SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory04 辺境から辺境へ

 窓から突き刺さる太陽の輝きに、冒険者は目を覚ます。

 倒れる前はゴブリンを殺した。現れたあの男と共にだが、何となくやり易さを感じたのは確かだ。

 いや、そうであったとしても、気を緩めてそのまま気絶するとは、情けない限りだ。

 あの男にここまで担がれてきたのか。あるいは村人に手伝ってもらったのか、あてがわれた部屋のベッドに、鎧も兜も外されて寝かされていた。

 寝転んだまま視線を巡らせ、装備を探す。

 それはすぐに見つかった。

 兜も革鎧も鎖帷子も、全てあの時のままだ。

 ゴブリンの鋭い嗅覚を誤魔化すため、そのままにしていた汚れが落とされていたらと想像したが、そんな事はなかった。

 

『━━━?━━━!━━━!?』

 

 部屋の外で、酷く驚いた声音の女の子の声が聞こえた。

 あの男について回っていた女の子の声だろうか。扉を挟んでいるため、何を言っているのかはわからない。

 子供が騒いでいるということは、あのゴブリンが本当に最後だったのだろう。

 これで依頼完了だが━━。

 

「あの男がいなければ、危なかったな」

 

「なんだ、俺の話か」

 

「ああ。……む」

 

 不意にかけられた声に反応してしまったが、冒険者はその声のほうに目を向けた。

 いつの間にか扉が開かれ、そこに盆を持った男が立っていたのだ。

 朝食なのだろうか。ここまで持ってきてくれたと判断する。

 

「起きられるか。いきなり倒れた時は驚いたが」

 

「問題ない。迷惑をかけた」

 

 冒険者は体を起こし、装備に手を伸ばすが、男がその手を掴む。

「む……」と声を出す冒険者を、男は鋭く睨んだ。

 

「食ってからにしろ。まったく」

 

「いつゴブリンが来るかわからん」

 

 冒険者の真面目な顔に、男は面をくらう。

 警戒することは大切だ。いつ敵の奇襲が来るかは、腕の良い斥候(スカウト)でもいなければわからない。

 だが、気を抜くことも大切だ。

 男はため息をひとつ吐き、冒険者の赤い瞳を見つめながら言う。

 

「警戒なら俺がやる。おまえは飯を食って寝ろ。町に戻る途中で倒れられたら迷惑だ」

 

 男の言葉に、冒険者は返せない。

 この男の実力と『敵を見つける謎の能力』に関しては、昨晩の戦いで理解した。

 

 ━━ここは甘えるべきだろうか……。

 

 冒険者が思慮していることを知ってか知らずか、男は再びため息を吐いて釘を刺す。

 

「いいから、さっさと食べろ。昼前に出れば、暗くなる前に町につくだろう」

 

 男はそう言うと、背中の筒を背負い直して部屋を後にした。

 

「……」

 

 残された冒険者は装備と机に置かれた朝食を見比べ、小さく息を吐き、木製の匙を手に取った。

 

「……いただきます」

 

 誰に言うわけでなく、そう呟いた。

 この冒険者、礼儀は心得ているのだ。

 

 

 

 

 

 朝食を終え、装備を身につけた冒険者は、村の入り口にいた。

 挨拶と礼をするために村長の家に顔を出した時、「少し待っていてくだせぇ」と頼まれたのだ。

 別に無視するなり断るなりしても良かったのだろうが、律儀にもこの男は待っていた。

 数分ほど待ち、村の中からそれがきた。

 黒と赤を基調とした、上質な革のコートを着た男。

 背中にはいつもの筒があり、腰にも背中のものよりも小さな筒が二つぶら下がっている。

 遠目で見れば、まるで『騎士』を思わせる風格だが、背中の筒を固定するベルトの十字架が、何となく『聖騎士(パラディン)』を思わせる。

 目深く被った黒いフードのせいで、口元以外はよく見えない。だが、その口元にある傷痕と背中の筒で、彼が誰かは判別できた。

 

「……おまえか」

 

 冒険者の確認に、男は苦笑混じりに頷く。

 

「ああ。冒険者になることにしたんだが、町がどこかわからなくてな。『旅は道連れ』と言うだろう」

 

「案内をしてくれと言うことか」

 

「そうだ」

 

