SLAYER'S CREED   作:EGO

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アンケート結果から、ダンメモコラボシナリオ編です。


Extra Sequence02 黒鷲と白兎と小鬼殺し
Memory01 異邦の冒険者


 辺境の街、とある一軒家。

 双子の月が見下ろす静かな夜の中、家の中から子供達が騒ぐ声が聞こえ、それを笑いながら諌め、ベッドに入るように促す大人達の声も漏れ聞こえる。

 

「ねるまえに、このまえのつづきおはなしして〜!」

 

「して〜!」

 

「この前の続き?何の話だ」

 

 寝転ぶ自分に乗りながら、隣に寝転んでいる妻に何かを促してくる二人の子供の姿に父親は困惑していた。

 自分が留守にしている間に、どうやら三人で何かの話をしていたらしい。ちょっとした疎外感に僅かに不満を感じる。

 娘の髪を撫でた母親が「この前は途中で寝ちゃったでしょ」と苦笑する。

 

「いいからきかせて〜」

 

「きーきーたーいー!」

 

 母親の説得は、子供二人にしてみればどうでもいい話だったらしい。

 ぺちぺちと父親の胸を叩きながら急かす二人に、母親は溜め息を吐きながら迷う素振りを見せた。

 そんな彼女の姿に父親は首を傾げ、問いかける。

 

「それで、何の話だ?」

 

「この前、ちょっと昔話をしたんだけど」

 

「とーさんとかーさんのぼーけんのおはなし!」

 

 そんな夫婦のやり取りに息子が割り込み、父親はすぐに話題を理解した。

 どうやら妻が自分達の過去を僅かばかり開示したらしい。

 まあ『かつて来たりし者』に関わる話でなければ、別に話してくれても構わない。あまり刺激的な話ではないように思えるが。

 

「で、何の話をしたんだ?」

 

「地母神の葡萄園絡みの話と、結婚式の話」

 

「なら次は……そうか、あいつらの話か」

 

 妻がどこまで話したのかを聞き、その次に起きた大きな冒険を思い出し、その話をすべきかを思慮した。

 その冒険はかなり特殊で、その分特別で、変え難い経験をする事となった冒険だ。

 だが、同時に話すべきかを迷う冒険でもある。あの冒険はあまりにも突拍子もなく、そしてこの世界で生きる分にはおそらく活用のしようがない経験が詰まっている。

 二人はその話をすべきか迷い、二人の子供の様子を見る。

 キラキラと目を輝せ、話を聞きたそうにしている様を見せられて、見つめ合った夫婦は諦めたように溜め息を吐いた。

 

「仕方ない。なら、話してやろう」

 

 そうして父親が話を切り出し、語り始めるのだった。

 

 

 

 

 

『いや〜、懐かしいね〜』

 

《幻想》はそんな家族水入らずの時間を時機(タイミング)悪く覗いてしまい、申し訳なく思いながらも懐かしむように笑いました。

 本当ならもっと早い時期にやろうと思っていた行事(イベント)を『かつて来たりし者』とかいう奴のせいで延期に延期を重ね、ようやく捻出した時間を使ってようやく行えた交流会でした。

《幻想》は椅子の背もたれに寄りかかりながら目を閉じ、あの日の事を思い出します。

 

『元気にしてるかな、フレイヤちゃん』

 

 

 

 

 

 四方世界を見下ろす天上のどこか。

 普段なら神様達が(せかい)を見下ろし、骰子を片手に冒険を見守る場所ではありますが、《幻想》は珍しい事に一人きりでその場所に来ていました。

 一人で椅子に座り、ぷらぷらと足を揺らしながら、のんびりと待ち人を待っています。

 

『あ、きたきた』

 

 そして、コツコツの聞こえてくる足音に顔を上げ、ようやく登場した神様に目を向けます。それはもう、嬉しそうな笑顔と一緒に。

 現れたのは《美》ともいえるほど、それはもうべらぼうに美しい女神様でした。

 新雪を思わせるきめ細やかな白皙の肌を炎を思わせる黒いドレスで包み、優雅な動作に合わせて揺れる髪は月光よりも美しい銀。そしてこちらを見つめる瞳もまた同じ色。

《美》の女神様はこっちこっちと手を振ってくる《幻想》の姿に溜め息を吐くと、ゆっくりと《幻想》に近づいていきます。

 

