SLAYER'S CREED   作:EGO

15 / 150
Memory06 その目で見えるもの

 広野の中にその遺跡の入り口はあった。

 入り口の両脇にはゴブリンが二匹、さらにその傍らには狼が待っている。

 片方は今にも寝てしまいそうなものだが、もう片方はまだしっかりと意識を保ち、見張りをしているようだ。

 狼は、休んでいるようで警戒を怠っていない。その証拠に僅かな音も聞き逃さんと、耳が立っている。

 その全てを、彼の目は捉えていた。

 視線の先に赤い影が三つ。一つはふらついているが、もう一つはしっかりと警戒をしている。狼は言わずもがな。

 

「……狼持ちということは、相当大規模な群れだな」

 

「加えて、余裕もあるということか」

 

 陽が傾きもうすぐ夜が訪れるという時間に、彼らはその遺跡の入り口を発見した。

 だが、その時間は夜行性のゴブリンからすれば『早朝』だ。つまり、見張りの集中力もだいぶ落ちている。

 

「━━はずなんだが」

 

「いたね。優等生ゴブリン」

 

 ローグハンターの呟きに銀髪武闘家が苦笑した。

 いつかに話していた勤勉なゴブリンが、こうもあっさり見つけられるとは。

 ローグハンターは特に反応せず、ゴブリンスレイヤーに目を向ける。

 二人が言葉を交わすことはないが、何を思っているかはだいたい伝わる。

 ゴブリンスレイヤーは確かに頷き、妖精弓手に目を向けた。

 彼女は背の大弓を構え、矢をつがえる。

 森人は、武器に鉄を用いない。

 弓の弦は蜘蛛の糸。その矢はイチイという植物の枝だ。

 その枝が自然と形になったもの、鏃には芽、矢羽には葉が該当する。

 妖精弓手は長耳を動かして風を聞き、目を細めて照準を合わせる。

 誰も彼女に声をかけず、弓がしなる音だけが僅かに鳴る。

 右のゴブリンが欠伸をすると、妖精弓手は矢を放った。

 音もなく放たれた矢は、明らかに右に逸れている。

 妖精弓手がすぐさま次の矢をつがえて放った瞬間だ、一矢目が大きく弧を描き、ゴブリンの横顔を撃ち抜いた。

 その矢は勢いのまま二匹目のゴブリンの頭を貫き、遅れて放たれた二矢目が狼の眼窩を貫いた。

 

「━━遅い、と」

 

 文字通り人間技ではない。あり得ない軌道だ。

 ローグハンターは目を細め、優しく頬を撫でるものに気づく。

 

「……風、か」

 

 彼がぼそりと呟くと、胸を張っていた妖精弓手がムッとした。

 

「いきなりネタばらししないでくれる?そもそも、あなた風が読めるの?」

 

「一時期、先生に連れられて海の上にいたからな。風と潮の流れを読めなければ、目的地にいけん」

 

「ほお、斥候殿は船乗りだったのですな」

 

「いや、たまに乗っていただけだ」

 

 蜥蜴僧侶の言葉を若干否定しつつ、ローグハンターは立ち上がる。

 遅れてゴブリンスレイヤーも立ち上がるが、顎に手をやり何かを考えている様子だ。

 

「二。だが、妙だな」

 

「妙って、優等生ゴブリンのこと?」

 

 銀髪武闘家が訊くとゴブリンスレイヤーは頷く。

 

「奴らは怯えていたように見える。勤勉なゴブリンなぞ、いてたまるか」

 

「それもそうだね」

 

 呑気にそう漏らす銀髪武闘家の横では、女神官と女魔術師が青ざめていた。

 ゴブリンスレイヤーはゴブリンの死体に歩み寄り、片膝をつくと短剣を取り出す。

 

「……何するの?」

 

「いつもの()()をやる」

 

 その言葉に更に青ざめる新人二人と短剣を取り出した頭目。そしていつものあれ。

 それに興味を引かれた妖精弓手は、彼の手元を覗きこんだ。

 その瞬間、ゴブリンスレイヤーは短剣をゴブリンの腹に突き立て、その臓腑をかき回す。

 

「ちょ、ちょっと!あんた何やって━━」

 

「奴らは臭いに敏感だ」

 

「……は?」

 

「特に女、子供、森人(エルフ)の臭いには」

 

「え、あ、あんた、それ、どうするつもり……?」

 

