ローグハンターたちは退路のない一室に陣取り、闇の奥から迫り来るゴブリンを睨む。
ゴブリンスレイヤーは女神官に合図を出し、彼女は錫杖を握り直し、優しき地母神に祈りを捧げた。
「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》!」
彼女の真摯なる祈りに答え、『
不可視の壁が部屋を横断し、彼らと迫り来るゴブリンたちとの間に立ちはだかる。
妖精弓手は弓の弦の調子を確認し、矢をつがえ、闇の奥へと向けて放つ。
闇の奥から断末魔の声が漏れ、一拍遅れて倒れた音が続いた。
そして、ついに奴らは現れた。
不気味な緑色の肌の上には、雑でありながら鎧が身に付けられ、手にも雑でありながら生物の命を容易く奪う武器が握られている。
彼らの表情は醜悪な悦びに染まり、ローグハンター一行の女性陣に向けられている。
女神官と女魔術師、妖精弓手は僅かな怯えと共に身構えるが、銀髪武闘家だけは凛としていた。
彼女の隣にはエアライフルを構えたローグハンターの姿。彼がいる限り、彼女の心が折れることはないだろう。
ゴブリンどもの第一陣がローグハンターたちに飛びかかり、
「━━GOBR!?」
その全てが『聖壁』に衝突した。
個体によってはそれで鼻がへしゃげ、早くも血を流しはじめる。
それはまだ運がいいほうだろう。倒れた拍子に後続の仲間たちに踏み潰され、その体をぼろ雑巾に変えられる個体さえいるのだから。
後続のゴブリンたちはそんな無様な奴を嘲笑い、不可視の壁をどう突破しようかと考え、変な筒をこちらに向けるフードの男に気づく。
ローグハンターは口元に笑みを浮かべ、グレネードを放った。
僅かに弧を描いて飛ぶそれは、群れの中央、部屋の入口まで飛び、ゴブリンの頭に当たって弾けた。
中に充填されたガスが、霧となってゴブリンたちを包み込み、そして、混沌の様相を生み出した。
「GOBRGOBR!!」
「GRRBGOBR!!」
意味不明な叫びと共に、ゴブリンどもは横にいる
時には抵抗され、傷をつけられて尚も暴れ続ける。
仲間に頭を叩き割られ、その叩き割ったゴブリンの腹が裂かれる。
まさに地獄。断末魔と雄叫びが入り交じり、地下墳墓に響き渡る。
聖壁に守られたゴブリンスレイヤーたちは、その光景を眺め、その表情を僅かに歪める。
目の前で凄惨な殺しあいを繰り広げられて何も思わないのは、それこそゴブリンだけだろう。
ローグハンターは次々とバーサークグレネードを放ち、様子を伺う。
「これである程度は減るだろう。残りは直接叩くしかない」
「十分だ。『聖壁』を張り直し次第、飛び込むぞ」
ゴブリンスレイヤーはそう言うと、錫杖を掲げる女神官に目を向けた。
奇跡を使うにしても、彼女が呼吸を整える時間が必要だ。
時間にして数十秒。その間に、ゴブリンが雪崩れ込まないように抑えなければならない。
前衛をこなせるのは、ローグハンターをはじめとした四人。その四人が全員突撃したとして、後衛は誰が守るのか。
鉱人道士が腰の手斧を振り回せば、牽制程度にはなるだろう。
妖精弓手も、最低限なら捌ける筈だ。
黒曜級二人、特に作戦の要である女神官を守らねば、その時点で間違いなく全滅する。
ゴブリンスレイヤーは蜥蜴僧侶に目を向け、彼に告げる。
「『竜牙兵』の用意だ。二人を守らせろ」
「承知!《
蜥蜴僧侶が詠唱を言い切ると共に床に置いた触媒━━彼の父祖たちの牙だろう━━が、みるみるうちに形を変え、骨の竜となった。
それとほぼ時を同じくして、ついにそれが姿を現す。
「GOORGGOBR!!!」
ゴブリンにしてゴブリンを超えた怪物━━
かつて牧場に現れた個体たちよりも、はるかに強い気迫を放っている。
チャンピオンは群がってくるゴブリンを蹴散らしながら、確実に距離を詰めてきている。
