SLAYER'S CREED   作:EGO

141 / 141
Memory10 ハレの日

 祭りとはハレの日だ。

 賑やかな音楽が街のあちこちから溢れ出し、誰も彼もが音楽に惹かれて外に繰り出す。

 静寂を好む者には少々酷かもしれないが、けれど祭りとはハレの日であり、騒がしくなってしまうのだ。

 辺境の街の活気も遠く、けれど同じかそれ以上の活気に溢れるのは地母神の寺院。

 普段は静かなその場所も、ハレの日となれば騒がしくなる。この祭りの主役が地母神の神官らとなれば、それはまた一段と。

 

「さあさ、皆さん!葡萄踏みを始めますよー!」

 

 やる気十分、元気も十分。神官の少女が発した呼びかけに、おぉっと歓声があがり、観客達も移動を始める。

 早摘みの葡萄を踏んで潰して、秋に良い葡萄酒が作れるように祈る祭事。

 かつては神聖なものであったそれも、時が流れた今では『葡萄酒が飲みたい』だの『祭りを理由に腹いっぱいあれこれ食べたい』という欲に塗れた祭りとなっていた。

 まあ、別に構うまい。地母神の事はよく知らないが、祭りだから見に来ただとか、祭りという事も知らずに街に来て、人混みに流されるがままここにたどり着いただとか、そんなくだらない理由でさえも許されるのがハレの日だ。

 先日まで口さがなく噂していた人々も、その裏に隠された真実が明るみになれば掌を返したように今日という日を楽しんでいる。

 そしてその事を、地母神の神官らは誰も気にしていない。

 つまりはいつも通り。娯楽少ない辺境の街では貴重な、祭りの日が来たというだけの事だ。

 

「割と本気(マジ)で死にかけたんですからね!?」

 

 そんな人混みを見下ろしていた(・・・・・・)ローグハンターの鼓膜を殴りつけたのは、隣に腰掛ける青年剣士の声だった。その更に隣では青年戦士がうんうんと頷いている。

 場所は地母神の寺院の屋根の上。特に依頼があったという訳ではないが、一応の見張りとしてその場に陣取ったローグハンターに、青年剣士と青年戦士が声をかけるべくよじ登ってきたのだ。

「うん?」とゆらりと人混みから視線を外し、二人に顔を向けたローグハンターには覇気がない。

 一緒に祭りを回ろうと、離れていた時間を埋め合わせしようと約束していた誰かさんが、到着早々に葡萄尼僧に捕まってどこかに連れて行かれたせいだろう。

 やけ酒でもしていたのか、傍に置かれた葡萄酒入りの小瓶は既に空。酒にそこまで強い訳でもない彼はほろ酔い状態なのか、蒼い瞳にはいつもの凛とした輝きはなく、体も僅かに前後左右にゆったりと揺れている。

 大丈夫だろうかと青年戦士と青年剣士の意見が一致する中、ローグハンターは「何かあったのか?」と二人に問うた。

 

「いや、あなたの依頼引き継いでここの警護してたじゃないですか」

 

「そうだな。苦労かけた」

 

「俺たちもゴブリンとかが来るくらいかなとか思ってたのに、マンティコアですよ!?あとよくわかんない瘴気吐き出す肉塊ですよ!?法の神殿からの依頼受けた先輩達いなかったら、余裕で五回は死んでましたからね!?」

 

「こっちは戦車と艦隊が出てきたぞ。どっちも頭に『ゴブリンの』が着くけどな」

 

 青年剣士の涙ながらの訴えに、ローグハンターは気の抜けた──酒精混じりの溜め息を吐き、頬杖を突きながらそんな事をぼやく。

 だがまあ、こちら術師二人で即撃破だ。新米ばかりの戦いで、知識もない怪物を相手にして、こうして五体満足で生還し、愚痴を吐いていられる余裕があるのは成長した証だろう。

 ローグハンターは顔を俯かせながら微笑みを浮かべると立ち上がり、二人の背後で中腰になる。

 何事と二人が揃って振り向いた瞬間、ポンと二人の頭にローグハンターの手が置かれた。

 そのまま手が優しく前後に動き、二人の頭を撫で始める。

 

