SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory11 依頼

 一ヶ月後、辺境の街のギルド。

 ローグハンターはいつも通りにギルドの端の席に座り、手紙を読んでいた。

 時折届く救出した貴族令嬢からの手紙だが、内容はいつにないほどめでたいものだ。

 それを彼の肩に頭を乗せて見ていた銀髪武闘家が、「ほぇ~」と息を吐いた。

 都のほうで騒がれていた魔神王が、聖剣に導かれた『勇者』に討伐されたというのだ。

 その冒険者のことに関しては余り書かれていないが、向こうでは盛大な祭りが開催されたとある。

 そこまで読んで、銀髪武闘家が何か思い当たったのか口を開いた。

 

「この前、ちょっとしたお祭りがあったの、その勇者って人のお陰だったんだね」

 

「勇者はその役目(ロール)を果たしたということか。俺たちも頑張らないとな」

 

「変わりませんね、あなた」

 

 相変わらずのローグハンターの言葉に、女魔術師は苦笑した。

 そんな彼らの会話も、ギルドの活気の前にはあっさりと消えていく。

 辺境の街のギルドはいつになく騒がしく、冒険者たちでごった返していた。

 デーモン討伐のために都に拠点を移していた冒険者たちが、またこの辺境に戻り始めてきているのだ。

 もちろん、帰って来ない者もいる。だが、それを話題に出すのは無粋というもの。

 ある者はその戦いで死に、ある者は新天地を目指して旅立ち、ある者は様々な事情で引退していった。

 冒険者の最後というのは、そういうものだ。誰にも知られずに、あっさりといなくなる。そして、忘れられていく。

 そんな時、ギルドの自由扉が開いてベルが鳴った。

 ローグハンターは横目で誰が入ってきたかを確認し、すぐさま視線を手紙に戻した。

 彼にとってしてみれば、その男の目撃は日常の一部だ。

 

「ゴブリンスレイヤー……なんだ、生きていやがったのか」

 

 そうではない槍使いが、彼の姿を認めて毒づいた。

 他の冒険者の反応も、似たようなものだ。

 ローグハンターは最近姿を見なかったと思い出し、無事だったことに安堵した。

 いつも通りこちらに来ると思っていた彼は、ゴブリンスレイヤーの行き先に僅かに驚く。

 定位置の端ではなく、カウンターでもなく、ギルドの中央、冒険者たちが一望できる場所を陣取ったのだ。

 兜を被っているため、その表情はわからない。

 

「すまん、聞いてくれ」

 

 低く、静かな声。だが冒険者たちの喧騒の中でも、妙に響き渡った。

 多くの冒険者が口を閉じ、ゴブリンスレイヤーに目を向ける。

 

「頼みがある」

 

 彼の言葉にまた騒がしくなるが、構わずに言葉を続ける。

 

「ゴブリンの群れが来る。街外れの牧場にだ。時期はおそらく今夜。数はわからん」

 

 再び冒険者たちが騒がしくなる中で、銀髪武闘家がハッとしてローグハンターに言った。

 

「……ゴブリン、牧場って、牛飼いさんが……!」

 

「………」

 

 友人でもある女性がいる場所をゴブリンが狙っている。

 その事実に気づいた彼女は慌てるが、彼は答えない。

 ただ静かに、ゴブリンスレイヤーの言葉を待っているのだ。

 

斥候(スカウト)の足跡の多さから見て、ロードがいる筈だ。……つまり百匹はくだらないだろう」

 

 百匹のゴブリンが、今夜にも攻めてくる。

 ゴブリンの恐ろしさ、正確には面倒臭さを骨身に染みて思い知っている。

 そのゴブリンの群れではなく軍隊。それが目の前まで迫ってきている。

 ローグハンターは顎に手をやり、ゴブリンスレイヤーの頼みをある程度理解し、彼の様子を伺う選択を取る。

 

「洞窟の中ならともかく、野戦となると俺一人では手が足りん。手伝って欲しい。頼む」

 

 彼はそう締め括ると頭を下げた。

 冒険者たちの中から色々と意見が出ているが、どれも否定的なもの。

 それを聞こえている筈なのに、ゴブリンスレイヤーは頭を下げたまま微動だにしない。

 横でおろおろしている銀髪武闘家を他所に、ローグハンターは立ち上がるとゴブリンスレイヤーに近づいた。

 彼ら二人の仲が良いことは周知の事実。ならば、彼は受けるのだろう。

 多くの冒険者はそう思うが、ローグハンターはただ静かに告げた。

 

「ゴブリンスレイヤー、俺はおまえを友人だと思っている。だが、一つ勘違いをしているようだ」

 

 彼はそう言うとゴブリンスレイヤーの兜を掴み、無理やり顔を上げさせた。

 

「俺たちは冒険者。例え友人からの頼みだとしても、タダで仕事をするほどバカではない……!」

 

 静かでありながら有無を言わさぬ圧の込められた彼の言葉は、騒がしかった周りの冒険者たちをも黙らせる。

 

