「北は山、無理をすれば馬で通れる岩だらけの場所だ。前に狩りに出たが、洞穴の類いはない」
「そうか」
村に来た冒険者の相手を任された俺は、村の周辺のことを教えていく。
案の定、あの子は説教を貰い、おかげで村長への案内を頼まれてしまった。
この冒険者、何を言っても基本的に「ああ」「そうか」で返ってくる。本当に理解できているのか不安だ。
冒険者が言う。
「金は払う。余っている材木だの柵の材料だのと、後は細工道具を貸してくれ」
「それは俺じゃなく、村長に言え」
「ああ」
基本無口な冒険者を横目に、こちらの様子を伺う村人たちにも目を向ける。
娘が助けてくれた冒険者に惚れ、そのままついていってしまった。なんて話があるらしく、余り関わろうとしない。
同じ余所者で、報酬を求めない俺は、冒険者の相手に都合がいいのだろう。
それからお互いに話すことはなく、黙々と村を歩く。
沈黙が痛いとは思わない。むしろ、仕事人というのはこのくらいのほうが良いだろう。
マスターたちは時々下らない━━好みの女や、その出身地などの━━話をしていたが、やる時はやってくれるのだから何も言えない。
それに、たまには息抜きも大切とも言っていたな……。
村長の家の前に到着し、冒険者を中に通す。
あの男がゴブリンをどう
村人たちが歌に合わせて作物を収穫していく。
村人たちの表情はどこか嬉しげなものであり、その作物を育てる苦労を暗に告げていた。
余所者である俺が参加することはないが━━、
「「…………」」
その代わりに、冒険者と共にひたすら杭を作っていた。
背中にあるはずのエアライフルを横に置き、万が一に備えてアサシンブレードを両腕に。
院長に借りたナイフで材木を削り、両端をひたすらに尖らせていく。
冒険者は時々手を止め、ぼんやりとすることがある。
それでもすぐに手を動かし始めるのだが、疲れた様子なのはわかる。
無理を押して来ているのなら、むしろ俺だけでやったほうがいいかも知れない。だが、これは彼の仕事、か。
「ねー、おにーちゃん。なんでこれ、両方のはしっこ削ってるの?」
エアライフルに触ろうと俺の隙を伺っていた女の子は、気をそらすためなのかそんな事を訊いてきた。
さっきまで泣いていたというのに、今はもういつもの笑顔を浮かべている。
「用水路に立てるそうだ。ゴブリンが渡って来られないようにな」
黙々と木を削り、杭が出来たら次の杭に取りかかる。
機械的な作業を黙々と繰り返すのには慣れている。
慣れた頃に失敗するので、意識して作業することがコツだと教えられた。
冒険者は少し悩み、俺にも聞こえるように言ってきた。
「手伝わなくて良いのか」
「ボクが手伝うまでもないと思うの」
「俺は余所者だ。訳あってここに滞在しているだけのな」
妙に得意気に胸をそらす女の子と、苦笑混じりに返す俺。
女の子の手がエアライフルに伸びたので軽く叩いて返し、次の杭に取りかかる。
川のせせらぎ、村人の歌、木を削る音が混ざりあい、妙に落ち着いてしまう。
こういった『平穏』の中で生きるのは、いいものだ。
向こうでは、町を歩き回るだけで刺客に追いかけ回されることが多かった。心休まることなぞ、滅多なことではなかった。
だからこそ、それを一方的に奪おうとする輩がいるのなら、それを許すわけにはいかない。
制作中のこの杭は、数を用意したら畑の脇を流れる用水路に突き立てていき、ゴブリンの
全力で投げれば武器にもなりそうだが、それなら槍でもナイフでも使ったほうが良いだろう。少々重いからな、これは。
エアライフルに触れようとする女の子を注意しながら、次の杭に取りかかる。
「触るな、危ないから」
「ぶー。おにーちゃんのケチ!」
「怪我するぞ。大人ならともかく、子供は致死量だ」
「それは、武器なのか」
作業を進めながら、冒険者が訊いてきた。
俺はちらりとエアライフルに目を向け、一度頷く。
「俺の故郷で使われていた武器だ。音を出さずに針を飛ばして、相手に毒を打ち込む」
「飛ばすとは、それについている太い筒からか」
意外と興味が引かれたのか、さらに訊いてきた。
気になることは追及する性格なのか。それとも自分でも扱えるようになりたいのか。
俺は首を横に振り、木を削る。
「いや、細いほうからだ。太い筒からは爆弾が……火の秘薬が詰まった袋が飛び出す」
銃口の下に取り付けられたものは『グレネードランチャー』というらしい。
爆弾を飛ばし、相手を殺害するも良し、ガス弾を飛ばして無力化するも良しだ。
これを作り出した男は天才であり、狂人であったに違いない。
どんな人物であれ、天才と狂人は紙一重なのだから。
