SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory08 焚き火を囲んで

 ローグハンター。ゴブリンスレイヤー。そしてベル。

 三人の活躍により明かりの点いた洞窟を、冒険者たちは進んでいく。

 迫り来るゴブリンを蹴散らし、罠を掻い潜り、奥へ奥へと歩みを進める。

 だが、やはりも言うべきか残念ながらと言うべきか。三つの一党は合流できる気配もなく、ただただ時間が過ぎていくばかり。

 焦燥感はある。相手はゴブリン。最悪の事態が起きていないか、そうでなくても嫌なものを目にしていないか、心配が募る。

 彼女らとて冒険者。そういったものを見るのを慣れてはいても、直視して気分がいいものではない。

 ローグハンターは小さく息を吐く。絶えずタカの眼を使うのを久しぶりに感じながら、やはり思うのは銀髪武闘家のことばかり。

 他の面々を心配していないわけではないが、万が一にも彼女に何かあれば、おそらく耐えられない。

 先日の葡萄尼僧の一件でも別行動をしたが、あの時は彼女の安全は担保されていた。帰りを待っていてもらうつもりが、最後の最後で巻き込んでしまったが。

 今回はどちらかと言えば王都での王妹誘拐事件の方が近い。あの時は戦場のど真ん中に置いて行ってしまったが、今回は最初から分断状態だ。状況で言えば今の方が悪いか。

 

(とにかく、心配だ……)

 

 蒼眼を細め、遠くを見つめながら胸中で呟くローグハンター。

 銀髪武闘家もそうだったが、この男もそろそろ愛妻欠乏状態だ。最初からこうなるなら覚悟もできたが、不意打ちとなれば話は違う。

 とりあえず無事に帰れたら、いやそれでは遅い。合流できたら抱きしめてやろうと心に決める。

 

「……広い場所に出たな」

 

 同時に足を止め、周囲を見渡した。

 剣を振るのにも気を使う窮屈な洞穴を超えてたどり着いたのは、言葉の通り広い空間だった。

 荒く削って作られた半球場の空間は天井や床に埋め込まれた水晶から漏れる燐光に照らされ、洞穴に比べればだいぶ明るい。

 広間の先には奥へと続く道があるが、ゴブリンが飛び出してくる気配もない。

 

「ダンジョンの広間(ルーム)みたい……」

 

 隣で辺りを警戒するベルがそう呟き、ゴブリンスレイヤーも警戒しながら小さく唸る。

 

「ここなら奇襲の心配はあるまい。小休止だ」

 

「……そうだな」

 

 彼の言葉に、広間をさっさと突っ切ろうとしていたローグハンターが足を止めると振り向き、頷いた。

 この迷宮(ダンジョン)に誘拐されてから、ゴブリンを蹴散らしながらの強行軍だ。そこまで自覚はないが疲労は溜まっているだろうし、休むにはちょうどいい頃合いだろう。

 

「俺が火を(おこ)す。装具を緩めておけ。やらないよりは疲れがとれる」

 

「は、はい!」

 

 ゴブリンスレイヤーが雑嚢を探りながら告げた言葉にベルが応じ、ローグハンターは周囲を警戒し始める。

 ゴブリンスレイヤーが手慣れた動作で火を熾していき、簡易的だが焚き火が出来上がる。

 手拍子にも似た音と共に薪が弾け、煙と共に火の粉が舞う。

 温かな橙色の炎に照らされ、焚き火を囲む三人の影が揺れ動く。

 

「温まりますね……」

 

「水だ。飲んでおけ」

 

「ありがとうございます」

 

 焚き火に手のひらを向け、指先を温めるベルにゴブリンスレイヤーが水袋を差し出し、それを受け取ったベルが一口呷る。

 

「……ぷはっ。なんだか、苦い気が……」

 

「葡萄酒を混ぜてある。酒は苦手だったか?」

 

「飲めなくはないですけど……ゴブリンスレイヤーさんは?」

 

「俺はあまり飲まん」

 

 水と言われて葡萄酒の水割りを飲ませられたベルは表情を顰め、それを飲ませてきたゴブリンスレイヤーの返答に乾いた笑みをこぼす。

 

「俺も一口貰えるか」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 隣に腰を降ろしたローグハンターに水袋を手渡したベルは、それを呷る彼へと問いかける。

 

「ローグハンターさんは、お酒を飲むんですか?」

 