「……本当に酔狂な事を考えるわね、貴方達って」

 

《幻想》の対面に座りながら《美》の女神はそんなような事を口にします。

 下界を見下ろしながら時折骰子を振るい、冒険者(こども)達の活躍を見守る。共に生きているわけではないが、不干渉というわけでもない。

 

『……そうかなあ。君たちとそんなに変わらないと思うけど……』

 

《美》の女神の言葉に《幻想》は首を傾げました。

《美》の女神のいる世界では神々が下界に降りて人類と共に生きているのです。神様達が人類に【恩恵】を与えて、世界に蔓延る怪物(モンスター)と戦っている、そんな世界です。

 上から見守るか、隣で見守るか。《幻想》と《美》の神様の違いなんてそんなものです。

 まあ、こっちの世界では冒険の舞台を用意したり、託宣(ハンドアウト)を渡したり、あれこれと準備は必要ですが。

 どちらにせよ《幻想》も《美》も、『冒険』が大好きなのです。『冒険』に挑む『冒険者』が、街を、時には世界を救う『英雄』が大好きなのです。

 

「それにしても随分と待たせたじゃない。いきなり『ちょっと待って〜』なんて言われて、驚いたのよ」

 

『その件はごめんね。いや〜、こっちも大変でさ〜』

 

《美》の女神の言葉に《幻想》は卓に突っ伏しながら溜め息を吐いた。

 

『神同士のいざこざなんて、面倒な事この上ないよね〜。特に相手が話を聞いてくれない時とかさ』

 

「それは否定しないけれど、何か揉め事でもあったの?」

 

 そんな《幻想》の様子に《美》の女神は関心を寄せつつ、撫でろと言わんばかりに突き出された《幻想》の頭を撫でてやります。

 

『まあ、深くは言わないけど。こっちにも世界を救った英雄がいるってことさ!』

 

「……そ。それで、そちらのやり方で遊ぼうと言い出したのはそちらでしょう?」

 

《美》の女神の愛撫のような手つきに心地良さそうにしつつ、《幻想》は得意げな笑みを浮かべます。

《美》の女神はそんな《幻想》の笑顔に苛立ちつつ、話題を修正した。

 娯楽に飢えた自分への遊びの誘い。神同士の真剣勝負。

《幻想》から改めてこの世界の『冒険』についての軽い説明を受けて、用意されたお菓子を差し出され、いざ冒険を始めましょうという間際、《幻想》は気づきます。

《美》の女神が持参した記録用紙(キャラシート)に目を通しますが、どこにも《美》の女神の関係者らしい人物がいないのです。

 

『君の眷属は呼ばないの?とっても強いんでしょ?』

 

「だからよ。あの子達にやらせたら、出目なんて関係なしに終わらせてしまうわ」

 

『わあ、すごい自信。蛇の目(ファンブル)に泣かされても知らないよ?』

 

 自分の眷属──【恩恵】を与えた冒険者達──に絶対の自信を滲ませる《美》の女神に、《幻想》は悪戯っぽい笑みを向けます。

 どんなに優秀で、勇敢でも、蛇の目(ファンブル)一つで終わってしまう時もあるのです。油断も隙もあったものではありません。

 

『それじゃあ、前振りもこの辺にして始めよっか!よろしくお願いします!』

 

《幻想》は《美》の女神に向けて頭を下げます。

 挨拶は大事、聖典(ルルブ)にもそう書いてあります。

 

「……?よくわからないけれど、よろしくお願いします」

 

《美》の女神はそんな《幻想》の姿を不思議そうにしながら、それを真似るように挨拶をしながら一礼します。

 そして、頭を下げた拍子に(四方世界)を見下ろした瞬間、その目に止まる人物を見つけました。

 色々な魂が混ざり合い、結果的に唯一の輝きを放つまでに至った真っ黒な魂。

 

