Memory01 新たな出会いは突然に
辺境の街、冒険者ギルド。
寒さが強烈になり始めた冬の始めでも、人で溢れるギルドの中は暖かい。
ローグハンターはいつものようにギルド端の席に腰を降ろし、机に置かれたリンゴには目もくれず、送られてきた手紙を睨んで何とも言えない表情を浮かべていた。
いつもなら真っ先に声をかけるであろう銀髪武闘家も、何かしらの異常を察して声をかけない。
彼女が無理だとしたら、女魔術師にも無理だ。
まだ付き合いが一年にも満たない彼女には、まだ遠慮という言葉が脳裏にちらついているのだろう。
手紙を読み終えたローグハンターはそれを畳んで机に置くと、額に手を当てながら大きめのため息を漏らす。
一党の二人は目を合わせて目配せすると、銀髪武闘家が声をかけた。
「ねぇ、大丈夫……?」
「ああ……」
「そうには見えないけど」
「むぅ……」
自分の顔を覗きこんできた銀髪武闘家の顔を見たローグハンターは、小さく唸りながら机に突っ伏す。
いつになく悩んでいる様子の彼を心配してか、女魔術師が悩みの種である手紙を拝借し、その文面に目を通す。
達筆ながら品のある言葉選びは、きっと助けた貴族令嬢からのものだろう。
それは良い。いつもの事だ。
冒険者として貴族令嬢からの好意を受け取るのは、まあ良いことだろう。……良いことだろうか?
その話は置いておき、肝心の問題点は手紙の後半部分。
『━━家を飛び出した友人の一人が、出ていく前にあなたの一党に加わりたいという
その部分を読んだ女魔術師は、同情を込めた視線を頭目に向けた。
机に突っ伏す彼の背中を、銀髪武闘家が擦っているようだ。それに意味があるのかはわからないが、きっと何かしら効果があるのだろう。
女魔術師は小さくため息を吐き、その続きを読んでいく。
どうでもいい身の上話を流し見て、その女性の情報を探して手紙を睨む。
穴が開くのではと思うほど手紙を睨む彼女の姿を、他の冒険者たちはどう見たのか。
そもそも目を向けるかどうかすら怪しいが、きっと見ていれば、さぞや滑稽に見えただろう。
手紙を読み終えた彼女はぐったりとその身を机に預け、大きく息を吐く。
女魔術師もダウンしたことに銀髪武闘家は驚きの声を漏らし、ローグハンターと彼女とを交互に見つめると二人を倒した問題の手紙に目を向けた。
読めば最後、二人と同じ末路を辿ることは目に見えている。
流石に見え見えの罠に飛び込むほど彼女は愚かではないし、そもそもローグハンターを苦しめる
ローグハンターは体を起こし、天井を見上げながらぼそりと呟く。
「……店主に言って、もう一部屋借りるか。余っていればの話だが」
「二二で別れますか?それとも一三ですか?」
来る者拒まず、去る者追わず。
問題の彼女を迎え入れるつもりの頭目に、女魔術師が顔だけを上げて問いかけると、彼は彼女に目を向けて顎を手をやりながら言う。
「俺はどちらでも構わないが……」
「ん。よく分からないけど、部屋を別にするなら彼と同じ部屋にしてね」
いきなり話を進め始めた二人の間に、銀髪武闘家が割って入る。
口にしたのはただの
「その話は後にしよう。実際にその令嬢が来た時にでも━━」
ローグハンターはそう言いながら、ギルドの自由扉を潜った人物に目を向けた。
入ってきたのは見知らぬ女性だ。
蜂蜜のように艶やかな金色の髪を二つに括り、碧眼を煌めかせる年頃の娘。
豊かな胸元を守る胸甲に、コルセット不要の細い腰を包むのは上等な革鎧。
その腰に下げる鞘に納まった長短一対の突剣は、ローグハンターの振るう数打ち物ではなく、おそらく一族に伝わり続ける高貴な一振り。
そんな戦衣装に身を包むよりも、ドレスで着飾りパーティに出るほうが似合う。
彼女は無意識だろうが、ローグハンターにだけ感じ取れるそんな雰囲気が漏れ出ているのだ。
その雰囲気を感じとったローグハンターが、瞬き一つでタカの目を発動してみれば、その人は金色に━━つまり重要人物として━━強調される。
「………噂をすれば、か」
「ん。何か言った?」
「いや……」
ぼそりと呟いた言葉に銀髪武闘家が反応するが、ローグハンターはタカの目を解除しつつ適当に受け流してリンゴを手に取り一かじり。
