SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory05 天灯に照らされて

 辺境の街、ギルド前。

 陽が沈み、空が朱色に染まり始めた頃、ローグハンター一党はその場所に集まった。

 いつものローブ姿に杖を持った女魔術師は、祭りから切り離されたような静けさに包まれたギルドを見上げ、何故か体をほぐしている銀等級二人に目を向ける。

 いつもの衣装に身を包んだローグハンターと、一度着替えに戻ったのか、いつもの軽鎧と籠手と脚甲をつけた銀髪武闘家。

 二人は手首を回し、足首を回し、ローグハンターは首を鳴らし、銀髪武闘家は髪紐を締め直す。

 

「あの、一体何をするつもりですか……?」

 

 何かの準備を進める二人の様子に、女魔術師が困惑したまま問いかけると、ローグハンターがストレッチを止めて彼女に目を向ける。

 

「これからギルドの壁を登る。今まで教えたことを生かして、しっかりついてこい」

 

「は、はい?」

 

 頭目の突拍子のない一言に、彼女は間の抜けた声を漏らした。

 彼の隣の銀髪武闘家はじっと壁を睨み、ある程度の道順を考えているようだ。

 ギルドを見上げながら、ローグハンターが言う。

 

「最初に俺が登るから、それを辿るように登ってこい。万が一に備えて下に武闘家を待機させるから、落ちても死にはしないだろう」

 

「え、あ、本当に登るんですか?この建物を?」

 

「ああ」

 

 女魔術師の確認に彼は当然と言うように頷き、彼女の言葉を待たずに窓枠に手をかける。

 そして何かに気づいたのか、手を離して女魔術師のほうに振り向いた。

 

「何なら杖を預かるが、どうする」

 

 止めるのか確認ではなく、まさか邪魔になりそうな装備の確認をされるとは。

 女魔術師は僅かに思慮して、首を横に振った。

 

「大丈夫です。自分で持ちます」

 

 彼女はそう言うと、杖を背中に回す。

 両手が開けられるように用意したベルトを、まさかこんなタイミングで使う日が来るなど、いくら彼女でも想像出来なかっただろう。

 彼は彼女の言動に僅かに嬉しそうに頷くと、再び窓際に手をかけ、ゆっくりと登り始める。

 窓枠に指をかけ体を持ち上げ、足をかけて次の窓へ。

 時には補強用の木板や、安全のためか窓につけられた柵に手をかけ、すいすいと登っていく。

 あっという間に登りきった彼は屋根の上へと消えていき、下からでも見えるように大きく手を振った。

 女魔術師は恐る恐ると言った様子で銀髪武闘家に目を向けて助けを求めるが、当の彼女はローグハンターに手を振り返している。

 もはや止める者はいない。この瞬間を見られていたら、後で何を言われるか……。

 だが、既に頭目は登り終えている。自分が行かなければ、銀髪武闘家は躊躇いなく登ることだろう。

 祭りの夜に、恋人関係の男女が、誰も来ない場所で二人きり。

 そこで何が行われるのかは想像に難しくない。

 

 ━━でも、ギルドの上なんだよな……。

 

 そんな事を思いついてしまった事を恥ながら、何故か冷静に思慮を深めた。

 その時、銀髪武闘家が彼女の顔を覗きこんだ。

 

「大丈夫?別に無理強いはしないよ?」

 

「大丈夫です。登ります」

 

 彼女は深呼吸をして体をほぐし、彼と同じ窓枠にその細い指をかけた。

 そして体を持ち上げ、次に足をかけ、次の窓へ。

 それを何度も繰り返し、腕の筋肉が僅かに悲鳴をあげても、それでも登る。

 彼に比べればだいぶ遅い。だが、その動きは正確で、一歩ずつ確かな足取りで登っていった。

 そして何分かかけて、彼女はようやくギルドの屋根の上にたどり着くことに成功した。

 ローグハンターは無事に登りきった彼女の頭を撫でると、再び下を覗きこんで手を振った。

 合図されてから二分ほど。銀髪武闘家も屋根の上に現れる。女魔術師ほど消耗している様子はないが、額には汗が浮かんでいる。

 三人は並んで屋根の上に腰掛け、沈み行く陽を眺める。

 朱色の空は紫へと変わり、陽が完全に沈む頃にはそれに代わって二つの月が大地を照らす。

 冷たい夜風に当たりながら、ローグハンターは白い息と共に呟いた。

 

