SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory07 孤独な刃

 牧場の燻製小屋の中で、ローグハンターは一度舌打ちをして外に出る。

 吹き付ける風と叩きつける雨。二つが合わさり、視界が非常に悪い。

 ゴブリンどもの『下卑た笑い声』がガンガンと耳に響き、それは少しずつ強くなっている。このまま接近してくれば、ゴブリンスレイヤーたちの合流より先に接敵することだろう。

 

「……仕方ない、か」

 

 迎撃手は自分一人。ゴブリンスレイヤーたちに異常を知らせる合図をしても、到着まで粘らなければならない。

 彼は一旦燻製小屋に戻り、各種グレネードをポーチから取り出し、床に並べる。

 それぞれ所持数最大の五発分だが、使いようによっては効果的にも無駄にもなるだろう。

 各種ダートも最大の十五発。こちらは、細かい数の対処に使うべきか。

 彼は手早く算段を纏め、ゆっくりと息を吐く。

 敵を殲滅出来れば良い方、時間稼ぎが最低条件、最悪死んでも……。

 彼はそこまで考え、ため息と同時に首を横に振る。

 

 ━━死んだら駄目だ。あいつらを泣かせる。

 

 五年前ならこんな事を思わなかっただろう。

 だが、今の彼には死ねない理由がある。

 こちらが安全で、敵に最大の打撃を与えるにはどうするか。

 

 ━━敵の通り道を予想し罠を張り、隠れ場所に潜み、敵の死角を突く。

 

 何だ、いつも通り簡単なことではないか。

 彼は不敵に笑むと、グレネードをポーチに押し込んで立ち上がる。

 念のため、小屋の中に彼らへの伝言を残し、その場を後に。

 罠の設置場所を考え、仕込んでいく中で、不意に下卑た笑い声に混ざって、サイコロを転がす乾いた音が耳に届いた。

 この世界の出来事は、神々が振ったサイコロの出目で結果が決まると言う。

 今頃神々は、自分という駒を相手にサイコロを振っていることだろう。

 

 ━━知ったことか……。

 

 運は自分で掴むものだ。神々のサイコロ一つで何もかもが決まってたまるものか。

 彼は嵐の闇の中にその身を進ませる。

 迷いも躊躇いもない。

 闇の中は、彼にとっても好都合だ。

 

 

 

 

 

 辺境の街、南方の草原。

 ゴブリンたちとその大将に当たる人物は、嵐のただ中となったその場所を、ゴブリンを率いて悠々と進んでいた。

 ゴブリンたちにとって、この夜の嵐は天恵であった。

 雨のお陰で音は響かないし、暗がりは彼らの姿を隠す。

 ゴブリンたちにとっては、今日という日はまさに襲撃日和。このチャンスを逃せば次は来ないだろう。

 その考えは、彼らの大将である闇人(ダークエルフ)にとっても同じ事。

 薄汚れた革の胴衣、雨を吸って重くなった外套。腰には細身の突剣。

 その肌が闇色で耳が尖り、髪が銀であったとしても、その闇人は冒険者に見えるだろう。

 それも、その手に握られた「腕のような何か」が無ければの話だ。

 何かしらの儀式に使うことは間違いない。その腕は命が宿っているかのように煌めき、脈動している。

 秩序に属する者が使うものではない。明らかに混沌の勢力が使う代物だ。

 闇人は騒ぎながらも指示通りに進むゴブリンたちの背中を眺め、不敵に笑んだ。

 一匹一匹が雑魚だとしても、三十もいれば脅威になろう。

 

 ━━最も、ゴブリンどもは囮でしかない。

 

 彼の真の目的はただ一つ。

 かつて混沌の神々が作り出したという百手巨人(ヘカトンケイル)の復活。

 それを成すために、今日という日まで生きながらえた。

 

「……しかし、上手く行く、か?」

 

 ある時混沌の神々より下された託宣(ハンドアウト)を疑うわけではないが、何か失敗したような気がしてならない。

 東西北のゴブリンからの連絡が無いことか。

 街に送り込んだならず者(ローグ)どもが騒ぎを起こさないことか。

 そもそもこの街に攻めこむことか。

 闇人はその思考を振り払い、ゴブリンたちに再び前進の指示を出す。

 その時、彼らの前方で『パンパンパン!』と何かが激しく弾ける音が鳴り響いた。

 

「GOB!?」

 

「GRRB!!」

 

