雷鳴が轟き、紫電が走る。
金色の剣が振るわれ、死が放たれる。
ヘカトンケイルは咆哮をあげ、負けじと冒険者達も声をあげる。
「シッ!」
出鱈目な軌道で振り回される四振りの剣を掻い潜り、懐に飛び込んだローグハンターが膝に剣を突き立てた。
あまりにも硬質な手応えと、渾身の力を込めても半分も埋まらない刀身に彼は低く唸り、武器を放棄してすぐさま退避。
直後彼のいた場所に金色の刃が突き立てられ、深々と地面に突き刺さる。
飛び出す柄とそれを握るヘカトンケイルの足首を足蹴に跳躍し、顔面に膝蹴りを叩き込む。
顔を覆う仮面と黒檀の
顔を下からかち上げられたヘカトンケイルはその衝撃に顔を仰け反らせ、濁った血を仮面の下から溢れさせる。
彼の胸を蹴って離脱するローグハンターと、その背中を撃ち抜かんと剣を構えるヘカトンケイル。
「ファイアボルト!!」
その横面に炎雷が突き刺さる。
爆煙に彼の顔が隠れ、一瞬の死角を彼へと与えた。
その隙にローグハンターは身を隠し、代わりに放たれるのはゴブリンスレイヤーの投げナイフ。
小さな、けれど確かな凶器がヘカトンケイルの腕に突き刺さり、ヘカトンケイルの注意がそちらに向いた。
彼は走り出し、手頃な瓦礫の影へと滑り込む。
直後放たれた雷撃が瓦礫を粉砕するが、その後ろにいるはずのゴブリンスレイヤーは既に移動している。
走りながら次々とナイフを投じ、腕や胸に的確に当てていく。
「ベル、溜めろ!」
「……っ!はい!」
攻撃しながら放たれた彼からの指示は短く、けれど確かな信頼が込められていた。
ベルは頷くと共に拳を握り、
『ゴルゥアアアアアアッ!!」
それを知らないヘカトンケイルは苛立ちをそのままに身を震わせ、刺さったナイフを振り落とす。
そのまま未だにナイフや拾った武器を投射してくるゴブリンスレイヤーに向けて跳躍しようとした瞬間、
「遅いっ!」
妖精の一撃により、その足首が抉り取られる。
返り血一つ浴びずにリューが吼え、軽やかに身を翻して離脱。
ローグハンターの一撃と今の追撃でヘカトンケイルは片膝を着き、跳躍の溜めが中断されるが、四振りの剣を振るう動作に澱みはない。
追撃せんとする冒険者たちを牽制し、放たれる雷撃が障壁となって彼らを阻む。
「鬱陶しいわね!」
妖精弓手はそれすらも届かない距離からヘカトンケイルを狙うが、放った矢のほとんどが雷によって迎撃されてしまう。
エルフ語で悪態を吐く彼女は、さてどうしたものかとヘカトンケイルを睨みつける。
彼女の後ろでは息も絶え絶えの銀髪武闘家と、彼女を介抱する女神官の姿があった。
奇跡によって負傷こそ癒えたものの、それでも癒せない毒に侵された銀髪武闘家の顔色も悪く、賦活するには程遠い。
無理に前線に出ようとする彼女の腕を女神官が掴むと、銀髪武闘家はあっさりと体勢を崩して転倒。
彼女の腕一本で容易く倒される姿は痛々しく、女神官も表情を陰らせた。
それを視界の端で捉えていたローグハンターは瞬きすらも忘れ、怒りと憎悪を胸の内に秘めたままヘカトンケイルの挙動の全てを観察し、その癖を見切ると共に回避から突撃へと行動を変更。
足元に転がる錆びた剣を携え、タカの眼が映す危険地帯を紙一重で避けながら、一気にヘカトンケイルの懐へ。
迎撃に放たれた金色の一閃を
『グルゥア!!』
怪物は小さいながらも確かな
ローグハンターはそれから逃れるように顔を背け、それでもヘカトンケイルを睨みつける。
『イス……裏切り……人間……死を……!』
ヘカトンケイルも彼を睨み返しながら、血と共に呪詛を吐き出す。
体から生える大小様々な腕が彼を捕まえようと伸びるが、ローグハンターは懐から
彼を捕まえようとした多腕は空を掴み、彼の代わりに爆炎と抱擁を交わした。
