塔の頂上は、いかにもといった風情があった。
円盆状に窪んだ広間の外周を、ぐるりと円柱が取り囲んでいる。
屋根は丸みを帯びた天蓋で、球体がすっぽりと収まりそうだ。
柱も床も純白で、柱の狭間から望める青空は変わらず美しい。にも関わらず、その空間を支配する圧迫感は本物。
真っ先に頂きへとたどり着いた重戦士と、彼に続いて登りきったローグハンターは、天井に描かれた星座を見上げて鼻を鳴らす。
「これは間違いなく混沌側だな。ならば、容赦はしない」
ローグハンターはそう言うと辺りを警戒し、重戦士は彼に背中を任せてゴブリンスレイヤーと槍使いを引き上げる。
ゴブリンスレイヤーは中途半端な剣を抜き、ローグハンターの隣に並ぶ。
「思ったより楽に登れたな」
「男だけだからな。女子供がいたら、まず登らないだろう」
ローグハンターは肩を竦めつつそう返すと、槍使いが同意を示す。
「それは同感だな。アイツに登らせたくねぇ、っていうか、登れねぇよな」
胸の前で両手で何かを持ち上げる仕草をする槍使いに、ローグハンターは僅かに唸って街にいる一党二人のことを思慮する。
彼女らなら登れるだろうが、登らせたいかと訊かれれば答えは否。万が一落ちたらどうするのだ。
重戦士は籠手を着け直し、背中のだんびらに手をかける。
「体力は問題ないな」
彼の問いかけに三人は同時に頷き、その視線を落ち窪んだ盆の底にうずくまる何かに向けた。
その何かは蠢きながら体を起こし、そのカビ臭い外套を
「おのれ。愚か者どもめ……!」
枯れ木が風に軋むような音は、辛うじて声と認識できる程度。
痩せさらばえ、捻くれ、沼地の朝露に浮かぶ蜃気楼のようなその姿。
骨に皮だけの指先には、同じく古びた杖が握られ、外套の下には鬼火が燃える。
見れば見るほど
「我が思索を妨げるとは━━━」
ならば、喋らせないほうが良い。
ローグハンターは一切の躊躇いなく、ホルスターからピストルを引き抜いて引き金を引く。
爆音とともに放たれた銃弾は、寸分の狂いなく魔術師の眉間を撃ち抜いた。
撃ち抜かれた勢いのまま、魔術師は体を仰け反らせてそのまま倒れる。
念のためにも装填するローグハンターに、槍使いがため息混じりに声をかける。
「おいおい、喋らせてやれよ。これっきりだぜ?」
「魔術師を喋らせて魔術でも唱えられたらどうする。
そう言う彼は油断なく魔術師を睨み、小さく唸る。
倒れた魔術師は不気味に蠢きながら立ち上がり、口から何かを吐き出した。
それは銃弾だった。一瞬のうちに錆びて朽ち果てた銃弾だ。
「儀式は、すでに……!」
「黙れ」
「━━━!?」
無慈悲に放たれる銃弾は、寸分の狂いなく眉間を撃ち抜く。
それでも魔術師は立ち上がり、銃弾を吐き出すと、ローグハンターをその鬼火の灯る瞳で睨み付ける。
「無駄だ!我はもはや、言葉持つ者の手には殺せない!」
魔術師はそう宣言し、主に応えるように現れたガーゴイルがおよそ十。
冒険者四人は心底面倒臭そうに息を漏らし、そっと目を合わせた。
重戦士はだんびらを両手で構え、槍使いはひゅんと槍を振って重心を落として身構える。
ゴブリンスレイヤーは中途半端な剣と小振りな円盾を構え、いつものように淡々と言う。
「殺せないが、死なないとは言わなかったな。ならば、やることは一つだ」
ローグハンターは肩を竦め、ついでと言わんばかりに魔術師の眉間を撃ち抜いた。
その瞬間、重戦士と槍使いが飛び出してガーゴイルを駆逐せんと暴れ始める。
重戦士の一薙ぎがガーゴイルを砕き、槍使いの一突きがガーゴイルを貫き、その動きはまさに洗練され、二人が銀等級であることを証明してくれる。
復活した魔術師は自らに接近してくる冒険者二人に目を向け、その杖を向ける。
「《
紡がれた真に力ある言葉に導かれ、高ぶる魔力が杖に集い、渦巻き始めた。
三つ目が紡がれる前にローグハンターは警告を発する。
「『
「させん……!」
ゴブリンスレイヤーは中途半端な剣を逆手に持ち替え、勢いのまま投げ撃つ。
矢の如く放たれたそれは、寸分の狂いなく魔術師の喉に突き刺さる。
お陰で魔術は不発に終わり、真に力ある言葉は無意味となった。
「これで、ラストだ!」
重戦士の宣言通り、振り下ろされただんびらの一撃は最後のガーゴイルを粉砕し、ただの石片へと変える。
瞬間、塔の頂きに疾風が吹き抜けた。
ガーゴイルの全滅を見届けた槍使いが、その持てる全力を持って駆けたのだ。