「ぇ……え……?」

 

「ちょ……っうぇ……?」

 

 そんな二人にまず来たのは困惑だ。いきなりローグハンターに頭を撫でられたのだから、年甲斐もなく赤面してしまう。

 振り払う事もせず、黙って撫でられていると、ローグハンターが不意に二人に告げた。

 

「よくやった。全員無事で何よりだ」

 

「「…………うす」」

 

 真正面からぶつけられた褒め言葉に、二人はそっと目を背けながら返事をした。

 顔が熱い。褒められただけなのにこうも照れ臭くなるものなのか。

 

「──で、お前らの女子連中も行方不明か。俺たちだけで集まって酒を飲むのは、初めてだな」

 

 だが、ほろ酔いのローグハンターはそんな二人の表情の変化にも気づかずに手を離し、元の位置に戻りながらそんな事をぼやいた。

 言われてみればとハッとする二人に、ローグハンターは後で飲むつもりだったのだろう酒瓶を差し出し、自分も次の瓶を取り出す。

 それを受け取った二人は相変わらず困惑するが、ローグハンターが酒瓶を持ち上げたのを合図に彼に倣う。

 

「それじゃ、今回の依頼の成功に」

 

「「乾杯」」

 

 ローグハンターの音頭に合わせ、三人は酒瓶をぶつけ合う。

 カツンと陶器がぶつかり合う甲高い音が響き、三人は同時に葡萄酒を呷った。

 

「美味いな」

 

「だな。出来たてって感じ」

 

 舌を撫でていく葡萄の甘みと、ほろりと感じる酒精の気配。

 青年剣士と青年戦士は揃ってそんな感想を漏らす中、ローグハンターは微笑み混じりに二人に言う。

 

「お前らが守った酒だ。もっと味わって飲めよ」

 

 まあ、足りなければ貰いに行けばいいんだがと彼は笑い、更にもう一口呷る。

 いつになく饒舌で、よく笑うローグハンターの様子に「酔っ払ってら」と諦めと共に肩を竦める青年戦士。

 だが彼の言う通り、自分たちの冒険の果てにこの酒が作られたのなら、また味わいが変わってくる。そんな気がする。まあ、酒の味を語れるほど舌が肥えている訳ではないのだが。

 

「ちょっと、降りてきな!酔っ払うには早すぎるよ!」

 

 そんな思慮をしていた青年二人の意識を引き戻したのは、足元からの声だった。

 ローグハンターと揃って視線を下ろした先。そこにいたのは普段の僧服ではなく、葡萄踏み用に誂えられた臙脂(えんじ)のドレスを見に纏った葡萄尼僧だった。

 怒りに眉を曲げ、腰に手を当てているその様は、失礼ながら尼僧というよりも生意気な息子を叱る母親のよう。

 はあと酒精混じりの溜め息を吐いたローグハンターは立ち上がり、そのまま普通に歩くような自然さで一歩前に踏み出し屋根から落下。

 ストンと軽い音と共に着地するその姿は、只人よりかは森人のよう。

 上から目をまん丸に見開く青年冒険者らを他所に、葡萄尼僧は溜め息を吐きながらほんのりと赤くなったローグハンターの頬を見やる。

 

「お酒に負けちゃうには早すぎるよ」

 

 ペチペチと頬を叩いて賦活を促す彼女に、ローグハンターは小さく鼻を鳴らすばかりで反応が弱い。

「駄目だな、こりゃ」と肩を落とした葡萄尼僧は「こっちおいで」とローグハンターの背後にある寺院の出入り口に声を投げた。

 声に釣られる形でローグハンターはゆっくりと振り向き、そのまま目を見開いてその動きを止めた。

 視界に飛び込んできたのは肩にかかる程度の銀色の髪をした一人の女性。

 纏うのは普段の冒険用の衣装とも平服とも違う臙脂色のドレス。

 葡萄尼僧に誘拐され、そのまま神官らの手によって着替えさせられた銀髪武闘家が、目の前にいたのだ。

 