脇腹を中心に爆破され、ヘカトンケイルは悲鳴をあげて体を痙攣させた。
抉られた腹部から濁った肉塊が溢れ出し、湿った落下音が冒険者たちの耳朶に届く。
肉塊は内側から突き破るように手足と頭を思わせる
「ッ!」
見た目の割には俊敏なそれの突貫を避けると背中を蹴り飛ばして転倒させ、そのまま心臓の位置に刃を突き立てるローグハンター。
だが肉塊は立ち上がり、関節などないように腕を複雑に折り曲げて彼に掴みかかる。
「なんだこいつ!」と怒声を放ちながらそれを蹴り、自身も後ろに転がることで距離を取る。
「斬っても撃っても死なない怪物です!バラバラにしなければ止まらない!」
「
助言の通りに肉塊をバラバラに解体するリューと、その言葉に悪態を吐くローグハンター。
彼女はそのまま戦場を駆け、暴風の如き剣戟をもって肉塊たちを破壊していき、ローグハンターは背を向けて逃げ回りながら肉塊を攻撃していく。
『ゴルァアアアアアアアアア!!!』
視界の縦横無尽に走り回る妖精の排除を優先するべきとヘカトンケイルは苛立たしさを隠そうともせずに吼え、彼女に向けて腕を伸ばした。
剣を握らぬ副腕が何の比喩でもなく急速に伸び、妖精を捕まえんと迫っていく。
「フッ!」
リューは疾走を止めずに木刀を走らせ、迫る腕を迎撃。
それでも矢継ぎ早に迫る腕の数に僅かに瞠目し、逃げの一手へと行動を変更。
残像を残す高速に他の冒険者たちが驚く中、ゴブリンスレイヤーは彼女には一瞥もくれずに肉塊の頭部を盾で殴り壊し、そのまま頭部を失った肉塊を投げ飛ばして迫っていた肉塊を迎撃。
足を取られて転倒する彼らには目もくれず、転がっていた槍を拾うと共に投擲。
何百、何千と繰り返してきたその動きに淀みはなく、放たれた槍がヘカトンケイルの肩に深々と突き刺さった。
激痛に悲鳴をあげ、肩を破壊されたためかリューへと伸ばしていた腕の数本が力を失い、墜落。
それでも槍を引き抜くと共に肩の傷は癒えていき、意趣返しとでも言うように賦活した腕をゴブリンスレイヤーへと放つ。
高速で迫るそれを間一髪横に転がることで避けるゴブリンスレイヤーだが、飛んできた床の破片が兜を掠めていった。
「ッ……!」
彼の体が僅かに揺らぎ、次の
その隙にゴブリンスレイヤーを追撃せんと金色の切っ先を向けるが、ヘカトンケイルの眼前に
直後、爆発。
爆炎がヘカトンケイルの視界を覆い、彼の
「無視は困るな」
濁った血で全身を汚しながら音もなくヘカトンケイルへと肉薄していたローグハンターが、煽りの言葉と共に膝に剣を突き立てた。
ヘカトンケイルは悲鳴と共に金色の剣の刺突を放ち、彼を串刺しにせんとするが、直線的な動きのそれをローグハンターは容易く見切り、半歩ずれるだけでそれを回避。
金色の剣は床へと深々と突き刺さり、その瞬間に膝から引き抜いた剣で放ったローグハンターの一閃がヘカトンケイルの手首を切断。
『グギィアァァアアアアアア!?!?』
激痛に悲鳴をあげる彼を見上げながら、胸部の
彼の手がそれに触れようとした瞬間、脇から伸びる副碗が彼の胴を打ち抜き、吹き飛ばす。
床を転がり、ぶちまけられた肉塊やヘカトンケイルの血の上を滑っていき、全身を汚す。
「ローグハンターさん!」
「問題ない……っ!」
女神官が心配の声を発するが、床に拳を打ち付けながら立ち上がったローグハンターは笑って見せた。
だが無傷とはいかず、ペッと血の混ざった唾を吐いた。
剣を握る手が震え、膝が笑っている。
彼は震える拳で膝を殴って無理やり喝を入れ、戦線に復帰。
そんな彼を迎撃せんと手首の断面を押し付けて癒着させ、剣を向けるヘカトンケイル。
刃に雷が帯び、臨界を迎えようとしてした瞬間、
「させない!」
