二日後の水の街、馬車の停留所。
陽が天上を僅かに過ぎた昼過ぎといった時間帯に、フードを被ったローグハンターはそこにいた。
建物の壁に寄りかかり、途中の店で買ったリンゴをかじりながら、馬車が来る度にそこから降りてくる人物に目を向け、目的の人物でなければすぐに視線を外す。
それを何度か繰り返し、リンゴが芯だけになった頃、ようやく彼らが水の街に降り立った。
真っ先に降りて来たのは、薄汚れた兜と革鎧を身に纏った彼の友人の一人。
彼と彼の一党━━いつもの四人だ━━は、停留所を見ていたローグハンターに気がつくと、人混みを避けながら彼の方へと近づいていく。
そして、彼の友人━━ゴブリンスレイヤーはいつものように話を切り出す。
「ゴブリンか」
「ああ、ゴブリンだ。それに、少々厄介なことになっている」
「そうか」
彼らは短くそのやり取りをすると、歩き出す。
彼ら二人に続く女神官は、見たことのない水の街の活気に、目をキョロキョロとさせていた。
そんな彼女に構わず、ゴブリンスレイヤーは彼に問いかけた。
「群れの規模はどうだ」
「大規模だ。船を使うほどには」
「船?船を使っていたのか?」
「ああ。だが粗末なものだから、まだ沈めやすい」
「そうか……」
街並みには一切目もくれず、淡々と報告をしていく。
フードを被った男と兜を被った男が並んで歩いているだけで、道行く人は皆道を開けてくれる。
そういう意味では、後ろの彼らは楽なものだった。
彼らの背中を眺めつつ、妖精弓手は大きくため息を吐いた。
「せっかく冒険に連れ出したのにそこにもゴブリン。水の街に呼ばれてきてみれば、またゴブリン……」
「前の遺跡は、お主がゴブリンがいそうな場所を選んだからじゃろうが」
「そうだけどさ……」
鉱人道士のツッコミに耳を垂らし、再びのため息。
蜥蜴僧侶は目をギョロリと回し、前を歩くローグハンターに問いかけた。
「して、斥候殿。ゴブリンの親玉は何と見る」
「わからん。邪教徒辺りと目をつけているが━━」
彼はそこで言葉を区切ると、一瞬言葉を選んでから続きを口にする。
「━━おそらくバカだな。下水道には
「……沼竜。拙僧の親戚にはそのような
「別に襲わないように説得してくれとは言っていないが……」
「襲われたのか」
二人の会話に割り込む形で、ゴブリンスレイヤーがそう問いかける。
ローグハンターは頷き、その時の事を思い出す。
「あれが住み着いていたら、
「進むときは、出来る限り水路を避けたほうが良さそうだな」
ゴブリンスレイヤーは様々な思慮を深めながら、さらに訊く。
「遺跡に罠の類いはあったか」
「見た限り無かったが、あるだろうな。間違いない」
「そうか。一度神殿についたら、別れるぞ」
「む、何かあったのか?」
彼の突然の提案にローグハンターが首を傾げると、彼は一度頷いた。
「念のため買い物に行く。準備を怠るわけにはいかん」
「そうか。まあ、一度神殿だ。あいつらと、依頼人に挨拶をしておけ」
「わかった」
先頭の二人が話を終えると、女神官がローグハンターに声をかけた。
「あの、ローグハンターさん」
「ん、どうかしたか」
頭だけで振り返り彼女の方を向く。
女神官はさも当然の事を訊いた。
「その依頼人の方は、神殿の神官なのですか?」
「神官。神官と言われればそうだろうな」
彼は何かを含んだ声でそう言うと、女神官は首を傾げた。
数分後、依頼人である剣の乙女に出会った彼女が、顔を真っ赤にさせながら彼に掴みかかったのは仕方のないことだろう。
ゴブリンスレイヤーたちと合流し、初めての地下水道の探索を開始する。
ゴブリンスレイヤーの提案で、まずは群れの頭目を押さえるという方針に決め、戦闘は極力避けるということとなった。
いざ出発という時に、妖精弓手はゴブリンスレイヤーの腰元に目を向けた。
ローグハンターがランタンを下げるそこには、布を被った小さな籠がぶら下がっている。
布の隙間からは、淡い若草色をした小鳥が顔を覗かせる。
「……
「そうだ」
彼女の問いかけにいつものように答え、左手に持った松明に火をつける。
「……なんで、金糸雀?」
「金糸雀は僅かな毒気をも感知して、騒ぐ」
「確かに、吸ってからでは遅いか……」
ローグハンターは顎に手をやり「俺も考慮するべきだったな」と真剣な表情で付け足した。