「時と場合によるな。宴会だとか、休日のそういう席なら飲むには飲むが」

 

「そうなんですね」

 

 彼の返答に、ベルはどこか安堵するような笑みをこぼした。

 

「どうした?」

 

 突然笑ったベルに怪訝な顔を向けるローグハンター。

 

「その、おかしな話だと思うんですけど……」

 

 彼の顔に少々狼狽えながら、苦笑するベル。

 

「その、お二人の『普通』の部分が知られて良かったなって、思ってしまって……」

 

 その言葉にローグハンターとゴブリンスレイヤーは顔を見合わせ、首を傾げた。

 二人の付き合いは長いが、ベルは先程出会ったばかり。

『暗視』だったり『水責め』だったり、非常識なことを平然と、そして淡々とこなす二人をどこか遠くの人物のように感じていたのだろう。

 ベルの言葉を受け止めたローグハンターは「なら、少し話すか」と微笑み、焚き火をかき混ぜた。

 焚き火が弾け、火の粉が舞い上がる。

 

「何か聞きたいことはあるか?ちなみに俺は林檎が好きだ」

 

 そして話の取っ掛かりとして好きな食べ物を教えてくれるローグハンターに、「僕は甘いのが苦手です」と苦々しい顔をするベル。

 

「……意外だ。むしろ好んで食いそうな顔しているのに」

 

 ベルが教えてくれた苦手なものに、ローグハンターが意外そうに目を丸くした。

 ベルの顔は中性的だ。むしろ可愛い部類に入るだろう。髪を伸ばしてそれなりしいお洒落をすれば、女子に間違われるようや顔立ちだ。

 ローグハンターの言葉に含まれる意味を察したのだろう。ベルは肩を落としながら「よく言われます……」と嘆息した。

 男として、冒険者として、せめて『かっこいい』と思われたいのだろう。

『可愛い冒険者』というのは、褒められているのか貶されているのかわからない。

 

「俺は、そうだな……」

 

 そして黙りこくっていたゴブリンスレイヤーが兜を揺らして何かを思案すると、小さく唸ったから言う。

 

「シチューが好きだ」

 

「シチュー、ですか?」

 

 ゴブリンスレイヤーの好きな料理にベルは首を傾げた。

 シチューと言っても様々な種類がある。その中のどれが好きとか、そこを含めて話して欲しいのだが……。

 

「そうだ」

 

 ゴブリンスレイヤーは相変わらず淡々とそう告げて、話は終わりだと言わんばかりに道具の手入れを始めた。

 あう……と困り顔になるベルを横目に、ローグハンターは笑う。

 

「こういう奴なんだ。もう知っているとは思うが」

 

「むぅ……」

 

 彼のあまりにも適当な物言いにゴブリンスレイヤーは呻き、短剣を焚き火に翳して軽く炙る。

 磨き上げられた刀身が橙色の光を反射して鋭く輝き、兜の下で目を細めた。

 

「あの」

 

 不意にベルが二人に声をかけた。

 なんだと二人の視線が集まる中、ベルが問いかける。

 

「お二人は、どうしてゴブリンスレイヤーとローグハンターになったんですか?」

 

「どういう意味だ?」

 

 その言葉にゴブリンスレイヤーが怪訝な声を漏らし、ローグハンターも僅かに眉を寄せた。

 冒険者は仲間の過去を詮索しない。それはある種の暗黙の了解ではあるが、オラリオなる都市の冒険者にはそれがないのかとどこか批判げな視線を向ける。

 それでもベルは二人に言う。

 

「僕の知っている冒険者とは全然違って。でもすご過ぎるくるいにすごくて」

 

「だから、聞きたくなってしまって。どうして貴方方は、ゴブリンスレイヤーとローグハンターになったのかって」

 

 彼自身、こんな質問御法度だと理解しているのだろう。

 顔を強張らせ、言ってしまったと僅かに後悔さえもしていそうな表情で、それでも止められない何かに突き動かされた男の顔で。

 ローグハンターとゴブリンスレイヤーは顔を見合わせる。

 そして兜を揺らし、焚き火をかき混ぜたゴブリンスレイヤーが先に口を開く。

 村がゴブリンに襲われた。

 誰も来てくれなかった。

 一人だけ生き延びた。

 先生に拾われ、技を仕込まれた。

小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)』になるために何を失い、何を拾い、今日という日まで生きてきたのか。