「ふふふ。とても楽しくなりそうね」

 

《美》の女神はそんな魂を見定めるように、双眸を細めるのだった。

 

 

 

 

 

 水の街、法の神殿。その最奥。

 柔らかな木漏れ日差し込む庭園には、五人の人影があった。

 

「前の葡萄園での騒動の助力、改めて感謝する」

 

「いえ。貴方からの頼みとなれば」

 

 一人は辺境勇士──『ならず者殺し(ローグハンター)》。手短に目の前の人物に感謝の言葉を伝え、頭を下げる。

 そんな彼の言葉に微笑み混じりに返したのが剣の乙女。

 先日の騒動では言伝でやり取りをしただけで、こうして面と向かい合うのは久しぶりだ。

 用意された椅子に腰掛け、悩ましそうに息を吐くその姿はいっそ情婦のようにさえ見えるが、事実恋に迷う乙女であるのだからある意味では正解か。

 そっと彼の膝に手を置いてみても、彼は嫌がる素振りを見せない。

 これ幸いと膝に置いた手で太腿を撫でようとすると、不意に伸びてきた手が彼女の手を掴んだ。

 

「私の『夫』に、あんまりベタベタ触らないでもらえます?」

 

 ローグハンターの相棒にして妻である銀髪の武闘家だ。

 目の前で夫に過剰な接触(セクハラ)を働かんとする不届き者を成敗せんと、銀色の瞳が燃えていた。

 

「「…………」」

 

 無言で睨み合う両者。挟まれるローグハンターは天を仰ぎ、溜め息を吐いた。

 やはり一人で来るべきだったか。あるいは話すだけ話してすぐに帰るべきだったか。

 だが、来てしまったものは仕方がない。ローグハンターはこの場にいない二人を──令嬢剣士と女魔術師はどうしているかと思慮した。

 商人の護衛ついでに四人で来たわけだが、二人は二人で久しぶりの休暇を楽しんでいるのだろうか。

 水の街の揚げ物は絶品と聞いたことがある。ここ最近この街に来る機会が増えたが、のんびりできた記憶がない。今度食べに行ってみるか。

 あるいは件の酒商の息子に改めて会いに行ったか。酒は飲まないが、少しくらい会いに行くのもいいかもしれない。伝手(コネ)は大事だ。

 そうして珍しく現実逃避を行っていた彼が、再び溜め息を吐こうとした瞬間、全身を──いいや魂を見透かし、舐めるような視線にぞわりと全身に鳥肌を立てた。

 天上から視線を感じる。時折感じる神々が見守るそれよりも(よこしま)で、けれど心底邪悪という訳でもない。神というには少々感情的な人間臭い、妙な視線。

 

「…………」

 

 そんな視線を睨み返すように空を見上げる彼の姿は、両脇の二人からはどう見えた事だろう。

 物憂げに空を見上げる美丈夫の横顔とは、やはりと言うべきか絵になるのだ。

 二人は牽制合戦を止め、見惚れるように彼の横顔を見つめる。

 

「……どうかしたの?」

 

 二人の視線にも気づかない程に集中する彼に流石に疑問に思ってか、銀髪武闘家が声をかけた。

 彼を真似て空を見上げるが、雲一つない快晴の空が広がるばかりで何もない。

 よくある彼にしか見えない何かが浮いてでもいるのだろうか。

 ボケっと二人して空を見上げているという、側から見ればなんとも滑稽な姿に剣の乙女は首を傾げる。

 生憎と自分の目では見上げたところで何も見えないが、果たして二人には何が見えているのだろうか。

 

「ただいま戻りました。……何をしているんですか?」

 

「戻りました。……?上に何か?」

 

 そんな三人揃って空を見上げるという何とも間の抜けた光景を、今しがた神殿まだ戻ってきた女魔術師と令嬢剣士が目撃し、三人を真似るように空を見上げた。

 晴天の空だ。ローグハンターの相棒たる鷲が円を描きながら飛んでいる。

 

「……とりあえず、外で色々買ってきたので何か食べますか?」

 