腕の追跡を振り切ったリューがヘカトンケイルの横面に木刀を叩き込み、たたらを踏ませて剣の狙いをブレさせる。
明々後日の方向に放たれた雷撃が螺旋階段の一部を爆砕し、瓦礫と破片が降り注ぐ。
その中をローグハンターは疾走。ヘカトンケイルと斬り結ぶリューの援護へと馳せ参じる。
呼吸を合わせるなどしない。正確には出会ったばかりの二人にそんなことはできない。
それでも冒険者としての経験が、二人の動きを早急に噛み合わせていく。
振り回される四振りの金色の剣を二人がかりで捌き、僅かな間隙に反撃を挟む。
『グギィッ!グルゥオオオオオオオオオオ!!!』
致命傷には程遠い。修復され、
だが効いていないとしてもヘカトンケイルには痛覚がある。二人の猛襲に全身から血しぶきをあげながら、怪物は悲鳴をあげた。
「づぁっ!」
「はぁ!」
ヘカトンケイルの動きが鈍った隙を見逃さず、ローグハンターとリューが同時に剣を弾く。
まさに渾身。自身の体幹を犠牲に、怪物の剛力を踏み越える。
『ゴォォォオオオオオオオオオ!!!』
ヘカトンケイルが雄叫びをあげ、残る二振りで体勢を崩した二人を貫かんとするが、
「ぬん!」
リューの前にゴブリンスレイヤーが割り込み、どこからか拝借してきた大盾でもってその突きを間一髪で受け流す。
不快な金属の摩擦音と大量の火花が散り、金色の刃が矛先を失い、空を穿った。
そしてローグハンターへと迫る凶刃は、
「イィィィィヤッ!!」
怪鳥音と共に放たれた脚刀により、手首ごと抉り飛ばされる。
ヘカトンケイルはおろかローグハンターすらも瞠目し、援軍に──銀髪武闘家の姿に驚愕する。
白い肌を病的なまでに青くさせ、全身に脂汗を滲ませながら、それでも賦活したと言わんばかりに会心の笑みを浮かべる。
手首ごと宙を舞った金色の剣が床に突き刺さり、虚しくバチバチと
それでも副碗で彼らを捕まえんとするヘカトンケイルだが、リューとゴブリンスレイヤーはすぐさま退避、ローグハンターも銀髪武闘家を庇いながら距離を取った。
「……行きます!!」
小さな鈴の音と共に右手に燐光を宿たベルが、ヘカトンケイルに手を向けた。
『ッ……!』
ヘカトンケイルもそれに気づくが、対応するには手が足りない。
左手で右手を支え、あらん限りに叫ぶ。
「ファイアボルト……ッ!!!」
瞬間、音が消えた。
ベルの手から放たれた純白の炎雷が、巨獣の咆哮の如く轟音を響かせながらヘカトンケイルへと邁進する。
止めようと割り込む肉塊たちを一瞬のうちに蒸発させた極太の砲火はヘカトンケイルの巨体を吞み込み、さらに後ろの壁すらも粉砕してなおも止まらない。
『──────………………!!!』
ヘカトンケイルの断末魔も聞こえない。耳を聾する轟音と遺跡を揺らす衝撃に冒険者たちは耐え、けれどヘカトンケイルがいるはずの場所を睨みつける。
そして炎雷が通過し、竜の爪痕の如き痕跡が遺跡に刻まれていた。
『ガ……ッァァ……!』
全身が焼き爛れ、多くの副碗を脱落させながら、それでもヘカトンケイルはそこにいた。
全身から蒸気と共に瘴気を溢れさせ、ゆっくりと、だが確実に肉体を修復していく。
今しかないと、ローグハンターが、ゴブリンスレイヤーが、リューが、遅れて銀髪武闘家が動き出す。
先行する形となった三人が得物を鳴らし、ヘカトンケイルを追撃せんとした瞬間、ヘカトンケイルの肉体を貫きながら雷撃が放たれた。
「づッ……!?」
「むぅ……!」
「な……!」
ヘカトンケイルから溢れ出した雷撃がローグハンターの右の太腿を貫き、ゴブリンスレイヤーの肩を砕き、リューの脇腹を抉る。
三人が纏めて吹き飛ばされ、床に転がされる。
ヘカトンケイルの胸部の
「皆!?」
