辺境の街、眠る狐亭の一室。
「………」
目覚めて間もないローグハンターは、窓際に腰掛けて、迫る収穫祭の影響で増えた街の人々をタカの目を通して睨んでいた。
その目はいつにも増して鋭く、文字通り警戒している。
収穫祭の時期は、旅行客に混ざって
流石に街中で殺るつもりは無いが、ちょっとした事件が増えるのはどうにも癪だ。
そちらの対処は、本来なら街の番兵に任せるところだが、友人や仲間、特に恋人たる彼女を巻き込むと言うのなら、躊躇う理由はない。
彼はそこまで思慮すると、一度息を吐いた。
流石に祭りの最中に仕掛けてくるバカはいないだろう。だが、何事にも万が一というものはある。
剣は置いていくとしても、アサシンブレードを忘れる訳にはいかない。
再び大きめのため息を漏らし、タカの目を解除。
窓から見た限り、赤い影は無かった。とりあえず、大丈夫だろう。
彼は立ち上がり、いまだに寝ている二人に目を向ける。
昨晩は妙にギクシャクしていたが、二人きりにして大丈夫なのか。
ふと、二人を眺めていると、そんな疑問が脳裏によぎった。
僅かな酒量で酔うとは、不甲斐ないことこの上ない。一応何があったのかは覚えているが、後でフォローしておいたほうが良いだろう。
だがその前に、腹を満たさねば。腹が減っては戦は出来ぬとは、よく言ったものである。
彼は二人を起こさないようにそっと部屋を出ると、そのままいつものように一階へ。
常連客に旅行客も含まれ、賭博場の利用者がとんでもないことになっている。
彼は構うことなくいつものカウンター席に腰掛け、いつもの朝食を頼む。
「よう、ローグハンター。明日が楽しみだなぁ」
そんな彼に、上機嫌な店主が声をかけた。
客が多ければ勝負が増え、リスクが高くなるがリターンが更に大きくなる。
ローグハンター相手には多少贔屓をする彼も、根っこはそこら辺の商売人と同じいうことなのだろう。
上機嫌そうな店主とは対称的に、ローグハンターの雰囲気は何となく暗い。
そんな彼の雰囲気を察して、店主は苦笑する。
「なんだ、喧嘩でもしたか?」
「喧嘩。喧嘩、と言えば、そうなのか……?」
パンをかじりながらそう漏らし、上階で眠る二人に目を向ける。
二人のあの空気は、喧嘩なのだろうか……。
もし喧嘩だとしたら、早急に問題を除去しなければならない。一党内のトラブルが影響して、そのまま全滅した例があるほどだ。
自分と他人との付き合いは割りと得意な彼も、他人と他人の付き合いへの仲介は、まだ苦手なのだろう。
珍しく悩み顔の彼の姿に、店主は言った。
「まあ、悩める時に悩め。時間があるというのは、若者の特権だ」
「確かに、そうかもしれんな。まあ、明日になったら、一日付き添いをするだけだ」
何となく開き直った風に言った彼は、残りのスープを一気に飲み干した。
「ほぉ……」と息を吐き、代金をカウンターへ。
それを受け取った店主は彼に問いかける。
「それで、今日の予定は何かあるのか?」
「ん?まあ、出店の位置を確認する程度か。やらなくても問題はないんだろうが、予定を組むぐらいは━━」
彼がそこまで言うと、眠る狐亭の自由扉が開く。
そこを潜ったのは、珍しい客だった。おそらく、この五年で彼が訪れるのは初めてなのだろう。
彼もその珍客の登場に僅かに驚きを露にした。
「ゴブリンスレイヤー……?」
「ああ」
驚く彼を他所に、ゴブリンスレイヤーは一度小さく頷いた。
腰には見慣れぬ卍型の刃の剣を下げている。新しい武器だろう。
それは良い。新しい武器とは良いものだ。
それよりも気になるのは、彼が肩に担ぐ袋だ。そこからは、なぜかスコップやら木材やらが覗いている。
その袋を眺めながら首を傾げる彼を他所に、ゴブリンスレイヤーは言う。
「少し手を借りて良いか」
「俺は構わんが……」
ローグハンターはそう言うと視線を店主に向けた。
店主は合点がいったのか、何度か頷きながら言う。
「二人が起きてきたら、ギルドにいるとでも言っとくさ。気にするな」
「助かる」
ローグハンターは手短に礼を言うと席を立ち、ゴブリンスレイヤーを連れて店を後にする。
「で、何をするんだ?」
「俺とおまえの初仕事、覚えているか」
「あの村のことか?」
「ああ。やることはあの時と大して変わらん」
「了解だ」
会話をしながら遠ざかっていく背中を眺め、店主は再び苦笑した。
