先ほど助けた森人を送り届ける役目を買って出たのは蜥蜴僧侶だった。
彼の奇跡による産物『
一党の切れる
一人の命のために奇跡が二つで済んだなら、むしろ安いものだろう。
いくつ使っても助けられない命もあるのだから。
「なんなのよ、もぉ……こんなの、わけわかんない……ッ」
その事実を突きつけられた妖精弓手の心は、乱れに乱れていた。
この部屋が汚物溜めであることも忘れて啜り泣く妖精弓手の背中を、女神官が気遣って優しく擦り、女魔術師が周りを警戒する。
鉱人道士は通路を見張り、蜥蜴僧侶は触媒の数を確認、銀髪武闘家はがらくたの山に何かないかと手を突っ込んでいた。
女神官はちらりとゴブリンスレイヤーとローグハンターの二人に視線を向けた。
二人で何かを探しているのか、部屋の片隅でがらくたの山を探っている。
そして目的の物を見つけたのか、がらくたを掻き分けてそれを引っ張り出す。
冒険者向けと思われる帆布で作られた丈夫な背嚢だ。おそらく、先程の森人の所有物。
ゴブリンに漁られたのかボロボロになっているが、その中身はまだ使えそうだ。
ゴブリンスレイヤーは中をかき回し、乱暴に纏められた紙片を取り出した。ずいぶん古めかしく、やや黄ばんでいる。
「あ、見つかった?」
銀髪武闘家の問いかけに、ゴブリンスレイヤーは確かに頷く。
「ああ。遺跡の地図のようだ」
彼はそう言いながら紙片━━乾燥させた葉を拡げる。
事細かに作られたその地図は、先程の森人の真面目さを物語る。
ゴブリンスレイヤーは地図を指でなぞって確認し、ローグハンターに目を向ける。
「左の道の先は回廊のようだ。吹き抜けになっているようだが、寝床はそこだろう」
「距離はそこまであるわけでもないが、問題は高さだな。階段が崩れていたら、ロープで降りなければならん」
「その間は無防備だな。
「ポーチ満杯に入れてきてある。おそらく問題ないだろう」
「最悪俺の用意した分も使って構わん」
「わかった。だが、音はどうする」
「それに関しては問題ない」
相も変わらず二人は作戦を練っている。
二人とも先程の森人を思っていないわけではない。
だが、油断すれば彼らがこの汚物の仲間入りだ。助けた人物より、目の前のことへの打開策を考えなければならない。
二人は早口での話し合いを終え、ゴブリンスレイヤーは地図を雑嚢に押し込み、ローグハンターは背嚢をいまだに泣いている妖精弓手に手渡した。
「おまえが持て」
いきなりそう言われては、きょとんとなるのも当然だろう。
泣くだけ泣いたのか、その目尻は赤く腫れていて痛々しい。
だがローグハンターは気にもせず、入り口を見張る鉱人道士に声をかけた。
「先導する、行くぞ」
「あなた、もう少し……」
その背中に思わず女魔術師が声をかけるが、すぐに口を閉じた。
ここに留まるぐらいなら、何かしらの役目を与えて進ませたほうが良いだろう。
鼻が慣れてしまったがここはゴブリンの汚物溜め。何かしらの病気の元があってもおかしくはない。
女魔術師は妖精弓手に目を向けて、彼女の顔色を伺いながら問いかける。
「行きましょう。立てる?」
「大丈夫。行かないと、いけないものね」
妖精弓手はふらつきながら立ち上がり、ローグハンターの背中を見る。
鉱人道士の脇を通り抜け、ローグハンターは汚物溜めを後にしている。
ゴブリンスレイヤーが彼の後に続き、汚物溜めに一瞥くれて外に出た。
他の冒険者も後ろに続き、彼らは遺跡の奥を目指す。
迷路のように入り組んだ構造も、地図があれば問題ない。
要所要所に仕掛けられた罠に関してはローグハンターが即見つけ、警邏のゴブリンも見つけ次第妖精弓手が撃ち抜き、仕留め損なってもゴブリンスレイヤーとローグハンターが飛びかかる。
一匹たりとも逃さずに進む彼らを、奥に待ち受けるゴブリンたちは察知してはいないだろう。
問題は、妖精弓手が仕留め損なうことがあることだ。
狙撃手には、いかなる状況でも冷静であってもらわねば困る。今の彼女には先程の混乱がまだ残っているのだろう。
フォロー出来る前衛が多いとはいえ、接近戦というリスクは出来る限り避けたいところ。
目的地である回廊を前にして、彼らは最後の小休止を取った。
勢い任せでは、成功するものも上手くはいかないだろう。
「呪文は幾つ残っている?」
壁に寄りかかったゴブリンスレイヤーが静かに問いかけた。
女神官は妖精弓手に寄り添い、肩を擦りながら頷く。
「えっと、私は先程の『
「拙僧も『竜牙兵』一度のみだ。三回はいけるが、『竜牙兵』には触媒がいる。これに限れば、あと一度」
