「はぁい!一年間も無事に死なずに済みました!」
受付嬢の快活な声が、夜明けの迫る冒険者ギルドの酒場に響く。
「宿命と偶然、秩序と混沌の神様に感謝して、今日はいーっぱい騒いじゃいましょう!」
「新年、おめでとぉーっ!!!!」
冒険者たちが手にした杯を掲げ、打ち鳴らす。
そう、この日は新たな一年の始まりを告げる一日なのだ。
普段から騒がしい冒険者ギルドも、いつもより何割か増しで騒がしい。
見知った冒険者や、興の乗った誰かが歌い出した歌を流し見つつ、平服姿のローグハンターは葡萄酒に口をつけた。
あの戦いから幾日か経った頃でも、彼の傷は癒えきっていない。
骨の折れた右腕を三角巾で吊るし、大きく切れた額には厳重に包帯が巻かれている。
治療の邪魔だろうと短くした黒髪は、大して気にならないのだろう。
彼はため息を吐き、隣で大量の肉を平らげる銀髪武闘家に目を向けた。
しばらく神殿に通いきりで、構ってやれていなかったなと少しばかり反省。
対面の席で食事を進める女魔術師と、何やら言いたげの令嬢剣士に目を向け、彼は肩をすくめる。
「それで、だいぶ遅くなったが、初めての冒険の感想はあるか」
「はい。とても、大変ですわね……」
染々と、しかし誇らしげに、本当の意味で冒険者になった令嬢剣士は言う。
銀髪武闘家は食事を口に含みながら笑い、正面の女魔術師に目を向ける。
二人は満足そうに笑いあい、肉を飲み込んだ銀髪武闘家が令嬢剣士に問いかける。
「そりゃあ大変よ。でもさ、楽しかったでしょ?」
ニコッと笑いながらの問いかけに、令嬢剣士も笑いながら頷く。
「はい。きっと昔の私なら、体験も出来なかったことでしょう」
冒険者の証である白磁の認識票をそっと撫で、改めてローグハンターに目を向けた。
「ローグハンター様。改めて、お願いします」
彼女の一言に、ローグハンターは手にしていた葡萄酒の入った杯を卓に置く。
彼が聞く姿勢となった頃を見計らい、令嬢剣士は大きく深呼吸すると、真っ直ぐに彼の蒼い瞳を見つめながら言う。
「わたくしを、あなたの一党に加えてはくださいませんか」
彼女はそう告げ、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
ローグハンターはそっと一党の二人に目配せし、二人が頷いたことを確かめる。
尤も、二人とも頭目である彼に一任するのだから、その行程はある意味様式的なもの。
ローグハンターは小さく息を吐くと、令嬢剣士に言う。
「おまえは、少し勘違いをしているようだ」
「!」
どこか冷たい彼の言葉に、令嬢剣士は体を強張らせる。
ローグハンターはその様子に笑みつつ、肩をすくめた。
「俺としては、既に
「……え?」
令嬢剣士がその言葉の意味を理解するのに、一瞬だが時間がかかった。
その隙に銀髪武闘家がさらに続く。
「そうだよね~。前衛三人がやっと揃ったと思ってたのにね~」
「え、え……?」
思わず顔をあげた令嬢剣士だが、女魔術師がわざとらしくため息を吐きながら言う。
「やっと術士が増えたと思ったのに、当の本人はまだ仮だったのね」
「……はぅ」
彼らの意図を察してか、令嬢剣士が赤くなった顔を両手で覆う。
つまりは、彼女の考えすぎだ。ローグハンターが一緒に冒険した者を『部外者』と断ずる訳がないのだ。
ローグハンターは微笑して、令嬢剣士に言った。
「そういうことだ。おまえは何を言っているんだ?」
「……な、何でもないですわ!」
開き直ったかのように声を張り上げた令嬢剣士は、ぶんどるように皿に詰まれた肉を奪い、頬張る。
新人の思いにも寄らなかった反応に、三人は苦笑を漏らす。
━━かと思わせておいて、銀髪武闘家が負けじと肉をかじり始めた。
女魔術師が目を細めながらそっと葡萄酒に口をつけると、ローグハンターは優しげな視線を三人に向けながら小さく笑う。
「……随分と、賑やかになったな」
「おう。頭巾のが随分と年寄り臭いことを言うとるわい」
不意に彼らの隣の卓から、聞き馴染んだ声が発せられた。
既に何杯も飲んだのか、頬を赤くしている鉱人道士はニヤニヤと笑いながら言う。
「それで、頭巾の。おまえさん、あん時の約束、忘れてないじゃろうな」