「うえっ」
女の子は露骨に怖そうな顔をして、少し距離を開けた。
ようやく触るべきではないものと気づいたのだろう。
削り終えた杭を置き、エアライフルを持ち上げて見せ、レバーアクションで弾を込める。
吹き矢や弓よりは、格段に扱い易いと思うのだが、先生以外に使っている騎士はいなかった。
「おにーちゃんって、『旅人』なんだよね?危なくないの?」
「旅には危険が付き物だ。山賊、盗賊、海賊、人拐い。目的も、正義もなく、ただ金のために人を殺す奴は多い。人間は、なろうと思えばどこまでも残酷にも、醜悪にもなれる」
「??」
真面目な話をぶつけられたことで、完全にフリーズを始めた女の子に、ため息混じりに言う。
「考え過ぎないで、逃げたらどうだ。そろそろ院長が来るぞ」
「っ!」
言うが早いか、女の子が脱兎の如く駆けていく。
あの年であの健脚なら、どこかで転ぶなんてことはないだろう。
転んだところで、泣きながら戻ってくるに違いない。
「院長が来る」なんて、適当な嘘を吐いたのだから。
冒険者は杭を纏め、ゆっくりと立ち上がる。
「手伝ってくれて、感謝する」
「ああ、何かあったら呼んでくれ。余所者同士、助け合おう」
「……ああ」
気のない返事。呼ぶつもりがないのか、返すのも面倒になるほど、疲労が溜まっているのか。
危険だと判断したら、勝手にやらせてもらうしかなさそうだ。
俺は苦笑混じりに冒険者に言う。
「設置するのはいいが、片付けは手伝ってくれるのか?」
「そのつもりだが━━」
冒険者は俺に背中を向け、杭を持ったまま用水路を目指して、怠そうにゆっくりと歩き出す。
「━━手伝えるとも限らん」
その呟きと、削り出された木片だけを残して━━━。
翌日。
収穫を終えたこの村で、ちょっとした祭りが開かれた。
神々に感謝を捧げ、来年の豊穣を願う祭りだ。
もはや見慣れた村の人たちが歌って騒ぎ、ちょっとした贅沢として獣の肉が振る舞われる。
あの冒険者は、柵を設置しているはずだ。休み抜きで働き続けているが、倒れないのだろうか。
「おにーちゃん!これ、おにーちゃんが捕ったお肉だよ!」
「そうか。いただこう」
差し出された鹿肉を豪快に焼いたものを受け取り、頬張る。
溢れ出た肉汁が強烈に熱いが、食事の醍醐味の一つだろう。何かを感じるのは、生きている証拠に他ならない。
━━あの冒険者は、何か食べているのだろうか。
脳裏にそんな事がよぎる。
人間というのは、無理をしているのに気づかない時がある。
あの冒険者が、そんな状態になっていなければいいのだが……。
楽しい時間ほど早く終わるとは、よく言ったものだ。
あんなに盛り上がりを見せていた祭りは、すぐに終わりを迎えようとしていた。
出された食事は食べ尽くされ、煌々と燃えていた篝火は陰り始める。
西の夕暮れ空には雲がかかり、小さく雷の音まで聞こえる始末。
村の人たちは急いで片付けを始め、門戸を閉ざし始めた。
夜にはどしゃ降りの雨とゴブリンの襲来。その二つが間違いなく、同時に訪れるだろう。
あの冒険者、その雨の中でゴブリンと戦うことになるのか。
膝の上で眠りこける女の子を抱き上げ、孤児院を目指す。
この子を寝かしつけたら、装備を整え━━と言ってもアサシンブレードとエアライフルしかないが━━冒険者の加勢に向かう。
幸い、酒は入れていない。思考もしっかりしているし、腹には満腹にならない程度に物を入れた。
大事なのは、やれるかではなく、『やる』か『やらない』か。
結果がどうだとしても、やらなければ結果は訪れない。
成功するかしないかは、運次第。
そこまで考え、思わず苦笑が漏れた。
そうだ、先生がよく言っていたじゃないか。
━━運とは、自分で掴むものだ。
━━━━━
真夜中では、月の輝きは太陽に勝ると言う。
紅い月と緑の月と月が二つあるこの世界においても、それは例外ではない。
だが、その二つを覆う厚い雲により、輝きが地上に届くことはない。
小さな松明に照らされ、そのほとんどが闇に包まれた地上で、その冒険者は苦戦していた。否、はっきり言って殺されかけていた。
四匹殺したまではいい。だが、不意に放たれた投石が兜に直撃し、倒れたところで袋叩きにあっていたのだ。
うつ伏せに倒れる彼の背中に、棍棒、棍棒、時折斧や鉈が叩き込まれる。
力任せのその乱打は、薄汚れた革鎧と、その下に着込んだ鎖帷子だけで防ぎきれるものではない。
「GOROGR!!」
「GRRB!GOORG!!」
ゴブリンどもは、そんな冒険者を嘲笑う。
一人で挑んできた冒険者を見下し、蹂躙する悦びに浸っている。
━━こいつを殺せば、大量の肉と女にありつける!
