ローグハンターは目を覚まし、寝転んだままぼんやりと天井を眺める。
その部屋は『眠る狐亭』の店主が冒険者用に用意した部屋の一つであり、彼らはそこを拠点に活動しているのだ。
昔は馬小屋や安宿を拠点にしていたのだが、休日のとある時間に軽い気持ちで行った賭博が、まさか
取りすぎた金は回さなければならない。ローグハンターはそんなことを思い、そのままこの宿を拠点に定めた。
そんな回想を終え、彼は横に目を向ける。
「ふへへ……」
彼の腕に絡みつくように眠る銀髪武闘家は、何か良い夢でも見ているのか、だらしない笑顔を浮かべていた。
この部屋にはベッドが二つある。かつては一人一つで事足りていたのだが、今の彼らは二人だけではない。
「すぅ……くぅ……」
静かに寝息を立てているのは女魔術師だ。ここ最近ローグハンターの一党に加わった駆け出し冒険者。
彼女がベッド一つを使い、銀等級の二人が一つのベッドに押し込まれていると聞くと聞こえは悪いが、実際には違う。
女魔術師も「床かソファー、いえ別の部屋で寝ます」と進言はした。だが銀髪武闘家が「私たちは二人で寝るからこっち使って」と明け渡したのだ。
流石のローグハンターも初めのうちは驚いたが、今はもう慣れたもの。
彼はそっと銀髪武闘家の体から離れ、ベッドを降りる。
半袖の寝巻きを着ているが、それに包まれてなお、細いながらも鍛えられた筋肉はわかるほどだ。
そして、その腕についた切り傷も露にしている。まだ若い頃につけられた傷は、戒めとして残されているのだ。
彼は小さく息を吐き、いつもの衣装に手をかける。
父から譲られた大切な衣装なのだが、サイズが合わなくなり始めたところだ。そろそろ別の服を━━。
彼はそこまで考えると息を吐き、いつものそれ━━テンプル騎士団の制服━━を着る。
袖にアサシンブレードを仕込み、動作に不備がないかを確認、腰のベルトにつけたホルスターに二挺のピストルを押し込む、
部屋のカーテンを開け、朝日を部屋に落とし込みながら目をほそめた。
それが合図となったのか、女魔術師が目を擦りながら目を覚ました。
大きな欠伸を噛み殺し、彼に向けて一礼する。
「ふぁ……。おはようございます……」
「ああ、おはよう。受付嬢に呼ばれているんだろう、大丈夫か?」
「指定された時間は昼頃なので、まだ大丈夫です……」
ボケッとしながらも答える女魔術師だが、まだ眠そうに瞬きを繰り返していた。
あの戦いから三日ほど。流石に疲れが溜まっているだろうと、彼ら三人は休暇を取ることにした。
幸い、あの依頼ではぼったくりと言われても仕方がない━━結果的には正解だった━━ほどの報酬を貰ったため、三日ほどの休暇なら問題ない。
今日がその最終日なのだから、別に寝ていてくれても構わないのだ。
彼は窓越しに外を眺め、街行く人たちに向けてタカの目を発動する。
暗くなった視界で冒険者たちは青く見え、一般市民は輪郭を残して見えなくなった。
問題ない。それがタカの目の能力なのだから。
彼は瞬き一つでタカの目を解除すると、女魔術師に言った。
「何なら昼前に起こすが、どうする」
「大丈夫です、今起きます……」
彼女は自分の頬を叩き、ベッド脇の机に置いた眼鏡をかけると
「それじゃあ、俺は下にいるから、準備が終わったら降りてこい」
「はい。こっちはどうします?」
彼女が指差したのは、寝たまま彼を探して腕を動かす銀髪武闘家だ。
彼はたいして気にした様子もなく、「寝かしておけ」と告げて部屋を出た。
女魔術師が着替えを始めたのはその後で、彼女が着替え終わっても銀髪武闘家が目を覚ますことはなかった。
女魔術師が下に降りると、彼はいつものように質素な朝食を口にしていた。
店主とあれやこれやと話しているが、内容はいつもの通りだ。
「それにしても、おまえはもっと豪華なものを食べたらどうだ?金は入っているんだろ?」
「入ってはいるんだが、このスープが好きなんだ。理由はよくわからんが……」
「そうか。まあ、無理強いはしないさ」
「助かる」
いつもそんなやり取りだ。金を回すためと言いながら、あまり食べないため回らない。
そんな矛盾を感じつつも、彼はそれを止めない。そのスープが、それほどまでに彼の口にあったのだろう。
「おはようございます」
女魔術師は朝の挨拶をすると、ローグハンターの左隣に腰かけた。
そんな彼女に水を差し出しながら、店主は朗らかに笑う。
「おお、嬢ちゃんか。調子はどうだ」
「ゆっくり休めたので、万全です」
