地下牢に残された工作組は、生き残った虜囚の人数と状態を確認し、助け出すことを確約すると上を目指して駆け出した。
タカの眼で闇の向こう煙の向こうを見通すローグハンターでも、分厚い石壁の向こうを見通すことは出来ない。今回ばかりは、妖精弓手の聴力が頼りだ。
鉱人道士が床の磨り減り具合で倉庫の位置を大まかに把握し、彼女の先導で少しずつ進んでいく。
六人で固まって動くという都合上、目立つことには目立つのだが、幸いなことにこの一党で重々しい音の出る装備を纏った者はいない。
石畳の廊下には、僅かな足音と吐息の音が響くだけだ。
銀等級三人の先導があれば、未知の砦でも迷うことはない。息をすることと同じように踏破していける。
その時、妖精弓手が長耳をひくつかせて足を止めた。
「……来るわよ」
身をかがめ、大弓に矢をつがえて引き絞る。
ローグハンターは万が一に備え、懐に忍ばせた投げナイフを取り出し構える。
エアライフルを使っても良いが、これから先どうなるかわからない現状で補給が出来ない物を使うのは賭けになるだろう。
ならばと投げナイフを構えた訳なのだが、彼の心配は杞憂に終わる。
曲がり角の向こうから足音が二つ近づいてきて、音もなく弦が弾かれる。
妖精弓手の放った矢は大気を切り裂きゴブリンの眼窩を貫くと、勢いそのままに壁に突き刺さる。
「GOB━━!」
もう一匹が口を開いて声を出そうとした瞬間、間髪入れずに放たれたもう一矢が口の内側から脳を貫く。
同時にローグハンターは駆け出すと、念のためにそれぞれのゴブリンの喉にアサシンブレードの刃を突き立てた。
「問題なさそうだな。死体をどうするか以外だが」
「それなら射たないほうが良かった?」
「いや、気づかれ包囲されるよりはましだ。それに、あいつらを危険に晒すことになる」
そう言いながらゴブリンの死体から矢を引き抜き、服の端で血を拭うと彼女に手渡す。
「ありがとね」
「あと何度鉢合わせるかわからん。出来る限り使い回せ」
術の回数は女魔術師、令嬢剣士が二回。女神官と鉱人道士が三回。それぞれ合わせて十回となる。
他の一党に比べれば贅沢と言えるほど多いのだろうが、相手の数はこれを軽く越えている。
使い回せる矢や投げナイフが、重要な役割を持つだろう。
「……慎重に行かなければな」
彼はそう呟くと、目下の問題であるゴブリンの死体に目を向けた。
隠し場所はない。地下牢に担ぎ込むにしても、これから戻るのは手間だ。
この状況は、ローグハンターの経験でも余りないことだろう。
彼の場合は、基本的に茂みや藁の山などに投げ込んでいたのだから当然だろう。
後は、ベンチに腰掛けさせて休んでいるふりをさせる程度か。
……休んでいるふりをさせる。
「……」
ローグハンターはふと鉱人道士が腰に下げる酒瓶に目を向けた。
目の前にはゴブリンの死体。横には中身の詰まった酒瓶が一つ。これならば、やれるだろう。
「後で樽を奢る。その酒瓶をくれ」
「何に使うつもりかは知らんが、無駄にはせんでくれよ」
鉱人道士は不安げに酒瓶を彼に手渡す。
それを確かに受け取ったローグハンターは、きゅぽんと小気味良い音と共に栓を抜くと、その中身を床にぶち撒けた。
「ああ!?」
「奢ると言ったろ。我慢してくれ」
この世の終わりを見るかのような表情の鉱人道士に、ローグハンターはもはや冷酷に思えるほど淡々と告げた。
「が、我慢って言ってもよお前。わ、わしの酒……」
項垂れる鉱人道士の背を女神官が擦る横で、ローグハンターはゴブリンたちの腰巻きのぼろ布で血を拭い、壁際にそっと座らせる。
傷口に見えないように細心の注意を払い、二匹の持っていた武器を適当に転がす。
令嬢剣士は小さく首を傾げ、彼に問いかけた。
「あの、何をしていらっしゃいますの?」
「真面目なゴブリンはいない。こうすれば、酔いつぶれたように見えるだろう」
彼はそう言いながら酒瓶をゴブリンの傍らに置き、何度か位置を調整する。
「こんなものか」
「隠せないなら、見つかっても大丈夫なようにするんですね」
「そんなところだ」
女魔術師の確認に、ローグハンターは頷いた。
どうせ隠した所で見つかる時は見つかるのだ。ならば、開き直って見せつけてやれば良い。
人間相手には絶対に使えない手ではあるが、相手はゴブリンだ。間抜けではないだろうが、馬鹿ではあるだろう。
鉱人道士が半ば放心して水溜まりを眺める横で、女神官は錫杖を両手で握り、そっと両膝をつく。
時間は無いが、鎮魂の祈りは大切だろう。祈りを欠いてゴブリンゾンビになられても、後で困るというもの。
頃合いを見計らい、ローグハンターが周囲を警戒しながら言う。