基本的に略奪することしかしない彼らの脳内は、そんな事で埋め尽くされている。
自分たちの森の中に村があるから、それは俺たちのもの。
村が何かを作っていたら、それは俺たちのもの。
俺たちが攻撃しているのではない。冒険者が俺たちを攻撃してくるのだ。
自分たちのしてきたことを棚にあげ、自分たちを被害者としてしか考えない。
冒険者を殺そうと、やりやすいように兜の角を持ち、無理やり顔を上げさせる。
振り上げられる棍棒。あれを三回でもくらえば、兜ごと頭が潰れるだろう。
冒険者はぼんやりとその事を自覚した。
ゴブリンに故郷を滅ぼされ、目の前で姉を殺され、自分だけが生き残った。
━━あの夜が追い付いてきた。
冒険者の脳裏によぎるのは、走馬灯か。
彼の先生に当たる人物は、そんなものあってたまるかと言うだろう。
ゴブリンたちは嘲笑う。
下卑た笑いが雨音に混ざり、周囲の音をかき消した。
だからだろうか、冒険者を含めて誰も気づかない。
バシャバシャと音をたて、抜かるんだ畑を進む彼の姿を。
彼が背中に回されたそれを構え、冒険者にトドメを刺そうとしているゴブリンに向け、引き金を引いたことを。
音もなく放たれたダートがゴブリンに突き刺さり、強制的に眠らせたことを。
「GOB!?」
棍棒を振り上げた一匹が倒れたところで、ようやく異常に気づいたゴブリンたちは慌てふためき、視界の端に捉えた彼のほうに目を向けた。
それは冒険者も同じこと。彼もその人物に目を向けた。
後ろで纏められた黒い髪に、背中に背負った妙な筒。身を包むのは鎧でも鎖帷子でもなく、一回りサイズの大きい狩り装束。
昨日、杭の制作を手伝ってくれた男だ。
余所者と言っていたが、冒険者という訳でもあるまい。
どうして出てきたのか。
冷静な冒険者に反して、ゴブリンたちは嘲笑う。
間抜けな村人が、間抜けな冒険者を助けに出てきたのだろう。
二匹のゴブリンが我先にも飛び出した。
仲間を守るためなんて上等な理由ではない。
━━あの背中の筒は、俺のものだ!
見たこともないものを欲しがった欲深さ。
それが彼らの死因だった。
正面からほぼ同時に飛びかかったその二匹に対して、彼は両腕を突き出す。
両手首に巻かれた
その二匹は、何をされたのかもわからないまま、痛みも恐怖もないままに死んだ。
ゴブリンにしては、だいぶ上等な死に方だろう。
彼らが与え続けたものを、最後まで知ることはなかったのだから。
「まず二、か」
男はそう呟きながら死体を地面に叩きつけ、アサシンブレードを引き抜く。
先程まで何も持っていなかった男の手元に、いつの間にか武器が構えられているのだ。
正確には手首に仕込まれた刃を展開しているだけなのだが、ゴブリンどもはそれがわかるほど賢明ではない。
彼は倒れる冒険者を睨み、感情を殺した声音で言う。
「どうした、冒険者。ここで死ぬつもりか」
「GOBR!!」
飛びかかったゴブリンの鉈をアサシンブレードで受け流し、カウンターで首を一突き。
ゴブリンの鉈を奪い取り、首に穴が空いたゴブリンの頭蓋に叩きつけ、砕く。
「三。次」
飛び散る脳随を見ることなく、流れるように
「四」
ただ冷静に、数を刻んでいく。
刃こぼれ激しい鉈を捨て、殺したゴブリンの斧を蹴りあげ、右手に掴む。
「まだ寝ているのか。そのまま何もしないつもりか」
向かってくるゴブリンに一瞥くれ、右手に斧、左手にアサシンブレードを構える。
「まあ、そのまま眠れば楽になれるがな」
斧で頭蓋を砕き、アサシンブレードで喉を貫く。
喉を貫いたゴブリンを盾にし、放たれた矢を防いだ。
手慣れた動きで、ゴブリンを殺していく男は、煽るように冒険者に声をかけ続けた。
「帰る場所はないのか」
その言葉に、幾人かの顔が浮かぶ。
━━知ったことか。
大きく息を吸って、吐く。
彼が動き回っているおかげで、ゴブリンどもの注意はそちらに向いている。
棍棒を持っていた正面のゴブリンは、なぜか眠りについている。
『俺の故郷で使われていた武器だ。音を出さずに針を飛ばして、相手に毒を打ち込む』
ふと、男が言っていたことが過った。
確かに、音は聞こえなかった。便利なものだ。
「GOBR!?」
「GRRB!」
そんな事を思い出したところで、今さら何になる。
その男は、視界の端でゴブリンを片付けている。
