SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory02 依頼中止

 辺境の街を出発してから幾日か。

 いくつかの村を経由して、依頼の野盗狩りに赴くローグハンター一党は、その行程最後となる村の安宿の一室に集っていた。

 四人で床に腰を降ろし、女魔術師が広げた地図を睨む。

 今のところ予定通りだ。

 一番の心配であった令嬢剣士の体力は、彼らの予想を越えて高いものだった。

 次の問題は、件の野盗の野営地の場所がここから更に遠いこと。最低でも一度は野営が必要になることだろう。

 村で食料を補充して、薪か何かを買えれば御の字だが……。

 

「何を買うにしても、やはり金はかかるな」

 

「仕方ないよ。冬の時期はどの村もギリギリなんだから」

 

 ローグハンターのため息混じりの言葉に、銀髪武闘家がそう返す。

 冒険者になる以前にそういう経験をしたからこそ、彼女の言葉には説得力がある。

 女魔術師は顎に手をやり、僅かに唸った。

 

「報酬額から考えると、僅かに黒字、と言ったところですかね……」

 

「予想通りだ」

 

 ローグハンターはそう言うと、令嬢剣士に目を向けた。

 今回の依頼は彼女の試金石としての意味が大きい。

 報酬は多いに越したことはないが、無理をさせていきなり死なれたら、こちらにも嫌なものが残るだろう。

 当の彼女は女魔術師の言葉に表情を険しくさせているが、地図を睨んで何やら考えている様子。

 

「どうかしたのか」

 

「い、いえ、その、よくこの周辺を縄張りにしたなと、思いまして。こんな冬の山の中に拠点だなんて、可能ですの?」

 

 地図のある部分を指で示しながらの問いかけに、ローグハンターはこくりと頷く。

 

「おまえの思う通り、冬の山は危険が多い。だが十分な知識があれば問題はない」

 

「知識、ですか……?」

 

「ああ」

 

 首を傾げる令嬢剣士に、ローグハンターは「ついでだな」と呟いて目的地付近の地図の線を指で撫でながら言う。

 

「相手に腕の良い斥候や野伏の類いがいれば、狩りぐらいは出来るだろう。冬眠中の動物を仕留めるのは、森を追いかけるよりも楽だ。それに呪文使い(スペルキャスター)がいれば、簡単に暖が取れるだろう」

 

「貴重な呪文の無駄遣いかもしれないけど、命に関わるなら話は別ね。燃やし方にもコツがいるわ」

 

 女魔術師は壁に立て掛けた杖を見ながら笑んだ。

 学院でこんな事を口にすれば、教師からの説教は間違いなしだ。

 だが、ここは学院でもなければ自分は学生でもない。

 毎日安心して眠れるわけでもなければ、ある程度の安全が確保されているわけでもない。

 何もかも、自分や仲間たちとの力で手に入れなければならないのだ。

 令嬢剣士は何度も頷きながら言うと、そっとメモをとろうとするが、それを銀髪武闘家が手で制した。

 

「メモは禁止。いざって時に思い出せないようじゃ、死んじゃうよ?」

 

「わ、わかりましたわ!」

 

 慌ててメモをしまう彼女の姿に、女魔術師は苦笑を漏らす。

 ローグハンターと初めて出会った日に、令嬢剣士と同じ事を言われたのは記憶に新しい。

 尤もあの日からもう何ヵ月も経ち、もうすぐ今年も終わりだ。

 

 ━━出来ることなら、この四人で来年を迎えたいわね。

 

 彼女の脳裏によぎったのは、そんな事だった。

 いつ死ぬかもわからない冒険者にとって、明日の朝日を拝むのが、小さいながらも共通の目標だろう。

 そうだと言うのに、まだまだ先の新年を見据えるなど。

 息を吐く女魔術師の横で、ローグハンターは地図を見つつ、そっと目を細めた。

 出発は朝一、最低でも一度の野営を挟み、野盗の拠点を探して叩く。

 言葉だけにすると、冒険者たちにとっての十八番(おはこ)である強襲と殲滅(ハックアンドスラッシュ)のようなものだ。

 つまり、やることはいつもと変わらない。

 ローグハンターは不敵に笑むと、地図を畳んで女魔術師に手渡す。

 

「明日の朝一に出るぞ。それまではゆっくり休め」

 

 彼の指示に一党の三人は頷くと、各々の部屋に別れて早めの就寝を取る。

 明日は間違いなく野営だ。まともに休めるのは、これで最後になるだろう。

 

