ボリューム控えめとの前情報でしたが、一ヶ月足らずでクリアできてしまうとは。でも面白かったのでOKです!
現代編の描写がほとんどなかったのはちょっと気になりますけど。なくても良くねとか思ってたのに、いざなくなると物足りなく感じるの何なんでしょうね。
双子の月に照らされる葡萄園。
商館の二階に陣取ったローグハンターはタカの眼を発動しつつ、闇夜に紛れて動き回る小さな赤い影を睨みつけていた。
「かなりいるな。見る限りではゴブリンだけだが、警戒を緩めるなよ」
「予想通りだ」
「私は外れて欲しかったな」
ローグハンターの報告にゴブリンスレイヤーは兜を縦に揺らし、妖精弓手はげんなりした様子で肩を落とす。
前もゴブリン、その前もゴブリン、そして今回もゴブリン。ゴブリン、ゴブリン、またゴブリン。流石に嫌になってくる。
そんな彼女の様子を意図して無視し、ゴブリンスレイヤーとローグハンターはそれぞれの持ち場に向かう。
ゴブリンスレイヤーは鉱人道士と蜥蜴僧侶の元へ、ローグハンターは銀髪武闘家と令嬢剣士の元へ。
「お、戻ってきた」
「先生、万事指示通りですわ!」
「わかった。そろそろ仕掛けてくるぞ」
そのまま二人を連れながら廊下を進み、途中ですれ違う怯えた様子の──けれど最低限の武装はしている使用人らを励ましていく。
混沌の勢力との取引を知られ、評判が地の底に堕ちてなおこの屋敷と酒商の息子や老婦人の為にこの場に残った頼もしい素人達。
接近戦の心得などない。石だのを投げて牽制するならまだしも、彼等に剣を振らせる言葉にとはつまり、自分達の敗北と同義だ。それだけは避けねばならない。
この事態になるまでの過程を思い返せば、この状況を生み出したのは自分なのだし、ここで頑張らねば冒険者としてもアサシンとしても失格もいいところだ。
「川の警戒は大丈夫なんだな」
そんな胸中での呟きを欠片も表情には出さず、ローグハンターは次の手を銀髪武闘家に問いかけた。
万全を期すために最大の心配はやはり川だ。ゴブリンは舟に乗って川を下る──正確にはただ流されてくるだけ──ぐらいならできる。葡萄園からの攻撃は何とかするとして、川からも攻撃がくれば流石に面倒くさい。
「うん。あの
その返答は女魔術師を中心とした幾人かで警戒しているという報告書だ。
「なら、大丈夫だな」と女魔術師への全幅の信頼を口に出し、それを聞いた銀髪武闘家と令嬢剣士は顔を見合わせながら思わずといった形で苦笑した。
今の言葉はかの術師がローグハンターの中でそれなりに上位の存在になっているという事の裏返しだ。
妻である銀髪武闘家や妹である勇者、一方的かもしれないが親友扱いのゴブリンスレイヤーには及ばないにしても、その次くらいには頼れる相手として認識している。
もしこの場に女魔術師がいれば顔を赤くして恥ずかしがるか、慌てながらも謙遜してあれこれ言い出す事だろう。
まあ、それはそれでローグハンターに「謙遜するな」と微笑まれるだけで黙り込む事になりそうだが。
「──さて、仕事の時間だ」
ローグハンターは目深く被ったフードの下で不敵な笑みと共にそう告げる。
それからほんの数秒の間を開けて、葡萄園の方からゴブリンたちの狂い猛った雄叫びが響き始めるのだった。
夜闇に紛れ、葡萄の低木に身を潜めながら館に迫っていたゴブリン達は、まさに恐慌状態に陥っていた。
最初の異変は誰かが何かを踏み砕いた事だ。
足元から赤い煙が噴き出し、ゴブリンの群れを包み込んだ。そして、次の瞬間には煙に巻かれたゴブリンたちは目を血走らせながら、意味不明な雄叫びと共に殺し合いを始める。
無論、ゴブリンたちとて愚かではない。赤い煙が危険と見るや、その煙がない道を走り出す。そして次の瞬間には足元に仕掛けられていた地雷を踏み抜き、赤い煙と共に恐慌に陥り、殺し合う。
側から見れば魔術か呪術に見えるだろう。だがそれはローグハンターの
