SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory06 森に潜む

 女神官の舞いの終わりは、すなわち祭りの終わり。

 ギルドの屋根の上にいた銀髪武闘家と女魔術師は、彼が前もって準備していた改造ロープダートを使い、行きよりもだいぶ楽に降りることが出来た。

 二人が石畳の上に降りた頃、ちょうど良くゴブリンスレイヤーの一党が現れた。

 妖精弓手は二人が腰に巻いたロープを外している姿を怪訝そうに見つめ、自慢の長耳を上下させる。

 

「あ、あんたたち、今どこから来たのよ……」

 

 二人は笑って誤魔化す他ないのだが、ゴブリンスレイヤーは二人を気にせず兜を巡らせて彼の姿を探す。

 頭目の彼が、一党の二人を置いてどこかに行くなど想像出来ないのだろう。

 

「あいつはどうした」

 

「何か用事を済ませて来るって」

 

 ちいさく首を傾げての一言に、ゴブリンスレイヤーは小さく唸る。

 流石に彼に無断で彼女らの手を借りるのは、気が引けると言ったところなのだろう。

 だが、その心配は杞憂に終わる。

 路地裏から、見慣れた人影が音もなく出てきたのだ。

 真っ先に気づいた銀髪武闘家は、その表情をパッと明るくする。

 

「あ、おか……え……り……」

 

 そしてすぐにその表情を曇らせた。

 去ってから確実に何かあったのだろう。その両手が血で真っ赤に染まっているのだ。

 当のローグハンターはフードの下で苦笑を漏らし、その血に濡れた両手を見てため息を一つ。

 

「街にならず者(ローグ)どもが入り込んでいた。何かする前に対処したが、明日は面倒なことになりそうだな……」

 

 既に行動に移していた彼に仲間たちが驚くなか、彼は女神官に目を向けて申し訳なさそうに言った。

 

「……神聖な儀式を囮に使ってしまった。申し訳ない」

 

「い、いえ。気にしないでください」

 

 彼女は困ったように笑いながら首を横に振る。

「すまない」ともう一度謝ると、集まってくれていた仲間たちに目を向けた。

 

「街の北、東、西の三方からゴブリンが来る。数はそれぞれ十五前後だ。頭目は南、おそらくゴブリンを従えているだろう」

 

「あ、確かに、森のほうに何か見えたかも……」

 

 彼の情報に銀髪武闘家が自信なさげに続き、ゴブリンスレイヤーは一度頷いた。

 

「やはり来たな。行けるか」

 

 ゴブリンスレイヤーの確認に彼は即断で頷くと、一党の二人に目を向ける。

 二人も頷き━━銀髪武闘家だけ心配げだったが━━同意の意思を示す。

 たった八人の冒険者で街の三方を守り、敵の頭目のいる南側も迎撃しなければならない。

 だが、彼らは幸運だ。

 ここにはゴブリン退治のプロとその相棒がいる。

 その二人が考え抜き、森の各所に設置して回った大量の罠がある。

 何の準備もなく今日を迎えていれば、苦戦は必至だったことだろう。

 彼らは街の外を目指して駆け出し、そんな中でふと鉱人道士が女神官に目を向けた。

 彼女は先ほどの舞いを終えたまま合流したようで、その格好はおおよそ戦闘に向いたものではない。要するに、露出が多すぎる。

 

「にしても娘っ子。その格好で森に繰り出す気か?ちいと目の毒でないかえ?」

 

「え、あ、わたし、これはその神事だから……。着替える時間もないですし……っ」

 

 言われたことで改めて自覚したからか、その頬を赤くして彼女はそう言った。

 

「拙僧は似合っていると思いますがな」

 

「私も似合ってると思うわ」

 

「ええ。ホント、巫女って感じ」

 

「うん!似合ってる似合ってる!ゴブスレも、キミも、そう思うでしょ?」

 