 最前列の一匹が慌てふためき、後ろのゴブリンに頭を小突かれて無様に転がり回る。

 それを見た周りのゴブリンが、無様な姿を晒す仲間を嘲笑う。

 闇人は大きくため息を吐き、その音の発生源に目を向ける。

 雨の中でも何かが燃えて、それで音が出ているようだ。

 

「……調べろ」

 

 彼の指示に、とあるゴブリンがおっかなびっくりとその音源を槍でつつく。

 燃え尽きた『爆竹』は燃え滓となり、その使命は既に終えている。

 ゴブリンはその燃え滓をつまみ上げ、仲間たちに見せびらかす。

 子供のいたずらか何かのようだが、なぜこのタイミングで……?

 闇人は疑問に思うが、すぐさまその疑問を切り捨てる。

 何があろうとも、その手に握る呪物があれば問題ない。

 闇人は前進を指示し、ゴブリンたちはまた歩き始めた。

 そして、とあるゴブリンが僅かに盛り上がった土を踏んだ瞬間、

 

 ━━盛大に地面が爆ぜた。

 

「なんだ!?」

 

「GRRBGOBR!?」

 

「GOORGGOBR!!」

 

 慌てる闇人とゴブリンたちは、何が起きたのかを理解していない。

 今の爆発で、三匹のゴブリンが肉片へと成り果てる。

 一度混乱を起こせば、後はそれを広げ続けるだけだ。

 

「G━━GRRBGOBR!!!!」

 

 とあるゴブリンが突如として叫び、棍棒片手に暴れ始める。

 打撃というのは恐ろしいもので、剣撃に比べてやることは単純だ。

 ただ狙って、渾身の力で殴るだけ。鎧の隙間を突かなければならない剣に比べればだいぶ楽だろう。

 膂力(りょりょく)の低いゴブリンであっても、冒険者からしてみればその強打(バッシュ)は十分脅威だ。

 その冒険者よりも柔いゴブリンからしてみれば、どこだろうが一撃当たれば致命傷となる。

 暴れ始めたゴブリンは混乱する仲間たちを次々と殴り殺し、果てには大将でもある闇人にさえ襲いかかるが、

 

「フンッ!」

 

 突剣の一突きで、そのゴブリンの首を貫いて見せた。

 痙攣を繰り返すゴブリンを蹴り倒し、突剣を引き抜く。

 闇人は突如として暴れたゴブリンの死体を忌々しげに睨み、剣の血を払うと被害を確認。

 先程の爆発で三、今の暴走で死んだゴブリンは五匹を道ずれにして逝った。

 合計九体。街にたどり着く前に、三分の一が討ち取られた。

 まったく忌々しいことだが、同時に彼は周囲に気を配る。

 確実に、何者かが自分たちを狙っている。

 流石のゴブリンたちもその事実に気づいたようで、周りを警戒し、武器を握る手に力を込める。

 

「♪~」

 

「GOB!!」

 

 近くの茂みから、口笛の音が漏れた。

 気づいたのはそのゴブリン一匹だけで、仲間や大将も気づいた様子はない。

 叩きつける雨の音は、口笛のような小さな音を隠してくれる。

 そのゴブリンは仲間を呼ぶかと悩んだが、醜悪に笑んで手にした槍を構える。

 そこにいる奴を殺せば、きっと他の奴よりも多くの褒美を貰える。

 どこまでも自分勝手なゴブリンは、口笛を吹いた人物のいる茂みに飛び込み、そして二度と出てくることはなかった。

 

 ━━これで十……。

 

 ローグハンターは今殺害したゴブリンを茂みに引きずりこみ、その身と死体を隠す。

 常に考え、行動し、考えうる最善の一手を打つ。

 やることはいつだって変わらない。

 想像力は武器であり、足りない者は死ぬだけだ。

 次の罠の位置を確認し、タカの目で残敵を確認。

 禍々しく光って見える腕のような何かと、それを持つ闇人が今回の騒動の原因に違いない。

 だからと言って大将首をとっても、ゴブリンは構わずに殺しに来るだろう。もしくは怯えて逃げるかの二択。

 そのどちらも許されないのだから、手を考えなければならない。

 本来冷たい筈の頬を伝う雨粒が、何となく心地良い。

 火照った体を冷やす一方で、無駄に体力を消耗させてくるのだから、忌々しい限りだ。

 彼はまだ温かいゴブリンの死体を一瞥し、その腹を開く。

 切り開いた場所から湯気が漏れるのは、まだまだ熱を持っている証拠。

 彼は音もなく息を吐くと、手を温めるついでにその臓腑を手拭いに包み、懐にしまう。

 血が滲み出る気持ち悪さを気にすることなく、音もなく走り出した。

 そして再びの爆音が草原を駆け抜ける。

 僅かに聞こえたゴブリンの断末魔から、死んだのは二体ほどか。確認したいが、移動を優先。

 どこまでも冷静なローグハンターとは対称的に、闇人とゴブリンたちは文字通り慌てふためいていた。

 