 二人は手短にそのやり取りをすると、冒険者は顎に手をやって考える。

 格好からして、貴族出の『自由騎士』か何かだったのだろうか。

 腕も良く、戦いに慣れている。背中の筒も、何か━━もちろんゴブリン退治だが━━に役立つだろう。

 

 ━━二人いれば、やれることも増えるか……。

 

 冒険者は数秒でそこまで思い至り、口を開く。

 

「わかった。ならば━━」

 

「おにーちゃーん!!!」

 

 冒険者の声を遮り、いつもの女の子の声が響き渡る。

 冒険者はそちらに目を向け、男は諦めたように大きく息を吐く。

 

「院長。止めてくれと言ったのに……」

 

 男の呟きを他所に、女の子は泣きべそをかきながら男に飛び付く。

 避ける訳にもいかず、その子を抱き止めた男は、再び大きなため息を吐いた。

 

「おにーちゃん、本当に行っちゃうの……?」

 

 声を震わせ、必死になって紡がれた言葉に、男はゆっくりと頷いた。

 

「俺には、やることがある。そのためにも、ここを出ていかなきゃならない」

 

 子供に言い聞かせるような声で、女の子に語りかけた。

 だが、それで女の子が納得するかどうか別問題だ。

 女の子はぽかぽかと男の胸を殴りながら言う。

 

「一緒にいてよ!ボク、また一人ぼっちに━━」

 

「ならないさ。ここには院長がいる、村長がいる。それに、友達もたくさんいるだろう」

 

「でもさ、でもさ!」

 

 渋る女の子に、男はため息を吐いて眉を寄せた。

 大きく息を吸い、声を張り上げる。

 

「甘ったれるな!」

 

「ッ!」

 

 いきなり声を荒げた男に、女の子は━━横の冒険者も━━驚き、目を丸くする。

 男は女の子を下ろし、フードを取りながら片ひざをついて視線を合わせ、まっすぐにその瞳を見つめる。

 

「仮にも俺の『家族』を名乗るなら、笑って見送ってくれ。別に今生の別れではないんだ」

 

「でも……」

 

 涙と鼻水を拭いながら、女の子が何かを言おうとするが、男は首を横に振る。

 

「『でも』も『だから』も無しだ。おまえは強い子だ。俺がいなくても、やっていけるさ」

 

「むぅぅ……」

 

 ぐうの音も出ない女の子に、男は諭すように言う。

 

「俺はこの世に生きる一人でしかない。死んだところで、何かあるというわけでもないさ」

 

 女の子の髪を撫で、笑みを浮かべる。

 余所者でも、旅人としてでもない、兄としての優しい表情を浮かべ、『妹』に告げる。

 

「だからって、死ぬつもりはない。おまえを、自称とはいえ妹を一人残して逝けないさ」

 

「ほんと?」

 

「ああ、本当だ。そうだ、約束ついでに、これを預かってくれないか」

 

 男はそう言うと、懐から『指輪』を取り出した。

 それを受け取った女の子は、太陽に透かしてそれを見つめる。

 赤い十字架が彫られたそれは、大人に合わせて作られたのか、彼女の指には大きすぎる。

 

「なぁに、これ……」

 

 涙を拭い、鼻水をすすりながら訊くと、男は苦笑混じりに返す。

 

「死んだ俺の父から継いだ、大切なものだ。本当なら人に渡して良いものではないんだが、特別だ。無くすなよ?」

 

「……うん」

 

 渡された指輪を大事そうに握りしめ、頷く。

 男は女の子の頭を乱暴に撫で、力強く抱き締める。

 

「キミに、英知の父の導きがあらんことを━━」

 

「……ええ父の……?」

 

 女の子が首を傾げると、男は苦笑混じりに言う。

 

「神様におまえを守ってくださいって、お願いしただけだ」

 

「じゃあ、おにーちゃんにも……」

 

 女の子もギューと思い切り男に抱きつき、数秒して離れた。

 そこには、いつもの太陽のような笑顔を浮かべる女の子がいた。

 男も笑みで返し、フードを被って立ち上がった。

 

「━━さて、待たせたな」

 

「良いのか?」

 

 冒険者の確認に、男は頷く。

 

「今さら『やはり辞めだ』とは言わないさ。もう『行く』と決めた」

 

「そうか」

 

