SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory04 祭り

 眠る狐亭、一階。

 腰の剣がないことを除いていつもの格好のローグハンターは、いつもの座席に腰掛け、待ち人を待っていた。

 昨日の夜はだいぶ遅くなってしまったが、別に問題はない。多少徹夜した程度なら、支障は出ないだろう。

 店の外から聞こえる様々な楽器の音や人の声は活気に満ちていて、聞いている側を飽きさせない。

 いつも彼に声をかける店主は、珍しいことに賭博場を仕切っていた。旅行客が増えるこの時期は、稼ぎ時なのだろう。

 いつも以上に賑わう店を見渡していると、不意に誰かが隣に腰掛けた。

 

「お、お待たせしました」

 

「いや、それほど待ってはいない」

 

 出来る限り肌の露出を抑えた平服に身を包んだ女魔術師だった。その服は、見方によって質素なドレスのようにも見える。

 彼女が常に身に付けている三角帽子や杖はなく、その姿は年ごろの街娘にしか見えない。

 ローグハンターはいつもの格好のままである事が申し訳なくなったが、自分は目の前の女性を守らなければならない。そのためにも、この格好が最善だ。

 自分にそう言い聞かせて席を立つと、彼女に右手を差し出した。

 

「ほら、行くぞ」

 

「は、はい……!」

 

 勢いよく返事をしたは良いが、彼の右手に手を差し出そうとして引っ込める。

 彼の手をとって良いものなのか、彼女は迷っているのだろう。

 彼は小さく苦笑を漏らすと、引っ込んでいった彼女の左手を半ば強引に掴んだ。

「ひゃっ!」と彼女の口から上擦った声が漏れたが、彼は気にすることなく彼女の手を引いて店を後にする。

 二人の様子を横目で見ていた店主はニヤリと笑い、声をかけることなく見送ることにした。

 若い者は若い者同士で、その絆を深めれば良い。

 店主はそんな事を思いながら、自らが仕切る賭博に意識を戻す。

 その目が放つのは、まさに捕食者の眼光だ。

 この日、賭博場がいくら稼いだのかは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 辺境の街の中央広場。

 そこまでたどり着いた所で、ようやく女魔術師は解放された。

 ここに来るまで、彼にずっと握られていた左手を胸に抱きしめ、その顔は耳まで真っ赤である。

 流石のローグハンターも彼女の反応は意外なものだったのか、困り顔で頬をかく。

 

「……とりあえず、何か食べるか。何があるのかはわからんが」

 

「は、はい。お、お任せします」

 

 見る者によれば、二人は初々しいカップルに見えるだろう。

 だが、二人の関係はあくまで一党の仲間。その一線を越えられた人物は、今のところ一人だけだ。

 お互いに深呼吸をした二人は、広場を埋める人混みを掻き分けるようにして歩き始め、時には立ち止まり、冷やかし程度に店を覗く。

 だが空腹というのは強敵で、冷やかし程度に覗いた筈が、二人の手の上には分厚く切って炙ったベーコンと、いくつかの野菜のスライスをパンで挟んだもの━━いわゆるサンドイッチ━━が乗っていた。

 二人して思わず苦笑したが、そのサンドイッチは実に旨かった。

 

「このベーコン、牧場のか……」

 

「道理で美味しいわけです」

 

 そんな事を漏らしつつも食べ進めたサンドイッチは、あっという間に腹の中へと消えていき、最終的に残ったのは包み紙だけ。

 彼はそれをくしゃりと握りつぶし、隣の彼女は何故か丁寧に折り畳んでからごみ箱に押し込む。

 簡単な朝食を済ませた二人は街を進み、その賑わいの中に溶け込んでいく。

 森人の弓手が宙に放った皿を矢で射抜く曲芸に拍手を送り。

 鉱人と彫刻家の口論を横目で見つめて聞き流し。

 吟遊詩人の歌に耳を傾け、歌の途中で何故かイラつき立ち上がった彼を彼女が宥め。

 見慣れた筈の、歩き慣れた筈の街を、初めて来た街のように歩き回る。

 二人の空気はとても緩く、彼が噂に名高いローグハンターであることなぞ、忘れてしまいそうなほどだ。

 無意識に放っているであろういつも迫力が、今の彼からは微塵も感じない。

 

