SLAYER'S CREED   作:EGO

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ゴブスレ世界の結婚式がよくわからんので、作者なりの解釈多めでお送りします。


Memory10 婚礼の儀

 地母神の神殿での祭りも終わり、いつもの日常へと戻った辺境の街。

 けれど一部の者達は相変わらずの多忙を極めていた。

 理由は単純。とある同僚の結婚式を挙げるため、奔走しているからだ。

 

「ねえねえ、爺様に手紙出していいわよね?」

 

 一番乗り気なのは、意外にも妖精弓手だ。

 彼女は笹葉を思わせる長耳を揺らしながら、返事を待たずに故郷に手紙を出そうと筆を走らせる。

 この場にはいないが、女騎士と魔女、女神官は葡萄尼僧と式の段取りを話していると言うし、男性陣は飾り付けの手伝いに駆り出されているらしい。

 

「出していいって言ってないんだけど……」

 

 場所は冒険者ギルドに併設された酒場。疲弊気味に卓に突っ伏す銀髪武闘家は、あれよあれよと進む結婚式の準備の様子に溜め息を吐いた。

 そうして視線を下ろした先にあるのは白紙の紙と砂盆。

 冒険者が使うには上等な紙と、下書き用の砂盆には一切文字が書かれておらず、指が動く様子もない。

 隣の卓で手早く手紙を書き進める妖精弓手に恨めしそうな流し目を送り、再び溜め息を吐きながら背もたれに寄りかかる。

 ぎしりと木が軋む音が漏れ、隣で耳を揺らしていた妖精弓手が音に釣られて銀髪武闘家に目を向け、「どうしたのよ」と小首を傾げる。

 

「いや、何を書いたもんかなぁって……」

 

「別に『結婚式するから見に来てよ!』でいいじゃない!仲悪いわけじゃないんでしょ?」

 

「うん。彼とも会った事あるし、喧嘩して駆け落ちしたってわけでもないよ」

 

「だったら悩む事なんてないじゃない!」

 

 悩み続ける銀髪武闘家に、妖精弓手はにこりと微笑んだ。

 

「とりあえず呼んじゃえばいいのよ!話したい事とか、言いたい事は会ってから伝えればいいわ!」

 

 簡単な事でしょうと片目配せ(ウィンク)する妖精弓手に、銀髪武闘家は小さく息を吐く。

 そう、確かに彼女の言う通り。極端に言えばこれはただの招待状。ただその場に相手を呼び込むだけの紙切れだ。想いを伝えるのは面と向かい合ってからでいい。

 そんな風に思えば筆は軽く思えた。自分の言葉で、けれど我儘を言うっぽく、堅苦しくならないように気をつけながら。

 羽ペンの先をインクを浸し、カリカリと音を立てて文字を書いていく。

 隣の妖精弓手はようやく手が進んだ友人の様子にご機嫌そうに笑うと、自分もさっさとやっちゃおうと葉っぱの手紙に文をしたためていく。

 そこでふと気づき、妖精弓手は銀髪武闘家に問うた。

 

「ところでさ、只人の結婚式でも着飾るのよね?あいつと話してあるの?」

 

「ああ、ドレスのこと?彼には言ったんだけど、私はいいやって」

 

「え!?なんでよ、せっかくなのに!」

 

 何ともなしに投げた問いかけへと返答に、妖精弓手は反射的に前のめりになりながら銀髪武闘家に詰め寄った。

 鼻先が触れ合うほどの距離。森人特有の美貌を前にしても銀髪武闘家は欠片も怯むことなく、月光を彷彿とさせる双眸で銀河を思わせる不思議な双眸を見つめ返す。

 

「あのね。私はお姫様じゃないし、ただの冒険者だよ?結婚式ができるだけでも贅沢なのに、ドレスなんて余計な贅沢だよ」

 

 そして溜め息混じりにそう告げて、妖精弓手の鼻先を押して顔を押し返す。

 結婚式ができるだけでも満足なのだ。それに、その先を見据えるのなら無駄な出費は抑えなければならない。普通に生活するだけでも金がかかるし、いつになるかは置いておいて家族が増える(・・・・・・)となれば尚更だ。

