七本腕の怪物となり果てた闇人は、その増えた腕を振り回し、ローグハンターに襲いかかる。
対する彼は、時折放たれる突剣の一撃を捌く程度で、まさに防戦一方という状況だ。
「どうした、只人!守ってばかりでは━━」
闇人が言いかけた瞬間、ローグハンターの直剣の突きが頬を掠め、自慢の長耳にも僅かな切り傷が刻まれる。
ローグハンターは小さく舌打ちをすると、後ろに転がって距離を取る。
どうにも体が重い。体調管理を怠った記憶は無いが、今日一日で動き過ぎたか。
だが、目の前の闇人はそんな事に構うことはない。むしろ、悦んで殺しに来るだろう。
鎧や兜を纏っていようが、諸とも叩き潰してくるであろう一撃は、ローグハンターを捉える事はない。
彼は横に転がってそれを避けると、爆音にも似た音と共に泥が跳ね上がた。
降り注ぐ泥をフード越しに浴びながら、彼は駆け出す。
矢のように鋭く、速い。そこらの只人なら、まず間違いなく反応すら出来ないだろう。
だが、相手は
背中から腕が生えているにも関わらず、その動きに淀みは無い。
放たれたローグハンターの突きを突剣で受け止め、背中の腕で彼を捕まえようと伸ばしていくが、
「ぬぅ……!?」
突然の痛みに思わず唸る。
捕まれる寸前に左手のアサシンブレードを一閃し、その手のひらに傷をつけたのだ。
闇人は後ろに飛んで距離を開けるが、その瞬間に腰のピストルを抜き、手早く照準を合わせて引き金を引く。
再び放たれた弾丸は豪雨を切り裂き闇人に迫るが、当たる直前に盾代わりに差し出した背中の腕で防がれる。
これで二発とも使ってしまった。装填する隙は、くれないだろう。
彼はピストルをホルスターに押し込むと刃の欠け始めた剣を握り直し、長く息を吐く。
ゴブリンから奪った剣では、魔剣と数度打ち合えばすぐに限界は来るだろう。
一度か、二度か。どうやってもその程度だろう。
アサシンブレードでも、下手に受けるのは危険だ。折れたら最後、直せる人物がいるのかがわからない。
闇人は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、背中の腕を彼に向けて伸ばす。
関節を外したのか、それとも魔術によるものか、明らかに本来の長さを無視し、異常なまでに伸びている。
ならば、下がるのは悪手だろう。
伸びてくる五本の腕を隙間を縫うように、ローグハンターは前に飛び出す。
待ち受ける闇人の右手には突剣。ある程度の型はあれど、何より反射神経が物を言う武器。
「はっ!捨て身の突進か?甘いわ!」
ひゅんと閃いた銀光を、ローグハンターは辛うじて避けるが、それはフードに掠めていたのか、彼の視界が急に広くなる。
構わずに放たれた直剣一閃は、咄嗟に後ろに飛んだことで避けられる。
それでも僅かに掠めたようで、闇人の胴衣が僅かに裂けるが、そこまでだ。
「━━ハァ……」
ローグハンターは重く息を吐き出し、じっと闇人を睨む。
やはり調子が上がらない。毒を受けたわけでもないのに、体が鉛のように重く、体の芯が妙に熱い。
「ハハハハハッ!!私の相手をするには、まだまだだ!」
闇人は再び腕を伸ばし、彼を付け狙う。
あれをされては、もはや前に出るしかないローグハンターは再び駆け出す。
先程よりも複雑な軌道を描く五本の腕の隙間を掻い潜り、時にはその腕に傷をつけて気を逸らすことも忘れない。
一歩進むごとに泥が跳ね上がり、彼の姿を汚していく。
闇人はそんな無様な敵の姿を嘲笑い、突剣の間合いに入ってくる瞬間を待つ。
