Memory01 新天地
目を開いた俺の視界に、真っ先に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった。
体を起こそうとは思うが、頭が割れるように痛い。
海に落ちて無事なのは、幸運だったと言うしかない。
まあ、そんな事を言ってしまえば、
『運は自分で掴むものだ』
と、返されるに決まっている。
いまだに頭は痛むが、ここがどこなのかを確かめなければならない。
「んぅ……!」
痛みを無理やり押し返し、体を起こす。
質素なベッドに寝かされ、看病でもされていたのか、血塗れの包帯が水桶に浸されていた。
窓の外から降り注ぐ光の具合から、まだ昼間だということを理解する。
ベッドに腰かけ、顔に触れる。
ほとんどが包帯で覆われているのか、指先には布の感覚しかない。
手荒ながら治療してくれたことに感謝しつつ、次に部屋を見渡す。
ボロボロのズボンは履いているが、上着はなし。着替えもなし。
装備も、アサシンブレードを含めて何もない。
大きく息を吐き、痛む体に鞭を打って立ち上がり、歩き出す。
一歩がここまで重いのは、人生で始めてだ。
修行でボロボロになっても、ここまでではなかった。
足を引きずるように歩き、音が出ないように扉を開け、部屋を出る。
木造の建物はなかなかに広く、歩き回るのには苦労しそうだ。
息を吐き、視界の端に見えた階段を目指し、壁に手をついて歩き始める。
「く……っ!」
頭に残る焼けるような痛みと倦怠感に、壁に寄りかかって片ひざをついた。
少し休み、だいぶ痛みが引いた時を見計らい、立ち上がる。
忌々しい話だが、この体に流れる『アサシン』の血のお陰か、傷や病気の治りがだいぶ早く、生命力も高い。
━━それでも、死ぬときはあっさりと死ぬのだから何とも言えないが……。
先ほどよりもだいぶしっかりとした足取りで廊下を進み、階段に差し掛かりそうになった時だった。
「あ!目が覚めたの?」
階段を昇ってきた女の子と鉢合わせる。
長い黒髪と太陽のような笑顔が特徴的な、元気な女の子。
女の子に対する第一印象はそれだった。
その小さな体に纏う、腰を帯で締めた
━━こんな格好をした子供、見たことがないな……。
そんなことを思いながらまじまじと見つめていたせいか、女の子は自分の顔や服を確かめる。
「えと、あの……」
「ああ、すまん。ここはどこだ」
「村の孤児院だよ」
「……村、孤児院、か」
村ということは、辺境なのだろうか。先住民、にしては色が白いように思える。
孤児院ということは、この子の親はいないのか、それとも院長の娘なのか……。
一人で考えても仕方ないと割りきり、女の子に訊く。
「どこの島か、わかるか」
「しま?しまって、なに?」
「海に囲まれた陸地だ」
「……うみ?」
「……大きな水溜まりだ」
島や海を知らないとなると、内陸の村なのか?俺は海にいたはずだが……。
子供相手に真面目に問答を繰り広げるなかで、下の階から誰かが昇ってくる。
「っ!」
それに気づいた女の子は俺の後ろに隠れ、人差し指を口に当てた。
黙っていてくれ、ということなのだろう。明らかに隠れきれていないのに気づくほど、彼女はまだ賢くはないようだ。
隠れる時は最低二人の人混みに紛れるのが基本だ。一人の背中に隠れたところで、すぐにバレる。
実際に何度かバレたことがあるのだから、間違いない。
師に教えられたことを久しく痛感し、小さく息を吐くと、その誰かが俺たちの前に現れた。
「おや、目が覚めたようですね。三日も寝ていらしたのに、もう動いてしまうとは。無理はなさらないで下さいね」
姿を現したのは、院長と思われる女性だ。
やや歳がいった、険の強い顔立ち。だが、目に宿る優しさは、紛れもない本物だ。
女の子を隠すように立ちながら、院長に問いかける。
「……あなたが、拾ってくれたのか?」
「いえ、村の男たちが。川を流れてくるあなたを拾ったそうですよ」
院長の言葉に、内心で疑問符を浮かべた。
━━川。今この人は、川と言ったのか?
俺が落ちたのは海のはずだ。海岸に打ち上げられていたわけでもなく、川を流れてきた?
