Memory01 一年後の彼ら
とある森の中。
陽が天高く昇っているというのに、木々に包まれたその場所は夜のように暗い。
僅かな木漏れ日だけが、そこを進む者たちにとっては生命線だろう。
━━彼を除いた場合だが。
「右。二人抜けたぞ」
蒼い光を放つその瞳にかかれば、暗い森の中にいる盗賊団を視認する程度造作もない。
タカの眼を通して闇を見通す彼の指示に答えたのは、赤毛の魔術師と蜂蜜色の髪をした剣士の二人だ。
二人は慣れた様子で暗い森の中を駆け抜け、逃げた盗賊を追う。
二人の背中を追う頭目がいるのは木の上だ。
只人ではまず乗ろうとも思わないその場所に立ち、森人もかくやと言わん速度で次の木へ、さらに次の木へと跳び移る。
洗練された彼の動きは、微かに枝を揺らすだけで一切の痕跡を残さない。
逃げの一手だった盗賊たちは、森のある場所で足を止めて反転。各々の武器を抜き放つ。
そこは森の中でも開けた場所。陽に照らされ視界も広く、遮蔽物がないため奇襲も受けにくい。
だが、現実とはどこまでも非情であった。
「《
「《
盗賊たちが身構えた瞬間、森の暗闇を切り裂く二つの閃光が迸ったのだ。
『
そんなものを諸に受ければどうなるか。もはや聞くまでもなく、結果は即死だった。
一人はパクパクと口を開閉させながら血を吐いて崩れ落ち、もう一人は白眼を剥いたまま倒れる。
それぞれの魔術を放った女魔術師と令嬢剣士は深く息を吐き、そっと木の上に目を向けた。
そこにいる頭目であるローグハンターは、二人に向けて一度頷く。
同時に木から降りると、周囲を警戒しながら盗賊二人の元へ。
目を見開いたまま死に絶えた二人の目をそっと閉じさせると、瞑目しながら言う。
「安らかに眠れ。汝らが罪は罰されり」
それだけ告げると、ローグハンターは無遠慮に心臓を撃ち抜かれた盗賊の懐や雑嚢を探り始めた。
あれでもないこれでもないと、何かを探しているのかその手は休みなく動き続けている。
令嬢剣士は彼の隣にしゃがみ込むと、その目を凝らしながら問いかける。
「先生、見つかりましたか?」
「ないな。そっちか」
彼はそう言うと、隣に寝かせてあるもう一人を探り始める。
金貨やら投げナイフやら、日常でもよく見るものが多いなか、ようやくそれを見つけた。
「……これか?」
彼はそれを引っ張り出し、正解かを確かめると女魔術師に渡す。
それは少し凝った作りの鍵の束だった。いくつかの鍵が下がっており、何やら記号が割り当てられている。
ローグハンターは息を吐きながら立ち上がると、二人に目配せして来た道を戻る。
いつも通り盗賊団の野営地を奇襲して頭数を減らし、向かってくる者がいれば殲滅し、逃げた者がいれば追跡して殲滅する。
今回の流れもいつも通りだ。ある一点を除いては、という話だが。
野営地に戻ってきた三人を迎え入れたのは、銀髪武闘家だ。
彼女は背後にある檻を守るように周囲を警戒している。
そして彼らが戻ってくると、僅かにその表情を和らげた。
「遅いよ!まったく、一人っきりになるのも久しぶりだったかな!」
勢いよく彼らに指を突きつけながら言うと、ローグハンターは肩をすくめて苦笑する。
「下手にここで戦う訳にもいかなかったからな。そいつは無事か」
彼は銀髪武闘家の背後に目を向けながら問う。
彼女は「気絶してるけどね~」と気の抜けた声で返し、檻の中に目を向ける。
その中に入れられているのは一人の少女だ。
良く手入れされているその黒い髪は、流れるように滑らかであり、僅かに汚れた衣服も上品なもの。
ローグハンターはため息を吐き、女魔術師に解錠を任せて周囲を警戒。
令嬢剣士は僅かに震える手を押さえ、大きく深呼吸をしていた。
「大丈夫か」
「……まだ慣れませんわ」
令嬢剣士がローグハンターの一党に加わって、まだ半年足らずだ。
彼女はいまだに
「……まあ、慣れても駄目だが」
「何かおっしゃいましたか?」
ローグハンターの呟きは、令嬢剣士の耳には届かなかった。
彼はそれを好都合と判断し、野営地のテントの中に潜りこむ。
盗賊団の戦利品だろうか、長持が鎮座している。
重厚な南京錠がついているが、鍵は既に見つけたのだ。開けること自体は問題ないだろう。
ローグハンターはテントから出ると、ちょうど女性三人が虜囚となっていた少女を介抱していた。