横合いから伸びてきた腕を彼が転がって避け、勢いのまま立ち上がったその瞬間、闇人の突剣が閃いた。
その表情には勝ち誇った笑み。もはや避けられるなんて事は一切考えていない。
そして、何を貫いた感覚の後、闇人の視界が真っ赤に染まった。
「……っ!?」
驚愕し、狼狽える闇人は何者かに押し倒され、赤く染まった視界に彼の影を捉える。
右手を振り上げ、そこには宿るのは刃の閃き。
それは何の躊躇いなく闇人の頸椎を貫き、そして断ち切った━━━。
なかなか波乱万丈で、面白い冒険だと思う。
復活しようとする
━━筈なのだが。
「……あれ?」
真っ先に異変に気づいたのは勇者だ。
一面真っ白のその空間は、なるほど霊界と聞けばそうなのだろう。
だが、肝心の巨人はどこに。
隣の剣聖や賢者も、どこか困った様子でお互いに目を合わせている。
「なぜ、なぜだ……!」
突如として何もない空間に響いた声に、三人はそちらに目を向ける。
そこにいたのは倒れる闇人と、彼を抱き抱えるローグハンターの二人だった。
今の声は、おそらく闇人のものだろう。
「私は偉大なる混沌の神々から
「信じる神を間違えたのだろう」
ローグハンターは冷たくそう言うと、ため息にも似た重い息を吐いた。
闇人はローグハンターの胸ぐらを掴み、その血走った目で睨み付ける。
「……き、さまが、そうか。水の街で、我らの野望を砕いた冒険者……!」
闇人はそう告げると取りこぼした呪物に一瞥くれると、邪悪に笑みながらその手を天に伸ばした。
「だが、もう遅い!
勝ち誇り、狂ったように笑う闇人に、彼は冷たい視線を向けて右手のアサシンブレードを抜刀する。
「混沌の神々に勝利を、
賢者はその武器に何か思うものがあったのか、僅かに目を見開いて彼を見つめる。
その視線に気づかぬ彼は、闇人とは対称的に、とても静かにそっと漏らす。
「……逝け、友たちの元へ」
アサシンブレードを喉仏に差し込み、軽く捻る。
コリッ……。
何かが折れる乾いた音が静かに響くと、彼は瞑目。
「たとえ、そう呼ぶ者がいなくとも……」
そしてそっと闇人の瞼を閉じさせ、地面に寝かせた。
見たこともない兄の姿に勇者は僅かにだが狼狽え、そっと彼の背中に手を伸ばす。
「……後は任せたぞ」
彼は小さく振り返り、背中越しに彼女らに言った。
僅かに見える蒼い瞳には、力のある輝きが宿っている。
タカの目は、様々な物を彼に見せる。
近くにいる家族の魂ぐらいなら、見せてくれるのだろう。
勇者は驚くも、すぐにその顔にいつもの笑顔を浮かべてサムズアップ。
「任せといて、お兄ちゃん!」
勇者がそう返すと、彼も優しく笑んで一度頷く。
その瞬間、彼女ら三人は嵐の
そして、目の前には件の巨人。正確には、それになろうとしている何か。
それは大量の魔術を編み上げ、勇者たちに襲いかからんとしている。
剣聖は剣を抜き放ち、賢者に問いかけた。
「さて。今にも攻撃してきそうですが、どうします?」
当の賢者はやる気の勇者に目を向け、苦笑を一つ。
「念のため、下がりましょうか」
彼女の言葉に剣聖は頷くと勇者の後ろへ。
勇者は魂で繋がる愛剣━━絶対の武器たる聖剣と、錆びてなお強力な雷を放つもう一本の剣を振りかぶる。
この雷の剣を持っていると、不思議と
時には傷つき、倒れ、裏切られ、それでも誰かを救わんと戦い続ける、まるで現実味のない
どうしてかはわからないが、きっと神様が夢の中でも退屈させないようにしてくれているのだろう。
現に、
あの目の力はどうにもならなかったけど、壁を登ったり高いところから飛び降りたりは、普通に出来る。