自分を落ち着かせるように瞑目し、一度息を吐くとゆっくりと目を開き、首を傾げる院長に訊く。
「この村は、海に近いのか?」
「?いいえ、海は山の遥か向こうですよ」
困ったように笑う院長の表情から、嘘は言っていないと判断する。
俺は海にいた。これは間違いない。だが、川を流れてきた?一体何がどうなっている……。
「━━し、もし、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、申し訳ない。少し記憶が混乱しているようだ」
心配げに声をかけられ、わざとらしく頭を押さえながらそう言うと、腕を組んで物思いにふける。
そんな俺に、院長が訊いてきた。
「ところで、なぜ川に?流れこそ緩やかですが、あの川は深いのですよ」
「俺は━━━」
『騎士団であること、騎士団の秘密、任務の内容を決して漏らすな』
師との誓いが頭によぎり、言葉が詰まる。
この人たちが敵かどうかもわからない。『アサシン教団』だった場合、彼らについての情報を集めなければならない。
━━素性は隠さねばな。
そう判断し、咳払いをして言葉を紡ぐ。
「俺は、『旅人』だ。あてもなく、まだ見ぬものを見るために旅をしている」
「ふふ、誤って川に落ちてしまうなんて、とんだ旅人さんですね」
可笑しそうに笑う院長に罪悪感を感じながら、俺にとって重要なことを訊く。
「俺の装備はどこに。川に流されていなければ、返して欲しいのだが」
「保管庫ですよ。武器と思われるものがいくつか見られたので、厳重に保管してあります」
「申し訳ない」
俺のような余所者のせいで、余計な気遣いをさせてしまった。
礼節は大切だと頭を下げ、頭痛に襲われながら頭を上げる。
表情をしかめていたことが包帯の隙間から見えたのか、院長は息を吐くと、できの悪い息子に言い聞かせるように言ってくる。
「ですが、場所を教えるのはもう少ししてからです。今は安静にしていなさい。いいですね?」
「だが、俺にはやらねばならないことが……」
「い い で す ね ?」
有無も言わせぬ院長の気迫に、息を吐いて頷く。
ここで無理やり聞き出すのは悪手だ。それ以前に、子供の前で殺しはしない。
俺が渋々頷くと、うんうんと何度も頷いて返してくる院長。
「何かあれば、呼んでください。食事の時間になったら、誰かを呼びに行かせます」
「……いいのか?俺は見ず知らずの余所者だぞ」
俺の問いかけに院長は優しく笑うと、足元━━正確にはその後ろ━━に目を向けてきた。
そこには先程の女の子がおり、バレないかどうか冷や冷やしているように見える。
「その子が懐くのなら、悪い人ではないのでしょう」
「っ!」
青年の足元で、女の子は息を呑んだ。
『まさか、見つかるなんて思わなかった……』━━とか、思っているんだろうな。
そう思慮しながら、さっさと女の子を差し出して足早と部屋に戻る。
後ろから女の子の泣き声と、怒る院長の声が聞こえ、やたらと甲高い女の子の泣き声で頭痛がぶり返す結果となったのは、俺だけが知ることである。
頭痛を堪えながらどうにか眠りについていたはいいが、やたらと強い月明かりを感じて目を覚ます。
体を起こし、窓から外を覗きこんだ俺の目は、有らん限り見開かれた。
満点の星が浮かぶ夜空に鎮座する、
片や緑色に怪しく輝き、片や紅く輝いていた。
「……月が二つ……何がどうなっている……」
あまりの衝撃に気絶しそうになるが、それを堪えてベッドに腰をかける。
怪我のせいで、月が二つに見えるほどのダメージを脳におってしまったのか。
いや、それだとしたら間違いなく死ぬだろうし、他にも様々な不調が出るはずだ。
……ふと、幼い頃に母から聞いたおとぎ話を思い出す。
「……まさか……いや、そんな、まさか……」
あれも様々な理由があってだが、異なる世界に旅立つものがあったはず。
━━その当事者になるなんて、有り得るのか?
おとぎ話は
混乱した自分を落ち着かせるように、深呼吸を繰り返す。
だが、まったく考えが纏まらない。余計に混乱するだけだ。
━━海に落ちたはずなのに、川から引き上げられた。
━━夜空には、一つしかないはずの月が二つある。
「……駄目だ。ここが普通ではないことしか理解できん」
ゆっくりとベッドに転がり、大きくため息を吐く。
考えるのは、もっと情報が集まってからだ。今は、考えたところで何もできん。
混乱しながらもそれだけははっきりと決め、眠りにつく。
もちろん、まったくと言っていいほど寝つけなかったのは、言うまでもないことだ。
翌日、登る朝日を眺めながら、俺は覚悟を決める。
━━よくはわからんが、この世界を知るべきだ。未知ほど恐ろしいものはない。
だからこそ、この訳のわからない世界を実際に歩き、調べ上げる。
もしも『かつて来たりし者』の遺跡があれば、戻るきっかけにもなるかもしれないし、いい土産話にもなる。
『教団』から先手を取れるというもの大きい。
だが、下手に触ればリスボンのようなことになるかもしれない。
━━やるにしても、慎重に、だな。
そう思慮し、自分を育ててくれた『マスター』たちに思いを馳せる。
アサシンを追いかけ、そのまま行方不明になったバカを、彼らは思ってくれるだろうか。
そうは思うが、次の瞬間に別のことが脳裏をよぎる。
━━あの戦いで死亡扱いになったのではないか?
