SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory08 新たな年へ

「はぁい!一年間も無事に死なずに済みました!」

 

 受付嬢の快活な声が、夜明けの迫る冒険者ギルドの酒場に響く。

 

「宿命と偶然、秩序と混沌の神様に感謝して、今日はいーっぱい騒いじゃいましょう!」

 

「新年、おめでとぉーっ!!!!」

 

 冒険者たちが手にした杯を掲げ、打ち鳴らす。

 そう、この日は新たな一年の始まりを告げる一日なのだ。

 普段から騒がしい冒険者ギルドも、いつもより何割か増しで騒がしい。

 見知った冒険者や、興の乗った誰かが歌い出した歌を流し見つつ、平服姿のローグハンターは葡萄酒に口をつけた。

 あの戦いから幾日か経った頃でも、彼の傷は癒えきっていない。

 骨の折れた右腕を三角巾で吊るし、大きく切れた額には厳重に包帯が巻かれている。

 治療の邪魔だろうと短くした黒髪は、大して気にならないのだろう。

 彼はため息を吐き、隣で大量の肉を平らげる銀髪武闘家に目を向けた。

 しばらく神殿に通いきりで、構ってやれていなかったなと少しばかり反省。

 対面の席で食事を進める女魔術師と、何やら言いたげの令嬢剣士に目を向け、彼は肩をすくめる。

 

「それで、だいぶ遅くなったが、初めての冒険の感想はあるか」

 

「はい。とても、大変ですわね……」

 

 染々と、しかし誇らしげに、本当の意味で冒険者になった令嬢剣士は言う。

 銀髪武闘家は食事を口に含みながら笑い、正面の女魔術師に目を向ける。

 二人は満足そうに笑いあい、肉を飲み込んだ銀髪武闘家が令嬢剣士に問いかける。

 

「そりゃあ大変よ。でもさ、楽しかったでしょ?」

 

 ニコッと笑いながらの問いかけに、令嬢剣士も笑いながら頷く。

 

「はい。きっと昔の私なら、体験も出来なかったことでしょう」

 

 冒険者の証である白磁の認識票をそっと撫で、改めてローグハンターに目を向けた。

 

「ローグハンター様。改めて、お願いします」

 

 彼女の一言に、ローグハンターは手にしていた葡萄酒の入った杯を卓に置く。

 彼が聞く姿勢となった頃を見計らい、令嬢剣士は大きく深呼吸すると、真っ直ぐに彼の蒼い瞳を見つめながら言う。

 

「わたくしを、あなたの一党に加えてはくださいませんか」

 

 彼女はそう告げ、「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 ローグハンターはそっと一党の二人に目配せし、二人が頷いたことを確かめる。

 尤も、二人とも頭目である彼に一任するのだから、その行程はある意味様式的なもの。

 ローグハンターは小さく息を吐くと、令嬢剣士に言う。

 

「おまえは、少し勘違いをしているようだ」

 

「!」

 

 どこか冷たい彼の言葉に、令嬢剣士は体を強張らせる。

 ローグハンターはその様子に笑みつつ、肩をすくめた。

 

「俺としては、既に()()()()()だと思っていたんだがな」

 

「……え?」

 

 令嬢剣士がその言葉の意味を理解するのに、一瞬だが時間がかかった。

 その隙に銀髪武闘家がさらに続く。

 

「そうだよね~。前衛三人がやっと揃ったと思ってたのにね~」

 

「え、え……?」

 

 思わず顔をあげた令嬢剣士だが、女魔術師がわざとらしくため息を吐きながら言う。

 

「やっと術士が増えたと思ったのに、当の本人はまだ仮だったのね」

 

「……はぅ」

 

 彼らの意図を察してか、令嬢剣士が赤くなった顔を両手で覆う。

 つまりは、彼女の考えすぎだ。ローグハンターが一緒に冒険した者を『部外者』と断ずる訳がないのだ。

 ローグハンターは微笑して、令嬢剣士に言った。

 

「そういうことだ。おまえは何を言っているんだ?」

 

「……な、何でもないですわ!」

 

 開き直ったかのように声を張り上げた令嬢剣士は、ぶんどるように皿に詰まれた肉を奪い、頬張る。

 新人の思いにも寄らなかった反応に、三人は苦笑を漏らす。

 ━━かと思わせておいて、銀髪武闘家が負けじと肉をかじり始めた。

 女魔術師が目を細めながらそっと葡萄酒に口をつけると、ローグハンターは優しげな視線を三人に向けながら小さく笑う。

 

「……随分と、賑やかになったな」

 

「おう。頭巾のが随分と年寄り臭いことを言うとるわい」

 

 不意に彼らの隣の卓から、聞き馴染んだ声が発せられた。

 既に何杯も飲んだのか、頬を赤くしている鉱人道士はニヤニヤと笑いながら言う。

 

「それで、頭巾の。おまえさん、あん時の約束、忘れてないじゃろうな」

 

「ああ、あれか。いくら飲んだ」

 