 蜥蜴僧侶、女魔術師、妖精弓手、銀髪武闘家が彼女をフォローし、黙々と前を走っていた二人に同意を求めた。

 ローグハンターは僅かに振り向き、肩をすくめて見せる。

 彼のその動作が何を意味をしているかはわからないが、「俺に訊くな」とでも言いたかったのだろう。

 その隣のゴブリンスレイヤーは、ふむと一度小さく頷き、いつも通りに淡々と言った。

 

「悪くはない」

 

「ふぇっ!?」

 

 驚いたのは女神官だけではない。

 一名を除いて、彼の呟きが耳に届いた人物たちもだ。

 女神官は真っ赤になり、蜥蜴僧侶は言葉に困る。

 妖精弓手はゴブリンスレイヤーの体調を気にかけ、鉱人道士は弄ることなく凍りついた。

 女魔術師もその目を見開いて驚愕を露にして、銀髪武闘家はこの後の展開が読めたのか、苦笑を浮かべた。

 ローグハンターはゴブリンスレイヤーを横目で見つめると、わざとらしくため息一つ。

 

「それはこの状況のことか。それとも彼女の格好を含めてか」

 

「……状況()良いだろう」

 

 僅かに言葉を考えたのか、妙な間を開けての一言。

 状況「は」ではなく、状況「も」。つまり、彼は彼女の姿に対しても「良い」と判断したのだろう。

 その答えにたどり着いた女神官は、更に真っ赤になりながら俯いて僅かに減速。

 その手を女魔術師が掴んで半ば無理やり走らせる。

 ふと、妖精弓手が長耳を僅かに上下させると呟く。

 

「……嵐になりそう」

 

「嵐が来るとなると、多少の音と臭いは誤魔化せるな」

 

 ローグハンターは女性陣に目を向けて、苦笑混じりにそう返した。

 若手の二人と妖精弓手から乾いた笑みが漏れ、銀髪武闘家も思わず苦笑。

 そんな彼女らの横をその短い足を必死に動かして並走する鉱人道士は、前を走るゴブリンスレイヤーに問いかける。

 

「かみきり丸よ。今回はわしらだけで大丈夫なんか」

 

「ああ。どうやら今回のゴブリンどもは分散しているようだからな」

 

「街の三方を手早く対処出来れば、残るは南だけだ」

 

 ローグハンターがそう言うと、ゴブリンスレイヤーは一度頷いて同意し、南方にいる今回の首謀者の何者かに向けて言う。

 

「数が頼みのゴブリンを分散させるとは、素人(ヌーブ)め」

 

「ついでに口の軽い手下に情報を預け、隠密行動の仕方も雑。素人(ヌーブ)だというだけでなく、人を見る目すらないな」

 

 銀等級の二人からこれでもかと虚仮(こけ)にされるその黒幕は、きっと勝利を確信してほくそ笑んでいることだろう。

 だが、その黒幕は一つ大きなミスを犯した。

 まず、小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)がいる街に、ゴブリンで攻撃を仕掛けたこと。

 次に、ならず者殺し(ローグハンター)がいる街に、たった数人のならず者(ローグ)しか送り込まなかったこと。

 件の黒幕は、攻める上でとても重要なことをしていなかったのだ。

『情報収集』。単純にして、結果に直結するものの一つであるそれを怠っては、勝ち戦が一瞬で負け戦へと変わってしまう。

 それに気づかぬまま攻めてくるのだから、まさしく黒幕は素人(ヌーブ)なのだろう。

 それが手加減する理由にはならない。守る側が多少の楽を出来るだけだ。

 彼方で喉を鳴らす稲妻を聞きつつ、ゴブリンスレイヤーは宣言した。

 

「━━ならば、教育してやる。やることはいつも通りだ」

 

 彼の言葉に仲間たちは頷いて返し、ローグハンターはアサシンブレードの鞘をそっと撫でる。

 

「教師はしょうに合わないがな」

 

 

 

 

 