「わかった。そっちの二人は」
蜥蜴僧侶の報告に頷き、女魔術師と鉱人道士に目を向ける。
「私は二回ね」
「わしはまあ、物にもよるが、四回か五回。四回だと思ってくれたほうが考え易いかの」
術師は成長すればその回数を増えていくと聞く。が、いきなり二回が十回になるような劇的なものではない。
彼らの業界では、回数よりも質を見るほうが多い。一日一度でも、凄まじい術を行使する事ができれば、名は広まるのだろう。
「おまえはどうだ」
ゴブリンスレイヤーはローグハンターに目を向け、そう問いかけた。
彼は苦笑で返し、閉じた左目を優しく撫でる。
「別に術ではないから制限はないと言っているんだがな。まあ、たまに閉じて休ませれば問題ない」
タカの目を術のようなものと解釈しているゴブリンスレイヤーにとって、それは何度言われても納得するものではなかった。
だが、使っている本人が問題ないと言うのなら信じるだけだ。
「あの、飲みますか?……飲めますか?」
「……ありがとう」
女神官が差し出した水袋に、妖精弓手は静かに口付ける。
出立した頃には騒いでいた妖精弓手は、あの汚物溜めからほぼ無言だった。
声をかけても、かろうじて笑みを浮かべる程度の反応しか示さず、明らかに無理をしていることは明白だった。
「あまり飲み過ぎるな。体が重くなる」
ローグハンターは閉じる目を切り替えながら、一瞥もくれずにそう告げた。
あくまで作業的に、単に物事を確認するような声音。
横で水を口に含んだ銀髪武闘家にも向けた言葉なのだろうが、余りに素っ気ない。
「ローグハンターさん!もう少し……」
たまらず女神官が声を出したが、横で水を飲んでいた銀髪武闘家は気にした様子はない。
彼女は「ぷは~」と呑気に息を吐き、水袋を女魔術師に手渡した。
彼女も湿らせる程度に飲むだけで、水袋はいっこうに軽くなる様子がない。
ローグハンターに関しては水袋を受け取らず、妖精弓手に目を向けた。
「行けるか。最悪戻ってくれて構わん」
睨まれた彼女は、彼に「邪魔だ」と言われているような錯覚を覚えた。
否、鷹のような鋭い眼光を放つその瞳は、まさしくそう言っている。
戦力としては過多とも言える程の人数がいる。術士も四人、うち二人は一度も使っていない、文字通りの万全。
斥候にはローグハンターがいて、彼がいれば事足りる。
銀等級とはいえ万全ではない人物を連れ回すほど、彼は優しくない。
「戻れるわけないでしょう!森人があんな事されて、近くには私の故郷だって……!」
子供らしいとわかっている。
だが、この状況で平然としていられる彼や銀髪武闘家、ゴブリンスレイヤーたちが、何か違うもののように思えて仕方がない。
激高する妖精弓手の様子を確認し、ローグハンターは頷いてゴブリンスレイヤーに言った。
「まだ元気だな、行けそうだぞ」
「そうか。ならば行くぞ」
ゴブリンスレイヤーは小休止終了の宣言と共に立ち上がり、ローグハンターは一度瞑目して、ゆっくりと目を開く。
その目に僅かな光が灯ったように見えたのは、妖精の末裔たる上森人に名を連ねる彼女だからだろうか。
その光はどこかで見た覚えがあった。数百年前か数十年前かは覚えていないが、確かに見たことがあるのだ。
彼はフード付きの白いローブを着て、よく分からない球体を大事そうに持っていたが、その瞳が似た光を放っていたように思える……。
「どうした、置いていくぞ」
ローグハンターはそう告げると、遺跡の闇の中に消えていく。
そのローブの彼も、ふと気がつけばいなくなっていた。
急に怒りが収まった妖精弓手を心配してか、鉱人道士がその背を叩いた。
「大丈夫かいな、耳長の。急に静かになりおって」
「……ええ、大丈夫よ。
「む!なんじゃい、心配して損したわ!」
言葉とは裏腹に、鉱人道士の表情には僅かな笑顔。ようやく調子が戻ってきた彼女を思ってだろう。
立ち止まる二人の背中を蜥蜴僧侶が押した。
「お二人とも、本当に置いていかれてしまいますぞ。急がねば」
彼らは先行したローグハンターたちを追いかけて出発する。
問題の回廊にたどり着いたのはすぐだった。
その場所は地図通りに吹き抜けとなっており、月の光に照らされていた。
その壁には神代の頃を記した壁画が描かれているが、タカの目を発動中のローグハンターには見えていない。
彼の目には、五十近い赤い影と、ゴブリンではない何かが奥へと消えていく幻影しか見えていないのだ。
ゴブリンの寝床となった回廊の一番下を見下ろしながら、ローグハンターは、そっとエアライフルを構えた。