 鉱人道士の言葉の意味を察した彼が懐に手をいれると、鉱人道士が待ったをかけた。

 

「おっとまだじゃ。まだ飲み足りん!」

 

「そうか……」

 

 彼は肩をすくめて言うと、財布を懐に戻す。

 鉱人道士の隣に腰掛ける蜥蜴僧侶は、彼の負傷箇所に目を向けて目をぎょろりと回した。

 

「拙僧の鍛錬が足りておれば、その程度の傷すぐなのですがな」

 

 腕を組みながら申し訳なさそうに言う彼に、ローグハンターは首を横に振った。

 

「神殿の神官からも『全然治りませんね』と白い目をされた。体質なのかもな」

 

 彼はそう言うと葡萄酒を口につけた。

 新年とはいえ、別にやることは今までと大差ないだろう。むしろ、四人になったのだからやることも増える筈だ。

 妖精弓手は僅かに酔っているのか、涙目になりながら肉にかじりつく令嬢剣士に後ろから抱きついた。

 

「あんたも大変ね~。こいつと一緒にやってくんでしょ?」

 

 ローグハンターを睨みつつの一言に、令嬢剣士は何度かむせつつ返す。

 

「それでも、わたくしはこの人の一党に加わると決めたのですわ」

 

「そう。なら、頑張りなさいよ~」

 

 上機嫌そうな妖精弓手は、令嬢剣士の蜂蜜色の髪をくしゃくしゃと撫でる。

 鉱人道士は髭をしごきながら、やれやれと首を横に振った。

 

「ったく。また年上ぶりたい金床が騒いどるわい」

 

「誰が金床よ!この……樽!」

 

恰幅(かっぷく)が良いだけじゃわい」

 

 彼はそう言うと火酒をあおり、ぷへ~と酒臭い息を吐く。

 ふと、ローグハンターはこの場にいない女神官の姿を探した。

 華奢とはいえ、彼女を見つけようと思えばすぐに見つけられるだろう。

 だが、いくら探しても見当たらない。

 彼の様子に気づいたのか、蜥蜴僧侶がふむと息を漏らす。

 

「巫女殿なら、小鬼殺し殿の元に行かれましたぞ」

 

「ああ、そうなのか。あいつに伝言を頼みたかったんだが……」

 

 ゴブリンスレイヤーは新年の夜、必ず街の近くの草原にテントを張り、ゴブリンの襲来を警戒して見張りを行うのだ。

 例年通りならローグハンターも付き合うのだが、負傷者が隣にいると、いざというとき邪魔でしかないだろう。

 そんな訳で辞退したのだが、女神官が代わりに向かうとは━━。

 

「伝言と申しますと、怪我のことですかな?」

 

「いや。これのことだ」

 

 蜥蜴僧侶の問いかけに、ローグハンターは懐から先日入手したアサシンブレードを取り出す。

 銃弾を受け止めたからか鞘の一部が焦げているが、使う分には問題ないだろう。

 鉱人道士が身を乗り出し、まじまじとアサシンブレードを見る。

 

「……相変わらず珍妙な武器じゃな」

 

「して、この武器の何が問題なのですかな」

 

 二人の言葉に答えるように、ローグハンターは低く唸って重苦しい声を出す。

 

「これは左右一対で使う物だ。まあ、片方だけで戦う者もいるだろうが……」

 

「それの何が問題なのよ?」

 

 令嬢剣士の髪がぼさぼさになった頃、妖精弓手がローグハンターの言葉に首を突っ込んできた。

 彼は小さくため息を吐くと、彼らに向けて言う。

 

「俺が見つけたのは、この左手用の一本だけだ」

 

 ━━なら、右手用の一本はどこにある。

 

 彼の言葉に、銀髪武闘家を含めた仲間たちの中に衝撃が走る。

 彼はこう言いたいのだ。

 

 ━━小鬼暗殺者が、まだいる可能性がある。

 

「……確かに、そりゃかみきり丸案件だの」

 

「ふむ、今からでも伝言に走りますかな?」

 

 蜥蜴僧侶の気遣いに、ローグハンターは苦笑混じりに首を横に振る。

 

「伝えた所で今は動けないからな。俺も怪我が治ったら、仕事ついでに調べてみる」

 

「また野盗が襲われているってこともあるだろうしね」

 

 銀髪武闘家が言うと、ローグハンターは頷く。

 やるべきことが増えるばかりだ。

 妖精弓手は長耳を動かすと、彼に問いかける。

 

「ところでさ、あれはどうしたの?」

 

「あれ?ああ、これか」

 

 ローグハンターは懐から『謎の三角』を取りだし、掌の上で弄ぶ。

 横目で魔女に目を向け、ため息を吐く。

 

「鑑定不能の何か。お陰で売れんし、業者に頼んだら無駄に金がかかりそうだ」

 

「別に何かあるって訳でもないんでしょ?」

 

「そうだな」

 

 彼は端的にそう返すと、それを懐に仕舞う。

 今度知識神の寺院にでも行ってみるかと思慮し、そんな暇はないとぶん投げる。

 

「ねぇ……」

 