そうやって、ちょっと変な風に見て回った街の祭りは、とても楽しかった。
三人でこっそり登った屋根の上から見た天灯は、これ以上ないほど綺麗だった。
初めての三人で回ってこれだと言うのなら、慣れた兄に先導されたら、もっと楽しく、いや、最高の祭りになるに違いない。
そのためにも、まずは目の前のデカブツをどうにかしないといけない。
兄が復活のために暗躍していた何者かを倒してくれた。なら、後はこちらが頑張る番だ。
「いっくぞぉおおおっ!勇者、推参ッ!!」
聖剣から放たれるのは太陽の如く優しく、それでいて力強い光の一撃。
錆びた剣から放たれるのは、その一瞬の輝きで嵐を切り裂く雷の一撃。
二つは混ざり合い、霊界を包み込んでいった━━━。
ローグハンターは深く息を吐き、手にへばりついたゴブリンの臓腑を忌々しげに引き剥がす。
懐にしまっておいたものを目潰しのために使っただけなのだが、まさかここまで見事に決まるとは……。
「………」
彼は霞む意識を繋ぎ止め、自分の腹部に目を向ける。
闇人の使っていた突剣が、物の見事に突き刺さっているのだ。
急所を外れているとはいえ、刺さっているのだから痛いには痛い。
だが下手に抜いて血が吹き出したら、その方が危険だろう。
幸い毒が塗られているという訳でもなく、ただ魔術によって切れ味が異様に高い程度。
幸い、ゴブリンスレイヤーたちもこちらに向かっている筈だから、彼らを待てば治療が出来る。
ボケッと雨空を見上げ、目を細める。
この空のどこかで、妹とその仲間たちが戦っているのだろう。
ちらりと闇人の使っていた呪物に目を向ける。
主を失ったためか不気味な輝きは失われ、今は気味の悪い置物としてしか存在しない。
「━━━!」
雨音に混ざり、誰かの声が聞こえた。
街のほうに目を向け、苦笑混じりに右手を挙げる。
彼の視線の先には、こちらに駆け寄ってくる人影が複数。
先頭を走るのは銀髪武闘家だ。
彼女は必死になって走り、そして彼の前に滑り込み、
「だ、大丈━━……」
そして固まった。
合流しようと燻製小屋に行ってみれば『時間を稼ぐ。早く来い』と言った内容の置き手紙が置かれ、何かしらの爆発音が響き始めれば、彼が何をしていたかなぞすぐにわかる。
駆けつけてみれば、彼は負傷していて、謎の闇人が白目を剥いて倒れている。
彼女はあうあうと口を開閉させながら、後続の女神官に目を向ける。
「ししし、神官ちゃん、速く!彼、怪我してる!」
「は、はい!」
慌てて女神官が彼の隣につき、他の面々は周囲を警戒する。
銀髪武闘家だけは彼に付き添い、座り込む彼の膝に手を置いた。
「……抜くぞ」
そう言ったのは、誰でもないローグハンターだ。
彼は自分の腹に突き刺さる突剣に手を添え、女神官に目を向ける。
彼女が確かに頷くと、大きく息を吐き、止めると同時に突剣を引き抜く。
「ッ!━━……」
僅かに体を強張らせる程度で、後は息を荒くさせるだけ。
何とも手慣れている彼の腹部に手を添えた女神官は、そのフレイルを両手に握って祈りを捧げる。
「《いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れください》」
優しく紡がれた祈りに答え、優しい光が彼女の手から漏れる。
その光はローグハンターの傷を包み込み、そしてその出血を止めた。
彼は大きく息を吐き、気怠そうに体を後ろに倒す。
雨の降りしきる草原で大の字に寝転ぶのは、さぞや気持ちの良いことだろう。
もはや沼地と言って良いほど、水浸しになっていなければ、だが。