 冒険者は俯き加減でそう言うと、村の外に出る。

 男も彼に続き、村の外へ。

 まだ見ぬ世界が、未知をぶつけてきてくれる。

 そう思うだけでも、笑みが止まらない。

 

「おにーちゃーん!!!冒険者さーん!!!またねー!!!」

 

 不意に、小さくなった村のほうから声が聞こえた。

 振り向いてみれば、女の子がブンブンと両手を振っている。

 冒険者は何か言うわけでもなく前に向き直り、男は後ろ手に右手を振って返し、すぐに進み始める。

 

 ━━また会えるといいが。

 

 こちらにくる前でも、滅多に思うことのなかったそんな事が脳裏に過った。

 

 

 

 

 

「そんじゃ、俺たちの勝利に!」

 

『かんぱーい!!』

 

 西の辺境に位置する街の、入り口のそばに設置された『冒険者ギルド』の一角では、文字通りの宴が始まっていた。

 二日ほど前に行われた、鉱山に巣食う『岩喰怪虫(ロックイーター)』の討伐依頼。

 四、五十人の冒険者が集まり行われたそれは、多数の死傷者を出しながらも成功に終わった。

 神殿での治療を終えた冒険者たちは、勝利の喜びと死者の追悼のため、いつも以上にはしゃいで見せる。

 やれ「あの魔法は助かった」だの「それはこっちのセリフ」だのと、騒いでいた。

 そんな宴に誘われるように、彼らは冒険者ギルドの自由扉をくぐる。

 宴で騒ぐ冒険者たちが気づくことはないが、受付にいたその女性だけは二人に気づいた。

 片や薄汚れた革鎧に、両方の角が折れた兜を被った冒険者。

 片や変な筒を背負った、黒と赤を基調とした上質な革のコートを纏ったフードの男。

 その二人はまっすぐに受付に向かい、冒険者のほうから切り出した。

 

「終わった。報告をいいか」

 

「はい。お待ちしていましたよ」

 

 流れるような髪を三つ編みにしたその受付嬢は、疲れているだろうに笑顔を浮かべて冒険者を迎い入れる。

 手持ちぶさたの男のほうは、宴のほうに目を向けた。

 何があったのかはわからないが、空席にも置いてある酒の入ったコップの数からして、かなりの数が犠牲になったようだ。

 あの妙に耳が長かったり、寸胴だったり、小柄な子供にしか見えない人たちも、冒険者なのだろうか……。

 

 ━━世界は、広いな……。

 

 男がぼんやりとそんな事を思っていると、受付嬢が声をかけた。

 

「あの、あなたが冒険者になりたいという……」

 

「ああ、そうだ」

 

 受付嬢の質問に頷くと、カウンターに一枚の紙が置かれた。

 二ヶ月以上過ごすことになった孤児院で、タイミングを見て文字を習ったおかげか、一通り読み書きは出来る。

 ペンを受け取り、筆記事項に拙いながらもしっかりと文字を書いていく。

 季節外れの冒険者志望者に、受付嬢は困惑気味に顔を向けた。

 目深に被ったフードの奥から覗く蒼い瞳は、夜空を思わせるほどに暗い。

 口元の傷痕は出来て間もないのか、下手をすれば血が吹き出してしまいそうだ。

 

「書けたぞ」

 

「受けとる前に、確認のためにしっかりと顔を見せてください。決まりですから」

 

「む、それもそうか」

 

 受付嬢の言葉に、男はフードを外す。

 蒼い瞳に後ろで纏められた黒い髪。その整った顔立ちと上質な衣装から、何となく貴族のような雰囲気がある。

 

「……受付嬢。これでいいか」

 

「え?あ、はい!ありがとうございます!では、簡単に説明を━━」

 

 受付嬢の話を要約すると、こんなところだろうか。

 

 曰く『冒険者とは、報酬と引き換えに危険な依頼をこなす者をさす』

 

 曰く『冒険者には等級と呼ばれるものがあり、下から「白磁」「黒曜」「鋼鉄」「青玉」「翠玉」「紅玉」「銅」「銀」「金」「白金」の十段階で、認識票でそれらを区別する』

 

 曰く『「金」と「白金」は国家レベルの仕事を請け負うため、在野最高は「銀」である』

 

 曰く『認識票は、その重要性から絶対に無くしてはならない。再発行には別途料金がかかる』

 