 ゴブリンスレイヤーの手元には、ゴブリンの血を滴らせるかつては白かったであろう薄汚れた手拭い。

 彼の鎧にこびりつく汚れ、そして青ざめた新人の女冒険者二人。

 その答えにたどり着いた瞬間、妖精弓手は逃げようとした。だが、彼女の背後には既に銀髪武闘家がいる。

 彼女は妖精弓手を羽交い締めにすると、耳元で囁く。

 

「はい、逃げないの。どうせ終わる頃には血まみれなんだから、慌てない慌てない」

 

 手慣れた様子の銀髪武闘家はそう言うが、妖精弓手は反論する。

 

「そ、それはあんたが前衛だからでしょ!?私は弓手、後衛よ!」

 

 その言葉の間にも、血まみれの手拭いは迫ってきている。

 妖精弓手は逃げ出そうとじたばたと暴れ、女神官と女魔術師に目を向けた。

 

「ちょ、ちょっと、こいつら何とかしてよ!」

 

「慣れますよ」

 

「慣れるわよ」

 

 子供や妹弟たちに言い聞かせるような優しい声音だが、二人の目は死んでいる。

 妖精弓手は最後の希望としてローグハンターに目を向けるが、

 

「うまく捌くものですな。これなら虫や獣も喰らいやすかろうて」

 

「この毛皮と骨があれば、何か作れるかもしれんな」

 

 狼の解体をしていた。しかも、作業は既に終わっており、蜥蜴僧侶がその手際に舌を巻いているほどだ。

 恥を忍んで鉱人道士に目を向けるが、あからさまに目を逸らされた。

 もはや、彼女を助ける者はいない。

 

「慣れろ。そいつも最初はそうだった」

 

「大変だったな、泣き出されて……」

 

「ふ、二人とも、過去(トラウマ)を掘り返さないでくれないかな!」

 

 手慣れた銀等級三人は軽口を叩きあう。

 しれっとトラウマ発言した辺り、銀髪武闘家も慣れるまで時間をかけたのだろう。

 

 

 

 

 

 先程のゴブリンの死体を隠し、一行は遺跡へと踏み込んだ。

 白亜の壁に囲まれた狭い通路は、僅かに下り坂になっている。

 タカの目を発動させたローグハンターを先頭に、一行は警戒をしながら少しずつ歩を進めていく。

 

「……ふむ。拙僧が思うに、これは神殿だろうか」

 

「この辺りの平野は、神代の頃に戦争があったそうですから」

 

 蜥蜴僧侶の問いかけに女神官が答え、壁に彫られた絵をそっと撫でる。

 女魔術師も周囲を見渡して目を細める。

 

「その時の砦が、今はゴブリンの巣。時の流れは残酷ね……」

 

「残酷と言えば……大丈夫かの、耳長娘」

 

 鉱人道士が思い出したかのように言うと、その目を壁から妖精弓手へと向ける。

 森人の伝統的な装束には、不釣り合いなほど赤黒い染みが残り、それを着る彼女の目にも涙が浮かぶ。

 流石の鉱人道士でさえ、今の彼女をからかわない。

 同じく血に濡れた銀髪武闘家は、自分の格好を見て苦笑した。

 

「慣れたら楽になるよ?」

 

「……慣れたくない」

 

 ゴブリンスレイヤーから言われたならば、まず間違いなく彼を睨んでいたことだろう。

 だが、同性の冒険者から言われてしまえば、その矛先も鈍るというもの。

 ゴブリンスレイヤーは剣を片手に警戒しつつ、唯一焚かれた松明を保持していた。

 森人の領域では火避けの呪いが各所に施されており、この捨てられた遺跡だとて例外ではない。

 気を抜けば消えてしまいそうな松明に、いつにも増して気をかける。

 鉱人道士、妖精弓手、蜥蜴僧侶の三人は、例え光源のない洞窟だろうと問題ない。タカの目で擬似的な暗視が出来るローグハンターも、多少暗くても問題はない。

 そのいつ消えても可笑しくはない松明が、闇を見通せないゴブリンスレイヤー、銀髪武闘家、女神官、女魔術師の生命線だ。

 

「随分深いな。緩やかにだが、この通路は螺旋状になっているようだ……」

 

 先頭を歩くローグハンターが、一党全員に聞こえるように、それでいてギリギリまで小さくした声でそう呟いた。

 遺跡は入ってからずっと緩やかに下り続け、それでいて徐々に曲がり、ひたすら下へと伸びている。

 平衡感覚を失ってしまいそうなものだが、ローグハンターとしては慣れたもの。

 伊達に洞窟の中や森の中を跳びまわってはいない。

 