「お、ログハンの兄貴じゃんか!」

 

 だからこそ、顔見知りなら声をかけてくるというもの。

 不意に呼ばれた彼は足を止め、その声の主のほうに目を向ける。

 そこにいたのは重戦士一党の一人である少年斥候だった。

 その隣には圃人の少女巫術士(ドルイド)、その横には新米剣士と見習聖女、そして、

 

「あ、ローグハンターさん!お久しぶりです!」

 

「だぁ、くそ!入らねぇ!」

 

 いつかの女武闘家と新米戦士。

 武闘家のほうは彼に気づいて一礼し、戦士のほうは何かに夢中なのか気づいた様子はない。

 ローグハンターと女魔術師は目を合わせ、そして彼らの元へと近づいていく。

 その途中で、女武闘家が平服姿の女魔術師に気づいたようで、その目を丸くした。

 見つかった彼女のほうは、流石に恥ずかしいのか彼の後ろに身を隠す。

 

「……も、もしかして、お邪魔でした?」

 

 恐る恐るといった様子で女武闘家が言うと、ローグハンターは「気にするな」と首を横に振る。

 後ろの女魔術師が僅かに不機嫌そうな表情をしたが、当の彼女は彼の死角に入っている。

 少年斥候が身を乗り出し、新米戦士を指差して彼に言う。

 

「聞いてくれよ兄貴!これ、全然入らないんだぜ?」

 

「む」

 

 少年斥候が指差した方、つまり新米戦士のほうに目を向けた彼は、僅かに声を漏らした。

 そこにあるのは一軒の酒場、正確にはその入り口だ。

 疎らに人だかりがあり、その輪の中心には小さな卓。その上にあるのは口を開けた蛙の像。

 新米戦士は銀玉を握り、その蛙目掛けて放っていくが、どれも掠りもせずに地面に落ちるか卓に弾かれる。

 それらの玉が最後だったのか、彼は肩を落として後ろに下がった。

 そんな彼の背中に、酒場の店主は勝ち誇った笑みを浮かべ、声を張り上げる。

 

「さあさ、十玉銅貨一枚!一玉入ればエール一杯!酒が駄目ならレモネードだ!」

 

「それが入らねぇんだよ」

 

 子供のようにむっとしながら文句を垂れる彼の姿は、どう見たって十五には届かない。

 時々年齢を偽って冒険者となる少年少女がいるそうだが、彼もその一人なのだろう。

 まあ、それを指摘するほど、ローグハンターも鬼ではない。彼が選んだ道なら、むしろ尊重するべきだ。

 新米戦士に代わり、次に挑んだのは新米剣士。

 やれ「玉が歪んでる」「蛙が遠すぎる」と文句を垂れるが、店主は慣れた様子でそれらを捌いていく。

 結果的に入った玉は一つもなく、それが彼らの闘争心に火をつけた。

 ムキになる男子三人の姿に、連れの女子三人はため息を漏らす。

 そして成果無しで帰ってきた男子三人は、何を思ったのかローグハンターの腕を掴むと、三人がかりで無理やり引っ張っていく。

 

「おい……」

 

「こうなりゃ兄貴の手を借りるぜ。手本を見せてくれ」

 

「そうっすよ。いつかに助言してくれたじゃないですか」

 

「俺ははじめましてで悪いけど、少しだけ付き合ってください」

 

 少年斥候、新米戦士、新米剣士の三人は連続で彼に告げ、無理やり件の蛙の前の白線に立たせた。

 彼は小さくため息を吐き、懐から銅貨を取り出す。

 

「店主、一回だ」

 

「へい、毎度!」

 

 店主から銅貨と交換で銀玉を受け取り、手のひらの上で重さを確かめ、狙いを定め、一玉ずつ丁寧に、しかし素早く放っていく。

 一つ、二つと続いて三、四。僅かに間を開けて五、六、七。

 蛙像の奥からげっぷによく似た音が響き、絶えることなく鳴り続ける。

 そして十玉全てを蛙の腹の中に納めた頃には、少年たちからだけでなく、見物人たちからも感嘆の息と拍手が漏れた。

 彼はホッと息を吐き、硬い笑顔を浮かべる店主が言う。

 