一撃で急所を潰し、武器を奪い、勢いのまま次へと向かう。
━━武器庫は、向こうからやって来るということか。
いまだに自分の兜を掴むゴブリンに目を向ける。
目には怯えと悦びが混ざっている。
仲間が死ねば、分け前が増える。そんな事を考えているのだろう。
そのゴブリンの腰には、鷲の頭を模した柄頭の短刀。鞘はない。
彼の右手が閃いたのは、その時だった━━━。
「これで、八」
彼は錆びた刃の剣を片手に、周囲を見渡す。
あの冒険者が何匹殺したかはわからないが、一人で押さえきれていた━━まあ、殺されかけていたが━━と言うことは、そこまで大規模な群れという訳ではないだろう。
「G━━!」
「む」
彼を取り囲んでいたゴブリンの一匹が、後ろから首をかっ切られて血に溺れていった。
横目で確認してみれば、先ほど眠らせたゴブリンの頭は踏み潰され、息絶えている。
彼は口元に笑みを浮かべ、ゴブリンの背後の冒険者に目を向けた。
「ようやくか、遅かったな」
「すまん……」
視線の先には、アンバランスに残されていた兜の片角までもが折れ、泥にまみれた冒険者。
事情を知らねば嘲られるであろう格好だが、それこそが彼が戦い、立ち上がり、生き残った証拠だ。
彼は錆びた刃を飛びかかってきたゴブリンの胸に突き刺し、一気に押し込む。
それだけでは死なないのはわかりきっているので、斧を奪って頭をかち割る。
「九と━━」
血まみれの斧を振りかぶり、投げ撃った。
空中を回る斧は、後方で二人が死ぬのを待っていたゴブリンの頭にぶち当たり、命を刈り取る。
「━━十だ」
無手になった右手のために、アサシンブレードを展開。警戒しながらタカの目を発動し、冒険者に問いかける。
「━━で、いくつ殺した」
「六だ。残りはわからん」
「合わせて十六。柵の外にもいるようだが、総数は三十いるかいないか、と言ったところか」
柵の外を蠢く赤い影をざっと数えながらそう言うと、冒険者の兜が縦に動く。
「おそらく。次が来るぞ」
冒険者の警告と共に、立てられた柵にわざと作られた隙間に、ゴブリンが殺到してきていた。
数は最低でも十はいる。それだけ見れば、相手の数はこちらの五、六倍だ。
━━だが、それがどうしたと言うのだ。
「ゴブリンは皆殺しだ……!」
冒険者はそう言い、手にした短刀を投げ撃った。
鷲を模された柄頭のそれは、本物の鷲さながらに、一直線に獲物に襲いかかる。
それは柵を越えた最初の一匹の喉に突き刺さり、ゴブリンは間抜けた顔をしたまま、血泡を噴いて息絶えた。
先ほど喉を裂いたゴブリンの腕を踏み砕き、棍棒をぶんどる。
「十と七。残りは━━」
「十二だ。すぐに終わる」
柵に殺到するゴブリンの群れを睨み、彼はそう言った。
━━まるで、闇の奥が見えているかのように、断言したのだ。
冒険者がほんの一瞬彼に目を向け、すぐさま視線をゴブリンに戻す。
冒険者と彼は同時に駆け出し、冒険者は柵の穴のほうへ。彼は柵に正面から突っ込んでいった。
柵から顔を覗かせたゴブリンの頭を棍棒で叩き割り、彼は柵に乗り、ゴブリンの上から奇襲をかける。
「十八!」
冒険者が一匹葬ったことを合図に、両手のアサシンブレードを展開し、飛び降りた勢いのまま
「二十だ」
倒れたゴブリンの棍棒を奪い、両手で構えてフルスイング。
棍棒で横殴りに殴られ、顔面がひしゃげたゴブリンは吹き飛び、声をあげることも出来ずに死に晒した。
「二十一」
棍棒は血に濡れてなお形を保っている。
冒険者が三匹仕留めたことを横目に、棍棒を垂直に振り下ろす。
ゴブリンは手にした錆びた剣で防ごうとするが、棍棒の一撃はその剣ごとゴブリンの頭蓋を砕く。
「二十五……」
「二十六!」
それと同時に冒険者が一匹仕留め、残るは三匹。
「GOBRGOBR!!」
一匹が逃げようと背中を向けるが、その背中にダートが突き刺さる。
エアライフルを構えた彼は一息吐き、撃ち込んだダートの効果を確かめる。
『バーサークダート』。撃たれた対象は激情にかられ、目の前にいるものを敵味方関係なく襲うようになる。
そのダートが刺さったゴブリンは自分の頭を押さえると、狂ったように笑いながら残った仲間に襲いかかった。
手にした棍棒を何度も振り下ろし、組伏せた一匹を撲殺する。
狂った仲間と、それに殺された仲間。
自らが辿る運命に恐れ、最後の一匹は逃げようとするが、
バシャッ!