ガスマスクがあるとはいえ、吸ってからでは手遅れになる時もあるだろう。
銀髪武闘家は熱心な彼に苦笑して、籠手の具合を確める。前に使っていたものよりだいぶ良いものだが、また砕けるかもしれない。
女魔術師は制作した地図を蜥蜴僧侶へと渡し、受け取った彼は何度か頷いた。
「ふむ、なるほど。よく作られておりますな」
「後はお任せします。そちらのほうが馴れていそうですから」
「承知した。では、参ろうか」
蜥蜴僧侶の号令に皆が頷き、そして進み始める。
ローグハンターたちが作り出した新品の地図は、行き止まり、崩れた橋、潰れた通路などが事細かに描かれ、彼らの進むペースを自然と上げてくれる。
ゴブリンを避けながら、ひたすら奥━━この場合は上流か━━を目指し、水路の脇を通る時には、沼竜との
ローグハンター、妖精弓手の二人が警戒しつつ先導し、早くも地図の末端となった頃、通路の雰囲気が一変した。
ただの石造りの水路は、壁画の施された歩廊へ。
苔の生えた床石が、朽ちかけの大理石へ。
流れる水も、汚水から清水に。
ローグハンターはタカの目を通し、その壁画を見た。
その奥に隠された本当の物語を教えてくれるかとも期待したが、そうではないようだ、
「……下水道から遺跡になったな。頭目も近いか」
彼が言うと、壁を調べていたゴブリンスレイヤーがそれに気づき、「む……」と声を漏らした。
「煤の痕がある。随分と昔に、松明がかけられていたようだ」
彼がそう言うと、蜥蜴僧侶が爪で壁画をかりかりと引っ掻き、その全貌を眺めんとしていた。
その壁画に表されているのは、統一感のない装備に身を包んだ、この世界に生きる
勇敢なる兵士、戦士たち、というわけではないだろう。
装備に統一感が無さすぎる。
その事を考慮して、蜥蜴僧侶は鼻先を舐め、顎を擦る。
「……傭兵か、あるいは冒険者か。はてさて……」
「この辺りも、ずいぶんドンパチやっとったそうだからのぉ」
鉱人道士がその壁画を指でなぞり、風化した塗料を調べると、髭をしごいた。
「四、五百年よりも前のもんかの、こりゃ……」
女神官は壁画を見渡し、そして何かに気づいた。
朽ちかけだが、かつては美しかったであろう通路。冒険者たちと思われる壁画。清らかな水がすぐそばを流れている。
聖職者である彼女がよく知る場所の雰囲気に、よく似ているのだ。
「━━……お墓、でしょうか」
彼女には、この場所がそうとしか思えなかった。
秩序の名のもとに集い、戦い、散っていった人々の墓場。
女神官は多くの先達を悼むようにひざまずいて、両手で錫杖にすがった。
祈りを捧げる彼女の横には女魔術師と妖精弓手が、何かがあれば即援護に移れるように目を光らせる。
ローグハンターは壁画を撫でる銀髪武闘家に目を向け、再びその壁画を眺める。
「━━猛き者も終には滅びん……だったか」
「今は関係のないことだ」
彼の呟きをゴブリンスレイヤーはばっさりと切り捨て、ゴブリンの気配がないと判断すると再び歩き出す。
相変わらずの彼の反応に肩をすくめ、彼の後に続き、そのまま追い越した。
「あ、待ってよ~」
銀髪武闘家が二人を追いかけ、一党の面々も彼等に続く。
壁画に刻まれた、フードを被った戦士のことにも気づかずに━━━。
地下墳墓をさらに進み、地図の範囲を広げていく。
先程までとはうって変わり、道は複雑に捻れ、折れ曲がり、分岐を繰り返す。
不用意に踏み込んでいれば間違いなく迷い、陽の目を見ることなく、そのままのたれ死んでいたことだろう。
地図を作成する蜥蜴僧侶は、僅かに苦戦しながらも確かに作業を進めていく。
そして、彼らがぶち当たったのは重厚な扉だった。
黒檀に金枠をはめたその扉は、朽ちかけの周囲に比べて異様なほどしっかりとしていた。
ローグハンターはタカの目を通し、その扉が僅かに『緑色』に光っていることを確認する。
緑色は魔術の輝きだ。いつ頃からか、赤、青、金、白、無色で表されていた視界に映るようになった色。
武器や防具に魔力が込められているかどうか、すぐに判別できるというのも大きいが、魔術師の攻撃を感知しやすいというほうが、彼にとっては重要だった。
この扉が魔術でもって守られていることを知り、彼はため息を吐き出す。
見れば鍵穴が錆びているが、それ以外は立派な扉だ。