遅れたが故に無事だった銀髪武闘家が思わず吹き飛ばされた面々へと目を向けてしまった瞬間、視界の端に燐光が映った。
弾かれるようにヘカトンケイルへと目を向ければ、手元に残された金色の剣の束ね、切っ先に雷光を溜めていた。
死を直感するその煌めきに、銀髪武闘家は反射的に右へと跳躍。直後、彼女がいた場所に雷撃が着弾。
雷電竜の咆哮と共に床が爆ぜ、衝撃波に全身を殴られ、雷の残滓に体を貫かれた銀髪武闘家の体が宙を舞い、碌に受け身も取れずに床へと墜落。
「シル……ッ!!」
脚を押さえ、激痛に表情を歪めながら彼女を呼ぶローグハンター。
だが彼女は微動だにせず、濁った色の血が床へと広がっていく。
「────」
思考が止まる。最悪の可能性に行きつこうとしたそれを、彼の心を折るに余りある事実を否定するように、強制的に中断したのだ。
彼女を見つめ固まる彼に、次弾を放とうと切っ先を向けるヘカトンケイル。
「こっちを見ろ!!」
そんな怪物に、『
漆黒の短刀が怪物の肌を傷つけるが、もはや痛みなど感じていないかのようにヘカトンケイルの注意はローグハンターから逸れない。
そして臨界を迎え、雷撃が放たれようとした瞬間、
「『
至高神の聖なる鉄槌が、ヘカトンケイルを真上から撃ち抜いた。
『グギィ!?』
ベルの攻撃とはわけが違う、文字通りに神の怒りが込められた一撃にヘカトンケイルは攻撃を中断。外周に沿って上へと伸びる螺旋階段──その塀に乗って天秤剣を掲げる剣の乙女を睨みつけた。
「おおおおおおおお!!!」
そして
甲高い金属音が響き、あまりにも硬質な手応えに彼の表情が歪む。
「桜花さん!」
「ベル・クラネル!攻め続けろ」
だがベルからの呼びかけにすぐさま表情を引き締め、彼と共にヘカトンケイルへと挑みかかる。
「『
「『
すかさず桜花の武器には炎が、ベルの武器には雷が付与される。
「援護するから、ガンガン行きなさい!」
驚くベルへと女魔術師が怒鳴りつけ、そのあまりの剣幕に「は、はいっ!」と上擦った声で返事をしまう。
令嬢剣士も「私も行きますわ!」と前衛へと合流し、三人がかりで死に体のヘカトンケイルを抑えにかかる。
「私もいるわよっと!」
三人に向けて金色の刃を振るうヘカトンケイルの集中を削ぐように妖精弓手の援護射撃が飛び、その巨体に次々と矢を突き立てていく。
「隙ありですわ!」
懐に滑り込んだ令嬢剣士が脚の腱を削ぎ落とし、片膝をつかせた。
それでも三本の金色の刃は絶えず振るわれ、副腕による打撃も続く。
冒険者たちはそれを紙一重で捌きながら、ヘカトンケイルに食らいつく。
「シル……っ!」
床に血の轍を残しながら、銀髪武闘家の元まで這ってきたローグハンターは彼女を抱き起こして頭を膝に乗せた。
僅かな体温と呼吸を感じる。だがそのどちらもあまりにも弱々しく、今にも消えてしまいそうだった。
「頼むっ!答えて、答えてくれ……っ」
彼女の頬を撫で、祈るような声を絞り出す。
冒険者として、あるいはアサシンとしての自分は彼女の終わりが近いことを理解してしまっている。
だが一人の男として、彼女の夫としての自分がそれを否定しようと迷い、狼狽し、困惑の極地へと至っていた。
さっさと前線を援護しろと理性が訴え、彼女から離れるなと本能が我儘を繰り返す。
その時、彼の横にゴブリンスレイヤーとリューがたどり着いた。
ゴブリンスレイヤーは兜の下でただ口を閉じ、リューは銀髪武闘家を心配そうに見下ろす。
「お前ら……」
四人揃って満身創痍な状況に──そして銀髪武闘家の終わりが近い状況に、ローグハンターが俯いたその瞬間、
「──『ディア・フラーテル』」
足元から立ち昇った純白の光輝か四人を包み込んだ。
彼らの身に刻まれた傷が、毒が、瞬く間に癒ていき、