 そして、そうなれば自分は冒険者を引退だ。そうしたら確実に収入も減る。やはり金は貯めておくに限る。

 一応、葡萄尼僧からは地母神の礼服を貸すという話はされているし、それで十分だろう。

 

「絶対似合うと思うんだけどな〜。いいじゃない、着ましょうよ〜」

 

 横で不貞腐れる友人を横目に、銀髪武闘家は手紙を書き進めた。

 そんな彼女の様子に余計に不満げに眉を曲げる妖精弓手は、平な胸の内で悪戯っぽく笑いながら手紙の最後に一文を追加。勿論森人の言葉で、より細かく言えば古い森人の言語のそれは、森人語の学者だろうが解読不可のその一文。その一文が果たして何を意味するか。

 

「よし、書けたぁ〜!あなたは?」

 

「うん、これでよし」

 

 そして妖精弓手は何食わぬ顔で背もたれに寄りかかり、銀髪武闘家の手紙を覗き見ようとするが、それよりも早く書き終えた手紙を裏返してしまう。

 あとはこれを依頼という形で後輩達に渡し、届けてもらうだけだ。

 

「ところで、旦那はどこ行ったのよ。花嫁放っておくなんて、信じられない」

 

 卓に頬杖をつきながら、妖精弓手は酒場を見回してローグハンターの姿を探すが、やはりと言うべきか見つからない。

「どこ行ったんだろうね〜」と気の抜けた声を漏らす銀髪武闘家は、卓に突っ伏しながら小さく息を吐いた。

 

「でも、遠くには行ってないと思うよ?」

 

 にこにこと上機嫌そうに笑いながら、銀髪武闘家は窓の外に目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 街を囲む市壁の上。ローグハンターは一人、そこにいた。

 吹き抜ける風は心地よく、温かな日差しも相まって眠気を誘ってくる。

 

「結婚、か……」

 

 噛み締めるようにそう呟き、胸に手を当てる。

 心臓の鼓動が随分と速い。そして顔が熱い。風邪をひいているわけではなく、けれど万全かと言われたら首を傾げる──そんな程度には、今のローグハンターは普通からかけ離れていた。

 そして、その原因などわかりきっている。

 

「結婚、か……っ」

 

 あの日──かつて来たりし者との決着をつけ、彼女に想いを告げた時は、緊張はしつつも深くは考えていなかった。全てを終わらせた勢いのまま、あの想いを告げたのは間違ってはいないとは今でも思う。

 いつもの日常が少しずつ変わり、やがて冒険者ではなくなるのだろうと、そんな大雑把な未来を予想はしていたが、こうして神の前であれこれ誓うとなると何故だか恥ずかしさが強くなってくる。

 だが同時に、どうしようもない程の多幸感が胸中を支配するのだ。

 

「…………〜〜〜!」

 

 誰もいない事をいいことに、ローグハンターは赤くなった顔を両手で覆いながら天を仰ぎ、そのまま膝から崩れ落ちた。

 そのまま手で覆った顔を床につき、丸くなりながら深く息を吐く。

 

「……よし、落ち着いた」

 

 ゆっくりと上体を起こし、これまたゆっくりと立ち上がった彼は、パンパンと自分の頬を叩いてからそう告げた。

 表情を引き締め、ならず者殺し(ローグハンター)の仮面を被り直すように頭巾を目深く被る。

 準備は滞りなく進んでいる。手紙のやり取りの都合があるから、来週のどこかで執り行う事になるだろう。

 それまでに、このだらしなくなる顔をどうにかしなければ。

 

「……あいつが俺の妻になるのか。いや、もうなってはいるんだが……」

 

 そして不意に過った思考を口にした瞬間、顔は再び赤くなっていく。

 再び顔を覆い、崩れ落ちるローグハンター。

 結婚式を挙げると取り決めがなされたあの日から、ほぼ毎日のようにローグハンターはこんな状態に──文字通り浮かれに浮かれているのだ。

 こうして時間をかけて平静を取り戻すものの、その頻度は日増しに増えてきている。

 

「俺は、もう駄目かもしれん……っ」

 

 市壁の上で丸くなりながら、一人ぼやくローグハンター。

 あまりにもだらしのない相棒の姿に鷲はそっと目を背け、どこかに飛び去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 時は移ろい、やがてその日は訪れた。

 

「ちょっと!これは、聞いてないんだけど!?」

 