噂に名高いゴブリンスレイヤーとローグハンターが、端から見ればただの不審者である。
現に二人の合流から店を出ていくまで、周りの客たちはその二人に注目していた。
賭博場の客たちはそれどころではないと勝負に興じていた辺り、彼らも本気なのだろう。
それからしばらくして、誰かが上から慌てて駆け降りてくる音が響く。
そして現れたのは、女魔術師と銀髪武闘家だ。
二人は息を切らしながらカウンターに身を乗り出し、店主に詰め寄る。
「て、店主さん!彼は!?」
銀髪武闘家がそう問いかけ、店主は一度肩をすくめて言う。
「ギルドに顔を出しに行ったぞ。ゴ━━━」
「ありがとうございます!」
店主の言葉を聞き終える前に、銀髪武闘家は店を飛び出していく。
女魔術師はそんな彼女の背中を眺めてため息を吐き、苦笑混じりの店主に向き直る。
「続きをお願いします」
「ああ。ゴブリンスレイヤーに連れられて、何か作業でもするつもりらしい」
「作業をするなら、演習場かな……」
彼女は顎に手をやって思慮すると、「とりあえず行ってみます」と言い残してその場を後にする。
残された店主はため息を吐く。
ベテランが話を聞かず、新人が最後まで聞いていくなど、普通は逆だろうに。
「……恋は盲目ってやつかね」
店主はそう口にして、客たちを眺める。
━━さて、今日はいくら儲かるかな。
その目は得物を見つけた鷹と言うよりは、誰かを化かす狐のような輝きを放っていた。
「ギ、ギルドにいるって、どこだろう……」
祭りの準備が着々と進む街の中を駆け抜けつつ、銀髪武闘家はそう漏らした。
ギルドと一言で言っても、意外と広い。
酒場に始まり工房、受付、二階の応接室、面接室などなど、様々な施設が併設されている。
彼が行くとすればどこか。
酒場ではないだろう。彼は必ず朝食をあの店で食べる。
工房。そこだろうか。武器の修理や補充に、彼は必ずそこに行く。
「なら、そこでしょ!」
彼女は更に加速し、人混みをすり抜けて突き進む。
ギルドの自由扉を勢いに任せて突っ切り、ちらりと酒場に目を向け、彼がいないことを念のため確かめる。
いない。ならば工房だろう。
彼女は一人小さく頷いて、そのまま工房へ直行。
「おっちゃん!彼いる!?」
扉を開けた勢いのまま、彼女がそう問いかけると、そこにいたのは彼でもおっちゃんと呼ばれた工房長でもない。
そこにいたのは、銀等級冒険者であり、彼女の良き友人でもある女騎士だった。
「な……!?」
彼女は銀髪武闘家の登場に驚き、慌てて見ていたものから離れるが、ばっちりと見られていた。
銀髪武闘家は悪戯を思い付いた子供のような邪悪な笑みを浮かべ、腕を組みながらうんうんと何度も頷いて彼女の元へ。
女騎士の前には、
銀髪武闘家は彼女の肩に手を置き、そして言う。
「あなた、正気?」
「っ!?お、おまえ、いきなり失礼な奴だな!」
「だって、そうじゃない」
彼女はそう言うと、その鎧の僅かしかない装甲部分をそっと撫でる。
「あなた、
「わ、私だってこんな格好で冒険するつもりはない!」
女騎士の返しに、銀髪武闘家はニヤリと笑った。
その笑顔のまま女騎士の顔を覗きこみ、挑発するようにその頬をつつく。
「じゃあ、何で見てたの?ねぇ、何でなんで?」
「お、おまえには関係のないことだ」
女騎士は銀髪武闘家の肩を押して距離を離すと、再び件の鎧に目を向けた。
その
誘惑と言っても、
女の冒険者の間には、なかなか恋人が出来ない、結婚出来ないというジンクスがある。
そのジンクスに囚われ続けた女冒険者たちの、最後の手段としてその鎧があるのだ。
だが、実際にそれを着るものなど、まずいないだろう。
何事にも例外はあると言うが、こんなところでも適用されなくても良かっただろうに。
銀髪武闘家はニヤニヤ顔を浮かべたまま、女騎士に畳み掛ける。
「やっぱり彼?一途だね~」
「……うぅ」
銀髪武闘家の指摘に、女騎士は両手で顔を隠して俯いた。その耳は赤い。
女騎士が片思いしている異性は、彼女の一党の頭目である重戦士以外に誰もいないだろう。
五年の付き合い━━一党として、だ━━がありながら、いまだに進展のない先輩冒険者を心配するのは、お節介だろうか。
銀髪武闘家は顎に手をやり、「よし」と呟くと彼女は何となくお姉さんぶった口調で言う。
「では、私が助言をしてあげましょう」
「……なに?」
そっと怪訝そうに銀髪武闘家に目を向けると、彼女は頷いて件の鎧に目を向ける。