女魔術師は微笑して、ローグハンターに目を向けた。
「この人は、そういうところがしっかりしていますから」
「……む。頭目として、仲間内の体調管理は基本だ」
「そこを評価していると思うんだが、まあ、いいか」
店主は苦笑混じりにそう言うと、上階を見上げて二人に訊いた。
「……あっちは、まだ寝てるのか」
「ああ。すぐに起きてくるさ」
「……そうなんですか?」
女魔術師は首を傾げて上を見る。
あの銀髪武闘家は、起こさなければ昼まで寝ているような人物だ。
朝一とまでは言わないが、昼というにはまだ早い。そんな時間に彼女が起きてくるのだろうか。
噂をすれば何とやら。上からどたばたと騒がしい音を立てながら誰かが降りてくる。
もちろん銀髪武闘家だ。寝癖が残っているが、装備はしっかりと着込んである辺り、伊達に銀等級ではないのだろう。
「ふ、二人とも、起こしてって言ってるよね!?」
「俺に━━」
「女を叩き起こす趣味はないのは知ってるから!魔術師ちゃんが起こしてくれればいいじゃない!」
「自分で起きなさい」
「……うぅ、あの頃の可愛い魔術師ちゃんはどこ行っちゃったの……」
起こす気のない彼と、そもそも話を聞いてくれない女魔術師。
会ったばかりの頃の初々しさはとっくに失せ、今や敬語すら使われない。
使うほどの人物と思われていないのだろう。銀髪武闘家は、少々ずぼらに過ぎる。
そんな女魔術師の内心を知らず、銀髪武闘家はローグハンターの右隣に腰かけた。
この三人が一党になってから、もはや固定となった並び順。一人でも欠けたなら、凄まじいまでの違和感に襲われるに違いない。
店主は顎を擦り、ローグハンターに問いかけた。
「で、今日はどうするんだ?休みは今日までなんだろう?」
「俺は工房に用があるから、すぐにでも出るつもりだ」
「私はどうしようかな~。とりあえず、ギルドに顔だけ出そうかな」
「私もギルドに顔を出して、受付さんからの話を聞きに行きます」
三人の答えに、店主は小さくため息を吐いた。
休日なのに仕事場に顔を出すとは、真面目なのか、逆にやることがないのか。
「二人は朝食はどうする。俺は済ませたぞ」
「ん~、向こうで貰うからいいや」
「私も向こうで済ませます」
「店主を前にそれを言うかね……」
店主のぼやきにローグハンターは苦笑で返し、代金をカウンターに置いて席を離れる。
二人も彼に続き、眠る狐亭を後にした。
店から出ていく三人の背中は、いつかに見送った時と変わらない。
その変わらないと言うことが大切だ。増えるのは良いだろう、減るなんてもっての他だ。
いつ死ぬかわからない仕事を、彼らはこなしているのだから。
「あ、牛飼さんとゴブスレだ」
街に繰り出してギルドを目指す中、銀髪武闘家が誰かに気づく。
彼女の視線の先には短い赤髪の女性と、荷車を引くゴブリンスレイヤーが並んで歩く姿があった。
向こうもこちらに気づいたのか、牛飼娘が笑いながら手を振る。
「ローグハンターさんに、武闘家さんも、久しぶりだね」
「ごめんね~、最近忙しくてさ」
「良いの良いの、そっちもお仕事でしょ?こっちの子は、新人さん?」
「ええ。魔術師よ」
「ほえー、魔術師さんなんだ、すごいね」
綺麗な銀髪の女性と二人の赤髪の女性が話しているだけで、何となくその場に花がある。だが、問題は彼女らの隣だ。
「休めたか?おまえは顔色が見えんから、よくわからん」
「問題ない。そちらも大丈夫そうだな」
「ああ。野盗の連中も、最近は静かなものだ」
「ギルドに顔を出したが、この三日ゴブリン退治の依頼がなかった。どう思う」
「……ただの偶然か、息を潜めているのか。最悪を想定したほうが良いだろう」
「やはりそう思うか。むぅ……」
ローグハンターとゴブリンスレイヤーだ。
二人は事務的な会話を繰り広げ、そこに流れる空気は独特なもの。
横で笑顔混じりに話に花を咲かせる女性陣と、体調や装備の具合など、終始真顔で仕事の話をする男性陣。
彼ら二人のおかげで女性陣に寄り付く男がいないことも事実だが、その二人の横で平然としている女性陣にも怪訝な視線が向けられ始めた。
それに気づいたローグハンターが、彼らをギルド内に急かす。
ゴブリンスレイヤーと牛飼娘は荷車を裏手に回すために別れ、三人は正面玄関からギルドの中へ。
昼前のギルドというのは割りと空いており、酒場にも客は疎らだった。
「それじゃあ、俺は工房に顔を出してくる。またここで会おう」
「うん。魔術師ちゃん、ご飯食べよ~」
