途中で遭遇するゴブリンの残党を片付けつつ奥へと進んだローグハンター一行は、最後の部屋を見つけて一様に困り顔を浮かべていた。
女神官が通路の影から顔を出し、その部屋を眺める。
石から彫り出された長椅子が並び、奥には祭壇。一見礼拝堂を思わせる雰囲気があるが、異様なものが二つ。
「……鏡、でしょうか」
「それもあるが、その手前の球体は何だ」
女神官の言葉に、同じく部屋を覗きこんだローグハンターが顎を手をやった。
壁に埋め込まれた大きな鏡と、部屋の中央に浮いている人の背丈ほどある謎の球体。
鏡のほうは、石を放られた水面のように波紋が走り、写すものを奇妙に揺らめかせる。
球体のほうは、特に動く気配はない。ただ静かに、浮いているだけだ。
タカの目では敵の反応がある。だが、襲ってこない。寝ているのか、こちらに気づいていないのか。
ローグハンターは引っ込んで思慮を開始し、代わりに妖精弓手が見張りについた。
気になるのか、女神官はじっとその鏡を見つめている。
「とりあえず、あの球体を調べないとな。竜牙兵をぶつけるか」
ローグハンターは蜥蜴僧侶の後ろに控える竜牙兵に目を向け、そう提案した。
敵であることに変わりはないだろうし、あれには近づくなと本能が告げている。
蜥蜴僧侶は一度頷き、竜牙兵に目を向けた。
「ここまで頑張ったのだ、最後に一つ頼むとしよう」
彼の一言に竜牙兵は無言で頷き、部屋を覗いていた二人の脇をそっと通りすぎ、その球体に向かって歩き出す。
一歩二歩と問題なく進み、部屋に足を踏み入れた瞬間、その球体が動き出した。
球体に一筋の線が浮かび上がり、それが開いた。
「BE!!!」
それは目だった。それをギョロリと動かし、遅れて口と思われる部位が開いた。
肉食の猛獣のように鋭い牙が生え揃い、噛みつかれれば、間違いなく食いちぎられるだろう。
その目玉は竜牙兵を見つけると、その体から幾本もの触手を生やし、その全ての先端に張り付いた眼球を向けた。
次の瞬間、目も眩まんばかりの閃光が放たれた。
それに晒された竜牙兵の体は一瞬で融かされ、後には焼き焦げ以外に何も残らない。
「あの触眼は『
蜥蜴僧侶は奇妙な手つきで合掌し、横のローグハンターは瞑目して、
「……まあ、良いやつだったよ」
そんな事をぼやいていた。
女魔術師がそっと顔を覗かせ、目玉の怪物に目を向ける。
怪物の眼球とばっちり目が合ったが、仕掛けてこない。
「部屋に入らないと、手を出して来ないようね」
「あの真ん中の目ん玉が何を出来るかじゃな。触眼が『分解』ときて、真ん中は飾りなんてことはないじゃろ」
鉱人道士が髭をしごいてそう言うと、ゴブリンスレイヤーは顎に手をやった。
今の装備であの怪物を仕留めるには、どうするか。
だがまずは相手の手を知らねばならない。口はともかく、本体の目からも何かしらの術が放てる筈だ。
ならば、目潰しをすることが第一だろう。視界を潰せば、多少の時間稼ぎになる筈だ。
ローグハンターはそっと顔を出し、タカの目で目玉を睨んだ瞬間、ばっちりと目が合った。
その時、目玉はその眼を一瞬細め、一気に見開く。
その瞬間、不可視の何かに殴られたのか、ローグハンターの体が弾き飛ばされた。
背中から床に叩きつけられた彼は、震える手で目を押さえる。
銀髪武闘家が慌てて駆け寄り、目玉の死角へと引きずり込むと、彼の手を退かしてその目を覗いた。
両目共に真っ赤に充血しており、その瞳は焦点が合わないのか、朧気に揺らいでいる。
「だ、大丈夫!?ちょっと、返事してよ!」
抱え起こした彼の体を前後に揺さぶりながら言うと、ローグハンターはしっかりと彼女の腕を掴み、そして彼女の頬に触れながら告げた。
「参ったな。よく見えん……」
「嘘!?」
銀髪武闘家をはじめ、驚く一党たちの様子を知ることなく、一番重症である筈の彼は構わず続けた。
「俺の目は術ではないんだが、『
視力の低下という死活問題を抱えながら、あくまで冷静に状況を整理する。
焦点の合わない視線を巡らせ、朧気に見えるゴブリンスレイヤーに目を向けた。
「何か目潰しの類いはないか。あれをやられると、魔術も放てんぞ」
「ああ、手はあるが……」