 一番早く視線を戻したのは女魔術師だった。

 抱えていた袋を示しながら、間食にと買ってきた菓子類を食べないかと先達達を誘う。

 

「わかった」

 

「何かお飲み物を用意致しますわ。ここで待っていてくださいな」

 

 その呼びかけに銀髪武闘家と剣の乙女が応じ、剣の乙女が席を立った。

 そのまま庭園の入り口にいる二人と合流し、二人を連れて神殿の方に向かうが、銀髪武闘家がハッとして彼女を追いかけようとする。

 

「その目でどうやって飲み物用意するんですか!?何より、何か変なの入れそうで怖い!」

 

 女の勘か、あるいは冒険者としての勘か、とにかく剣の乙女が何かしようとしていると察知した銀髪武闘家が彼女を止めようと席を立ち、神殿へと向かおうとした瞬間、大地が揺れた。

 

「わわ!?」

 

「……っ!地震!?」

 

 思わぬ時機(タイミング)の揺れに銀髪武闘家がたたらを踏み、椅子に座ったままのローグハンターもまた驚きの声を漏らす。

 この国において地震自体はかなり珍しい部類に入るが、時折揺れることはある。ローグハンターとて、四方世界に転がり込んでからも数度の地震に遭っている。

 だが、今回の地震は何かが違うと直感が告げていた。予兆もなく突然強い揺れがきたかと思えば、すぐに止まるという、不自然な揺れではあった。

 ローグハンターは椅子に立てかけていた片手半剣(バスタードソード)を腰に帯び、銀髪武闘家もまた腰に下げていた籠手に手を入れ、指を馴染ませていた。

 

「先生、奥様、ご無事ですか!?」

 

「結構揺れましたね」

 

「お二人とも、お怪我は?」

 

 警戒態勢に入る二人に声をかけたのは、揺れを感じて慌てて戻ってきた令嬢剣士、女魔術師、剣の乙女だ。

 神殿の入り口から顔を出す三人と、庭園の椅子からそこに向かう道のちょうど中央にいる銀髪武闘家、そして椅子から立ち上がったローグハンター。

 図らずも三組に別れた冒険者達が、とりあえず合流しようと歩き出した瞬間だった。

 ほんの一瞬、全員の視界が白一色に染まった(ホワイトアウト)

 

『……ッ!?』

 

 全員の表情が驚愕と困惑に変わり、玄人(ベテラン)三人がすぐさま臨戦体勢に入る中、視界は点滅を繰り返し、その間隔が段々と狭まっていく。

 やがて視界は白く塗りつぶされ、耳鳴りにも似た高音が聴覚を封じる。

 互いを呼ぶ声も聞こえない。足場の感覚がなくなる。いや、体が倒れている。

 訳もわからないまま空中に放り出されたような浮遊感が冒険者を襲い、次いでその意識が消失した。

 

『ちょっと待って、フレイアちゃん!?その子達も!?』

 

「ええ。だって、面白そうじゃない」

 

『そうかもしれないけどさぁ!?そっちの子はちょっと色々問題が──』

 

 意識が消えるその寸前。その身に流れる血がそうさせたのか、あるいは神の気まぐれか、ローグハンターは何やら言い合っている神々の声を耳にするのだった。

 

 

 

 

 

「──畜生が(ガイギャクス)!!!」

 

 意識の消失は一瞬。賦活と共にそう叫んだローグハンターは、周囲を睨みつけるように見渡しながら腰の剣を抜く。

 どこの誰か、あるいはどの神かは知らないが、どうやらまた面倒事に巻き込まれたらしい。

 庭園のど真ん中だ。遮蔽物は少ない、探せば術師の一人や二人すぐに──。

 

「……ここは、どこだ」

 