術の消費はない。ローグハンターの補充可能な手札を何枚か無くしただけのことだ。
混乱は混乱を呼び、煙を吸っていないにも関わらず恐慌状態に陥ったゴブリンたちは煙を恐れて右に左に道を変え、本人たちも意図しないうちに一本道に誘導されていく。
逃げ出す事もできるだろうにしないのは、煙を巻かれたのは馬鹿な奴らで自分はそうではないと根拠のない絶対的な自信があるからに他ならない。
「やれやれ。大量だね」
そして何より、一本道の向こうに女が一人で突っ立っているとなれば足を止める理由は更に減る。あの一番にあの女を組み敷き、好き勝手に嬲る権利を得るべく、邪悪な情欲に歪む黄色の双眸で女を睨む。
「久しぶりに見たけどやっぱりえげつないよね、あれ」
そんなゴブリン達の視線を全身に浴びながら、それでもなお怯まずに仁王立つ銀髪武闘家は思わず嘆いた。
愛する夫のすることだからあれを間違った事には使わないだろうし、あれに何度も助けられている身分なのでとやかく言うつもりもない。
ないのだが、流石にあれを浴びせられる相手には同情──する必要はないな。ローグハンターがあれを使うという事は、相手がそれを使うに値する畜生な事は確定なのだから。
深く息を吸い込み、吐く。拳を握り、引き絞る。銀色の髪が夜風に揺れ、月光を浴びて神秘的な輝きを放つ。
その美しさを理解できないゴブリンたちは、それを引き裂き穢さんと迫り来る。
先頭を走るゴブリンが何かを喚く。ぶっ殺してやるか、女がいるぞか、単なる閧の声か。あるいは
相手は一人。こちらはたくさん。数に物を言わせて押し倒し、手柄を自分のものにして一番最初のお楽しみに預かる。先頭を走るゴブリンが考えたのはそんな低俗な事。
ゴブリンは誰一人として考えない。自分たちが負けるという事を。ゆえに気づかない、彼女の陣取る一本道脇の低木の陰に彼女の騎士とその戦友が潜んでいる事に。
そして先の邪念を感じ取った騎士が、一層殺気立っている事に。
そんな事を知る由もないゴブリンたちは目の前の餌に釣られて走るあまり足並みがズレ、隊列が縦へ縦へと伸びていく。いつしか群れは複数の集団に分かれ、勝手に距離が開いていく始末。
そして先頭集団がまさに銀髪武闘家に飛び掛からんとした瞬間。
「シッ!」
「オオ!」
「もらい!」
ローグハンター、ゴブリンスレイヤーが木の影から飛び出すと共にそれぞれ一匹ずつゴブリンの首を切り裂き、二階の窓から射線を通していた妖精弓手の一射がゴブリンの眼窩を貫いた。
「GBR!?」
後続の三匹が瞬く間に殺され、一瞬にして孤立する事になったゴブリンが驚倒のまま音に釣られて振り向いた瞬間、
「でりゃああああああああああ!」
開戦の狼煙だと言わんばかりの怪鳥音と共に、銀髪武闘家の踵がその頭蓋にめり込み、そのまま身体を縦に寸断した。
何が起きたのかも理解できずに左右に割れるゴブリンの死体に一瞥もくれず、銀髪武闘家は上の森人手製の具足の具合にご満悦の表情を浮かべ、空を蹴った。
踵にへばりつく肉片と返り血が空に弧の字を描き、重力に引かれるがままに落ちて道の中央に一直線の赤い線を引いた。
「格好つけてないで、次来るわよ!」
「わかってるよ!二人とも、行けるよね!」
「問題ない。それにしても、ゴブリンにしてはいい武器だな」
「好都合だ」
上から微笑み混じりに浴びせられた注意の声に打てば響くように返す傍らで、ローグハンターとゴブリンスレイヤーはそれぞれゴブリンが持っていた武器を回収していた。
ゴブリンのそれにしては随分と質がいい。やはり野生の群れではなく、混沌の勢力の息がかかった尖兵なのだろう。
「GBRRRRR!!!」
「GOBGOB!」
そんな冒険者達のやり取りが終わると共に、第二陣が彼等に迫る。