 

 

 

 

 とある山間部。

 捨てられた村なのか、あるいは焼かれた村なのか、どちらにせよそこがローグハンターたちが狙っている野盗たちの拠点()()()

 

「はぁ……はぁ……あぁ、くそ……」

 

 おそらくその野盗たちの頭目だった男は、その表情を恐怖に引きつらせながら駆けていた。

 立ち止まるな、止まったら死ぬ。

 振り返るな、振り返ったら死ぬ。

 ただ前だけを見て、ひたすら走れ。

 本能が告げている。

 逃げろ、走れ、死にたくない。

 仲間たちを置いて逃げた事を後悔することはない。

 その中にいた女の仲間たちがどうなったかなど、考えたくもない。

 走れ、走れ、走れ、走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ。

 近くの森の中に駆け込み、ひたすら走る。

 鋭い枝で頬を切ろうが、構っていられない。

 死が、すぐ側まで来ているのだ。

 死ななければ次がある。死ななければ、やり直せる。

 死ななければ━━━。

 

「ひぃ!」

 

 頭目は足を止め、突如として目の前に現れた小さな影を、怯えた視線で睨み付けた。

 小さな影は左肩に白いマントのついた、同じく白いローブを身に纏い、鳥の(くちばし)を模した装飾のついたフードを被っている。

 その細腕に無理やり大きさを合わせた籠手に仕込まれた刃は、既に複数人の血に濡れている。

 (いな)、血だけではない。おそらく脳の破片と思しき物をこびりついているのだ。

 頭目は、それらが仲間のものだと気づくのに時間はかからなかった。

 そして、そこに自分の物が加わることに気づくのにも、たいして時間はかからなかった。

 そして、その通りになるのには、それよりも時間がかからなかった。

 頭目はろくな抵抗も許されずに、籠手の仕込み刀で喉仏を貫かれ、文字通りに自分の血に溺れて死に絶えたのだ。

 その小さな影はフードを取り払い、汚物にでも触れるかのように動かなくなった野盗の頭目を蹴る。

 遠くから女の悲鳴が聞こえるのは、小さな影の仲間たちが、捕らえた女たちで悦しんでいるからだろう。

 その事実に小さな影は忌々しげに唾を吐き、森人もかくやという速度で木の上によじ登る。

 木の一番上まで登った小さな影の正体であるゴブリンは、その表情を引き締めて周辺を警戒し始める。

 下で()()()()()()()()()()()()

 あんなことをしている間に、()()()()()()()どうするのだ。

 ゴブリンにしては高い知能と、()()()()()()()()意識。

 ゴブリンにしてはあるまじき、勤勉さを持ち合わせた特異個体。

 尤も、彼がこんな事を思い始めたのは少し前からだ。

 正確には、殺した男からこのローブを奪った瞬間だ。その瞬間から、世界の全てが変わって見えた。

 剣と盾を振り回し、うまい具合に仲間たちを纏める()()()もそうらしいが、あちらとはまた違うことは僅かばかり理解出来る。

 理解出来たところで、何か変わるわけでもないのだが。

 ゴブリンは下から聞こえる汚い悲鳴と、それを笑う仲間たちにため息を漏らし、天にある緑の月に目を向ける。

 食料を確保し、しばらく仲間たちが暇にならない程度の女も確保出来た。

 戦果は上々、後は帰ってあいつに報告するだけだ。

 その時一際大きな悲鳴が上がり、ゴブリンは盛大に息を吐く。

 とりあえず、戦果が一つ減ってしまったのはどう説明したものか。

 誰だってそうだろうが、怒られるというのには、いつまで経っても慣れることはないのだろう。

 

 

 

 

 