「言ってないんだから当然よ」

 

 地母神の寺院、その一室。花嫁の着替え用にとそこに連れ込まれた銀髪武闘家は困惑し、隣で得意げに胸を張っている妖精弓手が鼻を鳴らしていた。

 

「す、すごいですね……」

 

「これは……驚いた……」

 

 それを見せられた女神官と葡萄尼僧は揃って感嘆の声を漏らし、ただ魅了されたようにそれを見つめていた。

 卓の上に皺を残さないように慎重に乗せられたそれは、純白のドレスであった。何かを意味するだろう刺繍には銀糸が使われ、窓から差し込む陽射しを反射していっそ神秘的な光沢を放っている。

 

「こ、これを、着て……っ、皆んなの前に……!?」

 

「別にいいじゃないの、知り合いしかいないんだし」

 

「余計に恥ずかしいよ!?」

 

 まさかのドレス──しかも上の森人手製の、世界に二つとないもの──の登場に狼狽える銀髪武闘家に、妖精弓手が笑みと共にそのドレスを彼女に差し出した。

 

「サイズは大丈夫そうね。ま、鎧とかも作ってたみたいだし、そこは平気かしら」

 

 只人ってすぐ体格変わっちゃうからね〜と気の抜けた声を漏らしつつ、妖精弓手は女神官と葡萄尼僧に目を向ける。

 

「それじゃ、手伝って!私一人じゃ時間かかっちゃうし」

 

「わ、私たちが触って大丈夫なのでしょうか!?」

 

「ま、まあ、用意した本人が言うならいいんじゃない?」

 

 ただひたすらに楽しそうな森人の姫様の様子に、女神官と葡萄尼僧が困惑しつつも、ドレスの着付けをするべく銀髪武闘家に躙り寄る。

 

「ここまで来たら覚悟決めなさい、新婦さん。これを用意してくれたこの人にも、待ってる新郎にも恥かかせたくないでしょ」

 

 本当にこれ着るのと、ドレスを眺めながら困惑している銀髪武闘家は、葡萄尼僧に告げられたその言葉で覚悟を決める。

 ここまでくれば自棄のようにも思えるが、ここで投げ出してしまえばこれを用意してくれた妖精弓手にも、何より夫となるローグハンターにも失礼だ。

 

「お、お願いします!」

 

 ならばと表情を引き締め、三人に身を委ねる事を決めた銀髪武闘家。

 任せろと言わんばかりに三人は同時に首肯し、彼女の平服に手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 冒険用の鎧でもなく、着慣れている平服でもなく、彼女が纏うのは純白のドレスだった。

 唇には紅をさし、目元や頬にも化粧を。

 とある戦いで短くなってしまった銀の髪にも櫛を入れ、香油も使って艶やかに。

 見慣れている筈の顔。普段なら頼りになる先達の顔は、今は同性であろうと思わず赤面する大人の色香を放っていた。

 目を閉じて、ただ静かに座っているだけ。普段の快活さも、人懐こい笑顔もなく、こちらのされるがままになるその姿は、いっそ人形のようでもあるが。

 

「……綺麗」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 女神官が思わずこぼした声に、銀髪武闘家はいつものように笑いながら礼を言った。

 おかげで目の前の人が銀髪武闘家であると改めて理解するものの、その普段通りの笑顔すらも美しく思える。

 ぽっと頬が朱色に染まった事を自覚した女神官は、自分を見つめながら微笑む銀髪武闘家の視線から逃れるようにそっと目を逸らした。

 そして、扉の前で涙を流している二人組の存在にようやく気づく。

 一人は泣くのを我慢しているのか、顔を真っ赤にしながら天井に目を向けている男性。

 もう一人は慈愛に満ちた瞳を涙ぐませる、銀の髪と銀の瞳──そして豊満な胸囲を誇る妙齢の女性。

 その二人に見覚えはないが、それでもすぐに何者なのかを察する事ができた。

 

「あ……!ご両親の方、ですか?」

 

「ええ、つい先ほどついて。ゆっくりしようと思ったら、この部屋まで案内されたのよ」

 

 泣きすぎてまともに喋れない男性──おそらく銀髪武闘家の父親──に代わり、銀髪武闘家の母親が応える。

「え、いつの間に!?」と慌てて振り向いた銀髪武闘家はようやく二人に気付き、「久しぶり」と笑いかけた。

 