 そしてその場でくるりと一周するように周囲を見渡したローグハンターは、視界に映る情報を理解しきれずに困惑の声を漏らした。

 暗い。あまりに暗い。光源の一つもない洞窟の最奥に放り込まれたように、視界が黒に染められている。

 目を潰された──いいや、痛みや違和感はない。

 目潰しの術──可能性はあるが、前に喰らった時は吹き飛ぶほどの衝撃があった。今回は気絶しただけだからそれもない。

 自分の知らない術の可能性もあるが、継ぎ接ぎ(シンクロ)した先祖やこの世界の住人達の記憶にはそんな術はなかった筈だ。

 ローグハンターは舌打ち混じりに目を細め、『タカの眼』を発動。いつからか暗視の効果さえも搭載された瞳は、ここが洞窟である事、これは現実であること、そして自分が一人である事を残酷なまでに教えてくれる。

 

(あいつらはいない。移動してきた痕跡も、俺を運んできた痕跡もない。まるでこの場にいきなり現れたみたいに……)

 

 そしてここまでどうやって来たのかもわからないという異常事態(イレギュラー)が起こっている事も、教えてくれた。

 問題はここにいるのが自分だけだという事。他の四人が自分と同じようにこの洞窟にいるのか、あるいはあの庭園にいるのか、それすらもわからない。

 だが、どちらにしても自分がここにいる事に変わりはない。四人がいようがいまいが、脱出しなければならない。

 彼女達でもきっと同じ事をする。脱出するのなら、出口かその近くで合流できるだろう。

 そうと決まれば行動開始だ。問題は目指すべきは上か、下かの問題だが……。

 

(普通の洞窟とは思えん。いっそ最下層まで潜れば外に出る仕掛けの一つや二つ見つかるか?)

 

 迷宮の主(ダンジョンマスター)を斃せば、元の場所とはいかずとも地上に戻る切っ掛けくらいにはなるだろう。

 何より、冒険者として迷宮に放り込まれたのに目を覚まして即とんずらは格好がつかない。

 

(何より、あいつらならきっと下を目指す。俺よりも、ずっと『冒険者』なあいつらなら)

 

 そして『冒険者』たる仲間達なら下を目指す筈だ。なら行こう。早く行こう。さっさと行こう。

 ローグハンターは深く息を吐き、とりあえず前に進もうとした矢先だった。

 

『うわああああああああああああああああああ!?』

 

 闇の奥から、誰かの悲鳴が響き渡った。

 声に覚えはなくはない。いや、聞き覚えはあるのだが声色が違うというか、声が若いというか、幼いというか。

 何より槍使い(あいつ)ならあんな情けのない悲鳴をあげないだろう。

 だが相手が誰にせよ、ここで行かねばならず者殺し(ローグハンター)の名が廃る。今の悲鳴を目印に、仲間の誰かが来るかもしれない。ならば行かねば。

 ローグハンターは走り出す。タカの眼光でもって闇を見透かし、微かに聞こえ始めた戦闘音を頼りに、右へ左へ。

 やがて先程の声の主の気合いの声に混じり、聞き馴染んだ小鬼の断末魔と嘲笑の声が聞こえ始める。

 相手はわかった。ならば恐る必要はない。

 ローグハンターは頭巾の下で笑みを浮かべ、腰に帯びる片手半剣(バスタードソード)と短剣を抜き払いながら、目の前で大口を開けている崖から、一つ下の階層に向けて身を投げた。

 一瞬の浮遊感。直後一気に地面に引かれる慣れた感覚に身を任せ、落下。

 

「GBR!?!」

 

「G──!?」

 

「BRR?!」

 

 一体を着地台代わりに踏み潰し、その両脇で槍を携えていたゴブリンの喉元にそれぞれの得物を突き立てる。

 もはや慣れた三人同時暗殺(トリプル・エア・アサシン)を決めたローグハンターは、血に濡れた得物を引き抜きながら、周囲を囲むゴブリンを威圧するように睨みつける。

 何体かは何かで斬られて死んでいるようだが、何体かは火だるまになって死んでいる。おかげで光源代わりにはなっているが、何か道具でも使ったのか、魔術でも使ったのか。そこは疑問が残る。

 ゴブリン共を警戒しながら思慮するローグハンターは、ちらりと背後を振り返る。

 

「え、人が降って……」

 