「に、似合わない……かな……?」

 

 顔を耳まで真っ赤に染めて、胸の前でもじもじと両手の指を絡め合う。

 月光を思わせる銀色の瞳は不安そうに俯き、それでも何かを期待するようにちらちらとローグハンターの様子を伺っていた。

 ローグハンターは言葉を失っていた。酔いなど一瞬で醒める程の衝撃に、いっそ思考が止まったと言っていい。

 今の感情をなんと表すべきか。何と言葉にするべきか。思考が止まったローグハンターにはそれらを考える頭を持たず、動かす舌を持たず、けれど体は勝手に動く。

 ローグハンターはそっと彼女の肩に手を置き、ドレスに皺が付かないように細心の注意を払いながらぎゅっと彼女を抱き締める。

 

「ぁぅ……」

 

 銀髪武闘家は湯気が出そうなまでに顔を赤くし、抱き締める彼の胸に顔を埋める。

 

「綺麗だ。本当に、世界の誰よりも、綺麗だ」

 

「ぅぅ……ありがと……」

 

 耳元で囁かれる、誰よりも求めていた言葉に、女性はあまりの嬉しさに身悶えし、消え入りそうな声で感謝の言葉を返す。

 その声に堪らずと言った様子でふにゃりと表情から力が抜け、彼女を抱き締める力が強くなる。

 

「あの、これ私たちに気づいていらっしゃらない?」

 

「でしょうね〜。もう二人の世界よ、あれは」

 

「ねえ、私はどう?」

 

「私は?」

 

「ぼくはどうですかぁ?」

 

 ぞろぞろと出入り口から出てくるのは、銀髪武闘家と同じ格好をした令嬢剣士と女魔術師、女武闘家、至高神の聖女、白兎猟兵の五人。

 後者三人は四苦八苦しながらも屋根から降りてきた青年たちに詰め寄って行き、壁際まで押し込まれた二人は「似合う似合う!」とか「なんか、逆に違和感──ぎゃあ!?」とか、必死の声や悲鳴が聞こえてくる。

 そしてそんな彼らのやり取りすらも聞いていないローグハンターは、改めて銀髪武闘家の──最愛の妻のドレス姿を見下ろし、感嘆の息を吐く。

 

「本当に綺麗だな。髪の色も、瞳も、よく映える」

 

「えへへ、ありがとう」

 

「情けない話だが、お前のドレス姿は初めて見るよな。新鮮だし、惚れ直した」

 

「確かに、いっつも動きやすい格好してるからね。ふふ、嬉しい」

 

 銀髪武闘家もそっと彼の背に腕を回し、彼の事を抱きしめながら不意に気づく。

 ほんのりと香る葡萄の匂い。すんすんと鼻を鳴らし、背伸びをして彼の口の辺りの匂いを嗅いだ。

 

「……お酒、飲んでたでしょ」

 

 じとっと半目になりながら、不満を隠そうともせずに告げられた問いかけに、ローグハンターは気まずそうに目を逸らした。

 そして、その反応こそが彼の答えだった。

 

「ずるーい。私には飲むな飲むなって言うのに、君は飲んじゃうんだ、ふーん」

 

 くるりと彼の腕の中で器用に反転し、彼の胸に寄りかかりながら後頭部でどすどすと胸を叩く。

 

「私がおめかしに忙しくしてる時に、君は呑気に後輩君たちとお酒飲んでたんだ〜。ふーん、そっかー」

 

 そのまま横目で女子たちに詰め寄られている青年たちを観察し、ほんの僅かに頰が赤いのと腰に空の酒瓶をぶら下げているのを確認し、彼らと飲んでいたのだろうと推測。

 

 ──羨ましい……。

 

 彼と一緒に食事をする事はあれど、酒を飲むなど滅多にない。と言うよりかはほとんど記憶にない。なのに後輩たちと酒を飲むとは、流石に嫉妬する。

 むむむむむと不満げに唸る銀髪武闘家は、僅かな殺気を込めて後輩たちを睨みつけるが、当の青年たちは彼らに想いを向ける少女達に詰め寄られている。彼女の視線に気づく余裕は、彼らにない。