「ああ、あれか。いくら飲んだ」
鉱人道士の言葉の意味を察した彼が懐に手をいれると、鉱人道士が待ったをかけた。
「おっとまだじゃ。まだ飲み足りん!」
「そうか……」
彼は肩をすくめて言うと、財布を懐に戻す。
鉱人道士の隣に腰掛ける蜥蜴僧侶は、彼の負傷箇所に目を向けて目をぎょろりと回した。
「拙僧の鍛錬が足りておれば、その程度の傷すぐなのですがな」
腕を組みながら申し訳なさそうに言う彼に、ローグハンターは首を横に振った。
「神殿の神官からも『全然治りませんね』と白い目をされた。体質なのかもな」
彼はそう言うと葡萄酒を口につけた。
新年とはいえ、別にやることは今までと大差ないだろう。むしろ、四人になったのだからやることも増える筈だ。
妖精弓手は僅かに酔っているのか、涙目になりながら肉にかじりつく令嬢剣士に後ろから抱きついた。
「あんたも大変ね~。こいつと一緒にやってくんでしょ?」
ローグハンターを睨みつつの一言に、令嬢剣士は何度かむせつつ返す。
「それでも、わたくしはこの人の一党に加わると決めたのですわ」
「そう。なら、頑張りなさいよ~」
上機嫌そうな妖精弓手は、令嬢剣士の蜂蜜色の髪をくしゃくしゃと撫でる。
鉱人道士は髭をしごきながら、やれやれと首を横に振った。
「ったく。また年上ぶりたい金床が騒いどるわい」
「誰が金床よ!この……樽!」
「
彼はそう言うと火酒をあおり、ぷへ~と酒臭い息を吐く。
ふと、ローグハンターはこの場にいない女神官の姿を探した。
華奢とはいえ、彼女を見つけようと思えばすぐに見つけられるだろう。
だが、いくら探しても見当たらない。
彼の様子に気づいたのか、蜥蜴僧侶がふむと息を漏らす。
「巫女殿なら、小鬼殺し殿の元に行かれましたぞ」
「ああ、そうなのか。あいつに伝言を頼みたかったんだが……」
ゴブリンスレイヤーは新年の夜、必ず街の近くの草原にテントを張り、ゴブリンの襲来を警戒して見張りを行うのだ。
例年通りならローグハンターも付き合うのだが、負傷者が隣にいると、いざというとき邪魔でしかないだろう。
そんな訳で辞退したのだが、女神官が代わりに向かうとは━━。
「伝言と申しますと、怪我のことですかな?」
「いや。これのことだ」
蜥蜴僧侶の問いかけに、ローグハンターは懐から先日入手したアサシンブレードを取り出す。
銃弾を受け止めたからか鞘の一部が焦げているが、使う分には問題ないだろう。
鉱人道士が身を乗り出し、まじまじとアサシンブレードを見る。
「……相変わらず珍妙な武器じゃな」
「して、この武器の何が問題なのですかな」
二人の言葉に答えるように、ローグハンターは低く唸って重苦しい声を出す。
「これは左右一対で使う物だ。まあ、片方だけで戦う者もいるだろうが……」
「それの何が問題なのよ?」
令嬢剣士の髪がぼさぼさになった頃、妖精弓手がローグハンターの言葉に首を突っ込んできた。
彼は小さくため息を吐くと、彼らに向けて言う。
「俺が見つけたのは、この左手用の一本だけだ」
━━なら、右手用の一本はどこにある。
彼の言葉に、銀髪武闘家を含めた仲間たちの中に衝撃が走る。
彼はこう言いたいのだ。
━━小鬼暗殺者が、まだいる可能性がある。
「……確かに、そりゃかみきり丸案件だの」
「ふむ、今からでも伝言に走りますかな?」
蜥蜴僧侶の気遣いに、ローグハンターは苦笑混じりに首を横に振る。
「伝えた所で今は動けないからな。俺も怪我が治ったら、仕事ついでに調べてみる」
「また野盗が襲われているってこともあるだろうしね」
銀髪武闘家が言うと、ローグハンターは頷く。
やるべきことが増えるばかりだ。
妖精弓手は長耳を動かすと、彼に問いかける。
「ところでさ、あれはどうしたの?」
「あれ?ああ、これか」
ローグハンターは懐から『謎の三角』を取りだし、掌の上で弄ぶ。
横目で魔女に目を向け、ため息を吐く。
「鑑定不能の何か。お陰で売れんし、業者に頼んだら無駄に金がかかりそうだ」
「別に何かあるって訳でもないんでしょ?」
「そうだな」
彼は端的にそう返すと、それを懐に仕舞う。
今度知識神の寺院にでも行ってみるかと思慮し、そんな暇はないとぶん投げる。
「ねぇ……」