 ローグハンターの登場に困惑しているのは、おそらく成人間もない(15歳前後)の少年だった。

 初雪のように白い髪に、宝石のように紅い瞳。彼には失礼ではあるが、中性的な顔も相まって何となく兎のような印象を与えてくる。

 

「無事か、少年。お互い自己紹介したいところだが、まずはここを切り抜けるぞ」

 

「え、あ、はい!」

 

 正面に向き直りながら告げるローグハンターに、白髪の少年は黒い短剣と緋色の短剣を構えながら応じた。

 見覚えのない武器だが、上等な武器だ。どこかの鍛治師の特注品(オーダーメイド)だろうか。

 それに構えも様になっている。ある程度の死線を潜ってきただろう事はわかるが。

 

(だからって、松明も角灯もなしにゴブリン退治に?いや、俺と同じでいきなり放り込まれたのかもしれん。……だからって松明くらい常備しておくものだろうに……)

 

 冒険に慣れていそうなのに、準備不足。少年の出立ちに何か違和感を感じながら、ローグハンターはそれを表に出す事なく指示を出す。

 

「冒険者ならゴブリンの相手くらいした事はあるだろう。背中は任せるぞ」

 

「わかりました!行きます!」

 

 瞬間、少年の姿が斜線となって消えた。

 ローグハンターの動体視力をもってしても、一瞬だけ見失う圧倒的なまでの初速。

 もちろんゴブリンがその速度に対応できるわけもなく、紫紺と緋色の軌跡が走る度に、一体、二体と斬られていく。

 

「速すぎるだろ」

 

 その様子にいよいよ異物を見るような目になるローグハンターは、負けじとゴブリンに挑んでいく。

 振り下ろされる剣を短剣で弾き、片手半剣(バスタードソード)で腹を掻っ捌く。

 そのまま血脂に濡れた片手半剣(バスタードソード)を逆手に持ち変え、振りかぶり、投射。

 隊列の奥で弓を番えていたゴブリンの眉間を貫き、その勢いのまま壁に縫い付ける。

 

「気をつけてください!このゴブリン、武器を使ってくるんです!」

 

「……?いや、ゴブリンなら武器くらい使うだろ」

 

「……え?」

 

「……は?」

 

 そして少年が思い出したと言わんばかりに投げかけてきた警告に、ローグハンターは首を傾げた。

 二人はお互いに何言ってんのこいつ(この人)と言わんばかりの顔で見つめ合い、それを隙と誤解して飛びかかってきたゴブリンをローグハンターは投げ倒し、頭を踏み砕いて殺害。

 そのまま手にしていた鯖の目立つ粗末な剣を奪い、構える。

 

「どちらにせよ、ゴブリンである事に違いはない。殺すぞ」

 

「やっぱり、僕の知ってるゴブリンと違う気がする……」

 

 少年が周囲に転がるゴブリンの死体を見下ろしながら、何やら呟く。

 その声は聞こえてはいたが、ローグハンターはその言葉の意味を理解はできず、怪訝な顔になる。

 だがゴブリンなら殺す。殺せる。

 そんな親友(ゴブリンスレイヤー)のような事を思いながら、粗末な剣でゴブリンの脳天をかち割った。

 ぶち撒けられた脳髄の一部が頬に貼り付くのにも構わず、ローグハンターは返す刃で背後から忍び寄っていたゴブリンの喉を裂き、噴き出した血が降り注ぐ。

 だが、やはりと言うべきかローグハンターは気にしない。

 逆手に持ち替えた短剣で喉を裂かれてなお息があるゴブリンの脳天を貫いてトドメを刺し、そのまま取りこぼした棍棒を蹴り上げ、左手で掴み、力任せに薙ぎ払う。

 運悪く軌道上にいたゴブリンの頭蓋が砕け散り、飛び散った骨片が弾丸のように他のゴブリンの肉体に突き刺さり、痛痒(ダメージ)に悶えた。

 

「すごい……」

 

