窓から突き刺さる太陽の輝きに、冒険者は目を覚ます。
倒れる前はゴブリンを殺した。現れたあの男と共にだが、何となくやり易さを感じたのは確かだ。
いや、そうであったとしても、気を緩めてそのまま気絶するとは、情けない限りだ。
あの男にここまで担がれてきたのか。あるいは村人に手伝ってもらったのか、あてがわれた部屋のベッドに、鎧も兜も外されて寝かされていた。
寝転んだまま視線を巡らせ、装備を探す。
それはすぐに見つかった。
兜も革鎧も鎖帷子も、全てあの時のままだ。
ゴブリンの鋭い嗅覚を誤魔化すため、そのままにしていた汚れが落とされていたらと想像したが、そんな事はなかった。
『━━━?━━━!━━━!?』
部屋の外で、酷く驚いた声音の女の子の声が聞こえた。
あの男について回っていた女の子の声だろうか。扉を挟んでいるため、何を言っているのかはわからない。
子供が騒いでいるということは、あのゴブリンが本当に最後だったのだろう。
これで依頼完了だが━━。
「あの男がいなければ、危なかったな」
「なんだ、俺の話か」
「ああ。……む」
不意にかけられた声に反応してしまったが、冒険者はその声のほうに目を向けた。
いつの間にか扉が開かれ、そこに盆を持った男が立っていたのだ。
朝食なのだろうか。ここまで持ってきてくれたと判断する。
「起きられるか。いきなり倒れた時は驚いたが」
「問題ない。迷惑をかけた」
冒険者は体を起こし、装備に手を伸ばすが、男がその手を掴む。
「む……」と声を出す冒険者を、男は鋭く睨んだ。
「食ってからにしろ。まったく」
「いつゴブリンが来るかわからん」
冒険者の真面目な顔に、男は面をくらう。
警戒することは大切だ。いつ敵の奇襲が来るかは、腕の良い
だが、気を抜くことも大切だ。
男はため息をひとつ吐き、冒険者の赤い瞳を見つめながら言う。
「警戒なら俺がやる。おまえは飯を食って寝ろ。町に戻る途中で倒れられたら迷惑だ」
男の言葉に、冒険者は返せない。
この男の実力と『敵を見つける謎の能力』に関しては、昨晩の戦いで理解した。
━━ここは甘えるべきだろうか……。
冒険者が思慮していることを知ってか知らずか、男は再びため息を吐いて釘を刺す。
「いいから、さっさと食べろ。昼前に出れば、暗くなる前に町につくだろう」
男はそう言うと、背中の筒を背負い直して部屋を後にした。
「……」
残された冒険者は装備と机に置かれた朝食を見比べ、小さく息を吐き、木製の匙を手に取った。
「……いただきます」
誰に言うわけでなく、そう呟いた。
この冒険者、礼儀は心得ているのだ。
朝食を終え、装備を身につけた冒険者は、村の入り口にいた。
挨拶と礼をするために村長の家に顔を出した時、「少し待っていてくだせぇ」と頼まれたのだ。
別に無視するなり断るなりしても良かったのだろうが、律儀にもこの男は待っていた。
数分ほど待ち、村の中からそれがきた。
黒と赤を基調とした、上質な革のコートを着た男。
背中にはいつもの筒があり、腰にも背中のものよりも小さな筒が二つぶら下がっている。
遠目で見れば、まるで『騎士』を思わせる風格だが、背中の筒を固定するベルトの十字架が、何となく『
目深く被った黒いフードのせいで、口元以外はよく見えない。だが、その口元にある傷痕と背中の筒で、彼が誰かは判別できた。
「……おまえか」
冒険者の確認に、男は苦笑混じりに頷く。
「ああ。冒険者になることにしたんだが、町がどこかわからなくてな。『旅は道連れ』と言うだろう」
「案内をしてくれと言うことか」
「そうだ」
二人は手短にそのやり取りをすると、冒険者は顎に手をやって考える。