彼は再びため息を吐き、今回の依頼を脳内で確かめる。
旅行中の娘が拐われた。
拐った盗賊どもを討伐し、娘を助けてくれ。
要するに、今回は単なる討伐ではなく『救出依頼』だったのだ。
まあ、その依頼も既に折り返しだ。後は依頼の娘を連れて水の街の馬車停留所に向かうだけ。
街までは、歩いて一日程だろうか。嫌でも野営を挟むから、明日の夜までにはつく筈。
それは通常の話だ。今回は護衛対象がいる。進みも緩やかになるだろう。
つまり街までは二日か三日程と見積もって、帰りにさらに三日。
「……長旅になりそうだな」
「鍵です。どうぞ」
女魔術師が鍵束を差し出し、ローグハンターは「助かる」と返して受け取ると、再びテントの中へ。
手慣れた様子で南京錠を外すと、何を思ったのか立ち上がる。
そして右足をあげ、長持の端に全体重を載せたストンプを叩き込んだ。
長持は悲鳴をあげて蓋が割れ、緩んだことを確認して強引に抉じ開ける。
彼はふむと唸り、中身を確認する。
盗まれた宝石類から貴金属類。
ローグハンターはそれらに目もくれず、埃まみれのある物に目を向けた。
彼はそれを手に取り、じっと見つめる。
彼としては見慣れているが、この世界では割りと貴重な物だろう。
二挺の古ぼけたフリントロックピストルは、見た目相応に年期が入っているのか汚れと傷が目立つが、磨いて整備すれば問題ないだろう。
それぞれのピストルに弾が入っていないことを確認し、ついでに火打ち石が僅かに欠けていることに気づいて思わずため息を吐く。
━━裏社会では、ピストルと弾丸は高値で取引されていると聞いたことがある。
そんなものを二挺持ち、弾丸を投げナイフのような感覚で使うローグハンターは、そういう意味でも忌み嫌われているのだ。
盗賊団もその二挺を売ろうとしたのか、あるいは使おうとしたのか、厳重に保管していたようだ。
……状態は最悪と言っても過言ではないが。
「準備出来たよー」
彼が色々と思慮していると、外から銀髪武闘家の声が届いた。
「わかった。今いく」
ピストルや諸々の貴金属を袋に入れて肩に担ぐ。
これから辺境の街までは長旅だ。
救出したご令嬢が、きっとうだうだ言ってくることだろう。
「……受けたは良いが、やはり面倒だな」
「ん?何か言った?」
「いや」
彼の呟きに反応した銀髪武闘家の言葉を適当に受け流し、彼らは野営地を出発した。
彼らが辺境の街にたどり着いたのは、それから一週間ほど経ってからだった。
辺境の街、冒険者ギルド。
新年を迎えた興奮も止んだ頃、職員たちは冒険者となるべく押し寄せる若者たちの相手なければならないのだ。
様々な格好をした新人たちは、その胸に様々な夢を抱いてこの場にいることだろう。
だからこそだろうか、その新人たちの視線はギルドの片隅に寄せられている。
そこにいるのは薄汚れた革鎧と鉄兜を纏った異様な雰囲気を放つ男性冒険者━━ゴブリンスレイヤーと彼の一党たちだ。
彼らは依頼━━もちろんゴブリン退治━━について話し合い、あれやこれやと策を練っている。
今回の工夫は
そうすれば、咄嗟に雑嚢に手を突っ込むだけで何を掴んだのかがすぐにわかる。
やること自体は地味なものだが、効果としては十分なものだろう。
その作業を終えたゴブリンスレイヤーは、ふとギルドを見渡した。
いつも隣の卓を陣取るローグハンターの一党を、ここしばらく見ていないのだ。
彼らの事だから大丈夫だろうと見切りをつけると、その予想はすぐに的中した。
ギルドの自由扉が豪快に開け放たれ、そこから銀髪武闘家が入ってきたのだ。
「受付さーん。たっだいま~」
表情はこれ以上ないほど上機嫌そうで、キラキラと輝いている。
その後ろに続いた女魔術師と令嬢剣士は、そんな彼女の様子に顔を見合わせて苦笑を漏らす。
そして三人がギルドに入ってくれば、その後ろに続く人物も決まっている。
ローグハンターはいつも通り最後にギルドに入ると、そっとフードを取り払う。
年明けに切った髪はそれなりに伸びているが、まだ後ろで纏めるには短すぎる。
という訳で、彼は髪をオールバックで纏めることにして、後ろで纏められる程度の長さになるまで待つことにした。
額に出来た新しい傷痕は、小鬼暗殺者との決着前の雪崩に巻き込まれた時に出来たものだ。
何も知らない冒険者から見れば、彼は美人三人を侍らせているように見えるだろう。