「ッ!」
背後から聞こえた音に、そのゴブリンは振り返る。
そこにいるのは、雨に濡れ、泥まみれになった、幽鬼のような冒険者。
足元の水溜まりに足をつけ、斧を片手に見下ろしてきていた。
自分たちを殺した冒険者に、ゴブリンは膝を屈して許しをこう。
喚き散らすその言葉が冒険者に伝わることはないが、内容を要約すると、
『森の中でひっそり暮らすから、自分だけでも見逃してくれ』
と言ったところか。
どこまでも自分本位なゴブリンだが、その手はゆっくりと腰に差した短刀に伸びていく。
「二十七、八。こちらは終わったぞ」
冒険者ではないほうが、先ほどの二匹を仕留めたことを告げていた。
ゴブリンにはそんな事は関係ない。自分が助かれば、それでいいのだ。
最後のゴブリンが顔をあげる。
その瞬間、ゴブリンの脳みそが地面にぶちまけられた。
斧を振り下ろした冒険者は、倒れるゴブリンに一瞥くれて、こう告げた。
「ゴブリンは皆殺しだ……」
「二十と九、か。中途半端な数だな」
雨で返り血を流しながら、槍を片手に彼がそんな事を呟く。
冒険者はその言葉に、何とも言えない違和感を感じた。
「二十九。二十九だと……?」
冒険者は首を捻り、改めて死体の数を数え始める。
最後の突撃で、数が狂った可能性があったからだ。
だが、数は二十九から変わることはない。
拭えぬ違和感を感じながら、二人で村に戻る。
冒険者の後ろをついて歩き、周辺を警戒する。
「む……」
その時、彼の耳に刺客たちの『囁き声』とも違う、『下卑た笑い声』が響いた。
冒険者にそれが聞こえた様子はない。空耳、という訳でもない。
彼は意識を集中させてタカの目を発動させると、視線を巡らせる。
そして、それを見つけた。
杭が設置された用水路。そこに小さな『赤い影』が見えるのだ。
彼はそちらに歩き出し、それに気づいた冒険者も彼に続く。
そこにいたのは、どうにか杭を避けながら用水路を越えたゴブリンだった。たったの一匹。されど一匹。
たとえ最弱の魔物であろうと、魔物であることに変わりはない。
用水路を越えるのに力を使い果たしたのか、そのゴブリンは四つん這いになって荒れた息を吐いていた。
━━だいぶ疲れたが、これで全部俺のものだ!
ゴブリンは醜悪な顔をさらに悦びで歪め、顔をあげた。
顔をあげたゴブリンの視界に入ったのは、食料でも女でもない。
━━そこには、二人の死神がいた。
命乞いをする暇も、抵抗する暇もなく、そのゴブリンは死んだ。
「……これで、三……十……」
仕留めると共に、冒険者の体が傾く。
それを支えたのは、横にいた彼だった。
冒険者はよほど疲れていたのか、気が抜けたのか、気絶したように眠っている。
「……院長は起きているだろうか」
雨に濡れながら、彼はため息混じりに呟いた。
だが、その表情はどこか嬉しそうなものだ。
この世界における初めての戦いは、勝利で終えることが出来た。
今回勝てたからといって、次も勝てるかはわからないが、今は目の前の結果を喜べばいい。
━━次がどうなるかなんて、神々ですらわからないのだから。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。