「どうかし━━━」

 

 銀髪武闘家に呼ばれて振り向いた瞬間、彼の唇が塞がれた。

 相手は言うまでもなく銀髪武闘家だ。僅かに香る酒の臭いから、彼女が酔っていると断定する。

 女魔術師は「またですか」とため息を吐き、慣れぬ令嬢剣士は赤面して目を(そむ)け、二人を見つけた一部の冒険者やギルド職員から悲鳴が上がった。

 ローグハンターは絡んでくる舌に応戦しながら、横目で鉱人道士を睨み付ける。

 睨まれた彼は悪びれた様子もなく、酒瓶を片手に豪快に笑っている。

 蜥蜴僧侶も可笑しそうに笑い、妖精弓手はまたがみがみと何やら吼えている。

 いつも通りの光景と、いつも通りの仲間たち。

 一年を生き抜いて、いつの間にか自分を囲む人数は増えたように思う。

 否、増えている。冒険者歴五年目にして、いきなり変わったものだ。

 銀髪武闘家はそっと唇を離し、優しく笑う。

 

「今年もよろしくね」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 彼が言うと、再び銀髪武闘家がキスをした。

 ローグハンターはしっかりと受け入れ、目を閉じて彼女のほうに身を寄せる。

 

『………』

 

 その瞬間、新年の祝いで賑わっていた冒険者ギルドが、静まりかえった。

 原因は言うまでもなく、ギルドの端でイチャついているいつもの銀等級二人組(バカップル)だ。

 この日、ギルドのコーヒーの売上が、始まったばかりだというのに、その年の最高額に達したのは、きっと無関係ではないのだろう。

 

 

 

 

 

「ふへぇ~。のんら、のんらぁ~」

 

「ほら、しっかりしろ。今は片手しか使えないんだ」

 

 ギルドから眠る狐亭へと向かう道中。

 ローグハンターは大きなため息を吐き、肩を貸している銀髪武闘家に言う。

 あのキスの後、二人して何故かギルドを追い出されたのである。

 女魔術師と令嬢剣士は、他の同年代冒険者たちと騒いでいることだろう。

 彼女を半ば引きずる形で眠る狐亭に入り込み、年越しで騒がしい賭博場の脇をすり抜ける。

 ほんのりと酔い顔の店主に目を向けて、そのまま彼女を連れて自室に戻る。

 令嬢剣士の加入で借りる部屋が増え、部屋割りも変更した。

 つまり、ローグハンターと銀髪武闘家、女魔術師と令嬢剣士が同室なのだ。

 彼女を半ば投げる形でベッドに降ろすと、どっと疲れが出たのか、大きなため息を吐く。

 懐にしまっていた諸々のものを取り出し、机の上に。

 そこに置かれているのは、その役目を終え、壊れてしまったアサシンブレードと、丁寧に畳まれたぼろぼろの白いローブ。

 どちらも小鬼暗殺者から奪い取った物だが、アサシンブレードのほうは引き倒した拍子に刃が歪んでしまったようだ。

 その二つを見せた時に店主が僅かに驚いていたのは、気のせいではないだろう。だが、気にする程のものでもない。

 彼はその二つも衣装入れに仕舞うと、自分のベッドに腰掛け、そのまま身を投げ出す。

 まず怪我を治し、体調と装備を整えたら、また仕事だ。

 眠ろうと目を閉じた矢先、ふと重さを感じて目を開ける。

 いまだ酔い顔の銀髪武闘家が、寝転ぶ彼に乗っかっているのだ。

 

「ねえ、まだ起きてる……?」

 

「ああ」

 

 彼女はそっと彼の体に倒れると、耳元で言う。

 

「死んじゃ、やだからね……」

 

「ああ」

 

 僅かに震える彼女の声に、彼はいつになく優しい声音で返す。

 あの時彼女の声が聞こえたから、あの場を去ることが出来た。彼女がいなければ、どうなっていたか……。

 銀髪武闘家は体を起こすと、僅かに邪悪を孕んだ笑みを浮かべながら、彼の体に手を伸ばした。

 

「お、おい……?」

 

「ちょっとだけ……ちょっとだけ……」

 

「俺、怪我人だぞ……?」

 

「ちょっとだけだから……」

 

 彼女はそう言いながら、彼の服に手をかける。

 

「おい!?」

 

 彼は思わず上擦った声を出したが、銀髪武闘家は聞こえぬふりを押し通す。

 少しずつ晒されていく彼の体には、無駄な肉がないぶん無数の傷がある。

 彼が今まで歩んできた証。彼にも未熟だった時代があった証だ。

 銀髪武闘家は彼の体を眺めながら舌舐めずりし、清々しいほど邪悪な笑みを浮かべる。

 

「ふへぇ。いただきます!」

 

「お゛ぅ゛!?」

 

 こうして、()()()()()()新年の夜は更けていく。

 戦いの火種は既に巻かれ、着々と世界を焼き尽くす業火に転じようとしている。

 彼が自分の運命と向き合うことになるのは、まだ先の話だ━━━。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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