ローグハンターの一行と銀髪武闘家の一行がそれぞれの行動を開始した頃。
「もう何なのですかぁ!?」
洞窟の中に、悲痛なまでの令嬢剣士の叫びがこだました。
「うるさいわよ」と半目になりながら睨んでくる女魔術師の言葉に令嬢剣士は「うるさくもなりますわ!」と言い返し、大きく溜め息を吐いた。
水の街。それも神殿の中庭にいたというのに、気がつけば洞窟の中だ。松明片手に周囲を見渡しても、ローグハンターも銀髪武闘家もいない。
「洞窟……いいえ、迷宮のようですね」
代わりにいるのは剣の乙女。
眼帯の下で怪訝そうに目を細めた彼女もまた周囲を見渡す。
久しく感じる迷宮の空気に緊張しつつ、けれどそれを表には出さない。
ここにはローグハンターの一党の二人もいる。既に中堅の冒険者とはいえ、まだ先人の背中を追いかける若者なのだ。格好悪い姿は見せられない。
「混沌の手のものの
「そ、そんなことはありません!むしろ反応できなかった私たちのせいです!」
「そうですわ!大司教様が謝ることでは……!」
しゅんと俯き加減に呟かれた言葉に、女魔術師と令嬢剣士がすぐに反応した。
剣の乙女は「ありがとうございます」と二人の気遣いに感謝しながら、思慮を深めた。
確かに何かの陰謀に巻き込まれたのは明白だ。だが冒険者としていきなり冒険に放り込まれるのは別に慣れたものだし、こうして生きているだけでも運がいい。
「石の中にいる。……よりはマシですわね」
小さく息を吐きながらそう告げる剣の乙女。
それに二人は頷き、どうしたものかと頭を捻る。
どこかもわからない洞窟。離れ離れになった仲間。危機的な状況ではあるが、あの二人なら大丈夫だろうと匙を投げた。
「とにかく移動しましょう。歩き回れば、あの人の『眼』が見つけてくれますから」
女魔術師がそう提案し、二人が頷いた瞬間、闇の奥が揺らめいた。
「「「ッ!!」」」
三人がほぼ同時に構える中、現れたのは三匹のゴブリン。
「GBR……!!」
「BRRRRR!」
「GOBGOB!」
三匹のゴブリンは見回り中に偶然見つけた三匹の雌の姿に喜びながら目を細め、醜悪な笑みを顔に貼り付けた。
相手は見る限り三匹、しかも相手は全員雌だ。捕まえればしばらくは楽しめるだろうし、他の連中にも威張れるような手柄になるだろう。
ゴブリンたちは駆け出した。我先にと、欲望のままに、薄汚れた黄色の瞳をぎらつかせる。
「「シッ!」」
その瞬間、女魔術師と令嬢剣士の手が閃いた。
放たれるのは投げナイフ。鋭く放たれたそれらは寸分の狂いなく二匹のゴブリンの眼窩を貫き、ぐるりと白眼を剥きながら体が倒れる。
「GBR!?」
左右の仲間がすぐに殺られたことに狼狽え、足を止めるゴブリン。
その隙に鋭い踏み込みと共に放たれた突剣の切先が喉を貫き、がぼりと血の泡を吐き出した。
「これで三匹です!」
撃破の宣言をしながらゴブリンを蹴り倒す令嬢剣士。
念の為と倒れたゴブリンの腹にもう一度突き、絶命を確認すると、ホッと息を吐いた。
「やはり、というべきかゴブリンはいるのですね」
「警戒しながら進みましょう。大司教様、大丈夫ですか?」
突剣に血払いをくれ、先ほど投げた投げナイフを回収しながら戻ってくる令嬢剣士に注意を促しながら、背後の剣の乙女に目を向ける女魔術師。
「大丈夫です」と返す彼女だが、顔色も悪くその手も震えている。
一応、ローグハンターからは過去に何かあったのだろうという話は聞いているが、根掘り葉掘り事情を聞くのは冒険者の
「早くあの人たちを探しましょう」
女魔術師はそれに気づかないフリをしながら、意識を洞窟の奥へと向けた。
戻ってきた令嬢剣士が「先導しますわ」と先駆けを買って出ると、二人の横を通過していく。
そんな彼女の後ろに続き、剣の乙女と共に進もうとした瞬間、カリカリとベーコンのフライ音にも似た、この場にはそぐわない音が女魔術師の耳に届いた。
「大司教様!」
女魔術師は反射的に剣の乙女を令嬢剣士の方向へと突き飛ばす。
剣の乙女は悲鳴あげ、令嬢剣士が慌てて彼女を抱き止めた瞬間、彼女がいた場所の壁が吹き飛んだ。
「GBRRRRR!!!」
「GBBBBB!!」
「こんのぉ!!」
壁を抜き、飛び出してくる複数匹のゴブリン。
飛び散る破片に肌を傷つけられつつ、女魔術師は怯まずに迎撃の手を打つ。