女が増えた、二階にいるぞと喚き散らし、手柄欲しさに向かってくる。その背後には更に数を増やした第三陣。速度を増している様子からして、その二つが合流するのは時間の問題だ。
「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》!!」
冒険者達が身構える中、彼らの背後から聞こえたのは一人の少女の真摯なる祈祷の声であった。
冒険者達を鼓舞し、誰かの力でたらんとする少女の祈りは、慈悲深き地母神に届きえる。
それを知らないゴブリンたちの群れが合流を間近にした時、唐突に二つの群れは分断された。地母神の加護により与えられた《
後ろで聞こえた悲鳴に狼狽えた第二陣だが、危機的状況に陥ったのはむしろ彼らの方だ。退路もなく、増援も望めない彼らに迫るのは黒と銀の二人組。
ローグハンターと銀髪武闘家の夫婦が、ほぼ同時にゴブリンたちに踊りかかる。
「ふっ!」
鋭く息を吐きながら
一匹目は頭蓋から噴水の如く血を噴き出し、二匹目は血の泡を噴きながら崩れ落ちる。
そして彼の背後から襲いかかろうと息を殺して迫っていたゴブリンは、彼の右腕たる冒険者が叩き潰す。
「デリィヤ!!」
口から怪鳥音を響かせながら拳を固めた鉄槌を振り下ろして頭を殴り砕き、地面にぶち撒けられた頭蓋とその中身に一瞥もくれず、くるりと体を回して勢いをつけた後ろ回し蹴りで飛びかかってきたゴブリンの胴を寸断。
臓物をこぼしながら断末の叫びをあげるゴブリンを無視し、ローグハンターと銀髪武闘家は更に加速。
流れるような連撃でもってゴブリンを屠殺し、乱戦の中で文字通りたった二人でゴブリンの群れを虐殺していく。
背中を預け、肩を並べ、言葉もなく、視線すらも合わせずに、二人の連携は冴え渡る。
人が人である限り必ず生まれる死角を互いで庇いあい、動作の合間に生まれる一瞬の隙を補強しあう。
二人の
そしてその美しさと殺意に気圧されたゴブリン達が、二人から離れようと身を翻した瞬間、更なる追撃が彼らを襲った。
「これで、三!」
「イィイィイイイイイイヤアァァアアア!!!」
ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶が、二人が取りこぼしたゴブリンに襲いかかったのだ。
「四、五!」と淡々と数を数え上げるゴブリンスレイヤーと、猛々しい原初の怪鳥音をあげる蜥蜴僧侶。
ゴブリンスレイヤーの中途半端な剣が翻る度に血の花が咲き、蜥蜴僧侶の爪爪牙尾が振るわれる度にゴブリンの体が斬断されていく。
ゴブリン相手にはあまりにも過剰な戦力たる前衛四人は瞬く間にゴブリンを屠殺し、ローグハンターは短く息を吐いた。
煙による同士討ち。一本道への誘導。《聖壁》による分断。屠殺。
女神官が使える奇跡は日に三度。一度は用心として残しておく都合、この作戦ができるのはあと一度。
ローグハンターはちらりとゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶に目を向ければ、二人は問題ないと一度頷く。背後の銀髪武闘家にはもはや聞くまでもない。今の彼女は絶好調だ。
ならばとローグハンターは頭上に剣を掲げ、くるりと円を描いた。
直後それを合図に《聖壁》が消え、立ち往生していたゴブリンたちが邪悪で醜悪な笑みと共に突撃を再開。
今度こそ男どもを殺し、女を犯し、ここを自分達のものにするために、欲望のまま走り出す。
走り出す
「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》!!」
そして再び嘆願された《聖壁》の奇跡は、先ほどの繰り返しのようにゴブリンの群れを分断し、冒険者四人対ゴブリン十数匹の形を作り出す。
ゴブリン最大の武器はその数だというが一人で三殺。蜥蜴僧侶が四殺すればそれで終わるのは、果たして数的不利なのか。
「ゴブリンどもは皆殺しだ……っ!」