「ええ。綺麗に食べなさいよ」
「ん~、無理かな?」
「……あなた、どう思いますか?」
「慣れろ」
ローグハンターは言葉短くそう告げると、足早に工房へと向かって行った。
取り残された女魔術師は、既に席についた銀髪武闘家に目を向けてため息を吐いた。
彼女の苦労は、絶えないだろう。
「工房長はいるか」
「はい?ああ、ローグハンターさん」
工房の
「親方、ローグハンターさん来ましたよ」
「おう、来たか。ちょっと待て」
呼ばれた工房長が店の奥から顔を出したが、またすぐに引っ込んだ。
いきなり手持ちぶさたになったローグハンターは、店に飾られた武具に目を向ける。
本格的な全身鎧はともかく、一部に板金を使った程度の物なら検討するべきかどうか、本気で悩み始めているのだ。
先のオーガ戦は、一撃貰えば即死すると判断したので速攻を仕掛けたが、時には失敗することもあるだろう。
そうなれば、正面切っての戦闘になる。そうなったら、今の装備では少々不安だ。
彼の先生とて、時には鎧を纏っていたのだ。あれは確か、地図を元にレリックを探した結果や、島を巡って十字架を探した結果で手に入れたものだが、誉れ高い先人の残した鎧だった。
先生は着たままいつも通りの動きをしていたが、着心地は良かったのだろうか。
「……鎧、か」
「お、ローグハンターじゃねえか。珍しいな、おまえが鎧を見てるなんてよ」
「む、おまえか」
そんな彼に声をかけたのは、『辺境最強の一角』と名高い銀等級冒険者である『槍使い』だ。
青い鎧に身を包み、魔力の込められた槍を担いだ彼は、その異名に恥じない強さを持っている。
実際、デーモン相手に渡り合えるのだ。そちら方面の仕事は、ローグハンターより経験が多い。
それでもローグハンターと並べられるのは、二人の技量がほぼ同じと思われているからだ。
魔力の宿った武器を振り、魔術も扱える槍使い。
対人においては、相手が魔術師であろうと負けなしのローグハンター。
果たして二人のどちらが強いのか、いまだに賭けが行われているほどに注目されている。
そのせいで一時期不仲説が囁かれたが、二人はお互いを尊重しあっている。そこまで仲が悪いわけではない。
「なんだ、相談になら乗るぜ?」
「鎧を見ていただけだ。軽さや動きやすさを考えると、なかなかな」
「おまえの戦い方はあんまり見ないタイプだからな。軽い鎧、ね……」
槍使いは工房を見渡し、顎に手をやった。
彼は戦いのプロではあるが、防具選びのプロではない。そこは経験則や主観によるものになるだろう。
「俺の鎧もだいぶ軽いが、木の上に乗れるかって聞かれるとな……」
「難しいものだな。まあ、焦って粗悪品を買うよりは良いか」
「そうだなぁ。ここに粗悪品は無いとは思うが……」
槍使いがそう言うと、奥から工房長が戻ってくる。
彼の手には打ち直されたバスタードソードが一振り。ゴブリンの血に濡れたその刃は、本来の輝きを取り戻していた。
「さっきから聞いてりゃ粗悪品粗悪品。錆びた剣が欲しけりゃ他所を当たれ」
工房長に睨まれた二人は、額に嫌な汗を流しながら頭を下げた。
「申し訳ない」
「すまねぇ……」
銀等級冒険者でも、裏で支えてくれる人物がいなければ力を発揮できないだろう。
二人もそれは重々承知しているし、工房長も頼られていることを承知している。
ローグハンターはバスタードソードを受け取り、じっとその刃を睨む。
そして満足そうに微笑すると、その代金をカウンターに置く。
「弾は使ったか?」
「いや、これは文字通りの切り札だ。滅多に使わん」
ピストルに一瞥くれながらの一言に、工房長は髭をしごいて息を吐く。
「必要になったらいつでも言え。いくらでも用意してやる」
「頼む。頼れるのはあんたぐらいだからな」
「そう言うなら、鎧も見繕ってやろうか」
先ほどの会話を聞いて気を回してくれたのだろうが、ローグハンターは申し訳なさそうに首を横に振った。
「人を待たせているから、また今度頼む」
ローグハンターはそう告げると工房を後にした。
「そうかい。それで、おまえは何の用だ」
「ん?ああ、なんか良い物ないかなってよ」
「冷やかしか」
「ち、違うって……」
後ろからそんな会話が聞こえてきたが、彼はわざと聞き流した。
あれに首を突っ込むのは、流石に面倒だろう。
せっかくの休日。彼にだってゆっくりしたい気持ちはあるのだ。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。