格好からして、貴族出の『自由騎士』か何かだったのだろうか。
腕も良く、戦いに慣れている。背中の筒も、何か━━もちろんゴブリン退治だが━━に役立つだろう。
━━二人いれば、やれることも増えるか……。
冒険者は数秒でそこまで思い至り、口を開く。
「わかった。ならば━━」
「おにーちゃーん!!!」
冒険者の声を遮り、いつもの女の子の声が響き渡る。
冒険者はそちらに目を向け、男は諦めたように大きく息を吐く。
「院長。止めてくれと言ったのに……」
男の呟きを他所に、女の子は泣きべそをかきながら男に飛び付く。
避ける訳にもいかず、その子を抱き止めた男は、再び大きなため息を吐いた。
「おにーちゃん、本当に行っちゃうの……?」
声を震わせ、必死になって紡がれた言葉に、男はゆっくりと頷いた。
「俺には、やることがある。そのためにも、ここを出ていかなきゃならない」
子供に言い聞かせるような声で、女の子に語りかけた。
だが、それで女の子が納得するかどうか別問題だ。
女の子はぽかぽかと男の胸を殴りながら言う。
「一緒にいてよ!ボク、また一人ぼっちに━━」
「ならないさ。ここには院長がいる、村長がいる。それに、友達もたくさんいるだろう」
「でもさ、でもさ!」
渋る女の子に、男はため息を吐いて眉を寄せた。
大きく息を吸い、声を張り上げる。
「甘ったれるな!」
「ッ!」
いきなり声を荒げた男に、女の子は━━横の冒険者も━━驚き、目を丸くする。
男は女の子を下ろし、フードを取りながら片ひざをついて視線を合わせ、まっすぐにその瞳を見つめる。
「仮にも俺の『家族』を名乗るなら、笑って見送ってくれ。別に今生の別れではないんだ」
「でも……」
涙と鼻水を拭いながら、女の子が何かを言おうとするが、男は首を横に振る。
「『でも』も『だから』も無しだ。おまえは強い子だ。俺がいなくても、やっていけるさ」
「むぅぅ……」
ぐうの音も出ない女の子に、男は諭すように言う。
「俺はこの世に生きる一人でしかない。死んだところで、何かあるというわけでもないさ」
女の子の髪を撫で、笑みを浮かべる。
余所者でも、旅人としてでもない、兄としての優しい表情を浮かべ、『妹』に告げる。
「だからって、死ぬつもりはない。おまえを、自称とはいえ妹を一人残して逝けないさ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ。そうだ、約束ついでに、これを預かってくれないか」
男はそう言うと、懐から『指輪』を取り出した。
それを受け取った女の子は、太陽に透かしてそれを見つめる。
赤い十字架が彫られたそれは、大人に合わせて作られたのか、彼女の指には大きすぎる。
「なぁに、これ……」
涙を拭い、鼻水をすすりながら訊くと、男は苦笑混じりに返す。
「死んだ俺の父から継いだ、大切なものだ。本当なら人に渡して良いものではないんだが、特別だ。無くすなよ?」
「……うん」
渡された指輪を大事そうに握りしめ、頷く。
男は女の子の頭を乱暴に撫で、力強く抱き締める。
「キミに、英知の父の導きがあらんことを━━」
「……ええ父の……?」
女の子が首を傾げると、男は苦笑混じりに言う。
「神様におまえを守ってくださいって、お願いしただけだ」
「じゃあ、おにーちゃんにも……」
女の子もギューと思い切り男に抱きつき、数秒して離れた。
そこには、いつもの太陽のような笑顔を浮かべる女の子がいた。
男も笑みで返し、フードを被って立ち上がった。
「━━さて、待たせたな」
「良いのか?」
冒険者の確認に、男は頷く。
「今さら『やはり辞めだ』とは言わないさ。もう『行く』と決めた」
「そうか」