「そろそろだ。始まるぞ」

 

 彼の呟きとほぼ同時に、街のある場所に生まれた灯火が、ゆっくりと天に向かって登り始める。

 何のことはない。この祭りはこの為にあるようなものだ。

 一つ、二つ、三つ、四つ。数えきれたものは、やがて数えきれぬ数へとなり、夜空の星にも負けぬように、優しく橙色に煌めき、街を照らす。

 天への登り行く天灯は、死者の魂を導き、あるべき場所へと送り出す。

 

「わぁ……」

 

 思わず女魔術師は声を漏らし、その目を輝かせた。

 ギルドの屋根の上という遮るものが何もないそこからは、その全てを一望できる。

 まさに特等席。彼は彼女らにこれを見せるために、少々無理をさせたのだろう。

 だが、その無理は報われた。これ以上ないほどに、見事な形で。

 ローグハンターは静かにその絶景を眺め、その目を細める。

 タカの目は必要ない。使ってしまえば、きっと見えなくなってしまう。

 何故浮いていくのか、この後天灯がどうなるかも、彼は知っている。

 だが、そんなものどうだって良いじゃあないか。

 目の前の景色は、そう思えるほどに素晴らしい。

 

 ━━しゃん。

 

 静寂に包まれた街の中に、静かな鈴の音が響く。

 それも一度だけではない。一定のリズムで繰り返されるその音は、場を清める為の神事の証。

 彼らはその音源を探し、そして見つけた。

 辺境の街の中央広場。

 今日一日だけで、何度も中に通った場所だ。

 そこには大勢の人が、様々な種族が詰めかけ、設置された円形舞台を囲むように設置された席についている。

 槍を担いだ青年やとんがり帽子の女性、私服姿の金髪の女性や筋肉質の男、まだ幼い冒険者やまだまだ新人の後輩たち。

 そして、汚れた鉄兜を被った男と、隣に腰かける三つ編みの女性。

 見慣れた姿をいくつか認め、ローグハンターは苦笑を漏らす。

 今日の祭りは、慈悲深き地母神への祈りの祭り。

 ならば、神にその想いを伝える巫女が必要だ。

 そして現れたのは、彼らに取って見慣れた少女。

 どういうわけか露出の多い真白の衣装を身に纏った女神官は、神器を模したフレイルを振るい、舞い踊る。

 フレイルに取り付けられた小さな鈴が、彼女が舞う度に音を響かせ、優しく観客たちを包み込む。

 いつかに妖精弓手が言っていたことは、きっとあのことだったのだろう。

 彼女の舞いは、きっと地母神にも届くことだろう。

 本来夜とは、祈らぬ者(ノンプレイヤー)の時間である。それでも、確かに、今この時だけは祈る者(プレイヤー)たちの時間だ。

 だからこそ、彼は動くことにした。

 やはり、視界の端で怪しげに動き回る影が、どうにも気になってしまう。

 彼は立ち上がり、そして歩き出す。

 そして背中越しに二人に声をかけた。

 

「少し用事を済ませてくる。あいつの舞いが終わる頃には、戻るつもりだ」

 

「……うん。ちゃんと戻ってきてね?」

 

 彼の背中に向け、銀髪武闘家は寂しそうにそう言った。

 女魔術師は何と声をかけるべきかを悩み、そしてそっと笑みを浮かべて呟く。

 

「気を付けてください……」

 

「ああ」

 

 彼は振り向くことなくそう返し、下の干し草の山に向けて何の躊躇いもなく(イーグル)飛び降りた(ダイブ)