 淡々と、けれど彼にしては珍しく饒舌に、彼は『小鬼殺し』となる自分の物語を語っていく。

 ベルは息を呑んでいた。英雄譚と呼ぶには物悲しい一人の男の半生に。

 ローグハンターもまたそんな友人の様子に驚きながら、けれどそんな彼の姿を好ましげに見やった。

 ゴブリンスレイヤーが出会ったばかりの人物にここまで心を開くとはと意外には思うが、こんなお喋りを他の場所でもできるようにもなれば女神官の心配も減るだろうに。

 まあ、仕事に関係のない話をしてくる饒舌なゴブリンスレイヤーはあまり想像できないが。

 

「──よくある話だ」

 

 ゴブリンスレイヤーは話をそう締めくくり、ローグハンターへと目を向けた。

 庇の奥。赤い瞳がローグハンターを射抜き、お前を話せと無言の圧力を放ってくる。

 その視線に彼はため息を吐くと、肩を竦めた。

 

「俺は、ただ悲劇を減らしたかっただけだ」

 

 ただ一言そう告げて、ぼんやりも焚き火を見つめる。

 蒼眼に揺れる炎が反射し、夜空の瞳が橙色に染まった。

 

「モンスターに襲われる。災害に襲われる。そうやって村や街がなくなり、やがて国が滅ぶ。確かにそういうのはよくある話だ」

 

 静かな声色に孕むのは明確なまでの殺意。

 細められた瞳が虚空を見上げ、ゆっくりと手を伸ばした。

 

「だが人の悪意で滅ぶのは赦さない。無辜の人々が、人の悪意に呑まれるのを、俺は赦せない」

 

 拳を握り、確かな怒りを声に乗せてそう告げた。

 ゴブリンスレイヤーほど過去を開示する訳でもなく、最低限の言葉だけで自身の覚悟をベルに伝える。

 

「だから俺はならず者殺し(ローグハンター)になった。誰もやりたがらないが、やらなきゃならないことだからな」

 

 彼は不敵な笑みと共にベルへと顔を向けた。

 虹彩に散る金の光片が煌めき、どこか神秘的なまでの迫力にたじろいでしまうベル。

 怖がっているようにも見える彼に向けて、ローグハンターはすぐに破顔しながら言う。

 

「俺は俺の役目(ロール)を果たすだけだ。ゴブリンスレイヤーもな」

 

 自分たちの半生に関して後悔もなく、むしろ充足しているとまで言い切りそうな彼の言葉にベルは面を食らうが、ゴブリンスレイヤーも小さく頷いて見せた。

 誰かがやらねば村や街が滅ぶ。なら自分たちがやる。

 二人にとってそれが普通であり、誰にも褒められなくともやり遂げるという静かな覚悟がベルへと届く。

 

「で、お前は?なんで冒険者になった」

 

 その質問にベルは一瞬だけ驚くものの、すぐに表情を引き締めて二人に言った。

 

「亡くなった育ての親──祖父の言葉を思い出して、ダンジョンに出会いを求めていたんです」

 

「……出会いが欲しくて、冒険者に?」

 

 真剣な顔で告げられた中々に突拍子のない動機に思わず問い返してしまうローグハンター。

 その言葉にベルも「笑っちゃいますよね」と苦笑するが、「でも、今は……」と胸に手を当て、笑った。

 

「『英雄』に憧れています」

 

「どんな怪物もやっつけて、沢山の人を笑顔にして。悲劇のヒロインなんてどこにもいない、皆を救ってみせる」

 

「お伽話に出てくるような、そんな英雄になりたいって。今はそう思います」

 

 ただ真っ直ぐに二人を見つめながら子供が夢を語るような無邪気さではなく、現実を知りながらもそれでも夢を追いかける冒険者としての顔で、語りかける。

 彼の言葉にローグハンターは優しく笑い、ゴブリンスレイヤーは、

 

「……お前なら、なれる気がする……」

 

 不器用ながらも、それでも彼の背を押す言葉を口にする。

 今から夢を追いかけるには歳をとったし、何より現実というものを知り過ぎた。

 それでも夢を追いかける青年に、少々歪ながらも先達として声援を贈る。

 二人からの生温かい視線にベルは照れたように頬を掻くと、ローグハンターがパンと手を叩いた。

 

「それで、ダンジョンで出会いはあったのか?」

 

「え……」

 

「今はとにかく、最初はそのために冒険者になったんだろう?」

 

