Memory01 水の街へ
いつも通りのギルドと、いつも通りの騒がしい風景。
ローグハンターは相も変わらずギルド端の席に座り、それを眺めていた。
「………」
━━という訳でもなく、なにやら書類を凝視していた。
その表情は険しく、話しかけるなという雰囲気を醸し出す。
「ねぇ、何かあったの?」
だが銀髪武闘家には関係のないこと。
相棒である彼が険しい顔をしている時は、大概は依頼に関することだ。
昔は金の工面を考える時も険しい顔をしていたが、今ではそちら方面の問題は落ち着いている。
横の女魔術師がため息を吐くが、彼は二人を無視してその書類を一言一句見逃さずに読みきり、最後に依頼人の名前と天秤と剣を組み合わせた意匠の判子が押されていることを確認した。
流石に疲れたのか天井を仰ぎながら大きく息を吐き、姿勢を正して一党の二人に問いかける。
「依頼だ。だが、少し遠出になる」
「遠出、ですか?」
「お、珍しいね。場所は?」
「み━━」
「あ、いたいた!」
彼が説明を始めようとして、いつの間にか正面の席に座っていた妖精弓手に声をかけられる。
彼は彼女に一瞥くれて、依頼に目を戻すと再び説明を始めようとする。
「いら━━」
「ちょっと!無視しないでくれる!」
「………」
それにも待ったをかけられた彼は、割りと大きめのため息を吐いて彼女に告げた。
「これから仕事だ、邪魔するな」
「仕事って、急ぎ?」
「急ぎではない仕事はないだろう」
彼はそう言うと、もはや依頼書を見ずに一党の二人に告げた。事の重大さを教えるという意味で、妖精弓手にも聞こえるようにだ。
「先日、水の街で殺人事件が起こり、それから犯罪が急増しているそうだ」
「水の街。そこは確か、至高神の神殿のお膝元ですよね」
女魔術師の確認に彼は頷き、さらに続ける。
「犯人は一向に見つからず、街の守衛たちもお手上げ状態。そこで噂に聞く辺境の街の冒険者、『
「お~、珍しいね。ちゃんと私たちも含まれてるよ?」
「そうね。一党単位とはいえ、直々の指名だなんて光栄だわ」
彼一人だけの名指しではなく、一党として呼ばれたことに喜ぶ二人。
ローグハンターは依頼書を丁寧に畳み、懐に入れた。
そして妖精弓手に目を向けた。
「━━わかったか。人命優先だ」
「そう言われると、何も返せないじゃない……」
妖精弓手は気まずく目をそらし、長耳を垂らした。
犬の尻尾のように、彼女の耳はその時の気分を教えてくれる。
彼は「さて」と呟き、彼らにとって重要なことを口にした。
「元より受けないつもりもないが、報酬は相場より割高だ」
「おお、いっぱい食べられるね!」
「どうして、すぐに、あなたは……」
報酬の話をしてすぐに食事を考える銀髪武闘家と額に手をやる女魔術師。
だが、前までのように怒っているような表情ではない。彼女のもう一つの顔を知ったからこそ、若干とはいえ態度が軟化したのだろう。
ローグハンターはそれを良い兆しと判断し、そして正面の妖精弓手に目を向ける。
「そういうわけだ。俺たちは準備が終わり次第出る」
「わかったわ、冒険は次の機会にしてあげる……」
彼女は立ち上がると、先程に比べてだいぶ気力の無い足取りで離れて行った。
銀髪武闘家はハッとして、ローグハンターに訊く。
「水の街までどのくらいかな?」
「俺も余りこの街から出ることはないからな。おまえはわかるか」
彼に問いかけられた女魔術師は、腰に下げるバッグから大きめの地図を取り出した。
彼女は辺境の街を指差し、水の街までの道のりをその細指でなぞり、頷いた。
「遅くても二日ほどですかね。馬車を使うのなら、もう少し早く着くかもしれないです」
女魔術師がそう口にして、横のローグハンターが顎に手をやる。
「なら、途中で食べる軽食を買っておくか。軽い物だからな、わかったか」
彼はそう言うと銀髪武闘家を睨む。
彼女はわざとらしく笑い、サムズアップをして見せた。
「わ、わかってるよ~。大丈夫だって!」