「だ、旦那ぁ、ちっとは手加減してくださいや」

 

「勝負は勝負だ。手加減するわけにはいかん」

 

 彼は真面目な顔でそう言いきり、改めて人数を数える。

 

「……八人か」

 

 自分を含めて計八人。せっかく入れた二玉分が無駄になってしまう。

 その時、彼は見慣れた人物の姿を見つけた。

 人だかりに興味を引かれたのか、見慣れぬ青いドレスに身を包んだ牛飼娘に手を引かれ、ゴブリンスレイヤーが出てきたのだ。

 彼はフッと笑い、その二人に声をかけた。

 

「ゴブリンスレイヤー、牛飼娘、レモネードで良いか」

 

 話について行けない二人は首を傾げるが、牛飼娘はニコッと笑うと頷いた。

 

「店主、レモネード十杯だ」

 

「はいよ、十杯ね!ちょっと待っててくれよ!」

 

 店内に消えていく店主の背中を見送った彼は、少年たちに目を向け、何となくどや顔をしながら言い切る。

 

「習うより慣れろ。大事なことは練習だ」

 

 彼の助言に少年たちは「うえぇ……」とわざとらしく嫌そうな顔をして、女子たちは彼らの顔を見て可笑しそうに笑う。

 レモネードが出てきたのはその直後で、一人一つ受け取り、軽く乾杯をしてから口をつける。

 レモンと蜂蜜の垂らされた井戸水。

 ひんやりと冷たいその液体は、祭りの熱で火照った体にはちょうど良い。

 彼はゴブリンスレイヤーと牛飼娘に目を向け、小さく笑む。

 

「楽しんでいるか?」

 

「ああ」

 

「うん、割りと楽しんでるよ」

 

「そうか」

 

 彼は僅かに嬉しそうにしてそう返すと、新米戦士と女武闘家と談笑する女魔術師に目を向けた。

 時間もそろそろ真昼時。銀髪武闘家との約束の時間が近い。

 何か一言告げようにも、あの三人の会話に割り込むというのは流石に気が引ける。

 彼の様子に気づいてか、女魔術師は一旦会話を区切り、彼の元へ。

 

「午後は彼らと回ることにしました。再集合は、夜にギルドの前ですよね?」

 

「ああ。それじゃあ、楽しんでこい」

 

 ローグハンターはそう告げると、そっと彼女の頭を撫で、そして背中を向けると早足に進み始めた。

 人混みの間をすり抜けていく彼の姿は、誰かと重なった途端に見えなくなる。

 そんな彼の背中を見送っていた新米戦士が、女魔術師に言う。

 

「あの人、いきなり消えたように見えたんだけど……」

 

「あの人はそう言う人よ」

 

「そうなんだ……」

 

 彼女の言葉に、彼は諦めたように息を吐く。

 銀等級になると、あのくらい出来るようになるのだろうか。

 そんな疑問を飲み込んで━━━。

 

 

 

 

 

 再び辺境の街、中央広場。

 そこにいる銀髪の女性は、そわそわと落ち着かない様子で、周りを歩く人々に目を向けていた。

 彼女の待ち人は、いきなり目の前に現れることなんて普通だ。気を引き締めておかないと、心臓に悪い。

 たった一人でいる女性に声をかけようとする男は多い。だが人の波に呑まれ、ほとんどの人物はたどり着く前に彼女を見失う。

 そんな中、そんなものを一切気にすることなく、待ちわびた彼が現れた。

 彼女の表情はパッと明るくなるが、わざとらしくその表情に怒りの色を加えた。

 

「遅いよ、もう」

 

「すまん。思いの外、人が多くてな」

 

「むぅ。しょうがないから許したげる」

 

 そう言った彼女━━銀髪武闘家の格好は、いつもの冒険に出る格好からは程遠い質素な私服姿。

 髪型もいつも通りで飾り気はないが、彼女がこの髪型を崩すことは滅多にない。

 五年ほど前、初めての冒険の時、彼に似合っていると言われて以降、その髪型を変えたことはないのだ。

 寝るときや風呂に入る時などは流石に下ろすのだろうが。

 彼女はニコッと笑うと彼の手を取り、どこかを指差した。

 