「どうかし━━━」
銀髪武闘家に呼ばれて振り向いた瞬間、彼の唇が塞がれた。
相手は言うまでもなく銀髪武闘家だ。僅かに香る酒の臭いから、彼女が酔っていると断定する。
女魔術師は「またですか」とため息を吐き、慣れぬ令嬢剣士は赤面して目を
ローグハンターは絡んでくる舌に応戦しながら、横目で鉱人道士を睨み付ける。
睨まれた彼は悪びれた様子もなく、酒瓶を片手に豪快に笑っている。
蜥蜴僧侶も可笑しそうに笑い、妖精弓手はまたがみがみと何やら吼えている。
いつも通りの光景と、いつも通りの仲間たち。
一年を生き抜いて、いつの間にか自分を囲む人数は増えたように思う。
否、増えている。冒険者歴五年目にして、いきなり変わったものだ。
銀髪武闘家はそっと唇を離し、優しく笑う。
「今年もよろしくね」
「ああ。よろしく頼む」
彼が言うと、再び銀髪武闘家がキスをした。
ローグハンターはしっかりと受け入れ、目を閉じて彼女のほうに身を寄せる。
『………』
その瞬間、新年の祝いで賑わっていた冒険者ギルドが、静まりかえった。
原因は言うまでもなく、ギルドの端でイチャついているいつもの
この日、ギルドのコーヒーの売上が、始まったばかりだというのに、その年の最高額に達したのは、きっと無関係ではないのだろう。
「ふへぇ~。のんら、のんらぁ~」
「ほら、しっかりしろ。今は片手しか使えないんだ」
ギルドから眠る狐亭へと向かう道中。
ローグハンターは大きなため息を吐き、肩を貸している銀髪武闘家に言う。
あのキスの後、二人して何故かギルドを追い出されたのである。
女魔術師と令嬢剣士は、他の同年代冒険者たちと騒いでいることだろう。
彼女を半ば引きずる形で眠る狐亭に入り込み、年越しで騒がしい賭博場の脇をすり抜ける。
ほんのりと酔い顔の店主に目を向けて、そのまま彼女を連れて自室に戻る。
令嬢剣士の加入で借りる部屋が増え、部屋割りも変更した。
つまり、ローグハンターと銀髪武闘家、女魔術師と令嬢剣士が同室なのだ。
彼女を半ば投げる形でベッドに降ろすと、どっと疲れが出たのか、大きなため息を吐く。
懐にしまっていた諸々のものを取り出し、机の上に。
そこに置かれているのは、その役目を終え、壊れてしまったアサシンブレードと、丁寧に畳まれたぼろぼろの白いローブ。
どちらも小鬼暗殺者から奪い取った物だが、アサシンブレードのほうは引き倒した拍子に刃が歪んでしまったようだ。
その二つを見せた時に店主が僅かに驚いていたのは、気のせいではないだろう。だが、気にする程のものでもない。
彼はその二つも衣装入れに仕舞うと、自分のベッドに腰掛け、そのまま身を投げ出す。
まず怪我を治し、体調と装備を整えたら、また仕事だ。
眠ろうと目を閉じた矢先、ふと重さを感じて目を開ける。
いまだ酔い顔の銀髪武闘家が、寝転ぶ彼に乗っかっているのだ。
「ねえ、まだ起きてる……?」
「ああ」
彼女はそっと彼の体に倒れると、耳元で言う。
「死んじゃ、やだからね……」
「ああ」
僅かに震える彼女の声に、彼はいつになく優しい声音で返す。
あの時彼女の声が聞こえたから、あの場を去ることが出来た。彼女がいなければ、どうなっていたか……。
銀髪武闘家は体を起こすと、僅かに邪悪を孕んだ笑みを浮かべながら、彼の体に手を伸ばした。
「お、おい……?」
「ちょっとだけ……ちょっとだけ……」
「俺、怪我人だぞ……?」
「ちょっとだけだから……」
彼女はそう言いながら、彼の服に手をかける。
「おい!?」
彼は思わず上擦った声を出したが、銀髪武闘家は聞こえぬふりを押し通す。
少しずつ晒されていく彼の体には、無駄な肉がないぶん無数の傷がある。
彼が今まで歩んできた証。彼にも未熟だった時代があった証だ。
銀髪武闘家は彼の体を眺めながら舌舐めずりし、清々しいほど邪悪な笑みを浮かべる。
「ふへぇ。いただきます!」
「お゛ぅ゛!?」
こうして、
戦いの火種は既に巻かれ、着々と世界を焼き尽くす業火に転じようとしている。
彼が自分の運命と向き合うことになるのは、まだ先の話だ━━━。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。