 辺境の街、西側の森。

 雷鳴が鳴り響く中、そのゴブリンたちは進んでいた。

 彼らの「大将」から禁欲を命じられ、溜まりに溜まったものをこれから爆発させられると思うと、その士気は高い。

 いつだって彼らは目の前に弱者を見つけると、それを蹂躙する瞬間を妄想し、その悦びに浸る。

 雑多な装備を身に纏い、雑ながらも隊列を組むゴブリンたちは、こそこそと茂みの中を進んでいく。

 そして、街の明かりを認めた瞬間、隊長気取りのゴブリンが手で合図して隊列を止める。

 彼らの下卑た笑顔を浮かべて目を合わせ、再び前進を始めていき━━。

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)》!」

 

 その隊列の右脇に放たれた『火矢(ファイアボルト)』が炸裂し、三体ほどが纏めて火だるまとなった。

 近くの茂みに身を隠す女魔術師の姿を探して慌てふためくゴブリンたちに、更なる悲劇が続く。

 

「イィィィイイヤアアアアッ!!!」

 

 隊列の左脇から、怪鳥音と共に躍り出た銀髪武闘家の飛び膝蹴りが炸裂し、ゴブリンの一匹の頭が割れた。

 着地の勢いのまま左足を踏ん張り、それを軸として渾身の回し蹴り。

 半月の軌跡の残した蹴りの一閃は、ゴブリン三体の首をはね飛ばす。

 

「GOB、GOORG!!!」

 

 隊長格のゴブリンが広がっていく混乱を抑えようと声を荒げるが、その最中にも銀髪武闘家の拳と蹴りがゴブリンを屠っていく。

 とあるゴブリンが女魔術師を見つけたが、彼女が杖を槍のように振るい、その頭を殴打。

 遠心力に乗せた一撃はゴブリンの頭蓋をへこませ、膝をつかせる。

 そこに石突きで追撃の突きを放ち、ゴブリンの頭蓋がもはや滑稽なほど見事に歪む。

 そのゴブリンは白目を剥き、ついに崩れ落ちた。

 生き残った三匹のゴブリンは戦々恐々とし、どうにか撤退しようと後退り。

 その時、一匹のゴブリンが足元の紐に足を引っ掻けた。

 瞬間、重石の外れた綱が滑車を勢い良く走り、彼らの頭上から死が襲いかかる。

 

「━━━!?」

 

「━━━!!」

 

 死とは、杭を丸く束ねて縛り上げた刺球であった。

 滑車の勢いのまま落下した刺球は、無慈悲にゴブリンどもを薙ぎ倒す。

 幸運にも屈んでそれを避けたゴブリンは、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべて起き上がる。

 そして、振り子の勢いで戻ってきた刺球がその頭をもぎ取った。

 西側のゴブリンたちは、たった二人の冒険者と事前に仕込まれていた罠のお陰で、何も出来ずに呆気なく全滅した。

 北と東の森のゴブリンたちも、似たような末路を辿っていることだろう。

 念のためとゴブリンたちの死体を調べて回り、死んだふりをしていないかを確かめる。

 結果的に全てのゴブリンは死んでおり、肉は森の獣たちの食料となり、残ったものも森の養分になることだろう。

 ふと、女魔術師は僅かに歪んだ杖の石突きを見て首を傾げる。

 

「刃物でも仕込もうかしら……」

 

「ん?でも、『金物は魔術を妨げる』とか言うんじゃないの?」

 

 籠手をつけ直しながら銀髪武闘家が訊くと、女魔術師は一度頷くと苦笑した。

 

「ですけど、半分迷信ですよ?先生方は本気でそう思っていましたけど」

 

「ふぅん。ま、その話は明日ね。まずは彼と合流しないと」

 

「そうですね。行きましょう」

 

 銀髪武闘家が先んじて走り出し、女魔術師がその後に続く。

 そのタイミングを見計らっていたのか、ゴブリンたちの死体に狼が群がり始めた。

 その血肉は彼らの生きる糧となることだろう。

 その血肉が、ゴブリンたちによって無慈悲に奪われた命で出来たものであったとしても。

 

 

 

 

 

 辺境の街の南。

 牧場の脇の街道をローグハンターは歩いていた。

 装備を取りに戻っていたのか、現在はフル装備だ。

 

ならず者(ローグ)を片付けたのだろう。少し休め』

 