「ええ、元気そうですよかったわ。髪が短くなっているのは気になるけれど、それくらいでも似合うわね。……ほら、あなたも何か言ってあげて」

 

 天井を見上げてばかりの夫の脇を小突き、娘に目を向けるように促す。

 

「ああ、すまない」

 

 涙を拭い、頬を叩いて奮起した父親は晴れ着姿の娘に目を向け「綺麗だ、本当に」と微笑みかける。

 

「本当に綺麗よ。こんな立派な姿が見られるなんて、思ってもみなかった」

 

 父親の言葉に続き、母親の言葉が銀髪武闘家の耳朶を撫でた。

 彼女は照れくさそうに、けれど心の底から嬉しそうに笑みを浮かべ「ありがとう」と返し、そのまま話題を広げようとするが、

 

「────」

 

 そこで言葉を無くした。

 口を開けたまま、突然固まった彼女に周囲の人たちが困惑する中、銀髪武闘家もまた言葉に迷っていた。

 何を話そうか、何を伝えようか。感謝を伝えようにも言葉が出てこず、焦りが余計に舌を固まらせる。

 

「ぇ……あの、えっと……」

 

 しどろもどろになる愛娘の姿に両親が思わず吹き出すと、二人はそっと彼女を抱き寄せた。

 化粧が崩れないように、ドレスに皺がつかないように、娘の晴れ舞台の邪魔をしないように、優しく、けれど確かな温もりを伝えるように力強く。

 

「──。〜〜……っ」

 

 銀髪武闘家は目尻に熱が溜まる感覚を覚えながら、それを必死に抑えて二人を抱きしめ返す。

 そんな家族のやり取りを横目に、葡萄尼僧に引き摺られる形で妖精弓手が、二人に続く形で女神官が部屋を後にした。

 花嫁の準備は間もなく終わるだろう。問題は先程寺院を飛び出して行ったという花婿の方だ。

 

 

 

 

 

「前日に騒ぎになるならわかるが、結婚式直前に走ることになるとは思わなかったぞ」

 

 いつもと違う白を基調とした衣装に身を包んだローグハンターの怒声に、後ろに続く薄汚れた革鎧を纏う冒険者が低く唸る。

 

「俺は参加せんでもいいだろう。ゴブリンが──」

 

「攻めてきたらその時に叩きのめせばいい。一方的かもしれないが親友と思っている男が式に参加せずに野宿しているのは、多分数年は引き摺るぞ」

 

「むぅ……」

 

 そして先日の祭りではできなかったからと、また周辺の警邏をしようとしていたところを捕まった冒険者──ゴブリンスレイヤーは再び唸り、鉄兜を揺らして前を歩く友人の背中に目を向けた。

 頼れる年長者。けれど後輩の冒険者が今日、相棒を伴侶とすることを神へと誓う。

 確かにめでたい事だ。一生のうち、おそらく一度限りの一大行事だ。

 だがそれは彼にとっての話であり、自分にとってはあまり馴染みのない話だ。

 

「俺は──」

 

「牧場のあいつだっているんだ、お前も参加しとけ。いつか、お前の番が来るかもしれないだろう」

 

 参加を断ろうとするゴブリンスレイヤーに、ローグハンターはいつなるかもわからないいつかの話をしながら参加を促した。

 

「…………」

 

 ゴブリンスレイヤーは口を閉じ、思慮する素振りを見せた。

 彼の脳裏に過ぎるのは、そんないつかの平和な光景か、あるいはゴブリンの屍の山を築く己の姿か。

 どちらにしても、ローグハンターには関係ない。彼はゴブリンスレイヤーを先導し、ゴブリンスレイヤーが彼の後ろに続く。

 いつもと変わらない速度。ただ場所が洞窟でも遺跡でもなく、寺院へと続く道である事だけがいつもと違う。

 いつも思う。俺は彼のようになれるのかと。

 いつも思う。俺は彼のようにやれているのかと。

 いつも思う。俺は彼女に相応しいのかと。

 

「あ、戻ってきた!」

 

「お兄ちゃん、遅いよ〜!」

 