あの一番にゴブリンスレイヤーがゴブリンの群れに挑みかかり、その後ろにローグハンター、銀髪武闘家、蜥蜴僧侶が続く。
戦闘音に混じるのはゴブリンの悲鳴ばかり。ここは洞窟ではない、ゴブリンの巣穴ではない。ゴブリンなど、手札を出しあい、策を練り、万全のまま待ち構えた冒険者たちの相手ではないのだ。
葡萄園の戦闘が文字通り一方的な様相となる中、川を警戒していた使用人の一人が顔を青くしながら隣で視線を鋭くしていた女魔術師の顔を見た。
天を舞う鷲も警戒を促すようにキイキイと鳴き、おそらくローグハンターにもその異常を知らせていることだろう。
それでも彼からの指示がないとはつまり、『そっちで何とかしろ』という指示に他ならない。
彼からの信頼。それに応えられずして、何が魔術師か。
「見る限り三隻。
柘榴石が嵌められた杖を掲げ、彼女が睨む先にいるのはゴブリンの漕ぎ手により操られ、こちらに迫り来る三隻の船だった。
だがしかし、悲しきかなこちらの魔術もまた
そして、何よりも──。
「三発も必要ない、一発で仕留めて見せる」
ここで魔術を3度使ってしまえば、万が一後続がいた時に手札を失う。そうなってもローグハンターとゴブリンスレイヤーならどうにかするだろうが、ここを任されたのは自分だ。二人からの期待を裏切ることなど出来はしない。
「何か来るわ、気をつけて!」
屋敷の方から放たれた警告は妖精弓手のものだ。
彼女の耳は川から迫る艦隊にも気づいてはいたが、そこはローグハンターの指示通りに女魔術師が何とかする。なら、こちらが対応するべきは目の前の事だ。
「言われなくても!」
彼女の警告に叫んで返したのは銀髪武闘家。彼女の耳にも雷電龍の唸り声にも似た異音が届いており、それが段々と大きくなっている事にも気付いていた。
冒険者たちの警戒が高まり、最高潮に達した瞬間、それは姿を現した。
稲妻の如き音を伴い、土を跳ね散らかしながら戦場に踊り込んできたのは異様な
「ちょっと、あれは無理!」
「む……!」
「これはいかぬ!」
「面倒だな、これは……っ!」
迎撃せんとした銀髪武闘家はすぐさま見切りをつけ、ゴブリンスレイヤーは円盾を構えて飛び散る礫を防ぎながら呻めき、蜥蜴僧侶がぎょりと目玉を回す。
ローグハンターは鬱陶しさを隠そうともせずに「
文字通り逃げ出した冒険者たちとは違い、それへの対応が致命的に遅れたゴブリンたちは次々とそれに轢き殺され、見るも無惨な肉塊へと成り果てていく。
それは敵味方問わず、殺戮を成し遂げるための暴力装置。
「GOOOR!GBR!!」
赤い月灯りを浴びるその機構の上で、勝ち誇るのはゴブリンの頭領。
彼が君臨するそれは、おそらく原型は前後を逆にした荷車だろう。荷台に防楯を始め、槍だの鉾だの投石器だのの危険物をありったけを載せ、それを無数のゴブリンどもが手押し車よろしく横棒を握って地を駆け、駆動させる。
混沌の勢力からの
「とにかく、あれどうするの!?ぶん殴ったら腕無くなっちゃうよ!?」
「《
「運任せか。気に入らんな」
銀髪武闘家の切迫した声。蜥蜴僧侶の冷静な分析。ゴブリンスレイヤーの悪態。
いつも通りのそれを聞きながら、ローグハンターはフードの下で笑みを浮かべた。
「いつも言ってるが」
ガタガタゴトゴトと喧しい音を立てながら方向転換する戦車を睨みながら、彼は言う。
「──運は自分で掴むものだ。俺の弟子を名乗るなら、何とかしてみせろ!」
「承知しましたわ!」
そして彼の前振りと共に館の二階から飛び降り、華麗な五点着地を決めた令嬢剣士が突剣の鋒を戦車に向けた。
浮かべるは不敵な微笑。戦場の風に蜂蜜色の髪を揺らし、宝石の如く美しい碧眼に恐れはない。
その瞳が、ゴブリンの戦車長の感情を逆撫でし、逆鱗に触れた。
何だあいつは!俺は戦車に乗っているんだぞ!何より俺の方が偉いんだぞ!
