SLAYER'S CREED   作:EGO

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Sequence05 魔の塔に挑め
Memory01 彼が復活する少し前の話


 水の街、法の神殿の裏庭。

 柔らかな木漏れ日差し込むそこは、穏やかで清涼な静けさに満ち満ちていた。

 そこにいるのは二人の人物。

 片やその名を轟かせる金等級冒険者、剣の乙女。

 片や元冒険者にして、今やこの国を纏める若き国王。

 二人は旧友に当たる関係であり、十年来━━つまり、若手時代から━━の付き合いである。

 国王はその整った顔立ちをしかめ、目下の問題に対して思慮を深める。

 辺境のとある荒野に、突如として象牙の塔が現れた。

 さらにそこから翼を持つ人型の魔物が現れ、近くを通りかかる商人や旅人を襲っているとのことなのだ。

 どうにか逃げ切った商人がギルドに駆け込み、その報告が王にまで届いたのだ。

 王に届いたからと言って軍が動くのかと訊かれると、その答えは否だ。

 軍を動かすには金がかかり、その金を出すのは国民で、送り出されるその兵士は国民の家族だ。

 いつにも増して税を課せられ、家族、友人、知人が死ぬかもしれないと考えると、国民の不満も溜まっていくだろう。

 それに、対処を急ぐ問題も多い。

 国を滅ぼしうる竜や魔神王の残党への対処のほうが、荒野に現れた塔よりも優先だ。

 国王はため息を吐き、旧友である剣の乙女に目を向ける。

 

「どうすれば良いと思うね」

 

 問われた彼女は艶やかな微笑を浮かべ、小首を傾げた。

 美しい金髪が揺れ、その豊かな胸の上に零れ落ちる。

 

「ゴブリンの時はお見限りになられたのに、随分と都合の宜しいこと……」

 

「個人にとっては悲劇としても、全体から見れば些末(さまつ)なことは、わかっていよう」

 

 王は短くそう言って、言葉を払い除けながら用意された椅子に腰を降ろす。

 荒っぽいにも関わらず、その姿は気品に溢れている。

 そう見えるのは、生まれついて持ち合わせた王気というものが故か。

 剣の乙女はその笑みを崩さず、国王に告げる。

 

「こういう時こそ冒険者の出番ではなくて、陛下?」

 

「やはり、そうなるか……」

 

 国王は眉間に手を当て、そこを揉みほぐすようにしながら頷いた。

 軍を動かせない小さな問題を対処するのに、無頼の輩に身分を与え、冒険者として送り込む。

 世の中はそうして回ってきた。今回もまた、そうすれば良いだけのこと。

 国王はため息を漏らし、椅子に体重をかけた。

 

「商人は悪魔と言っているが、実際はどうかわかったものではないのだ。素人目では、悪魔とガーゴイルの判別がつくとも思えぬ」

 

「では、悪い魔法使いの塔ね」

 

 剣の乙女は可笑しそうに笑うと、「まあ、怖い」と他人事のように呟く。

 国王は彼女を睨みこそすれど、言い返すことはない。

 街に蔓延る小鬼に関する案件を後回しにしたことを、こうしてちくりと突いてくる。

 だが、と国王は顔を上げた。

 

「ゴブリンよりはよほど危険だ。しかし、魔神どもに比べるまでもない」

 

「そうですわね」

 

「昔のように、剣を携え仲間と共に挑めれば楽なのだがな」

 

 国王はしみじみと、過去の事を噛み締めるように呟いた。

 剣の乙女も何か思うものがあるのか、そっと息を吐く。

 

「わたくしも、時々この立場を放り出して、一人の娘に戻りたくなりますもの」

 

「至高神の大司教ともあろう御仁でも、そうか」

 

 剣の乙女は頷くと、鷹の風切羽のつけられた首飾りをそっと撫でる。

 頬の色は薄い薔薇色で、唇を艶かしく緩める。

 そんな彼女の姿に国王は苦笑を漏らし、その重い腰を持ち上げた。

 

「では、そろそろ失礼させて頂こう」

 

「はい、陛下。お話できて嬉しゅうございましたわ」

 

「どうだかな」

 

 国王は親しみを込めた辛辣さで、軽やかに笑う。

 

「私よりも他の誰かを想っていそうな口ぶりだったぞ?」

 

 

 

 

 

「……へっきし!!!」

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 辺境の街、眠る狐亭の一室。

 いまだに熱の下がらぬローグハンターは、盛大なくしゃみをして、面倒を見ている銀髪武闘家を困らせる。

 祭りの夜に風邪を引き、その後三日も寝込むなど、他の冒険者からしてみれば良い笑い話だろう。

 実際に笑っているのは、彼がどうしてこうなったかも察せぬ酔いどれどもだけだが。

 彼女はため息混じりに見舞いの品であるリンゴを剥き、それを彼に食べさせる。

 こうなってしまうと、その名を知られるローグハンターも、ただの子供と大差ない。

 慣れぬ風邪の辛さと、一向に引く気配のない頭痛に襲われ、今の彼の表情はもはや異様なほどにか弱い。

 そんな彼の面倒を見て、何故か嬉しそうに笑っている銀髪武闘家の姿は、年上ぶりたい子供のようだ。

 ローグハンターはリンゴを飲み込み、彼女に問いかける。

 