ローグハンターはエアライフルにスリープダートを装填し、構え、引き金を引く。
音もなく放たれたダートは、チャンピオンの鼻先に突き刺さるが、
「━━!GOBRGOBR!!!」
「む、流石にチャンピオンまで来ると効果無しか」
一瞬だけしか効果を示さなかった。
グレネードで大量に吸わせればいけたかもしれない。だが、今それを撃ってしまうと、周辺のゴブリンを巻き込み、バーサークグレネードの意味が無くなってしまう。
彼がエアライフルを背中に戻したとほぼ同時に、不可視の壁が揺らぎ始めた。
見れば、女神官は呼吸を荒くしながらも、必死に錫杖を掲げている。
「一度切れ。息が整い次第、また張れ」
「は、はい……!」
ゴブリンスレイヤーの指示に彼女は苦しそうに頷き、錫杖を降ろした。
同時に不可視の壁が消え、彼らとゴブリンを隔てる壁がなくなる。
だが、ゴブリンの数がだいぶ減っていること、そしてバーサークグレネードの効果で同士討ちが続いていることが重なり、雪崩れ込んでくるという事態は避けられた。
問題はチャンピオンだ。今のダートが相当癪だったのか、その顔を憤怒に歪めてローグハンターを睨んでいる。
ローグハンターは腰の剣を右手に、短剣を左手に握って抜刀。力を抜いた自然体で構える。
「行くぞ、俺は左からだ!蜥蜴人、合わせろ!」
「承知した!大いなる父祖よ、我が戦働きをご覧あれ!」
「わかった、私は右。ゴブスレ、行くよ!」
「ああ、ゴブリンどもは皆殺しだ……!」
それぞれが怒鳴るように声をかけあい、左右に別れて突撃する。
駆け出したローグハンターは、正面の二体の首に得物を突き立て、そのまま押し倒す。
「二つ……!」
引き抜くと同時に飛びかかってきたゴブリンをバツ字に切り裂き、その流れで横のゴブリンの頭蓋に剣を叩き込む。
「四。……チッ!」
頭蓋にめり込んだ剣を手放し、足元の斧を蹴り上げて右手で取る。
「イィィィヤッ!」
「三つ、四つ!」
「こんの!」
他の三人も順調にゴブリンを狩り、相手の数を確実に減らしていく。
「GOBRRRR!!」
「!狙いは俺か」
チャンピオンの大上段からの振り下ろしを転がって避け、代わりに四匹のゴブリンが潰された。
「息、整いました!」
『竜牙兵』に守られていた女神官の叫びに、ローグハンターを除いた前衛3人が跳ぶように下がる。
その間にもローグハンターはチャンピオンの乱打を掻い潜り、周囲のゴブリンを巻き込むことで殺していく。
『聖壁』が張り直されたのは、前衛三人が無事に戻ったこととほぼ同時。
取り残されたローグハンターとチャンピオン、取り巻きのゴブリン。
部屋の半分を覆い尽くさんと向かってきたゴブリンの群れも、いつの間にか数えられる程度にしか残っていない。
チャンピオンは知っている。目の前のフードの男がこの事態を生み出したことを。あの背中の筒が、この事態を生み出した道具だと。
「GOBRGOBRRRR!!!」
「………」
怒りに任せて吼えるチャンピオンと、雑なつくりの斧を片手に無言を貫くローグハンター。
ゴブリンたちも聖壁の向こうにいるゴブリンスレイヤーたちを警戒しつつも、ローグハンターの周囲を囲む。
銀髪武闘家が援護に向かおうとした瞬間、彼はそれを手で制し、懐から手のひらサイズの球体を取りだし、床に叩きつけた。
破裂音と共に煙が吹き出し、『聖壁』の向こう側を覆い隠す。
彼が使ったのは『煙幕』だ。効果は単純、無害な煙を発生させるだけだ。
『聖壁』の向こう側は完全に煙が充満し、ローグハンターやチャンピオンの輪郭すら見えない。
だが、その中からゴブリンたちの困惑し、怯えた声、そして断末魔が発せられていることは確かだ。
だが、一寸先も見渡せない煙の中では?
