SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory07 眠れ、安らかに

 法の神殿に設置された庭園。

 そこに一人佇む剣の乙女は、その白く塗りつぶされた視界を巡らせると小さく息を吐き、口元に薄く笑みを浮かべた。

 真っ白な視界の中に、朧気な黒い影が現れたのだ。

 誰かに連れ添われているのか、その隣にも黒い影が。

 

「本当に大丈夫なの?治ってからでも……」

 

「大丈夫だ。済ませるなら早いほうが良い」

 

 その二人の話に、剣の乙女は無意識にその口を噤み、僅かに俯く。

 その二つの影は彼女の前で立ち止まると、連れ添う影が一度頭を下げ下がっていった。

 取り残された二人、剣の乙女とローグハンターは、お互いにその見えざる瞳で見つめあう。

 先に口を開いたのは、剣の乙女だった。

 

「ご無事で、何よりですわ」

 

 ローグハンターは小さく頷くと、彼女に告げる。

 

「聞かせてもらうぞ。今回の依頼の訳を」

 

「はい」

 

 全てが終わったら話をする。

 その約束をし、そして向こうから話を切り出したということは、地下のゴブリンは皆殺しにしたということなのだろう。

 剣の乙女は天秤剣を握り、そっと語り始める。

 

「今回の黒幕は、あなたが予想した通り、邪教徒です。正確には、例の魔神が率いた軍の残党ですが……」

 

 ━━もう、この世にはおりません。

 

 剣の乙女の言葉に、ローグハンターは僅かに唸った。

 自分たちがゴブリン退治をしていたこの一週間程で、尻尾も掴めぬ黒幕を見つけ出すなど、よほど優秀な冒険者だったのか、あるいは単純にたまたま(クリティカル)だったのか……。

 ローグハンターは一度息を吐き、そして告げた。

 

「それで、最初に俺を呼んだのは、相手がゴブリンだとわからせるためか」

 

「はい」

 

「ゴブリン相手なら俺は引き下がり、その魔神の残党探しに向かうとでも?」

 

 彼の問いかけに剣の乙女は一度頷く。

 被害が大きくなりすぎる前にゴブリンを見つけさせ、そこで手を引かせ、街の冒険者を討伐に向かわせ、最悪の場合は、

 

「その後に噂に名高いゴブリンスレイヤーに依頼を出し、討伐させるつもりだったんだな」

 

 辺境勇士、ゴブリンスレイヤー。

 吟遊詩人は好んで彼をネタにして、様々な街でその日の稼ぎにしていることだろう。

 彼の確認に、剣の乙女は再び頷く。

 魔神の残党とその配下の討伐など、本来は金等級である彼女がやるべき仕事だろう。

 だが、彼女は銀等級である彼らを頼った。

 なぜとは聞かなかった。女の冒険者がゴブリンと戦えない理由など、考えるまでもない。

 ローグハンターは口を閉じ、彼女の言葉を待つ。

 何秒や何分か、よくはわからないが、しばらく待つと剣の乙女が口を開いた。

 

「……人というのは、女というのは、弱いものです」

 

 彼女はそっと手を伸ばし、彼の頬を、偶然触れた口元の傷をその細指で撫でる。

 

「おかしいでしょう?剣の乙女ともあろう女が。魔神王を倒した六人のうちの一人であろう者が━━」

 

 最弱の魔物(ゴブリン)が恐ろしいなどと、誰に言えたことか。

 

「毎晩毎晩、怖くて、恐ろしくて、たまらないのですよ」

 

 目の前にある闇の奥から、ゴブリンが出てくるという恐怖。

 何度神に祈ったところで、その恐怖は拭うことが出来ず、むしろそれは大きくなるばかり。

 地下に現れる脅威を人々から遠ざける。

 彼らが遭遇した白い沼竜(アリゲイタ)。神々が使わせた使徒(ファミリア)も、所詮はそこまでだ。

 街を守っても、特定の個人を守れるほどではない。

 

「至高神の御使いが守ってくださるのは街だけ、なんて」

 

