ローグハンター一行は、剣の乙女に言われるがまま礼拝堂に腰を降ろし、彼らの前に彼女自身もゆっくりと腰を降ろした。
剣の乙女は彼ら三人を見渡し、そして沈鬱な表情で話を切り出す。
「半月ほど前の事ですわ。夜分遅くに、神殿から使いに出した待祭の娘が、殺されました」
「……神殿の待祭。狙われていたのか?」
彼が問いかけるが、剣の乙女は困ったように首を振り、「それはわかりません」と呟いた。
「ですが、生きたまま切り刻まれたようだ、と。見つけた者は、申しておりました」
彼女の言葉には淀みはないが、ローグハンターの耳には僅かな怯えが含まれているように聞こえた。
だが、追及は後だ。話を聞かなくては。
「……本当に、酷い事件でした。光と秩序は、それが世に生まれた時より、負け続けている……とは、申しますが」
「━━この世に悪の栄えたことはなくとも、潰えたことはない、か」
ローグハンターはぼんやりとそう告げた。
いくら法の神殿のお膝元とはいえ、ここはまだ辺境に属する場所だ。
中央に比べれば、まだ悪と呼べる者が付け入る隙も多いだろう。現に事件は起きてしまっている。
剣の乙女は彼の言葉に頷き、両手を組んで短く神へと祈りを捧げた。
その祈りを終えると、剣の乙女は再び口を開く。
「その事件を皮切りに、犯罪が増えていきました。ささやかな窃盗、通り魔めいた傷害。婦女子への暴行や、子供の誘拐なども……」
「……酷い、ですね」
銀髪武闘家は悲痛な表情で呟き、女魔術師も小さく頷いた。
たった一人、ローグハンターだけが顎に手をやって思慮している様子だった。
剣の乙女は彼の姿を一度見ると、更に言う。
「守衛に夜間の巡回をやらせておりますが、その犯人はいまだ見つからず、被害は大きくなるばかり」
「そこで、その手のものに慣れている俺たちに依頼を出したと?」
彼の確認に剣の乙女は頷き、苦笑混じりに言った。
「わたくしも役職柄、よく貴族の皆様とお話しますので」
「「「ああ……」」」
彼女の言葉に三人は間の抜けた声を漏らす。
貴族たちの間に巡る噂が、まさか巡りめぐって彼女に至るとは、中々面白いものである。
ローグハンターは咳払いをして気を引き締めると、剣の乙女に問う。
「この街の地図と何か目印になるものはあるか」
「すぐに持ってこさせます」
剣の乙女はそう言うと、礼拝堂の脇に控えていた神官に目を向けて一度頷いた。
その合図を受けて、その神官は音もなく礼拝堂を去っていく。
武僧の類い、それもかなりの手練れだろう。
彼は顎に手をやりながらそれを確認し、意識を戻して話を切り出した。
「相手を生きたまま切り刻むというのは、何となく儀式じみている。邪教徒か、黒魔術師か……」
「誘拐ならともかく、窃盗とかも起きてるんでしょ?邪教徒が、そんな盗みなんかやる?」
銀髪武闘家の問いかけに、彼はその表情をしかめた。
「そこがわからん。夜の闇に紛れて盗みを働くのは、どちらかと言うとゴブリンのしそうなことだ」
「だよねぇ」
「相手が貴族で、遺跡から発掘した物を盗むならともかく、ささやかな窃盗ですからね……」
彼らは何となしにそう言ったが、その会話で僅かに剣の乙女の表情が曇った。
何かに怯えているのか、袖をぎゅっと掴んでいる。
それに気づいたのはローグハンターだけだが、彼は何かを言うことはない。
その犯人を見つけ出すのが自分たちの仕事なのだ。勝手な考えで犯人像を固定してしまえば、肝心な物を見逃すことになるだろう。
「お待たせしました」
先程の神官が戻ってくると、街の地図とボードゲームの駒と思われる何かを複数個差し出した。
剣の乙女はそれらを受け取り地図を床に広げ、駒をその脇に置く。
ローグハンターたちは地図を覗きこみ、彼女に言う。
「どこで事件が起きたのか、わかる範囲で良い、教えてくれ」
「わかりました」
剣の乙女は地図を指でなぞり、見えていない筈なのに何の迷いもなく駒を置いていく。
インクと紙の質感の違いで、彼女は地図を読んでいるのだろう。
一つ一つの事件の詳細を話し、駒を置き、また次の駒をと繰り返していく。
一通り駒を置き終えた彼女は一息吐き、そして神殿の場所を指差した。
「わたくしたちがいるのは、ここです」
「街を一望出来る位置なんだな」
ローグハンターはその事を確認し、剣の乙女は一度頷いた。
「はい。それが、どうかしまして?」
「……この神殿の一番高い場所はどこだ」
「?……裏の物見櫓でしょうか。そこからなら、遮蔽物もなく街を一望出来ますわ」