 白髪の少年は流れるような手際でゴブリンを鏖殺するローグハンターに、感嘆にも似た声を漏らしていた。

 彼の目からしても遅いのに速い(・・・・・・)身体能力(ステータス)ではなく、技量(スキル)による効率を突き詰めた戦いは、美しくも残酷なまでに相手の命を奪い取る。

 だが、少年とて負けてはいない。いまだ荒削りとはいえ短剣二刀流による乱撃(ラッシュ)は振るった数だけゴブリンを屠り、屍の山を積み上げていく。

 

「GBRIRR!!」

 

「GOBGOB!!」

 

「RRRRR!?!」

 

 そうして二人でゴブリンの屍を二十に達し、残りが五匹にまで減った瞬間、ようやく二人との力量差を理解したゴブリン達が逃げ出した。

 仲間の敵討ちなど欠片も考えず、二人に背中を向け、いっそ無様なまでに我先にと。

 

「逃げた!?」

 

「そりゃ逃げるだろうよ。あっちも生きるのに必死だ」

 

 次々と洞窟の闇の中へと消えていくゴブリンに白髪の少年は驚いたように声をあげ、ローグハンターはさも当然のようにそう告げ、追撃せんと身構えた瞬間、ゴブリンが逃げ込んだ闇の奥でゆらりと炎が揺れた。

 

「あれは、松明の明かり?」

 

「なんだ、あいつも来てたのか」

 

 ゴブリン達は立ち止まる。前には明かりを持った相手が一人。後ろにはやばい奴が二人。なら向かう先は決まっている。

 ゴブリン達は走り出す。後ろの二人から逃げるように、前の一人を殺して逃げ道を手にするために。

 だが、その考えはあまりにも浅はかだった。

 ゆらりと松明が揺れる。彷徨う鎧(リビングデッド)の如く、薄汚れた鎧の戦士の姿が浮かび上がる。

 彼は中途半端な長さの剣を腰帯から抜くと、迫り来るゴブリンに対して突撃。

 すれ違い様に一匹目の首を掻き切り、二匹目は左腕に括った円盾で殴り殺し、三匹目は胸ぐらに掴んで壁に叩きつけたかと思えば、眼窩に松明の炎を押し付けて焼き殺す。

 

「GRR!?」

 

「G──!?」

 

 そして、前三匹の瞬殺に足を止めた最後の二匹は、背後から忍び寄っていたローグハンターに一匹は粗末な剣で鳩尾を貫かれ、もう一匹は棍棒で頭を潰されて即死する。

 

「これで全てか?」

 

「ああ。ここで会ったのは、だが」

 

 中途半端な剣に血払いをくれて、ついでに血脂を拭いながらの問いかけに、ローグハンターはいつも通りの声音で返す。

 

「で、ゴブリンスレイヤー。お前はどうやってここに?」

 

 そして続けて投げかけられた問いかけに、ゴブリンスレイヤーはどう説明したものかと迷うように低く唸った。

 

(なんだろう。とんでもなく怪しい格好の人達と出会ってしまった……)

 

 そんな二人を眺めながら、白髪の少年はとても失礼な事を胸中で思うのだった。

 

 

 

 

 

「ここ、どこなんだろ……」

 

 ローグハンターが戦闘に突入した事も知らず、松明片手に洞窟を進んでいた銀髪武闘家は、何度目かもわからない溜め息を吐いた。

 ローグハンターも見つからない。他の皆も見つからない。ここがどこなのかもわからない。

 とりあえず、他の皆もいるのなら『下』に行くだろうと読んで移動しているのだが……。

 

「だぁ〜。もうやになりそう。せめて彼と二人きりならなぁ〜」

 

 たった一人で洞窟を彷徨う状況に嫌気が差しながら、銀髪武闘家の足は止まらない。

 冒険者としての本能か、あるいは単に止まるのが億劫なのか。悪態はついても足を止める事がないのは、彼女の美点だろう。

 

(彼の『眼』なら適当に移動してても見つけてくれる。ううん、むしろ移動してる方が見つけてくれる。なら、適当でも何でも歩き回る方がいいよね)

 