その隣に妖精弓手が並び、下を覗いて小さく目を見開く。
銀等級が六人いるとはいえ、あの数の相手は出来ない。正面から相手をすれば、間違いなく全滅するだろう。
その横にゴブリンスレイヤーが並ぶと、下に続く階段を確認し、一度頷く。
「問題にもならんな」
彼の呟きに妖精弓手は首を傾げ、ローグハンターは不敵に笑う。
ゴブリン狩りに関して策を練る回転の早さは、ローグハンターでも彼には届かない。
彼が「問題ない」というのなら、本当に問題ないのだろう。
ゴブリンスレイヤーは一党全員を呼び寄せ、組み立てた作戦を手早く伝達していく。
ローグハンターがこの奥に潜む敵の特徴を教え、大まかにその正体に目星をつける。
下で眠るゴブリンたち。奥に潜む何か。
その二つに対する作戦が立てられ、全員が頷いた。
反論は、出なかった。
最初に異変に気づいたのは、ふと目を覚ましたゴブリンだった。
周囲を見渡してまだ見張りの時間ではないと気付き、欠伸を一つして再び寝ようとした時だ。
回廊を見渡せる場所に、小さな人影がいることに気づく。
「《いと慈悲深き地母神よ、我らに
女だ。格好から見て、おそらく神官。
ゴブリンは醜悪に笑い、仲間たちを叩き起こそうとしたが、
「━━━?」
声が出ない。そして、何かが刺さった感覚の後に強烈な眠気に襲われ、抵抗出来ずに再び寝転んでいびきをかき始めた。
「━━……」
回廊を見渡せる位置を陣取ったローグハンターが、スリープダートによって眠らせたのだ。
エアライフルのレバーを引いて、念のために次弾を装填することも忘れない。
息を吐いても音は出ない。女神官が使った奇跡『
だからこそ、彼とゴブリンスレイヤーはそれらを躊躇いなく使うことが出来た。
ローグハンターはグレネードランチャーに手を添え、ゴブリンスレイヤーはグレネードを構える。
二人は目配せすると、それを連続で放っていた。
音もなく爆発するそれは、爆破と同時に中に充填されたガスをばら蒔いていく。
眠っていたゴブリンは更に深い眠りに、起きかけていたゴブリンは再び眠りへと誘われる。
回廊の底にガスが充満し、霧のようになり始めると、ローグハンター、ゴブリンスレイヤー、銀髪武闘家、蜥蜴僧侶は口元を布で覆い、下へと降りた。
彼らの視界には無防備に眠りこけるゴブリンたち。
ローグハンターはバスタードソード、ゴブリンスレイヤーは中途半端な剣を、銀髪武闘家は籠手の具合を確かめ、蜥蜴僧侶は『
四人は手分けして、眠りこけるゴブリンを一匹ずつ丁寧に殺していく。
ゴブリンたちの眠りを永眠へと変え、目を覚ますことは無くなった。
ゴブリンスレイヤー始め、只人三人は途中で武器を変えて眠らせていく。
本来その体を武器とする銀髪武闘家でさえ、棍棒を叩きつけることで効率よく「作業」を進めていた。
それを上から見ていた妖精弓手は、その表情を曇らせた。
彼らのやっていることは冒険ではなく、ただの作業だ。血に濡れながらひたすらとゴブリンを殺していく彼らの姿は、彼女の思う冒険者とは全く結び付かない。
『━━どうせ終わる頃には血まみれなんだから、慌てない慌てない』
ふと、銀髪武闘家が言ったことを思い出す。
その言葉通り、作業中の四人の体はゴブリンの血で赤黒く染まっていた。
彼らの作業が終わったのは、二十分ほど経った頃。
異常なまでにガスが散布されたことで、ゴブリンたちが目を覚ますことはなかった。
回廊の底はゴブリンたちの血に染まり、その全てが死んだ事を教えてくれる。
見張りとして上に残っていた妖精弓手、ローグハンターから受け取ったロープダート数本に細工をしていた鉱人道士、祈祷後の疲労を回復させていた女神官、この後に備えて集中していた女魔術師は、揃ってその血の海に足を踏み入れた。
ゴブリンスレイヤーはゴブリンから奪った剣の切っ先を広間の奥へと向け、その肩をローグハンターに叩かれた。
その音が出たということは、『
それと同時に、ずぅん……と重い足音が響いた。
ゴブリンスレイヤーが差した広間の奥から、その足音の主が姿を現す。
ローグハンターが見た巨大な幻影の正体。
青黒い巨体に、額に生えた角。腐敗臭の漂う息に、手には巨大な戦鎚。
それは決してゴブリンではない。だが、同じく鬼の名を冠した魔物。
「
ローグハンターは驚いた様子もなく、不敵に笑んだ。
準備は整っている。後はそれを実行するのみだ━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
-
見たい!
-
別にいいです……。