夜目が利くほとんどの種族も、煙の中では何も見えない。
そこに秩序の勢力も混沌の勢力も関係のない、ただひとつの事実だ。
だが、物事には必ず例外というものがある。この場合は、たった一人の只人の存在だ。
妖精弓手だけが、それに気づいた。
尾を引く蒼い光が煙の中を駆け抜け、ぶれると同時にゴブリンの断末魔が上がり、流れるように再び移動する。
彼女はその光がローグハンターの瞳が放つものだと知っている。
その光を放つ瞳が、全てを隠す煙の先さえも見透せることはまだ知らないのだろう。
「GOBRGOORGGOBR!!!!」
必死に煙を掻き分けて敵を探すチャンピオンは、ついに駆け回る人影を捉え、醜悪に笑いながら吼え、棍棒を振り降ろした。
響き渡ったのは床が砕けた粉砕音と、肉が潰れる音、そして━━、
「がぁっ!」
彼の断末魔。
「……え」
銀髪武闘家が力の抜けた声を漏らした時、煙が晴れた。
振り降ろされた棍棒の先には血溜まりができ、彼の纏っていた衣装の端が覗いている。
チャンピオンは醜悪に笑み、その棍棒を持ち上げた。
肉と骨の欠片がこびりつき、その一部を赤黒く染め上げ、鮮血が床に床へと垂れる。
棍棒に張り付いていた彼の衣装も落ち、床の血溜まりに浸かる。
「嘘、でしょ……?」
銀髪武闘家の目から覇気が無くなり、膝をついた。
チャンピオンは棍棒についた血を撫で、彼女に向かってその血を飛ばした。
その血は『聖壁』に阻まれ、彼女に届くことはない。
ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶は無言で頷きあい、『聖壁』の向こう側へ。
鉱人道士が触媒を掴み、妖精弓手は矢をつがえた。
聖壁を張り続ける女神官はぎゅっと錫杖を握り、祈りを続ける。
女魔術師は優しく銀髪武闘家の背をなで、杖を握る手に力を込めた。
チャンピオンは醜悪に笑い、敵一人一人に目を向ける。
数は向こうが上だが、自分が負けるとは思っていないのだろう。
まず男は殺す。仲間がほとんど殺されてしまったから、女たちには死ぬまで孕ませ、生ませ続けてやる。
チャンピオンは目の前の敵たちにだけ目を向けていた。自分の後ろの壁を、音もなく登っていく影には気づいていない。
「GOORG、GOBRGOBR!!」
チャンピオンは再び吼え、彼らを威圧する。
彼らは構え、チャンピオンと対峙した。
前衛の二人と耳の良い妖精弓手の三人だけが気づいているが、構えたのは戦うためではない。
チャンピオンの注意を自分たちに向けるため。ただそれだけだ。
壁をよじ登った影は大きく息を吐き、窪みに足をかけ、思い切り跳んだ。
そして、チャンピオンの肩に着地する。
「GOBR?」
チャンピオンは肩に乗ってきたその何かに目を向け、それを見た。
自分の眼球に突きつけられた、短い筒。
チャンピオンが不用心にその中をじっと覗いた瞬間、爆音と共にその視界が白く染まった。
恐らく、チャンピオンは何をされたのかわからなかっただろう。
その何かはピストルの銃口をチャンピオンの眼球に突きつけ、引き金を引いたのだ。
放たれた弾丸はチャンピオンの頭部の半分を文字通り吹き飛ばし、昏倒させた。
倒れたチャンピオンの体はビクビクと痙攣を繰り返し、微かにだが息があるようだった。
その何か━━ローグハンターは発砲したピストルをジャグリングよろしく一回転させ、次弾を装填するとホルスターに押し込んだ。