そんな事を喚いているのか、汚く唾を撒き散らしながら錆びた鉈を振り下ろす。
一太刀でもって投石機の紐が断たれ、ぶつりと音を立てて錘が沈み、その反動で支持腕が唸る。
巨大な匙の形をしたそれに載るのは一つの岩。当たれば体が潰れ、まず間違いなく命を落とす凶器。
だが幸運なのは、ゴブリンたちに弾道計算などできない事と、その程度で怯む令嬢剣士ではない事。
孤を描いて飛んだ岩は彼女の頭上を超え、補強した館の壁に大穴を開ける。
「大丈夫、そっちには誰もいないわ!」
やばいと振り向いた銀髪武闘家に妖精弓手が矢を番えながらそう言うと、彼女はホッと胸を撫で下ろし、令嬢剣士に目を向けた。
「「──《
それは偶然だった。戦車を睨む令嬢剣士と、艦隊を睨む女魔術師の詠唱が重なった。
「「──《
紡がれるのは
女魔術師の掲げた杖の柘榴石に、令嬢剣士が構えた突剣に、紫電が宿る。
ゴブリンの戦車長は喚いた。早く奴を轢き殺せと。
ゴブリンの船乗りたちは弓を構えた。あの光ってる奴をさっさと殺せと。
突き刺さる殺意。回る車輪。放たれる矢。己に死を与えんとする凶器を前に、二人の少女は怯まない。
尊敬する師の信頼に応えるため、皆を救うため、限界まで張り詰め、集中した意識が相手から外れることはない。
戦車が走り出す。足元に矢が突き刺さる。骰子の転がる音が聞こえた、だがそれよりも──。
「やっちゃえぇぇええええ!」
「ぶちかませ、お前ら!!」
限界まで張り上げた銀髪武闘家の声が、柄にもなく叫んだローグハンターの声が、二人の背中を押した。
「「──《
術の完成は同時。そして『
「GBR!?!?!」
ゴブリンの戦車長は何かが光ったとしか認識できなかったろう。彼の指示通りに戦車を動かしていた手下どもは、何が起きたのかも理解できていないだろう。
放たれた雷霆は迫る戦車の正面を捉え、貫き、内側から完膚なきまでに破壊する。
爆散した残骸すらも焼き尽くす圧倒的なまでの暴力。
ゴブリンたちは自分たちが死んだ事すらも理解できず、こんがりと焼けた肉片となって畑に降り注ぐのだった。
対する艦隊もまた、その末路は悲惨であった。放たれた雷霆が艦隊を貫き、
ゴブリンたちが悲鳴をあげ、慌て始めてももう遅い。船底に大穴を開けられた船は沈み、不幸にも鎧や剣で武装していたゴブリンたちは、その重みで勝手に沈み、勝手に溺れ死ぬ。
二人は揃って息を吐いた。
残骸に成り果て、もはや人を害することも出来なくなった車輪が令嬢剣士の足元まで転がり、無念と言わんばかりに横倒しとなる。
ただの板切れと成り果てた船に我先にと飛び乗った挙句に蹴落としあい、ついには板切れ事沈んでいく。
令嬢剣士は突剣を鞘に収め、女魔術師は杖の石突で屋上に突いた。
二人が漏らした小さな金属音を最後に戦場に静寂が訪れる。陸にゴブリンはもういない。川からの援軍もない。鷲の目を通して周囲を警戒しても、伏兵の姿も見えない。
ローグハンターは小さく息を吐き、
銀髪武闘家も構えを解き、蜥蜴僧侶は奇妙な手つきで合唱し、ゴブリンスレイヤーは息を吐く。
女神官は胸を撫で下ろし、妖精弓手は「すごいじゃない!」と令嬢剣士に駆け寄った。
鉱人道士は「出番なしかいな!」と不服そうに、けれど誰を責める事なく不貞腐れたように酒を呷った。
妖精弓手に抱き付かれ、「きゃ!?」と悲鳴をあげる令嬢剣士。そんな彼女に銀髪武闘家が音もなく接近し、わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でながら「格好良かったよ」と褒めてやる。
そして屋上で一人、川を見下ろしていた女魔術師の杖にはいつの間にやら鷲が止まり、お疲れと言わんばかりに一声鳴いた。
そんな彼の鳴き声に顔をあげた女魔術師が「そっちもね」と顎を撫でてやると、彼は嬉しそうに身震い、次の瞬間には飛び立っていった。
「これで終わり。でいいのかしら」
「さあ、どうだろうな」
誰に言うわけでもなく呟いた言葉に返答があった。
慌てて振り向いた先にいたのはローグハンターだ。壁をよじ登ってきたのだろう、指先が僅かに汚れている。
