いに片手半剣(バスタードソード)で足跡を示しながら答えた。

 蒼く輝く瞳を細め、『タカの眼』を通して見える色褪せた世界に映るのは、数日前にここを覗きに来たゴブリン達の幻影だ。

 数はそこまで多くはないが、下手に群れを刺激したくなったが故に見逃された幸運の持ち主達。

 

「案山子を立てさせたら寄り付かなくなったが、そろそろあれが藁人形だと気づかれる頃合いだろう。気づいていないにしても、『面倒くさい、正面から行くぞ!』ってなるのがゴブリンだと思うが」

 

「…………」

 

「どうした」

 

「いや。それは間違いあるまい」

 

 ローグハンターの説明と、何とも聞き馴染みのあった言葉にほんの一瞬気が逸らされたゴブリンスレイヤーは、すぐに意識をこちらに戻して鉄兜を縦に揺らした。

 ゴブリンにとって他の奴らを襲うのは当然、奪うのは当然。それを邪魔してくる生意気な相手に対して、奴らは勝手に怒り、頭に血を上らせ、怒り心頭になる。

 つまり、何か一つか二つでも妨害の策を用意しておけば、向こうから勝手に突っ込んでくるのだ。そうなればいつも通りのゴブリン退治と大差はない。

 だが、今回のゴブリンは何やら計画を立てた混沌の勢力の下っ端だ。上等な武器や鎧、あるいはほかの何かを持っている可能性もある。

 備えはありすぎて困ることはないのだ。何か仕掛けてくると考えておいて損はない。

 

「……次は川だ」

 

「土手のすぐ下が川だ」

 

「土手?」

 

「あ〜。どうやらこの屋敷は堤防代わりに川沿いに盛った土の上に建てられたらしくてな」

 

 ゴブリンスレイヤーの問いかけに、ローグハンターは忙しくしている下男の一人から教えられた情報を口に出し、川と屋敷は上下に距離がある事を教えてやった。

 ゴブリンスレイヤーはそうかと頷き、立ち上がる。

 木々の隙間からは血のように赤い夕暮れの陽光が差し込み、ゴブリンスレイヤーとローグハンターの二人を怪しげに照らしていた。

 

「あれは、なんだったか」

 

 そして、その赤さで何かを思いついたのか、ゴブリンスレイヤーが口を動かした。

「なんだ」と首を傾げるローグハンターに、ゴブリンスレイヤーは小さく唸り、そして告げた。

 

「あの赤い煙が出るやつだ。あるか?」

 

「……ああ、なるほど」

 

 ゴブリンスレイヤーから伝えられた情報に思い当たるものがあるローグハンターが雑嚢を探り、「五つだけだが」と個数を確認した。

 

「十分だ。これと合わせて農道に設置してくれ。位置は任せる」

 

「わかった。悪巧みは嫌いじゃない」

 

 ゴブリンスレイヤーの策を『悪巧み』で一纏めに括ったローグハンターは、指示通りに農道へと足を向けた。

 彼の背を見送るゴブリンスレイヤーは、不意に鉄兜を揺らして周囲を見渡した。

 屋敷一つを守るだけの、ちっぽけな戦い。

 いつかに経験した悪魔の群れ(レギオン)との戦いなどとは比にならない、盤上の一升にも満たない領域を巡る小競り合い。

 天上の神々が壮大な物語(サーガ)の幕間に仕込んだ程度の小話。勝っても負けても、物語自体の結末には直結すまい。

 

「──知ったことか」

 

 それに何の問題があるというのか。ゴブリンスレイヤーにはまるでわからなかった。

 

 

 

 

 

「おう、銀髪の!こっちも頼んまぁ!」

 

「はいはい。場所開けて」

 

 そんな一党の頭目同士のやり取りなど露知らず、銀髪武闘家は鉱人道士に呼ばれるがまま壁の前に立った。

 

「ここでいいの?」

 

「おう。ぶち抜け」

 

「はいよっと」

 

 壁に手をついて最終確認を取り、許可が出たとなれば構えを取る。

 左足を引いて半身になりながら、右手の指先を壁に当てる。

 間合い十分。体調万全。相手は薄く、動くこともないただの壁。ならば何の問題もなし。

 

「──シッ!」

 

 鋭い呼気の音と共に、壁に当てられた指が折れ曲がり、瞬間形作られた拳が壁にめり込み、罅を刻み、次の瞬間にはバラバラと音を立てて完全に破砕する。

 

「ふ──……」

 

 パラパラと音を立てて破片が落ちる中、拳一つで壁を綺麗に破壊した銀髪武闘家は深く息を吐き、残心を一つ。

 

「…………あの、こう、道具を使うとかではないのですか?」

 

 そして砕かれた壁の向こう。下男と二人で壁をくり抜いていた令嬢剣士が口の端を引き攣らせながら投げかけた問いかけに、銀髪武闘家はこてんと首を傾げた。

 

「このくらいの薄さなら問題ないでしょ。それに、(こっち)の方が楽だし」

 

「あ、はい。そうですわね」

 