実際の所は女性陣のほうから声をかけたのだが、新人たちがそれを知る術はない。
ローグハンターは一党の三人に座っているように指示を出し、受付に向かおうと足を止めた。
どの受付にも長蛇の列が出来ているのだ。これでは報告どころではない。
彼はため息混じりに肩を竦めると、報告を後にして一党と、友人であるゴブリンスレイヤーの元へ向かう。
盗賊団の遺した物品を換金したお陰か、財布がいつも以上に重くなっている。
何か食べれば、すぐになくなる量ではあるが……。
ローグハンターは卓の上に
それに食いついたのは鉱人道士だ。
彼はその身を乗り出してローグハンターの手元に目を向けた。
「頭巾の。こりゃあ、どうしたんじゃ」
「盗賊団の宝箱に入っていた。諸々修理は必要だろうが、使えるだろう」
彼はそう言うと布で丁寧に汚れを拭い、受付が空くまでの時間を潰し始める。
修理道具は宿にあるため、この場では簡単な整備しか出来ない。
薄汚れたピストルがピカピカになるまで丁寧に磨き、詰まりがないかを確かめ、銃身に歪みがないかを確かめる。
長さはローグハンターの持つものより小振りだが、その分軽い。
咄嗟の事態による扱いに関しては、こちらのほうが上かもしれない。
もっと言うと、近距離ならさらに役立つ筈だ。
つまり誰に持たせるかが問題になるのだが、不器用な銀髪武闘家には無理だろう。
女魔術師がいざというときに使うのも有りだが、そんな状況になったら間違いなく終わりだろう。
ならば令嬢剣士かという話になるが……。
四人の一党になってから、考えることとやるべきことがだいぶ増えた。
あの砦で見つけたアサシンブレードも、誰に使わせるのかが未定だ。
まず実戦でも使いこなせるように育てなければならない。そこは先生の真似事でどうにか出来るだろう。
まあ、それを考えるのは後だ。
受付が空いたタイミングを見計らい、彼はいつもの受付嬢の元へ。
「あ、ローグハンターさん!お帰りなさい!」
「ああ、いつも通りだ。報告を良いか」
「はい!」
受付嬢は自然な笑みを浮かべ、彼は差し出された報告書に手慣れた様子で筆を進めていく。
そんな彼の手元を見ながら、受付嬢は思い出したかのように言う。
「そう言えば、もうすぐ訓練場が出来るのはご存知でしたか?」
「……訓練場。そう言えば、そんな話をいつかに聞いた気がしたが」
彼は顎に手をやって数瞬考え込むと、何やら思い付いたのか不敵に笑んだ。
━━ちょうど良い。使わせて貰おう。
脳内でそんな事を思慮しているとはつゆ知らず、受付嬢は笑顔で続ける。
「何でも、貴族の皆さんから少額ずつ寄付をしてくださったそうなんです。不思議なこともあるものですね」
「……そうだな」
再び筆を走らせながら、彼は淡々とそう返した。
その寄付してくれた貴族というのが、彼が助けて回った令嬢たちの親たちであるなど、考えてもいないのだろう。
報告書を仕上げた彼は、「ではな」と呟いてその場を後にする。
訓練場。なるほど、それは好都合だ。
彼は様々な算段を纏めながら、いつもの席に腰を降ろす。
銀髪武闘家はそんな彼の様子に何やら悪寒を感じながら、空腹の腹に肉を入れていく。
女魔術師もサラダを食べ、令嬢剣士はサンドイッチを頬張っている。
卓の上には彼の分と思われるリンゴが一つ。
中々にシュールな光景だが、彼らにとってはこれが平常運行だ。
彼はリンゴを掴み上げると、ゴブリンスレイヤーに目を向けた。
「そっちはこれからか」
「ああ。手伝いはいらん」
ゴブリンスレイヤーの単刀直入の言葉に、ローグハンターは慣れた様子で苦笑する。
「そうか。なら、お言葉に甘えて休ませてもらうさ」
「ああ。ではな」
「気を付けろよ」
「そちらもな」
ゴブリンスレイヤーはそう言うと、一党を伴ってギルドを後にする。
取り残されたローグハンターと彼の一党は、今回の依頼の分配と食事で騒ぎ始める。
その姿は、どこにでもいる冒険者の一党と変わらない。
昨年よりも騒がしくなった一党の中心にいるのは、噂に名高いローグハンターだ。
去年だけでやれることも増えたが、やることも増えた。
彼が久しく忘れていた『頭目としての苦悩』に再び悩まされるのは、もはや言うまでもないことだろう。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。