毎日食べれば医者が遠のくとは、誰が言った言葉だったか。
騒がしい冒険者ギルドの中に、シャリシャリとリンゴを
彼に続いてというわけではないが、銀髪武闘家と女魔術師もリンゴを手に取りかじり始めた。
シャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリ。
一つだった小さな音が、いきなり三つに増えるとなると、流石に騒がしいものである。
流石の冒険者たちも気になったのか、ちらりと彼らに目を向けるのだが、すぐに目を逸らす。
三人して真剣な顔でリンゴをかじり続けているのだ。その姿は滑稽を通り越してもはや不気味と言って良い。
「ところで、ゴブスレは?」
リンゴを咀嚼しながら漏らした言葉に、真っ先にリンゴを食べ終えたローグハンターが言う。
「朝一に出ていったそうだ。少々距離のある雪山のほうにゴブリンが出たらしくてな」
「あの
女魔術師はそう付け加え、またリンゴをかじり始める。
リンゴを両手でしっかりと持ち、小動物のように小さく連続でかじっていくその姿は、何となしに可愛らしい。
銀等級二人はそんな彼女の姿に苦笑を漏らし、芯だけになったリンゴを弄ぶ。
ローグハンターが目で追っていた件の令嬢剣士は、しばらくギルド内を右往左往。
ついに諦めたのか困り顔で息を吐くと、運良く空いていた受付に直行した。
彼女が自分たちを訪ねてくるまで、あと数十秒といったところか。
彼はため息混じりに立ち上がり、二人からリンゴの芯を回収して近くのゴミ箱に叩き込む。
その足で受付に向かうと、令嬢剣士と話し込んでいた困り顔の受付嬢がパッとその表情を明るくさせた。
「ローグハンターさん!実はこの人がお話があると……」
「ああ、話は聞いてる」
彼は手短にそう返すと、令嬢剣士に目を向けた。
当の彼女は彼の登場に酷く驚いた様子で、その体は固まっている。首から下がる認識票は、駆け出しを示す白磁のもの。
彼は肩を竦めて苦笑して、体を強張らせる彼女に言う。
「とりあえず、話を聞かせてくれ。こっちだ」
緊張を和らげようとしているのか、珍しく優しげなその声音は、兄のようでありながら父のようでもあり、二十代中頃という年齢以上の力がある。
令嬢剣士の緊張も僅かに解れたのか、その表情を和らげた。
それを見たローグハンターは彼女を先導し、一党の二人が待つギルドの片隅へ。
令嬢剣士を含めた四人で卓を囲み、三人はそれぞれ目配せする。
出来る限り険しい表情はせず、笑顔を心掛ける。
令嬢剣士は一度深呼吸をすると、その碧眼をローグハンターに向けて単刀直入に告げた。
「わたくしを━━」
━━あなたの一党に加えてください!
三人は次の言葉はそうだろうと目星をつけ、何と返すかを思慮する。
だが、令嬢剣士の放った言葉は彼らの予想から僅かに逸れる。
「━━あなたの『弟子』にして欲しいのですわ!」
「………は?」
非常に珍しいことに、ローグハンターの口から間の抜けた声が漏れた。
聞き耳を立てていた冒険者たちも驚いたのか、酒を吹き出したり手を止めたりと、その反応は様々だ。
銀髪武闘家と女魔術師も予想を外れた言葉に驚き、その顔を見合わせる。
弟子ということは、彼と師弟関係を結びたいということだろう。
驚き固まる三人を他所に、令嬢剣士は身を乗り出しながら言う。
「わたくしの友人から、貴方のお噂は聞いておりますわ。ですから、どうか、わたくしを弟子に━━」
「ちょっと待ってくれ」
彼女の言葉に待ったをかけ、彼はゆっくりと確認を取るように問いかける。
「おまえは、俺の弟子になりたいのか?」
「そうですわ」
ニコッと爽やかな笑みに裏はない。
「一党に加わりたいではなくてか」
「出来れば加えていただきたいですが、今のわたくしでは、その、足を引っ張ってしまうと……」
彼は困り顔で一党の二人に目を向けるが、その二人は無言で目を逸らす。
いつも助けているというのに、ここぞという時に助け船を出してくれないのはいかがなものか。
彼は小さくため息を吐き、令嬢剣士に視線を戻した。
彼に睨まれた令嬢剣士は僅かに狼狽えるが、すぐにその碧眼で蒼い瞳を見つめ返す。
ローグハンターは不敵に笑い、彼女に告げる。
「弟子、か。まあ、たまには良いか……」