「……それで、あいつはどうした」

 

「魔術師ちゃんのこと?えっとね、キミが寝てる隙にお使いを頼んだの」

 

「お使い……?」

 

 寝ながら首を傾げる彼の姿に苦笑しつつ、彼女は頷く。

 

「キミの剣の換えと銃弾だっけ?その二つを取りにね」

 

「……別に俺が回復してからでも良いだろうが」

 

 彼の意見は尤もだ。道具があっても、使い手がいなければ意味がない。

 そんな彼の言葉に、銀髪武闘家は僅かな邪気の込められた笑みを浮かべる。

 

「だって、そうでもしないとキミと二人っきりになれないでしょ」

 

「……別に二人きりになったところで、することもないだろう」

 

「二人っきりになることが重要なの!」

 

「そうか……」

 

 会話をすることすら辛いのか、彼はそう返すと黙りこみ、差し出されるリンゴを黙って食していく。

 病気になった彼を介抱すること。

 それが彼女のちょっとした夢の一つだったなぞ、彼が知るよしもないことだろう。

 

 

 

 

 

 冒険者ギルド、工房。

 銀髪武闘家に頼まれそこに赴いた彼女は、その目を丸くして固まっていた。

 彼女の視線の先には、女神官と牛飼娘という珍しい組み合わせ。

 いや。その二人が工房にいるだけなら、別に驚くようなことでもないだろう。

 問題は、二人して下着のごとき鎧(ビキニアーマー)を試着していることだ。

 工房の丁稚(でっち)が努めて見ないようにしていることに、果たして二人は気づいているのだろうか。

 女魔術師はずれた眼鏡の位置を戻し、その二人に向けて言う。

 

「あなたたち、正気……?」

 

「え!?あ、いや、これは、その……」

 

 突然の物言いに狼狽える女神官は、何とかして誤解を解こうと口を動かしたが、思うように言葉が出ない。

 対する牛飼娘は、「あはは……」と諦めたかのように笑みをこぼしている。

 女魔術師は小さくため息を漏らし、牛飼娘のある場所に僅かに目を向けた。

 自分の体に不満があるわけでもないが、こうして見せつけられると、どうにも気になってしまう。

 彼女は深呼吸をするとカウンターのほうへと向かい、店番をしている丁稚━━その顔は真っ赤になっている━━に声をかけ、紙切れを差し出す。

 紙に書かれているのは、『いつもの剣のセットと銃弾』と、初見の人ではまずわからないような内容だ。

 後ろでは、女神官と牛飼娘が試着室に入って元の服装に着替えている。

 丁稚は困ったように首を傾げると、奥から工房長が現れた。

 今の今まで作業を進めていたのか、金槌で軽く肩を叩いている。

 

「ん?あいつのところの魔術師か。お使いでも頼まれたか」

 

「そんなところよ。それで、あるの?」

 

 彼女が問いかけると工房長は丁稚から紙を受け取り、「ちょっと待ってな」と返して再び奥へ。

 そうこうしている内に、試着室から二人が出てくる。

 牛飼娘はいつもの格好だが、女神官は珍しく私服姿だ。

 その二人に女魔術師は目を向け、何故か安堵したかのように頷いた。

 

「普通が一番よ。それで、二人はどうしてここに?」

 

 彼女の問いに答えたのは女神官だ。

 

「その、今日はお留守番だったので、外に出ようかと」

 

「私も伯父さんに言われて……」

 

 二人が言い終えると、戻ってきた工房長がバスタードソードと短剣のセット、そして銃弾の詰まった袋をカウンターの上に置く。

 剣のセットのほうは、彼女を気遣ってか布に巻かれていた。

 

「あいつには、もうちょい丁寧に扱って貰いたいね」

 

「伝えておくわ」

 

 彼女はそう言うと代金をカウンターの上に置き、「よいしょっ」と声を漏らした剣を持ち上げ、思わずふらつく。

 そんな彼女を女神官と牛飼娘が慌てて支え、どうにか事なきは得たものの、女魔術師はその重さに驚いた。

 彼はいつも軽そうに振り回しているが、武器とは金属の塊のようなものだ。

 その事実をこんな形で改めて知るのは、何ともみっともない気がしてならない。

 三人は工房を後にして、ギルドの酒場に移動する。

 お使いなのだから早めに帰ったほうが良いのだろうが、銀髪武闘家の思いを尊重してわざと遅めに帰ることにした。

 祭りの時も貴重な午前中を貰ってしまったのだ。こういうところで返していかないと、申し訳が立たない。

 三人仲良く相席して、あれやこれやと会話に花を咲かせる。

 そして、ふと女神官が問いかけた。

 