「「………」」
二人は疑うような眼差しを向け、銀髪武闘家は縮こまる。食事に関しての信頼が低い。その事実を改めて突きつけられたのだ。
水の街。
鬱蒼と茂った森の中、多くの支流を従える湖の中洲にそびえ立つ、白亜の城塞。
神代の砦の上に築かれたというこの街は交通かつ交易の要所として、多くの荷物を抱えた旅人や行商人が集う。
船が行き交い、様々な種族が入り乱れ、活気に溢れ、僅かに混沌の様相を醸し出していた。
馬車に揺られながらその街に入ったローグハンターたちは、
辺境の街でここまでの賑わいは、祭りの時期でもなければそう簡単には起こらないだろう。
それが、この水の街の日常風景なのだから、驚いてしまう。
馬車が停留所に止められたことを確認し、ローグハンターはフードを被ると、先に降りた二人に続いて水の街に足をつけた。
「くあ~、体固まっちゃったよ」
「馬車も考えものね……」
女性陣二人が強張った体を伸ばす中、ローグハンターはフード越しに天高く昇った太陽を見上げる。
真昼時というのはまさにこの時間帯。周囲の出店も稼ぎ時だと騒ぎ始めている。
銀髪武闘家が匂いに誘われるまま涎を垂らして出店に足を向けるが、ローグハンターに首もとを掴まれて前には進めない。
「依頼人に会うのが先だ。その後に街を見て回るつもりだから、何か買うなら後にしろ」
「うぅ、わかった……」
銀髪武闘家は渋々と言った様子で頷き、ローグハンターはその手を離す。
そして周囲を見渡して、女魔術師に目を向けた。
彼女が都から辺境に来たという以上、この街を中継していると判断してだ。
「法の神殿は、どっちだ……」
「こっちだったと思います」
彼女は記憶を絞りだし、二人の先導を開始する。
人混みではぐれないようにお互いを意識しつつ、彼らは歩き始めた。
道を行き交う馬車、縦横無尽に走る運河、店先に出された露店、それらを眺めながら彼らは進む。
「こんな平和な街なのに殺人事件、ね~」
「ここがどこかわかってやっているのなら、相手は正気ではありませんね」
「……だろうな、正気じゃない」
ローグハンターはすれ違う人たちを流し見つつ、そう呟いた。
街行く人は辺境と中央の流行を見事に織り混ぜ、洒落ている。
だが、彼からしてみれば服装など知ったことではない。
彼らの間から『囁き声』が僅かにでも聞こえれば、すぐにでも調査を始めるつもりだ。
依頼でもなければもう少しのんびりと歩いていたことだろう。だが彼らは冒険者。依頼を受けてこの街にいる。
すれ違う人々、特に男性は銀髪武闘家や魔術師とすれ違う度に思わず振り返るほどだが、その隣を歩く謎のフード男の放つ気迫に押されて声をかける者はいない。
「あ、見えましたよ」
女魔術師が川沿いの建物を指差した。
白亜の大理石を、何本もの円柱として築き上げた見事な
初見である銀等級二人でも、とりあえずあれは神殿だと断言するほどの建物だ。
依頼書の印と同じ天秤と剣を組み合わせた意匠の紋様が、あの神殿が目的地であることを教えてくれる。
その神殿こそ、この世界における法と正義、光と秩序の象徴だ。
「ほぇ~、すごいね……」
「ああ」
近づけば近づくほどその凄さを痛感し、二人はその入口で立ち止まって建物を見上げた。
だが、いつまでも立ち止まっていては迷惑だろうと神殿の入口を潜る。
待合室と思われる広い部屋には、多くの人の姿が見える。
ここに務める神官をはじめ、「法」の象徴でもあるのだから、裁判を受けに来る者もいるのだろう。
「ところでさ、依頼人って誰だったの?」
「ん、ああ、言っていなかったか」
彼は丁寧に折り畳まれた依頼書を取りだし、その依頼人にあたる人物を告げた。
「法の神殿の
「「……え?」」
「普通に入ってくれて構わんそうだから、行くか。待たせても悪いだろう」
彼はそう言うと職員に声をかけに向かい、ぽつんと二人は取り残された。
彼は何と言った。大司教?もしかしなくても、あの大司教なのか?