いつも着ている衣装は脱ぎ捨てられ、その下に着こんだ唯一の防具である革のベストが剥き出しになっている。
彼はホッと息を吐いてアサシンブレードを抜刀、チャンピオンの脳髄に突き刺し、必要以上にかき回す。
チャンピオンは一度大きく体を跳ねさせると白目を剥き、完全に動かなくなった。
呆気なさ過ぎる決着に彼は息を吐き、ゴブリンの血に濡れた衣装を手に取り、その表情をしかめた。
煙の中で殺したゴブリンの死体を一ヶ所に集めておき、晴れそうになったタイミングでその上へ移動。
後は衣装を脱いでその上に置き、棍棒をギリギリで避けただけだ。
父から譲られた大切な衣装が大変なことになってしまったが、服は直せるし洗える。
彼は衣装をどうするか数瞬迷い、ため息を吐くと腰に巻き向けた。
こんなゴブリンの血にまみれた服を着ることはないだろう。
「あ~、無事か?」
彼は銀髪武闘家に目を向け、申し訳なさそうにしながらもそう口にした。
その一言で気が緩んだのか、『聖壁』が解除される。
女魔術師が彼に向けて僅かに批判的な目を向けるなか、俯いていた銀髪武闘家が籠手を外しながら立ち上がり、とぼとぼと近づいていく。
ローグハンターは苦笑し、彼女を迎え入れようと両腕を広げ、
「こんのバカァッ!!」
「お゛う゛ッ!━━━………」
渾身の正拳突きが鳩尾に叩き込まれた。
息が出来なくなった彼は鳩尾を押さえながらうずくまり、息をしようと必死に口を開閉させている。
その流れを見ていた一党たちは仕方ないと肩をすくめ、部屋の外や棺の影に打ち漏らしがいないかを探る。
先程ので打ち止め、後は遺跡のどこかに残党がちらほらといるかどうかと言ったところだろうか。
ゴブリンスレイヤーはゴブリンの死体に剣を突き立て、本当に死んでいるかを確かめる。
チャンピオンに潰され、ただの肉塊や肉片となったゴブリンや、体が半ばから無くなっているゴブリンは、もはや確かめるまでもない。
ゴブリンスレイヤーは大きく息を吐き、問題の階段の隠された棺に目を向ける。
いるとすれば、その奥だろう。
呪文の
幸い、大きく消耗しているのは女神官だけだ。その彼女はあと一度使え、他の術士三人にも余裕がある。蜥蜴僧侶の出した竜牙兵も健在だ。
ローグハンターはまだ倒れているが、すぐにでも立ち上がるだろう。
蜥蜴僧侶はゴブリンスレイヤーの隣に行き、地図を見せた。
「小鬼どもの頭目がそのチャンピオンだったのなら、後は各個撃破するだけですな」
「ああ。だが、階段の先にまだいるかもしれん」
蜥蜴僧侶はその一言に頷き、ローグハンターに目を向けると、舌先を舐めて苦笑した。
彼は荒れた息を吐きながら立ち上がり、大きく深呼吸をして、銀髪武闘家を睨んでいる。
彼女も彼女で不機嫌そうにしているが、彼が生きているとわかったからか口角が上がっていた。
ゴブリンスレイヤーは一度頷き、ローグハンターに声をかける。
「行けるか」
「……ああ、大丈夫だ」
落ちていた剣を拾い上げ、軽く改めると、腰のベルトに吊るす。
ゴブリンスレイヤーは頷き、件の棺の前に向かった。
蜥蜴僧侶と『竜牙兵』が棺の蓋に手をかけ、一息でそれを退かして見せた。
相も変わらず、階段の先には冒険者を呑み込もうとする闇が広がっている。
彼らは頷きあい、ローグハンターと妖精弓手を先頭にその闇の中へ。
その先に潜む者の存在を知ることもなく━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。