柘榴石の杖を槍の如く振るい、飛びかかってきたゴブリンを打ち落とす。
一匹、二匹、三匹と払うが、彼女の白兵戦能力は一党最下位。限界はすぐに訪れ、五匹目を払った直後に飛びかかった六匹目を辛うじて払うが、その瞬間に彼女の顔が苦痛に歪んだ。
杖を握る手の甲に赤い一筋の傷が刻まれ、そこから血が滲み出る。
ゴブリンたちの表情が愉悦に歪み、彼女に見せつけるように構える錆びた短剣は金属のそれとは違う光沢を放っていた。
「毒……っ」
ゴブリンが毒を使うのは知っている。すぐに解毒すれば問題はない。
だが、その隙を与えまいとゴブリンたちが飛びかかり──、
「させません!」
そのゴブリンたちを突剣と短剣の二刀流を構える令嬢剣士が割って入る。
刃が閃く度にゴブリンの鮮血が舞うが、背後の女魔術師の顔色が見る見るうちに悪くなっていく。
傷口から体温が奪われていくような感覚を襲われ、肌寒さが彼女に伸し掛かる。
「早く
令嬢剣士が切羽詰まった声で叫び、女魔術師が腰の雑嚢に手を入れようとするが、それを阻止するようにゴブリンが放った矢が頬を掠めた。
「ッ!」
普段なら気にもしない痛痒に、彼女の体が揺れる。
このままゴブリンの前で崩れ落ちてしまえば、奴らは彼女に殺到し、袋叩きにしてその後は──。
「ぁ……あぁ……っ」
その後を知る──文字通り味あわされた剣の乙女は、だからこそ動かず、奇跡を使おうにも怯えた舌は回ってくれず、嘆願もできない。
ゴブリンたちは抗戦する令嬢剣士の勇気を嘲笑い、毒に倒れる女魔術師の無様を嘲笑い、動けない剣の乙女の惨めさを嘲笑う。
そのまま三人をゴブリンの物量が飲み込もうとした瞬間だった。
「【ディア・フラーテル】!!!」
『聖女』の声が、戦場を駆け抜けた。
瞬間放たれるのは洞窟の闇を呑み込む光と、万物を癒す優しい波動。
光はゴブリンたちの視界を白く塗りつぶし、癒しの波動が女魔術師の傷──そしてその身を侵す毒を完治させる。
「きゅ、急に楽に……なったぁぁあああ!!」
くわっ!と目を見開き、怒声と共に立ち上がりながら手頃なゴブリンを杖で殴り殺す女魔術師。
令嬢剣士もまた視界を潰されたゴブリンの二匹を突剣と短剣でそれぞれ仕留めると、光を放つ杖を掲げる誰かへと目を向けた。
「このまま離脱します!こちらへ!」
「「ッ!!」」
その声に疑いを抱く間も無く走り出す女魔術師と令嬢剣士。
二人は腰を抜かしたようにへたり込んでいた剣の乙女に手を貸し、そのまま助太刀してくれた誰かの元へ。
「殿はわたくしが!大司教様を!」
「任せたわ!」
そのまま走りながら令嬢剣士が最後尾を走り、女魔術師が剣の乙女の手を引いてひた走る。
幸運にもゴブリンたちの追跡の手はなく、視界を潰されたゴブリンたちの苦悶と悔しさを滲ませる声が遠ざかっていく。
それから数分ほど走り、ゴブリンたちの気配も感じなくなった頃、冒険者達は足を止め、休息を取っていた。
「モンスターとの距離が置けたようですね。ご無事ですか?」
そして三人を助けてくれた人物──銀色の髪をした小柄な少女だ──が、三人の様子を訊いてくる。
「わたくしは大丈夫です」
「こちらも、無事です……」
「助かったわ、ありがとう」
令嬢剣士と剣の乙女が頷く中、感謝の言葉と共に頭を下げる女魔術師。
彼女はそのまま不思議そうに手の甲を見つめた。
傷跡もなく回復したそこは、先程まで戦闘していたとは思えない程に綺麗なままだ。
ありがとうございますと感謝の言葉と共に頭を下げた剣の乙女は、先ほど見せた『奇跡』から相手の出自をある程度察したのだろう。そのまま彼女に告げた。
「先ほどの『
「神官……?いえ、私は
「アミッド、様。なるほど、しかし神官ではないとは?」
剣の乙女の言葉に怪訝そうにしながらも名乗った少女──アミッドの言葉に、令嬢剣士が首を傾げた。
傷を癒す手段はあまり多いとは言えないが、その中で特に重宝されるのが神官による奇跡だ。自分たちも何度も助けられているし、今回もそれに助けられたと思っていたのだが。
「……神時代以前には、そういった職種があったことは知っていますが……」
「神時代?神代のことかしら」
アミッドの口から出た聞き慣れない言葉に、疑問符を浮かべながらもある程度を推察する女魔術師。
同じことを意味する言葉でも、場所が違えばまるで違うのは理解している。今回のこれもそういうことだろう。