二人は驚愕したまま目を合わせて瞬きを繰り返し、頭目が戻ってくるのを待つ。
彼は親切に教えてくれた職員に一礼すると、二人の元に戻る。
「わかったぞ。奥の礼拝堂だそうだ」
「ねえ、キミって、バカ?」
「……いきなり失礼な奴だな。何か変なこと言ったのか?」
「失礼を承知で言いますが、バカ?」
「なんだ二人して。依頼人の確認を怠ったのは謝るが……」
彼はいきなり二人に罵倒されても怒る様子もなく、むしろ申し訳なさそうに言った。
仕事に出るのに伝達ミスをするという初歩的なミスをしたのだ。罵倒されて当然だろう。
彼はそう思っている。だが、二人が罵倒した理由はそこではあるが、そこではない。
銀髪武闘家が信じられないと言った様子で彼に問う。
「ねえ、『剣の乙女』は知ってるよね?」
「確か、十年前に魔神王を倒した金等級冒険者だろう?」
「そこまで知ってて、どうして……」
━━信じられない。
彼女はそう付け加えてふらつきながら近くの座席に腰かけた。
首を傾げるローグハンターに、女魔術師は嘆息して言った。
「その剣の乙女が、私たちに依頼を出した人なのですよ」
「そのくらいわかる。バカにするな」
「……もう、良いです」
女魔術師も力尽き、銀髪武闘家の隣に腰かけた。
二人は顔を寄せあい、小声で話す。
「彼って、すごいね。物怖じしてないよ」
「すごいです。今から緊張してきましたよ……」
「人を待たせたくないんだが、そろそろ良いか」
そんな二人に構うことなく彼はそう告げた。
そう、どんな相手であれ依頼人は依頼人。呼ばれているのなら、直接会うしかない。
二人は大きく深呼吸をして席を立つ。
今から彼らが会う人物は、文字通りの『英雄』だ。
十年前に復活した魔神王を討伐した六人の一党の一人。
六なる黄金、一なる聖女。至高神に愛されし乙女。
四方世界に生きるのならば、その者を知らぬ者はいないだろう。
待合室を抜け、長い廊下を進んだ更に奥。
彼女がいるという礼拝堂は、法の神殿の最奥にあった。
祭壇の前にひざまずき、長柄の杖にすがるようにして祈りを捧げる一人の女性。
彼女の長い金色の髪は、窓から漏れる太陽に照らされて優しく煌めいていた。
三人はその礼拝堂に入る前に足をとめ、身だしなみを整える。
ローグハンターはフードを取り払い、銀髪武闘家は涎の痕を必死に拭い、女魔術師はローブのシワを伸ばす。
そして三人は目配せすると、彼を先頭にその聖域と呼んでふさわしいその場所に足を踏み入れた。
「━━━?」
彼らの存在に気づいてか、彼女は祈りを止めて顔をあげた。
金色の髪を揺らしながら振り向いた彼女は、まさに絶世の美女と呼んで差し支えない。
至高神を絵に描き表せと言われれば、まず間違いなく彼女のように描くだろう。
だが、一つ不満をあげるとすれば、彼女の目元が黒い布で覆い隠されていることだ。
だが、その目が隠されているおかげで他の部位の美しさがより際立っていることもまた事実。
美しさとは、まこと難しいものである。
だが、ローグハンターは彼女の姿に見惚れる様子もなく、彼女の正面に堂々と立つと、目の前の『依頼人』に対して言う。
「邪魔をして申し訳ない。あなたが依頼人で間違いないか」
「ええ、その通り。わたくしが此度の依頼人ですわ」
優しい笑みを浮かべながら剣の乙女はそう返し、彼の後ろの二人に目を向けた。
眼帯に隠されている筈なのに、柔らかな視線が二人の頬を撫でたのだ。
その瞬間、二人はハッとして一礼し、慌てながら挨拶をする。
「は、初めまして!彼の一党の武闘家です!」
「お、同じく彼の一党である魔術師です。お、お会いできて光栄です……!」
緊張しているのか、僅かに声が上擦っている。
剣の乙女はそれを気にする様子もなく、優しく笑った。
「可憐な武闘家様に、可愛らしい魔術師様。そしてあなたが━━」
「俺はローグハンター。『ならず者を殺す者』。そう呼ばれている」
多くの人々から、そして至高神からも愛される偉大なる『英雄』と、裏切りの血をその身に流す『暗殺者』。
これが、後に長い付き合いとなる彼と彼女が、初めて出会った瞬間だった。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。