それはそれで構わない。顔を出せばいいだけだ。
それに━━━、
『俺は広い世界に生きる一人でしかない。死んだところで、世の中は回るさ』
いつかに、病気で痩せ細った父が、力尽きようとしているときに言ったことを思い出す。
一人が死んだところで、すぐにその代わりの人物が選び出される。
今ごろ、テンプル騎士団の別の支部から、別のアサシンハンターが派遣されていることだろう。
大きな組織に所属していると、そこは深く考える必要がないので楽なものだ。
問題があるとすれば、そのタイミングだ。
命を助けられたのに「怪我が治ったので失礼」では、相手にいい印象はないだろう。
示された恩は恩で返す。
騎士として、その程度やらねば師たちに合わせる顔がない。
体の調子はだいぶ良くなった。頭痛もそこまでしないし、頭以外に大きな怪我はしていない。
━━村というからには、畑仕事や狩りを手伝えばいいか。
ぼんやりとそんな事を考えながら、廊下から響く足音に耳を傾ける。
部屋の扉が開け放たれ、昨日出会った女の子と目が合う。
「朝ごはんだよ!」
「わかった。今いく」
俺は立ち上がり、女の子の先導で廊下を進む。
前を進む女の子が鼻歌混じりなのは、何か良いことがあったからか。
「何かあったのか?ずいぶんと機嫌が良さそうだが」
「今日は川に遊びにいくの!楽しみにしてたんだぁ!」
「川、か」
俺が拾われたという川。そこに行けば、何か手がかりがあるかもしれない。
院長に頼んで、この子と一緒に外出してみるか。
朝食の席でそれを訊き、女の子が内緒で川に行こうとしていたことを知ったのは、もう少し経ってからだ。
「━━では、とりますね」
院長の言葉に頷くと、顔につけられた包帯が外されていく。
さっきの女の子は、監視という名目で捕まり、俺の視線の先で丸くなっていた。
あの子には悪いことをしてしまった。孤児院の遠足か何かで川に行くものとばかり……。
包帯が全て取られると共に、俺は大きく息を吐いた。
汗ばんだ顔を今すぐ洗いたい衝動にかられるが、もう少し我慢だろう。
院長は俺の顔を見つめ、申し訳なさそうに呟いた。
「私が『奇跡』を使えれば、すぐにでも治せますのに」
「『奇跡』?なんだ、それは」
気になる言葉に反射的に食いついてしまい、自分の愚かさに内心で舌打ちをする。
自分が無知であることを自白するとは、情けない限りだ。
そんな俺とは対照的に、院長は苦笑混じりに答えてくれた。
「神々に祈りを捧げ、『超自然』の現象を起こすことです。人によっては傷の治療や光源を生み出すこと、雷を放つなんて芸当が出来ます」
「『超自然』を操る、か。興味深い」
味方にそんな力を扱える者がいれば、だいぶ楽だろう。
俺が一人で関心していると、院長が手鏡を差し出してきた。
顔を見てみろということなんだろう。実際、その傷がどんなものか、俺も気になっていたところだ。
手鏡を覗き、表情をしかめる。
蒼い瞳に黒い髪であることは変わらない。無駄に伸びた髪は、後で纏めるなり切るなりそればいいだろう。
問題は傷だ。
口の右端から顎のラインにかけて、大きめの傷がある。だいぶ治ってきているが、下手に触れば、すぐにでも開きかねない。
他にも小さな傷があるが、口元以外のものはそこまで気にする必要はなさそうだ。
傷が出来るほど思い切りぶつけたようだが、歯が欠けていないのはありがたいことだ。食事をするためには、あってもらわねば困る。
俺は手鏡を返し、院長に言う。
「怪我の治療から心配まで、申し訳ない。そうだ、何か仕事はないか。手伝わせてくれ」
「仕事、ですか……」
院長は少し考えると、いくつか選択肢があるのか、迷いながら言う。
「畑仕事、狩り、家屋の修繕、子供たちの面倒を見る、挙げればキリがないわね……」
「あなたにも、この村にも大きな恩がある。何でも言ってくれ」
「では、やってもらいましょうか」
「任せろ」
院長の言葉に俺は即答し、自分の胸を叩く。
鈍い痛みが全身に駆け抜けたが、それを表に出すことなく、俺は院長の背を追って歩き出した。
ゴブスレさんと絡ませるのはもう少し先になりそう。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。