 そうして進む二人の耳に届いたのは、牛飼娘と勇者の声だった。

 ローグハンターはそのまま飛びついてきた勇者を抱き止めながら「待たせた」と返して頭を撫でてやる。

 ゴブリンスレイヤーはそんな二人の脇を通り過ぎ、怒ってますと言わんばかりに胸を張っている牛飼娘の前に。

 

「すまない、遅くなった」

 

「うん、待ってました」

 

 兜越しに投げかけた謝罪の言葉をあっかりと受け取った牛飼娘は、そっと彼の手を握って引っ張った。

 

「とにかく、行こう。皆も待ってるよ」

 

「ああ」

 

 引っ張られるがまま、寺院に入っていくゴブリンスレイヤー。

 その背を見送ったローグハンターはホッと安堵の息を吐き、勇者に目を向けた。

 

「今まで色々あったけど、お兄ちゃんが結婚するなんてね」

 

「……俺自身、なかなか波乱に満ちた人生だとは思ってる」

 

「だよね〜」

 

 うりうりと胸に顔を擦り付けてくる勇者の言葉にローグハンターは苦笑混じりにそう返し、その言葉に勇者は気の抜けた声を漏らす。

 本当に波乱に満ちた人生だと思う。そして、これからも波乱に満ちたものになるだろうとも思う。

 

「そうだ、お兄ちゃん。これ、どうする?」

 

 未来に思いを馳せるローグハンターに、勇者は首に下げていた指輪を差し出した。

 赤い十字架(クロスパティー)が刻まれたそれは、何年も前に彼女に渡した御守り──騎士の証たる指輪だった。

 この世界に持ち込めた数少ない父親の形見であり、現存しているものは右手のアサシンブレードとこの指輪くらいのもの。

 大事なものではある。だが今の自分(アサシン)が持つ資格はない。

 

「──お前が持っていてくれ」

 

「でも、お父さんから貰ったものなんでしょ?」

 

「だから、お前が持っていてくれ」

 

「なんで?」

 

 指輪を持つ手を押したり引いたりを繰り返しながら問答する二人。

 指輪が父親の形見である事は知っているし、だからこそ今渡そうと思っていたのだが。

 

「俺には必要ない。父さんとの思い出も、母さんとの思い出も、ここにある」

 

 ローグハンターは微笑み混じりに自分の胸に触れた。

 本当は思い出どころか、この身に刻まれた記憶で自分が産まれるまでの馴れ初めまで知っている。もう二人のことを忘れることはない、指輪に頼らずとも、両親との繋がりなら確かにあるのだ。

 彼はそのまま勇者の両の頬を抓り、引っ張りながら「むしろ心配なのはお前だよ」と苦笑した。

 

「お前はまた無茶しそうだからな」

 

「別に無理も無茶もしてないよ」

 

 頬を抓られて「んに〜」と気の抜けた声を漏らす勇者は彼の指摘を笑い飛ばすが、ローグハンターは構わずに言葉を続けた。

 

「お前がそう言っても心配なんだよ。冒険者に危険はつきものだからな」

 

 彼女は妹ではあるが、同時に世界の命運を握る勇者だ。彼女の冒険とはそのほとんどが超がつくほど危険なもの。その分準備にかけられる金も、報酬も段違いではあるのだが。

 だからこそ、勇者の兄(ローグハンター)は心配なのだ。

 

「だから、お守り代わりに持ってろ。きっと、護ってくれる」

 

 彼女に指輪を握らせながら、ローグハンターは微笑を浮かべる。

 不満そうにしつつも「わかった」ととりあえず頷いた勇者は指輪をしまい、兄の手を取った。

 

「それじゃ、早く行こ。お義姉ちゃんの準備も終わるだろうし」

 

「そうだな。ああ、行こう」

 

 妹に手を引かれ、寺院へと入っていくローグハンター。

 その表情は進むごとに緊張の色が強くなっていき、深呼吸の数が増えていく。

 そんな珍しく緊張する兄の雰囲気を堪能しながら、妹は太陽を思わせる笑顔を彼に向けた。

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん!神様の前で、『この人と幸せになります!』って約束するだけなんだから!」

 

 その言葉に、ローグハンターは僅かに驚いた様子を見せてから苦笑を浮かべた。

 この人()幸せにしますと誓うのではなく、この人()幸せになる事を誓う。

 当たり前の事なのに、見落としていた事に今更になって気づく。

 