 真面目な話は終わりだと言わんばかりに、ローグハンターはベルの最初の切っ掛けについて掘り下げた。

 男が三人もいるのだ。そういった話題もいいだろうと少々悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「いや、あの、その……」

 

 ベルの頬が赤くなり、そっも視線を逸らした。

 

「あったんだな」

 

 ローグハンターが愉快そうに目を細め、ベルは「あう……」と赤くなった顔を隠すように両手で顔を覆った。

 どんな形で出会い、どんな形で友好を深めたのかは知らないが、どうやらだいぶお熱のようだ。

 

「そいつは冒険者か?」

 

「は、はい。すごく強くて、綺麗で……」

 

 顔を耳まで赤く染めながら、ぼそぼそ声で呟くベル。

 これは重症だなと肩を竦めるローグハンターだが、すぐに彼の肩に手を置いて告げた。

 

「後悔だけはするなよ。お前もその誰かも冒険者なら、尚更に」

 

 冒険者とは命懸けの仕事だ。また会おうと約束して別れた挙句、その会話が最後になるなんてことはざらにある。

 

「俺もそうなりかけたからな」

 

 ローグハンターは目を伏せ、何度も考えた銀髪武闘家との死別という最悪の結果を思い起こしながらそう告げた。

 現在進行形でその最悪が起きていないか心配ではあるが、今は彼女を信じる他にない。

 

「……ローグハンターさんと奥さんって、どうやって出会ったんですか?」

 

 物憂げな顔を浮かべるローグハンターにベルが問いかけた。

 自分ばかり恥ずかしい話をバラされた仕返しなのか、単に興味が湧いたのかは定かではないが、おそらく後者だろう。

 ベルは仕返ししてやると思うほど、好戦的ではない。直接手を出されたらその限りではないが。

 彼の問いにローグハンターは「む……」と小さく唸ると、「ギルドでだ」と即答する。

 

「依頼を探している時に声をかけられた」

 

 彼はそう言うと、ちらりとゴブリンスレイヤーへと目を向ける。

 

「なんか変なのに置いて行かれたせいでな」

 

「お前が顔を出さなかったからだ」

 

 事の発端はゴブリンスレイヤーに置いて行かれたことだ。

 ゴブリンスレイヤーからすれば探してもいなかったのでさっさと仕事に繰り出しただけなのだから、文句を言われても困るのだが。

 腕を組み、ふんとどこか不満げに息を吐くゴブリンスレイヤー。

 彼を横目にローグハンターは続ける。

 

「その後は一緒に依頼に出るのを繰り返していたら、告白された」

 

「向こうからされたんですか!?」

 

 ローグハンターの告白された宣言に驚くベル。

 まだ彼の人となりを掴み切れた訳ではないが、そういうのは自分からやりそうと思っていたのだろう。

「別にどっちからでもいいだろう」と半目になるローグハンターだが、すぐに破顔して左手薬指を撫でた。

 

「俺はあいつと添い遂げると誓った。神々と友人たち、そしてあいつの両親の前でな。散々道を間違えて、時には人を裏切ってきた人生だが、この誓いだけは違えない」

 

 そして底なしの愛情と覚悟を胸に言葉を紡ぎ、再びベルへと目を向ける。

 

「だからお前も後悔するなよ。冒険者である以上、次がある保証はないからな」

 

 白い髪を乱暴に撫でてやりながらそう告げ、立ち上がる。

 

「さて。充分休んだだろ。そろそろ行くぞ」

 

「そうだな。移動するぞ」

 

 ゴブリンスレイヤーも立ち上がり、乱暴に焚き火を踏み消し始める。

 もし後続がいれば、ここで休んだ事の目印にもなる。

 それがゴブリンスレイヤーの一党か。ローグハンターの一党か。ベルの友人たちか。あるいは別の誰かかも知れないが、『誰かがここにいた』証拠というのは、未知の迷宮では誰かの助けになるものだ。

 

「そろそろ誰かと出会ってもいいと思うんだがな……」

 

 ローグハンターは広間の奥を見つめながら溜め息を吐き、胸に手を当てて細やかな祈りを捧げる。

 仲間たちの無事を祈り、仲間たちとの再会を祈り、ついでにこの状況に放り込んでくれた神に愚痴を一つ。

 天上から『本当に、ごめんね』と謝罪の言葉が聞こえた気がして、ローグハンターはさらに深い溜め息を漏らすのだった。

 

 

 

 

 




感想等ありましたら、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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