 その沼竜は、確かに使命を果たしていた。脅威であるゴブリンを殺し、冒険者であるローグハンターたちを追い返した。

 ローグハンターはただ黙っていた。

 天上の神々というのは、そんなものだろう。

 不意に天を見上げ、見えざる目を向ける細めた。わずかばかり回復したが、全快には程遠い。

 奇跡抜きでは、あと二、三日はかかるだろう。

 それでも、その目には見えるのだ。朧気ながら、しっかりと。目の前にいる、()()()()()()()()()()()()の姿が。

 そんなどこにでもいる女性が、『英雄』だと、『剣の乙女』だと言われているだけだ。

 彼女はそっと目を伏せて、弱々しい声で言う。

 

「あなた方を危険にさらしました」

 

「それがどうした。俺たちは無事に戻って来たぞ」

 

 かつて彼の一党の女性武闘家が言った通りの言葉が返ってきた。

 彼女は何となくだが、からかうような声音で問う。

 

「生きて戻って、わたくしを、どうするおつもりでしたの……?」

 

「どうもしない」

 

 ただ冷静で、どこか義務的な言葉だった。

 

「おまえはゴブリンでも、ならず者(ローグ)でもない」

 

 彼の端的な一言に、彼女は拗ねたように唇を尖らせる。

 

「理由を、お聞きにならないのですね」

 

「話すなら、聞くが」

 

 彼がそう言うと、彼女は気怠げな吐息を吐いた。

 

「……ただ、わかってもらいたかった。それだけです」

 

 風の音と揺れる草木の音で、消えてしまいそうなほどか弱い声だった。

 そう、彼女はただわかって欲しかっただけ。

 闇の奥に潜むものの恐怖を。すぐ側にある死への恐怖を。

 結局は、誰もわかってはくれなかった。所詮、死ぬのは『誰か』だ。自分ではないと思っているのだろう。

 

「……あの鏡を差し上げても、良いのです」

 

 精一杯強がるように、彼女はそう口にした。

 ローグハンターは下らないことを思い出したかのように、苦笑混じりに言う。

 

「あれは捨てた。過ぎた力と多すぎる金は、自分の身を滅ぼすだけだからな」

 

 ばっさりと言い捨てた彼に向かって、彼女は初めて驚愕を露にした。

 冒険者らしくもない、誇り高い騎士を思わせる言葉。

 彼は聞いてもいないのに言葉を続けた。

 

「鏡面を即席の混凝土(コンクリート)で固め、あの沼竜がいた辺りに沈めた。良い寝床になる筈だ」

 

 当然のことを言うように、その声に震えはない。

 むしろ、何か良いことをして誇らしげにしているような堂々とした声だ。

 

「……ふふっ。本当に、面白い御方」

 

 冷静な男だと思っていた彼が、意外にも子供っぽいところがあるなどと、知る人は少ないだろう。

 

「一つ、お聞きしても宜しい?」

 

「よほど変な質問でないのなら」

 

 彼は頷き、彼女の問いかけに耳を傾ける。

 

「世の人を救い、何か……変わりました?」

 

 両手を広げ、彼女はそう問いた。

 彼が助けているのは、彼の言うとおり世界の命運とは限りなく遠い人々だ。

 それでも彼は命を懸けて救い、いつか死ぬ。

 彼は勇者でもなんでもない。ただの一人の『冒険者』でしかない。

 彼は一度肩をすくめ、そして断言した。

 

「━━何も変わらないさ。だが、それで良い」

 

 彼は一度息を吐き、そして言葉を繋いだ。

 

「俺におまえの気持ちはわからない」

 

 再びの断言に、彼女はぼんやりと立ち尽くす。

 彼女の視界に浮かぶ朧気な影に、まるですがるように手を伸ばす。

 

「……わたくしを、助けてはくださらないのですか?」

 

「ああ」

 

 彼は素っ気なくそう返す。

 そして、その蒼い瞳で彼女に一瞥くれると背を向けた。

 その言葉に、彼女は(こうべ)を垂れて力なく笑った。

 諦めにも似た想いが渦を巻くが、「いつもの事だ」と慣れてしまった自分がいる。

 小鬼によって汚され、犯され、奪われ、蹂躙され続ける。

 夜が来るたびに、その光景が頭に浮かんでくる。忘れたくても、どうやっても忘れられない。

 その事を誰も知らず、知ったところで誰も手を差し伸べてはくれないだろう。

 結局、何も変わらない。また夜が来て、あの日を思い出すだけだ。

 