「つまり、報酬を要求しているのか」

 

「当たり前だ。金も無しに命を懸けられるか」

 

 ローグハンターはそう言うと、横目で受付嬢に目を向けた。

 彼女も今の言葉で何かを察したのか、慌てながら奥へと姿を消したところだ。

 それを確認しつつ、彼は問う。

 

「それで、正面から百匹のゴブリンを相手にさせる報酬は、なんだ」

 

「すべてだ」

 

 ゴブリンスレイヤーは即答し、冒険者たちが困惑するなか、ローグハンターはその額に僅かに青筋を浮かべた。

 ゴブリンスレイヤーの兜を掴む手に力を込め、僅かに軋む音が漏れ始める。

 

「俺の持つもの全て。正確には、俺の裁量で自由になる物だ。装備、財産、能力、時間、そして━━」

 

「命、か」

 

 ローグハンターの確認に、彼は一度頷くだけだ。

 その瞬間、ゴブリンスレイヤーの体が宙に浮いた。

 彼は自分が何をされたのか理解する前に、背中から床に叩きつけられ、兜のスリットの隙間にアサシンブレードが刺し込まれる。

 目に突き刺さる直前で寸止めされ、その刃に震えはない。

 その刃の先に見える一対の蒼い瞳には絶対的な殺気。これほどまでに死を近くに感じたのは、いつぶりだろうか。

 ローグハンターは感情を押し殺した声で、ゴブリンスレイヤーに告げた。

 

「なら、死ねと言われたらそのまま死ぬのか」

 

「いや、俺は死ねん。死んだら、あいつが泣くだろう。泣かせるなと言われた」

 

 文字通り心臓にナイフを突き立てられているような状況で、彼は淀みなくそう言いきった。

 死を目の前にして、死ねんと宣言する根性。それは彼の取り柄の一つか。

 二人の問答を見ている冒険者たちの空気は、これ以上ないほどに張り詰めていた。

 躊躇いなく殺しにいくローグハンターも怖いが、まるでその「あいつ」呼びされた人がいなければ、命を捨てても構わないと言わんばかりのゴブリンスレイヤーも十分に恐怖だ。

 どちらもたがが外れている。だからこそ、二人は仲が良いのかもしれないが。

 そんな空気をものともせず、ローグハンターは口を開く。

 

「……自分の命を軽く見すぎだ、バカ野郎が」

 

「よく言われたことだ」

 

「で、命以外の報酬は」

 

「………」

 

 彼の確認に、ゴブリンスレイヤーは言葉に詰まる。

「先ほど言った通りだ」なんて言われてしまえば、このまま刺されるだろう。

 まったく言葉を返さないゴブリンスレイヤーに苦笑して、アサシンブレードを引き抜きながら彼は言う。

 

「……何か奢れ。ゴブリン退治の相場はそんなものだ」

 

「そうか。すまん」

 

「こっちのセリフだ。怪我してないか」

 

「問題ない」

 

 ゴブリンスレイヤーがそう言うと、ローグハンターは彼の上から退いて銀髪武闘家と女魔術師に目を向けた。

 

「おまえらはどうする。別に受けないでも構わんが」

 

「受けるよ、あったり前じゃん!ゴブスレ、私にも何か奢ってね?」

 

「私も受けます。報酬は、お二人と同じで」

 

 ローグハンターは先ほどの事なぞ無かったかのように振る舞い、一党の面々も気にしていない。

 冒険者たちがドン引きするなか、ローグハンターは槍使いに目を向けた。

 

「おまえはどうする。『あの人』に良いところ見せるチャンスだぞ」

 

 本来そこにいる筈の受付嬢の席に目を向けながら、ローグハンターはそう告げた。

 聞くだけ聞いていた槍使いは跳ねるように立ち上がり、一度咳払いをしてゴブリンスレイヤーの革鎧を叩いた。

 

「ッ!ゴ、ゴブリンスレイヤー、一杯奢れ。俺はそれでいい」

 

 素直な槍使いに苦笑して、彼は銀等級冒険者である『魔女』に申し訳なさそうに頭を下げる。

 彼女は「気にしないで」と言うように笑い、立ち上がった。

 

「私も、受ける、わ」

 

「私もよ!」

 

 魔女に続いて手を挙げたのは妖精弓手だ。

 

「ただ何も奢らないでいいわ。私の冒険に付き合いなさい!それが報酬よ!」

 

「良いだろう」

 

 ゴブリンスレイヤーは至極あっさりと頷いた。

 妖精弓手は満足そうに頷き、くるりと後ろに振り返る。

 

「あんたたちも、来るでしょ?」

 

 問われたのは鉱人道士だ。彼はやれやれと髭を捻りながらため息を吐いた。

 

「仕方あるまい。……わしは酒樽を要求するぞ」

 

「手配しよう」

 

「それと、わしもその冒険に混ぜてもらおうかの」

 

 彼の確認に妖精弓手は笑いながら頷く。

 