「お兄ちゃん以外にお義姉ちゃんを幸せにできる人なんていないんだから、胸張ってほら!」

 

 そして妹に半ば投げ込まれる形で神殿の礼拝堂に足を踏み入れたローグハンターを迎え入れたのは、

 

「おうおう、新郎が遅刻とはどういう了見だ!?」

 

「別に遅刻はしてないだろうが……」

 

「まあ、新婦より早く来たならセーフだろ」

 

「どう、かしら……ね……?」

 

 女騎士の野次と重戦士と槍使いのフォローと魔女の問いかけ。

 

「オルクボルク探しに行くなら教えなさいよ!私が行ったのに!」

 

「そうだぞ、頭巾の!婿がドンとかまえてないでどうする!」

 

「まあまあ、お二方。斥候殿も悪気があったわけでもあるまいて」

 

 妖精弓手と鉱人道士のもっともな言葉と、蜥蜴僧侶の奇妙な合掌と擁護の言葉。

 

「遅かったですね、ひやひやしましたよ」

 

「先生、早く前に!奥様が来てしまいますわ!」

 

 女魔術師がホッと胸を撫で下ろし、令嬢剣士が祭壇を示してローグハンターを急かす。

 小走り気味に礼拝堂を縦断する中でも、暇を見つけて参加した冒険者達──顔見知りから、馴染みのない若輩連中、ついでにネタ欲しさに飛び込んできた吟遊詩人──からの野次や祝福の声が飛び、急かされるがままに祭壇の前に。

 微笑みを浮かべる有翼の女神像の前にいるのは、普段の神官衣よりも清楚な雰囲気を放つ衣装を纏った女神官だった。

 緊張し、額に大粒の汗を滲ませる彼女の顔色は青い。

 名前も知らない司祭ではなく、顔馴染みの彼女に牧師役を頼んだのだ。いきなりの大役に緊張しつつ、それでも二人を祝福さんとこの場に立ってくれた彼女には感謝してもしきれない。

 

「お、俺まで緊張してきた……っ」

 

「何でよ……」

 

「こういう時は深呼吸だ、深呼吸!」

 

「私達が気張らなくてもいいと思うけど」

 

「只人の結婚式は騒がしいんですね〜」

 

 槍使い達と同じ列に座る青年戦士の一党のやり取りを聞き流しつつ、彼らの助言に従うように深呼吸を一度。

 窓から差し込む陽射しが温かい。胸の中も不思議と温かい。

 

「ごめんなさい、通してくださる?ふふ、あの()ったらこんなに友達がいたなんて、嬉しいわ」

 

 葡萄尼僧に連れられて、武闘家の母親が礼拝堂の最前列に。後ろの方で賢者と剣聖と話していた勇者も同じ最前列に。

 そして、家族が揃ったとなれば最後に入場してくるのは花嫁だ。

 相変わらず騒がしい礼拝堂の中に、ガチャリと扉が開く音が響いた。

 待ってしましたと言わんばかりに参列者たちが振り向いた瞬間、会場から音が消えた。

 そこにいたのは、まさに銀色の姫だった。

 森人手製のドレスに身を包み、薄手のベールで顔を覆うその様は、物語の中から飛び出してきた姫の姿そのものだった。

 胸の前で持たれた色とりどりの花束も、花嫁の前では色褪せて見えてしまう。

 顔を俯けたまま目を閉じる彼女は何を思っているのか、それは伺えないが彼女と腕を組む父親は様々な感情が混ざり合った顔のまま涙を流していた。

 父親が先導し、花嫁が歩き出す。新郎の時とは対照的な静謐さに包まれた入場は、コツコツと彼女のヒールの足音だけが礼拝堂に響く。

 一歩進むごとに、花嫁の少しずつ花嫁の目が開いていく。

 その瞳に涙を流す父親を写して苦笑し、こちらを見つめたまま固まる夫の姿にやはり苦笑。

 父らしい、彼らしい姿に、緊張が吹き飛んでいく。

 そして、たどり着くのは祭壇の前だった。名残惜しそうに、けれどその背を押すように離れた父の温もりを手に残しながら、差し出された夫の手を取る。

 父と夫の視線が一瞬交差するが、言葉を不要と言わんばかりに頷き合い、互いに背を向けた。

 父は母の隣へ。娘は夫の隣へ。

 やがて二人は向かい合い、見つめ合う。

 二人の視線が絡み合う中、ごほんと咳払いした女神官が地母神の聖印をきり、やがて口を開く。

 