 何よりこの行動の裏にはローグハンターに向けられた絶大なまでの信頼があった。

『タカの眼』があれば足跡を始めとした痕跡を辿り、見つけてくれる。ならばその痕跡を残しながら移動するのが、彼と合流する近道になる。

 ならば行動あるのみ。死ななければ見つけてくれるのだ。

 

『きゃあああああああ!!!』

 

 そしてローグハンターとの合流を優先しようとする銀髪武闘家の耳に、聞き馴染んだ声による悲鳴が届いた。

 

「──ッ!」

 

 その瞬間、彼女は走り出していた。

 松明の炎で尾を引きながら、洞窟の中を疾駆。

 悲鳴に混ざり、ゴブリンの下卑た嗤い声が聞こえ始め、それを合図にして更に加速。

 狭い洞窟の中を最高速で駆け抜け、そして僅かに開けた空間に出た瞬間、見覚えるのある赤い髪の女性と、彼女を囲む数体のゴブリンの姿が視界に入る。

 大斧を担いだ大男と、その連れと思われる前髪で片目を隠した小柄な少女が戦ってくれているが、暗所なのに松明も角灯も着けずに戦っているためか、数に押されているのが見える。

 

「────」

 

 瞬間、頭の中でカチリと何かが嵌まる音が聞こえた。

 心臓の鼓動が早まり、視界が広がる。

 腕の血管が浮かぶほどに渾身の力を込めて拳を握り、地面にめり込む程の踏み込みと共に更に加速。

 遠かった間合いを瞬時に詰め、腰を捻って拳を引き、

 

「でりぁあああああああああああああああ!!!」

 

 腹の底から絞り出す怪鳥声と共に、手頃なゴブリンを殴り飛ばした。

 快音と共に頭蓋が砕け、脳髄が弾け飛んだゴブリンは、仲間達を巻き込みながら吹き飛んでいき、次の瞬間には壁の染みとなる。

 

「今度はなんだ!?」

 

「お、女の人?」

 

 男は突然の乱入に驚き、小柄な少女は銀髪武闘家に魅了されたようにぼうっとその姿を見つめる。

 その声に随分と聞き覚えがあったが、その話は後だ。

 

「なんでこんな所にいるの!?」

 

「わ、わかんないよぉ……」

 

 銀髪武闘家は勢いよく振り向きながら、背後でゴブリンに囲まれていた女性──牛飼娘に思わず声を荒げた。

 当の彼女からは碌な情報をもらえないが、自分と同じように何かに巻き込まれたとすれば納得もいく。

 腰の雑嚢に手を突っ込み、取り出した数本の松明に火を移す。

 そのまま適当に松明を周囲に放れば、簡易的ながら明かりが確保された戦場が完成する。

 

「とにかく、私の後ろにいてね。そっちの人も手伝って!」

 

「あ、ああ!これだけ明るいなら、やりようはある!」

 

「私は援護するね!」

 

 銀髪武闘家が拳を握りながら牛飼娘と大男に指示を出し、彼もまたゴブリンを威圧するように睨みながら応じ、小柄な少女は背に回していた弓を構えながら頷いた。

 

「が、頑張ってね!」

 

「うん、任せて!」

 

 そして親友からの声援に、銀髪武闘家は会心の笑みで返してみせた。

 そんな冒険者達と民間人一人を前に、ゴブリン達は昂ったように嗤い始めた。

 まあ、どうせ雌が一匹増えただのなんだのと騒いでいるのだろう。不愉快極まりない。

 

「一匹残らず殺す……ッ!」

 

 親友を守るため、そして生きて愛する人と再会するために、銀髪武闘家は凄まじいまでの気迫と共に、ゴブリン共に向けて飛び出していった。

 

 

 

 

 

「ここはどこなのでしょう」

 

「嘆いたって仕方ないでしょ。ほら、前衛なんだから前行きなさい」

 

「申し訳ありません。このような目でなければもう少しお役に立てるのですが……」

 

 そしてローグハンターと銀髪武闘家がそれぞれが進展を迎える中、令嬢剣士、女魔術師、剣の乙女の三人は、ゴブリンの襲撃に遭うかともなく、洞窟を進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 




感想等ありましたら、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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