銀髪武闘家はため息を吐き、籠手を外して彼の頬を撫でると、その眉を寄せた。
彼女は彼の顔を覗きこみ、額同士を触れ合わせる。
「キミ、熱ある?」
「……どうだろうな」
呟きの後に漏れるのは、妙に怠そうなため息だ。
その息を間近で受けた彼女は顔を離して顎に手をやり僅かに考え、蜥蜴僧侶に声をかけた。
「蜥蜴人さん、ちょっと手伝って」
「承知。小鬼殺し殿はどうするおつもりか」
「俺は残党がいないかを探す」
ゴブリンスレイヤーの返しはいつも通りのもの。
彼は寝転ぶローグハンターに僅かに目を向けると、僅かに息を吐く。
「……無理はするな」
「した記憶はないんだがな……」
ローグハンターの返しもいつも通りだが、いつものような気迫に欠ける。
相当の疲労が溜まり、当たり続けた雨でやられたのだろう。
━━俺も気を付けなくてはな。
ゴブリンスレイヤーはそんな事を思慮し、蜥蜴僧侶に担がれたローグハンターに目を向ける。
銀髪武闘家は突剣を忌々しげに持ち上げると、「これどうするの?」と一言訊く。
ローグハンターは首だけでそちらを向くと、今度は女魔術師に目を向ける。
「一応だが、魔力がこもってる。売るなり調べるなり譲るなり、おまえらの好きにしてくれ……」
心底面倒臭そうに言うと、彼はその意識を手放したのか、ぐったりと蜥蜴僧侶に身を預けた。
蜥蜴僧侶は銀髪武闘家に連れ添われる形で一足早く離脱し、残されたゴブリンスレイヤーたちは目を合わせて苦笑を漏らす。
ゴブリンスレイヤーは打ち捨てられた腕のようなものを見つけ、それを何の躊躇いもなく踏み潰す。
結局、ゴブリンの生き残りはいなかった。
きっと、彼が全てを殺してくれたのだろう。
祭りから数日経ったある日の昼過ぎ。
「ひっきし!!!!」
ローグハンターはベッドに寝転び、ぐったりとしていた。
大丈夫だろうと思っていたが、自分の体は思いの外脆かったようだ。
ちらりとベッド脇のテーブルに目を向ければ、山のように積まれた大量のリンゴ。
毎日食べれば医者は遠のくとはいえ、病気になってから送られるとはまた違うだろう。
それよりも、複数人から送られたお見舞いの品がリンゴだけとは、切なくなってくる。
切ないと言えば、街で殺害した
そこまで考え、彼は天井の木目に目を向けた。
つまり、考える気にすらなれないのだ。
窓から差し込む優しい陽光は、暖かく心地よいのは良いのだが、眩しくて眠る気にすらなれない。
彼は大きく息を吐き、仕事に向かった一党の二人の事を思う。
二人して槍使いの一党について行ったり、新人たちの面倒を見たりと世話しなく動き回っているそうだが。
━━駄目だ、面倒臭い……。
完璧に何もかもが面倒になっていた。
風邪とは、ここまでキツイものだったか。
無理やり目を閉じ、勝手に眠るのを待つ。
その様子を僅かに開いた扉の隙間から覗く人物がいた。
銀髪武闘家と女魔術師だ。
リンゴの入った籠を片手に、彼の寝顔━━厳密には寝ていないが━━を眺めてお互い苦笑する。
毎日面倒を見てくれている彼の面倒を見るというのは、何だか新鮮で、何だか面白い。
たまにはこんな日常も良いだろう。
天高く飛ぶ鷹だって、毎日その羽を休めているのだ。
彼だって、長めの休みをとったところで誰も責めない。
だからこそ、二人はここぞとばかりに普段見せない彼の顔を堪能する。
か弱く放たれるタカの眼光に睨まれていることなぞ、知るよしもなく━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。