「ローグハンターさんの体調、いかがですか?」

 

「だいぶ良くなったわ、もう少ししたら復帰出来そうよ。それに、今はあの人がついてるし」

 

 女魔術師は苦笑混じりに答え、葡萄酒をちびりと舐める。

 頼まれ事をされているのだから、酔いつぶれるわけにもいかないのだが、多少なら怒られはしまい。

 牛飼娘はニコニコとしなかがら、頬杖をついて言う。

 

「武闘家さん、むしろ嬉しそうにしてるでしょ?私にはわかるよ」

 

「そうね。どうしてかわからないけど、生き生きしているわ」

 

『仕方ないなぁ』と笑いながら世話を焼いている銀髪武闘家の姿を思い出し、再びの苦笑。

 まあ、彼女がやりたくてやっているのだから、別に止める理由はないだろう。

 

「あー、また失敗したぁ!」

 

 そんな時、聞き馴染みのある声がギルドから響いた。

 声の主である妖精弓手は、自慢の長耳を不機嫌そうに上下させ、何やら机に突っ伏している。

 向かい合わせるように腰かけているのは受付嬢と監督官の二人だ。

 二人とも休憩中なのか、あるいは休日なのか、いつもとは違う笑みを浮かべている。

 その三人が囲む机には何かの駒が並べられている。

 女魔術師は遠目でその様子を眺め、そして合点がいったのか声を漏らした。

 

卓上演習(テーブルゲーム)ね。見るのは久しぶりだわ」

 

 聞き慣れない言葉に二人が首を傾げると、女魔術師は立ち上がって妖精弓手の元へ。

 二人も彼女に続いて立ち上がり、後ろに続いた。

 机の上には一枚の盤面といくつかの駒、カードにサイコロが広がっている。

 妖精弓手は自身の駒を弄りつつ、現れた三人に目を向ける。

 

「あら、あなたたちもやる?むしろ手伝って欲しいんだけど……」

 

 長耳を垂らしての言葉は、彼女がいかにその演習(ゲーム)に熱中しているかを教えてくれる。

 三人は顔を見合わせると笑みを浮かべ、頷いて空いている席に腰を降ろす。

 受付嬢と監督官は手慣れた様子で三人にルールを説明し、駒を選んでもらう。

 女魔術師の目に止まった駒は、魔術師でもなく騎士のものでもない。

 フードを被り、左手に短剣と思しき何かを構える暗殺者(アサシン)の駒だ。

 闇に生きる暗殺者に世界を救えるのかはわからないが、その駒に何となくだが彼女の頭目の姿を重ねる。

 その駒が、彼女が選んだ駒だった。

 彼女に続くように彼女らはそれぞれの駒を出しあい、村を救い、果てには世界を救う六人の旅路が、ここに始まったのだ。

 

 

 

 

 

 いつの間にか日が沈み、冷たい夜風が吹き始めた頃。

 時間を忘れて演習に熱中していた彼女らは、ようやく解散となった。

 結局世界は救えず、いくつかの村を救う程度になってしまったけれど、それで良いのだ。

 世界を救うのは勇者の役目。

 街を、村を救うのが冒険者の役目。

 彼女は失敗したとはいえ、いつもと違う一党で行った冒険を、決して忘れることはないだろう。

 夜風で体が冷えきらないうちに、彼女は眠る狐亭へと駆け込んで、店主に軽く会釈してから上階へと上がる。

 彼が復帰したら、またならず者(ローグ)を相手に駆け回ることになるだろう。

 もしかしたら、またゴブリン相手になるかもしれないが、それもそれで冒険のようなもの。

 彼女は笑みつついつもの部屋の扉を開け、

 

「ただいま戻り━━」

 

「あぅ……っ!」

 

 ひっくり返された水桶と、身を切るほど冷たい水を頭から被ることになった。

 荷物の剣などを咄嗟に庇ったのは、流石と言うべきか。

 彼女は口の端をひきつらせ、水を浴びせてきた銀髪武闘家を睨み付ける。

 何かに躓いたのか、はたまた普通に転んだのか、床に突っ伏す彼女は、やっちゃったと言わんばかりに固まっている。

 ローグハンターのほうはだいぶ顔色が良くなり、すやすやと寝息を立てているようだ。

 女魔術師は銀髪武闘家を睨み続け、そして怒気を込めながら言う。

 

「……あなたは、一体、何━━ひくちゅ!」

 

「あ……」

 

 その途中で漏れた、何とも可愛らしいくしゃみに、銀髪武闘家は顔を青くした。

 夜風に当たり冷えきった体に、とどめの冷水だ。

 

 ━━これは、ヤバイかも……?

 

 彼女の思いは的中し、翌日の朝にローグハンターは快復し、女魔術師が熱で倒れることとなったのだった━━━。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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