 ゴブリンスレイヤーにそう言われ、一党の二人からもそう言われては、断る事も出来ない。

 彼らが負けるとは思っていないが、こうして街の外を一人だけで歩くのは、随分久しぶりなように思える。

 だが、仕事を頼まれたこともまた事実。

 ゴブリンスレイヤーが使っているという牧場の納屋の脇に、それはあった。

 彼の背丈ほどある樽。それが二つ。

 

「………話と違うぞ」

 

 ゴブリンスレイヤーからの頼みは『樽を運んでくれ』というものだった。

 言葉から一つと判断してしまったのは自分なのだが、まさか休めと指示した男に重労働をさせるとは……。

 彼は盛大にため息を吐き、その樽の一つを横にすると転がし始める。

 ゴロゴロと雷にも似た音を響かせ、牧場脇の燻製小屋を目指す。

 嵐が近づいているのか、先程から叩きつける雨の強さは増すばかり。

 目深く被ったフードに雨粒が当たり、弾ける音が耳を殴り続ける。

 雨のお陰で両手の血は落ちたとはいえ、あまり気持ちの良いものではない。

 数分かけて一つを運び終え、駆け足で二つ目へ。

 ゴロゴロと音をたてて転がしていると、不意に声をかけられた。

 

「あれ、ローグハンターさん?」

 

「む……」

 

 彼は周囲を見渡し、そして牧場の小屋に目を向ける。

 そこだけ窓が開いており、そこから牛飼娘が顔を出しているのだ。

 

「何やってるの、風邪引いちゃうよ?」

 

「おまえの幼なじみに頼まれてな。何、この程度問題ない」

 

 幼なじみ。つまりゴブリンスレイヤーのことなのだが、それに気づいた彼女は苦笑した。

 ローグハンターは樽を押す前傾姿勢から体を起こし、一度腰を伸ばしてぐるりと肩を回す。

 

「風邪を引いても、面倒を見てくれる奴もいるからな」

 

「あ、なるほど……」

 

 彼の発言に、牛飼娘はベッドで倒れる彼と、甲斐甲斐しく世話をする銀髪武闘家の姿を妄想して苦笑した。

 この天気だから、もしかしたらその逆の可能性だってある。どちらにしろ、彼女が羨ましいだけだなのだが。

 ふと、ローグハンターが彼女に言う。

 

「ちょうど良い。あいつから伝言がある」

 

「伝言、彼から?」

 

「ああ」

 

 ローグハンターは頷くと、口元に笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

「『明日の朝食はシチューが良い』だとさ。まったく、愛されてるな」

 

「あ、愛……。あぅ……」

 

 牛飼娘が顔を真っ赤にさせて窓枠の下に沈んでいったが、ローグハンターは構わずに告げた。

 

「確かに伝えたからな。それと、またあいつに構ってやってくれ」

 

 彼が頼むと、彼女の細腕が伸び、了承の意味を込めてか左右に振られた。

「良し。戸締りに気を付けろよ」と言うと、再び樽を押し始める。

 ゴロゴロ、ゴロゴロ。雷にも似た音を響かせて彼は進んでいく。

 決戦の時は近く、それが嵐の中になることは、間違いないだろう。

 

 ━━━嵐には良い思い出がない。

 

 彼はため息を吐き、僅かに疼く口元の傷跡を撫でた。

 それでも、やらねばならない。

 理由はこれ以上なく単純だ。

 

 ━━この街が好きだから。

 

 信頼できる仲間たちがいて、寝泊まりしている宿があり、そして何より、愛する人と一時的だが愛する妹がいる街だ。

 戦う理由には十分過ぎることだ。

 樽を運び終えたローグハンターは、燻製小屋の中に入り、釜に火をかける。

 薪が湿気っているから、中々火がつかない。

 火打ち石はあるが、燃やすものが湿っていては意味がないだろう。

 彼は再びため息を吐き、仲間たちの合流を待つ。

 彼の耳にとても小さいながらも『下卑た笑い声』が聞こえたのは、その時だった━━━。

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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