「なんだか、塔の中にいるみたいだね。ひたすら降りてるだけだけどさ」

 

 銀髪武闘家が額の汗を拭い、そんな事を呟いた。

 蜥蜴僧侶はその逞しい尾を振ると、銀髪武闘家に答えた。

 

「古代の砦というのであれば、こういう造りもありうるのだろう」

 

「こんな状況じゃなきゃ、色々見てみたいんだけどなぁ」

 

 妖精弓手が小さくぼやき、女魔術師も小さく頷く。

 その反応に妖精弓手は嬉しそうに小さく笑い、再び正面に向き直った。

 そこからしばらく進んだ先で、左右に別れる通路にたどり着く。

 普通に見ればT字に伸びたただの通路だが、タカの目を通せば、一枚の石畳だけが白く光って見える。

 

「……罠、鳴り子か」

 

 ローグハンターはしゃがみこみ、白く光って見える石畳の隙間をそっと撫でる。

 

「真新しいな。遺跡は古く、罠が新しい。最近設置したにしても、トーテムは見当たらなかった」

 

呪文使い(シャーマン)がいないにも関わらず、罠が設置されている。気に入らんな」

 

「罠をわざと踏んで迎撃ってわけにはいかないね。シャーマン以外の何かがいるってことでしょ?」

 

「ああ、その手は止めておいたほうがいい。自分から危険に飛び込むことはないだろう」

 

 手慣れた銀等級三人が早口の応酬を繰り広げ、それについていけない五人は取り残される。

 五年間も付き合いがあるのだ、ある程度のことなら口に出さなくてもわかるのだろう。

 ローグハンターは立ち上がり、鳴り子を避けて奥へと進む。

 

「前進だ、気を付けろよ」

 

「しかし、斥候殿。どちらに向かうのだ」

 

 蜥蜴僧侶の問いかけに、ローグハンターは目を細めてT字路を睨んだ。

 端から見れば道を睨んでいるだけだ。だが、彼と付き合いのある者は彼が何をしているかを知っている。

 

「ねえ、あいつ、何やってんの?」

 

 妖精弓手が銀髪武闘家に問いかける。

 問われた彼女は苦笑混じりに全幅の信頼を寄せる彼の背中を見つめ、邪魔にならないように小声で返す。

 

「痕跡を見てるのよ。彼の目は特別だから」

 

「……?」

 

 妖精弓手が首を傾げたのも無理はない。いきなりそう言われれば、まず理解は出来ないだろう。

 そうこうしているうちに、ローグハンターが左を指差した。

 

「……足跡が多い。左が寝床で間違いないが━━」

 

 次に右の通路を睨み、その目に僅かな怒りを滲ませた。

 彼は見たのだ。そちらに誰かが引きずられていく幻影を。

 

「━━右からだ。まだ間に合うかもしれん」

 

 ローグハンターはそう言うと、反応を待たずに右へと進む。

 ゴブリンスレイヤーも彼へと続き、女神官、女魔術師が更に続いて奥へと消えていった。

 銀髪武闘家がいまだに進まない三人の背中を押し、その表情を引き締めた。

 

「早く。彼が言ったのなら、まだ助かるかも」

 

 彼女の言葉にローグハンターが何を見たのかをわからないまま、銀髪武闘家に促されるまま右へと進んでいく。

 少し進んだうちに、強烈な臭いが彼らを襲った。

 ねっとりとべたつく空気。妙な酸味が喉の奥に張り付く。

 

「……ひどい臭い。なんなの、これ……」

 

 どんどん強烈になる臭いに耐えながら、妖精弓手が口元を押さえてそう訊くと、ゴブリンスレイヤーは振り返らずに言う。

 

「鼻で呼吸をしろ。すぐに慣れる」

 