 二日後の雪原。

 既に陽は沈み、二つの月が雪原を優しく照らしている。

 点々と足跡を残しながら進んでいたローグハンターの一党は、遠くに登る黒煙に気づく。

 地図を見た限り、付近に人の住む村はない。燃えているとしたら、野盗の拠点だろう。

 四人は目配せし、小走りで駆け出す。

 全力では走らない。もし戦闘になった時に息切れをしていたら、まともに戦えなくなるからだ。

 その途中で積雪で真っ白になった丘の影に身を潜める。

 ローグハンターは顔を覗かせる前に雪を口に含む。

 口内を一気に冷やすことで、息が白くなることを防ぐのだ。

 やりすぎると体の芯から冷えるため、細心の注意が必要なことではあるが、彼にとっては些細なことだろう。

 気配を殺し、白い息さえも消し、丘から僅かに顔を出しタカの目を発動。じっと村を睨んで状況を探る。

 何ヵ所かから火が起こり、それがゆっくりと燃え広がっているようだ。

 見た限りで敵を示す赤い影はない。かといって味方を示す青い影も、重要人物を示す金の影もない。

 打ち捨てられて数年が経っているであろう、地図からも消された廃村。人っ子一人はおろか、獣すらいない。

 ローグハンターは一党の三人に目配せし、慎重に村へと近づいていく。

 僅かに感じる肉の焼ける臭いは、そこに何かがいた証拠だ。

 慣れぬ臭いに表情を険しくさせる令嬢剣士に目を向け、ローグハンターは淡々と告げる。

 

「鼻で息をしろ。この臭いには慣れてもらわないと困る」

 

 令嬢剣士は彼の指導に頷き、一度深呼吸。

 銀髪武闘家と女魔術師は周囲を警戒し、万が一に起こるかもしれない彼の見落としに備えておく。

 誰だって完璧にはなれない。世界を救う勇者にだって、短所の一つや二つあることだろう。

 尤も、その勇者の短所━━この場合は弱点か━━である兄は、彼女らの目の前にいることには気づくことはない。

 廃村に忍び込み、近くの家屋に滑り込む。

 そっと窓から外を見れば、雪に隠れた何かがちらほらと見ることが出来る。

 ローグハンターは三人をその場に残して家屋を出ると、雪に隠れたその何かを探る。

 

「………」

 

 彼はそれを見て小さく息を吐く。

 それは死体だった。おそらく、彼らの目標だった野盗の一人のもの。

 恐怖に目を見開き、体はぼろ雑巾のようだ。手足も欠けている。

 生きたまま腹を切り刻まれ、解体されたのだろう。武器は見当たらない、何者かに奪われたのか。

 彼はわき出る疑問を一旦置いておき、そっとその死体の目を閉じさせ、祈る。

 

「安らかに眠れ。恐怖を忘れ、永遠に……」

 

 警戒しつつも三人を待たせる家屋に戻り、彼女らに言う。

 

「目標の野盗の死体があった。全員死んでいるかは知らないが、ここで何かがあったことは確かだ」

 

「これからどうしますの?」

 

 令嬢剣士の問いかけに、銀髪武闘家が顎に手をやり考える。

 

「一応依頼は達成だけど、何もせずに報酬を貰うのはね……」

 

「帰って何を言われるかわかりませんよ……」

 

 女魔術師もそう続き、小さく白い息を吐いた。

 銀髪武闘家が言うように、討伐すべき野盗は死んでいる。生き残りを探すにしても、この二日でだいぶ離されたことだろう。

 ローグハンターが思慮を巡らせる中で、その耳に聞き馴染んだ『下卑た笑い声』が頭に響き始める。

 野盗を襲い、必要以上に痛め付けてから殺す手口は、あいつらにしかあり得ないだろう。

 彼は指を口の前に持っていき、三人に静かにするように伝える。

 再び窓から外を見れば、そこにいたのは五匹のゴブリン。

 略奪後のおこぼれを狙っているのか、それとも自分たちのような冒険者が来ることをわかってか。

 三人もそっと外の様子を探り、各々の武器を改める。

 ローグハンターはいつもの長短一対の武器を抜き、銀髪武闘家は籠手の具合を確かめ、女魔術師は杖の石突きを取り外し、中に仕込まれた刃を露出させる。

 初めての実戦である令嬢剣士も、雷槌(いかづち)にて赤き宝玉より鍛えられた軽銀製の突剣を抜き放つ。同時に突剣と同じく軽銀製の短刀を抜き、ローグハンターと同様に構えを取った。

 ローグハンターは銀髪武闘家、令嬢剣士に目を向け、指示を出す。

 

「二人は正面から頼む。魔術師と俺で、上から決める」

 

 銀等級が一人ずつ後輩に付く。

 おそらくこれが最も安全で確実だろう。

 銀髪武闘家と令嬢剣士が同時に頷くと、家屋から飛び出していく。

 同時にローグハンターと女魔術師はそろりと抜け出し、近くの家の屋根の上によじ登る。

 

「イィイイイヤッ!」

 

「GRRB!??」

 

 銀髪武闘家の豪快な回し蹴りが、ゴブリンの首をはね飛ばす。

 

「こんのっ!」

 

「GB!」

 