ゴブリンスレイヤーは女神官に目を向けたが、ローグハンターが先に待ったをかけた。
「治療は後だ。上に戻ってからで構わん」
「で、ですけど……」
女神官がそれでも治療しようと考えたが、ローグハンターがそんな彼女を睨んだ。
「優しさは長所だが、向ける状況を考えろ。今は怪我人を助けるよりも、あの目玉だ」
「目玉目玉って、何か名前でも決める?」
銀髪武闘家は彼が一向に手を離さないことに気づきつつ、それは指摘せずに話題を逸らした。
蜥蜴僧侶が顎に手をやり、「ふむ……」と呟いて人差し指を立てた。
「では、
「まず目を潰す。それに関しては手がある」
ゴブリンスレイヤーは雑嚢から卵を取り出した。
何かが中に詰まっているのか、後付けした蓋のようなものが被せられている。
ローグハンターは見えてはいないだろうが頷き、朧気に見える女魔術師、妖精弓手に目を向けた。
「部屋に入ると仕掛けてくるのなら、入らなければいい。頼むぞ」
「ああ。遠距離から殺せるまで打ち続けろ。足りなければまた目を潰す」
銀等級二人の言葉に、女魔術師はぎゅっと杖を握り直しながら頷き、妖精弓手は弓の弦を張り直す。
「言うだけで、俺は何もできんな……」
ローグハンターは肩をすくめ、腰のピストルに手を添えた。
先ほどのことで、一党内にその威力は知れている。使えればもっと楽だったことだろう。
ゴブリンスレイヤーは顎に手をやり、ローグハンターの一党の二人に目を向けた。
「どちらかが使える、というわけではないのか」
女魔術師は首を残念そうに頷き、銀髪武闘家も申し訳なさそうに頷いた。
「私は教えてもらっていません」
「私は使い方はわかるんだけど、下手くそで……」
ローグハンターは僅かに首を傾げ、先ほどから掴んだままの腕の先にいる銀髪武闘家に目を向けた。
「照準合わせまでならいける筈だよな?」
「え、うん。手が震えちゃって狙い通りに飛ばないよ?」
「撃つのは俺がやる。狙いだけ定めてくれ」
彼はそう言うと彼女から手を離し、二挺のピストルを手に持った。
装填は済んでいるし、再装填も問題ない。
銀髪武闘家は頷き、彼の隣に並んで肩に手を置いた。
遠距離攻撃をありったけ叩き込む。
作戦なんて、だいたいそんなものだろう。
ゴブリンスレイヤーは立ち上がり、攻撃役である女魔術師、妖精弓手、銀髪武闘家、そして最後にローグハンターに目を向けた。
「━━やるぞ」
その言葉に四人が頷いたのはほぼ同時。
彼らも続いて立ち上がり、壁に体を隠しながらも大目玉を狙える位置を陣取る。
ゴブリンスレイヤーは彼らが位置についた頃を見計らい、先んじて煙幕を投げて大目玉の視界を塞いでから、続けて卵を投げた。
卵は大目玉に当たって割れると、その中身━━すり潰した唐辛子と長虫の粉末━━が飛散し、大目玉に襲いかかる。
いくら魔物といえど、必ず痛覚はある。ゴブリンスレイヤー手製の『催涙弾』は、確かに通用した。
大目玉は理解不能な叫び声と共に仰け反り、彼らから視線を外した。
瞬間、冒険者たちの攻撃が次々と突き刺さる。
矢、矢、鉄球、鉄球、とどめに『
大目玉は痛みを耐えて無理やり視線を入り口に向けるが、そこには誰もいなかった。
大目玉が周囲を見渡し、冒険者を追い返せたと安心した瞬間、再び炸裂する催涙弾。
再び仰け反り、矢、矢、矢、鉄球、鉄球、『
大目玉はそれをどうにか耐え、再び冒険者を探すが、見当たらない。
「BE!!」
物陰から飛来してきた何かを触眼から『分解』を放って防いで見せるが、瞬間広がったのは大量の煙。
視界を塞がれた大目玉に催涙弾が投げつけられ、再びの目潰し。
矢、矢、矢、矢、鉄球、鉄球、矢、矢、矢、鉄球。
視界の回復、催涙弾、攻撃。大目玉は死ぬまでそれを続けられ、ついに事切れた。
道具の消耗は激しかったが、まだ良いだろう。
蜥蜴僧侶とゴブリンスレイヤーが警戒しつつ中へと入り、大量の矢と鉄球で体を貫かれ、体の二ヶ所が焼け焦げた大目玉に各々の得物を突き立てた。
大目玉は一度ビクンと跳ね、ついには動かなくなる。
二人は頷きあい、ゴブリンスレイヤーが後続に手で合図を送った。
合図を受けた彼らは部屋に雪崩れこみ、妖精弓手が入り口を警戒、ローグハンターは銀髪武闘家に引っ張られるがまま、長椅子の一つに腰かけた。