「だが……」

 

 不意に放たれた言葉に、彼女は顔を上げた。

 だいぶ離れた筈の彼の声は、まるですぐ隣にいるかのようだ。

 

「ゴブリンが出たなら、いつでも呼べ」

 

 彼は確かにそう言った。

 そして「ああ、そうだ……」と付け加え、彼女のほうに振り返る。

 

「その時はゴブリンスレイヤーも一緒に頼む。俺たち二人なら、何匹だろうが()()()()()()、ゴブリンは殺す」

 

 その言葉に、彼女はその場に崩れ落ちるようにしてひざまずいた。

 その美しい顔をくしゃくしゃにして、押さえた口元から嗚咽が漏れる。

 その頬を伝う涙を止める(すべ)を、彼女は知らない。いつも、その涙が枯れるまで泣き続けただろうか。

 

「例え、夢の中でも、ですか……?」

 

「言った筈だ。どこだろうが関係ない」

 

「来て、くれる、のですか……?」

 

「ああ」

 

 ━━なぜ……?

 

 嗚咽に混じり、自分でも何と言ったかわからなかったが、彼は確かに答えた。

 

「言った筈だ。俺は『闇に生きるもの』は必ず殺す。ゴブリンだろうがならず者(ローグ)だろうが、例外はない」

 

 彼はそう告げ、再び背中を向けると歩き出した。

 彼女は彼の背中に手を伸ばし、その手を自分の胸に当てた。

 何てことはない。壊れた女と壊れかけの男が話し合っただけ。

 いつからか抱くことを諦めていたある想い。それが、再び胸に戻ってきた。

 暖かい暖炉の火に似て、とても心地よい。

 

 ━━あなたの夜に、安らぎ有らんことを……。

 

 不意にそんな言葉が彼女に届いた。

 どこまでも優しく、それでいて心強い言葉。

 止めどなく流れる涙を必死になって拭い、切ない喜びを込めて声をあげた。

 

「わ、わた、わたくしは、あなたを━━━」

 

 不意に、天高く飛ぶ鷹が鳴いた。

 力強いその声にかき消され、最後の言葉は誰にも届かない。

 鷹の風切羽が宙を舞い、いまだに涙を流す乙女の頬を、優しく撫でた━━━。

 

 

 

 

 

 それから三日後、広野を走る馬車の幌の中。

 乗り合いの馬車らしく、乗客たちの表情は悲喜(ひき)交々(こもごも)といったところ。

 そんな乗客に紛れて、彼ら八人の冒険者はいた。

 ようやく視力が戻ったローグハンターは、久しぶりに思える仲間たちの顔に安堵しつつ、珍しく気を抜いていた。

 彼の肩に寄りかかる銀髪武闘家は、相も変わらず熟睡中。女魔術師は、寄りかかろうとしてすぐに身を引く。

 妖精弓手がチラチラと見つめ、弄ろうとしているからだ。

 鉱人道士はそんな彼女にため息を吐き、報酬である金貨の詰まった革袋を弄ぶ。

 蜥蜴僧侶は例の鏡の情報を纏めた帳面を確認し、ふむと息を漏らす。

 ゴブリンスレイヤーは、買ったは良いが活躍の場はなかった金糸雀(カナリア)と睨みあい、どうしたものかと息を漏らす。

 それを見ていた女神官は、おかしそうに小さく笑った。

 

「ゴブリンスレイヤーさん、その子の名前、どうするんですか?」

 

「……金糸雀(カナリア)で良いだろう」

 

 彼の相変わらずの返答に女神官は苦笑し、当の金糸雀も反対なのか、「チチチ!」と鳴きながら暴れ始めた。

 いつもと変わらない仲間たちと、いつもと変わらない帰り道。

 そう、何も変わらない。今回の依頼も、結果としては一人の女性を助けただけだ。

 それでいいだろう。彼らは世界を救う勇者ではない。勇者が救った世界に生きる、ちっぽけな人々を守る、ごくありふれた冒険者の一党なのだから━━━。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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