 突然の彼の行動に二人は驚き、慌てて彼へと手を伸ばすが、肝心の彼は背中から干し草の山に落ちたところだった。

 彼はすぐさまその山から飛び出し、二人に向けて手を振ると、街の闇の中へと消えていく。

 取り残された二人は安心したのか、ホッと息を吐いて崩れるように腰掛けた。

 彼は行ってしまったが、彼女の舞いはまだ続いている。

 今なら、死に行く魂も無事に逝けるだろう。

 女神官が舞いと共に唱える歌は、『降神(コールゴッド)』の歌に他ならない。

 優しき地母神の力の一部を、その身にほんの一瞬だけ宿らせる、他のものとは一線を画す文字通りの『奇跡』。

 

「《大き、久き、(ひろ)き、厚き、大愛(おおうつくしみ)(かがふ)りて》」

 

 とある路地裏で、名のある一人の山賊が、奪い続けた代償として、その命を奪われた。

 

「《亦是(またこ)れ、盤上(おおつち)(あり)ては》」

 

 とある橋の下で、街で盗みを働いていた盗賊が、対価にその命を奪われた。

 

「《秩序、混沌、天秤の(あまね)くに(まざわい)なく、(つつが)なくあらしめ》」

 

 とある建物の屋根の上で、信条無き暗殺者の一人が、誰も殺めることなく暗殺された。

 

「《夜の守に護恵(まもりめぐみ)(さち)(たま)えと》」

 

 孤独な傭兵が、愛する家族が待つ場所へと送られた。

 

「《眞空遥(みそらはるか)(おろが)み、(まつ)らくを申す━━……》」

 

 狂った男が、狂った愛をぶつけようとした女の背後で、何の慈悲もなく殺された。

 そして、復讐に囚われた元冒険者が、目的の人物たちを目の前にして、闇の中に引きずりこまれた。

 その圃人(レーア)の元冒険者は、首を掴まれ壁に叩きつけられると、仕込み刀(アサシンブレード)の切っ先を、その見開かれた眼球に突きつけられた。

 その身長差から、その元冒険者の足は壁と空気を蹴るだけだ。

 捕らえた本人であるローグハンターは、感情が欠落した声で問いかける。

 

「お前の雇い主と、計画はなんだ」

 

「言うわけねぇだろ!あいつに消され━━!」

 

 言い切る前に、その右目を切り裂く。待っている時間も、聞き出すための駆け引きをする時間も惜しい。

 苦痛の絶叫は人々の歓声にかき消され、すぐ近くにいる筈なのに、誰にも届くことはない。

 

「……言わなければ、俺が消す」

 

「わ、わかった!た、たい、大将は南だ!それ以外の三方からゴブリンの群れをぶつける!」

 

「数は」

 

「い、一ヶ所十五匹そこらだよ!た、頼む、解放してくれ!」

 

「そうだな……」

 

 彼は元冒険者の首から手を離すと、地面に落下する前に左目の眼窩に刃を滑り込ませる。

 元冒険者は声にならない絶叫を最後に、そのまま息絶えた。

 

「確かに解放したぞ。醜い使命と、貴様の腐った信条からな……」

 

 彼はそっと呟くと、アサシンブレードを納刀する。

 両手とも、休まず殺し続けた為か、血で真っ赤に染まっている。

 血塗られた男に守られた優しき神への祈りは、きっと届いたことだろう。

 

「………」

 

 優しき暗殺者はフード越しに天をあおいで、そっと瞑目する。

 今もなお増えていく天灯に、この瞬間に消えていった魂たちも導かれているだろうか。

 いや、そうでなければ、救われないにもほどがある。

 

 ━━一体誰が?とは、とても聞けない。

 

 今日は死者たちに祈りを捧げる祭りの日だった筈なのに。

 今日は優しき地母神に祈りを捧げる日の筈なのに。

 それでもどこかで血は流れるものだ。

 

「天上の神々よ」

 

 目を閉じたまま、歯を食い縛り、湧き出る感情を押し殺し、力を込めて天に向かって告げる。

 

「どうか、我らを」

 

 ━━憐れみたまえ……。

 

 最後の一節は、周りの人々の歓声にかき消され、誰にも届く事はない。

 そんな誰かにかき消されるような声では、天上の神々に届くことなんて有り得ないだろうに━━━………。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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