彼はそれを拭いながら、口を動かした。
「これでここが守れたのか、あの尼僧の憂いを払えたのか、そもそも今回の騒動の原因を取り払えたのか、わからない事ばかりだ」
今回はゴブリンの軍勢との戦いではあったが、これは視野を広げれば混沌の勢力との抗争の片隅で起きた戦いに過ぎない。
今回の騒動を巻き起こした黒幕がいるかもしれない。そいつが再び騒動を巻き起こすかもしれない。ローグハンターはそんなもしもを憂いながら、それでもなお笑ってみせた。
そのまま左手で女魔術師の三角帽子を脱がすと、右手を彼女の頭に乗せ、優しく髪を撫でてやる。
「その時はその時だ。俺たちの役目はここまで、お前もよくやった」
「……はい」
大きく、武骨でありながら優しい彼の手に撫でられ、女魔術師は頬を朱色に染めながら思わず笑みをこぼした。
自分に兄はいないが、いたとすれば、それもとりわけ仲がよければこんな事をしてもらえたのだろうか。とにかく無性に照れくさい。
「ふ〜ん。へ〜、そんな事しちゃうんだ〜。隣で頑張ってたお嫁さん差し置いて、後輩を撫で撫でするんだ〜、ふ〜ん、そっか〜」
が、そんな緩んだ空気もそこまでだった。
ローグハンターの不在にいち早く気づいた銀髪武闘家が壁をよじ登り、いつの間にやら屋上まで登ってきていたのだ。
ローグハンターは慌てて女魔術師から手を離し、帽子を返してやりながら「待て、これはな……っ」と弁明しようとするが、銀髪武闘家は胸の下で腕を組みながらぷいっとそっぽを向いてしまう。
「お、おい、話を聞け……っ!」
「聞け?『聞いてください』でしょ〜?」
「ぐっ、この、調子に乗って……っ」
「ふふ。たまにはこういうのもいいかもね」
必死に彼女の視界に納まろうと右往左往するローグハンターを視界から外しながら、銀髪武闘家は悪戯小僧のように無邪気に笑う。
喧嘩、しているわけではない。単に戯れているのか、戦闘後の緊張を解しているのか。
「本当、騒がしい人たちですね」
女魔術師はそんな二人の姿に笑みをこぼし、帽子越しに彼に撫でられた頭に触れた。
頬を朱色に染め、俯き、帽子の鍔で顔を隠しながら、だらしのない笑みをこぼす。
「先生方が上に!?でおくれましたわ!?」
「たまにはいいじゃない、私たちで話しましょ〜」
下から何やら慌てている令嬢剣士と、そんな彼女を諫める妖精弓手の声が届く。
本当に騒がしい。女魔術師はそんな事を思いながら、双子の月を見上げるのだった。
亡者を引き寄せ、悪魔を呼び出し、商人を手を組んで、その他様々な陽動を行って冒険者たちの注意を逸らし、本命は粛々と準備を終えた地下での邪悪な儀式。
地母神の御神酒を穢し、西方辺境に向こう数十年の不作に疫病と飢饉を呼び込むまさに混沌の儀式。
彼らはほくそ笑んでいた。冒険者どもの活躍で多くの計画が潰れ、予定がだいぶ崩れたが、結局本命たるここには誰も来ない。
もうすぐ、もうすぐで我らの悲願が叶う。混沌の時代が間もなくくる。
混沌の術師たちは自らの勝利を疑わなかった。疑いようがなかった。
そして、次の瞬間に扉が蹴破られた事に一瞬の時間を要した。
皆が一斉に振り返る。まさかここを見つける輩がいるとはと、誰かの狼狽の息遣いが聞こえた。
「お兄ちゃんと義姉ちゃんが頑張ってくれたんだし、ボクも頑張らないとね」
彼らの視界に飛び込んでくるのは、太陽の輝き宿した聖剣を携えた一人の少女と、そんな彼女と共に馳せ参じた二人の女冒険者だった。
混沌の術師達は気づいたろうか。彼女らこそがかつて世界を救い、今ある平穏を勝ち取った勇者、その一行であることに。
彼らは知っているのだろうか。世界のためだけではなく、愛する家族のために全力全開で戦う勇者の恐ろしさを。
そしてそれを知ってなお、自分たちが生きてこの場を逃げ仰ることができるのかを。
その答えは、すぐに訪れた。
「──
──太陽の、爆発!!!!!
感想等ありましたら、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
-
見たい!
-
別にいいです……。