冒険者は俯き加減でそう言うと、村の外に出る。
男も彼に続き、村の外へ。
まだ見ぬ世界が、未知をぶつけてきてくれる。
そう思うだけでも、笑みが止まらない。
「おにーちゃーん!!!冒険者さーん!!!またねー!!!」
不意に、小さくなった村のほうから声が聞こえた。
振り向いてみれば、女の子がブンブンと両手を振っている。
冒険者は何か言うわけでもなく前に向き直り、男は後ろ手に右手を振って返し、すぐに進み始める。
━━また会えるといいが。
こちらにくる前でも、滅多に思うことのなかったそんな事が脳裏に過った。
「そんじゃ、俺たちの勝利に!」
『かんぱーい!!』
西の辺境に位置する街の、入り口のそばに設置された『冒険者ギルド』の一角では、文字通りの宴が始まっていた。
二日ほど前に行われた、鉱山に巣食う『
四、五十人の冒険者が集まり行われたそれは、多数の死傷者を出しながらも成功に終わった。
神殿での治療を終えた冒険者たちは、勝利の喜びと死者の追悼のため、いつも以上にはしゃいで見せる。
やれ「あの魔法は助かった」だの「それはこっちのセリフ」だのと、騒いでいた。
そんな宴に誘われるように、彼らは冒険者ギルドの自由扉をくぐる。
宴で騒ぐ冒険者たちが気づくことはないが、受付にいたその女性だけは二人に気づいた。
片や薄汚れた革鎧に、両方の角が折れた兜を被った冒険者。
片や変な筒を背負った、黒と赤を基調とした上質な革のコートを纏ったフードの男。
その二人はまっすぐに受付に向かい、冒険者のほうから切り出した。
「終わった。報告をいいか」
「はい。お待ちしていましたよ」
流れるような髪を三つ編みにしたその受付嬢は、疲れているだろうに笑顔を浮かべて冒険者を迎い入れる。
手持ちぶさたの男のほうは、宴のほうに目を向けた。
何があったのかはわからないが、空席にも置いてある酒の入ったコップの数からして、かなりの数が犠牲になったようだ。
あの妙に耳が長かったり、寸胴だったり、小柄な子供にしか見えない人たちも、冒険者なのだろうか……。
━━世界は、広いな……。
男がぼんやりとそんな事を思っていると、受付嬢が声をかけた。
「あの、あなたが冒険者になりたいという……」
「ああ、そうだ」
受付嬢の質問に頷くと、カウンターに一枚の紙が置かれた。
二ヶ月以上過ごすことになった孤児院で、タイミングを見て文字を習ったおかげか、一通り読み書きは出来る。
ペンを受け取り、筆記事項に拙いながらもしっかりと文字を書いていく。
季節外れの冒険者志望者に、受付嬢は困惑気味に顔を向けた。
目深に被ったフードの奥から覗く蒼い瞳は、夜空を思わせるほどに暗い。
口元の傷痕は出来て間もないのか、下手をすれば血が吹き出してしまいそうだ。
「書けたぞ」
「受けとる前に、確認のためにしっかりと顔を見せてください。決まりですから」
「む、それもそうか」
受付嬢の言葉に、男はフードを外す。
蒼い瞳に後ろで纏められた黒い髪。その整った顔立ちと上質な衣装から、何となく貴族のような雰囲気がある。
「……受付嬢。これでいいか」
「え?あ、はい!ありがとうございます!では、簡単に説明を━━」
受付嬢の話を要約すると、こんなところだろうか。
曰く『冒険者とは、報酬と引き換えに危険な依頼をこなす者をさす』
曰く『冒険者には等級と呼ばれるものがあり、下から「白磁」「黒曜」「鋼鉄」「青玉」「翠玉」「紅玉」「銅」「銀」「金」「白金」の十段階で、認識票でそれらを区別する』
曰く『「金」と「白金」は国家レベルの仕事を請け負うため、在野最高は「銀」である』
曰く『認識票は、その重要性から絶対に無くしてはならない。再発行には別途料金がかかる』