「━━と、言ったところだったか」

 

 新たに冒険者となった男は、受付嬢の話を思いだしながら、首にかけた白磁の認識票を眺める。

 先程まで一緒だった冒険者━━彼も白磁だそうだ━━と別れ、たった一人で馬小屋に入る。

 文字通りの無一文である彼は、宿に泊まることは出来ない。そんな新米への救済措置として解放されている馬小屋が、しばらく彼の寝床となるだろう。

 視界を巡らせれば、よく鍛えられた馬たちと、山になった干し草が視界に入る。

 場所の指定はなかった。いわゆる『早い者勝ち』と言う奴だろうか。

 彼は何度か首を鳴らすと、近くの干し草の山に()()()()()

 久々に感じる暖かさと、もう慣れてしまった鼻先をくすぐる干し草の痒さ。

 その二つを感じながら、彼は目を閉じる。

 仕事を始め、等級をあげ、新たな仕事をこなす。

 そのうち『遺跡の探索』なんてものを受けることもあるだろう。

 だが、とりあえず等級をあげなければ。それまでは━━、

 

「……また、ゴブリン狩りに付き合うか」

 

 睡魔を誤魔化すようにそう呟くが、彼が負けたのはそのすぐ後だった。

 イビキを立てることなく、静かな寝息を繰り返す彼のいる干し草の山を、また別の冒険者がベッドにしたのは、仕方のない話だろう。

 

 

 

 

 

 ━━━━━

 

 

 

 

 

 冒険者となった彼が去った村。

 彼が使っていた部屋のベッドで、丸くなっている小さな影があった。

 彼に貰った指輪を握りしめ、あの後も散々泣いたのか、目元を腫らして眠りにつく女の子。

 その子はとある夢を見ていた。

 目が覚めれば忘れてしまう、朧気で曖昧な夢だ。

 事実、その子は夢の中で自分が聖剣を振っていたことなぞ覚えていない。

 その隣に、『雷を帯びた金色に輝く剣』を振るう兄がいたことなぞ、覚えているわけがなかった。

 

 

 

 

 

 ━━━━━

 

 

 

 

 

 翌日。辺境の街。

 彼が日の出よりも早く干し草を飛び出し、その上で寝ていた冒険者が転げ落ちたことを除いて、何もない朝だった。

 遥か彼方の山の輪郭が白くなり始めていることを横目に、彼は走り出す。

 音もなく馬小屋を抜け出し、冒険者ギルドの前へ。

 周りを見渡し、高い建物を探すが、ギルド脇の物見やぐら以外は見当たらない。

 手首を回し、足首を回し、ギルドの壁に手をかける。

 

 ━━これなら、行けるな。

 

 彼はそう考え、躊躇いなく壁をよじ登る。

 窓枠に手をかけ体を持ち上げ、足をかけて補強用の木版まで飛ぶ。

 さらに次の突起に飛び、また次へ、さらに次へと繰り返し、気がついてみれば屋根の上だ。

 さらにギルド脇の物見やぐらに飛び付き、さらに登っていく。

 ホッと息を吐く頃には、そのやぐらの屋根の上だった。

 屋根の上に腰をかけると街を見渡し、地形を頭に叩き込む。

 

 ━━初めてくる場所では、真っ先にこれをやるべきだ。

 

 あの村でもやりたかったが、周囲を確認出来るほど高い場所がなかったし、『妹』が真似をして怪我をされても困る。だから、やれなかった。

 ふと、山のほうから光がさした。

 太陽が登り、新しい一日が始まりを告げる。

 鶏が騒ぎ始める前に、下へ戻らなくては。

 彼は下を覗きこみ、笑みを浮かべた。

 誰が、なぜ置いたのかはわからない。荷台に満杯になるまで詰められた干し草の山。

 距離も問題なく、近くに人の気配はない。

 登り行く朝日を背にして両腕を広げて(イーグル)身を投げた(ダイブ)

 僅かな浮遊感の後にくるのは、強烈な重力と柔らかい干し草のクッションの感覚だ。

 手慣れたいつもの行程を終え、干し草の山から飛び出すと、なに食わぬ顔で馬小屋に戻り、もう一眠り。

 

 

 

 

 

 後日、ギルドに住み着く黒い亡霊の噂がたったとか、たたなかったとか………。

 

 

 

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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