「当然!一党じゃないの」

 

「となれば、拙僧も行かぬわけにはいくまいて」

 

 次いで答えたのは蜥蜴僧侶だ。彼はゆっくりと立ち上がり、鼻先を舌でちろりと舐める。

 

「友人の頼みとはいえ、斥候殿の言うとおり拙僧も冒険者。報酬を要求するが……」

 

「チーズか。あれは狙われている牧場で作られているものだ」

 

「まことか。なれば、悪鬼どもを許す道理なし」

 

 蜥蜴僧侶は頷き、大きな目をぎょろりと回し、奇怪な手付きで合掌した。

 

「これでも、手は足りないか……」

 

 ローグハンターがそう漏らすと、また誰かが手を挙げた。

 

「あ、あの!」

 

「む」

 

 ゴブリンスレイヤーが目を向けた先にいるのは、新米剣士と武闘家の二人だ。

 目には若干の怯えの色が見えるが、やる気はあるようだった。

 

「二人とも……」

 

 かつての一党の二人の挙手に、女魔術師は不安を滲ませながらも嬉しそうに笑った。

 新米剣士は大きく深呼吸をして、ゴブリンスレイヤーに言う。

 

「あの時の恩を返させてくれ」

 

「助けられるとは限らんぞ」

 

「承知の上です」

 

 ゴブリンスレイヤーの確認に女武闘家が頷く。

 ローグハンターは頭数を数え、顎に手をやった。

 

「これで、十一。もしかしたら十二かもしれないがな」

 

 ここにはいない女神官を勝手に数にいれたが、問題ないだろう。彼女は必ず来る。

 ローグハンターはゴブリンの数を思い出し、彼らに告げた。

 

「……およそ百なら、一人で十体か」

 

「いや待て、魔術師じゃその数を殺るのは無理だろ」

 

「なら、前衛が十五から二十やるだけだ」

 

 彼がさも当然の事のように言うと、妖精弓手はため息を吐いた。

 

「あんた、意外とバカよね」

 

「そうだよね~。ゴブスレの意志を確認するのに、武器突きつけなくてもさ~」

 

「何でもくれてやると言った奴に『死んでくれ』と頼むバカが出てくる前に釘を刺しただけだ。それに、目の前に俺の大嫌いな命を軽く見すぎのバカもいたからな」

 

「む」

 

 しれっとバカ呼ばわりされたことに気づいてか、ゴブリンスレイヤーは不満げに声を漏らしたが、状況が状況なので言及はしない。

 先ほどのは悪い冗談だったようだが、今はそれどころではない。

 ゴブリン退治とはいえ命懸けの戦いだ。駄賃で命を捨てろと言われて首を縦に振れるかは、人によるものだろう。

 もうひと押しが欲しい。ローグハンターが思ったそんな時だった。

 

「ギ、ギルドからも!ギルドからも、依頼が、ありますッ!」

 

 受付嬢が紙の束を抱えて戻ってきたのだ。

 三つ編みの髪を揺らしながら、荒れた息を整えていた。

 渋る冒険者たちに注目される中、受付嬢は抱えた紙束を高々と掲げた。

 

「ゴブリン一匹につき、金貨一枚の懸賞金を出します!チャンスですよ、皆さん!」

 

 彼女の言葉に、冒険者たちがどよめいた。

 懸賞金を出す。つまり、ギルドがゴブリン退治の依頼を出したということだ。

 彼女がどれほど苦労して上司を説得したのかは、語るまでもない。

 報酬が出るのなら断る理由もない。重戦士の一党を始めとして、次々と冒険者たちが手を挙げた。

 彼らの胸には夢がある。志がある。野心がある。守りたい誰かの姿がある。形は違えど、決して譲れぬ信条(クリード)がある。

 次々と立ち上がる冒険者たちの間を縫って、彼女が姿を現した。

 

「……良かったですね?」

 

 女神官はくすりと笑い、ゴブリンスレイヤーは「ああ」と頷いた。

 彼は振り返り、冒険者たちを眺めて苦笑しているローグハンターに目を向けた。

 

「少し良いか」

 

「ん、どうかしたのか」

 

 表情を引き締めつつ問い返すと、ゴブリンスレイヤーはまっすぐ彼を見て言った。

 

「報酬は出す。聞いてくれるか」

 

「……?」

 

 ゴブリン退治。この日、そのありふれた仕事に、多くの冒険者が殺到した。

 場所は洞窟でも、未知の遺跡でもない。街のすぐ近くの牧場だ。

 ローグハンターは友人からの頼みに頷き、唐突に自らの武器を抜き、掲げて見せた。

 

「━━行くぞおまえら!俺たち冒険者に勝利を!!!」

 

 彼に応え、冒険者たちは各々の武器を掲げて叫んだ。

 彼らは冒険者。自らのため、命を懸ける者たち。

 相手はゴブリン。自らのため、ただ奪い続ける最弱の魔物たち。

 彼らとの決戦は、近い━━━。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。

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