「私さ、一回着たのよ、これ」
「そ、そうなのか……!?」
突然の告白に驚く女騎士を他所に、銀髪武闘家は続ける。
「試着だけね。まだ翠玉とか紅玉とかだった頃の、出来心で、つい……」
「そうなのか……」
何故か落ち着いた女騎士の様子を知ってか知らずか、彼女は遠い目をしながらぼそりと漏らす。
「その時、彼に見られたのよ……」
「………」
彼女の言葉に女騎士は言葉には出さないが、その目を見開いて驚いた。
だが、彼女の遠い目を見てその表情を曇らせた。
「……でさ、その日休日になって、一日無視されたんだよね」
「そうか……」
思わずゴブリンスレイヤーのような返しになったことは気にせず、女騎士は件の鎧に目を向ける。
あのローグハンターですら無視を決め込んだのだ、もし重戦士と自分の間でそうなれば、耐えられない……。
彼女は目を伏し、その鎧から視線を外した。
「……辞めておくか」
「うん。平服とかにすれば?私もそうするから」
「そう、だな。へ、平服、うん。それなら、何着かある」
「頑張ってね」
「ああ。すまん、迷惑をかけたな」
女が集まれば姦しいとは言うが、まだましだろう。
その会話を聞いていた工房の新人である
ギルドの裏手、演習場。
いつかに二人の銀等級冒険者が激突し、ぼろぼろになっていたその場所も、ようやく修繕が完了したと言ったところ。
その演習場の片隅にある一本の木の影に、ゴブリンスレイヤーとローグハンターの二人は陣取っていた。
その二人は黙々と短剣で木材を削り、手慣れた様子で杭を製作していく。
銀等級冒険者の男二人が黙々と木を削っているその様は、はっきり言って不気味である。
だが、その二人をよく知る人物なら気にならないというもの。
「おう、頭巾の、かみきり丸。昼前から二人して何しとるんじゃ?」
「杭でございましょうや。吸血鬼退治でもするおつもりかな?」
「む……」
「ああ、おまえらか」
ゴブリンスレイヤー、ローグハンターの順で顔を上げ、声をかけてきた二人に目を向ける。
目を向けられた鉱人道士は髭をしごき、蜥蜴僧侶はその目をぎょろりと動かした。
ゴブリンスレイヤーはそんな彼らに向け、また視線を手元に戻すと手短に言う。
「色々と工夫をし、備えている」
「その手伝いをしているところだ。おまえらは」
ローグハンターが僅かに場所を動き、二人も日陰に入れるように場所を開けた。
二人はその場所に腰掛け、二人の作業を眺める。
この二人が黙々と作業をしているのだから、間違いなくゴブリン関係だろう。
ならば口を出すまいと二人は目で合図を送りあい、彼らも彼らで何かを作り始めた。
だが、ゴブリンスレイヤーたちが作っているような単純なものではない。
竹ひごを緻密に曲げ、その上に下手に触れれば即座に破けるであろう薄紙、そして油紙。
ゴブリンスレイヤーはちらりと兜を向けると、「ふむ」と僅かに唸った。
「……天灯か」
「おう、その通りじゃ」
手慣れた様子で天灯を作る鉱人道士は頷き、そっと作る蜥蜴僧侶は一息吐いた。
ローグハンターは杭を作りつつ、ぼそりと呟く。
「死んだ人々の魂が迷わないようにする道標。確かそんなものだったな……」
その目を細め、何かをぶつけるように木材を削る。
命を奪い続ける側の彼としては、その魂が迷って悪霊にでもなられると困る。
生前どんなに迷惑をかけたとしても、死ねば誰であれそこまでなのだから、せめて迷わずに天へと昇って欲しいものだ。
彼の雰囲気が何となく変わったことを察してか、三人が目を合わせるのを他所に、その人物が現れた。
「あーっ!男四人が何か作ってる!」
だが、それが彼の苦手とする人物なら話は別。
露骨に嫌そうに眉を寄せたローグハンターを気にする様子もなく、その人物━━妖精弓手が四人に駆け寄った。
「……で、何作ってんの?」
四人の手元を覗きこんだ彼女が訊くと、ゴブリンスレイヤーが杭を差し出す。
「杭だ」
「見ればわかるわよ。鉱人と蜥蜴人が何を作っているのか知りたいの」
「なんじゃ知らんのか。こいつは天灯と言うてだな」
横であれやこれやと説明する鉱人を他所に、ローグハンターは杭を作り続ける。
結局、彼らのその作業に妖精弓手も加わり、ローグハンター一党の二人が合流するまで続いたのだった━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。