「かはっ……!?げほっ!げほっ……!」
死が目の前まで来ていた銀髪武闘家が、問答無用で蘇生される。
目を見開いたまま何度も咽せ、彼女同様に全快したローグハンターと目があう。
「ジル……?」
目に涙を滲ませる彼の頬を撫でてにこりと微笑んでやると、彼に抱き寄せられる。
「凄まじいな」
「ええ、まったく」
完全に破壊された筈の肩が、もう痛みすらないほどに快復した事実にゴブリンスレイヤーが唸り、リューは当然と言わんばかりに頷く。
そして二人が目を向けるのは、銀髪の乙女──アミッドだ。
魔境極まるオラリオにおいて最優の
死の一歩手前までなら癒すと断言する彼女の魔法、【ディア・フラーテル】は傷も、毒も、呪いさえも跳ね除ける
その効果の通り全快した冒険者たちが立ち上がる。
「感謝する。お前のおかげだ」
ローグハンターも銀髪武闘家に手を貸しながら立ち上がり、アミッドに感謝を告げた。
「お気になさらず」と素っ気なく返す彼女に、銀髪武闘家が「ありがとう」と真正面から感謝を告げ、思い切り彼女を抱きしめた。
低身長なアミッドの頭は銀髪武闘家の胸元へと吸い込まれ、アミッドはその中でこれが格差かと遠い目になる。
「決定打が足りん。どうする」
若者達が前線を支える中、ゴブリンスレイヤーがローグハンターへと問いかけた。
相手は外なる神の眷属。ベルの全力の一撃を耐えたとなれば、瀕死とはいえ殺しきる前にこちらが限界を迎える可能性が高い。こうしている間にも奴の傷は癒えているのだから。
「……あれを使うか」
ローグハンターは心底嫌そうな顔をしながら、戦場の片隅に突き刺さる金色の剣へと目を向けた。
ヘカトンケイルが使っていた武器にして
「駄目!あれは、駄目……っ!」
アミッドを解放した銀髪武闘家がローグハンターの手を掴む。
過去の
確かにあれなしでは全滅するかもしれない。だが勝てても彼が壊れてしまえば意味はない。
「あの剣は、危険なものなのですか」
「うん。下手すると心が壊れて廃人になっちゃう」
「でしたら……ッ!」
銀髪武闘家の説明にアミッドも不使用に同意を示すが、ローグハンターはそっと銀髪武闘家の頬に手を置いた。
「俺を信じてくれ」
ただ一言そう告げる。
愛する人を護ると決め、再びその魂を砕くと覚悟を決めたその瞳に迷いはない。
こうなると止まらないとよく知っている銀髪武闘家はため息を吐き、彼を抱き寄せる。
「ちゃんと帰ってきてね」
「ああ。約束する」
二人のやり取りはそれで終わり、ローグハンターが「援護頼む」と告げて剣を目指して走り出す。
「いいのですか!?」
あっさりと彼を行かせた銀髪武闘家を糾弾するようにアミッドが語気を強めるが、銀髪武闘家は「仕方ないよ」と肩を竦めた。
「信じろって言われたら、信じないと」
そこに理由はなく、彼を知る者で理解できないものがあった。
ゴブリンスレイヤーも「奴は約束を守る」と一言だけ告げ、リューは「シルヴィアが信じるなら」と、ローグハンターを半ば見捨てることを断腸の思いで受け入れる。
三人の言葉にアミッドは頭痛を覚えながら「わかりました」と顔をあげた。
「何が起ころうと私が癒します!」
三人はその小さな乙女の覚悟を頼もしそうに見つめ、前線に参加すべく駆けだしていった。
ヘカトンケイルを冒険者たちが攻め立てる。
ほぼ初対面の者たちの中にも少しずつ動きが噛みあい、より強大な力となって怪物を脅かす。
ヘカトンケイルの肉体を削り、副碗を斬り飛ばし、血潮を浴びながら攻めの手を緩めない。
冒険者たちは大胆に、けれど臆病に、怪物を仕留めんと武器を振り鳴らす。
「イィィィィィヤッ!」
銀髪武闘家の
「フッ!」
「おお!」