 

「あはは……怒っていらっしゃるのに、離れようとはしないのですね……」

 

「単に理由つけて戯れたいだけでしょ、あれは」

 

 そんなやり取りを横から見ている令嬢剣士は空笑いをこぼし、女魔術師が溜め息混じりにぼやく。

 やれやれと肩を竦め、一応銀髪武闘家と同じ格好をしている筈なのに一言も貰えていない事実に今更気づき、これが夫婦と仲間の壁かと天を仰ぎ──。

 

「って、私は何を求めてるのよ!?」

 

「ひゃい!?ど、どうされましたの!?」

 

 勢いよく前に向き直りながら声を張り上げた。

 隣の令嬢剣士が突然の怒声に驚倒の声を上げる中、女魔術師は「別に今更褒められたって」「いや、別に言われても嬉しくないわけじゃ」「でも、何にも言われないのもどうなのよ」とぶつぶつと独り言を漏らし始める。

 

「こ、壊れてしまいましたわ……」

 

 そんな彼女の姿に怯え、僅かに距離を離す令嬢剣士。

 彼ら彼女らのやりとりに、ついに耐えきれなくなった葡萄尼僧が笑い始め、「冒険者は本当に愉快な連中だね!」と目尻に溜まった涙を拭う。

 そして一頻り笑った葡萄尼僧は、不意にローグハンターと銀髪武闘家に目を向ける。

 

「でさ、お礼の代わりと言っちゃなんだけど」

 

「「……?」」

 

 急に神妙な面持ちで声をかけてきた彼女に、ローグハンターと銀髪武闘家は揃って首を傾げた。

 葡萄尼僧はそんな同じ反応をしてくる二人に苦笑しつつ、ポンと両の手を合わせながら言う。

 

「結婚式、やらない?」

 

「やる!」

 

「「「……!?」」」

 

 彼女の問いに返したのは、彼女の背後から忍び寄っていた一人の少女だった。

 思わぬ位置からの返答にローグハンター、銀髪武闘家、葡萄尼僧のそれぞれが驚きを露わにする中、三人の視線が集中するのは件の少女。

 緑の衣を見に纏い、槍を担いだ少女──身分偽装中の勇者はそのままの勢いで銀髪武闘家の胸に飛び込み、谷間に頭を埋めながら顔を上げた。

 

「やろうよ、結婚式!僕も出たいし、お義姉ちゃんの花嫁姿見たい!」

 

「それは俺も見たい。臙脂色のドレスもいいが、白いのもな」

 

 ぽふと妻の肩に顎を乗せ、妹の頭を撫でてやりながら告げられた言葉に、銀髪武闘家はまた赤面しながら目を逸らした。

 だが、そうして視線を逸らした先では、

 

「え、結婚式やりますの!?」

 

「何が必要なのかしら。冒険者の結婚式ってあんまり聞かないのよね」

 

「け、結婚!やりましょう!というか、どんなものになるのか気になります!」

 

「至高神様は管轄外ね、任せたわ」

 

「花束とか用意した方がいいのか?」

 

「花束でいいのか?他にこう、なんかないか?」

 

「何か、精がつくものでも獲りに行きます?」

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

 後輩達が騒ぎ始め、獣人故か、あるいは兎人故か結婚のその先にある事を見据える白兎猟兵の言葉に、他の六人が言葉を失う。

 仲がいいようで何よりとは思いつつ、銀髪武闘家は迷うように小さく唸る。

 

「結婚式、か……」

 

 一人の女として憧れがないのか言われれば、そんなものあるに決まっている。

 世界で一番大切な人と共に神々に愛を誓うなど、憧れないわけがないのだ。

 けど、と彼女はそっと自分の腕に触れた。

 今のドレスは長袖だから目立たないが、細めとはいえ普通の女性よりも筋肉質で筋張っている自分の体に、式用のドレスなど似合うのだろうか。

 何よりそんな式をやるとなれば、ドレスしかりその他の雑費しかり、それなりにお金もかかる事だろう。

 