「そうか、登っても?」
「構いません。余り人は行きませんが、開放されているはずです」
ローグハンターはその事を確認し、そして満足そうに頷いた。
彼が何を考えているのかはわからないが、その彼は再び表情を引き締め、無言で地図を撫でると目を閉じた。
相手は邪教徒か黒魔術師、もしくはゴブリン。
襲われたのは一人で夜の街を歩いていた女性。
盗みに入られたのは、ちょうど家の持ち主たちが外に出ていた時間帯。
様々な要因を考え、切り捨て、組み込んでいく。
そして最終的にたどり着いた答えは、何だかんだでとてもシンプルなものだ。
彼は女魔術師に目を向けて小さく首を傾げた。
「魔術師、いいか」
「なんですか?」
問われた彼は苦笑して、余った駒を手元で弄っていた銀髪武闘家に目を向け、女魔術師に訊いた。
「俺とこいつを、信じてくれるか」
「もちろんです。一党に入れてもらった時から、信じています」
彼女の淀みのない答えに彼は満足そうに笑い、剣の乙女と神官に目を向けた。
「一着、神官服か何か余っていないか」
「余り、ですか?倉庫を探せば何着か見つかると思いますが……」
「なら良い。街の人たちに外出を控えるように言ってあるか?」
「神殿前の先触れに話させてはいますが、中々うまくは……」
「……不確定要素もあるのか。ならば━━」
彼は銀髪武闘家が弄っていた駒を奪い、それを街の一角に置いた。
「━━この区画で仕掛ける。守衛はこの地区に近づかせず、他の地区の見回りを強化してくれ」
街のとある区画を指し示した彼は、疑問符を浮かべる剣の乙女に目を向け、不敵に笑んだ。
「相手が見つからないのなら、相手から来てもらうだけだ」
「━━私は囮役、ですか」
彼の作戦を察した女魔術師が言うと、彼は再び確認を取った。
「無理にやれとは言わん。駄目ならこいつか、また他の作戦を練るさ」
その目には本気で心配している様子が現れており、彼も今も何か策を練っていることは確実だ。
だが、彼女は頷いた。
「大丈夫です。お二人の強さは、私もよく知っていますから」
そのセリフに銀髪武闘家は歓喜にうち震え、がっしりと女魔術師の肩を掴んで真っ直ぐ彼女の瞳を覗いた。
「任せといて、絶対守ってあげるから!」
「護衛は得意だ、安心してくれ」
二人はそれぞれ言うと、女魔術師は笑う。
「では、私の命、お預けします」
二人はその言葉にしっかりと頷き、ローグハンターが再び思慮を深める。
「そうと決まれば問題は衣装だな。在庫があるのなら、神官でいくか。それともこちらで用意して街娘でいくか……」
「神官服の在庫の確認行っとく?サイズが合わなきゃ動きずらいだろうしさ」
「そうね。大司教様、よろしいでしょうか」
「ええ、構いません。案内と、仕立てをお願いできる?」
先程の神官は頷くと、ローグハンターが顎に手をやりながら言う。
「……なら俺は、物見櫓を登ってみる。仕立てが終わって時間があれば、視察ついでに街に出るぞ。夕暮れ時になったら本格的に準備をしたいから、どこか空き部屋はあるか。この際懺悔室でも良いんだが」
彼の冗談混じりの言葉に、剣の乙女は苦笑しつつ言う。
「空いている部屋があるので、そこを使ってください。後程ご案内いたしますわ」
剣の乙女がそう言うとローグハンターは頷き、二人に目を向けた。
その意図を察した銀髪武闘家は頷いて、女魔術師と神官に声をかける。
「それじゃ、倉庫を見に行こ。私も神官服着てみようかな?」
「余り蔑ろにしない方がいいわよ?あの
「それもそうだね。キミ、また後でね」
彼女がそう言うと、神官に連れられて二人は礼拝堂を後にした。
残されたのはローグハンターと剣の乙女のみ。
彼は再び地図を眺めると「よし……」と呟いて立ち上がった。
「物見櫓は、一旦外に出てからか?」
「いえ、そこを曲がっていただければすぐですわ」
「わかった。では、また後ほど……」
彼はそう言うと礼拝堂を後にしようとするが、途中では立ち止まり、振り返ることなく言う。
「……あんた、夜は眠れているか」
「……大丈夫ですわ」
「なら良いんだが……」
それ以上詮索することはせず、彼は物見櫓を目指して歩き出す。
「………」
一人残された剣の乙女は自分の胸に手を当て、激しくなった鼓動を静めようと努める。
『ゴブリン』。それは彼女にとって、決して忘れられない魔物の名前だ。
法の神殿裏、物見櫓の屋根の上。
そこに立つローグハンターは街の地形を瞬時に叩き込み、自分が示した区間に目を向けた。