「それにしてもゴブリンを相手に撤退なんて久しぶりよ」
「警戒が甘かったです。申し訳ありませんわ」
だが、そんな事はどうでもいい。
女魔術師は溜め息混じりにローグハンターの一党に参加する前に行った初めての冒険を思い出し、令嬢剣士は己の未熟を謝罪した。
「あの人が知ったら、絶対に訓練厳しくされるわね」
「あぅ……」
そしてこんな事を知られれば、心配をされるとしてもそれはそれとして訓練が厳しくなるだろうなと互いに苦笑した。
失敗を肴に笑い合う。まあ、なんとも冒険者らしい姿に剣の乙女は懐かしむように微笑みをこぼす。
「…………」
そんな冒険者としては普通の光景を、驚いたように見つめるアミッド。
彼女の視線に気づいた女魔術師が「あの、なにか?」と首を傾げると、アミッドが口を動かした。
「いえ。冒険者にいうのも違うような気もしますが、もっとご自愛してください」
「「え?」」
「冒険とは生きて帰ってくることに価値があります。生きているからこそ次があるのですよ」
「「……はい」」
小さいながらに有無を言わさない圧力を放ってくるアミッドに、女魔術師と令嬢剣士が縮こまっていく。
確かにあの場での戦闘は無理があっただろうし、女魔術師を担いでさっさと逃げてしまえばよかったのかもしれない。
まあ、全て結果論に過ぎないが。
ただ一人、剣の乙女だけは僅かに思慮するように口を継ぐむと、すぐに口を開いた。
「確かに貴方様の言う通りではありますが」
その言葉に三人の視線が彼女に集まる。
どこか遠い過去を懐かしむように、あるいはかつての憧憬を思い出すように、彼女の唇が音を紡ぐ。
「冒険者は、冒険するからこそ冒険者なのですよ。その死は──……結果にすぎません」
「死と、灰のような諦観と、冒険は隣り合わせなのです。どんなに恐ろしくとも……進むほかに、ありません」
「ええ、そうです。どんなに、恐ろしくても──……」
彼女の言葉が洞窟の闇の中に染み込んでいく。
かつて世界を救った英雄の、この場にある誰よりも修羅場を潜り抜けた女傑の言葉が、三人の頭に響く。
「冒険。こうして思えば、先生方やゴブリンスレイヤー様の一党も抜きでの冒険は初めてでしょうか」
「あんたと二人で──なんて状況も滅多にないわね」
そんな先人の言葉に令嬢剣士がふと思い出したように声を漏らし、女魔術師が首肯した。
ローグハンター抜きでの戦いはあれど、そういう時は決まってゴブリンスレイヤーの一党の誰かが近くにいてくれた。
今回は剣の乙女がいてくれるが、相手によっては自分たちだけで切り抜けなければならない。
「それじゃ『命大事に』しながら『ガンガン行きましょう』!」
しゅびッ!と杖を洞窟の闇の奥へと向けながら、女魔術師がそう宣言した。
アミッドの言う通り命あってこその物種だ。命あってこその成長だ。命あってこその人生だ。
だが、そんな普通の人生を歩みたくないからと冒険者になった命知らずがこの場に三人。アミッドも含めるのなら四人。
剣士一人、術士三人の滅茶苦茶な一党ではあるが、剣の乙女だけでなくアミッドにも凄腕の気配がある。
「とにかく、先生か奥方様と合流を──あ……」
そして令嬢剣士がとりあえずの方針を口にした瞬間、しまったと慌てて口を閉じた。
横では剣の乙女が「奥方……奥方……わたくしだって……」と何やら暗い空気を放ちながらボソボソと呟いているが、こちらに敵意が向かないのならそれでいい。
「私も仲間とはぐれていますので、ご一緒に探していただけると助かります」
アミッドもしれっと仲間の捜索を打診すれば、彼らの目的は決まる。
────仲間と合流し、洞窟から脱出する。以上。
こうして女しかいない一党が、迷宮の中へと進んでいく。
彼女らの向かう先に待つのは希望か、はたまた絶望か。
それは天上から見守る神々にさえも予想はつかず、だからこそ神々は骰を振るう。
これで役者は出揃った。
ローグハンターの一行。
銀髪武闘家の一行。
そして剣の乙女の一行。
出自はバラバラ。実力もバラバラ。常識も違うし、歩んできた人生もまた違う。けれど目的はただ一つ。
──さあ、冒険者たちよ。どうかこの迷宮を攻略しておくれ。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。