 軽銀製の刃は柔軟かつ鋭く、教本通りの動きをするだけでもゴブリンを殺す程度なら造作もない。

 突き、突き、払う。三手もあれば、十分だろう。

 幸運にも残った三匹のゴブリンは、顔を見合わせて隙を伺う。

 数はこちらが上。こいつらの事を群れに伝えれば、きっと褒美が貰えるに違いない。

 だが、こいつらで楽しめる時間が減る。

 よく見てみれば、目の前の二人はどちらも女だ。しかも生き生きとしていて、きっと良い声で鳴くに違いない。

 三匹は醜悪な笑みを深め、舌舐めずり。

 ただですら娯楽が少ないのだ、ここら辺で一つや二つ贅沢しても良いだろう。

 彼らは自分たちが負けることを考えることはない。

 何故かは聞くまでもなく、ゴブリンたちは自分は上手くやれると信じて疑わないからだ。

 そして、その思いは一瞬で潰された。

 三体が背中を任せていた家屋から、二つの影が飛び降りたのだ。

 女魔術師は落下の勢いのまま杖の石突きに仕込んだ刃でゴブリンの脳天を貫き、その体をクッション代わりに着地。

 ローグハンターは落下の勢いに乗せ、長短一対の剣をそれぞれゴブリンに突き立て、声をあげさせることなく即死させた。

 二人は念のためともう一突きし、ゴブリンの死を確かめる。

 四人は周囲を警戒し、増援や伏兵に備えるが、一分程待ってもそれは来ない。

 タカの目を発動しつつ周囲を見渡し、赤い影を探す。

 

「……終わりか」

 

 それはどこにも映らず、ただ静けさが廃村を包み込むだけだ。

 四人は目配せすると再び移動し、まだ壁がしっかりとしている家屋に飛び込んだ。

 とりあえずここで一泊することは確定事項だ。

 ゴブリンが来る可能性を考慮すると、下手に火を焚くことは出来ないが、幸いなことにこの村は既に燃えている。

 火種には困らないし、小さな煙程度なら誤魔化せるだろう。

 四人は白い息を吐きながら身を寄せあい、床に地図を広げる。

 

「……野盗を襲ったのがゴブリンだとしたら、どこかに巣があるだろう」

 

「肉付き良かったからね。渡りじゃないのは確かだよ」

 

「問題は、その巣がどこにあるかですね」

 

 ゴブリンを潰す方向で話を進める三人に、令嬢剣士は疑問を口にする。

 

「これからゴブリンを追いますの?」

 

「ああ。ただ働きするぐらいなら、ゴブリンの巣を一つぐらい潰して帰ったほうが、評価はされるぞ」

 

「冒険者は評価と信頼が無いと、次の等級に上がれないからね」

 

 ローグハンター、銀髪武闘家の言葉に、令嬢剣士はこくりと頷く。

 女魔術師は地図を睨み、とある一点を指差した。

 

「ここに村があります。ゴブリンに関しての情報と、食料が貰えれば補充しましょう」

 

「……山の反対側か。一旦降りて、道に出るか」

 

「ゴブリンがいる山を突っ切るのは、流石に危ないからね」

 

「わかりましたわ。距離としては、どの程度でしょう?」

 

 令嬢剣士の問いかけに、ローグハンターは地図で距離を推し測り、小さく唸りながら言う。

 

「また朝一に出て、順調に行ければ夜までにはつくだろう」

 

 彼の想定に、三人は頷いて返す。

 木材やら取り残された箒やらで手早く焚き火を起こし、最低限の暖が取れるようにする。

 それが出来た頃を見計らい、ローグハンターは三人にこう告げた。

 

「良し。見張りは俺がやるから、三人は休め。手足をしっかりと揉み解すのを忘れるな。氷の精に目をつけられたら、最悪手足がもげるぞ」

 

 その言葉に小さく悲鳴を上げたのは令嬢剣士だろうか。

 彼女は慌てて手袋とブーツを外すと、その白く細い手足を揉み始める。

 既に手慣れた様子の二人も、優しく力強く手足を揉む。

 ローグハンターは白い息を吐きながら窓の外に目をやり、僅かに苦笑を漏らす。

 五年経ったが、こちらの例え方にはいまだに慣れない。

 昔なら『凍傷になる』で済んだ話も、長々と説明しなければならないのだ。

 表情を引き締めて、月に照らされた雪景色を睨み付ける。

 僅かに降り始めた雪は、先程のゴブリンの死体をすぐに隠してくれるだろう。

 結局その晩、ゴブリンが現れることはなかった━━━。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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