「終わったか」
「はい」
女神官が頷くと放心中の鉱人道士の背中を叩き、無理やり意識を戻させる。
「ほら、行くぞ」
「酒……わしの、酒……」
うわ言のようにぼやきながら、鉱人道士は歩き出す。
流石の妖精弓手も嫌味を言うことはなく、肩をすくめるとため息を吐いた。
「なんなら私もお金出すわよ。それで良いでしょ」
「私からも出すわ」
女魔術師もさらに続くと、鉱人道士はようやく表情を引き締めた。
「こんの頭巾の!酒場に戻ったら泣くまで奢らせっかんな!」
「俺がその程度で泣くと━━」
「そこに銀髪のを巻き込む!」
「それは勘弁してくれ身が持たん」
不敵な笑みが一変、いきなり下に出るローグハンター。
二人だけの男性たちのやり取りに、女性陣は思わず苦笑した。
張り詰めていた空気が、何となくだが緩んだような気がする。
「こうなりゃ死んでも死にきれん!何がなんでも帰ってやるかんの!」
「その意気だ」
考えてみれば、ゴブリンスレイヤーを除いて男性冒険者とこうして行動するのは滅多にないことだ。
「何事も経験だな」
彼はそう漏らし、後に続く女性陣に目を向ける。
弟子希望者に教えることは多いが、自分も学ぶべきことはまだまだ多い。
それを教え、生かすためにも、まずここを生き残らなければ。
目的の武器庫は、思いの外すぐそこに迫っていた。
六人がたどり着いた先にあったのは、重厚な鉄の扉だった。
ゴブリンの小さな体躯ではノブに手が届かないのか、丁寧に踏み台が置いてある。
タカの眼で扉を睨み付け、魔術による防御がされていないことを確かめる。
後はいつも通り、簡単なことだ。
ローグハンターは仲間たちを下がらせ、後方警戒を頼むと、鍵穴にそっと針金を差し込んだ。
手元をミリ単位で動かし、時には髪の毛一本分という繊細な技量が要求されるのだが、今回の鍵は簡単なものだったようだ。
三十秒程だろうか。ローグハンターが不敵に笑むと、ガチャリと音をたてて錠が開いた。
「開いたぞ」
彼はそう告げると、アサシンブレードを抜刀。仲間たちが各々の武器を手にした頃を見計らって扉を蹴り開けた。
反応なし。中にゴブリンが閉じ込められていたということは無さそうだ。
間髪入れずに女魔術師が松明を点火━━もちろん火打石でだ━━すると、武器庫の中を見渡す。
優しい橙色のあかりに照らされ、そこに集められた武具が怪しく光る。
光源を確保したなら、奇襲を警戒して扉を閉める。鉱人道士はついでと言うように楔を打ち込み、外から破られないように細工した。
武器庫を見渡したローグハンターは、目を細めながら言う。
「武器庫と言うよりは物置だな」
彼の言葉は確かに的を射ていた。
いくつも並べられた樽の中に、無造作に突っ込まれているのは錆びた剣や槍、そまつな盾、果てには
「……何か掘っているのかしら」
女魔術師が土のついた鶴嘴を眺めながら言うと、妖精弓手が長耳をひくつかせながら言う。
「巣穴でも掘っているんじゃないの?ゴブリンなんだし」
興味なさそうに言う妖精弓手は、長耳を立てて部屋の外を警戒しているようだ。
ローグハンターは顎に手をやり、部屋の片隅に目を向けた。
放置された台座には、何やら武器のようなものが転がっている。
彼は足音もなくそこに近づくと、その目を見開いた。
なぜこれがここにあるのか。そんな疑問は一瞬で除外され、感情のままにそれらを手に取った。
端から見れば、ベルトのついた四角い何かだ。だが、それには見覚えがある。
「おい、頭巾の。どうかしたんか」
「………」
いきなり部屋の片隅に行き、一向に戻ってこないローグハンターを心配してか、鉱人道士が声をかける。
そして彼の手元に目を向けると、その目を細めた。
それもそうだろう。今の彼の手に握られているのは、彼の手首に巻き付けてあるものとほぼ同一のもの。
「……おい、こりゃ、おまえさんの故郷の」
「ああ。だが、なぜここにある。この五年で同郷の奴に会ったことすらないんだぞ……」
明らかな動揺の色の混ざった声音に、鉱人道士は眉を寄せた。
「……いけっか」
「ああ。だが、こいつは貰っておく」
ローグハンターはそう言うと、手に入れた『アサシンブレード』を懐に入れる。
僅かに手が震えていたのは、気づかれていないだろう。
どこの誰のものかまったく見当もつかないが、騎士団のものではないだろう。
否、そうであって欲しい。
見ず知らずとは言え、同じ誓いの元に剣を取った
「……どうやら、今回のゴブリンは一味違うようだ」
声に明確な殺気が宿ったことに気づいた鉱人道士は、思わず身震いする。