橋が複数と入り組んだ路地。敵が出てくるとすれば、どこからか。
そこまで考え、諦めたように息を吐く。
ここから見ていても仕方ない。実際に近くに行ってみないことには、対策も考えにくいだろう。
降りようと彼が下に目を向けると、狙ったかのような位置にそれはあった。
物見櫓の脇で、山になっている干し草。
なぜそこにあるのかは考えない。ただそこにあるのなら、使うだけだろう。
彼は周囲に目を向け、誰も見ていないことを確認してから
僅かな浮遊感の後に、重力に引かれて背中から干し草の山に落ちた。
彼はすぐさま転がり出ると体についた干し草を払い、なに食わぬ顔でその場を後にした。
陽が沈み、二つの月に照らされる水の街。
縦横無尽に走る運河は二つの月に照らされ、何とも不気味な光を反射していた。
そんな水の街を、たった一人で歩く少女がいた。
法の神殿の修道服に身を包み、赤い髪を夜風に揺らしている。
彼女━━女魔術師は小さく息を吐き、そっと上を見上げた。
彼女の視線の先にはフードを目深く被ったローグハンターと、黒い外套に身を包み、スイッチを入れた銀髪武闘家がいた。
二人は屋根の上に乗り、銀髪武闘家は彼女に目を向け、ローグハンターは周囲を警戒している。
そして、ゴーサインが出た。
彼女は小さく頷き、一人で歩き始める。
路地裏の闇を警戒し、道に積まれた箱の影を警戒し、時には背後も警戒する。
たった一人でこれをやっていたら、間違いなくおかしくなっていただろう。
だが、彼女は一人ではない。視界の上端を、二つの影が疾走しているのだ。
彼らは屋根から屋根へと跳び移り、時にはぶら下がったまま窓から窓へと移っていく。
自分も彼らのように動けるようにならなければならないのだから、頑張らねば。
その時、二つの月が雲に隠れ、辺り一面が急に暗くなっていく。
同時にローグハンターが足を止め、手で『止まれ』と合図をした。
銀髪武闘家も足を止め、屋根の上から女魔術師の周囲を警戒し、彼女に大丈夫だよと言うように手を振って見せた。
ローグハンターは耳を澄ませ、そしてそれを聞いた。
この五年で聞き慣れてしまった『下卑た笑い声』。つまり、彼女を狙っているのは━━。
彼は銀髪武闘家に目で合図を送ると、屋根から屋根へと跳び移り、女魔術師の視界から消える。
ただそれだけだというのに、急に強烈な不安にかられる中、彼女の横に伸びる路地の奥から何やら物音がした。
小さい何かが、懸命に足音を消しながら近づいて来ているのだ。
彼女はゆっくりとその路地に目を向け、それを見た。
闇の中に浮かぶ、一対の鈍く輝く瞳。それには獲物を見つけた悦びが浮かび、確実に自分を狙っていることに気づいた。
次の瞬間、その何かは上から襲いかかった何かに潰され、断末魔もなくその命を摘み取られた。
その時、風に流された雲が月の前から退き、再び辺り一面を照らす。
そして、彼女は確かに見た。
押し倒されて白目を剥いたゴブリンと、そのゴブリンの眼窩に短剣を、その首にバスタードソードを突き立てたローグハンターの姿だ。
彼はその二刀を引き抜き、腰に戻すと大きくため息を吐いた。
「━━明日になったら、あの大司教に話を聞くぞ」
だが、その裏に何かいるのも確かなことだ。
銀髪武闘家は女魔術師の横に降り立ち、彼女の肩に手を置き、ベタベタと触り始める。
「魔術師ちゃん、怪我してない?」
「大丈夫です。ちょっと、疲れました……」
「おんぶしてあげるから、ちょっと休みなさい」
「……はい、少し、お言葉に甘えます」
彼女がそう言うと、銀髪武闘家は彼女に背中を向けてしゃがみ、倒れこんだ体をしっかりと支える。
「面倒なことになりそうだな……」
彼はそう漏らし、二人に目を向けた。
余裕のありそうな銀髪武闘家と、疲労困憊の女魔術師。
━━動き出す前に休憩だ。あいつを万全にしてやらないと……。
頭目として、一党内の体調管理は基本中の基本だ。それを怠れば、間違いなく全滅する。
━━だが、あの大司教、何か隠していないか?
ふと、そんな事が脳裏によぎった。
だが、それを確かめる手段はない。とりあえず、目の前の障害を排除してからだ。
「とりあえず、お前は魔術師を連れて神殿に戻れ。ついでに待機している守衛も呼んできてくれ」
「わかった。気を付けてね」
「そっちこそ、気を抜くなよ」
彼らはそう口にして一旦別れる。
事が動き出すのは、月が沈んでまた陽が昇った時だ。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。