 ━━足を踏み出すだけで死ぬかもしれない。

 

 その恐怖心を刻まれたゴブリンたちは進むのを止め、次に誰が進むのかを話し合って━━押し付け合って━━いる。

 闇人は歯を食い縛り、その姿を忌々しげに睨み付けた。

 ゴブリンの頭脳では、いくら話し合ったところでどうにもならない。

 無理やり進ませようにも、臆病なゴブリンがあっさりと承諾するとも思えない。

 闇人は仕方ないとばかりに息を吐き、その手に握る呪物を掲げる。

 

「《オムニス(万物)……ノドゥス(結束)……リベロ(解放)》……!!」

 

 闇人の口から紡がれたのは『分解(ディスインテグレート)』の術だ。

 真に力の込められた古代の言葉は、白い光の帯となって草原を駆け抜ける。

 巻き込まれたゴブリンとローグハンターが仕掛けた複数の地雷、そして降り注ぐ雨すらも塵芥(ちりあくた)へと変え、やがて消える。

 

「これで道が出来たな……」

 

 闇人は呪物を降ろし、幸運にも今の砲撃に巻き込まれなかった十体ほどのゴブリンをギロリと睨んだ。

 ゴブリンたちは怯え上がりながらも、再び前進を開始しようとして━━、

 

「GOB……?」

 

 草原に佇む人影に気づいた。

 両手に握る長短一対の剣を腕ごとだらりとぶら下げ、力を抜いているようだ。

 闇人も彼の姿を認め、ニヤリと邪悪に笑う。

 今の攻撃を目の当たりにし、戦う気力を失ったのだろう。

 彼は勝手にそう判断し、げたげたと嘲笑うゴブリンたちに指示を出す。

 

「奴を殺せ!生きていることを後悔するほど、残酷にな!」

 

『GOORGGOBRRRR!!!!』

 

 ゴブリンたちは一斉に吼え、そして彼へと殺到していく。

 ローグハンターは慌てることなく、両手の剣を投げ放った。

 高速で縦回転するその剣は、それぞれ一匹ずつの頭蓋を砕く。

 

「……二つ」

 

 彼はそっと呟くと、懐に手を入れて煙幕を数個取り出すと、ゴブリンたちを十分に引き付けてから地面に叩きつける。

 一寸先も見えない濃霧に包まれたゴブリンたちは、とりあえず彼のいた場所に各々の武器を振り下ろす。

 ━━が、全て空振り。誰一人として、彼に当てることは出来なかった。

 そして、何も見えない煙の中でそれは始まった。

 

「GOB!?」

 

「三……」

 

 煙の中で何かが動けばゴブリンが死に、恐怖はさらに広がっていく。

 アサシンブレードの鋭さは、どんな雨の中でも変わることはない。

 タカの目の鋭さは、どんな状況でも変わることはない。

 つまり、煙の中は彼の独壇場。

 追い詰めたと思った矢先に、その状況をひっくり返された。

 闇人は悔しさからか歯を食い縛り、再び呪物を掲げようとするが、一度舌打ちを打つ。

 あの術は確かに強力だ。だが、連発を出来ないという弱点があるのだ。

 

「GOORG!GR━━!!!」

 

 幸運にも煙を脱出したゴブリンも、黒い手によって再び引きずり戻され、そのゴブリンの断末魔が響いた。

 そして、一際大きな断末魔が響くと、煙の中から彼が歩み出てくる。

 返り血が黒い衣装に不気味な斑模様を浮かび上がらせ、僅かに揺れる体は、まるで亡霊のようにも見える。

 闇人はその目を細め、突剣を握り直す。

 その様を見て、ローグハンターはゴブリンから奪ったものだろうか、右手の直剣を握り直した。

 

「……頭目はおまえか」

 

「いかにも。我こそは混沌の神々より託宣(ハンドアウト)を受けたる無秩序の使徒よ!」

 