リューの一閃がさらに副腕を飛ばし、桜花の炎を纏った剛撃が脇腹を抉る。
「ハァ!」
「ふん!」
「やっ!」
ベルが足で攪乱しながら放つ雷の如く速撃がいくつもの傷を刻み、ゴブリンスレイヤーが投じた槍が肩へと突き刺さり、令嬢剣士の細剣の流れるような連続刺突がいくつもの穴をあける。
『グギィ……!オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
全身から血を噴きだしながら、それでもヘカトンケイルは倒れない。
再び全身から雷を放って冒険者たちを吹き飛ばし、再び接近する隙に傷を修復していく。
「──『ディア・フラーテル』!」
冒険者たちの負傷はアミッドが癒し、戦線に穴をあけることを許さない。
冒険者たいは立ち上がり再びヘカトンケイルに攻め込まんとするが、ヘカトンケイルも馬鹿ではない。
二振りの剣から雷を放って冒険者たちを牽制しつつ、残る一振りで自身の腹を突き刺して自傷。
その傷口から肉塊が溢れ出し、それらが兵士となって冒険者たちへと接近していく。
「邪魔!」
ようやく復活を果たした銀髪武闘家が全快になった肉体を躍動させて肉塊たちを蹴散らし、道を開く。
その後ろを令嬢剣士、ベル、リュー、桜花が続き、ゴブリンスレイヤーはアミッドに迫る肉塊を迎撃すべく後ろに下がる。
それでも物量でもってアミッドを吞み込まんとするが、
「このくらいなら、私でも!」
「あんまり無茶しないっと!」
女魔術師が杖による棒術で肉塊を蹴散らし、妖精弓手が鏃が二股になるように細工を加えた矢を放つ。
左右に分かれた鏃の片方が肉塊へと突き刺されば射出の勢いでもって回転。肉塊の手足を刎ね飛ばし、行動を抑制する。
そうしている内に前衛が雷撃を搔い潜ってとヘカトンケイルへの噛みつき、戦闘を再会していた。
そんな彼らの奮戦を横に見ながら、ローグハンターは剣の下へとたどり着く。
自身の身の丈を超える長さと、腰よりも太い刀身。金色を宿すその刀身は鏡のように透き通り、浮かび上がる幾何学模様が早く握れと急かすように点滅を繰り返す。
柄にへばりつきながら蠢くヘカトンケイルの手を引き剝がし、濁った血肉がこびりつく柄を両手で握った。
その瞬間、剣が光り輝く。
戦場の片隅で起きた光の奔流に、冒険者たちとヘカトンケイルの視線がそちらに集まっていく。
『シンクロ率の慢性度を確認中──────シンクロ率の不足を確認。再シンクロ開始』
『遺伝子情報を確認中──────適正あり。しかし使用権限のないアカウントです』
ローグハンターの頭中に声が届く。
何かが身体の内側を這いまわるような不快感と頭痛が彼を襲い、それに耐えるように歯を食い縛る。
ヘカトンケイルが吼え、彼に向けて三剣を束ねて切っ先を向けた。
先程銀髪武闘家を死の淵へと追いやった砲撃が、ローグハンターへと向けられたのだ。
「止めないと!」
銀髪武闘家が真っ先に動く。溜めを中断させようとヘカトンケイルの腕を破壊せんとするが、剣から溢れたエネルギーが不可視の力場となり、彼女の拳を押し返した。
剣へエネルギーが充填されていく。雷鳴が轟き、ヘカトンケイルの肉体を焼きながらなおも高まっていく。
ベルが『
他の冒険者もヘカトンケイルに攻撃するが、怪物の体は微動だにしない。いいや、そもそも攻撃が届いていない。
『認証コード確認中────―使用権限がありません。対象の初期化を開始』
ローグハンターは動かない。動けない。
身体を、心を、魂を蝕む痛苦に耐えるので精一杯。血が滲む程に歯を食い縛り、見開いた瞳から血涙が流れた。
全身の骨が砕かれ、筋肉を剥がされ、血管を引き抜かれ、神経をかき混ぜられ、臓腑をひっくり返され、心を否定され、魂を漂白され──それでも彼は狂わない。