「ジブリールさん。あなたはシルヴィアを妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「ああ、勿論」

 

「シルヴィアさん。あなたはジブリールを夫とし、病めるときも健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 やり取りはそれだけだった。二人をよく知る人たちからすれば、今更だよなと当然のように受け入れられ、こういった式に馴染みのない人たちは結構あっさりなんだなと僅かばかりに肩透かしをくらう。

 

「いと慈悲深き地母神よ。どうかその御手にて、この二人の行く末に実り多き事を……」

 

 そして女神官が錫杖を振り鳴らし、地母神に祈りを捧げたその時、窓から温かな風が礼拝堂に吹き込んだ。

 それは抱擁するように二人の周囲をぐるりと囲み、新郎のローブの裾と新婦のドレスを揺らす。

 突然起きたその現象に、マジかよと誰かの驚愕の声が漏れた。

 あたかも本当に神からの祝福を受けたように、新婦のドレスの刺繍が僅かに光を帯びる。

 二人も驚いたように目を見開いているものの、すぐに破顔して笑顔を向けあった。

 

「で、では、誓いのキスを……っ」

 

 その光景に魅入ってしまった女神官は、慌てて二人に最後の仕事を促した。

 促されるがまま、新郎はゆっくりと新婦の顔を隠すベールをあげ、その顔をあらわにさせた。

 化粧なしでも美しい彼女の顔は唇に紅を刺すだけで色気が増し、見慣れている新郎でさえも思わず動きを止めるほど。

 

「……ジル?」

 

 そして、妻に愛称を呼ばれた事でハッと意識を取り戻した新郎は、そっと彼女の肩に手を置いた。

 新婦は彼を受け入れるように目を閉じ、新郎はそっと彼女に顔を寄せ、触れ合うだけの口付けを交わす。

 そしてすぐに互いの顔は離れていき、照れたように二人の頬が朱色に染まる。

 その瞬間、ドッと礼拝堂の中に歓声が響き渡った。

 明日をも知れぬ冒険者が、七年の何月を共に駆け抜け、こうして夫婦となったのだ。自分たちとは関係ないにしても、それはそれとして何とも思わない程付き合いがないわけでもない。

 爆発する参列者の姿に新郎新婦は顔を見合わせ、可笑しそうに笑いながら肩を寄せ合った。

 

「おい、何を終わったつもりになっている!まだ大事な仕事があるだろう!?」

 

 そして、そんな二人に物申したのは女騎士。

「え?」と間の抜けた声を漏らす新婦を他所に、彼女はしゅび!っと新婦が持っている花束(ブーケ)に指差した。

 

「さあ、投げてこい!全身全霊で受け止めてやる!!」

 

「あ、なるほど、そうだよね、これか……」

 

 そこまで言われてようやく納得した新婦は花束(ブーケ)を構え、「参加したい人たちは前に出て!」と告げる。

 先程までの静謐さはどこにやったのか、女冒険者たちがこぞって前に出て行き、牛飼娘と勇者、剣聖、賢者がそれとなく混ざっていく。

 

「それじゃ、私の次に運を掴める事を祈って……!」

 

 夫の口癖を真似しつつ、花束(ブーケ)を思い切りぶん投げる。

 大きく弧を描くように投じられたそれは天井に当たるギリギリまで飛び、乙女たちと、ついでに野次馬たちの視線を上へと誘う。

 その瞬間、ローグハンターは愛する妻の肩を抱いて再び口付けを行った。

 目撃者は祭壇の前で無事に式が終わったとホッと安堵の息を吐いていた女神官ただ一人。

 顔を真っ赤にする彼女を見つめ、比翼の冒険者は揃って人差し指を口の前に添えるのだった。

 

 

 

 




感想等ありましたら、よろしくお願いします。

次回はアンケート次第によって、そのまま原作に行くかダンメモコラボイベントのお話です。
アンケート期限は6/3。投票まだの方はお忘れなく。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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