 右に突剣、左に呪物。その二つを構えたまま、闇人は高らかに叫ぶ。

 

「更に率いる四方よりのゴブリン軍とその名を馳せるならず者(ローグ)ども。貴様、楽に━━」

 

「全滅したゴブリン軍も、始末し終えたならず者(ローグ)どものことも、おまえのことにも興味はない」

 

 闇人の言葉を切り捨て、ローグハンターは直剣を肩に担いで顎を擦る。

 

「……ゴブリンロードのほうが手間だったな、間違いない」

 

「━━━」

 

 彼の言葉を理解するまで一拍。

 そして理解すると、その表情を憤怒に染めた。

 

「き、さまぁあっ!!」

 

 その怒りに任せ、闇人は一気に飛び出す。

 雨でぬかるんだ草原であったとしても、その足運びには何の障害もならない。

 不可思議な足捌きから繰り出されるのは、閃光のような突剣。

 僅かに煌めく刀身には、僅かながらに魔力が込められているのだろう。

 魔法の武具、いわゆる魔剣。珍しくもない。

 ローグハンターは直剣でその切っ先を逸らしにかかる。

 魔法も無しに銀等級まで上り詰めた彼の技量は、突剣の一突きを逸らすことなど他愛ないだろう。

 だが、一つ問題が起こる。

 突剣の細い切っ先が異様なまでにしなり、彼の頬に迫っていくが、咄嗟に出された左手のアサシンブレードに阻まれる。

 仕込み武器の存在に驚く闇人の腹に彼は膝蹴りを打ち込むが、異様に硬い感覚が脳に届いた。

 

 ━━鎧か……。

 

 彼は素早く後ろに転がって距離を取り、腹を押さえる闇人に目を向けた。

 打撃は鎧越しでもある程度のダメージを与えることが出来る。咄嗟に出した一手は、割りと効果的だったのだろう。

 闇人は何度かむせると、その瞳に確かな敵意を宿らせた。

 

「私を怒らせたな、只人風情が……!」

 

 自分が油断しただけだろう。

 彼はその言葉の代わりに大きく息を吐き出し、アサシンブレードを一旦納刀。

 闇人は呪物を高々と掲げ、天に向かって叫びをあげる。

 

「《おお、大腕の君、暴風の━━》!?」

 

 その叫びは、天に届くことはなかった。

 その言葉より早く、彼の左手に握られた短筒が火を噴いたのだ。

 雨で湿気る可能性を考慮すると、危険な賭けでしかないのだが、今回ばかりは神々は彼に味方したようだ。

 最も、これは彼が毎日整備を欠かさず、常に新品同然にしていたから起きた事。つまり、この結果は必然だった。

 だが、彼に一つの不運(ファンブル)が襲いかかる。

 

「《━━吹けよ風……!呼べよ嵐……!我に力を与えたまえ》……!!」

 

 闇人としてはまぐれ(クリティカル)も良いところだが、ローグハンターの放った弾丸が、ほんの僅かに急所を外れたのだ。

 いくら練習をしても、フリントロックピストルその物の命中精度に難がある。

 近距離ならともかくとして、僅かばかり距離が有りすぎたのだろう。

 

「……これだから銃は苦手だ」

 

 後悔したところでもう遅い。異変は既に始まっている。

 闇人の全身より異様な音が鳴り響き、体が捻れ、膨れ上がる。

 やがて、内から弾けるように()()は現れた。

 禍々しく異様な繋がりを見せる骨格に、強靭な筋肉が絡み付く。

 それが合わせて五本。生来の腕と合わせ、合計七本。

 

「き、さまぁ!楽に死ねると、思うな……!」

 

 血と共に怨嗟の声を吐き出し、血走った目でローグハンターを睨み付ける。

 彼は割りと大きめのため息を吐き、手首を回して直剣を構え直す。

 異形の敵の相手は、彼の苦手とするところだ。

 だが、一つだけ確かなことがある。

 血も涙もないという言葉もあるが、あれは偽りだろう。

 傷を負えば血は出るし、何かあれば涙を流す。

 生物にとって、避け得ようのない一つの事実。

 

「━━血が出るのなら、殺せるか」

 

「舐めるな、只人が、冒険者風情がぁ!」

 

 七本腕の異形が飛び出し、たった一人の只人がそれを迎え撃つ。

 増援はまだ来ず、嵐は強まるばかりだ。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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