「何を悩んでいるかは知らないが」

 

 そうして迷う──より正確には否定的な意見に傾いている──銀髪武闘家の内心を見透かしたように、ローグハンターが口を開く。

 ぎゅっと彼女を抱き締めながら、彼は微笑みと共に告げる。

 

「何の心配はいらない」

 

「そ〜だよ、お義姉ちゃん!僕も手伝うからさ!」

 

 後ろからはローグハンター、前からは勇者。世界広しといえど有数の実力者に挟まれる彼女は狼狽たように声を漏らし、「で、でもさ」と反論を口にしようとするが、

 

「話は聞かせてもらった!」

 

「悪い、止められなかった」

 

「私も、聞いて、たわ……よ?」

 

「あんだけ騒がしけりゃなぁ」

 

 平服姿の女騎士が謎のドヤ顔と共に話の輪に入り、重戦士が詫びを入れ、魔女が微笑みと共に彼の背後から顔を出し、槍使いが溜め息混じりに合流する。

 

「なになに、何の話〜?」

 

「これ、耳長娘!お前は葡萄踏みの手番じゃろうが!」

 

「まあまあ、術師どの。せっかくの祭りなのですから、そうお堅い事は言わずに」

 

 そうして冒険者達が繰り広げる馬鹿騒ぎに釣られ、妖精弓手と鉱人道士、蜥蜴僧侶が顔を出し、何の騒ぎだと話題に追いつこうとすると、女騎士が知ったこっちゃないと言わんばかりに切り出した。

 

「やるぞ、結婚式!地母神の管轄だろうが、関係あるまい!」

 

「うぇ!?」

 

「結婚!只人の結婚式、見てみたい!」

 

「ちょっと!?」

 

 ずいっと詰め寄り、二人が有無を言わさない迫力と共に告げられた言葉に銀髪武闘家が狼狽た隙に、女騎士は更に葡萄尼僧にも詰め寄っていく。

 

「それで尼僧殿!我々に何か手伝える事はあるだろうか!?」

 

「私も何かしたい!知り合いに手紙出して回りましょうよ!」

 

「只人の式は森人のそれに比べてだいぶ短いぞ」

 

「別にそんな規模大きくなくていいんだけど……」

 

 勝手に盛り上がる二人にローグハンターが嘆息し、銀髪武闘家も困り顔で頰を掻く。

 これはもう止めようがない。いや、まあ、止める理由もないとは思うのだが……。

 

「とりあえず、ご両親に招待状を送るのは当然だとして」

 

「ローグハンターは海向こうの国出身だから、呼びようがねぇよなぁ」

 

「そもそもどっちも生きてないんだが」

 

『…………』

 

 女騎士が銀髪武闘家に目をやりながら告げた言葉に、槍使いがかつてチラ見したローグハンターの認識票の情報を思い出しつつ顎に手をやると、ローグハンターがなんて事のないようにぼそりと呟く。

 そう言えば昔にそんな話をされたなと思い出す銀髪武闘家をはじめとした彼の一党と後輩たち。

 やべと表情を歪めた瞬間、重戦士の裏拳で鳩尾を撃ち抜かれる槍使い。

 魔女は我関せずと言わんばかりに煙管を吹かしていた。

 

「まあ、天上から見てはくれるだろ」

 

 そして当人たるローグハンターも気にした素振りも見せずにそう言うと、愛情に満ちた柔らかな微笑みを銀髪武闘家と勇者に向けた。

 

「それに、家族ならここにいる」

 

 二人を纏めて抱き寄せ、銀髪武闘家の髪に口付けしながら、勇者の髪を撫でる。

 ふにゃりと表情から力が抜ける二人を他所に、それを見せつけられる冒険者たちは生温かい視線を彼らに向ける。

 

「見せつけおってからに……」

 

「そう、ね……」

 

 女騎士と魔女だけは羨ましそうな視線を銀髪武闘家に向け、胡乱な視線をそれぞれの一党の頭目に向けた。

 そんな二人の視線に、頭目たちが気まずそうに目を逸らす中、葡萄尼僧がパンと手を叩く。

 