折れたかのように呟かれた彼の一言に、令嬢剣士は嬉しそうな笑みを浮かべた。
そんな彼女を見つつ、銀髪武闘家が笑顔混じりに問いかける。
「一党に入れるの?それとも弟子にして街で待機?」
「一党には入って貰う。実戦の空気を感じるのは、訓練だけではどうにもならん」
表情を真剣なものに変えての一言は、先程とはうって変わって頭目としての気迫に満ちている。
ここからは他人としてではなく、一党の仲間として接するということなのだろう。
令嬢剣士もそれを察してか、その表情を引き締めながら頷く。
ローグハンターは更に続ける。
「貴族出身なら、多少剣の心得はあるだろう。剣術の他に何か出来るものはあるか」
「『
彼女の言葉に女魔術師が感嘆の息を漏らし、思慮を深める。
多少の剣術も扱え、術も二回。なるほど、白磁の冒険者にしては優秀と言えるだろう。
自分も棒術を使い始めたとはいえ、まだ素人の域を出ない。ゴブリン相手になら、まだ牽制にはなるか。
術を扱えるのが二人になるというのは、実際に良いことだ。後衛である自分の負担も減ることだろう。
「一党内で術が四回。やる事が増えたが、やれる事も増えたな」
ローグハンターはそう呟くと、三人を残して
令嬢剣士の技量の確認が出来そうな依頼。ようは試金石が必要なわけだ。
「むぅ……」
顎に手をやり唸った彼は、一枚の依頼書を引き剥がす。
いつも通りの
他所から来た流れ者か、あるいは新参者か。
どちらにせよ、今の彼らにとってはちょうど良い依頼に違いはなかった。
依頼書が放置されていたのは、その野盗どもの拠点が少々遠い山間部に位置するからだろう。
冬場の山を舐めてかかれば死ぬ。
冒険者たちはそれをわかっているし、そんな危険に場所に赴くような輩は余りいない。
野盗もそれをわかっているから、そんな危険な場所に拠点を置くのだ。
ローグハンターもそれをわかっているから、そこに飛び込んで行くわけだ。
彼は一党の元に戻り、その千切ってきた依頼書を三人に見せる。
「小規模の野盗の拠点だ。少し遠いが、ちょうど良いだろう」
銀髪武闘家と女魔術師は慣れた様子で頷き、令嬢剣士も「お任せください!」とやる気十分に答える。
確認を取ってもすぐさま出立という訳にもいかず、この依頼書を受付に渡し、諸々と準備を終えてようやく出立だ。
「それじゃあ、俺は受付嬢のところに行ってくるから……」
「目的地までの行程と、それに合わせた食料の確保でしょ?任せといて」
「それ、やるのはほとんど私じゃあないですか……?」
「あ、あの、わたくしは何をすれば……」
いつものように話を進めていた三人は令嬢剣士に目を向け、ローグハンターが言う。
「二人に付き添ってくれ。最初はそこからだ」
「承知しましたわ」
彼女の返答にローグハンターは「良し」と呟き、席を立つとそのまま受付へ。
三人は目配せすると、女魔術師が地図を卓の上に広げた。
依頼の山脈は徒歩ではそれなりにかかる距離だ。
途中の村で補給を受けつつ向かうとしても、何も採れぬ冬の時期は食料が普段以上の値段にはね上がる。
ギルドで買えるものは対して変わらないから、ここで多めに買うか。いや、それでは荷物の重量が……。
女魔術師はそこまで思慮すると、令嬢剣士に目を向けた。
━━この人はどれくらい食べるのかな……。
新たな仲間が増えたのなら、その分運ぶ食料も、それを買う費用も増えるということ。
悩みの種と、冒険の種は減ることはない。
女魔術師は大きくため息を吐き、首を傾げる二人に目を向ける。
金繰りはローグハンターと女魔術師の仕事。
実働はローグハンターと銀髪武闘家の仕事。
援護はローグハンターと女魔術師の仕事。
……ローグハンターが働きすぎのような気がするが、果たして令嬢剣士はどこに組み込めるのか。
頭目は今回の依頼を試金石にするつもりだ。
そして、この一党での連携を確かめ、そこを突き詰めていくのだろう。
女魔術師は戻ってきた頭目の笑みに頷いて返し、案を纏めていく。
準備を整えた彼らが出立したのは、陽が天高く昇った真昼時だった。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
-
見たい!
-
別にいいです……。