彼は針金で軽く鍵穴を探り、鍵がかかっていない事を確める。
「開いているな。罠が仕掛けられた様子もなく、グレネードなら撃ち抜けるか……」
彼はそう言うと、視線を横に向けて闇の奥を睨み付けた。
先程から喧しいほどに響く下卑た笑い声。
うまく避けてきたつもりだったが、自分達をゴブリンが見ているということだろう。
彼が無言で闇を睨むということは、そこに敵がいるという証拠だ。
彼らもそれをわかっているため、警戒を強める。
ローグハンターは腰の剣に手をかけ、ゴブリンスレイヤーに目を向けた。
入れば間違いなく戦闘になる。だが、中には重要な何かがあるかもしれない。
ゴブリンスレイヤーは僅かに思慮し、「入るぞ」と短く宣言した。
ローグハンターは頷くとその前を退き、銀髪武闘家に目を向ける。
彼女は足首を回しながら頷くと長く息を吐き、助走をつけて豪快な後ろ回し蹴りを扉に叩き込む。
蹴りの勢いのまま扉が開け放たれ、ローグハンターとゴブリンスレイヤーを先頭に雪崩れ込む。
全員が突入したところで、鉱人道士が扉の下に楔を打ち込む。
部屋は割りと広く、中には棺と思われるものがいくつも並んでいた。
ローグハンターはタカの目で室内を睨み、そしてすぐにそれを見つけた。
棺の一つが、白く光って見えるのだ。
他の棺には何も反応しないのだから、その棺だけに何かがあるのだろう。
「蜥蜴人、右手一番奥の棺、開けられるか」
「承知。斥候殿は後ろを」
「ああ。武闘家、ゴブリンスレイヤー、入口を頼む」
「任せといて」
「ああ」
ローグハンターの号令で動きだし、蜥蜴僧侶と彼は件の棺の前へ。
アサシンブレードを抜刀、蓋と箱部分の隙間に差し込み、ぐるりと一周。
罠がないことを確認し、蜥蜴僧侶と二人で蓋の縁に手をかける。
「いくぞ……」
「いつでも」
ローグハンターが「せーのっ!」と合図し、同時に力を入れて棺の蓋を無理やり動かす。
石が擦れる音と共に、少しずつその中を露にする。
「ほお、これは……」
「階段、か」
中に納められていたのは先人の遺体でも、名のある武器でも、満杯になるまで詰め込まれた宝でもない。更なる闇へと続く階段だった。
二人は顔を見合せ、互いに肩をすくめた。
ゴブリンに監視されている状況で、さらに奥へ進むというのは無理があるだろう。
戻るにしても、待ち受けているであろうゴブリンの群れをどうにか掻い潜らなければならない。
さて、どうしたものか。
二人が一党を集め、話し合おうとした時だった。
『GOROGRGOBRGOBRGOBR!!!!』
地下墳墓のどこからか、ゴブリンと思われる咆哮が響き渡った。
耳の良い妖精弓手は耳を押さえてうずくまり、入口を守っていた銀髪武闘家とゴブリンスレイヤーは、その後にそれを見た。
闇の奥に浮かび上がる、いくつもの鈍い輝き。
そして、それらとは一線を画する存在感を放つ巨大な影。
それらが、全力疾走でこちらに向かってきているのだ。
ゴブリンスレイヤーは舌打ちをすると、銀髪武闘家と共に部屋の中に戻る。
蜥蜴僧侶とローグハンターは棺の蓋を再び閉じ、退路であると同時に敵の侵入路でもあるそれを塞いでいた。
これで退路はなくなったが、背中を気にしないでいいというのは好都合だ。
この部屋で、迫り来る大量のゴブリンをどうにか迎え撃たねばならない。
ふと、ゴブリンスレイヤーはローグハンターに目を向けた。彼のグレネードには、同士討ちを誘うものがある。
次に女神官へと目を向けた。彼女には壁の代わりとなる『
ならば、やることなぞ一つだろう。問題は、妖精弓手に後で何か言われる程度か。
彼は耳を押さえて立ち上がった妖精弓手に目を向け、念のため断りをいれる。
「緊急事態だ、少し約束を破るぞ」
「え?なに!何て言ったの!?」
軽く耳をやられている彼女から視線を外し、指示を出す前にエアライフルを構えるローグハンター、怯えながら錫杖を両手で握る女神官に目を向ける。
そして、いつもと変わらない声音で仲間たちに告げた。
「━━何の問題にもならん」
その一言に彼らは笑み、各々の得物に手をかける。
「ね、ねぇ!何するつもりなのよ!?」
いまだに耳がやられている妖精弓手を除いて━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。