 そう言う彼の視線の先には腐りかけの木の扉と、それに罠がないかを確かめるローグハンターの姿があった。

 彼は小さく振り返ると一度頷き、躊躇なくその扉を蹴り開ける。

 鍛えぬかれた彼の脚力に腐りかけの扉が耐えられるはずもなく、その役目を終えて室内に倒れる。

 ローグハンターは室内を睨み、小さく舌打ちをした。

 その部屋はゴブリンどもの汚物溜めだった。食べ滓、肉のこびりついた骨、垂れ流された糞尿、死骸、がらくたの山。

 その中に異様なものが一つあった。薄汚れた金色の髪と、鎖に繋がれた脚。

 痩せ衰えた四肢には無惨な傷痕が残り、腱を断たれていた。

 汚濁にまみれ、憔悴しているとはいえ、彼女の左半身には美しい容貌を留めている。

 だが、その右半身は元の形がわからないほどに腫れ上がり、本来白い肌は青黒く腫れ、目も乳房も、潰されている。

 尤も、ローグハンターにそれはわからない。タカの目は本来見えぬものを見せるが、その代わりに本来見えるものを見えなくする。

 今の彼の視界には、敵ではないという証拠の青い人影でしか見えていない。その青い人影の正体が、『森人』であることもわかっていない。

 だからこそ、後ろで妖精弓手が嘔吐しても、彼には何故だかわからない。

 

「……して……ころして……ころしてよ……」

 

「む」

 

 微かに漏れた啜り泣きで、ローグハンターは目の前の青い人影が女性であることを知った。

 彼女に息があるとわかった女神官が駆け寄ろうとしたが、ローグハンターが手で制す。

 

「ローグハンターさん!彼女はまだ息があります!」

 

「見ればわかる。ゴブリンスレイヤー、後ろを頼めるか」

 

「ああ」

 

 焦る女神官を他所に、ローグハンターは冷静だった。

 ゴブリンスレイヤーに通路側の警戒を任せ、彼はゆっくりと汚物溜めとなった部屋に入り、左手のアサシンブレードを抜刀、固定する。

「ころしてよ」確かに彼女はそう言った。

 彼が一歩進む度に、びちゃりびちゃりと糞尿を踏みしめる湿った音が響く。

 武器を構えて「ころしてよ」といった女性に近付いていく。

 ローグハンターが何をするつもりなのか、女神官にはわかってしまった。

 慌てて駆け寄ろうとしたが、その肩を銀髪武闘家が掴む。

 

「は、放してください!あの人は━━」

 

「大丈夫。彼を信じて」

 

 彼女がそう口にした瞬間、囚われた森人を壁にして身を潜めていたゴブリンが、彼に向かって飛びかかる。

 片手に握られた短剣には毒が塗りたくられ、その表情は醜悪に笑んでいる。

 仲間を助けに出てきた間抜けな冒険者を、この完璧な奇襲で━━。

 ゴブリンはそう思いながら死んだ。おそらく、自分が死んだことに気づくことはなかっただろう。

 ゴブリンが飛び出し、間合いに入った瞬間に彼の左手が閃いた。

 アサシンブレードで首を貫き、勢いのまま床に叩きつけたのだ。

 流れるように淀みなく、一切の迷いのない反撃(カウンター)は、一瞬でゴブリンの命を奪い取った。

 

「━━敵影なし。神官、治療だ」

 

 彼は向き直り、念のためにゴブリンをもう一突きして死んだかを確かめる。

 

「ね、大丈夫だったでしょ?」

 

「……は、はい」

 

 銀髪武闘家の言葉に女神官は小さく頷き、囚われた森人の元へと向かう。

 ローグハンターには見えていたのだ。

 森人の後ろで息を潜め、こちらの事を狙っていたゴブリンの姿が。

 だから彼は自分を止め、一人で入っていったのだ。

 横にはローグハンター、後ろはゴブリンスレイヤーが押さえてくれている。その二人に守られるとは、何と心強いことか。

 女神官は錫杖を握り、空いている手を森人の胸元に添える。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れください》」

 

 森人の胸元に添えられた手から優しい光が漏れ、彼女を包んで癒していく。

 だが、体の傷が癒えたところで、心の傷が癒えるのか。

 女神官のその問いには、神であろうと答えない。

 

「ローグハンターさん、あの……」

 

「気にするな」

 

 彼を疑ってしまったことへの謝罪を口にしようとして、苦笑混じりの彼に止められた。

 僅かに俯きながら、腰のバスタードソードを握る。

 

 ━━もう、慣れたことだ。

 

 抜刀する際のベルトと刃が擦れる音にかき消され、その呟きは後ろのゴブリンスレイヤーたちには聞こえない。

 

「え……」

 

 それが聞こえてしまった女神官は、思わず声を漏らした。

 だが、肝心のローグハンターは森人を解放しようと鎖と格闘を開始している。

 

 ━━心に残った傷はその者にしか癒せない。その者以外の人物が、気安く触れて良いものではないのだ。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。