一迅の風となった槍使いは、耳飾りに片手を触れて真に力ある言葉を紡ぎ始める。
「《
迸った『
対処しようと魔術師の鬼火が強まった瞬間、ローグハンターに引き倒されその首元にアサシンブレードの刃が突き立てられる。
錆びる前に急いで引き抜き、傷口から吹き出た青黒い返り血を顔に浴びたローグハンターは、忌々しく舌打ちをすると魔術師の胸ぐらを掴み、そして━━。
「らぁっ!」
塔の頂きから
いきなりの行動に三人は驚くが、非難することはない。
言葉持つ者に殺せないのなら、言葉持たぬ重力に殺させようと言うのだ。
魔術師は数秒間の浮遊感の後、地面に叩きつけられて青黒いシミへと転じる。
ローグハンターは塔の上からそのシミを確認し、鼻を鳴らす。
「恐れを抱いたまま眠れ。永遠に……」
一応祈ることは忘れずやると、待機していた三人の元へ。
返り血を袖で拭うが、妙に粘着質のそれは異様にしつこい。
諦めたのか、ローグハンターはため息を吐いて言う。
「宝でも探すか。主を倒したのだから、この塔もあと数分で消えるだろう」
「そうだった!ボケッとしてる暇はねぇ!」
喜び勇んで駆け出す槍使いに、重戦士は苦笑を漏らす。
気を抜ける時に抜いておくのは、とても大切なことだ。重戦士だってそれは重々承知だし、ローグハンターも銀髪武闘家のお陰で慣れている。
ゴブリンスレイヤーは槍使いの背中を眺め、小さく息を漏らす。
「見習うべき所は多々あるな」
「確かに、そうかもな。槍使いも、あいつも、その辺り俺より上手い」
ローグハンターは銀髪武闘家の事を想い、彼女が隣にいないことに何となく違和感を覚える。
その違和感を拭うようにタカの目を発動し、屋上の片隅に安置された長持を発見した。
三人は目を合わせると、それに近づいて片膝をつく。
ローグハンターはアサシンブレードを抜刀、蓋と箱の間に差し込んでぐるりと一週。
罠がないことを確かめ、鍵穴を覗いて針金を取り出す。
ガチャガチャとピッキングを進めつつ、ローグハンターはぼそりと言う。
「……久しぶりに旅をした気分だ」
「確かに、戻ったら騒がれそうだな」
周囲を警戒していたゴブリンスレイヤーもため息を漏らし、重戦士は苦笑を漏らす。
彼ら二人を『冒険』に連れ出そうと躍起になっている妖精弓手がこの事を知ったら、その長耳を逆立てることだろう。
彼らが囲む長持以外には何も見つからなかったのか、槍使いが残念というように息を吐いて戻ってくる。
それでも彼らの会話は聞こえていたのか、肩を竦めて苦笑する。
「誘った俺らも怒られそうだがな」
「周りに騒がれながらの財宝分配と酒盛りは伝統だ。諦めろ」
重戦士も彼に続き、ゴブリンスレイヤーとローグハンターは肩を竦めた。
「経費を抜いて四等分だったな」
がちゃりと音を立てて長持の鍵が開くと、ローグハンターはホッと息を吐いて青黒い血が染みた汗を拭う。
「そのつもりだ」
重戦士が答えると、ゴブリンスレイヤーがぼそりと呟く。
「財宝か。悪くはない……」
いつものように淡々と、それでもどこか嬉しそうな言葉に、三人は顔を見合わせて思わず苦笑。
ローグハンターはそっと宝箱を開き、その中身に目を向けた。
辺境の街、眠る狐亭。
顔の返り血を落としたローグハンターは一人で賭博場の脇を抜け、店主に軽く挨拶をして上階、彼の滞在する部屋へ。
扉の前で立ち止まり、そっと耳を当てる。
もう真夜中だ、二人とも眠っていることだろう。
彼は四人で分配した宝の詰まった袋を担ぎ直し、そっと扉を開けて音もなく潜る。
そして、その表情に僅かな驚きを露にした。
女魔術師は熱も落ち着いたのか、規則正しく寝息を立てている。
銀髪武闘家のほうは今にも寝てしまいそうだが、必死になって目を開いているのだ。
「……あ、おかえり~」
彼女の眠そうな笑顔に彼の表情は無意識に緩み、柔らかな笑みが漏れる。
「ただいま……」
その言葉を言える人物なぞ、彼女以外に誰がいる。
彼に寄り添い、支えられる人物なぞ、彼女以外に誰がいる。
きっと、ローグハンターは気づいていない。
今の彼のその顔が優しき父が母に見せた笑顔に似ていることなど。
父が母の前で笑う時は、決まってそんな柔らかな笑みを浮かべていたことなど。
彼が忘れていた笑みが、ごくごく自然に漏れていることなど━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。