「ま、この話は追々ね。今は祭りを楽しまなきゃだし!」

 

 そうして話題を切り替えた彼女は、臙脂色のドレス姿の少女たちに目を向ける。

 

「さあさあ、君らには葡萄踏みという大事な仕事があるんだから、行った行った」

 

 彼女の言葉に少女たちが返事をし、白兎猟兵だけは「僕は毛が入っちゃいけないって止められましたけどね」と苦笑い。

 

「私も行かないと。桶を踏み抜かないようにしないと駄目なんだよね〜」

 

 銀髪武闘家もまた苦笑しながらそう呟き、勇者を解放してローグハンターの元から離れようとするが、彼女の腰に巻きついた彼の腕が離れない。

 

「あの……?」

 

「今、ふと思ったんだが」

 

 肩越しに振り向き、彼の表情を伺う銀髪武闘家。

 そんな互いの息がかかりあう距離で、ローグハンターが眉間に皺を寄せながらそっとドレス越しに彼女の太腿を撫でた。

 

「……っ!?」

 

「衆目に生足を晒すのは、どうなんだ」

 

「ぇ……」

 

「駄目だとは言わない。やりたいならするべきだろうし、折角の祭りだ、楽しまないと損だ」

 

「ただ、その、なんだ。あまり、人にお前の素肌を見せたくない」

 

 頰を朱色に染め、自分でも何を言っているのかいまいち理解していないままに告げられた言葉に、銀髪武闘家もまた顔を赤くした。

 昔からそれなりにあった独占欲とも呼ぶべきものが、変なところでも発揮されているのだろう。何とも可愛らしいような、ちょっと重すぎるような。

 

「あはは。別に私の足なんて見たがる人なんていないよ」

 

 銀髪武闘家は乾いた笑みと共に、大丈夫だというむねをローグハンターに告げる。

「そうか?」と心底不思議そうに首を傾げるローグハンターの方に振り返りながら、「そうだよ」と笑みを向ける。

 ローグハンターからすれば魅力に溢れる彼女でも、赤の他人から見れば一介の冒険者でしかない。別に彼女に興味がある人間など多くはあるまい。

 

「そういうわけだから、離して?」

 

「…………わかった」

 

 ローグハンターはたっぷりの間を開けて重々しく頷くと、彼女を離して二歩下がった。

 それを合図に銀髪武闘家と少女たちは、葡萄尼僧に連れられる形で葡萄の詰まった大桶の方へと進んでいった。

 ローグハンターらも見やすい位置に移動するのと、葡萄踏みが始まるのはほぼ同時。

 娘たちが声をあげ、はしゃぎ、笑い、歌を口ずさみながら、葡萄を踏んで酒を作る。

 周りの大人たちの野次の声、少々下卑た視線も何のその、少女たちは笑いながら葡萄を踏む。

 

「綺麗だな、本当に……」

 

 ローグハンターが見つめるのはたった一人の最愛の人。

 銀色の髪が陽の光を浴びて煌めき、跳ねた葡萄の果実に汚れた生足が妙に色っぽい。

 友人らと浮かべる笑みは子供のように無邪気で、けれど時折こちらに向ける視線と笑みがいじらしい。

 今日はいい日だ。そして明日も明後日も、きっといい日だ。

 彼女と共にいられるのなら、毎日がきっといい日になるに決まっている。

 ローグハンターは銀髪武闘家から向けられた笑みに会心の笑みを返し、今日という日に、そして普段見られない彼女の姿を見せてくれた地母神に感謝するのだった。

 

 

 

 

 

 

 




私事ですが、SEED FREEDOM見てきました。
ネタバレしたくないのであんまり語りはしませんが、もう堪んなかったです。終始興奮しっぱなしでした。
読心できる相手を前にしたら無我とか無心するしかないと思ってたのに、何か違う意味ですごい解決法を見せられて心中で変な声出してました。
ログハンは無我とか無心パターンだよね?

ログハン「……」(ニコッ)

大丈夫だよね!?


感想等ありましたら、よろしくお願いします。


期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。