「━━と、言ったところだったか」
新たに冒険者となった男は、受付嬢の話を思いだしながら、首にかけた白磁の認識票を眺める。
先程まで一緒だった冒険者━━彼も白磁だそうだ━━と別れ、たった一人で馬小屋に入る。
文字通りの無一文である彼は、宿に泊まることは出来ない。そんな新米への救済措置として解放されている馬小屋が、しばらく彼の寝床となるだろう。
視界を巡らせれば、よく鍛えられた馬たちと、山になった干し草が視界に入る。
場所の指定はなかった。いわゆる『早い者勝ち』と言う奴だろうか。
彼は何度か首を鳴らすと、近くの干し草の山に
久々に感じる暖かさと、もう慣れてしまった鼻先をくすぐる干し草の痒さ。
その二つを感じながら、彼は目を閉じる。
仕事を始め、等級をあげ、新たな仕事をこなす。
そのうち『遺跡の探索』なんてものを受けることもあるだろう。
だが、とりあえず等級をあげなければ。それまでは━━、
「……また、ゴブリン狩りに付き合うか」
睡魔を誤魔化すようにそう呟くが、彼が負けたのはそのすぐ後だった。
イビキを立てることなく、静かな寝息を繰り返す彼のいる干し草の山を、また別の冒険者がベッドにしたのは、仕方のない話だろう。
━━━━━
冒険者となった彼が去った村。
彼が使っていた部屋のベッドで、丸くなっている小さな影があった。
彼に貰った指輪を握りしめ、あの後も散々泣いたのか、目元を腫らして眠りにつく女の子。
その子はとある夢を見ていた。
目が覚めれば忘れてしまう、朧気で曖昧な夢だ。
事実、その子は夢の中で自分が聖剣を振っていたことなぞ覚えていない。
その隣に、『雷を帯びた金色に輝く剣』を振るう兄がいたことなぞ、覚えているわけがなかった。
━━━━━
翌日。辺境の街。
彼が日の出よりも早く干し草を飛び出し、その上で寝ていた冒険者が転げ落ちたことを除いて、何もない朝だった。
遥か彼方の山の輪郭が白くなり始めていることを横目に、彼は走り出す。
音もなく馬小屋を抜け出し、冒険者ギルドの前へ。
周りを見渡し、高い建物を探すが、ギルド脇の物見やぐら以外は見当たらない。
手首を回し、足首を回し、ギルドの壁に手をかける。
━━これなら、行けるな。
彼はそう考え、躊躇いなく壁をよじ登る。
窓枠に手をかけ体を持ち上げ、足をかけて補強用の木版まで飛ぶ。
さらに次の突起に飛び、また次へ、さらに次へと繰り返し、気がついてみれば屋根の上だ。
さらにギルド脇の物見やぐらに飛び付き、さらに登っていく。
ホッと息を吐く頃には、そのやぐらの屋根の上だった。
屋根の上に腰をかけると街を見渡し、地形を頭に叩き込む。
━━初めてくる場所では、真っ先にこれをやるべきだ。
あの村でもやりたかったが、周囲を確認出来るほど高い場所がなかったし、『妹』が真似をして怪我をされても困る。だから、やれなかった。
ふと、山のほうから光がさした。
太陽が登り、新しい一日が始まりを告げる。
鶏が騒ぎ始める前に、下へ戻らなくては。
彼は下を覗きこみ、笑みを浮かべた。
誰が、なぜ置いたのかはわからない。荷台に満杯になるまで詰められた干し草の山。
距離も問題なく、近くに人の気配はない。
登り行く朝日を背にして
僅かな浮遊感の後にくるのは、強烈な重力と柔らかい干し草のクッションの感覚だ。
手慣れたいつもの行程を終え、干し草の山から飛び出すと、なに食わぬ顔で馬小屋に戻り、もう一眠り。
後日、ギルドに住み着く黒い亡霊の噂がたったとか、たたなかったとか………。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。