 埃だ破片だで白く汚れた拳を突き出しながら、笑みと共に告げられた言葉に令嬢剣士はどこか遠い目をしながら心無い返事を返し、次の作業に取り掛かるフリをして廊下の向こうに消えていった。

 

「ちょっと、何で離れてくのさ!?」

 

 銀髪武闘家がそんな遠ざかる彼女の背中に当惑の声をあげるが、彼女が戻ってくることはなかった。

「もう!」と不満げに頬を膨らませる中、「あ、あの〜」と背後から女神官に声をかけられる。

 

「ん?どうかした?」

 

 振り向き様に問いを投げてやれば、「どうぞ」の声と共にバスケットにサンドイッチが差し出された。

 隣の鉱人道士は「これは助かるわい」と感謝の言葉と共にそれを受け取り、銀髪武闘家もまた手を拭って埃を落としてから「ありがとう」と笑みを浮かべた。

 そうして間食を受け取ろうとすると、ずいっともう一人分のサンドイッチも差し出された。

 何事と首を傾げる彼女に、女神官は「こっちはあの人に」と農道を方を──正確にはそこで何かの作業を終えたのか、土塗れの手を拭うローグハンターを指差した。

 

「お願いしてもいいですか?」

 

「わかった。じゃ、一回休憩」

 

 女神官からサンドイッチを受け取った銀髪武闘家はパタパタと走り出し、ローグハンターの下へと向かっていった。

 

「嬢ちゃんは気遣い上手じゃな。あの金床にもこのくらいの甲斐性がありゃなぁ」

 

「聞こえてるわよ、この寸胴樽!」

 

 鉱人道士の悪態に屋根上で見張りを務めていた妖精弓手が怒鳴り返す中、女神官は「あはは」と乾いた笑みをこぼしながら告げた。

 

「私が渡すよりも、あの人が渡した方が食べてくれそうですから」

 

 

 

 

 

「──というわけで、差し入れのサンドイッチだよ!」

 

「ああ。こっちもちょうど終わったところだ」

 

 ゴブリンスレイヤーからの指示を終え、農道から屋敷に戻ってきた彼を出迎えたのは、愛する妻の笑顔と女神官からの差し入れだった。

 彼女の笑みにこちらも笑みで返してやりながら、手頃な段差に腰を下ろした彼はぽんぽんと隣を叩いて銀髪武闘家に隣に座るように促した。

 言われるまでもなく彼の隣に座った銀髪武闘家は、彼の肩に寄りかかりながらサンドイッチを口に運び、頬張った。

 ローグハンターもまたサンドイッチを頬張り、ほんの僅かに感じていた飢えを癒やし、肩に寄りかかる心地よい重さが疲れを癒してくれていた。

 黙々と食をすすめること数分。先に食べ終えた銀髪武闘家が何をするわけでもなくローグハンターの肩に頬擦りし、彼の方もそれを受け入れされるがままになる事を選んだ。

 彼女と離れてだいたい二週間ほどか。こうして触れ合うだけでも、その離れていた時間が埋まっていく感覚が何とも心地よい。

 

「ねえ……」

 

「何だ」

 

「頑張ろうね」

 

「言われなくても」

 

 そんな気の抜けた声で告げられた言葉にローグハンターが苦笑混じりに返す中、銀髪武闘家は「あ、そうだ」と何かを思い出したように彼の顔を見上げた。

 

「これが終わったら、時期的にお祭りがあるでしょ?」

 

「その祭りをする為の依頼の延長だからな、これは」

 

 彼女が口にしたのは、地母神の神殿が主体となって執り行う早摘み葡萄の収穫祭だ。正確には秋の実りを祈る祭事だが、まあ楽しく騒げるのなら何でもいい。

 そんな地母神の神殿の葡萄尼僧の悪評を広めた男の息子を守るとは、何とも摩訶不思議な状況になったものだ。

 だが、ローグハンターからすればそんな事情など関係ない。依頼が来たのなら、それに沿った行動をする。それだけのこと。

 

「それで、祭りがどうかしたのか?」

 

「うん。たまには二人でのんびりお祭りを回らない?」

 

 肩に寄りかかりながらこちらを見上げてくる彼女を見つめ返しながら、彼女からの『デート』の誘いにローグハンターは笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだな。たまには、それがいい」

 

 彼女の肩を抱き寄せ、今度はこっちが寄りかかりながら、微笑み混じりに頷いた。

 この二週間、彼女とまともに会うこともできずにいたのだ。彼女と二人でいられるのなら、こちらとしても都合がいい。

 

「頑張らないとな」

 

「うん。頑張ろう」

 

 夫婦の些細な約束が決まると共に、赤く染まっていた空は青紫に変わり、陽が山の向こうに沈むと共に双子の月が輝き始める。

 間もなく夜だ。混沌の手勢達の時間だ。ゴブリン達にとっての昼だ。

 二人は頷きあうと立ち上がり、ローグハンターは首を鳴らし、銀髪武闘家は指の骨を鳴らして足首を回して具合を確かめた。

 間もなく夜だ。冒険の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 




感想等ありましたら、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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