ここまで冷たい圧を放てる冒険者など、世界広しと言えどそうはいまい。
金等級ならあり得るだろうが、それもきっとごく一部。
「いくらか武器を持ち出せるか。ゴブリンスレイヤーと俺には必要なものだ」
「ほいさ。そんじゃ、適当に質の良いもん拝借するかんの」
「頼む」
鉱人が選んだものならば、きっとこの雑多な武器の中でも選りすぐりのものだろう。
この中にそんな上質なものがあればの話だが。
「ねぇ、ちょっと」
鉱人道士が武器を選ぶ横で、妖精弓手がローグハンターを呼び寄せた。
「どうした」
「何かあったの?」
単刀直入に問いかけられるのは、彼女の性格故だろう。
彼は軽く肩をすくめ、首を横に振った。
「いや、問題ない」
「なら良いんだけど」
彼の顔を覗きこむ彼女の視線は、どこか好奇心に引かれているように見える。
まあ、いきなり部屋の片隅で殺気立たれれば、気になってしまうのだろう。
「おし、頭巾の。こんなもんじゃろ」
「わかった。おまえら、出られるか」
ローグハンターの確認に、女魔術師と令嬢剣士が即答すると、女神官も「大丈夫です」と続いた。
彼は三人に頷き返すと、鉱人道士に目を向ける。
「作戦通りだ。頼むぞ」
「ほいきた。《チックタック、巡れや巡れ、
彼が呪文を口にすると、驚くことに武器庫に詰め込まれていた武具がゆっくりと朽ちていくではないか。
妖精弓手を除いた女性陣が感嘆の息を漏らす中、鉱人道士は髭をしごく。
「『
「使えなくするだけだ。次行くぞ」
鉱人道士の不満げな声に、ローグハンターは淡々と返す。
時間は限られている。やれる内にやっておかなければ、後で辛くなるだけだ。
いつの間にか陽は沈み、既に夜。
今はゴブリンたちの時間なのだから。
次なる目的地である食料庫を目指す一行の耳に、どこからか響く耳障りな音が届いた。
おそらくゴブリンたちが力任せに吹いているのだろう。そこに本来ある筈の繊細さをまったく感じない。
ローグハンターたちは回廊の窓から顔を覗かせ、中庭を眺める。
そこにいたのは相変わらず大量のゴブリンたちだ。
だが、彼らの視線の先にいるゴブリンは、何やら異様な雰囲気を醸し出している。
薄汚れた鉄兜。全身を覆うのは継ぎ接ぎだらけの鉄鎧。カーテンか敷物を剥いで作ったのであろう真紅の外套を引きずっている。
腰に下げる剣は柄頭に鷹の頭部を模した装飾のある『ヤターガン』と呼ばれる小剣だろう。
その異様なゴブリンこそが、ゴブリンスレイヤーが危惧していた
問題は、その小鬼聖騎士の隣に蜥蜴僧侶とゴブリンスレイヤー、そして銀髪武闘家がいることと、見慣れぬ女性がその裸体を晒されていることだ。
ここで下手に騒ぎを起こせば、あの四人が最も危険。
何かが起きたら、三人がローグハンターたちに気づいていることを祈るしかない。
それに、あの小鬼聖騎士が何をするつもりかはわからないが、隣に立つ小鬼司祭がげたげたわらっている辺り、良いことではないだろう。
ローグハンターはその様子を眺めつつ、小さく息を吐く。
「……さて、どうしたものか」
「どう考えても下手に動かないほうが良いでしょ!」
「だが、奴らが中庭に集まっているのなら、この隙に食料庫に向かったほうが得策だとは思わないか?」
「それは、確かに、そうかもだけどさ……」
食って掛かった妖精弓手は、あくまで冷静なローグハンターの意見に潰される。
彼はそっと他の四人に目配せし、動き出そうとした時だ。
「GRRBGOBRRRR!!!!!!」
とあるゴブリンの大咆哮が砦の中庭に響き渡った。
ゴブリンたちは一様にその声の主のほうに目を向ける。
そこにいたのは仲間の死体を担いだゴブリンだった。
右肩から白いマントの垂れる同色のローブを身に纏い、両手にはサイズの合わない籠手を無理やり取り付けている。
そのゴブリンは仲間の死体を落とすと、身振り手振りを交えて何やら騒ぎ始めた。
蜥蜴僧侶が目を細めてゴブリンスレイヤーに耳打ちをしている辺り、きっとろくな事ではない。
そして、中庭にいた三人はローグハンターに目配せすると、確かに一度頷いた。
確かにローグハンターはその三人の動きをその眼で捉えていた。
そして、その合図を待ちわびていた。
目深くフードを被っている彼の顔は、横からでは伺うことは出来ないだろう。
だが、ほぼ正面に立つ三人は気づいた。気づいてしまった。
背中のエアライフルを構えるローグハンターが、まるで親の仇でも見つけた復讐鬼のように、狂気を孕んだ笑みを浮かべていることに。
銀髪武闘家は女神官の発動した『
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。