「それで、大丈夫そう?」
「少しだけだが、見えるようになってきた……」
彼はそう呟き、不器用に笑ってみせた。
おそらく、不安なのだろう。いきなり目が見えなくなるのは、これ以上ない恐怖の筈だ。
彼を気にかけながら、ゴブリンスレイヤー、蜥蜴僧侶、女神官、女魔術師の四人は、部屋に残された鏡の前に向かった。
鏡面が水面のように揺らめき、ただの鏡ではないことを教えてくれている。
「ご神体か何か……でしょうか?」
女神官はそう言うと、身を乗り出して祭壇に登った。
蜥蜴僧侶は彼女に続きながら言う。
「迂闊に触れるのはまずいのではありますまいか?」
「とは言っても、調べないことには……」
彼女はそう言うと、じっと自分の両手を見つめるローグハンターに目を向けた。
ならばと彼女は手を伸ばそうとすると、銀髪武闘家の手を借り、彼は立ち上がった。
瞳の焦点はまだ合っていないのか、いまだに揺らいでいる。
「神官、触るな。言わなくてもわかっていると思うが、かなりの魔力がこもっているぞ」
どうにかタカの目が発動できるようになった彼は、それを頼りに足を進める。
そして、鏡の前で足を止めると、ゴブリンから拝借した剣の切っ先で、そっとその鏡面を突いた。
切っ先が触れた部分から波紋が広がり、鏡面がさざ波立つ。
波打つ鏡面はやがて、奇妙な光景を映し出した。
どこかはわからないが、緑色の荒野。
その荒野を動き回るのは、彼らがこの場所に来るきっかけとなった魔物。
「━━ゴブリンか」
ゴブリンスレイヤーはそう確認し、ローグハンターはその目を細めた。
「赤い影だらけだな。数は、数えたくない」
「どこだろね、ここ」
銀髪武闘家も一緒になって覗き込み、その目を細める。
女魔術師はその光景を睨むと、そっと杖の石突きで鏡面を突いた。
生まれた波紋は砂嵐のように乱れ、映された光景が変わっていく。
映し出されたのは、どこかの遺跡だ。
視力が回復しきっていないローグハンター、そんな遺跡に行った覚えのない銀髪武闘家と女魔術師は首を傾げる。
女神官は何かに気づき、「あ……」と声を漏らした。
ゴブリンスレイヤーも気づいたのか、小さく唸る。
「ゴブリンスレイヤーさん、この遺跡、この前の……」
「ああ。やけに装備の良いゴブリンがいたところだ」
話がわからない三人が首を傾げると、蜥蜴僧侶が目をぎょろりと回して言う。
「先日、小鬼殺し殿を連れてこの遺跡に向かったのだ。そこで小鬼に遭遇した」
「……ここから飛ばされたのか?」
ローグハンターが再び剣の切っ先で鏡面をつつくと、さらに他の景色が流れていった。
女魔術師がハッとすると、彼らに言った。
「『
「これが、それか……」
「おそらく、そうです」
そう言った女魔術師の目は、いつになく輝いている。
それもそうだろう。失われて久しい『転移』の呪文を宿した鏡など、一生に一度見れるかどうかだ。
そんな彼女の横で、ローグハンターは顎に手をやり、そして言った。
「黒幕がこれでゴブリンを呼び寄せて、この街の住民を襲わせていたということか」
焦点のずれた瞳に、確かな怒りの色が混ざる。
そして横のゴブリンスレイヤーに問いかけた。
「どうする。このまま放置すれば、ゴブリンは絶えずここから出てくるぞ」
「ならばやることは一つだ」
彼はそう言うと、悩んでいる女魔術師に目を向けた。
これを学院などの然るべき場所に送れば、確かに秩序の勢力の技術は進歩することだろう。
だが、下手をすればこの鏡からゴブリンが雪崩れこんでくるのだ。もしそうなったら、責任は取れない。
ローグハンターは迷っている彼女に目を向け、そして言った。
「過ぎた力は破滅を呼ぶだけだ」
まるでその光景を知っているかのような口振り。
女魔術師は大きく息を吐き、仕方ないとばかりに小さく頷いた。
ゴブリンスレイヤーは「良いんだな」と最終確認し、彼女はしっかりと頷いて返す。
彼は頷き返すと一党の仲間たちを集める。
その鏡が何なのか知るのは、とうに死に絶えた古代人だけ。
その鏡がどうなったのかを知るのは、この場にいる彼らだけだ━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。