仲間たちへの想いを、何より愛する人への想いと約束を──そして彼女と歩む未来への希望を楔に、『かつて来たりし者』による改竄を耐える。
骰子の音が聞こえる。気合を入れて骰を振り、筆を走らせる神の声を幻聴する。
『ゴオオオオオオオオアアアアアアアアアアアア!!!!』
ヘカトンケイルは咆哮をあげ、大砲撃を放った。
剣から極太の雷弾が放たれたその間際、
「『ファイアボルト』!!!」
「『ルミノス・ウィンド』!!」
ベルの炎雷とリューの風纏う光球が射線に割り込み、雷弾を直撃。
二人がかりの魔法による迎撃に雷弾は威力を減衰しつつも、それらを突き破る。
ベルとリューの表情が歪む。二人の渾身の一撃でも止めきれず、雷弾はローグハンターへと迫り、
「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》!」
「《つるぎの君よ、見るべきを見、語るべきを語るものに、守りの加護を》」
女神官と剣の乙女がローグハンターの前に立ち、それぞれが錫杖と天秤剣を掲げて神へと祈りを捧げた。
二人が信じる神々は敬虔たる二人の祈りに応え、超自然の力をもって二枚の『
直後、雷弾が二枚の壁に直撃し、激しい
遺跡の最深部を照らす雷が激しく点滅し、冒険者たちの視界を焼いていく。
雷弾を受け止めた二人はそれぞれの道具に縋りつくように祈りを捧げ、今にも『
『不正なアクセスを検知。不正なアクセスを検知。不正なアクセスを検知』
《うおおおおおおおお!書き換え書き換え書き換えええええええ!!!》
《必死ね》
《当たり前でしょ!?》
剣が何かの横槍を検知し、どこかの神が誰かに見守られながら必死になって何かをしている。
直後、限界を迎えた『
飛び散る飛沫が女神官と剣の乙女の体を掠め、ローグハンターの体も傷つける。
ヘカトンケイルがすかさず二射目に入ろうとした瞬間、ローグハンターにだけ聞こえる声が《よっしゃー!》と歓声をあげた。
その瞬間、閃光と共に雷鳴が轟いた。
『──システム再起動完了。対象の使用を承認』
剣が独りでに告げ、ローグハンターは床からそれを引き抜いた。
雷を纏う特大剣だが、
彼は手に馴染ませるように数度特大剣を振るい、その軽さが逆に不安なのかしっかりと両手で構えた。
俯けていた顔を上げ、無表情のまま
頬を縦断するように金色の幾何学模様が浮かび、怪しくも神々しいまでの気配を全身から滲ませる。
「ローグハンターさん……?」
「これは神威!?まさか、あり得ない……!」
ベルが彼の雰囲気に困惑し、彼が纏うものに神の威容を幻視したリューが驚愕する。
ヘカトンケイルが怯えながらも威嚇するように吼える中、銀髪武闘家が彼を呼んだ。
「ジル……!」
その声にローグハンターは彼女に目を向け、微笑みと共に一度頷いた。
纏う超常の気配をそのままに、ローグハンターは雷鳴と共に姿を消した。
着後、ヘカトンケイルが悲鳴をあげる。
弾かれるようにそちらを向けば、特大剣の一閃でもってヘカトンケイルの肉体を袈裟懸けに斬り裂くローグハンターの背中が見えた。
彼は反撃を警戒して後ろに雷の尾を引きながら高速で下がると、怪物に手招きを一つ。
「
『イス……ッ裏切り者……抹、殺……グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
彼の挑発を合図に、ヘカトンケイルが肉体の修復しながら咆哮をあげた。
そして天上より見守る二柱は、骰子が意味を持たない戦いに固唾を飲んで見守るのだった。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
-
見たい!
-
別にいいです……。