「さあ、食べ歩くよ!遅れてきたんだから、キミの奢りでね!」

 

「……あまり食べすぎるなよ?」

 

 懐の財布に手を触れ、あとどれ程の金貨が入っているかを確かめる。

 三食豪勢なものを食べても、まだ多少のおつりが返ってきそうなほどだが、相手は大食漢の彼女だ。

 

 ━━頑張らないとな……。

 

 彼は密かにそう覚悟して、彼女に引かれるまま人混みに突っ込んでいく。

 途中で気になったものがあれば足を止め、彼女が定めた合格ラインを越えたものは買い、自慢の腹の中に納めていく。

 そのペースと言ったらかなり速いもので、ついていく彼も中々の苦労を強いられる。

 だが、それでもしっかりと彼女の後ろについて回り、決して見失うことはない。

 見失なったところで、タカの目で瞬時に見つけ、その身体能力を生かして即合流することだろう。

 

「ふへ~。幸せだな~」

 

 リンゴ飴を一舐めし、彼女は恍惚の表情を浮かべた。

 人が多い区間を抜けてからは、彼は彼女の隣を歩く。その手にはもちろんリンゴ飴━━ではなく、何も手を加えられていないリンゴが一つ。

 彼はそれをかじり、そっと彼女の表情を覗きこむ。

 彼女の幸せそうな表情は、見ているだけでもこちらも幸せになるものだ。

 それが彼女のものだから。彼がそれに気づいているかはまた別問題だが。

 二人は各々の手に持ったものに口をつけながら歩いていき、とある橋の上で小休止。

 橋の上という遮るものが何もないその場所は、優しい秋の風に当たるには最適な場所。

 二人とも橋の欄干(らんかん)に体を預け、銀髪武闘家は串を、ローグハンターはリンゴの芯を弄ぶ。

 

「平和だね」

 

「ああ。平和だ」

 

 二人は染々とそう呟き、彼女は彼の肩に身を寄せる。

 こうして収穫祭を楽しむのは、久しぶりなような気がする。

 この時期は旅行客を狙った野盗が増え、彼らはそれを狙って飛び回っていたからだ。

 だが、ローグハンターがその名を轟かせてからはその数はめっきり減った。この前の連中が最後の野盗だった。

 まあ、今度は帰りの旅行客を狙う輩が出るだろうから、また仕事で飛び回ることだろう。

 彼女は今この瞬間を、想像したくもないが、最後になってしまうかもしれないこの瞬間を、ただひたすらに享受する。

 それは彼とて同じ事。身を寄せる銀髪武闘家の肩をそっと抱き、僅かに力を入れて体を密着させた。

 彼女は嬉しそうに笑み、ローグハンターは照れ臭いのか目を逸らす。

 その視界の端に、私服姿の女騎士と彼女に連れ添う重戦士を見つけ、僅かに苦笑。

 

「ねえ……」

 

「どうかしたか」

 

 彼女に呼ばれ、顔をそちらに向けると、そこにあったのはいつもの笑顔。

 釣られて笑みを返せば、瞬時に唇を塞がれた。

 誰もいないとはいえ、街中でいきなりキスをする彼女の大胆さに思わず面をくらう。

 彼女はそっと顔を離すと、頬を赤くして彼に抱きつく。

 彼は彼女の頭をそっと撫で、優しく笑う。

 頭を撫でられながら、彼女は顔を上げて笑って見せた。

 

「前までなら夜にするんだけどね。今日はあの()が来るから、先取りさせて貰っちゃった」

 

「そう言うことか」

 

 彼は納得したのか頷くと、彼女の手を取り歩き始める。

 

「まだ回りきれていないからな。時間までに一回りするぞ」

 

「うん。何か美味しいものあれば良いけどな~」

 

 再び彼らは歩き始め、再び人混みに消えていく。

 祭りの賑わいは大きくなるばかり、その裏で暗躍している者の姿を隠すように━━━。

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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